大学生のノー ト見直 しにおける授業固有性
Course一specificity of ■ote一re宙ewing by undergraduate students.
小 林 敬 一 Keiichi KoBAYASHI
(平成15年10月 1日受理
)
Undergraduate students often take notes during lectures and review the notes later for exattination of the course, but they rarely review the notes for learning in the other courses or for activities outside of school. I named this phenomenon "course― specificity of note― reviewing。 ' Considering that ordinary students cannot sufficiently retain the lecture information in their heads, however, it is probably difficult for them to transferthe knowledge to the other courses or activities without aids of note― reviewing。
Therefore, course―specificity of note― reviewing seems to be problematic especially for learning in the course emphasizing knowledge― acquisitiono As the reasons why this phenomenon prevails among undergraduate students, I presё nted three possibilities as follows: (a) worthlessness of the information provided in the course, (b) domain specificity of the knowledge system on which each course is based, (c) context dependency of the information provided in the course. Finally, I discussed the utility of note―
reviewing as an index of course― specificity of lecture contents and as "boundary objects"
to create continuities across boundaries of various courses.
1.は じめに
授業 中 に ノー トを とる こと (以下、ノー トテイキ ング
)、
あるいは レポT卜を書 くときや学期末 の試 験勉強 をす るときに ノー トを見直 す こと (以下、 ノー ト見直 し)は、大学生 が 自発的 に行 う学習活動 のか な りの部分 を 占めて いる とい って よ い。将来 、紙 と鉛筆 によるノー ト活動 が、 ノー トPCや 電子 ノー トパ ッ ド、 コ ンピュー タネ ッ トワー クな どの情報機器・ システムを利用 した ノー ト活動 に とって 代 わ られ ることが あ ると して も、授業 が個人的 な記録 の手段 と しての「 ノー ト」 を必要 と しな くな る ことはな いだ ろ う。本論文 で とりあげる授業固有性 の問題 は、 そ うした「 ノー ト」 の タイ プにかかわ らず、起 こり得 る問題 であ る。 なお、特別 な言及があ る場合 を除 いて、本論文 で い う「 授業」 は、第 1回日の授業、第2回目の授業、 ¨・ とい った回数 で区切 られ る授業 ではな く、心理学研究 法、心理学 入門、教育心理学、・:・
といった科 目名で区切 られ る授業 を指 す。2.ノ ー ト見直 しにおける授業固有性の問題
(1)ノ ー ト活動 と授業固有性
ノー トが特定の授業 に固有であるのは、一見、当た り前のことのように思える。授業 ごとにノー ト やルーズ リー フ用紙を用意 して、それぞれにノー トをとり、それ らを授業 ごとに整理・ 保存する。 そ
うしないと、 いざ授業の復習やテス ト勉強を始 めようと思 ってノー トを取 り出 してみた ものの、 どの ノー トの内容、 どのペー ジの言己述が どの授業の ものか分か らない、 とい うことにもな りかねない。 そ の意味で、学生がノー トを授業固有な ものにするのはきわめて合理的な判断や行動であ り、 ノー トの 授業固有性はノー トテクニ ックの基礎基本 と言えよう。 しか し、 ノー ト活動 には、それ らとは区別 し て考えなければな らない授業固有性がある。それは、学生がある授業で とったノー トの内容をその授 業の範囲 (例えば、その授業の最中、翌週の同 じ授業、その授業の予習復習、 その授業の学期末 テス ト、な ど)を超えて利用 しないという意味での授業固有性である。 この後者の授業固有性を、本論文 では、「 ノー ト見直 しにおける授業固有性」と呼ぶ。 ノー ト見直 しにおける授業固有性は、以下で述べ るよ うに、固有であることを問題 にすべき積極的な理由がある。
一般 に、学生 にとって授業を受 けることそれ自体に価値があると考える授業者や、授業が他の活動 と全 くつなが ることな くその中で完結 して しまうことを意図 した り期待 した りする授業者は、 まれで あろ う。む しろ、多 くの授業者は、学生が自分たちの授業で学んだ内容を他の授業の中で も活か した り、 自主的な学習や研究を通 して自ら発展 させた り、学校外の活動や これか らの人生の中で役立てて くれ ることを意図 し期待 しているはずである。 ノー ト見直 しにおける授業固有性 は、何 よ りもまず、
そ うした授業者の意図・ 期待を裏切 る現象なのである。
もちろん、 これに対 して、次のような反論があるか もしれない。授業 には、教授内容の理解 0記 憶 よ りも、授業の中で問題を解決 した り討論 した りする過程で学習 されるものの見方、関心 0意 欲・ 態 度、思考力、様々なスキルなどを重視するものがある。 このような授業の場合、学生が ノー トをとる ことがあって も、それはあ くまで もその場の一時的な記録や外在化の道具 にす ぎず、学生がそのノー トの内容を授業を超えて利用 しな くて も問題はない、 という意見である。 しか し、大学 におけるすべ ての授業がそ うした過程重視の授業 というわけではないだろう。知識内容の理解や習得を重視する授 業であるかぎり、 ノー ト見直 しにおける授業固有性が問題 にな り得 ると言える。
あるいは、次のよ うな反論 もあるか もしれない。学生は授業活動への参加を介 して教授 された知識 内容を十分 に理解 し記憶 している。そ うでな くて も、授業の復習やテス ト勉強、 レポー ト作成などの 事後的な学習活動の中で、何度 もノー トを見直 し、その内容を しっか りと理解・ 記憶できている。だ か ら、 ノー トが授業を超えて利用 されないということがあったとして も、 とりたてて問題 にするには あた らない。 しか し、現実 はどうだろうか?
小林(2003a)は、ノー トテイキ ングやノー ト見直 しが学習 G己憶や理解など)に及ぼす効果を調べる ために、内外のノー ト研究を網羅的に集め、それ らをメタ分析 している。表1に示すのは、その分析結 果をまとめた ものであるヽ この表か ら、以下のような結果が読みとれる。
1.ノ ー トテイキ ングそれ自体、言い換えれば、 ノー トに書 くという行為自体が学習 に及ぼす効果 は 小 さい (例えば、NT+NNR群 とNNT+NNR群 を比較 した場合の平均効果量は、直後テス ト条件ES=0.22、
遅延 テス ト条件ES=0.24である)のに対 して、 ノー ト見直 しの効果は比較的、大 きい。
2.特に、 ノー トをとった直後のテス トよりも、1日以上後のテス トの方が、(おそらく、後者の方が
表1ノー トテイキ̀ング・ ノー ト見直 しの効果性に関するメタ分析の結果 (小林,2003a)
サンプル数 重 み づ け され た 平均 効 果量 95%の信頼 区 間
直 後 テ ス ト 遅 延 テ ス ト
106 66
NT+NNR群 対 NNT+NNR群
.21 .24
。16〜 。26
。17〜 .30
直 後 テ ス ト 遅 延 テ ス ト
直 前 1日 以 上 前
13 35 25 10
NT+NR群 対 NNT+NNR群
.39 .87
1。21 .41
.22〜 .55 ,75〜 .98 1.06〜 1.37 .24〜 .59
直 後 テ ス ト 遅 延 テ ス ト
直 前 1日 以 上 前
13 34 22 12
NTttNR群 対 NT+NNR群
.13 .69
。95
。24
,05〜 .34 .57〜 .80
.81‑1.10
.05〜 .43
直 後 テ ス ト 遅 延 テ ス ト
直 前 1日 以 上 前
2 11 9 2
NNTttNR群 対 NNT+NNR群
。19
。92
1。16 .63
‐.25〜 .63 .72〜 1.13 .88〜 1.44 .33〜 .94
注)NT=ノー トテ イキ ングあ り、NNT=ノ ー トテ イキ ングな し、NR=ノー ト見直 しあ り、NNR=ノ ー ト 見直 しな し。直後テ ス ト :学 習を終 えたその 日の うちにテス ト.遅延テス ト:1日以上後 にテ ス ト。
直前 :テ ス ト当 日の ノ… 卜見直 し、 1日以上前 :テ ス トか ら 1日 以上前の ノー ト見直 し.
「頭の中」の記憶が薄れているので)よ り顕著なノー ト見直 しの効果が認め られる(例えば、NT+NR群 と NNT+NNR群 を比較 した場合の平均効果量は、直後テス ト条件ES=0.39、 遅延テス ト条件ES=0.87であ る
)。 、
3.ノ ー トをとってす ぐノー トを見直すよりも、テス ト直前にノー トを見直す方が、(おそ らく、ノー トを見直 して理解・ 記憶 した内容がよりた くさん「頭の中」に残 っているので)ノ ー ト見直 しの効果 は大 きい (例えば、NT+NR群 とNNT+NNR群 を比較 した場合の平均効果量は、1日以上前条件ES=0.41、 直 前条件ES三1.21である
)。
4.少な くとも遅延 テス ト条件では、 自分でとったノー トを見直 した場合 と他者のノー トを見直 した 場合を比較 して も、前者の方が後者 よりも学習に対する効果 において優れているわけではない (例え ば、ⅢT+NR群 とNNTINNR群 を比較 した場合の平均効果量 はES=0.92であり、NT+NR群 とNTttNNR群を比較
した場合の平均効果量ES=0.69よ りも、む しろ大 きい
)。
自分でとった ノー トか どうかに関わ らず、ノー ト見直 しに強 い効果があるということは、裏返せば、
授業やテキス ト学習の中だけで学生が十分に理解 0記憶できる内容 に限 りがあること、あるいは授業
やテキス ト学習を通 して理解・ 記憶 したはずの内容が学生の,「頭の中」 に十分残 っていないというこ とである。 これは、遅延 テス トの1日以上前 にノー トを見直す条件 とテス ト直前 にノー トを見直す条 件 とでは、後者の方が ノニ ト見直 しの効果が大 きいという結果に示 されているように、 ノー トを授業 の後で一度t見直せば済むという話 しで もない (すなわち、ノー トを見直 して理解・言己憶 した もの も、
時間が経てば忘れてい く
)。
学生が授業内容を十分 にまた正確 に当該授業以外の活動の中で利用す る ことを授業者側が意図 し期待す るかぎり、ノー ト見直 しにおける授業固有性は1つの問題 とな り得 る。(2)大学生の実態 として
ノー ト見直 しにおける授業固有性が問題 にな り得 るとして も、それは、多 くの大学生に広 く認め ら れる一般的な問題なのだろうか ?そ れとも、理論的に考え られるというだけの問題なのだろ うか?お そ らく後の(3)で述べる理由により、この問いに直接答えた調査は今のところまだ見あた らない。 しか し、小林(2003b)の調査結果は、その答えの一端をかいま見せて くれる。小林は、大学 1年生97名、3年 生129名を対象 に して、ノー ト活動をどのように認識 しているかを調べる質問紙調査を後学期の始 めに 行 った。その分析結果の うち、興味深 いのは、授業終了後 (学期末 テス ト後や レポー ト提出後)のノー ト活動 に関する部分である。分析 にあたっては、「 ノー トに関 してテス ト後や レポー ト提出後 に何がで きるか」を自由記述 して もらったその回答を、KJ法を用いて分類 し、さらに各 カテゴリーに言及 した人 数の割合を学年 ごとに算出 した。KJ法による分類の結果を図1に、カテゴリーごとの言及率を表 2に 示 す。
言及率が比較的多か った (30%前後)カテゴ リーは、「 テス トの答え合わせ、 レポー トの内容 と比べ る」と「保管 0処分する」である。前者のカテゴリーは、 見直 してテス トで分か らなか った ことなど を見てみる
"、
自分が書 いた (テス トや レポー トで)こ とが正 しいか、筋が通 っていたか確かめるた めに、 ノー トを見直す"と いった回答例 に代表 されるように、あ くまで もそのノー トをとった もとも との授業の延長線上 にあるノー ト利用行動 と言える。一方、後者のカテゴリーは、 ノー トの利用それ 自体 とい うよ りも、 授業内容の ジャンルごとにノー トを 1つ にまとめて今後見やすいよ うに しておく
"、
自分が興味を持 った もの、あるいは今後他の授業や卒論で役立 ちそ うな ものぼきちん と保管 してお く"など、将来、ノー トを利用するか もしれないことを予期・意図 した行動である (ちなみに、こ の回答の大部分は、 ノー トを処分するではな く、保管するという回答である
)。
対照的に、当該授業以外の授業や活動 におけるノー ト見直 しを示すカテゴ リーである、「他 の機会で ノー トを利用する」(例えば、 他の講義 と関連す る箇所があれば、参考 として読み返す")や「 ノー ト か ら発展的な学習をする」(例えば、 興味のあるテーマについて もっと掘 り下 げる")は、多 くて も8
%程度の言及率で しかない。 さらに、それ らの行動を実際に していると答えた被調査者は5%に も満 たない。確かに、「 保管 0処 分する」というカテゴリーヘの言及率の高 さは、学生たちが今はノー トを 見直 さな くて も、将来的 に他の活動で見直す ことがあるか もしれないという希望を抱かせて くれ る。
実際、大学入学後の半年分 ほどの授業やノー トしかない1年生 よりも2年半分の授業や ノー トの蓄積が ある3年生では、「他の機会でノー トを利用する」の言及率が 1年 生の約2倍である。 しか しそ うはい って も、その言及率の増加 は微々たるものであり、 ノー トの保管がはた してどの くらいノー トの見直 しに結 びついているかは疑わ しい。
ある授業で とった ノー トをそれ以外の授業・ 活動で見直すか どうか、見直す とした らそれはどの く らいの頻度であるのかを、学生に対 して直接、質問 して得た結果ではないため、上記の結果の解釈 は 慎重 に行 う必要がある。 しか し、各 カテゴリーヘの言及率が、調査対象 とした大学生 にとってそのカ
保 管・ 処 分す る
図1授業終了後のノー ト活動に関する認識 :K」法の結果 (小林,2003b)
表2授業終了後のノー ト活動に関する認識 :各 カテゴリーの言及率 (小林,2003b)
必要な ときに見直す
テス トの答え合わせ、 レポー トの内容と比べる テス ト・ レポー トに照 らしてノー トを修正する
ノー トの 内容 を再学習 す る
他 の 機 会 で ノ ー トを利 用 す る 自分 の 考 え を ノー トにつ け加 え る
ヽ ヽ
ノー トか ら発展的な学習をする
\__ ot- tJ
1年生 3年生
必要 な とき見直す
テス トの答 え合 わせ 、 レポ ー トの 内容 と比 べる テ ス ト 0レ ポ ー トに照 ら して ノー トを修 正 す る
ノー トの 内容 を再 学 習す る 他の機 会で ノー トを利 用す る
自分 の考 え を ノー トにつ け加 え る ノー トか ら発展 的な 学習 をす る 保管・ 処 分 す る
10.3a(4。1)b
28.9(16.5) 5.1(1.0) 21.7(3.1) 4.2(2.1) 2.1(0.0) 3.1(0.0) 31.0(18.6)
9.4(4.7) 38.8(16.3)
11.7 ( 1.6)
14.8(4.7) 8.6 (3.9) 6.2(0.0) 4.7 (0,0) 30.3(20.2)
カテ ゴ リー に言 及 した被 調 査 者 のパ ーセ ンテ ー ジ。
その カ テ ゴ リの 内容 を 「実 際 に して い るJと答 え た被調 査 者 のパ ーセ ンテ ー ジ。
テゴリーの行動が どの くらい意識化 されやすいのかを反映 している可能性は高 く、 ノー ト見直 しにお ける授業固有性 は、少なか らぬ大学生 にとって、そ してそ うした学生を授業の中で教える授業者 にと って、現実的な問題 としてあることが示唆 される。
(3)研究者の思 いこみとして
ノー トの利用がそのノー トをとった もともとの授業の中に閉 じて しまっているのは何 も、大学生の
認識や行動 においてだけではない。教育方法学や教育心理学の立場か らノー トを研究 している多 くの 研究者 の認識や研究活動 に も、授業固有性の問題は根深 く存在する(ノlヽ林,1998)。 例えば、代表的な ノー ト研究者であるKiewraは、次のような実験パ ラダイムを用いて、 ノー ト活動の機能や効果 に関す る理論 を作 り上 げている(e.g。 ,Kiewra,1985;Kiewra,DuBois,Christian,Kim,&Lindberg, 1989;Kiewra,DuBois,Christian,McShane,Meyerhoffer,&Roskeney,1991)。 すなわち、
1.被験者 に ビデオ教材 (Kiewraら の場合、実験的な統制や分析の都合上、通常の授業の代わ りに用い られた ものであ り、 ビデオ教材であることに積極的な意味はない)を見せて、その内容を学習 して も らう。 このとき、ある被験者群 にはノー トをとることを許可 し、別の被験者群 にはノー トを とること を禁 じるなど、 い くつかの条件を設 けることもある。
2.ビデオ教材を学習 したその直後や何 日か後に、被験者群の少な くとも一部 にはノー トを見直す機 会を与える。残 りの被験者群 には、 ノー トを見直す機会を与えないか、頭の中で リハーサルする機会 を与える。
3.ビデオの内容 に関連 したテス ト(記憶、理解、分析、応用などを調べるテス ト)を実施する。
この実験パ ラダイムでKiewraらがなぞろうとしているのは明 らかに、「授業を受 ける→授業後 にテス トに備えた学習をす る→ それか ら授業内容に関するテス トを受 ける」 という、大学生が授業 に関わ る ときの典型的な活動の シークエ ンスである。Kiewraらは、(ごく簡単 に言えば)授業を受 けるときに被 験者が行 う活動の内容、テス トに備えた学習をするときに行 う活動の内容、そ してテス トの内容な ど をそれぞれ変数 として操作することによ り、 ノー トテイキ ングや ノー ト見直 しの機能や効果を明 らか に していこうとする。 この とき、当該授業を超えた活動の中でノー トが役立て られるか どうかは、全 く視野の外 にあることに注意 してほ しい。 ノー ト見直 しが授業固有であるとい うこうした考 え方 は、
Kiewraらの研究だけでな く、 ノー ト研究 に広 く見出される考え方である。
ノー ト研究者の認識や研究活動の中に深 く根づいた授業固有性は、何 に由来するのだろ うか?第 1
に、研究者 自身がかつて学生 としてノー ト活動 に従事 していたときの経験、授業者 としての責務、学 生を自ら教える中で得た経験があると考え られ る。例えば、 自分が これまで当該授業 を超えてノー ト を利用する経験がなか った り、それを している学生の姿を見聞 した ことがない場合、 その可能性を意 識化 した りその重要性を認識するのはかな り難 しいか もしれない。あるいは、少な くとも制度上、授 業者 としての責務は自分が担当す る授業 に限 られていることが一般的であり、 その授業で学生がそれ な りの成績 を残 して くれ さえすればとりあえずよ じとして しまうのか もしれない。第 2に 、学生 によ る自発的なノー トの見直 しを実験的研究の枠組みでとらえることの難 しさに由来する側面 もあるだろ う。例えば、 ノー トの機能や効果を厳密 に検証することを研究者が目指せば目指すほど、学生がいつ どのよ うにノー トを見直すかを研究者 はコン トロールせ ざるを得な くなる。研究者 の立場 か らす る と、む しろ、 ノー ト見直 しが授業固有であると仮定 した方が都合がよいとさえ言えるか もしれない。
第 3に 、ノー ト研究者の多 くが、ノー トを、授業内容が学生の「頭め中」に入 っていくまでの中継点 に す ぎないと考えていることが挙 げ られ る(ノ Iヽ林,1998)。 おそ らくその根底 には、(1)でも触れたよ う な、 ノー トの内容それ自体ではな く、学生の「頭の中」に入 った知識内容 こそが当該授業を超えた活 動で利用 され る (はず)とする考え方があるのだろう。
3.ノー ト見直 しはなぜ授業固有か ?
第 2節 の(2)では、ノニ ト見直 しにおける授業固有性が少なか らぬ大学生 にとって問題 となっている 可能性 について論 じた。以下では、 それを前提 として、なぜ授業固有性の問題が現れ るのかを、授業 内容の価値、授業内容の領域固有性、授業の状況特殊性 という3つ の側面か ら考えてい く。
(1)授業内容の価値
ノー トにとった授業内容がその授業を超えたところで も通用す る価値があるものでなければ、ある いは学生がそ う認識 していなければ、そ もそもその授業 とは別の活動のためにわざわざノー トを取 り 出 して きて見直す ということは起 こり得ない。
この可能性を強 く主張 しているのが島田(2001)である。島田によると、社会の情報化が進 む中で多 種多様な情報源か ら容易 に情報を取 り出す ことが可能 になってきた現在、授業を通 して提供 される情 報の価値は相対的 に下が り、また陳腐化 も早 くなっている。そ してその ことが、学生のノー トをめ ぐ
る行動や ノー トに対する意識 に影響 しているという。例えば、 テキス トやイ ンターネ ッ トな ど、他 の 情報源か ら容易 に情報を得 ることができる (と考えている)な ら、学生は、 とりあえず授業のテス ト や レポー ト対策のためにノー トは役 に立つか もしれないと思 うて も、 いったんその授業 を離れれば、
ノー トよりも、別の (もっと詳 しくてヽ新 しい情報を提供 して くれる)情報源 に頼 ろ うとして もおか しくない。事実、島田が自らの体験 として紹介 している次のような例は、それを強 く示唆する。「 ここ 何年か、定期試験を終えた後の教室 に、妙 に気 になるものが日につ くよ うにな っていた。 それは、机 の中に置 き去 りにされた り、ゴ ミ箱に捨て られているおびただ しいノー トのコピーの山である。¨(中
略)・:試験の後、 こんなにも簡単に捨て られて しまうノー ト。気になって仕方がないか ら、学生に尋 ねてみた ら、 どうや ら珍 しいことではないとの ことである(島田,2001,p.57)」 。
大学 の授業が (日常場面で、あるいは大学を卒業 して社会に出てか ら)役に立つ ことを教えていな いとい う学生や元学生の声は昔か らあ り、 ノー ト見直 しにおける授業固有性が授業内容の価値の問題 に由来 しているとするな ら、それが ここ最近の現象であるとは考えに くい。 しか し、島田の議論 によ るな ら、授業固有性は今後、 よリー層強 ま)る と予想 される。
(2)授業内容の領域固有性
ノー トの内容が他の授業で利用 されない理由の中には、各授業の背後 にある知識体系がそれぞれ異 なっているということもあるか もしれない。知識体系が異なるということは、説明 しようとする現象 や説明の原理が大 きく異なるということで もある。例えば、物理学の授業で物体の運動や力の概念 を 学んで も、それをそのまま、(意図や信念、欲求などによって規定 された人間の行動を対象に している)
心理学の授業で使 うのは難 しいだろう。 ある知識体系がそれに固有な原理や コンピテ ンスを核 として 構成 されていることによって、その知識体系の発達や学習、その知識体系にもとづ く認知行動が他の 知識体系のそれ らとは比較的独立 している現象を、領域固有性 とい うαirschfeld&Gelman,1994)。
授業で学ぶ知識内容が ノー トの内容 に強 く反映 している以上、授業の背後にある知識体系が領域固有 であれば、ノー トを利用する行動 に も領域固有性が現れることは当然、予想できる。通常、大学生 は、
自分が専攻す る領域の授業だけでな く、一般教養など幅広 い領域の授業を受 ける。そ うした領域間で 大学生が ノー トを流通 させないということが、 ノー ト見直 しにおける授業固有性 とい う現象の一部 を 形作 っている可能性がある。
もちろん、領域固有だか らといって、領域間の壁 は必ず しも乗 り越え不可能な ものではない(Carey
&Spelke,1994)。 実際、学問の世界では、研究者が、 自らの学問領域の背後 にある知識体系 とは異 なる知識体系を積極的に参照 した り引用 した りすることによって、新 しいパ ラダイムや理論、モデル、
方法を産み出す ことが多々ある。例えば、 ダーウィンがマルサスの「 人口論」か らヒン トを得て自然 淘汰の概念 に到達 したという逸話はよ く知 られている。 アナロジーを介 して経済学か ら生物学へ とい
う異質 な領域を横断す る試みがなされたわけである(Holyoak&Thagard,1995)。 しか しそ うはいっ て も、個々人が自らの力だけで領域間の壁を通 り抜 けることはけっして容易ではない。 ノー トの利用
も含めて、 日常的にそれを行 うことを大学生に期待・ 要求するのは無理か もしれない。
(3)授業内容の状況特殊性
ノー ト見直 しにおける授業固有性は、ある場面で学んだ ことがそれ以外の場面 になかなか転移 しな いという、いわゆる状況特殊性 (Lave,1988)や 文脈依存性(石井・箕輪・橋本,1996;西川,1994)と 呼 ばれる現象 とよ く似ている。Lave(1988)は 、成人数学 プロジェク トという一般の大人を対象に した研 究 において、同一の被験者 に同 じタイプの計算問題を与えて も、パ フォーマ ンスが場面間で大 きく異 なることを見出 している。例えば、学校場面に典型的な数学のテス トとして計算問題 を解 いた場合の 成績 と、買 い物場面の一部 として計算問題を解 いた場合の成績の間にはほとん ど相関がない。あるい は、問題を解 くために用 い られた解法を分析すると、両場面間に質的な差異がある、な ど。 こうした 現象は学校教育 とそれ以外の日常活動の間にだけ認め られるわけでな く、学校場面であって も、授業 が異なれば、似たような現象が認め られるという。石井 ら(1996)は、中学3年生を対象 として、同 じ形 式の問題を理科の授業の中で理科のテス トとして実施 した場合 と、数学の授業の中で数学のテス トと して実施 した場合を比較する調査を行 っている。調査の結果は、少なか らぬ生徒が、理科のテス トは 理科の授業で習 った解法で問題を解 き、数学のテス トは数学の授業で習 った解法で問題を解 くことを 示す ものであ った。
それでは、状況特殊性や文脈依存性のような現象が生 じるのはなぜか ?Lave(1988)に よると、知識 や技能 は通常、文脈や状況 とは別の ものとして私たちに利用可能 になっているわけではな く、む しろ その一部 としてあるという。例えば、食品 スーパーでの買物の場合、買物客がどういう計算の手続 き を使 ってお得な食品を選択するかは、下の例のように、パ ックされている食品の分量や値段、献立、買 い置 き、収納場所の余剰 スペースなど買物に特有な状況 と緊密に結びついている。
「買物を している女性が、2箱の砂糖を比べていた。一方は5ポ ン ドで2ド ル16セ ン トで、 もう上方 は10ポン ドで4ド ル30セ ン トだ った。彼女は 5ポ ンドの方は、10ポンドにすると4ド ル32セ ントにな って、 もう1つ の方は、4ドル30セ ン トだわ。数 セント節約できるのだか ら10ポ ン ド入 りの方を買 う わ"と観察者 に説明 した。 この事例では、もし単価計算を したな ら、大 きな方が小 さな方 よ り、1ポ ン ド当 り0.2セン ト安 いことがわかる。 しか し、そうするかわ りに、この買物客は、砂糖10ポ ン ド当 りの 値段、つま りあ らか じめ買 って、 とっておいて、使お うと決めてあった量で比べたのである。 この計 算か ら出て きた答え
(
数 セ ントの得")は、一方を他方 と比べて選んだ結果、実際に節約で きる金額として容易 に解釈で きる。CMurtaugh,1985[Lave,1988,p.176か らの引用])」
1ポ ン ド当 りの量を求めて比較する計算方法ではな く、10ポ ン ドに揃えて比較す るという計算方法が、
買物客の買 い置 き計画に照 らして意味を持つ ものであるとした ら、その状況 とは別の状況では、その 同 じ人物が似たような問題 に対 して (その別の状況において意味を持つ)別の計算方法を用 いること
が当然あ り得 る。
同 じことが ノー ト見直 しについて も当てはまるのか もしれない。同 じ大学の授業 カ リキュラムの一 部 とはいえ、個々の授業は、授業の担当者、受講者、授業の場所や時間帯、授業内での活動、成績評 価の し方など様 々な側面で異なっている。 したが って、学生の目には、1つ 1つの授業がそれぞれ別個 の状況 として映 ってお り、そこで学習 した内容 (ひいてはノー ト)を特定の授業か ら切 り離 して流通 させ られないのか もしれない。実際、湯澤・山本(2002)は、中学校の数学 と理科の授業 を対象 に して、
両者の関連性を明確に したカ リキュラム編成や、数学 と理科の教師がチームを組んで授業を行 うなど、
2つ の教科を積極的に結 びつける実践を行 ったところ、そうした実践を行わなかった場合 と比べて、数 学で学んだ知識を理科の問題で積極的に用 いる生徒が増えた ことを明 らかに している。 この ことは、
逆 に言えば、特別な手だてを講 じないか ぎり、授業は個々に完結 した状況 にな って しまうことを示唆 する。
4.授業内容 における授業固有性
授業内容の価値、領域固有性、状況特殊性はいずれ も、 ノー ト見直 しにおける授業固有性の (少な くともその一部の)原因が授業それ自体 にあることを示 している。 さらに言えば、 これは、 ノー ト見 直 しという側面で観察 され る授業固有性が、おそ らくもっと深刻で根の深い、授業内容その ものがそ の授業 に固有な ものになって しまっているという問題 とつなが っていることを示唆するものである。
したが って、論の自然な流れか ら言えば、 ノー ト見直 しにおける授業固有性の問題を解消するための 手だてを授業の中に求める方向に論を進めてい くべきか もしれない。 しか し、学生の学 びにおいて重 要なのは、 ノー ト見直 し自体ではな く、授業内容の活用・ 転用であることを考えるな らば、 そ うした 議論 は本末転倒 にな りかねない。本節ではむ しろ、ノー ト見直 しを1つの「道具」と見な し、その道具 で もって授業内容 における授業固有性の問題にどうアプローチできるかを考える。
(1)「指標」 としての ノー ト見直 し
学生がある授業で学習 した内容がその授業固有な ものになって しまっているか どうかを明 らかに し よ うとする場合、1つには、先 に挙げた石井 ら(1996)のような方法が考え られる。すなわち、ある授業 で既習の知識や技能 (例えば、数学の一次関数)を使 って解 くことがで きる問題をそれとは別の授業 に特徴的な形式(例えば、地震の伝わ り方 に関す る理科の問題)で 提示 し、その既習の知識や技能が間 題を解 くのに用 いられるか どうかを調べる方法である。 しか し、この方法 には次のような限界がある。
まず、学生があ らか じめ授業内容の何をどこで転用するのかについて明確な予想が授業者 (そ して 研究者)の中にない (立て られない)場合、石井 らのような方法を使 うことはできない。学生がかな り幅広 い領域か ら授業を選択する一方で、授業者間の相互連携が きわめて弱い大学教育では、 これは 無視できなぃ問題である。あるいは、授業者の明確な予想の もと、転移テス トを準備できたとして も、
そのテス トでは彼 らの思 いもよらないところで学生が行 っているか もしれない転用の事実を捕まえる ことがで きない。そもそも、第3節の(2)で示唆 したよ うに、領域の壁を越えて知識を利用する過程 は 拡散的で創造的であることが少な くな く、む しろ授業者が予想 もしなか ったよ うな授業内容の転用 に
こそ積極的な意味がある場合 もあろう。
また、石井 らのよ うな方法では、学生が理解・ 記憶 し得た授業内容を転用できるか どうかが調査の 焦点 になるが、少なか らぬ大学生が授業中やテス ト前以外ほとん ど勉強 しない現状を鑑みると、理解・
記憶 し得た授業内容の範囲は授業内容全体の うちのほんの一部にすぎないか もしれない。大学の授業 と大学生を ターゲ ッ トにす る場合、授業で学んだ ことはなんとな く覚えているがその正確な内容は覚 えていない、 といった レベルでの授業内容の転用 (この場合の転用は、何 らかの手段を用いて授業内 容をいったん回復・ 再構成 した上での転用 となろう)について も考える必要がある。
以上のような限界を考えたとき、 ノー ト見直 しは代替的な、 しか し有効性め高 い授業内容の転用の 指標 になる可能性がある。第 1に 、 ノー トがどのよ うな授業や活動で見直 されたのかを事後的 に追跡 してい くことによって、授業者の予想の範囲にとどまらない、授業内容の多様な転用の姿あるいはそ の試みを捉えることができると考え られる。第 2に 、学生が ノー トを見直すのは、その内容を「頭の 中」で十分に理解・ 記憶 していないか らだろう。当該授業を超えたノー ト見直 しは、学生個人がその
「 頭の中」に保持 している授業内容の転用 というよりも、学生 とノー トか らなる相互交流的記憶 システ ムCWegner,1987)が保持 している授業内容の転用の指標になる。 この指標を用 いることで、授業内容 の転用 にどういう要因がどう影響 しているのかをよリシステマティックに分析することもで きよう。
(2) boundary objects"と してのノー ト
(1)の議論は、ノー ト見直 しを授業固有性の問題が映 し出される「鏡」と見なす ものである。 しか し、
ノー トは、 その特性 か ら、授業 内容 を個 々の授業 の境界 を越 えて流通 させ る手 段 ( boundary objects")に してい くこともで きるか もしれない。Star&Griesetter(1989)に よると、 boundary objects"と は、その同一性を保 ったまま複数の活動領域の境界を越えて用いることができるという意 味で一般性を持つが、同時にそれぞれの活動領域の目的に対応で きる (必要な情報を提供で きる)と
いう意 味で個別性を併せ持つモノ(こ こには、物や道具だけでな く、概念なども含まれる)を指す。例 えば、辞書がそ うである。新聞を読んでいて意味のわか らない単語があるとき、文章を書 いていて う ろ覚えの漢字をはっきりさせたいとき、国語の時間中に暇つぶ しをするときな ど、 どのような活動で 用 いられようとも、辞書 それ自体は変化 しないが、それでいてそれぞれの目的 に役立て られる。
boundary objects"と してのノー トのメ リットは何よりも、授業内容を想起すべき知識 としてでは な く、物質化・ 外在化 した知識 として参照できるという点にある。物質化することによって、 ノー ト を とりだ して来た り必要なペー ジを探 した りと手間がかかることは確かであるが、その反面、いった んノー トに書 き出 されればそこに記録 された知識の欠落や劣化は抑え られ、「頭の中」に覚えてお くよ りも、活動領域を横断 し得 る知識量を増やす ことができる(第2節 の(1)を参照
)。
また、外在化す るこ とによ って、様 々な文脈 にあわせ て知識 を役立 て ることが容易 にな るか もしれ ない。Chambers&Reisberg(1985)やPetersOn,Kihlstrom,Rose,&Glisky(1992)は 、曖昧図形 (例えば、ウサギとア ヒル)を材料 に して実験を行い、1つの見方 (ウサギ)だけを被験者に伝えてそれを「頭の中」でイメー ジさせた場合、図形を目で見 る場合に比べて、 その同 じ図形を別の見方 (ア ヒル)で捉えることがか な り難 しくなることを明 らかに している。 あるモノが活動領域の境界を越えて活用 されるためには、
同 じモノを異なる文脈・目的に合わせて別の視点か ら捉え直す ことが必要 になって くる。Chambersらや Petersonら の知見は、「頭の中」だけでそれを行 うことが難 しいこと、逆に言えば、「外側」 にある対 象ではそれが比較的、容易 になることを示唆す る。 もちろん、曖昧図形 とノー トの内容を同一に論 じ
ることはできない (しか し、Goody[1978]を 参照
)。
通常 ノー トに書 くような内容 (言葉や説明図)において も、はた して曖昧図形 と同 じような知見が得 られるか どうか、またどのような手だてを講ずれ ばそれを促進で きるかについては、今後、実証的な検討を重ねていく必要がある。
5.まとめ
本論文では、 ノー トが もともとの授業を超えて見直 され ることがない現象を「 ノー ト見直 しにおけ る授業固有性」 と呼び、特 に知識重視の授業においては、それが重要な問題になり得 ることを明 らか に した。 また、授業固有性 はけっして例外的な現象ではな く、む しろ大学生のノー ト活動において広 く認め られるものであること、 ノー ト見直 しが授業固有であるという発想はノー ト研究者の思考の中 にも深 く根づ いていることを示 した。
それではなぜ、大学生のノー ト見直 しは授業固有 になって しまうのか?本論文では 3つ の原因を示 唆 した。すなわち、
1.授業内容の情報的価値が低 く(あるいは、大学生がそう認識 しているため
)、
授業を超えて ノー ト を見直す必要性を学生が感 じない。2.授業内容の背後 にある知識体系が領域固有であるために、その授業内容を記 した ノー トを別の知 識体系を背景 に した他の授業で用 いるのが難 しい。
3.学生 にとって個々の授業がそれぞれに完結 した 1つ の状況 にな ってお り、その状況 と緊密 に結 び ついている授業内容 (ノー トの内容)をそこか ら切 り離 して他の状況に転用す るのが難 しい。
以上のように、 ノー ト見直 しにおける授業固有性が授業内容における授業固有性 と結 びつ く問題 で あることを踏 まえて、最後 に、後者の授業固有性を乗 り越えるための手段 としてノー ト見直 しを どう 利用で きるか (すなわち、「指標」や「boundary objects」 としての可能性)を論 じた。
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注
`
1このメタ分析では、2群の平均値の差を標準偏差で割 って産出 した効果量0を、独立 したサ ンプル の被験者数で重みづけして平均効果量を産出 した。Cohen(1988)の 基準 によるならば、平均効果量の 大 きさは、0.20以下を「小」、0.50を「 中」、0.80以上を「大」 と解釈できる。 また、95%信頼区間が 0を 含んでいない場合、その平均効果量は5%水準で有意 にOではないと言える。