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今回から6回にわたって、 を持つ化合物の反応について学ぶ。カルボニ ル基とは、炭素と酸素が二重結合で結ばれた官能基である。
カルボニル基の大きな特徴は、 ことである。酸素は炭素よりも電気 陰性度が大きいため、電子を引きつけている。その結果、下のような分極が生じる。
この分極は、次のような共鳴式で表すことができる。
カルボニル基の炭素原子は「δ + 」、つまり電子不足の状態にあるため、 と反応 しやすい。今回から4回にわたって、カルボニル基と求核剤の反応について学ぶ。
1.
カルボニル基を持つ化合物を総称して と呼ぶ。カルボニル化合物に は大きく分けて二つのタイプがある。これらは、
で区別される。
タイプ1の代表例は
carboxylic acidである (Z = OH) 。タイプ1の化合物 は、カルボン酸の OH 基を Z で置き換えたものと考え、
carboxylicacid derivatives
と呼ぶ。カルボン酸誘導体には、 (Z = OR) 、 (Z = NH2,
NHR, NR
2) 、 (Z = ハロゲン ) 、 (Z = OCOR) などがある(注
1)。
注1:カルボニル基の に電気陰性度の高い原子が結合したものも、タイプ1と類似の反応性 C O
δ+ δ–
C O δ+ δ–
C O C O
R C O R C R'
O Z
R, R':
Z:
R C O
OH R C O
OR' R C O
N R' R''
R C O
X (X = F, Cl, Br, I) (R' ≠ H)
R C O
O C O
R'
を示す。これらは で、有機合成で有用な化合物である。
タイプ2の化合物は、カルボニル基に炭素または水素が結合したものである。カルボ ニル基に水素原子が1つ以上結合しているものを と呼び、カルボニル基の両 側に炭素原子が結合しているものを と呼ぶ(注2)。
注2:高校化学で、ケトンのカルボニル基を「ケトン基」、アルデヒドの “CHO” 部分を「アル デヒド基」と教えることがあるが、現代の有機化学でこれらの名称を使うことはない。ケトン・
アルデヒドに関わらずC=Oは「カルボニル基」と呼ぶ。また、“CHO” は「ホルミル基」と呼ぶ。
今回と次回は、タイプ2の化合物であるアルデヒド・ケトンと、求核剤との反応につ いて学ぶ。
2.
アルデヒドの系統的名称は、 C=O を CH2に置き換えた炭化水素を母体化合物として、
末尾の –e を –al (アール)に置き換えたものである。アルデヒドのカルボニル基は必
ず主鎖の末端にあるので、このカルボニル炭素の位置番号を1とする。従って、 –al の 場所を表す位置番号はつけない。
アルデヒドの命名法にはもう一つのやり方がある。それは、 -CHO を除いた部分を母 体化合物として、末尾に –carbaldehyde (カルバルデヒド)をつけるものである。
また、アルデヒドの –CHO を -COOH に置き換えたカルボン酸が慣用名を持ってい る場合は、その慣用名の末尾の –(o)ic acid (〜酸) を –aldehyde (〜アルデヒド)に置 き換えた名称が使われる。
H C O
H R C
O
H R C
O R'
(R ≠ H) (R, R' ≠ H)
CH3CH2 C O
H CH3CH2 C
H H H
propane propanal
H
O H
cyclopentane cyclopentanecarbaldehyde
ケトンの命名規則はアルデヒドよりは幾分簡単である。 C=O を CH2に置き換えた炭 化水素を母体化合物として、末尾の –e を –one (オン)に変える。ケトンの場合は、
カルボニル基の位置を示す位置番号が必要である。
ケトンには、もう一つの命名規則がある。これは、カルボニル基に結合している2つ の置換基を並べて、最後に「ケトン」とつけるものである。対称ケトン、つまり2つの 同じ置換基が結合しているケトンの場合は、「ジ〜ケトン」という名前になる(注3)。
注3:上に述べたアルデヒド・ケトンの規則が置換命名法であるのに対して、この命名法は「ケ トン」という官能基の種類を明記する官能種類命名法である。官能種類命名法の原則に従い、英 語名では置換基の名称と “ketone” をそれぞれ別単語と扱って、空白で区切る。
3.
カルボニル基と求核剤の反応の第一段階は、正に分極したカルボニル炭素に対して、
求核剤のローンペアが近づいていき、新しい結合を作ることである。
このままでは、 C が「結合5本」になってしまうので、 C=O のπ結合の電子が押し 出されて、下のようになる。
CH3 C O
OH CH3 C
O H acetic acid acetaldehyde
O OH
O H benzoic acid benzaldehyde
CH3CH2 C CH3 H H
CH3CH2
C O
CH3
2-
butane 2-butanone
CH3CH2 C O
CH3
ethyl methyl ketone
C O
dicyclohexyl ketone
C
O δ+ + Nu– δ–
右辺の中間体では、炭素原子が sp3混成になっている。 sp3炭素は四面体型構造をと るため、この中間体のことを tetrahedral intermediate と呼ぶ。
炭素は四面体型構造をと るため、この中間体のことを tetrahedral intermediate と呼ぶ。
。これは、タイプ1とタイ プ2のカルボニル化合物に共通の性質である。
タイプ1とタイプ2で異なるのは、四面体中間体から「脱離基が外れる」ことがおき るかどうかである。タイプ1の場合は、四面体中間体から電気陰性の置換基が脱離して、
C=O 二 重 結 合 が 再 生 す る 。 こ の 反 応 を nucleophilic acyl
substitution
と呼ぶ。一方、タイプ2の場合は、脱離できる基がないため、四面体中間
体の O 上に H+が結合して付加反応が完結する。この反応を
nucleophilic
addition と呼ぶ。
今回と次回で、アルデヒド・ケトンに対する求核付加反応について学ぶ。この反応は 極めて適用範囲が広い。また、求核剤の種類によって、単に付加生成物を与えるだけで はなく、さらに後続反応が存在する場合もある。以下では、求核剤の種類ごとに、反応 の特徴を紹介していく。
4.
4-1. Grignard
Grignard 試薬・有機リチウム試薬・金属アセチリドは、極めて強い求核剤であり、
カルボニル炭素と容易に結合を作る。反応生成物は O 上に負電荷を持っているが、こ のままで単離することはなく、後処理として H+(通常は薄い酸の水溶液)を加えて、
電荷を持たない化合物として生成物を得る。従って、この反応は二段階の反応となる。
C
O δ+ + Nu– δ–
C
O Nu
C Z
O + Nu– C
Z
O Nu C
Nu
O + Z
C
O + Nu– O C Nu
H+
C HO Nu
この反応は、反応機構が二段階であるだけではなく、実験操作自体も二つの段階に分 かれる。最初から H+を入れると、求核剤が不可逆的に H+と反応してしまうためであ る。この場合、二つの段階の巻き矢印を下のようにまとめて書いてはならない。
と反応してしまうためであ る。この場合、二つの段階の巻き矢印を下のようにまとめて書いてはならない。
このように「求核剤の付加」(①)と「 H+の付加」(②)の巻き矢印をまとめて一つ の式に書くと、「これらの結合生成が同時に起きている」という意味になってしまう。
この反応では、求核剤と H+の付加を別の段階で起こさなくてはならないため、一つの 式に両方の巻き矢印をまとめて書いてはいけない。
また、下のように、反応を示す矢印の上に求核剤と H+をまとめて書くのも誤りであ る。この表記も、2つの反応剤(求核剤と H+)を同時に反応させることを意味してお り、この反応を正確に記述していない。
)を同時に反応させることを意味してお り、この反応を正確に記述していない。
この場合は、下のように書くのが正しい。スペースが限られていて矢印を1本にした い場合は、右のように (1) (2) という番号をつけて表す。
これらの反応では、生成物はアルコールである。アルデヒド・ケトンとの反応で、そ れぞれ二級アルコール・三級アルコールが生成する。
C O
+ R–MgBr C
O R H+
C – MgBr+ HO R
C O
+ C
O C H+
C CR CR
C
HO C CR
C O
+ H+
C HO R
C O
+ H+
C HO R R–MgBr
– MgBr+ R–MgBr
C
O R–MgBr H+
C HO R
C
O R–MgBr H+
C HO R
C O
(1) R–MgBr (2) H+
C HO R
また、これらの反応は「アルコールを作る反応」であると同時に、「新しい炭素−炭 素結合を作る反応」でもある。
複雑な有機化合物の合成は、「炭素−炭素結合を作る反応」と「官能基を変換する反 応」の組み合わせによって実現できる。これまでに学んだ反応、または新たに学んだ反 応を、「炭素−炭素結合を作る反応」と「官能基を変換する反応」に分類して、整理し 直しておくとよい。
なお、 R=H の場合、 "H–MgBr" を使おうとしてはいけない。この化合物は存在しな い。ケトン・アルデヒドに "H–" を付加させたいときは、次に述べる NaBH
4を用いる。
4-2.
アルデヒド・ケトンのカルボニル炭素に H を結合させるには、
sodium borohydride (NaBH4)
をヒドリドの「 」として用いることが多い。
単独のヒドリド (H–) は強塩基ではあるが求核性が低く、カルボニル基への求核付加に は適していない。水素化ホウ素アニオン BH
4–は、形式的にはルイス酸の BH3に H–が 配位結合したものである(注4)。
に H–が 配位結合したものである(注4)。
注4:このように、電荷を持たないルイス酸とアニオン性のルイス塩基が結合した化合物をアー ト錯体 ate complex と呼ぶ。
R1 C H O
R1 C H R–MgBr H+ HO R
R1 C R2 O
R1 C R2 R–MgBr H+ HO R
O (1) CH3MgBr OH (2) H+
C–C
Br2 FeBr3
Br Mg
MgBr (1) O
(2) H+
OH C–C
R1 C R2 O
R1 C R2 H–MgBr H+ HO H
水素化ホウ素ナトリウムとカルボニル化合物の反応は、下のように進行する(注5)。
注5:実はこの反応機構にはいろいろ問題がある。まず、上の四面体中間体は強塩基であるため、
ルイス酸の BH3 と共存できるはずがない。実際には、四面体中間体の O 上に BH3 が結合する はずである。また、実は NaBH4は H+と共存が可能であり、メタノールなどのプロトン性溶媒 中で反応を行うことが多い。ここでは、そういった複雑な詳細にはいったん目をつぶって、
Grignard 試薬などと同様に進む反応と理解しておくことにする。
この反応は、アルデヒド・ケトンをアルコールに変換する「官能基変換」反応に分類 することができる。
5.
5-1. (–CN)
アルデヒド・ケトンに対してシアニド(
–CN)を付加させると
cyanohydrin
が得られる。シアノヒドリンとは、分子内にシアノ基とヒドロキシ基を持
つ化合物である。
この反応では、反応中に H+を共存させておく必要がある。H
+が存在しないと、四面 体中間体の O のローンペアが、シアノ基を追い出して二重結合を再生してしまう。こ れは、シアノ基の脱離能が比較的高いためである。
実際のシアノヒドリン合成では、 HCN を反応剤として用い、触媒量の NaCN を加え
CO
+ H BH3 – BH3 H+ C
O H
C HO H
R1 C H O
R1 C H H+ HO H
R1 C R2 O
R1 C R2 H+ HO H
NaBH4
NaBH4
C O
+ C N C
O C N H+
C HO C N
cyanohydrin
C O
+ C N C
O C N
C
O + C N
て反応させる。 NaCN は溶液中で Na+と
–CN に解離して、
–CN がアルデヒド・ケトン に付加して四面体中間体が生成する。いったん四面体中間体が生成すれば、それが HCN から H
+を引き抜いて
–CN を再生する。
シアノ基は炭素求核剤なので、この反応は「炭素−炭素結合を作る」反応と見ること ができる。実際、シアノ基を加水分解するとカルボン酸になるため、この反応は有機化 合物の炭素数を1個増やす反応としても有用である(注6)。
注6:カルボニル化合物の代わりに、次項で述べるイミンを出発物質として同様の反応を行うと、
アミノ酸が得られる。これを Strecker合成(ストレッカー合成)と呼び、アミノ酸の化学合成 法として極めて一般的なものである。
5-2.
は、アンモニア NH3の水素原子が炭素置換基で置き換わったものである(注 7)。窒素原子に何個の炭素原子が結合しているかによって、
の三種類に分類される。
注7:Nの隣の炭素原子には、CまたはHのみが結合しているものとする。この炭素原子に電 気的陰性な元素が結合していると、性質が大きく変わり、通常のアミンとして論じることは難し くなる。
アミンの窒素原子はローンペアを持っており、求核剤として働く。シアニドと同様に、
アミンも四面体中間体から脱離しやすいため、反応中に H+を共存させておく必要があ る。ただし、アミンも H+と反応するので、プロトン化されないアミンが残るように H+
の量を調節する。
と反応するので、プロトン化されないアミンが残るように H+
の量を調節する。
C
O HCN
NaCN (cat.)
C HO CN
CH3 O
H CH3
OH H
CN CH3
OH H
COOH H+
H2O HCN
NaCN (cat.)
R1 N R2 R1 N H
H
H R1 N
R2 R3
N + H+ N
H
四面体中間体の生成と、それに続くプロトン化は、以下のように進む。
シアニドの反応と異なり、 (★)で示した中間体は安定ではない。ここからの反応は、
アミンの種類によって経路が分かれる。
まず、 N 上に水素原子があるとき(つまり、一級アミンか二級アミンの場合)、プラ スの形式電荷を持つ N 上から H+が脱離して、一つの炭素原子にヒドロキシ基とアミノ 基が結合した化合物ができる。このような化合物を hemiaminal と呼ぶ。
N 上に水素原子がないとき(三級アミンの場合)、ヘミアミナールは生成できない。
この場合は、逆戻りして元のカルボニル化合物とアミンに戻るしかない。つまり、この 場合は中間体(★)の生成は行き止まり平衡である。
ヘミアミナールも不安定な化合物で、通常は単離することはできない。ここから先は、
三つの場合に分かれる。
まず、 N 上にもう一つ H があるとき(一級アミンの場合)、下のような経路で水が脱 離して、 C=N 二重結合を持つ化合物である imine が生成する。
途中で生成するカルボカチオンが、 N のローンペアの非局在化によって安定化されて いることに注意。
N 上に H がないとき(二級アミンの場合)は、イミンを生成することはできない。
この場合、もしカルボニル炭素の隣の炭素に水素原子がついていれば(注8)、この水 素が H+として脱離することで、 N–C=C 構造を持つ化合物であるエナミン enamine が
C O
+ N C
O N H+
C HO N
C HO N
H
– H+
C
HO N hemiaminal
C
O N – H+ H
C O N
C O
+ N
C
HO N H+
C HO N
H H
– H2O
C N H
H C
N
imine – H+
C N H
C N H
生成する。
注8:カルボニル化合物について、カルボニル炭素の隣の炭素のことを「α炭素」と呼ぶ。α炭 素に結合した水素原子のことを「α水素」と呼ぶ。脱離反応の時に学んだ「β水素」という呼び 方と似ているようで異なるので、大変に混乱を招くが、どちらも有機化学で一般的に用いられて いる呼び方なので、慣れるほかない。
上記のどちらでもない場合は、ヘミアミナールは逆反応によってカルボニル化合物と アミンに戻ってしまう。
アミンの反応は、以上の通り複雑である。どのような場合にどういう反応が起きるか を下の図にまとめた。それぞれの経路について、正しく反応機構が書けるようにしてお くこと。
6.
・ カルボニル化合物、二つのタイプ
・ アルデヒド、ケトン
・ アルデヒドの命名法
C CHO N H+
C C HO N
H
– H2O
C C N
C C N
enamine – H+
H H H
C
HO N H+
C O N H
H – H+
C O N H
C
O + N H
C O
+ N
H
H C
N H+ (cat.)
+ H2O
C C O
+ N
H H
H+ (cat.)
C C N
+ H2O
C O
+ N
H
H+ (cat.)
C HO N
C O
+ N C
HO N + H+