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Kyushu University Institutional Repository
小学校音楽科歌唱共通教材の意義に関する考察 : 学 習指導要領との関連性から
佐藤, 慶治
精華女子短期大学幼児保育学科 : 専任講師・音楽教育学専攻
https://doi.org/10.15017/2552925
出版情報:総合文化学論輯. 10, pp.31-42, 2019-05-01. 総合文化学研究所 バージョン:
権利関係:
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小学校音楽科歌唱共通教材の意義に関する考察
―学習指導要領との関連性から―
佐藤 慶治
1. 本論文の目的と導入
本論文は、現代日本の小学校音楽科教育における歌唱共通教材について、その歴史的背 景について考察し、学校教育における意義について検討するものである。
現在の小学校音楽科における歌唱共通教材は、全24曲中17曲が戦前に作られた文部省 唱歌からの出典であり、歌詞や曲調が現代に相応しくない等の批判もあるが、震災時等は その中の《故郷》が全国で頻繁に歌われるなど、現代日本においても共通文化としての機 能をある程度、果たしている。
そもそも唱歌とは、1872年の「学制」という日本で最初の近代的学校制度を定めた教育 法令の発布により、小学校の一教科としての「唱歌」が定められ、1941年に国民学校の「芸 能科音楽」へと発展的に解消したものである。作曲家で音楽評論家の堀内敬三は、楽曲と しての唱歌を「初等・中等の学校で教科用にもちいられ、日本語でうたわれる、主として 洋楽系の短い歌曲」と定義付けた。また歌詞は「教訓的および(あるいは)美的な内容を もち」、曲は「欧米の民謡・賛美歌・学校唱歌および平易な芸術的声楽曲からそのまま」と られるか、もしくは「それらの型によって邦人の創作した小歌曲、および少数の日本民謡 やわらべうたをふくむ」としている1。すなわち最初は《蛍の光》や《仰げば尊し》等、「翻 訳唱歌」と呼ばれる西洋の歌曲を日本語に翻案した歌曲が唱歌であったが、後にそれらの
「型」を参考にしたオリジナルの唱歌が作られていったということである。
戦前の教科としての「唱歌」、すなわち唱歌教育は、情操教育を主な目的に掲げる現代日 本の「音楽」教科と比べて、その主たる目的も役割も大きく異なるものであったと言える。
唱歌教育の開始された明治初期において、新政府は、国民意識の確立―「国民形成」とい う大きな課題を抱えていた。織田信長以来、日本列島における政治的な統一は確かに存在 し、また年貢制度(税制)や検地など、明治以降の日本社会の原型となる制度も全国的に 普及していたが、しかし江戸時代までの日本列島における「国」の概念は、現代日本の我々 がイメージするものとは相当に異なっていた。当時の人々が「国」という言葉で思い浮か べるのは、「日本」や「アメリカ」や「ドイツ」のような「国民」、「領土」、「主権」を持っ た「国」―国民国家ではなく、「肥後国」や「筑前国」、「薩摩国」などといった行政単位に おける地理区分の「国」すなわち令制国であった。推察するに、人々の帰属意識の限界も おそらくその辺りであっただろう。更に言うならば、1869年の開拓使設置によって日本に
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編入された蝦夷地(北海道)、1872年から1879年にかけての琉球処分で日本へと組み込ま れた琉球(沖縄)などは、それまで政治単位としての「日本」ですらなかった。
このような状況の日本列島に、政治学者ベネディクト・アンダーソンの言うような「想 像の共同体」を生み出し、日本国という国民国家を成立させるにあたっては、民の国民意 識、すなわちナショナル・アイデンティティを創出することこそが最重要の課題であった。
ここで大きな役割を果たすのが音楽である。西洋諸国でも、近代化にあたって国民が音楽 を共有し、皆で同じ歌を歌うことによって連帯意識を高め、近代国家を作り上げていった という前例があった。この一例として、19世紀のイタリア統一運動で、ジュゼッペ・ヴェ ルディ作曲のオペラ『ナブッコ』の合唱曲《行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って》がイ タリア人たちの連帯意識を高める役割を果たしたという有名な逸話が挙げられる。このよ うな歌の機能について、アンダーソンは以下のように述べている。2
たとえば国民的祭日に歌われる国歌を例にとろう。たとえいかにその歌詞が陳腐で凡 庸であろうとも、この歌唱には同時性の経験がこめられている。正確にまったく同じ時 に、おたがいまったく知らない人が、同じメロディーに合わせて同じ歌詞を発する。〔中 略〕我々は、我々が歌っているちょうどその同じときに、同じように、他の人々もまた これらの歌をうたっているということを知っている。しかし、かれらが誰なのか、いや それどころか、かれらが声の聞こえないところで歌っていれば、どこで歌っているかす ら、我々にはまるでわからない。我々すべてを結び付けているのは、想像の音だけなの だ。
ここでアンダーソンが言及しているのは国歌についてではあるが、小学校という「同じ 場所」で、唱歌という「同じ歌」を皆で歌う唱歌教育は、「音楽」というより「想像の音」
として意味化されているという点で、国歌に準ずる機能を持っていたと言えるのではない だろうか。実際に唱歌教育が始められた目的としては、人々の情操を豊かにするためでも、
日本を文化的な大国としていくためでもなく、国民を教化して正しい方向に導き、秩序正 しい社会を作っていくということが大きかった。
また教化という点について、アンダーソンは歌詞が「陳腐で凡庸であろうとも」関係な いとしているが、賛美歌や軍歌の例に見るまでもなく当然ながら歌には歌詞によって人を 感化するという機能があり、唱歌教育についてはその点が大変に重要な要素である。そも そも明治期においては、「人々の西洋音楽の未習熟もあって、唱歌は一般的に、音楽の問題 としてではなく、歌詞の問題として考えられる傾向が強かった」3。以上のことから、本論 文では楽曲の歌詞に関する考察も大事な視点となる。
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2. 文部省唱歌について
1881~84年に文部省音楽取調掛によって日本初の官製唱歌教科書である『小学唱歌集』
(《蛍の光》や《仰げば尊し》等の楽曲を含む91曲が収録される)が編纂されると、それが
参考とされ、教科書検定制度によって様々な民間製の唱歌教科書が誕生した。しかし、1902 年の12月に教科書検定審査員と出版社の贈収賄をめぐる「教科書疑獄事件」が起こる。こ の事件がきっかけとなり、文部大臣の菊池大麓は教科書の国定化を断行する。菊池は閣議 および枢密院の諮詢を経て、1903年4 月に「小学校令」の改正を行い、「小学校ノ教科用 図書ハ文部省ニ於テ著作権ヲ有スルモノタルヘシ」と規定し、小学校教科書の国定制度を 確立した。
この制度に従い、教科書の国定化がまずは修身、国語、地理、歴史の4教科から開始さ れ、算数、理科、図画、工作などが遅れてそれに続く。唱歌教育については、国定教科書 は1941年に「芸能科音楽」の教科が誕生するまで存在していなかった。しかし1907年の
「小学校令」改正によって、義務教育が尋常小学校での6年間となり、また、それまで任 意教科であった「唱歌」が初めて小学校の必須教科となる。その流れにおいて、国定では ないものの、文部省編集で国定教科書に準ずる『尋常小学読本唱歌』(1910)と『尋常小学 唱歌』(1911-1914)が刊行された。前者の『尋常小学読本唱歌』は1巻のみ作られた言わ ば試作の教科書であり、楽曲は全て後者の『尋常小学唱歌』に引き継がれている。この「文 部省編纂」の唱歌集『尋常小学唱歌』が文部省唱歌と呼ばれるものの第1弾である。
『尋常小学唱歌』は、第6学年までの全6巻120曲仕立てであり、文部省著作という信 頼を背景に、ほとんどの尋常小学校で使用された。現在の日本の小学校における「音楽科」
では、「共通教材」として一学年ごとに4曲が設定されているが、24曲中13曲がこの『尋 常小学唱歌』からの出典である。それゆえこの教科書は、現代日本の音楽教育や音楽文化 にも大きな影響を与えていると見なすことができる。その意味でもこの教科書は、近代日 本における唱歌教育史上、最重要のものと言えよう。音楽教育学者の上原一馬は『尋常小 学唱歌』の特色を以下の六つに纏めている。4
(一)児童の発達に応じ曲が段階的に配列されている。
(二)歌詞の題材は修身、国語、歴史、地理、理科、実業等各教科と関連した教材を採 用している。
(三)作詞、作曲ともに当時の第一人者によって創作されているので、内容は優れてい るが、やや固苦しい嫌いがある。
(四)全部邦人の作曲を採用し、外国曲はない。
(五)長音階と短音階の曲のみを用い、日本旋法の曲はない。
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(六)従来の多くの教科書は本譜と略譜を併用したが、この教科書は本譜のみを用いた。
まず、(三)(四)の作詞、作曲については、作詞者が芳賀矢一、上田万年、佐佐木信綱、
武島又次郎、吉丸一昌、高野辰之、八波則吉、尾上八郎の8人であり、作曲者が湯原元一、
上真行、楠美恩三郎、田村虎蔵、島崎赤太郎、岡野貞一、南能衛、小山作之助の8人であ る。 すべての楽曲が邦人作曲(「翻訳唱歌」が使われていない)というのは、この唱歌教科 書が初めてとなり、それまでの「翻訳唱歌」で形作られてきた唱歌の「型」が、ここでは 存分に発揮されている。
ここで重要なのは、このメンバーのうち田村や武島など数人が参加した『尋常小学唱歌』
の編纂委員会は、既に1909年の6月から活動を開始しており、『尋常小学読本唱歌』の発 行以前から『尋常小学唱歌』の編纂を行っていたということである。この編纂委員会の動 きについては音楽教育学者である岩井正浩の研究に詳しい5。その中で注目したいのが、同 編纂委員会が田村編纂の教科書について、「既刊ノ小学唱歌集中田村氏ノ著書ハ比較的完全 ニ近シ」として、『尋常小学唱歌』編纂の手本にすることを示唆したということである。こ れは、田村虎蔵を中心として明治期に展開してきた「言文一致」、「教科統合」の唱歌に対 する肯定であった。田村は明治期を通じて自分の編纂した『教科適用 幼年唱歌』や『教科 統合 少年唱歌』等の唱歌教科書において、それまでの文語体唱歌を否定した言文一致唱歌 と、また他教科との関連を行う「教科統合」の手法を実践している。
実際、『尋常小学唱歌』の「歌詞の題材は修身、国語、歴史、地理、理科、実業等各教科と 関連した教材」から採用されており、口語体で作詞されている歌詞も多く見られる。例え ば第一学年の巻より《かたつむり》について、その歌詞を以下に記載する。6
第一学年第六《かたつむり》
一でんでん虫々 かたつむり、お前の頭は どこにある。角だせ槍だせ 頭だせ。
二でんでん虫々 かたつむり、お前の目玉は どこにある。角だせ槍だせ 目玉出せ。
現在の小学校音楽科歌唱共通教材でも用いられるこの楽曲であるが、「どこにある」とい う問いかけの歌詞や「出せ」という命令口調の歌詞が含まれるという点で、それまでにな い形式の、まさしく口語体で作られた唱歌である。口語で意味がわかりやすいというのも、
『尋常小学唱歌』の楽曲が現代まで歌われている理由の一つであろう。
この『尋常小学唱歌』は昭和初めまで小学校教育において大きな影響力を持っていたが、
1932年に文部省が改訂版の教科書である『新訂尋常小学唱歌』を刊行する。第一学年用か ら第六学年用まで全6冊で、1冊の収録曲は27曲である。『尋常小学唱歌』の中から評判の悪 い曲が削られ、「ラジオ」、「動物園」、「スキー」などがテーマの、時流に合わせた曲が追加
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された。この追加曲の中から《スキーの歌》と《牧場の朝》の2曲が、現代の小学校音楽科 歌唱共通教材に引き継がれている。
更に、1941年になると「国民学校令」が出され、「唱歌」教科は「芸能科音楽」へと発展 的に解消する。その教科目的は「芸能科音楽ハ歌曲ヲ正シク歌唱シ音楽ヲ鑑賞スルノ能ヲ 養ヒ国民的情操ヲ醇化スルモノトス」であった。歌だけではなく、総合的な音楽鑑賞等が 行われるようになったという点で、現代日本の音楽科教育につながるものと言える。目的 は「唱歌」の「徳性ノ涵養」から「国民的情操ノ醇化」という、より情操教育的なものに 変わった。しかしこれは、最終的に「皇国民の練成」を目的とするものであったとされる。
作曲委員としては小松耕輔、松島つね、井上武士、橋本國彦、下総皖一の5人が、作詞委員 に小林愛雄、林柳波の2人が選ばれた。「芸能科音楽」においては教科書が国定に一本化さ れ、初等科1,2年生用の『ウタノホン』、初等科3~6年生用の『初等科音楽』、高等科用の
『高等科音楽』が刊行された。このうち『ウタノホン』については、戦時下の教科書であ るにも関わらず、《カクレンボ》と《ウミ》という現在の小学校音楽科歌唱共通教材で用い られている楽曲が掲載されている。また林柳波作詞の《たなばたさま》は、ここが初出で あり、更に《うさぎ》や《ホタルコイ》、《さくらさくら》のような民間伝承のわらべうた もここに採録された(《うさぎ》と《さくらさくら》は現在の小学校音楽科歌唱共通教材と なっている)。『尋常小学唱歌』から、『進呈尋常小学唱歌』、更には「国民学校」の教科書 という、文部省編纂の教科書に掲載されていた文部省が著作権を持つオリジナルの唱歌楽 曲を総称して文部省唱歌と呼ぶのである。
3. 小学校音楽科における歌唱共通教材とは何か
現代日本の小学校音楽科においては、「歌唱共通教材」と称される24曲の楽曲が存在し ており(各学年に4曲ずつの割り当て)、教科書の出版元に関わらず、必ず各学年の教科書 に掲載される。例えば1年生では、《うみ》、《かたつむり》、《日のまる》、《ひらいたひらい た》の4曲が共通教材とされているが、このうちわらべうたの《ひらいたひらいた》以外 の3 曲は文部省唱歌よりとられた楽曲であり、共通教材の全体を見てみても、24 曲中17 曲が文部省唱歌である。各学年の歌唱共通教材楽曲とその出典の一覧を記したい。7
「第1学年」《うみ》『ウタノホン上巻』、《かたつむり》『尋常小学唱歌第1学年』、《日の まる》『尋常小学唱歌第1学年』、《ひらいた ひらいた》(わらべうた)
「第2学年」《かくれんぼ》『ウタノホン上巻』、《春がきた》『尋常小学唱歌第3年』、
《虫のこえ》『尋常小学唱歌第3学年』、《夕やけこやけ》(大正時代の童謡、
中村雨紅作詞、草川信作曲)
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「第3学年」《うさぎ》(日本古謡、『ウタノホン上巻』に採録)、《茶つみ》『尋常小学唱 歌第3学年』、《春の小川》『尋常小学唱歌第4学年』、《ふじ山》『尋常小学 唱歌第2学年』、
「第4学年」《さくらさくら》(日本古謡、『ウタノホン下巻』に採録)、《とんび》(昭和初 期の童謡、葛原しげる作詞、梁田貞作曲)、《まきばの朝》『新訂尋常小学唱 歌第4学年』、《もみじ》『尋常小学唱歌第2学年』
「第5学年」《こいのぼり》『尋常小学唱歌第5学年』、《子もり歌》(日本古謡)、《スキー の歌》『新訂尋常小学唱歌第6学年』、《冬げしき》『尋常小学唱歌第5学年』
「第6学年」《越天楽今様》(日本古謡)、《おぼろ月夜》『尋常小学唱歌第6学年』、《ふる さと》『尋常小学唱歌第6学年』、《われは海の子》『尋常小学唱歌第6学年』
更に《うさぎ》と《さくらさくら》が『ウタノホン』に掲載されているということで、
戦前の文部省編纂の教科書に由来しない楽曲は童謡や古謡等の5曲のみになる。基本的に、
現代日本の小学校音楽科における歌唱活動は、この共通教材を中心に組み立てられており、
文部科学省検定済みの教科書が使用されるということもあって全公立小学校で標準化され た教育が行われるシステムと言える。文部科学省は、ホームページにおいて小学校音楽科 歌唱共通教材の意義を以下のように位置づけている。8
歌唱共通教材を設けている意義は,我が国で親しまれてきた唱歌や童謡,わらべうた等 を,子どもからお年寄りまで世代を超えて共有できるようになることにあります。また,
我が国で長く歌われ親しまれてきたうたを取り扱うことは,我が国のよき音楽文化を受 け継いでいく意味からも大切です。そのようなうたが更に取り上げられるように,これ まで各学年ごとに4曲示してきた楽曲の中から,第1学年から第4学年までは4曲すべ てを取り扱うこととし,第5学年及び第6学年は4曲中3曲を含めて取り扱うこととし ました。
ここで文科省が重要視しているのは、「世代間の共有」、「音楽文化の継承」という2点で ある。前者について、健全な民主主義の運営を行うためには国民間の連帯意識が必要とい うことが、政治学の分野において近年、盛んに言われている。連帯意識形成の前提として は、共通文化の存在が必ず必要になってくるが、趣味が多様化し、核家族化の進む現代日 本において、世代を超えて共有できる文化というのは学校教育の中で形成される部分が大 きい。歌唱共通教材についても、戦後やや変遷があり(そもそも最初に小学校音楽科歌唱共 通教材が示された1958年告示のものについては、歌唱共通教材が各学年3曲ずつしかなか
った9)、また、各学校で教えられる内容についても例えば現在の第5学年及び第6学年は4
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曲中3曲のみが教えられるという恣意性はあるものの、24曲中19曲が戦前の教科書由来 ということからも、根幹的な部分は戦前より一貫したものが存在しており(例えば《故郷》
については『尋常小学唱歌』よりほぼ一貫して教えられているだろう)、現代日本の世代間 を繋ぐ役割を担っていると言える。
「音楽文化」の継承という点についても、現在の教育基本法(2006年改訂)では「教育の
目標 5」において「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する
とともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」とされ、「伝 統文化」を尊重するということが明示されている。音楽文化においての「伝統」に関して は近世以前の雅楽等のみを「伝統」に含める考え方もあるが、文科省の見解としては、近 代以降の唱歌・童謡も日本の「伝統」に含まれており、また年配の方などは「日本の唱歌 や童謡は大切な文化だから、次の世代に受け継いでいけるようしっかり学校で教えること が大事」という見解を持っていることが多い。
また、小学校音楽科教育の役割としては、ある一定の基準の音楽的技能、知識を子ども 達が身につけられるようにするということも大きい。現代日本の保育園や幼稚園における 音楽活動では、童謡唱歌や「おかあさんといっしょ」などの子ども番組からとられた楽曲、
また、子ども向けアニメの楽曲などが雑多に使用され、更にはキリスト教系の園では讃美 歌を子どもたちに歌わせるなど、各園における差異も大変に大きい状況が存在する。例と して、精華女子短期大学の音楽関係の授業で使用される『みんなでうたおう! たのしいこ どものうた大全集202』(永岡書店、2016)では以下のような出典の楽曲が掲載されている。
「戦前の童謡・唱歌」
はるがきた、たなばたさま、うれしいひなまつり、赤とんぼ、春の小川、お正月など
「戦後の童謡」
めだかの学校、おばけなんてないさ、あめふりくまのこ、犬のおまわりさんなど
「アニメソング」より
さんぽ、いつも何度でも、君をのせて、サザエさん、ぼくドラえもん、勇気100%など
「おかあさんといっしょ」より
アイアイ、一年生になったら、かあさんカラス、ふしぎなポケット、だんご3兄弟など
「みんなのうた」
小さい秋みつけた、クラリネットをこわしちゃった、線路はつづくよどこまでもなど その他、「ポンキッキーズ」やスマップの楽曲、種々のポピュラーソング等も掲載される。
小学校の音楽科では、各学年における楽曲構成要素の教育目標において基準が存在して いるのに対し(例えば小学校1年生に対し8分の6拍子の曲が指導されることはない)、幼
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稚園や保育園によっては、その基準を超えた楽曲が教えられるということが多く存在して いる。このような多様性が一因となり、小学校に入学したばかりの子どもたちの間には、
出身園の方針によって音楽的技能や知識に大きな差があることになる。小学校音楽科歌唱 共通教材については、ステップバイステップの考え方で学年毎に新たな音楽要素等が加わ って楽曲が難化していくものであり、このような状況の子ども達の音楽的技能や知識を、
ある意味では標準化に向けてリセットする機能も持っていると言えるだろう。
4. 歌唱共通教材実践の実例
文部省唱歌や、わらべうた等の曲のいくつかは、先にも述べた小学校音楽科歌唱共通教 材、すなわち今も義務教育で必ず教えられる日本人の「共通文化」となっており、日本人 なら誰もが一緒になって歌うことができるという点で、現在の日本においても大変に重要 なものである。
その重要性を示す一例として、東日本大震災の後に、《故郷》が盛んに歌われたことを挙 げたい。《故郷》は『尋常小学唱歌第6学年』の楽曲であるが、東日本大震災からの復興に 向けたチャリティ・イベント等では、その締め括りに《故郷》が合唱されることが大変に多 かった。また、震災直後の2011年4月10日にNHKホールで行われたテノール歌手プラ シド・ドミンゴのコンサートでは、アンコールの最後に《故郷》が歌われ、3600人の観客 も一緒に合唱した10。更に2016年の3月13日に東京オペラシティで行われた東日本大震 災復興支援チャリティ・コンサートでは、やはり《故郷》の合唱が行われ、天皇皇后両陛 下も一緒に歌を口ずさんだ11。
これらの事例からもわかるように、音楽科歌唱共通教材となっている楽曲は、日本人が 一緒になって歌える「共通文化」なのである。震災復興イベントのような場で合唱を行う 意義としては、第一に、コミュニティの構成員や国民としての連帯意識を高めるというこ とがあるだろう。そのような場で歌が歌われるということは、現在の日本においても、日 本人としてのアイデンティティ形成と歌が結びついているということを示している。
この事を示す例として、《富士山》も持ち出すことができるだろう。我々、日本人が富士 山を語る際、「日本一の」というフレーズが用いられることが大変に多い。しかし、同じく
「日本一の」河川である信濃川に対してそのフレーズが用いられることがどれだけあるだ ろうか。富士山と遠く離れた場所に住んでいる日本人でも、「日本一の」富士山というフレ ーズは大変おさまりが良い場合が多い。これはやはり、『尋常小学唱歌』より音楽科歌唱共 通教材となった《富士山》の歌詞の影響による部分も大きいのではなかろうか。
また、誤った認識が唱歌によって植えつけられた例として、同じく『尋常小学唱歌』よ り音楽科歌唱共通教材となった《春の小川》の事例を挙げたい。この歌詞の中に「春の小
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川は、さらさら行くよ。えびやめだかや、小鮒の群れに」という印象的なフレーズがある。
しかし本来、めだかの季語は春ではなく夏なのである。その点を無視して作られた歌詞と いうことになるが、筆者が関連する二つの場所(所属短大のゼミ、音楽療法を行っている熊 本県の施設)で挙手性のアンケートを行ってみたところ、20~60代までの男女35人中29人 がめだかの季語を春と考えていた。これは、戦後、一貫して小学校で教えられている《春 の小川》の歌詞が世代間を超えて心に残り、共通的な「誤」認識を生じさせていた実例と 言える。
5. 学習指導要領との関連
そもそも歌唱共通教材は小学校音楽科の学習指導要領にて示されたものであるが、1958 年告示の小学校学習指導要頓には、音楽科の「各学年の内容、B表現(歌唱)」に「(4)愛 唱歌を増やす」とあり、ここに初めて学年ごとの具体的な歌唱共通教材名が記されている。
学習指導要領の中にこのような共通教材が設定されることになった理由としては、当時の 学習指導要領作成に携わった真篠将が様々な場面で述べているが、主に以下の三つの事由 が挙げられる。12
・これまでの学校音楽教育は児童の生活から乖離したものとなっており、そのため好ま しくない歌や音楽を児童が口ずさむという現状を招いた。
・これからの学校音楽は、もっと児童の生活に根差したものにしていく必要がある。
・いつどこでも、だれとでもいっしょに歌うことができ、また楽しめる「愛唱歌」を身 につける必要がある。
「好ましくない歌や音楽を児童が口ずさむ」ということについては、1950年代を通じた 社会問題となっており、例えばNHKの教育音楽番組「みんなのうた」が1961年から開始 された背景もここに由来する。これは1947年にGHQが日本の子どもの音楽を規制し、そ れまでの唱歌、童謡が歌詞によっては全く歌えなくなってしまったという事情も関係して いる。すなわち、1950年代の日本においては、子どもの歌のレパートリーが大変に枯渇し ていたのである。これにより、子どもたちがCMソングなどの大人向けの俗曲を好んで歌 うという状況に至った。この状況を打破すべく、子どもの「愛唱歌」レパートリーを増や すという動向が児童雑誌やテレビ放送等の民間でも行われていたが、歌唱共通教材の設定 は学校教育におけるその動向の一つと位置づけられるだろう。
1946年に当時の文部省が「新教育指針」を出しており、その中で音楽科の目的が「民主 的な社会において、人々がそれぞれの個性を発揮しながら、秩序と協同とによって結びつ
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き、平和な生活をいとなむことと同じ」とされていたが、「いつどこでも、だれとでもいっ しょに、楽しめる」という歌唱共通教材の目的はこの前提となるものであろう。
また、2017年に告示され、2020年より施行される現在の小学校音楽科の学習指導要領に おいて、歌唱の取り扱いは以下のように示される。
学習指導要領 第2節音楽科の内容 2各領域及び〔共通事項〕の内容の抜粋 (1) 歌唱の活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。
歌唱の活動は,自らの声で,曲の表現を工夫し,思いや意図をもって歌うものである。
歌唱分野の内容は,次のように構成している。
ア 曲の特徴にふさわしい歌唱表現を工夫し,思いや意図をもつこと。
(思考力,判断力,表現力等)
イ 曲想と音楽の構造や歌詞の内容との関わりについて理解すること。(知識)
ウ 思いや意図に合った表現をするために必要な次の (ア) から (ウ) までの技能を身に 付けること。(技能)
(ア) 聴唱・視唱の技能
(イ) 自然で無理のない,響きのある歌い方で歌う技能 (ウ) 声を合わせて歌う技能
「聴唱・視唱」や「響きのある歌い方」など、技能的な部分の記述も多いが、「曲の特徴 にふさわしい歌唱表現を工夫し,思いや意図をもつ」や「曲想と音楽の構造や歌詞の内容 との関わりについて理解」という曲の解釈の部分が前提とされ、技能はその表現のための 手段と位置づけられる。すなわち、歌唱共通教材の指導においては、その楽曲の理解が第 一目的にあると言えよう。曲の解釈ということにおいては必ず歌詞の理解が必要になって くる。基本的に小学校音楽科歌唱共通教材の楽曲の歌詞は、日本の美しい自然、四季や風 土をテーマとしているものがほとんどである。例えば《故郷》の歌詞は以下の通りだ。
一兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷 二如何にいます父母 恙なしや友がき 雨に風につけても 思いいずる故郷 三こころざしをはたして いつの日にか帰らん 山はあおき故郷 水は清き故郷
ドイツ文学者の鼓常良は、『日本芸術様式の研究』において、「自然愛は日本の国民性の 著しい特徴であり自然そのものに生活圏を融合させている」と述べるが13、《故郷》の歌詞 では、それを象徴するように、巧みに「故郷」の美しい山河が表象される。日本の国土性 として、必ずしも全ての子どもがこのような自然に接することができているわけではなか
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ろうが、《故郷》の歌詞は、そのような子どもたちにも日本の山河の美しさを強く印象付け る力を持っている。社会学者の池上英子は『美と礼節の絆』において、「われわれのこの国 に対するイメージ自体も、上手に定型化した、言ってみれば詩的な国土のイメージに深く 影響されている。〔中略〕われわれの持つ自然観、国土観はさまざまに深く人工的に分節化 されていて、われわれは季節の変わり目ごと、あるいは観光地で、この紋切り型のイメー ジに合致する風景と出会うとなにかほっとし、かすかな詩興を感じるものだ」と論じ14、日 本の自然が日本人の精神の中で、型にはまったイメージと化していることを指摘するが、
現代日本におけるそのような自然観、国土観の形成については、音楽科の歌唱共通教材も 大きな役割を果たしていると見て間違いないだろう。
6. まとめ
以上、本論文では小学校音楽科歌唱共通教材について、その歴史的背景を考察するとと もに、現代の学校教育におけるその意義を検討した。歌唱共通教材の意義ということにつ いては、①自然観、国土観を中心とする共通認識の形成、②それによる世代間が共有でき る文化の形成、③伝統文化の継承、④標準的な音楽知識の習得、⑤いつどこでもだれとで もいっしょに歌うことができ、また楽しめる「愛唱歌」としての役割という五つが挙げら れるだろう。歌唱共通教材については、戦前から同じ楽曲が教えられているということで、
新たな、より子ども達の身近にある楽曲(例えば NHK「おかあさんといっしょ」の楽曲な どが挙げられるだろう)に入れ換えようというような言説もあるが、戦前から一貫した楽曲 が学校教育で教えられるということは、世代を超えて日本人としての共通文化が現在も受 け継がれているということである。世代間の分断が問題視される昨今、その意義をもう一 度、見直してみるべきだろう。
今後の課題としては、学校教育における歌唱共通教材の実際の運用についての調査分析 や更に学校外での運用についての調査、また、中学校音楽科における歌唱共通教材につい ても検討を行っていきたい。
1 堀内敬三、井上武士編『日本唱歌集』(岩波書店、1958)p. 240.
2 ベネディクト・アンダーソン著、白石隆、白石さや訳『定本想像の共同体ナショナリズ ムの起源と流行』(書籍工房早山、2007)pp. 238-239.
3 嶋田由美「唱歌教育の展開に関する実証的研究」(東京学芸大学博士学位請求論文、2008)
p. 130.
4 上原一馬『日本音楽教育文化史』(音楽之友社、1988)p. 234.
5 岩井正浩「子どもの歌の音楽文化史的研究:日本伝統音楽を視座とした1900-1940 年の 展開」(神戸大学博士学位請求論文、1995)pp. 110-133.
6 以下、歌詞の引用は、文部省編『尋常小学唱歌第一学年-第六学年』(国定教科書共同販
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売所、1911-1914)より。
7 文部科学省『小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説』pp. 154-158.
8 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/qa/07.htm 2019.7.7テキスト取得
9 津田正之「『共通教材』過去・現在・未来」『音夢第10号』(公益財団法人鳥取童謡・お もちゃ館、2016)pp. 5-6.
10「三大テノール・ドミンゴ日本語で祈りの『ふるさと』」(スポーツニッポン新聞社ホー ムページ、2011年4 月11日記事)http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/
2011/04/11/kiji/K20110411000602420.html 2017.2.10. テキスト取得
11「両陛下震災復興支援コンサート鑑賞」(毎日新聞ホームページ、2016年3月13日記事)
http://mainichi.jp/articles/20160314/k00/00m/040/039000c 2017.2.10. テキスト取得
12 前掲「『共通教材』過去・現在・未来」pp. 7-8. を参照した。
13 吉井貞俊『日本美と神道』(新風書房、1999)p. 29. を参照した。
14 池上英子『美と礼節の絆』(NTT 出版、2005)まえがきp.ⅱ .
主要な参考文献
・唐澤富太郎『教科書の歴史』(創文社、1956)
・井上武士『音楽教育明治百年史』(音楽之友社、1967)
・上原一馬『日本音楽教育文化史』(音楽之友社、1988)
・岩井正浩「子どもの歌の音楽文化史的研究:日本伝統音楽を視座とした1900-1940年の 展開」(神戸大学博士学位請求論文、1995)
・河口道朗『近代音楽教育論成立史研究』(音楽之友社、1996)
・鈴木貞美『日本の文化ナショナリズム』(平凡社新書、2005)
・ベネディクト・アンダーソン著、白石隆、白石さや訳『定本 想像の共同体 ナショナリ ズムの起源と流行』(書籍工房早山、2007)
・渡辺祐『歌う国民唱歌,校歌,うたごえ』(中公新書、2010)
・松村直行『童謡・唱歌でたどる音楽教科書のあゆみ』(和泉書院、2011)
・佐野靖、杉本和寛共編著『文化としての日本のうた』(東洋館出版会、2016)
・津田正之「『共通教材』過去・現在・未来」『音夢第10号』(公益財団法人鳥取童謡・お もちゃ館、2016)
[An Analysis of Common teaching materials of Singing in Japanese Elementary School]
[Sato, Keiji・精華女子短期大学幼児保育学科専任講師・音楽教育学専攻・
現在の研究テーマ:戦後日本の音楽教育とメディア]