福岡県工業技術センター 研究報告 No. 19 (2009)
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3次元成形可能な天然木化粧材料の開発
竹内 和敏*1
Development of Sliced Natural Wood Material for Three-dimensional Molding
Kazutoshi Takeuchi
意匠性に優れた木材はスライスして薄板(突板)とし,他材料の表面に貼り付けることで化粧材料として用いら れてきた。しかしながら突板を用いた表面化粧では,皺や割れが生じるため,基材はパネル等の平面に近いものに 限られている。3次元成形が可能な天然木化粧材料を開発できれば,製品デザインの自由度が高くなり,木製部材 の利用範囲が拡大すると期待される。そこで3次元成形が可能な天然木化粧材料を開発することを目的とし,本研 究では前処理としての木材の圧縮性について検討を行った。その結果,圧縮過程における応力変化の挙動を把握す ることができた。また,飽水処理やPEG含浸処理による軟化処理試験片と気乾試験片における圧縮過程の違いが明 らかになるなど,木材の圧縮性について基礎的な知見が得られた。
1 はじめに
天然木の意匠性を活かした木製部材は,家具,住宅 内装部材,自動車用内装材や家電製品など,様々な場 所で製品の差別化や高級感の演出のために用いられて いる。意匠性に優れた木材は希少であるため,スライ スすることで突板として数量を増やし,他材料の表面 に貼り付けることで化粧材料として用いられてきた1)。 従来の突板を用いた表面化粧では,皺や割れが生じる ため,基材はパネル等の平面に近いものに限られてい る。そのため,木材への3次元形状の付与は主に切削 加工によって行われてきたが,切削による加工は歩留 まりが低いため製造コストが高く,使用範囲が限られ るという問題があった。
木材は中空の細胞が集まって構成される天然の多孔 質材料であるため,圧縮変形は容易である。木材を適 切な条件で圧縮すると細胞壁は破壊することなく屈曲 変形する。このとき細胞壁が屈曲変形した状態で,圧 縮方向と平行方向にスライスすることで,細胞壁が屈 曲した細胞から構成される突板を得ることができる。
こうして作製された突板は,変形を受けた細胞壁が伸 展あるいは屈曲することにより,巨視的な皺や割れの 発生を抑制し,伸縮性が向上すると考えられる。伸縮 性が向上した突板を用いれば,前述のような問題を解 決することができるため,製品のデザインの自由度が 向上し,木製部材の利用範囲が拡大すると期待される。
本研究では3次元成形が可能な天然木化粧材料を開
発するため,化粧材料として多く利用されているメー プルとウォルナットの2樹種について,前処理として の圧縮性の検討を行った。
2 研究,実験方法 2-1 供試樹木
家具などの表面化粧材料としてよく用いられるメー プルとウォルナットの2樹種を供試樹木として用いた。
それぞれ供試樹木から半径方向(R方向)24mm,接線方 向(T方向)20mm,繊維方向(L方向)30mmの試験片をL方 向に連続して採取した。気乾比重はメープルが0.78,
ウ ォ ル ナ ッ ト が 0.62 で , 平 均 年 輪 幅 は メ ー プ ル が 2.2mm,ウォルナットは2.6mmであった。なお,試験片 は1試験条件につき3個とした。
2-2 軟化処理
上述の試料に軟化処理として飽水処理とポリエチレ ングリコール(PEG)含浸処理を行った。PEG含浸処理に は平均分子量1,000のPEG(和光純薬工業製ポリエチレ ングリコール1,000)の30%水溶液を用いた。試料を蒸 留水あるいはPEG水溶液に浸せきさせた状態で真空ポ ンプを用いて2時間減圧し,その後0.8MPaで2時間加圧 して蒸留水あるいはPEG水溶液を含浸させた。
2-3 圧縮加工
圧縮加工には材料試験機(島津製作所製オートグラ フAG-100kNX)を用いた。圧縮速度は2mm/minで行なっ た。圧縮は金型を用いて接線方向の変形を拘束し,半 径方向に行った。
*1 インテリア研究所
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2-4 組織観察
圧縮加工による細胞の変形の様子を把握するため,
圧縮前および圧縮後の木口面の組織観察を行った。試 験片の作製にはスライディングミクロトームを用い,
組織観察はデジタルマイクロスコープ((株)ハイロ ックス製 KH-3000VD)を用いた。
3 結果と考察
3-1 圧縮過程における応力の変化
図1にメープルの気乾試験片の圧縮過程における応 力の変化を示す。この図に示されるように,まず圧縮 率の増加と共に直線的に増加する①の弾性変形領域,
次に降伏点を超えると圧縮率が増加に対して応力の増 加が小さくなる②のプラトー領域,続いて圧縮率の増 加に対して急激な応力の増加が見られる③のデンシフ ィケーション領域が現れた。①の弾性変形領域では与 えられたひずみは細胞壁内に弾性ひずみとして蓄えら れていると考えられる。②のプラトー領域では,降伏 点から細胞壁の座屈が生じ始め,ひずみの増加ととも に座屈した細胞壁を持つ細胞が増加していると考えら れる。③のデンシフィケーション領域では座屈した細 胞壁同士が接触を始めるため急激に応力が増大してい ると考えられる。ただし②のプラトー領域と③のデン シフィケーション領域の境界は明確ではなく,細胞壁 の座屈の増加と座屈した細胞壁同士の接触は同時に進 行していると推察される。
本研究開発では圧縮により木材細胞壁に座屈変形を 生じさせ,成形加工時に座屈した細胞壁が伸展するこ とで引張に対する破壊ひずみを増大させ,成形性の向
上を図る。そのため成形性の向上のためには,より多 くの細胞が座屈変形をしていることが望ましい。一方 で③のデンシフィケーション領域では圧縮に必要な応 力が増加するため,現実には金型やプレスなどの装置 での制限が生じる。そのため,実際に加工を行う際に は,圧縮率と応力の関係から製品に応じて最適な圧縮 率を求め,金型や装置の設計をする必要がある。
3-2 軟化条件による違い
図2に軟化条件の違いによる圧縮率と圧縮応力の変 化を示す。図中に直線で示すように,メープル,ウォ ルナット共に,飽水処理とPEG含浸処理の試験片は弾 性変形領域において気乾の試験片と比較して直線の傾 きが小さく,細胞壁が軟化していることが確認された。
その後,メープルでは気乾の試験片の40%程度の応力 で,ウォルナットでは気乾の試験片の50%程度の応力 で降伏が生じた。飽水処理およびPEG含浸処理では気
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180
0 20 40 60
圧縮率 (%)
応力 (MPa)
①
②
③
図1 メープル気乾試験片の圧縮過程の応力変化 図2 軟化条件の違いによる圧縮時の応力変化 0
20 40 60 80 100 120 140 160 180
0 10 20 30 40 50 60 圧縮率 (%)
応力 (MPa)
気乾 飽水 PEG
メープル
0 20 40 60 80 100 120 140 160 180
0 10 20 30 40 50 60 圧縮率 (%)
応力 (MPa)
気乾 飽水 PEG
ウォルナット
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乾試験片と比べて小さな応力で細胞壁の変形が生じて おり,細胞壁が軟化していることが推察された。プラ トー領域では,飽水処理およびPEG含浸処理試験片は 同一圧縮率で比べるといずれも気乾試験片の50%程度 の応力を示した。更に圧縮率が増加すると,飽水処理 およびPEG含浸処理試験片では気乾試験片よりも低い 圧縮率で圧縮応力の急上昇が始まり,メープルの飽水 処理試験片では圧縮率38%,PEG含浸処理試験片では 圧縮率34%で気乾試験片の応力を上回り,ウォルナッ トの飽水処理試験片で圧縮率31%,PEG含浸処理試験 片で圧縮率28%で気乾試験片の応力を上回った。これ は飽水処理およびPEG含浸処理試験片では細胞内腔に 水およびPEG水溶液が満たされており,比較的圧縮率 が低い間は細胞内腔に存在する水およびPEG水溶液が 細胞間を移動できたが,圧縮が進行し,細胞壁同士が 接触を始めると液体の移動が困難となり,急激に応力 が上昇するためであると考えられる。飽水処理とPEG 含浸処理試験片を比較するとPEG含浸処理試験片の方 が低い圧縮率から応力の上昇が始まるが,これはPEG 水溶液の粘度が水よりも高いことによるものと思われ る。
また,ウォルナットの飽水処理とPEG含浸処理の試 験片では高圧縮域で試験片の破壊が生じた。これは圧 縮によって細胞の内圧が上昇して細胞壁の強度を超え たためであると考えられる。メープルでは今回の試験 条件範囲では破壊は見られなかった。これはメープル とウォルナットの組織構造の違いや,液体の移動の容 易さによるものと考えられ,さらに圧縮率を上昇させ ていけばメープルもウォルナットと同様に破壊が生じ るものと思われる。
さらに,圧縮した試験片をプレスから取り出すと圧 縮変形がいくらか回復するスプリングバックを生じた。
このスプリングバック量は気乾試験片では小さく,与 えた変形の多くは残留ひずみとして蓄積された。しか し,飽水処理およびPEG含浸処理試験片では解圧と同 時に与えた変形のほとんどは回復した。これは水分子 あるいはPEG分子が木材構成成分の水素結合による凝 集力を低下させ,弾性回復が生じるためであると考え られる。そのため,与えた圧縮変形を残留ひずみとし て残すためには試験片を乾燥してから解圧する必要が ある。以上のことから,木材の圧縮に関して次のこと
が言える。圧縮加工において飽水処理やPEG含浸処理 図3 圧縮前後の木口面組織
ウォルナット半径方向30%圧縮後
200 µ m
メープル圧縮前
200 µ m
メープル半径方向30%圧縮後
200 µ m
ウォルナット圧縮前
200µm
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などの軟化処理は加工時の応力を低減させるのに有効 であるが,細胞内腔に自由水が存在する場合,高圧縮 域で応力が上昇し破壊を生じる可能性がある。軟化の 点からは繊維飽和点で圧縮を行うのが理想的であるが,
含水率が高くなると解圧時のスプリングバック量が多 くなるため,与えたい残留ひずみ量に応じて圧縮率や 含水率などの圧縮条件を定める必要がある。
3-3 組織観察
図3に気乾試験片における圧縮前後の組織の木口断 面を示す。メープル,ウォルナット共に,主に道管細 胞が大きく変形していることが明らかとなった。道管 細胞と比較して木繊維や柔細胞は細胞の直径が小さく,
圧縮による変形が小さかった。また,放射組織は道管 細胞の変形に伴って座屈していることが分かった。メ ープル,ウォルナットいずれの樹種も細胞壁の破断や 細胞間層のはく離などの巨視的な破壊は生じておらず,
気乾状態の圧縮で細胞壁に座屈変形を与えることが可 能であると確認された。
4 まとめ
3次元成形が可能な天然木化粧材料を開発すること を目的とし,メープルとウォルナットの2樹種につい て,前処理としての圧縮性の検討を行い,以下の知見 を得た。圧縮過程における応力変化は応力が直線的に 増加する弾性変形領域,次に降伏点を超えた後にプラ トー領域,続いて急激な応力の増加が見られるデンシ フィケーション領域が現れ,低圧縮率域では飽水処理 およびPEG含浸処理試験片の圧縮応力は気乾試験片の それよりも小さかったが,高圧縮率域では気乾試験片 の圧縮応力よりも高い値を示した。さらに圧縮後の組 織観察の結果から,気乾状態の圧縮で細胞壁の破断や 細胞間層のはく離などの巨視的な破壊は生じることな く,細胞壁に座屈変形を与えることが可能であった。
5 参考文献
1) 大 関 利 之 : 木 材 工 業 , Vol.62(11) , pp.503-506 (2007)