コ ン
メ
ーデ
ィア
・リ
ーリ カ 『つ ば め 』 の 台 本 解 釈
森 田 学
は じめ に
本 論 は、 ジャー コ モ ・プ ッチ ー 二
(
Giacomo
・Puccini
1858
−1924
)作 曲の コン メー デ イ ア ・リー リ カ
Commedia
liricai
『つ ばめ』(La
rendine 初演1917
)2の 台 本 を解 釈 する もの で ある。 初期の
2
作 品 を除 くと、 こ の作 品は、 プッ チ ー二 が遺 した 『ラ ・ボエ ー ム
』(La
b
・h
さme :1896
)や 「トス カ』(Tosca
:lgOO)、 『トゥラ ン ドッ ト』(
Turandot
:1926
)3 とい っ た プ ッ チ ー二 の 他の オペ ラ と比べ る と上演機 会が 少ない 4。 一 口 に上演機 会の 少な さを明快に説 明する こ とは 出 来ない な が ら も、 作 品価値か ら 上演の機 会の 頻度を考えて み る と、 『つ ば め』’ c・mmedia liricaの 用 言吾につ いて は、 森 田 (200ga:134−135) を参照の こ と。
2 以 下、作品 名のあ との 括 弧 内 は 初 演 年 を 記 した,
3 遺 作。 プッチーこ の草稿 を も とに フ ラ ン コ ・アル フ ァ ーノが 補筆初 演 さ れ た。 作 曲 者 自 身
に よ る草稿とア ル フ ァーノに よ る補 筆作業につ い て は、ジラル デ ィ お よ びパ ワ ーズの 文献に おい て 詳し く論 じられて い る (Girardi l 995:43S −484、 P。wers 1996 :245−283 >。 また、 当該作 品
は 『トゥ ーラン ドッ ト』と表記 さ れ るこ とが多い が、発 音は [,tU・an ’d・t] とさ れ るべ き もの で、 単語ア クセ ン トに関して言うな ら ば、第一音節の 「Tu−」には、 accen しo secondario (副 次ア クセ
ン ト)が置か れるこ と は あっ て も、accento primario(主要ア ク セ ン ト〉 は置か れ ない 。 その た め、 筆者は 『トゥ ラ ン ドッ ト』 と表 記した。単 語の副次ア ク セ ン トにつ い ては 以下 の文献を 参照の こ と (Canepari 1ggga: 152.154)。
4 プッ チー一二 の オペ ラ作 品 は 以 卜’
の 11作 品 (『トゥラ ン ドッ ト』を含む。『 {部作
1
〔1] Trittico〕を3 作 品と 数 える と 13 作 品)である。 ま た [ ] 内の数 字は、200g 年ア月 1日 か ら 2010 年 6月30 日まで の問に世 界の 主要 歌 劇 場な どで上演 された 「公演回数 」「作 品が上演 さ れ た都 市 数 」「プロ ダク シ ョ ン数 」 を示して い る。こ れ らの データ は オペ ラ ・デ ータベ ース
(htrp:〃 wu ・w.operabase .com !index.cgi ?1ang・ir)に よ る。
『妖 精ヴィ ッ リ』(Lc villi :1884)一.一
幕の レッ ジェ ン ダ ・ドラ ンマ ・一テ イカ、フ ェ ル デ ィナ ン ド・フ ォ
ンターナ
台 本 (改 訂版 は二 幕の オペ ラ ・バ レエ 、最 終版 も あ り)[312〆2 コ
『エ ドガ」レ』(Edgar :1889 )四幕の ドラ ンマ ・リーリコ 、フ ー ル デ ィナ ン ド・フォ ン ターナ台 本 (改 訂 版は 三幕、最 終 改訂 版あ り)[2812/2]
『マ ノン ・レス コ ー』(Manen Lescaut:1893)四幕の ドラ ン マ ・リーリコ (ルイージ ・イッ リ カ、ドメー
ニ コ ・オ リーヴァ台 本 )(改 訂 版および最 終 改 訂 版 あり)[106122/23 ] 『ラ ・ボエ ーム』(la bQhとnie :18%)四景の ドランマ ・リーリコ
、 ジュ ゼ ッペ ・ジ ャ コーザ
、 ル イージ ・
イッ リカ台 本 [467!84192]
1 「ト ス カ』(Tbsca:1900 )三幕の メロ ド ラン マ 、ジュ ゼ ッペ ・ジ ャ コ ーザ、ル イージ ・イッ リ カ台 本
[42ア170176]
“ 「蝶々 夫人』(Madama Butterfly:lyo4 )二 幕の トラ ジェ 一.一
デ ィァ・ジャ ッポネーゼ、ジュ ゼ ッ ペ ・ジャ
コ ーザ、ル イージ ・イッ リカ台本 (改訂二版 〔プ レー一シ ャ版〕、改 訂 三 版、最 終 改訂四 版 〔パ リ 版〕、 最 終 改 訂 版 あ り)[385/681ア9]
『西 部の 娘 』(IA fanciulta del WeSt:1910 ) {幕の オペ ラ、グェ ル フ ォ ・チ ヴィニ ー二 、カル ロ ・ザ ン
ガリー二 台 本 [401717]
『つ ば め』(La rondine :1917 )三 幕の コ ンメーディ ア ・リーリ カ、ジュ ゼ ッペ ・ア ダーミ台 本 (改 訂
二 版、改 訂三 版 あ り)[2416!6]
『三部 作』(ll・rrirtic。 :T・J]8 )(最 終 版 あり)[13gt24/34]
一1 『外 套』(ll tabarro )ジュ ゼ ッ ペ ・ア ダーミ台本 L39f71ア]
一2 『修 道 女ア ン ジェ ーリ カ』(Suor Angc[ica)ジョ ヴァ ッ キー一ノ ・フ ォ ル ツ ァーノ台 本 [42tlO19] 一3 『ジャ ンニ ・ス キッ キ
』(Gianni Schicchi)ジョ ヴァ ッ キーノ ・フ ォ ルツ ァーノ
台 本
L58tl7fl7
] 『トゥラン ドッ ト』(TurandOt :1926) 三幕の ドランマ ・リーリコ、 ジュ ゼッペ ・アダーミ
、 レナ・.一ト・
シモ ー二 台本 [227t40145 コ
’ ソ ン ヅォ ーニ ョ 出版 が管理 してい る 『つ ば め』の演 奏 記 録は 以下の通 りである (1917 年一 lgg4年 ま
で)、,
1917 牢 :モ ン テ ・カル ロ [世界初 演 ]、ブエ ノス ・ア イ レス 、ボ ローニ ャ [イタリア初 演 ]、ベ ル ガモ 、 リ オ ・デ ・ジャ ネイロ 、ミラーノ ・ダル ・ヴェ ル メ劇場、サ ン ・パ オロ 、ト リーノ ・キャ レッ ラ劇 場、
ジェ ーノヴァ ・ポ リテーマ ・ジェ ノヴェ ーゼ
1918 年 :ロ ーマ ・コ ス タン ツ ィ劇 場、ナーポリ、ヴェ ローナ 191g 年 : コ ペ ンハ ーゲン
192 年 1パ レ ル モ (第二版)、ウィーン (第二版 )
※ 以 下、第二 版の上演ナシ,, これ以 降、記 念 公 演 的色 合い が濃くな る。
1924 年 :フ ィウーメ [祝 賀 公演 ] 1925 年 :ヴェ ネーッ ィ ァ [追 悼 公 演 ]
1926年 :モ ンテ ・カ ル ロ (Paul Mi且letの仏 訳L’
hirondelleに よ る 上 演 /仏 版は 1927 年ヴィ シーVichv、 カイロで も上演 )
1り28年 : ニ ュ ーヨ・.一ク [アメ リカ 初 演 ]
1931 年 :イタリア国営 放 送 ・トリーノ支局、お よ びロ ーマ 支 局 [ラ ジ オ放 送 ] 1956 年 :イタ リ ア国営 放 送 ・トリーノ支局 [ラ ジオ放送]
lg3g 年 :イタ リア 国営 放 送 Lローマ 攴局 [ラ ジオ放 送]、ローマ ・土立 劇 場
]940年 :ミラーノ ・ス カーラ 座
1947 年 : イタリア国営放 送 ・ロ ーマ 支局ア ウ デ ィ トーリ ウム 1953 年 :イタ リア 国 営 放 送 ・ト リーノ 支局ア ウ デ ィ トーリ ウム 1954 年 :バ ルセロ ナ [スペ イン初 演 ]
1958 年 :ナーポ リ・サ ン ・カル ロ 劇 場
1961 年 :ス ポレート [コ ン クール 入賞.者に よ る公演 ] 1%8年 :ト リエ ス テ
1gア1年 :ボロ ーニ ャ、ル ッ カ、ブエ ノ ス ・ア イレ ス、リス ボン、 パ リ [演 奏 会 形 式 ] 1972 年 :ロ ーマ ・オペ ラ座、ヴェ クス フ ォ ード・フ ェ ス テ ィ バ ル
1973年 :ヴェ ネーッ ィ ア、カラカ.ス [ヴェ ネズエ ラ初 演 ] 1974年 : トレ ヴィーゾ 匚プッ チー二 没 後50年公演 ]
1981 年 : ピー一サ、ミ ラーノ ・コ ン セ ル ヴァ トーリ オ ・ヴェ ル デ ィ [RAI シーズン 公 演 ]
]g85 年 :カ ターニ ア ・ベ ッ リー二 劇 場、ヴェ ネーッ ィア 1986 年 1パ レ ル モ ・ポリ テーマ ・ガリバ ル デ ィ
、 アヴィニ オ ン. 1990 年 : トロ ン ト
lgg1 年 :モ ンテ ・カルロ 、ブエ ノス ・アイレス 、ロ ン ドン ・オペ ラ ・グ ループ、カターニ ア 1992 年 ニアン トワープ
1994 年 :ミ ラーノ ・ス カーラ座、ベ ルガモ 、ブ レーシ ャ 〈第三版>
1987 年 :ボロ ーニ ャ
1988 年 : トル レ ・デル ・ラーゴ 1989年 :ナー一ポ リ
1gg4 年 : トリーノ [3 幕の み]、リーズ ・ノース ・オペ ラ、ルートヴィヒスハ ーフ ェ ン
(MorinL, Ostali, Osta[i jr. 19L)5:671−683)
36 イ タ リ ア学 会誌 第 60号 (2010 年)
コ ン メーデ イ ア ・リー リ カ『つ ばめ』の 台本 解 釈
が 他の作 品よ りも劣る もの だと考 える こ ともで きるだろ うが、 他の作 品 と比
べ て その真価が充分に理 解 さ れて い ない ともとれ る の で は ない だろ うか 5。
そこで筆者は、 『つ ば め』の 台本 を読 み 解 くこ とで 、作 品の表現 して い る こ と、
作 曲家が表現したかっ たこ とを知るた めの 手がか りが得られ る と考え、 本 論
におい て台 本の 解 釈を行い たい 。
台本の解 釈にあた っ て、 まず 台本の成立過程 と形式 的側 面 (プッ チー二 に
おける オペ ラ台本)につ い て 見た 上で 、 筆者が 主 人 公マ グ ダ
Magda
の 人物 像を読み解 く鍵に なる と考える 「つ ばめ」、「影」、 「高 級 娼 婦の 歴 史的背 景 」とい っ た 三つ の 要 素につ い て明 らか に して い く。 具 体的に は、 ヒ ロ イン ・マ グダにつ い て、 高級娼婦とお針子 につ い て 、 モ ラル につ い て順を 追っ て見た 後に、 こ れ ら三つ の要 素が作品の 中で は、 具体 的な事 象や事 実 関係 と して表 わ さ れて い るの で はな く、 イメ ー ジ と して 見 え隠れする よ うに表現 されて い
る点や 、 それ をい か に演 じ る か が作品 成立 におい ては重要で ある と プ ッ チ ー
二 自身が考 えて い た かとい っ た点 に も注 目 しなが ら台本 解釈を行っ てい く。
1
.台 本
の成
立過 程
プ ッ チー 二 は、 オペ ラ作 曲家とし て 国際 的な名声をすで に手に し て い た
1913
年10
月 (当時54
歳)、自身の 作 品 『西部の娘 』の ヒ演に立ち会 うた め に 、ウ ィー ン に い た。 その 際に 、 フ ラ ン ツ ・ レハ ー ル (
Franz
Leh蕊r:1870−1948)の 紹 介で カ ール 劇場
Karl
Theater
に も足 を運び 、 同劇 場 支配人ジ ーク ム ン ト・ア イベ ン シ ュ ッ ツ (
Siegmund
EibenschUtz
:1856−1922)お よびエ ミ ル ・ベ ルテ(
Emil
Berte
:1855
−1922
)6 か ら新作オペ レ ッ タの 依頼 を受け る。 そ こか ら誕 生したのが、
3
幕の コ ン メーデ ィア ・リー リカ 「つ ばめ」で ある。「つ ばめ』の 台本は、 カ ー ル劇場サ イ ドか ら提 示 さ れ たア ル フ レ ッ ト・マ
リ ア ・ヴ ィ ル ナ ー (
Alfred
Maria
Willner
:1859−1929
)とハ イン ツ ・ラ イヒェ ル ト (HeinzReichert
)の ドイッ 語散 文草 稿Die
Schwulbe
(『つ ばめ』 現 存 し て い6 音楽 出 版 社 主で カール劇場の 共 同 支 配 人。兄ハ イン リヒ と 混 同 し ない よ うに とバ ッ デ ン
C2007
:索 引73) も指摘してい る.ない )が も とに な っ て い る。 新 作 オペ レ ッ タ作 品 とし て依 頼され た もの を、 プ ッチ ー二 は作 曲を進め る うち にオペ ラ (コ ン メ ー デ ィ ア ・リー リカ) と し
て 完 成 させ た 7。 オペ レ ッ タ作品 を作 曲 す る こ とをプ ッ チ ー 二 が 簡 単 に考え てい た と思われ る手紙が残 され てい る。 この 手 紙が プ ッ チ ーこ の 出世作 『マ
ノ ン ・レス コ ー』や前 出の 『ラ ・ボエ ー ム』 な どの 台本 を数 多 く手 掛 けた ル イー ジ ・イ ッ リ カ (
Luigi
lllica
:185
アー1919>に宛て て1905
年5
月8
日に出 さ れ た もの である (Gara
1958
:293
)。オペ レ ッ タ ? […] 旅 行 中に仕
E
げ られるん じゃ ない か。 オペ レ ッ タ っ て こ と は二 十 曲 ぐらい の小 品 を書 けばい い ん だろ 、そ れが 外 国 じゃあ 大 仕事と して扱 われ る の だか ら
プ ッ チ ー二 は イタ リア語 台 本執 筆 を依 頼 しよ うと考 えて い た ジュ ゼ ッ ペ ・
ア ダ ー ミ (
Giuseppe
Adami
:1878−1946 )を ヴィ ルナー と引 き合わ せ る機会 を1914
年5
月に ミラー ノ で 設 けて い る。 こ の 会合の後に 、 ウ ィー ン の 劇 場サイ ドとの 仲 介人 と なっ てい た ア ン ジェ ロ ・ア イス ナ ー (
Angelo
Eisner
)へ の 手紙の 中で プ ッチ ー二 は台 本の プロ ッ トの 弱さを心 配 しつ つ 、 手 を加 える 必 要性 を訴 えて い る (Gara
l958
:425
−426
、 下線は筆者 に よ る)。『つ ば め』の台 本が どう も余 り私 を とびつ か せ る よ うなもの で はない の で 、 い さ さ か 心配で す…オペ レ ッ タ とい うもの につ い て 私たちが知 っ て い る大体にお い て セン
チメ ン タル で、 うん ざ りする ような俗っ ぽい 調子 を、すで に使い 過 ぎて い る よ うで す. 私は何が し かの ちょ っ とし た特徴を持た せ たい 、 何か グロ テ ス クな、 つ ま りは
独創的な,、 しか し実際に は… と もか く仕事は進めて い ます。 […コ
同年
7
月 26 日、ヴィ ア レ ッ ジョ にい た プッ チ ー 二 は ウ ィ ー ン の ア イス ナー 宛に次の よ うな手 紙 も書い て い る (Gara
lg58:426
−427
、 []お よび 下線は筆フ イ タリア ・オペ ラ に おい てはその 台 本の 詩句は基 本 的にすべ て韻 文で書 か れ た 上で、すべ
て歌われるの が常で あっ た。 こ こ で の 、 オペ レ ッ タ とオペ ラの違い は 音 楽辞典 な どで そ れ ぞ
れ の ジャ ン ル をよ り明確に規 定 し て用い ら れ る類の もの で はな く、プ ッ チ ー二 が 考 えてい た
「歌 うナンバ ーと語 りに よ る セ リフ =オペ レッ タ台本 」、「本来歌わ れるア リアや重唱 などの部 分も語る要素の 強 くなる セ リフ の部分 もすべ て 歌わ れ る ことを前提 とした韻文 ;オペ ラ台本」
と する。
38 イタリア学 会 誌 第6 号 (2010 年 )