―ラムゼー・タイプの最適成長の場合―
浅田 統一郎
1 はじめに
2 プロトタイプ・モデルとその発展型の概要
3 モデル 1 に人口成長と技術進歩を導入した場合(モデル 1A)の解析
4 簡略化されたモデル 2 に人口成長と技術進歩を導入した場合(モデル 2A)の解析 5 結 論
補論A:状態変数が 2 種類ある連続時間動学的最適化モデルにおける循環的変動の存在条件
について
補論B:連立方程式(70)の解法
1 はじめに
山下・大西(2002),大西・金江(2008),高橋(2011),大西(2012),金江(2013)等は,「マル クス的経済成長モデル」ないしは「新古典派マルクス・モデル」と名付けられたマクロ経済モデ ルを提唱し,このモデルが「資本主義の終焉」を予言するマルクス(Marx(1867,1885,1894))
の「史的唯物論」(historicalmaterialism)を数学的に証明したものであると主張している1).彼等 が定式化したモデルは,Solow(1956)やSwan(1956)に端を発するソロー・スワン・タイプの 新古典派経済成長モデルやRamsey(1928)に端を発するラムゼー・タイプの新古典派最適成長モ デルと極めて類似しているが,彼等のモデルから導かれる解経路がゼロ成長の定常状態に収束し てやがて資本蓄積が停止する,と結論づけ,そのことによって「資本蓄積のための社会システム
=資本主義の終焉」が数学的に証明された,と主張している.
1 ) 大西・金江(2008)は,以下のように書いている.「マルクス史的唯物論の数学的定式化を果たそうと する研究を我々の研究室ではこの数年間継続している.…(中略)…史的唯物論の基本的な内容である① 技術の社会的規定性,②その歴史的変遷を,①産業革命による資本蓄積過程の開始,②その目標蓄積量 の達成後における『資本蓄積のための社会システム』=資本主義の終焉という形で証明されたのが『史 的唯物論モデル』であることの根拠となっている.新古典派的な最適成長モデルでもあるという意味で
『マルクス的最適成長モデル』ないし『新古典派マルクス・モデル』と呼ばれているものである.」(大 西・金江(2008)43頁)
ところで,松本・浅田(2018)は,「新古典派マルクス・モデル」の提唱者達による「モデルの 解がゼロ成長状態に収束する」という結論は,モデルの定式化の際に置かれた特殊な仮定に依存 しており,一般性がないことを指摘している.松本・浅田(2018)は,( 1 )労働人口の成長と技術 進歩をモデルに導入すればモデルの均衡解はゼロ成長の定常状態ではなく実質資本ストックや実 質消費が成長し続ける均衡成長経路になることを指摘し,( 2 )若干の追加的な仮定のもとでは均 衡成長経路をめぐる循環的変動が発生することを,数学的に厳密に証明している.ただし,松本・
浅田(2018)は,高橋(2011)によって定式化された動学的最適化に明示的には依拠しないソ ロー・スワン・タイプのモデルを分析の対象にしている.
本稿では,山下・大西(2002),大西・金江(2008),大西(2012),金江(2013)等によって定式 化された明示的に動学的最適化に依拠したラムゼー・タイプのモデルを対象として数学的に厳密 に分析し,このモデルにおいても松本・浅田(2018)の結論が基本的に妥当することを証明する.
本稿の構成は,以下のとおりである.
第 2 節では,山下・大西(2002)や大西(2012)に収録されている状態変数が 1 種類(資本ス トック)のプロトタイプ・モデルとしての「モデル 1 」と,大西・金江(2008)で定式化されてい る状態変数が 2 種類(資本ストックと中間財ストック)のより複雑な「モデル 2 」を要約している.
「モデル 1 」は 2 変数,「モデル 2 」は 4 変数の非線形微分方程式システムによってそれぞれ表現 できるが,いずれのモデルでも,持続的な経済成長は発生しない.「モデル 1 」においてはゼロ成 長の定常状態に解が単調に収束することが,モデルの提唱者自身によって証明されている.「モデ ル 2 」の解の性質も同様であることがそのモデルの提唱者達によって示唆されているが,彼等が それを証明しているわけではない.第 3 節では,「モデル 1 」に人口成長と技術進歩を導入した
「モデル 1A」を定式化し,このモデルの解が実質資本ストック,実質所得,実質消費が成長する 均衡成長経路に単調に収束することを証明している.第 4 節では,「モデル 2 」に人口成長と技術 進歩を導入し,その他の点についてはむしろ簡略化した「モデル 2A」を定式化し,このモデルの 解の性質を詳細に分析している.そこでは,このモデルの均衡解もゼロ成長の定常状態ではなく均 衡成長経路であり,パラメーターとして与えられた割引率のある範囲内では均衡成長経路をめぐ る循環的変動が発生し得ることが,数学的に厳密に証明されている.第 5 節では,結論が述べられ る.なお,本文の記述を補う 2 つの数学的な「補論」が,最後に収録されている.
2 プロトタイプ・モデルとその発展型の概要
2-1 モ デ ル 1
ラムゼー・タイプの最適成長理論に依拠する「新古典派マルクス・モデル」のプロトタイプ・
モデルは,大西(2012)第 4 章によって定式化されている2).そのモデルは,以下の( 1 )-( 4 )で示
( 1 ) subjectto
( 2 )
( 3 )
( 4 )
ここで,C=消費財の生産量(実質表示),U=消費から得られる総効用,K=実質資本ストッ ク,L=総労働量(定数として与えられる),s=消費財の生産に配分される労働の比率(0≤s≤1),δ
=資本減耗率(0<δ<1,定数)であり,A1,A2,αは,定数として与えられる生産関数のパラメーター
(A1>0,A2>0,0<α<1)であり,rは,パラメーターとして与えられる割引率(r>0)である.tは,時 間を表す記号である.この動学的最適化問題において,K(t)が「状態変数」(statevariable)であ り,その初期値K(0)は所与であると仮定されている.s(t)は「制御変数」(controlvariable)であ り,その初期値(0)も含めて自由に選べることが仮定されている.ここで採用した記号は,必ずs しも大西(2012)が採用した記号と同じではないが、s(t)という記号は,大西(2012)の記号を踏 襲している3).なお,このモデルにおいては労働人口の成長率と技術進歩率がいずれもゼロと仮定 されているが,「資本主義の終焉」という大西(2012)の結論は,この仮定に決定的に依存してい ることが,後に明らかになるであろう.
( 1 )式は,この動学的最適化問題の目的関数が消費から得られる総効用の割引現在価値である ことを示している.この想定は,標準的な新古典派最適成長モデル(Ramsey(1928)に端を発する いわゆるラムゼー・タイプのモデル)と共通である4).通常新古典派マクロ・モデルでは,効用関数 U(C)はU(C)>0,U(C)<0という性質を満たすものと仮定されているが,( 2 )式は,そのような 性質を満たす効用関数の具体例である5).( 3 )式は,消費財生産部門の生産関数は新古典派的なコ ブ・ダグラス型生産関数であることを示している.( 4 )式は,資本財は労働のみによって生産さ
2 ) 大西(2012)の第 4 章は,「資本主義の発展と消滅」と題されている.
3 ) この記号法は,混乱を招きやすい.なぜなら,経済学においては通常sという記号は貯蓄率(所得の うち消費に回らない割合)を示すのに対し,大西(2012)の表記法では,sは,消費財の生産に回る総労 働の割合を示すからである.
4 ) Ramsey(1928)によるオリジナル・モデルでは,割引率rがゼロであると仮定されているが,現在標準 的であるとされているラムゼー・タイプの最適成長モデルでは,このモデルと同じように,rが正であると 仮定されている(BarroandSala-i-Martin(2004),Chiang(1992),D.Romer(2006)を参照されたい).
5 ) ( 2 )式を微分すれば,U(C)=1/C>0,U(C)=-1/C2<0となる.
れ,資本財生産部門の生産関数は線形であることを示している.このモデルは,労働が常に完全雇 用され,生産された消費財が自動的に消費される(いわゆるセー法則)という,新古典派的な特徴 を持っている.
標準的なラムゼー・タイプのモデルでは,所得のうち消費支出に回す割合(平均消費性向)が制 御変数として想定されているが,ここで紹介した「新古典派マルクス・モデル」では,消費財生 産部門と資本財生産部門の間の労働配分比率が制御変数と想定されている.大西(2012)は,この 特徴が「マルクス的」であると主張し,以下のように述べている6).
毎期総労働力をどの比率(s(t): 1-s(t))でふたつの生産部門に分割するかというのが「人 類」の操作変数となっている.このモデルが「マルクス派最適成長モデル」と呼ばれるのは,
以上のような成長過程中の「最適化」として問題を定式化しているためである.(大西(2012)
131頁)
このモデルは,動学的最適化問題を解くための常套手段である「ポントリャーギンの最大値原 理」(Pontryagin’smaximumprinciple)を用いて,以下のようにして解くことができる(Chiang
(1992)Part 3 参照).
まず,「経常値ハミルトン関数」(currentvalueHamiltonian)を以下のように定義する.
( 5 )
ここで,μ(t)は,動学的な制約( 4 )式に付随する「補助変数」(costatevariable)である.この とき,動学的最適化の必要条件は,以下の方程式システムによって与えられる.
( 6a)
( 6b)
( 6c)
( 6d)
6 ) このように,このモデルは中央集権的な計画当局による「社会的計画」(socialplanning)モデルとし て定式化されているが,大西(2012)「補論 1 」は,完全競争を想定した「分権的市場モデル」からこの モデルを導出できることを示している.このことは,このモデルが事実上新古典派最適成長モデルであ る「ラムゼー・モデル」と同じであることを意味している.
システムに変換することができ,その均衡点では,K=K*>0,C=C*>0,s=s*∈(0,1)となる.
大西(2012)は,このシステムの解が均衡点に単調に収束すること,すなわち ,
( 7 )
となることを示し,このモデルの解が定常状態(ゼロ成長の状態)に収束するという証明が ,「資本 蓄積のための社会システム=資本主義の終焉」という「史的唯物論の命題」の数学的証明になって いる,と主張している.大西(2012)は,K(0)<K*の場合を前提にして,以下のように述べている.
資本蓄積の過程=「拡大再生産」の過程で生じることをまとめると以下の 2 つになる.すな わち,①資本蓄積の進行に応じて,総労働のうち消費手段生産に使用される部分の比率sは 上昇する.言い換えれば,生産手段生産に使用される部分の比率1-sは縮小する.②その資 本蓄積は定常に向かって進行し,その終着点は「単純再生産」で計算した値と同じになる.つ まり,資本主義はこの定常に向かう長期の過程と理解される.(大西(2012)134頁)
ところが,K(0)>K*の場合には,最適経路上ではsの縮小を伴う「資本衰退=縮小再生産」が 発生し,その過程は,K=K*となるまで続く.この場合には,このモデルは「最適成長モデル」で はなく,「最適衰退モデル」になってしまう7).
2-2 モ デ ル 2
大西・金江(2008)は,基本モデル(モデル 1 )を発展させた,より複雑な 4 つのモデルを提示 し,「そのどれによっても本来の基本モデルと同じ帰結がもたらされた」と述べている.この記述 は,モデルの解がゼロ成長の定常状態に収束することを意味するものと思われるが,大西・金江
(2008)がその数学的証明を提示しているわけではない.以下では,彼等が提出した 4 つのモデル のうち「中間財と労働の投入によって生産される中間財が資本財生産に投入されるケース」を取 り上げ,それを「モデル 2 」と呼ぶことにする.このモデルは,以下のように定式化されている8).
( 8 )
7 ) 「拡大再生産」(extendedreproduction),「単純再生産」(simplereproduction),「縮小再生産」(re- ducedreproduction)とはそれぞれ ,「プラス成長」,「ゼロ成長」,「マイナス成長」を表すマルクス経済 学の用語である(Marx(1885)を参照されたい).
8 ) ここで用いられている記号は,大西・金江(2008)で用いられている記号と必ずしも同じではない.
subjectto
( 9 )
(10)
(11)
ここで,C,L(定数),r>0の記号の意味は「モデル 1 」と同様であるが,それ以外の記号の意味 は,以下のとおりである.K1=実質資本財ストック,K2=実質中間財ストック,δ1=資本財ストッ クの減耗率(0<δ1<1,定数),δ2=中間財ストックの減耗率(0<δ2<1,定数),s=消費財の生産に配分 される労働の比率(0≤s≤1),u=資本財の生産に配分される労働の比率(0≤u≤1),φ=消費財の生 産に配分される資本財の比率(0≤φ≤1),ψ=資本財の生産に配分される中間財の比率(0≤ψ≤1)であ り,A1,A2,A3,α,β1,β2,γは,定数として与えられる生産関数のパラメーター(A1>0,A2>0,A3>0, 0<α<1,0<β1<1,0<β2<1, 0 <β1+β2< 1 , 0 <γ< 1 )である.
この動学的最適化問題において,K(t)および1 K(t)が「状態変数」であり,それらの初期値2 K1
(0)およびK(0)は所与であると仮定されている.s2 (t),u(t),φ(t),ψ(t)は「制御変数」であり,そ れらは初期値を含めて自由に選ぶことができるものと仮定されている.
この状態変数が 2 種類ある動学的最適化問題も,以下の手続きに従って,ポントリャーギンの 最大値原理を用いて解くことができる.この問題の経常値ハミルトン関数は,以下のように定義で きる9).
(12)
ここで,μ(t)と1 μ(t)はそれぞれ,動学的な制約(10)と(11)に付随する「補助変数」である.動2
学的最適化の必要条件は,以下の方程式システムによって与えられる.
(13a)
(13b)
(13c)
(13d)
このシステムは, 2 つの横断条件付きの 4 次元( 4 変数)の非線形微分方程式システムに変換で
9 ) (12)式は( 5 )式と異なる関数であるが、便宜上( 5 )式と同じH(t)という記号を用いている.以下で定 式化する諸モデルでも,同様の記号を用いる.
明しているわけではない.
実は,このようなタイプの状態変数が 2 種類ある連続時間動学的最適化問題の解は,均衡点に 収束することなくそのまわりを永続的に振動し続ける周期解になる潜在的な可能性がある.そのよ うな解が存在するかどうかを判定するために役立つ数学的な諸定理は,「補論A」にまとめられて いる.第 4 節における「モデル 2A」の分析では,「補論A」で紹介された諸定理が判定条件とし て用いられている.
3 モデル 1 に人口成長と技術進歩を導入した場合(モデル 1
A)の解析
本節では,最適経路がゼロ成長の定常状態に収束するので「資本蓄積のための社会システム=
資本主義が終焉する」という大西(2012)等の結論が労働人口の成長率と技術進歩率がいずれもゼ ロであるという仮定に決定的に依存していることを,前節で紹介された「モデル 1 」に労働人口 の成長と技術進歩を導入することによって,証明する.
「モデル 1 」の方程式( 1 )-( 4 )はすべて維持したままで,L,A1,A2が一定であるという仮定をは ずし,それらが以下のように一定率で成長し続けると仮定した「モデル 1A」を考えよう.
(14)
(15)
(16)
ここで,n1は労働人口の成長率であり,n2は(単純化のために消費財生産部門と資本財生産部門で 共通と仮定されている)労働生産性の成長率であり,いずれも外生的に与えられているものとする.
このとき,効率労働 1 単位あたりの資本ストックk(t)と効率労働 1 単位あたりの消費c(t)をそれ ぞれ
(17)
(18)
と定義すれば,( 3 )式と( 4 )式は,それぞれ以下のように書ける.
(19)
(20)
ところで,(17)式を時間で対数微分すれば ,
(21)
となるから,(21)式を書き直せば,
(22)
となる.(22)式を(20)式に代入すれば,以下のようなk(t)に関する微分方程式が得られる.
(23)
また,(18)式と(19)式より,
(24)
という式が得られる.(24)式を( 1 )式に代入すれば,最大化すべき目的汎関数は,以下のようにな る10).
(25)
したがって,最大化すべき目的汎関数は,定数項を省いて ,
(26)
と書くことができる.
結局,「モデル 1A」の動学的制約条件は(23)式,目的汎関数は(26)式,状態変数はk(t),制御 変数は(t)となる.状態変数の初期値s k(0)は所与であると仮定されている.このモデルの経常値 ハミルトン関数は,以下のようになる.
10) 部分積分の公式 を積分 に適用すれば,
となる.
ここで,μ(t)は,動学的な制約式(23)式に付随する補助変数である.最適化の必要条件は,以下の 方程式システムによって与えられる.
(28a)
(28b)
(28c)
(28d)
(28a)式は,(23)式と全く同じになる.(28b)式は,以下のようになる.
(29)
内点解( 0 <s(t)< 1 )を仮定すれば,(28c)式の 1 階の条件は,以下のようになる11).
(30)
(30)式をμ(t)について解けば ,
(31)
となる.(31)式を(29)式に代入すれば,以下のような(t)に関する微分方程式を得る.s
(32)
また,(31)式より,「横断条件」(28d)を以下のように書き換えることができる.
(33)
結局,「モデル 1A」の動学システムは,横断条件付きの 2 次元非線形微分方程式システム
(23),(32),(33)によって記述できる.k(t)=s4 (t)= 0 という条件を満たす4 s*≠ 0 となるこのシス テムの均衡値(k*,s*)は ,
11) であるから, 2 階の条件は満たされている.
(34)
という連立方程式の解として与えられ,その解は,以下のように表現できる.
(35)
ここで,以下の関係が成立している.
(36)
(37)
(38)
したがって ,
(39)
となることがわかる.
s*≠ 0 となるこのシステムの均衡点で評価したヤコービ行列J1は,以下のように表される.
(40)
(40)式の特性方程式
(41)
の 2 根をλ1,λ2とすれば,λ1λ2=detJ1となることは,よく知られている.この事実を用いれば,
となり,この動学システムの均衡点で評価された特性方程式(41)は, 1 個の正実根と 1 個の負実 根を持つことがわかる.このことは,このシステムの均衡点が小域的にサドル・ポイントになるこ とを意味しているが,以下に示すように、位相図による分析を援用すれば,均衡点(k*,s*)が大域 的にもサドル・ポイントになることがわかる.
(23)式におけるk4= 0 をもたらすkとsの組合せの軌跡は ,
(43)
と表現され,さらに,∂k4/∂k< 0 となる.このことを図示すれば,図 1 のようになる.
(32)式におけるs4= 0 をもたらすkとsの組合せの軌跡は ,
(44)
と表現され,さらに,∂s4/∂s> 0 となる.このことは,図 2 のように図示できる.
図 1 と図 2 を組み合わせることにより,この動学システムの位相図が図 3 のようになることが わかる.図 3 は,このシステムの均衡点Eが大域的にもサドル・ポイントになることを示してい る.すなわち,均衡点に収束する 2 本の経路AEとBEが存在し,それ以外の経路は均衡点に収束 しない.均衡点に収束する経路では「横断条件」(33)を満たすことを容易に確認できる.それ以外 の経路は「横断条件」を満たさないか,または途中でs(t)> 1 となってしまうので,結局,均衡点
図 1 k4の分類 ss
aa
kk
bb 00
00 11
>
>
kk==00
kk<<00
kk
に収束する経路のみが最適になる.状態変数の初期値k(0)は所与と仮定されているが,制御変数 の初期値s(0)は「計画者」が自由に「選択」できるので,常に均衡点に収束する最適経路にシス テムに乗せることができる.
この均衡点では,k=K/(BL)およびc=C/(BL)が一定になるが,BLが一定率(n1+n2)で成長す るので,均衡において,KもCも,人口 1 単位あたり消費c~=C/L も成長し続ける.すなわち,均 衡において ,
図 3 動学システム 1Aの位相図 ss
ss
A A
B B E
E
bb
*
*
*
00 *
11 aa dd
kk kk
図 2 s4の分類 ss
00 11
ss
dd 00
=
=
ss >> 00
ss << 00
kk
となる.このモデルの結論は,n1=n2= 0 となる特殊ケースにおいてのみ,「モデル 1 」の結論と 一致する.すなわち,「ゼロ成長の定常状態に収束するので資本主義が終焉する」という結論は,
労働人口の成長率も技術進歩率もゼロである」という仮定に決定的に依存していたのである.
以下で,本節のモデルにおける経済成長の取り扱いに関する 2 つの論点について若干のコメン トをしておこう.
第一の論点は,労働人口成長率や技術進歩率の「内生性」についてである.本節のモデルは,労 働人口成長率と技術進歩率が外生的に与えられる最も単純なタイプの「外生的成長モデル」であ る.他方,1980年代以降ルーカスやP.ローマー等によって導入されて流行したいわゆる「内生的 成長理論」では,本節では外生的に与えられた人口成長率または技術進歩率(あるいはそれらの両 方)はシステムの内部で決定される「内生変数」と想定されており,それらを内生的に決定する 様々なメカニズムについて論じられている12).しかし,労働人口成長率や技術進歩率を内生変数と して説明しようとする試みは,モデルを複雑にするが,労働人口の成長や技術進歩が発生すれば 長期の均衡においてさえ経済成長が持続し,ゼロ成長の定常状態には収束しないという本節の結 論を単に補強するのみである.
第二の論点は,部門間で技術進歩率が異なる場合についてである.たとえ技術進歩率(労働生産 性成長率)が外生変数であったとしても,部門間で異なっていたら,均斉成長経路は存在しなくな ることを示すことができる.その場合には,経済成長は永続し,決してゼロ成長の定常状態に収束 しないが均斉成長経路に収束することもなく,各部門の生産量の比率(部門構成)が変化し続ける
「非均斉成長」(unbalancedgrowth)が永続する.この結論は,本稿でとりあげた「最適成長モデ ル」のみならず,明示的には「最適化」に依拠しない記述的な多部門経済成長モデルにもあては まる(この点については,たとえばPasinetti(1981)を参照されたい).しかし,この論点も,経済 成長が持続し,ゼロ成長の定常状態には収束しないという結論をさらに補強するのみである.
12) 本稿で紹介した「新古典派マルクス・モデル」と同様に労働の完全雇用,資本ストックの完全利用と
「セー法則」を仮定したLucas(1988)やP.Romer(1990)に端を発するいわゆる新古典派の内生的成 長理論がこの分野の主流であるが,このアプローチには,すでに1960年代にArrow(1962)やUzawa
(1965)による先駆的な業績がある.それらの理論の教科書的記述としては,BarroandSala-i-Martin
(2004)やD.Romer(2006)を参照されたい.非主流派のケインズ的な内生的成長モデルは意外に早 く,すでに1950年代にKaldor(1957)によって定式化されている.
4 簡略化されたモデル 2 に人口成長と技術進歩を導入した場合
(モデル 2
A)の解析
本節では,「モデル 2 」を簡略化したバージョンに人口成長と技術進歩を導入した,以下の「モ デル 2A」を取り上げる.
(46)
subjectto
(47)
(48)
(49)
(50)
(51)
(52)
(53)
記号の意味は,基本的には「モデル 2 」と同じであるが,ここでは,以下の記号について特に 確認しておく.α,βは生産関数のパラメーター( 0 <α< 1 , 0 <β< 1 )である.δ1,δ2はそれぞれ,資 本財と中間財の減耗率を表すパラメーター( 0 <δ1< 1 , 0 <δ2< 1 )である.r> 0 は,パラメーターと して与えられた割引率である.
このモデルが「モデル 2 」と比べて簡略化されている点は,以下の 2 点である.まず,(48)式に おいて,資本財の生産には中間財と労働のみが投入され,資本財はそれ自身の生産には投入され ない.次に,(49)式において,中間財の生産には労働のみが投入され,中間財はそれ自身の生産に は投入されない.この簡略化によって,計算がかなり単純になる.特に,モデル 2 では制御変数で あったφ(消費財に配分される資本財の比率) とψ(資本財の生産に配分される中間財の比率) はこのモ デルでは制御変数ではなくなり,常にφ=ψ= 1 となる.
(50)式は,労働人口がn1という成長率で成長し続けることを意味している.(51)式 -(53)式は,
消費財生産部門,資本財生産部門,中間財生産部門の労働生産性成長率(技術進歩率)がいずれも 同じn2であるということを意味している.n1とn2は,外生的に与えられたパラメーターである.
ここで,以下のような変数変換を行うことにする.
(54)
(55)
このとき,第 3 節で用いた方法を援用すれば,(47)式 -(49)式を以下のように書き直すことがで きる.
(47)
(48)
(49)
また,第 3 節と同様の方法を用いて,最大化すべき目的汎関数を,定数項を省いて以下のよう に書けることを示すことができる.
(46)
結局,「モデル 2A」は, 2 つの動学的な制約条件(48)と(49)のもとで目的汎関数(46)を最大化 する問題として定式化できる.このモデルにおいてk(t)と1 k(t)は 2 つの状態変数であり,それら2
の初期値k(0)と1 k(0)は所与と仮定されている.このモデルにおいては,消費財の生産に配分さ2 れる労働の比率(t)∈[0,1]と資本財の生産に配分される労働の比率s u(t)∈[0,1]が制御変数にな る.労働の残りの比率{1-s(t)-u(t)}∈[0,1]は,中間財の生産に配分される.
状態変数が 2 種類あるこの問題の経常値ハミルトン関数は,以下のように定義できる.
(57)
ここで,μ(t)と1 μ(t)は,動学的な制約(48)と(49)に付随する「補助変数」である.動学的な最2
適化の必要条件は,以下のようになる.
(58a)
(58b)
(58c)
(58d)
(58a)式は,(48)式および(49)式と同じである.(58c)において,s(t)とu(t)は ,
(59)
という制約を満たさなければならない.
(58b)式を計算すれば,以下のようになる.
(60)
(61)
さらに,内点解を仮定すれば,(58c)式の 1 階の条件は,以下のようになる13).
(62)
(63)
(62)式と(63)式を(t)とs u(t)に関して解けば,以下のような解が得られる.
(64)
(65)
s
(t)とu(t)が経済的に意味のある内点解の領域
(66)
にあるためには当然,(64)式と(65)式で表されるs(t)とu(t)は正でなければならないが,そのた めには ,
(67)
13) s(t)とu(t)に関するHのヘッセ行列をH~ とすれば,以下のようになる.
ところが,本文で示すように,s(t)> 0 ,u(t)> 0 となる経済的に意味のある領域ではμ(1 t)> 0 となる.こ の場合, となるので,対称行列H~は負値定符号行列となり,最大化の 2 階の条件は満たされる.最大化の 2 階の条件については,たとえば,三土(1996)第13章を参照され たい.
は,以下の符号条件が成立する.
(68)
(64)式と(65)式を(48),(49),(61)の各式に代入すれば,「モデル 2A」の基本動学方程式システ ムは,以下のような,横断条件付きの 4 次元非線形微分方程式システムになることがわかる.
(69a)
(69b)
(69c)
(69d)
(69e)
k4(t)=k1 4(t)=μ2 4(t)=μ1 4(t)= 0 を満たすこのシステムの均衡解(k2 1*,k2*,μ1*,μ2*)は,以下の連 立方程式の解として与えられる.
(70a)
(70b)
(70c)
(70d)
この連立方程式が一意的な均衡解k1*> 0 ,k2*> 0 ,μ1*> 0 ,μ2*> 0 を持つことを証明することがで きる.また,それらの均衡解はパラメーターとして与えられた割引率r∈(0, ∞)に依存するから ,
(71)
と表現できる.これらの均衡解の詳細な解法については,後掲の補論Bを参照されたい.
なお,(64),(65),(71)の各式より, 2 つの制御変数sとuの均衡値s*,u*もパラメーターr∈
(0, ∞)に依存し,s*=s*(r)> 0 ,u*=u*(r)> 0 となる.さらに,均衡においては,(70b)式より ,
(72)
となるから,必ず
(73)
という不等式が成立することがわかる.
このモデルの均衡点では,k1=K1/(BL),k2=K2/(BL),C/(BL)が一定になるが,BLが一定率
(n1+n2)で成長し続けるので,均衡において,
(74)
となる.すなわち,n1=n2= 0 でない限り,このモデルの均衡点は,「ゼロ成長の定常状態」では ないのである.
この動学システムの均衡点の近傍における解の挙動は,以下のようにして分析することができ る.システム(69)の均衡点で評価したヤコービ行列J2(r)は,以下のように表される.
(75)
(76)
(78)
(79)
(80)
(81)
(82)
(83)
(84)
(85)
(86)
なお,(86)式の導出には ,
(87)
という関係を用いている.
(88)
と書くことにすれば,(75)式を以下のように書き直すことができる.
(89)
以下の分析では,後掲の「補論A」で紹介された諸定理が利用されている.均衡点で評価したヤ
コービ行列J2(r)の特性方程式を以下のように書くことができる14).
(90)
(91)
a2=M2(r)≡J2(r)のすべての第 2 次小行列式の和
(92)
(93)
(94)
14) この公式については,たとえば,Asada,Chiarella,FlaschelandFranke(2010)Mathematical Appendixを参照されたい.
(95)
この動学システムの均衡点の近傍における挙動に関する重要な結果として,以下の命題を証明 することができる.
[命題 1 ]
パラメーターとして与えられる割引率r>0が十分に大きければ,特性方程式(90)の 2 根が正の実 数部分を持ち,残りの 2 根が負の実数部分を持つ.すなわち,動学システム均衡点が小域的に(実 根型または複素根型の)サドル・ポイントになる.
[証明] (77)-(88)式および「補論B」の分析結果により,(92)式と(95)式によって定義された N(r)j (j=1,2,3,4,5)はいずれも,すべてのr∈(0, ∞)に関して連続かつ有界な関数になる.した がって,(93)式と(95)式より,以下の結果が成立する.
(96)
(97)
これらの結果は,パラメーターr>0が十分に大きければ
(98)
となることを意味している. この結果と「補論A」の「定理 2 」(ⅰ)(DocknerandFeichtinger
(1991)の定理)により,r>0が十分に大きければ特性方程式(90)の 2 根が正の実数部分を持ち,残 りの 2 根が負の実数部分を持つことがわかる.⃞
「命題 1 」は,rが十分に大きい場合には,Z(r)とdetJ(r)の組合せが「補論2 A」の図A1 の第 2 象限内に位置することを意味している.もしこの組合せがこの図の領域(A)に位置するならば,
均衡点は「実根型のサドル・ポイント」になる.この場合には,所与と仮定される 2 種類の状態変 数の初期値(k(0),1 k(0))が均衡点の近傍に与えられているとき,この動学的最適化問題の計画者2 は,図 4 のように,システムの解を均衡点に単調に収束させるように 2 種類の制御変数の初期値
(μ(0),1 μ(0))を選ぶことができる.この場合には,「横断条件」(69e)が必ず満たされる2 15).
*
k*i
ki
ki
ki
tt
(t)
(t)
ki
k(0)(0)i
00
図 4 実根型のサドル・ポイントの場合
*
k*i
ki
ki
ki
tt
(t)
(t)
ki
k(0)(0)i
00
図 5 複素根型のサドル・ポイントの場合
15) 図 4 では便宜上,k(0)<ki i*の場合が描かれている.
他方,組合せ(Z(r),detJ(r))が図2 A1 の領域(B)にある場合にも , システムの解が均衡点に収 束するように 2 種類の制御変数の初期値を選ぶことができるが,この場合には,図 5 のように,
均衡点に収束する過程で循環的な変動が発生する.この場合にも、「横断条件」(69e)が満たされる.
さらに,以下の追加的な仮定のもとで,相対的に小さなr> 0 のある範囲内で,図 6 で示される ような,均衡点をめぐる振幅一定の循環的変動が「最適解」として導出されることを示すことが できる.
[仮定 1 ] すべてのr∈(0, ∞)について,N(r)> 0 ,N4 (r)> 0 が成立する.5
[仮定 2 ] が成立する.ただし,
(j=2,5)である.
ここで,N(r)j (j=2,4,5)は,(92)式と(95)式で定義されている.これらの 2 つの仮定は,以下 の「命題 2 」の証明で用いられているが,これらの仮定は「命題 1 」の証明には用いられていな いことに,留意すべきである.
[命題 2 ]
「仮定 1 」と「仮定 2 」のもとで,以下の条件を満たす割引率の値r0∈( 0 , ∞)が少なくとも 1 つ 存在する.「r=r0のもとで,特性方程式(90)は, 1 組の純虚根と実数部分が正の共役複素根を持 つ.」このとき,r0の近傍のパラメーターrのある範囲で,動学システム(69)の均衡点をめぐる閉軌 道(closedorbit)が存在する.
[証明] (95)式より ,「仮定 1 」は,すべてのr∈(0, ∞)のもとでdetJ(r)> 0 となることを意味2
*
k*i
ki
tt ki
k(0)(0)i
00
している.この場合には,パラメーターrが 0 から出発して連続的に上昇するにつれて,Z(r)と detJ(r)の組合せの軌跡は ,「補論2 A」の図A1 の第一象限または第二象限の範囲内を連続的に移 動する曲線を形成する.また,
(99)
と定義すれば,「仮定 2 」は,
(100)
を意味する.このことは,パラメーターr> 0 がゼロに近ければ,Z(r)とdetJ(r)の組合せは図2
A1 の領域(D)のうち曲線 より下の領域に位置することを意味する.r= 0 の場合に は図A1 の曲線 0Cは第一象限の曲線 と一致する.rが連続的に上昇するにつれて,
曲線 0Cは左方に連続的に移動するが,曲線 0Cは第一象限内に留まり続ける.他方,「命題 1 」 により,r> 0 が十分に大きくなればZ(r)とdetJ(r)の組合せは第二象限に位置するようになる.2
したがって,曲線の連続性により,(Z(r),detJ(r))の軌跡は,少なくとも 1 回曲線 02 Cを横切る ことがわかる.このことが起こる最小のr> 0 をr0とすれば,r=r0のもとで「補論A」の「定理 3 」
(AsadaandYoshida(2003)の定理)の(A17)式と(A19)式が満たされることがわかる.このとき,
特性方程式(90)は,一組の純虚根と正の実数部分を持つ共役複素根を持つ(「補論A」の図A1 を参 照されたい).したがって,「補論A」の「定理 1 」(ホップ分岐定理)により,r0の近傍のパラメー ターr> 0 のある範囲で,動学システム(69)の均衡点をめぐる閉軌道が存在する.⃞
「命題 2 」で言及された閉軌道上では,図 6 のように,決して均衡点に収束することがない振幅 一定の循環的変動が存在する.この循環的変動の過程では,μ(t)の変動範囲は有界になるので,i
「横断条件」(69e)を満たす.すなわち,この場合には,閉軌道が最適解になるのである.本稿の
「仮定 1 」「仮定 2 」のような一定の条件が満たされない場合には,状態変数が 2 種類ある動学的 最適モデルであっても,閉軌道の存在は必ずしも保障されないが,「命題 2 」の証明法が示すよう に,ホップ分岐が発生する場合には,それは相対的に小さな割引率のもとで発生することがわか る16).
なお,労働人口の成長と技術進歩が不断に発生するこのモデルにおいては,図 4 ,図 5 ,図 6
16) 状態変数が 2 種類ある動学的最適化モデルにおいてホップ分岐が存在するモデルの具体例としては,
本稿の「モデル 2A」の他には,BenhabibandNishimura(1979),BenhabibandRustichini
(1990),AsadaandSemmler(1995),Asada(2013)等がある.なお,Asada,SemmlerandNovak
(1998)は,状態変数が 2 種類あるにもかかわらず,P.Romer(1990)のモデルではホップ分岐は存在せ ず,その均衡点は必ず実根型のサドル・ポイントになることを証明している.
5 結 論
松本・浅田(2018)は,動学的最適化に基づかないソロー・スワン・タイプのモデルに依拠した いわゆる「新古典派マルクス・モデル」の高橋(2011)によるバージョンに強い非線形性とタイ ム・ラグを導入すれば,「新古典派マルクス・モデル」の提唱者達が主張している「ゼロ成長」の 定常状態への収束は必ずしも起こらず,均衡点をめぐる永続的な変動が発生し得ることを示して いる.また,松本・浅田(2018)では,労働人口の成長や技術進歩をモデルに導入すれば,高橋
(2011)のモデルの均衡において経済成長が発生することが指摘されている.本稿では,「新古典派 マルクス・モデル」のもうひとつのバージョン(むしろこちらのほうが「新古典派マルクス・モデ ル」の主流)である山下・大西(2002),大西・金江(2008),大西(2012),金江(2013)等による 動学的最適化に基づくラムゼー・タイプのモデルの均衡点でも,労働人口の成長や技術進歩に よって経済成長が発生し得ることを示し,さらに,このモデルに「資本財」のほかに「中間財」
を導入したバージョンでは,タイム・ラグや強い非線形性がなくても,パラメーターとして与え られた割引率次第で,均衡点をめぐる循環的変動が発生し得ることを示した.
ところで,Keynes(1936)よりむしろ 1 年早く出版されたKalecki(1935)やKaldor(1940), Goodwin(1967)等によって発展させられた,労働の不完全雇用や資本ストックの不完全利用を許 容した広義の「ケインズ的」な動学モデルにおいては,資本ストックや失業率が永続的に変動す る「景気循環」(businesscycle)が内生的に発生する17).一見すると,松本・浅田(2018)や本稿 の第 4 節で分析された資本ストックや消費支出の循環的変動が発生する「新古典派マルクス・モ デル」でもケインズ的な動学モデルと同様の「景気循環」が発生するようにみえるが,それを
「景気循環」と解釈するべきではない.ソロー・スワン・タイプの「新古典派マルクス・モデル」
について述べた松本・浅田(2018)による以下の記述は,本稿で分析したラムゼー・タイプの「新 古典派マルクス・モデル」にも,そっくりそのままあてはまる18).
修正されたマルクス的経済成長モデルでは,ケインズ的な動学モデルのように内生的な景 気循環が発生し得るようにみえる.しかし,この解釈は正しくない.その理由は,以下のとお
17) これらのモデルの解説としては,浅田(1997)を参照されたい.
18) 以下の引用における「修正されたマルクス的経済成長モデル」とは,松本・浅田(2018)によって修 正されたソロー・スワン・タイプの「新古典派マルクス・モデル」を意味する.
りである.ケインズ的な動学モデルでは労働の完全雇用や資本ストックの完全稼働が仮定され ておらず,失業率や資本ストックの稼働率が変動する景気循環が発生し,さらに,それらの モデルでは貨幣は物価のみならず経済の実態にも影響を及ぼすという意味で「非中立的」で あり,政府や中央銀行の財政金融政策によって不安定なマクロ経済を安定化させることがで きる.それに対して,本稿で分析の対象とした「マルクス的経済成長モデル」は,…(中略)
…すべて労働の完全雇用と資本ストックの完全利用が仮定されているので,いかに複雑に変 動しようと,それは完全雇用経路の変動であり,景気循環とは解釈し難いからである.しか も,このモデルでは,貨幣が何の役割も果たさない.この意味で,いわゆる「マルクス的経済 成長モデル」は,新古典派経済成長モデルの一変種に過ぎないということができる.(松本・
浅田(2018)336頁)
補論
A:状態変数が 2 種類ある連続時間動学的最適化モデルにおける
循環的変動の存在条件についてこの補論では,本稿の第 4 節で取り上げる,状態変数が 2 種類ある動学的最適化問題である「モデル
2A」の解析に寄与する若干の数学的諸定理を要約する.ここでの主な関心事は,そのようなモデルの解
が循環的変動を生み出すための数学的条件を見出すことである19).
まず ,「ホップ分岐定理」(Hopfbifurcationtheorem)と呼ばれる以下の定理が,動学的最適化モデ ルであるか否かにかかわらず,一般的なn次元(n変数)の非線形微分方程式システムにおいて周期解
(閉軌道)が存在するための十分条件を提示していることは,よく知られている20).
[定理 1 ]
εをパラメーターとする微分方程式システムx4=f(x;ε),x∈Rn,ε∈R(ただし,Rは実数,nは任意の 正の整数,Rnはn次元ユークリッド空間,x4は時間tに関するベクトルxの微分を示す)において,以 下の条件(H1 )-(H3 )が満たされているものと仮定する.
(H1 ) このシステムの均衡値ベクトルx*(ε)(すなわち,f(x*;ε)= 0 を満たすx*)は , パラメーター εの滑らかな連続関数のベクトルである.
19) この補論の内容は,浅田(2008)およびAsada(2013)に基づいている.
20) ホップ分岐定理については,浅田(1997)第 3 章,Asada,Chiarella,FlaschelandFranke(2010)
MathematicalAppendix,Gandolfo(2008)Chap.24等を参照されたい.
x=x*(ε0)におけるこのシステムのヤコービ行列である.
(H3 ) である.ここで,Reλ (ε)はλ(ε)の実数部分である.
このとき,以下のような性質を持つ連続関数ε(γ)が存在する.ε(0)=ε0であり,γ≠ 0 を満たすすべて の十分小さなγに対して,上述の微分方程式システムの非定常的な周期解の連続な族x(t; γ)が存在し て,γ→ 0 となるに従い,それは均衡点x*(ε0)に退化する.循環の周期は,近似的に 2π/{Imλ(ε0)}に よって与えられる.ここで,Imλ(ε0)は,λ(ε0)の虚数部分である.
定理 1 におけるパラメーターεは「分岐パラメーター」(bifurcationparameter)と呼ばれる.定理 1 の条件(H1 )-(H3 )を満たすパラメーターε0が存在するとき,ε=ε0の点で「ホップ分岐」(HopfBifur-
cation)が発生するという.
次に,以下のような,状態変数が 2 種類ある連続時間の動学的最適化モデルについて考えよう.
(A1 )
subjectto
(A2 )
(A3 )
ここで,x1とx2は 2 種類の状態変数(statevariables)であり,uj(j=1,2,…,n)は制御変数(control variables)であり,r > 0 はパラメーターとして与えられた割引率である.関数(・),gf (・),g1 (・)はいず2
れも,少なくとも 2 回連続微分可能な関数であると仮定されている.この問題は,以下のように表現さ れる「ポントリャーギンの最大値原理」(Pontryagin’smaximumprinciple)を用いて解くことができ る21).
まず,経常値ハミルトン関数(currentvalueHamiltonian)を以下のように定義する.
(A4 )
ここで,μ1とμ2は,動学的な制約(A2 )に付随する 2 つの補助変数である.このとき,この最適化問題 の必要条件は,以下の連立方程式(A5a)-(A5d)によって表される22).
21) ポントリャーギンの最大値原理については,Chiang(1992)Part 3 を参照されたい.
22) この中で,(A5d)式は「横断条件」(transversalityconditions)と呼ばれている.
(A5a)
(A5b)
(A5c)
(A5d)
以下では,(A5c)式は次のような「内点解」の 1 階の条件で表されるものと仮定する(もちろん, 2 階の条件も満たされているものと仮定する).
(A6 )
(A6 )式はujに関する連立方程式とみなすことができるが,この方程式は
(A7 )
という連続微分可能な関数で表される一意的な解を持つと仮定しよう.
(A7 )式を(A5a)式と(A5b)式に代入すれば, 2 つの「横断条件」(A5d)を伴った以下のような 4 次 元の非線形微分方程式システムが得られる.
(A8a)
(A8b)
(A8c)
(A8d)
以下では,このシステムにはx41=x42=μ41=μ42= 0 を満たす均衡点(x1*,x2*,μ1*,μ2*)が存在すると仮定 して,この均衡点の近傍におけるシステム(A8 )の解の運動について,DocknerandFeichtinger
(1991)の方法を用いて検討しよう.
DocknerandFeichtinger(1991)は,このシステムの均衡点で評価した( 4 × 4 )ヤコービ行列Jの 特性方程式
(A9 )
の係数a1~a4が以下の性質を持っていることを示している.
(A10)
(A11)
という記号を導入すれば,(A11)式を
(A13)
と書き直すことができ,(A12)式と(A13)式を(A10)式に代入すれば,以下のようになる.
(A14)
DocknerandFeichtinger(1991)は,この特定のヤコービ行列Jに関して以下の定理が成立するこ とを証明している23).
[定理 2 ]
(ⅰ) (A15)
という不等式が成立するならば,特性方程式(A9 )の 2 根が正の実数部分を持ち,残りの 2 根が負 の実数部分を持つ.すなわち,均衡点が(実根型または複素根型の)サドル・ポイントになる.
(ⅱ)特性方程式(A9 )が一組の純虚根を持つための必要十分条件は ,
(A16)
という条件で与えられる.また,この場合,残りの 2 根は,実数部分が正の共役複素根である.
なお,AsadaandYoshida(2003)は,定理 2 を補完する以下のような結果を証明している。
[定理 3 ]
(ⅰ)定理 2 における条件(A16)は ,
(A17)
という条件と同値である.
(ⅱ)rを分岐パラメーターとして採用し,r=r0> 0 のもとで条件(A17)が成立するとき ,
(A18)
23) DocknerandFeichtinger(1991)は,もっと包括的な結果を証明しているが,ここでは,本稿の第 4 節のモデルの解析にとって有用な結果だけを抜き出している.
という条件は ,
(A19)
という条件と同値である.
ここで紹介した定理 2 と定理 3 は,(A1 )-(A3 )で表される動学的最適化問題の解がホップ分岐を通 じた閉軌道を発生させるかどうかを調べる際の有用な判定条件を提示している.なお,Docknerand
Feichtinger(1991)は,特性方程式(A9 )の解の完全な特徴づけを,図A1 を用いて行っている24). この図で視覚化されて整理されている諸結果は,本稿の第 4 節で利用されている.
24) この図は,浅田(2008),Asada(2013)でも引用されている.なお,DocknerandFeichtinger 図 A 1 特性方程式(A9)の解の性質
detJ
detJ detJ=(-)detJ=(-)22ZZ 22+r+r(-)(-)22 ZZ22 detJ=(-)2 detJ=(-)22ZZ 2 detJ=(-)2
detJ=(-)22ZZ 2 CC
00 ZZ
D D D
D
A A
E
E EE
B
B BB
(A)正の 2 実根と負の 2 実根(実根型のサドル・ポイント)
(B)正の実数部分を持つ共役複素根と負の実数部分を持つ共役複素根(複素根型のサドル・ポイント)
(C)一組の純虚根と正の実数部分を持つ共役複素根(ホップ分岐曲線)
(D)正の実数部分を持つ 4 根(完全不安定)
(E)正の実数部分を持つ根の数は 1 または 3(その他の根は負の実数部分を持つ)
出所:DocknerandFeichtinger(1991)p.36
(70a),(70c),(70d)の各式の両辺の対数をとれば,以下のようになる.
(B1 )
(B2 )
(B3 )
(B3 )式をlogμ1について解けば,以下のようになる.
(B4 )
(B5 )
(B4 )式と(B5 )式を(B2 )式に代入してlogk1について解けば,以下のようになる.
(B6 )
(B7 )
(B4 )式と(B6 )式を(B1 )式に代入してlogk2について解けば,以下のようになる.
(B8 )
(1991)では,この図のZのかわりに,Kという記号が用いられている.
(B9 )
(B4 ),(B6 ),(B8 )の各式を書き直せば,以下のような表現を得る.
(B10)
(B10)式を本文の(70b)式に代入すれば,以下のような,μ2を唯一の未知数とする方程式を得る.
(B11)
(B12)
となることを容易に確認できるから,方程式(B11)は唯一の均衡解
(B13)
を持つことがわかる.(B13)式を(B10)式に代入すれば,その他の均衡解は,以下のように表現できる.
(B14)
なお,(B13)式と本文の(64)式より,均衡において 0 <s*(r)< 1 が成立することがわかる.それだけ ではなく,本文の(65)式と(72)式を用いれば,結局,均衡において本文の(73)式が必ず成立することが わかる.
謝辞:本研究は,2020年度中央大学基礎研究費より資金援助を受けている.記して感謝する.
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(中央大学経済学部教授 経博)