宗
教
的
講
集
団
の
社
会
学
的
考
察
平
田
順
治
は じ め 宗 教 的 講 集 団 に つ い て の 研 究 は 、 各 分 野 か ら す で に 先 学 に よ つ て 優 れ た 成 果 が 発 表 さ れ て い る 。 本 稿 で は 主 と し て 社 会 学 的 側 面 か ら 、 実 態 調 査 の 資 料 と 若 干 の 文 献 資 料 に も と つ い て 考 察 を 試 み る こ と に し た 。 分 析 の 視 点 は 、 全 国 に 普 遍 的 に 分 布 し て い る 宗 教 的 講 集 団 に つ い て 、 特 に こ れ ら の 集 団 に お け る 成 員 の 生 活 の 共 同 の 諸 相 11 変 容 ・ 衰 退 ・ 消 滅 11 を 、 若 干 の 指 標 を 設 定 し て 分 析 す る こ と に し た 。 ま た 同 時 に こ れ ら 変 容 ・ 衰 退 ・ 消 滅 の 諸 因 素 の 検 出 に も 努 め た 。 こ の よ う な 分 析 は 、 他 方 ま た 村 落 社 会 の 変 動 要 因 の 究 明 に も つ な が る こ と に な る 。 註 、 本 稿 に あ げ た 事 例 の う ち 、 文 献 引 用 を 明 記 し た も の 以 外 は 、 す べ て 京 都 大 学 社 会 学 研 究 室 が 、 戦 後 か ら 現 在 迄 、 全 国 農 ・ 山 ・ 漁 村 に わ た つ て 実 施 し て き て い る 村 落 実 態 調 査 の 報 告 書 (筆 者 も 二 部 参 加 ) に よ つ た こ と を 附 記 し て お く 。 一 先 ず 宗 教 的 講 を 成 員 の 性 別 の 側 か ら 見 た 場 合-男 女 老 若 の 皆 が 参 加 す る 講 も あ る が 、 性 別 に よ つ て 講 が 別 れ る 場 合 が あ る 。 男 子 の 講 は 宗 教 ・ 娯 楽 ・ 金 融 等 何 れ の 方 面 の 講 も 含 む が 、 婦 人 の 講 は 宗 教 或 い は 娯 楽 に 関 す る も の に 限 ら れ て い る と い わ れ て い る 。 (鈴 木 栄 太 郎 、 日 本 農 村 社 会 学 原 理 、 三 二 ○ 頁 ) し か し 現 代 の 実 態 か ら は そ れ を そ の ま ま に 受 け 入 れ る こ と は す で に 困 難 で あ る 。 先 ず 男 子 を 中 心 と し た 講 を 仏 教 的 な 講 か ら 列 挙 す る と 富 山 県 大 境 の 仏 教 会 の 中 の 常 盤 会 、 真 親 会 、 一 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察密 教 文 化 光 会 等 は そ の 例 に 挙 げ ら れ る 。 一 方 女 子 を 中 心 と し た 仏 教 的 講 は か な り 多 く の 事 例 に み ら れ る 。 例 え ば 念 仏 講 で は 三 重 県 間 崎 や 梶 賀 、 岩 手 県 御 明 神 等 に み ら れ る 。 大 師 講 で は 徳 島 県 出 羽 島 に 、 報 恩 講 で は 岐 阜 県 大 洞 に 、 尼 講 で は 富 山 県 簑 島 、 石 川 県 鉢 伏 等 に あ る 。 ま た 観 音 講 で は 福 井 県 向 笠 、 滋 賀 県 和 逡 、 京 都 府 堤 、 徳 島 県 出 羽 島 等 が そ れ に 該 当 す る 。 次 に 仏 教 的 講 の 中 で 男 女 共 に 参 加 す る 講 も 若 干 あ る 。 そ の 例 を 報 恩 講 に み る こ と が で き る 。 例 え ば 富 山 県 鉢 伏 の 報 恩 講 で は 、 村 人 に ま じ つ て 近 郊 の 老 人 達 が 村 の 願 成 寺 に 参 詣 す る 。 奈 良 県 阪 合 部 落 で は 村 全 体 の 報 恩 講 で 男 女 が 共 に 公 会 堂 に 集 ま る 。 次 に 神 道 的 講 で は 男 性 を 中 心 と し た 講 が 多 く 、 先 づ 伊 勢 講 に つ い て み る と 福 島 県 桧 枝 岐 に 、 庚 申 講 で は 栃 木 県 福 手 、 三 重 県 間 崎 に 、 そ し て 日 待 講 で は 福 島 県 桧 枝 岐 、 福 井 県 向 笠 等 は そ れ ぞ れ そ の 例 に 該 当 す る 。 そ の ほ か 、 福 島 県 桧 枝 岐 、 福 井 県 向 笠 、 奈 良 県 青 根 、 静 岡 県 妻 良 等 に も あ る 。 職 人 を 中 心 と し た 講 は 総 て 男 性 に よ つ て 構 成 さ れ て い る 。 神 道 的 講 の 中 で も 三 十 三 夜 講 は 、 福 島 県 桧 枝 岐 、 栃 木 県 福 手 等 で は 女 で 構 成 さ れ て い る 。 ま た 以 前 は 男 性 が 講 成 員 で あ つ た が 、 現 在 は 女 性 が 成 員 に 変 つ た 事 例 も あ る こ と は 注 目 す べ き で あ る 。 例 え ば 広 島 県 走 島 の 伊 勢 講 は 女 性 の み が 成 員 で あ る 。 静 岡 県 妻 良 の 庚 申 講 は 、 昔 は 戸 主 が 講 員 で あ つ た が 、 現 在 は 女 の み で 構 成 さ れ て い る 。 ま た 福 島 県 桧 枝 岐 の 天 神 講 は 昔 は 十 五 才 未 満 の 男 子 だ け で 構 成 さ れ て い た が 、 現 在 は 男 女 混 合 に 変 つ て き て い る 。 以 上 、 講 成 員 の 性 別 を 中 心 に 仏 教 的 講 と 神 道 的 講 に つ い て 講 集 団 の 実 態 を 分 析 し た の で あ る 。 こ れ ら の こ と か ら 仏 教 的 講 は 一 般 に 女 性 を 成 員 と し た 講 が 多 い 。 こ れ に 対 し て 、 神 道 的 講 は 男 性 を 中 心 と し た 講 が 圧 倒 的 に 多 い 。 こ こ で も 注 目 す べ き は 神 道 的 講 の 中 に も 、 以 前 は 男 性 の み が 成 員 で あ つ た も の が 、 現 在 は 女 性 に 変 つ て き た と い う こ と で 、 こ の 種 の 講 の 変 遷 の 側 面 を 見 る こ と が で き る 。 (1) 講 の 成 員 を 年 令 別 か ら 見 た 場 合 -講 成 員 を 年 令 別 に 見 る な ら ば 、 宗 教 的 講 の 一 般 的 傾 向 は 殆 ん ど の 講 が 五 ○ 才 か ち 六 ○ 才 以 上 の 老 人 層 特 に 老 婦 人 層 に よ つ て 占 め ら れ て い る 。 次 に 一 方 若 い 青 年 層 ( 若 い 衆 ) を 中 心 と し た 講 も あ る 。 例 え ば 富 山 県 簑 島 や 同 じ く 大 境 の 仏 教 会 の 中 の 同 明 会 ( 講 の 一 種 ) 等 に み る こ と が で き る 。 ま た 少 年 を 中 心 と し た 天 神 講 、 例 は 福 島 県 桧 枝 岐 、 神 奈 川 県 妻 良 、 滋 賀 県 宮 町 等 に み る こ と が で
き る 。 以 上 少 数 事 例 か ら で は あ る が 、 性 別 、 年 令 別 の 両 者 か ら 、 現 存 の 宗 教 的 講 は 成 員 が 女 性 に 移 行 し て ゆ き つ つ あ る こ と が 推 測 さ れ る 。 特 に 老 婆 層 を 中 心 に し た 宗 教 的 講 が 存 続 し て い る と い え よ う 。 ま た こ の こ と か ら 次 の よ う な こ と も い え よ う 。 即 ち 老 婆 達 が 生 ま れ て 以 来 、 年 令 の 加 わ る に つ れ 通 過 し て き た 幾 多 の 部 落 内 の 諸 集 団 の 系 列 の 最 末 端 に 位 置 し 、 老 令 者 を 成 員 と す る 老 令 集 団 の 中 で は 外 界 と の 接 触 交 渉 の 乏 し き 老 後 の 生 活 に 、 老 令 者 達 へ 気 楽 な 社 交 の 場 を 提 供 す る 主 要 な 集 団 と し て 存 続 し て い る の で あ る 。 (2) 講 会 の 場 所 か ら 見 た 場 合 -講 の 特 性 は 講 の 成 員 が 皆 ﹁ 対 等 の 権 利 を 有 す る こ と ﹂ に あ る と い わ れ る が 、 こ の こ と は 講 会 の 場 所 に も あ ら わ れ て い る 。 特 定 の 家 筋 ま た は 上 層 の 階 層 で 開 い た り 、 同 族 団 の 本 家 で し た り 、 ま た は 村 の 役 職 者 の 家 で 開 く と い つ た 事 例 は 極 め て 稀 で あ る 。 宗 教 的 講 に つ い て 講 会 の 場 所 を み る と 凡 そ 次 の よ う な 種 類 に 分 け ら れ る 。 一 、 講 員 の 自 宅 を 輪 番 制 に よ つ て 講 の 会 場 に す る も の 。 二 、 寺 院 を 講 の 会 場 に す る も の 。 三 、 御 堂 を 講 の 会 場 に す る も の 。 四 、 公 民 館 、 学 校 、 旅 館 等 を 講 の 会 場 と す る も の 。 五 、 特 定 の 家 を 講 の 会 場 と す る も の 、 但 し か か る も の は 例 外 に と ど ま る 。 右 の 種 類 に つ い て 若 干 の 事 例 を 挙 げ る こ と に す る 。 上 記 の な か で 、 講 員 の 自 宅 を 輪 番 制 で 講 会 場 に す る 講 は 圧 倒 的 に 多 い の で 一 々 例 を 挙 げ る の は 煩 雑 に た え な い の で 省 略 す る 。 一 般 に 神 道 的 講 に 多 く あ て ら れ て い る 。 こ の こ と は 講 が 平 等 性 を 有 す る 特 性 の あ ら わ れ と し て 当 然 の こ と と い え よ う 。 次 に 寺 を 講 の 会 場 に す る も の が 多 い 。 こ れ は 仏 教 的 講 は 寺 と 講 の 諸 行 事 が 密 接 な 関 係 に あ る の で 当 然 と い え よ う 。 寺 を 講 の 会 場 に す る 若 干 の 事 例 は 次 の 如 く で あ る 。 観 音 講 11 京 都 府 堤 、 福 井 県 向 笠 、 徳 島 県 出 羽 島 等 、 念 仏 講 11 三 重 県 梶 賀 、 神 奈 川 県 青 根 等 、 庚 申 講 11 徳 島 県 出 羽 島 、 大 師 講 H 徳 島 県 出 羽 島 、 報 恩 講 11 富 山 県 大 境 、 石 川 県 鉢 伏 等 、 尼 講 H 富 山 県 簑 島 、 石 川 県 鉢 伏 等 、 地 蔵 講 H 祖 井 県 向 笠 、 五 月 講 11 石 川 県 鉢 伏 、 永 年 寺 講 11 福 井 県 向 笠 、 八 日 講 ル 福 岡 県 御 手 作 等 々 の 諸 講 に み る こ と が で き る 。 御 堂 を 講 の 会 場 に す る 事 例 を あ げ る と 、 大 師 講 で は 高 知 県 榛 原 村 1 お 茶 堂 、 精 進 講 で は 宮 城 県 筆 甫 村 -精 進 堂 。 観 音 講 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
-43-密 教 文 化 で は 群 馬 県 赤 根 域 村 -観 音 堂 等 が あ げ ら れ る 。 ( 柳 田 国 男 、 山 村 生 活 の 研 究 、 八 七 、 八 八 、 九 三 頁 ) 。 次 に 公 民 館 、 学 校 の 講 堂 を 講 の 会 場 に す る 事 例 と し て 、 相 続 講 で は 奈 良 県 阪 合 部 村 -公 会 堂 。 念 仏 講 で は 京 都 府 堤 -公 民 館 、 天 神 講 で は 福 島 県 桧 枝 岐 -小 学 校 講 堂 。 滋 賀 県 宮 町 -公 民 館 等 が あ る 。 旅 館 を 講 の 会 場 に す る も の と し て 、 福 島 県 桧 枝 岐 の 伊 勢 講 、 同 じ く 山 口 神 講 等 を あ げ る こ と が で き る 。 最 後 に 特 定 の 家 を 講 の 会 場 に す る も の に 、 山 神 講 11 山 形 県 小 国 地 方 ( 山 元 の 家 が 講 の 会 場 に な る ) 等 が あ る 。 講 員 の 自 宅 で 輪 番 で 講 を 開 く こ と は 早 く か ら 行 わ れ て き た 。 こ れ に つ い て の 理 由 は い く つ か 考 え ら れ る が 、 そ の 主 な 理 由 は 一 般 に 村 落 が 狭 小 且 つ 封 鎖 的 で 村 の 範 囲 が 旧 村 時 代 は 狭 く 、 ま た 公 共 施 設 も 完 備 し て い な か つ た こ と 等 に よ り 一 般 の 民 家 が 慣 習 的 に 利 用 し て き た こ と に 由 る と 考 え ら れ る 。 ま た 講 は そ れ 自 体 の 目 的 を 遂 行 す る と 同 時 に 慰 安 、 娯 楽 、 親 睦 等 の 機 能 を も 果 す 。 そ の た め 附 帯 事 項 と し て 、 共 同 飲 食 を 伴 う こ と が 多 い 。 こ の 準 備 の た め に も 民 家 で 講 が も た れ 易 く な る 。 特 に 講 会 を 開 く 場 合 、 そ の 内 容 の 中 心 が 宗 教 的 行 事 で あ れ ば 、 仏 壇 ま た は 床 間 等 を 必 要 と す る こ と 等 か ら 輪 番 制 で 民 家 が 講 会 の 場 所 に な る も の と 考 え ら れ る 。 後 述 す る よ う に 講 会 が 組 ( 班 ) や 近 隣 内 で 行 わ れ る 場 合 に そ の 典 型 を み る こ と が で き る 。 し か し 一 方 先 述 の よ う に 新 し い 傾 向 と し て 近 時 講 会 の 場 所 が 次 第 に 公 民 館 や 学 校 の 講 堂 等 に 移 行 し て い る 例 も み ら れ る 。 例 え ば 福 島 県 桧 枝 岐 の 天 神 講 は 昔 は 一 五 才 の 男 児 だ け が 毎 年 二 回 廻 り 宿 で 天 神 講 を 開 い て い た が 、 現 在 は 女 児 も 加 わ り 、 廻 り 宿 を 廃 し て 学 校 の 講 堂 を 会 場 に 使 用 す る よ う に な り 、 回 数 も 年 一 回 に な つ た 。 講 会 に は 学 校 の 先 生 数 名 、 そ れ に 教 育 委 員 長 、 村 長 、 P T A 等 の 役 員 を 招 待 し 、 む し ろ 謝 恩 的 色 彩 を お び た 会 合 に 変 つ て き た 。 勿 論 、 父 兄 が こ の 講 に は 応 援 を ル て い る 。 ま た 岸 和 田 市 八 田 の 庚 申 講 は も と 庚 申 池 の 側 に 池 の 管 理 に 当 つ て い た 庚 申 堂 が あ つ て 、 青 面 金 剛 童 子 の 像 の ほ か 観 音 阿 弥 陀 地 蔵 の 仏 像 が 奉 つ て あ つ た が 、 堂 が 荒 廃 し 、 現 在 で は 部 落 の 中 に 公 民 館 が 立 ち 、 そ の 中 に こ れ ら の 仏 像 を 移 し て し ま つ て い る 。 そ の た め に 公 民 館 を 俗 に 庚 申 堂 と も い い 、 こ こ で 講 が 勤 め ら れ て い る 。 ( 岸 和 田 市 の 庚 申 講 、 大 越 勝 秋 、 社 会 と 伝 承 第 六 巻 、 第 三 号 五 七 頁 ) こ の よ う な 新 し い 事 例 は 多 く は な い が 、 今 後 他 の 地 方 に お い て も 徐 々 に こ の よ う な 傾 向 を 辿 つ て い く の で は な い
か と 推 測 さ れ る 。 (3) 講 会 の 時 刻 及 び 時 間 数 か ら 見 た 場 合 -講 集 団 を 通 じ て の 村 人 の 生 活 の 共 同 の 程 度 を 考 察 す る 一 指 標 と し て 講 会 の 開 催 時 刻 及 び 時 間 数 を あ げ る こ と が で き る 。 先 づ タ 刻 か ら 夜 に か け て 開 か れ る 講 に つ い て 、 こ れ を 更 に 夕 食 前 か ら 開 か れ る も の と 、 夕 食 後 に 開 か れ る も の に 分 け て 若 干 の 事 例 を あ げ る こ と に し よ う 。 例 え ば 福 島 県 桧 枝 岐 の 地 蔵 講 は タ 方 か ら 午 後 九 時 項 ま で 開 か れ る 。 栃 木 県 福 手 の 庚 申 講 は 農 事 終 了 後 の 夕 刻 か ら 十 時 頃 ま で 開 か れ る 。 同 じ く 静 岡 県 妻 良 の 庚 申 講 、 岡 山 県 久 島 の 太 子 講 、 福 島 県 桧 枝 岐 の 二 十 三 夜 講 等 々 。 こ れ ら の 講 は い つ れ も 程 度 の 差 は あ る が 、 共 同 飲 食 が 行 わ れ て い る 。 次 に 夕 食 後 開 か れ る 講 は 、 例 え ば 三 重 県 間 崎 の 念 仏 講 、 徳 島 県 出 羽 島 の 観 音 講 等 が あ り 、 い つ れ も 夕 食 後 七 時 頃 か ら 九 時 頃 ま で 開 か れ る 。 ま た 福 島 県 桧 枝 岐 の 大 師 講 、 栃 木 県 福 手 の 二 十 三 夜 講 、 滋 賀 県 宮 町 の 二 十 三 夜 講 等 は い つ れ も 夕 食 後 か ら 十 時 乃 至 十 一 時 頃 ま で 開 い て い る 。 次 に 正 午 以 降 に 開 か れ る 例 を み る と 、 岩 手 県 御 明 神 の 念 仏 講 は 昼 食 後 三 時 頃 ま で 開 い て い る 。 そ の 後 で 共 同 飲 食 を と る 。 そ の 他 、 徳 島 県 出 羽 島 11 大 師 講 。 石 川 県 鉢 伏 11 尼 講 。 福 井 県 向 笠 11 観 音 講 等 は 多 少 の 時 間 の 長 短 は あ る が 、 い つ れ も 午 後 二 時 か ら 夕 刻 に か け て 開 い て い る 。 最 後 に 前 述 の 時 刻 以 外 の 時 刻 に 開 か れ て い る 例 を み る と 、 こ れ は 多 く は な い 。 例 え ば 富 山 県 大 境 の 報 恩 講 は 十 月 三 十 日 か ら 十 一 月 一 日 に か け て 寺 で 行 わ れ る 。 十 月 三 十 一 日 は 通 夜 が 行 わ れ る 。 石 川 県 鉢 伏 の 報 恩 講 は 七 月 十 八 日 か ら 二 十 日 ま で 寺 で 開 い て い る 。 ま た 桧 枝 岐 伊 の 勢 講 は 旧 正 月 の 二 十 一 日 の 晩 か ら 二 十 二 日 の 朝 に か け て 部 落 に あ る 旅 館 で 開 い て い る 。 以 上 の 考 察 か ら 、 タ 刻 又 は 夕 食 後 か ら 開 か れ る 講 が 一 般 的 で あ る よ う で あ る 。 こ れ は 村 落 で は 昼 間 は 農 事 に 従 事 し て い る こ と か ら 、 講 の み な ら ず 、 諸 種 の 寄 合 は 夜 行 わ れ る 。 夜 で あ れ ば 時 間 の 制 約 も 昼 間 程 で な く 、 ゆ つ く り 会 が も た れ 、 昼 間 の 仕 事 で 疲 れ て い て も 、 こ の 種 の 会 合 は 一 種 の く つ ろ ぎ の 会 と も な り 、 村 民 相 互 の 親 睦 を 深 め る 時 間 と も な る 。 次 に 正 午 以 降 か ら 夕 方 迄 に 開 か れ る 講 は 前 記 の 事 例 の 中 に み る が 、 こ れ ら の 多 く は 仏 教 的 講 で 、 寺 が 講 会 場 に な り 、 僧 侶 の 説 教 等 が あ る こ と 、 ま た 他 村 か ら の 参 加 者 が あ る 場 合 も み ら れ る 。 ま た 講 堂 等 で 開 か れ る の も 、 地 域 的 に は 村 落 を 越 え た 行 政 村 に 及 ぶ 地 域 の 人 々 の 参 加 が 容 れ ら れ る 場 合 に み ら れ る 。 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 最 後 に 上 記 以 外 の 時 間 に 開 か れ る 講 は す で に 二 事 例 を あ げ た よ う に 北 陸 地 方 の 報 恩 講 が 典 型 的 な も の で あ る 。 こ れ は こ の 地 域 の 歴 史 的 、 社 会 的 条 件 に よ る 特 殊 な 地 域 に よ る も の と 考 え ら れ る 。 更 に 講 集 団 活 動 の 程 度 を 知 る 指 標 と し て 成 員 の 数 が 指 摘 さ れ よ う 。 こ こ で 用 い る 事 例 は 実 態 調 査 の 資 料 と 若 干 の 文 献 資 料 か ら 考 察 す る 。 成 員 の 極 め て 少 な い も の は 京 都 府 堤 の 念 仏 講 で 三 人 で 、 次 に 三 重 県 梶 賀 の 四 人 か ら な る 念 仏 講 等 は そ の 例 で あ る 。 こ れ ら の 講 は 最 近 加 入 者 が な く 衰 退 の 一 路 を 辿 つ て い る と い わ れ て い る 。 事 例 か ら 見 る 限 り で は 村 落 の レ ベ ル で の 講 の 成 員 数 は 、 多 い 方 は 四 ○-五 〇 人 位 で あ る 。 勿 論 こ の 中 に は 後 述 す る 家 単 位 の 組 又 は 、 部 落 全 戸 加 入 と い つ た 講 も 含 ま れ て い る 。 二 地 域 的 範 囲 が 村 落 ま た は 組 と 一 致 す る 講 集 団 に お け る 生 活 の 共 同 -講 集 団 は そ れ 自 体 の 宗 教 的 行 事 に よ る 生 活 の 共 同 を 行 う こ と は 勿 論 、 そ の 他 に 婚 礼 、 葬 式 、 屋 根 葺 き 等 日 常 生 活 の 相 互 扶 助 の 面 に お け る 機 能 を も 副 次 的 に 果 す 。 ま た 講 田 の 共 同 耕 作 や 講 集 団 共 有 の 物 品 の 管 理 等 を も 行 う 場 合 も あ る 。 こ れ ら の 諸 機 能 を 包 括 的 に 具 有 し て い る 講 集 団 は こ こ で 考 察 す る ﹁ 地 域 的 範 囲 が 組 ま た は 村 落 と 一 致 す る 講 ﹂ に み る こ と が で き よ う 。 そ の た め 村 落 の 自 治 の 取 り 決 め 等 の 寄 合 も 、 こ の 種 の 講 会 で 同 時 に 行 わ れ る こ と も あ る 。 従 つ て こ れ ら の 講 は 成 員 の 加 入 条 件 も 一 般 に 家 を 単 位 と し 、 世 帯 主 が 中 心 と な つ て い る 場 合 が 多 い 。 以 下 こ の 種 の 講 に お け る 生 活 の 共 同 の 諸 相 を 戦 後 の 若 干 の 事 例 か ら 考 察 し よ う 。 先 づ 日 待 講 に つ い て み る と 、 香 川 県 飯 野 で は 、 日 待 講 は 氏 神 ま た は そ の 部 落 の 小 神 社 で 行 わ れ る 。 氏 神 の 社 で 氏 子 が 部 落 年 貢 で 奉 仕 し 、 終 夜 参 籠 し て 朝 退 散 す る 。 ま た 同 県 川 津 で も 部 落 の 小 社 で 行 い 、 祭 事 が 終 り 、 す し 等 に て 会 食 し 、 夜 半 に 退 散 す る 。 今 か ら 三 〇 年 程 前 ま で は タ 方 と 夜 半 と 翌 朝 と 三 回 祭 事 を 行 つ て い た が 、 今 で は 前 日 の 夕 方 一 回 と な つ て い る 。 ( 民 間 伝 承 二 二 巻 ・ 第 十 号 ・ 一 八 頁 ) ま た 福 井 県 向 笠 の お 日 待 講 は 村 落 の 一 年 の 平 穏 無 事 を 祈 願 す る た め に 村 人 が 、 林 寺 に 集 つ て 講 を 開 く 。 総 日 待 に は 村 人 全 員 ( 各 戸 一 人 ) が 参 加 す る 建 前 に な つ て い る 。 多 数 の 村 人 が 一 堂 に 会 し て 行 事 を 行 い 、 飯 食 を 共 に す る こ
と は 困 難 で あ る た め 以 前 か ら 部 落 を 二 分 し て 行 つ て い る 。 総 日 待 当 日 は 、 輪 番 制 の 当 番 三 戸 が そ の 準 備 に 当 る 。 当 番 は 前 夜 か ら 餅 つ き を し 、 盛 ん な 頃 に は 一 俵 つ い た と い う 。 講 に 出 る も の は 米 五 合 、 薪 木 若 干 を 持 寄 り 、 昼 食 に は 白 飯 、 五 菜 、 豆 腐 汁 で 会 食 を 共 に し 、 晩 に は 餅 振 舞 を し た 。 し か し 乍 ら 戦 時 中 の 食 糧 難 の 時 代 か ら 、 次 第 に 餅 つ き 、 共 同 飲 食 の 風 は 衰 退 し て き た 。 ま た 同 じ 上 記 向 笠 の 国 津 講 も 以 前 は 朝 講 と 昼 講 の 二 回 に 分 れ 、 共 同 飲 食 を と り 乍 ら 盛 大 に 行 わ れ て い た 。 そ れ は こ の 講 は 国 津 田 と 呼 ば れ る 三 反 九 畝 の 宮 国 を 所 有 し て い た 。 共 有 田 で は あ る が 、 耕 作 の 手 続 上 小 作 地 と し て 若 干 の 村 人 に 貸 借 す る 形 式 で 耕 作 し て い た 。 小 作 料 が 現 物 で 支 払 わ れ た 当 時 は 国 津 田 か ら の 小 作 米 が 直 会 の 費 用 に 当 て ら れ て い た 。 小 作 料 の 金 納 化 、 供 米 制 度 の 施 行 等 か ら 次 第 に 直 会 の 共 同 飲 食 は 廃 止 さ れ て し ま つ た 。 現 在 は 開 講 日 の 九 月 二 十 一 日 に 各 戸 か ら 戸 主 が 公 会 堂 に 集 ま り 、 掛 軸 を つ る し 、 区 長 を 中 心 に し て 収 穫 祈 願 、 村 内 安 全 を 祈 る 。 ま た 香 川 県 ( 久 玉 村 ) 次 見 の 善 事 講 は 部 落 全 戸 加 入 と い う こ と か ら 、 そ の 機 能 は 以 前 は 部 落 の 共 同 施 設 の 維 持 改 修 等 の 面 に も 大 き な 役 割 を 果 し て い た 。 即 ち こ の 講 は 一 定 の 料 金 を 各 講 員 が 分 納 蓄 積 し て 土 地 一 反 歩 を 購 い 、 こ れ を 部 落 ( 小 字 ) で 共 同 耕 作 し て そ の 売 却 物 を 売 却 し 、 出 費 を 控 除 し た 残 金 で 部 落 の 道 路 、 橋 梁 の 修 理 、 溝 の 凌 深 な ど に 充 て た り 、 ま た 春 期 の 四 国 巡 拝 の 道 者 に 物 品 を 施 与 す る 資 金 と し て い た が 、 農 地 解 放 と 共 に そ の 土 地 は 買 収 さ れ て し ま つ た か ら 今 後 の 運 営 は 休 止 す る で あ ろ う と い わ れ て い る 。 ( 民 間 伝 承 、 二 二 巻 、 一 〇 号 、 六 九 頁 ) 上 述 の 事 例 か ら 在 来 の 講 集 団 が 部 落 を 一 と し て 、 主 と し て 戸 主 を 中 心 に 宗 教 的 行 事 、 村 内 の 安 全 等 の 諸 祈 願 が 行 わ れ 且 つ 盛 大 な 共 同 飲 食 が 行 わ れ 、 こ れ ら の 講 を 通 じ て 村 人 の 生 活 の 共 同 が 密 接 に 行 わ れ て い た こ と を 推 測 で き る 。 し か し 戦 後 こ れ ら の 講 に お け る 機 能 は 次 第 に 衰 退 し て き て い る こ と も 併 せ て 考 察 で き た 。 以 上 は 主 と し て 神 道 的 講 の 事 例 で あ る が 、 仏 教 的 講 に お い ﹁ て も 戦 前 は か な り 盛 大 に 部 落 又 は 組 単 位 で 行 わ れ て い た 。 ( こ の 種 の 詳 細 な 事 例 は 柳 田 国 男 、 山 村 生 活 の 研 究 、 八 六-八 七 頁 参 照 の ご と ) 同 じ く 東 北 の 契 約 講 も 部 落 又 は 組 単 位 の 講 で あ る 。 こ れ の 諸 機 能 又 は こ の 中 で の 生 活 の 共 同 の 諸 相 は 、 桜 井 徳 太 郎 、 講 集 団 の 成 行 研 究 ( 一 五 二 -一 七 五 頁 参 照 の こ と ) に 同 様 の 事 例 が あ る 。 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 又 部 落 内 だ け で す る 講 の 外 に 、 部 落 外 に 出 て 有 名 神 社 に 代 参 す る た め に 結 成 さ れ た 神 道 的 講 集 団 が あ る 。 こ れ は 普 通 代 参 講 と よ ん で い る 。 代 参 講 に も 全 国 的 な も の か ら 、 地 方 的 な も の ま で あ る 。 こ の 種 の 講 に は 次 の よ う な も の が あ る 。 伊 勢 講 、 秋 葉 講 、 、観 音 講 、 金 比 羅 講 、 多 賀 講 、 御 岳 講 ⋮ ⋮ 。 成 員 加 入 の 地 域 的 範 囲 も 部 落 ま た は 組 全 戸 が 加 入 と い つ た も の か ら 、 部 落 内 の 任 意 の 有 志 で 結 成 さ れ る 小 規 模 の も の 迄 あ る 。 し か し 従 来 の 事 例 か ら み る と 、 こ の 種 の 講 は か つ て は 部 落 の 殆 ん ど 全 戸 が 加 入 し て い た と い わ れ て い る 。 (柳 田 国 男 、 山 村 生 活 の 研 究 、 八 九 頁 ) こ こ で 取 扱 う 講 も 一 応 加 入 の 範 囲 が 村 落 の 範 囲 と 合 致 す る 場 合 の 講 に 準 ず る も の と し て 取 扱 う 。 し か し こ の 種 の 講 は す で に 戦 前 か ら 早 く 、 変 遷 の 過 程 を 辿 つ て き て い る よ う で あ る 。 紙 数 の 都 合 上 、 以 下 若 干 の 代 参 講 の 事 例 に も と つ い て 、 こ れ ら の 講 に お け る 生 活 の 共 同 の 諸 相 ( 変 容 、 衰 退 過 程 ) を 考 察 す る 。 封 鎖 的 且 つ 狭 小 な る 村 落 内 で 自 給 自 足 的 な 生 活 を 村 民 が 送 つ て い る 段 階 に あ つ て は 、 村 人 の 信 仰 は 原 始 信 仰 や 民 間 信 仰 ( 山 の 神 、 田 の 神 等 ) に 限 ら れ て い た 。 と こ ろ が 交 通 の 発 達 な ど に 伴 つ て 、 外 界 と の コ ミ ニ ュ ケ ー シ ョ ン が は じ ま る と 、 村 民 は 村 落 を 越 え て そ の 信 仰 を 他 所 に ま で 求 あ る よ う に な る 。 村 落 の 開 放 は 当 初 は 低 い 段 階 に あ る の で 、 近 距 離 に あ る 両 山 に 参 詣 し 、 次 第 に 遠 距 離 の 代 参 に 移 行 し て ゆ く 。 何 れ に し て も 交 通 の 不 便 の な か を 参 詣 す る た め に は 種 々 の 困 難 が あ つ た 。 こ の こ と は 、 こ れ ら の 講 が と り 行 う 行 事 が 如 実 に 物 語 つ て い る 。 そ れ は と り も な お さ ず 、 参 詣 を 代 参 制 に し た こ と 、 そ し て 代 参 に 要 す る 交 通 費 、 宿 泊 費 等 の 捻 出 の た め に 頼 母 子 講 を 結 成 し た り 、 講 田 の 共 同 所 有 、 共 同 経 営 等 が 行 わ れ て い る 。 そ の 他 代 参 講 の 社 会 的 特 性 は 、 他 の 講 と 異 つ て 、 代 参 す る 仲 間 が 団 結 し て 自 己 の 地 域 の 外 部 に お い て 一 切 の 生 活 の 共 同 が 緊 密 に 営 ま れ る こ と で あ る 。 同 時 に 他 方 、 村 落 に い る 村 民 達 も 代 参 講 に 関 連 し た 盛 大 な 行 事 が 共 同 で 行 わ れ る 。 ま た 代 参 す る グ ル ー プ で も 、 外 界 と の 接 触 交 渉 の 乏 し い 封 鎖 的 社 会 で 生 活 を し て い る 村 民 に と つ て は 一 人 で 外 界 に 出 て い く こ と は 危 険 と 不 安 が あ つ た の で 、 そ れ だ け に 成 員 相 互 の 団 結 は 強 か つ た 。 し か も 代 参 講 は 一 面 旅 行 も か ね そ な え た 娯 楽 的 な 役 割 も 果 し て い た の で あ る 。 以 上 代 参 講 の 社 会 的 属 性 に つ い で の 概 要 を 述 べ た が 、 次 に
そ れ の 具 体 的 諸 相 を 若 干 の 事 例 に よ つ て 考 察 す る こ と に し よ う 。 栃 木 県 塩 谷 郡 泉 荘 立 足 で は 伊 勢 神 社 に 参 拝 す る こ と を ﹁ オ ヤ マ ヘ ア ガ ル ﹂ と 称 し た が 、 出 発 の 時 は ﹁ タ チ ブ ル マ イ ﹂ ﹁ タ 、 テ ビ マ チ ﹂ と 称 し 、 近 親 者 や 近 所 の 人 が 集 ま り 、 ご 馳 走 を し 、 切 火 に 水 盃 で 送 つ た 。 留 守 の 人 達 は 決 め ら れ た 日 が 近 づ く と 、 家 の 近 く の 田 に 、 塚 を 三 っ 作 る 。 大 き い 塚 は 直 径 、 高 さ 共 、 九 尺-六 尺 と 言 わ れ 、 村 人 の 協 力 で 田 の 土 を 積 ん で 山 を 作 り 、 五 段 、 三 段 の 心 松 を そ れ に さ し た て る 。 こ れ を ﹁ ツ カ マ ル メ ﹂ と 称 し た 。 ﹁ オ ヤ マ ヘ ア ガ ル ﹂ 日 に な る と 、 留 守 宅 の 者 は 一 斗 樽 に 酒 を 入 れ 、 塚 の 前 で 村 人 た ち に の ん で も ら う 。 伊 勢 参 り か ら 帰 村 す る と 、 各 自 宅 で 身 襖 ぎ を し て 盛 大 に 祝 宴 に 入 つ た 。 こ の 行 事 は 大 正 七 -八 年 ご ろ ま で 続 い て い た そ う で あ る 。 (社 会 と 伝 承 、 第 六 巻 、 第 四 号 、 三 五 頁 ) 共 同 飲 食 や 代 参 費 用 の 捻 出 の た め の 講 田 や 頼 母 子 講 も 従 来 は 多 く 行 わ れ て い た 。 例 え ば 福 井 県 向 笠 で は 伊 勢 講 田 二 反 五 畝 を 所 有 し 、 そ の 上 り 米 で 講 会 の 共 同 飲 食 へ 当 て て い た が 、 現 在 は 供 出 さ れ 、 さ さ や か な 共 同 飲 食 に な つ て き た 。 こ の よ う に 村 民 の 生 活 の 共 同 を 村 内 と 村 外 の 二 つ の 場 所 で も つ 伊 勢 講 も 種 々 の 条 件 に よ り 変 化 し て き た 。 例 え ば 千 葉 県 白 馬 村 で は 伊 勢 参 宮 を 目 的 と す る 参 拝 団 体 で あ つ た が 、 今 日 で は 月 三 回 め 会 合 を な し 、 互 に 振 舞 酒 を 親 し む 団 体 と な つ て お り 、 各 区 毎 に 行 う を 普 通 と し て い る 。 (第 二 回 山 村 実 態 報 告 書 、 一 五 四 頁 ) 兵 庫 県 水 上 郡 神 楽 村 で は 各 大 字 別 に 組 織 さ れ 、 住 民 の 大 半 は 講 員 と 見 ら れ る 程 に 普 及 し て い る が 、 そ の 目 的 と す る 宗 教 的 色 彩 は す で に 失 わ れ 、 年 一 回 乃 至 三 回 の 会 合 で あ り 、 開 講 前 に 講 員 は 講 元 に 白 米 一 升 宛 を 持 寄 つ て 飲 食 を と つ て い る 。 ま た 徳 島 県 木 屋 平 村 で は 代 参 講 の 一 つ で あ る 高 野 山 講 は 近 年 は む し ろ 部 落 協 議 機 関 と し て 活 動 し て い る も の で あ つ て 、 毎 月 十 日 の 夜 に 講 員 の 各 戸 へ 順 序 に 会 合 し 、 部 落 協 議 を し 、 納 税 の と り ま と め 等 も 行 つ て い る 。 (第 二 回 山 村 実 態 報 告 書 、 六 六 ○ 頁 ) ま た 福 島 県 桧 枝 岐 の 伊 勢 講 は 戦 前 は 毎 月 若 干 の 金 額 を 積 立 て て 三 -五 年 で 伊 勢 参 宮 の 費 用 の で 鳶 た も の か ら 順 に 代 参 し て い た が 、 戦 後 ば 多 額 の 費 用 を 要 す る の で 氏 神 代 参 へ 変 つ て い る 。 山 形 県 庄 内 地 方 の 各 所 で は 多 く の 伊 勢 講 が 主 婦 た ち の 観 音 講 、 老 姫 の 念 仏 講 な ど と 並 ん で 別 に 立 て ら れ 、 こ れ を オ ダ ヤ 講 と 呼 ん で い る 。 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 こ の オ ダ ヤ 講 に 対 し て オ ヤ カ タ ( 戸 主 ) た ち の 伊 勢 講 も あ つ て こ の 地 方 が 早 く か ら 伊 勢 信 仰 と 深 い 関 係 を も つ て い る こ と が わ か る 。 こ の オ ダ ヤ 講 の 主 行 事 は 、 三 月 上 旬 の こ ろ 各 自 が 頭 屋 に 集 り 、 そ こ で 伊 勢 参 宮 の 掛 軸 を 拝 し 、 あ ら か じ め 頭 屋 が 鶴 岡 市 の 神 明 宮 へ 代 参 し た と き 頂 い て き た 神 札 の 配 布 を 受 け て 帰 る こ と で あ る が 、 そ の 際 に は 他 の い ず れ の 講 的 集 会 で も 見 ら れ る 共 同 飲 食 を 欠 く こ と が で き な い 。 オ ダ ヤ 講 の 頭 屋 に 当 て ら れ た 者 に と つ て は 、 そ の 講 中 を 代 表 し て 代 参 し て 代 参 を 勤 め る こ と が 最 も 主 要 な 任 務 と さ れ て い る が 、 そ の 代 参 の 場 所 が 伊 勢 で は な く て 、 鶴 岡 市 に あ る 神 明 宮 で あ る 。 こ の オ ダ ヤ サ ン 参 り を も つ て 伊 勢 神 宮 に か え よ う と し た 理 由 は 、 婦 女 子 の 長 路 の 旅 が 多 く の 困 難 を 伴 つ た こ と 、 ゐ く に 長 期 間 婚 家 を あ け る こ と を 許 さ れ な い 嫁 と し て の 家 庭 的 特 殊 事 情 な ど が 考 え ら れ る 。 ( 桜 井 徳 太 郎 、 講 集 団 の 成 立 過 程 の 研 究 、 五 五 六 頁 ) ま た 長 野 県 湊 村 で は 名 古 屋 地 方 に 移 住 し た 村 人 に 代 参 を 依 頼 し て ﹁ お 礼 ﹂ を 送 つ て も ら つ た り 、 直 接 神 宮 に 発 送 を 申 込 む よ う に な つ て き て い る 。 以 上 、 伊 勢 講 に つ い て の 事 例 を 列 挙 し た が 、 凡 そ 次 の よ う な こ と が 理 解 で き よ う 。 先 づ 殆 ん ど の 伊 勢 講 が 代 参 制 を 中 心 と し た 講 で あ る 。 但 し 伊 勢 神 宮 に 近 い 近 畿 地 方 で は 総 参 制 で 行 わ れ て い る と こ ろ も あ る 。 い ず れ に し て も 、 村 外 に 出 て 行 く こ と 及 び 代 参 に 要 す る 交 通 費 宿 泊 費 等 を 要 す る の で 、 そ の 費 用 の た め の 捻 出 金 が 必 要 と な る 。 そ の た め に 伊 勢 講 田 を 有 し 、 そ れ の 収 益 を 当 て た り す る 。 ま た 代 参 者 の 出 発 、 帰 村 の 両 者 に お け る 村 民 の 諸 行 事 に は 事 例 に み る ご と く そ こ で は 親 密 な 生 活 の 共 同 が 展 開 さ れ て い る 。 従 つ て た と え 伊 勢 講 が 村 落 の 地 域 を 越 え て 数 ケ 村 に ま た が つ て 同 信 者 達 に 依 り 結 成 さ れ て い る 場 合 で も 、 代 参 者 の 母 体 が 自 己 の 村 落 の 全 戸 が 加 入 し て い る 伊 勢 講 で あ る 場 合 は 、 先 に 考 察 し た よ う に 、 村 落 の 段 階 で は 、 成 員 全 員 に よ る オ バ ケ 立 、 サ カ ム カ エ 等 の 諸 行 事 が 行 わ れ 、 こ れ ら の 行 事 を 通 し て 村 民 の 生 活 の 共 同 は 、 彼 等 の 帰 属 す る 村 落 生 活 の 親 和 関 係 を 深 め る 上 に 大 き な 役 割 を 果 し て い る と 解 さ れ る 。 一 方 、 外 部 と の 接 触 交 渉 の 乏 し い 封 鎖 的 な 村 落 内 で 生 活 を 共 に し て い る 村 人 同 志 が 、 代 参 制 に よ つ て 、 村 外 へ 出 る 場 合 は 、 自 ら 団 結 し 、 代 参 す る 間 は 、 村 外 で も 生 活 の 共 同 は 尚 更 、 親 密 に 行 わ れ る こ と が 推 測 さ れ る 。 し か し 二 面 ま た 、 団 体 で 見 知 ら ぬ 村 外 へ 出 て 行 く こ と は 、 楽 し み の す く な い 村 落 生 活 の な か に あ る 村 民 に と つ て は 、 こ の 上
も な い 楽 し み で も あ つ た の で あ る 。 後 に は 次 第 に ﹁ 代 参 講 は 慰 安 の た め に 遊 興 の 姿 を 集 め る の だ ﹂ ﹁ 信 仰 と 言 う よ り 遊 び 半 分 だ つ た ﹂ と か ま た 、 ﹁ 講 は 娯 楽 的 な も の で 旅 行 が 目 的 だ ﹂ と い わ れ る よ う に な つ て き た 。 ( 川 島 武 宜 、 講 の 慣 行 と 農 村 生 活 、 法 学 協 会 雑 誌 、 第 六 二 巻 、 第 五 号 、 六 二 頁 ) こ の よ う に 代 参 講 は 他 の 講 と 同 じ よ う に 、 否 そ れ 以 上 に 娯 楽 と 親 睦 の 機 能 を も 果 す よ う に な つ た 。 間 接 的 で あ る に せ よ 代 参 講 は 、 ま た 村 落 の 開 放 化 を 促 進 せ し め る 働 き も 具 有 し て い る と 考 え て よ か ろ う 。 し か し 乍 ら 、 先 の 事 例 か ら も わ か る よ う に 、 伊 勢 講 の 代 参 制 も 次 第 に そ の 形 態 が 変 つ て き た 。 即 ち 代 参 講 と し て の 伊 勢 講 が 必 ず し も 伊 勢 神 宮 へ の 代 参 制 を と ら ず 、 戦 後 は 氏 神 へ の 代 参 に 費 用 の 捻 出 困 難 等 の た め に 取 つ て か わ る 。 更 に は 代 参 制 を と ら ず に 、 他 の 講 と 同 じ よ う に 輪 番 で、 当 屋 で 伊 勢 神 宮 の 掛 軸 を 拝 し 、 そ の 後 で 共 同 飲 食 を と る と い つ た ぐ あ い に な つ て き て い る の も 代 参 講 一 般 に 見 ら れ る 普 遍 的 変 化 で は な い だ ろ う か 。 し か も こ こ で 注 意 す べ き は 、 伊 勢 講 を 中 心 と す る 代 参 講 の 多 く が 、 そ め 成 員 の 地 域 的 範 囲 が 、 お お む ね 部 落 ま た は 組 と 合 致 す る た め に 、 代 参 に よ る 村 外 で の 生 活 の 共 同 は 変 容 、 衰 退 し て も 、 村 内 に お け る 諸 行 事 や 会 合 に お け る 生 活 の 共 同 は 維 持 存 続 し て い る と こ ろ も あ る 。 し か し こ れ も と こ ろ に よ つ て は 次 第 に 衰 退 の 方 向 を 辿 つ て い る こ と は 先 の 若 干 の 事 例 か ら 推 測 で き よ う 。 、 三 地 域 的 範 囲 が 部 落 ま た は 組 の 内 部 に 止 ま つ て い る 講 集 団 に お け る 生 活 の 共 同 。 (1) 特 殊 職 業 者 に よ つ て 構 成 さ れ て い る 講 の 場 合 -こ の 種 の 講 の 例 と し て は 、 先 に ふ れ た 部 落 全 戸 加 入 で 行 う 山 の 神 鋼 の 外 に 、 山 仕 事 を 専 業 と す る 者 同 志 が 集 ま つ て す る 山 の 神 講 が あ る 。 こ こ で は 後 者 に 該 当 す る 。 こ の 種 の 講 で は 加 入 は 村 落 内 の 特 定 の 者 に 限 ら れ て い て 、 加 入 、 脱 退 も 比 較 的 自 由 で あ る 。 行 事 内 容 も 自 己 の 事 業 の 繁 栄 の 祈 願 寺 が 中 心 で あ る 。 従 つ て こ の 種 の 講 集 団 に お け る 生 活 の 共 同 は 、 限 定 さ れ た 範 囲 内 で 行 わ れ る 。 成 員 同 志 の 関 心 も 特 定 で あ る た め に 、 村 落 の 社 会 的 統 一 に 対 し 直 接 強 く 働 く と は 考 え ら れ な い 。 具 体 的 例 を み る と 戦 後 の 事 例 と し て は 、 福 島 県 桧 枝 岐 の 山 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 の 神 講 は 殆 ん ど 村 の 青 年 団 員 よ り 構 成 さ れ て い る 。 講 の 当 日 、 朝 の う ち か ら 世 話 人 及 び 手 伝 い の 娘 達 が 、 宿 に 集 合 し て 山 の 神 に 供 え る た あ の そ ば 餅 を 掲 き 、 山 の 神 の 掛 軸 、 す る め 、 そ ば 餅 等 を 供 え 、 酒 宴 の 御 馳 走 を 準 備 す る 。 代 参 者 二 名 を 出 し 、 氏 神 境 内 に 奉 杞 し て あ る 山 の 神 の 祠 に 参 拝 す る 。 代 参 者 が 宿 に 帰 つ て く る の を 待 つ て 、 床 の 間 に 杞 つ て あ る 山 の 神 に お 灯 明 を あ げ て 、 講 員 全 部 が 礼 拝 し 、 山 中 安 全 、 山 仕 事 の 繁 栄 を 祈 願 し 、 或 は 惑 謝 す る 。 そ れ ら の 行 事 が 終 つ て か ら 盛 大 な 酒 宴 が 開 か れ 共 同 飲 食 が 行 わ れ る 。 こ こ に も 、 特 定 の 村 人 の 講 で は あ る が 、 生 活 の 共 同 が 盛 大 に 行 わ れ て い る 。 ま た 同 じ よ う な 種 類 の 講 と し て 、 太 師 講 に つ い て 、 戦 後 の 事 例 に よ れ ば 、 福 島 県 桧 枝 岐 で は 、 毎 年 一 回 旧 十 二 月 二 十 四 日 の 晩 に 村 内 の 木 挽 屋 、 大 工 等 、 十 名 位 の 者 が 廻 り 宿 で 大 師 講 を 開 く 。 聖 徳 太 子 の 掛 図 を 宿 の 床 家 の 間 に 杞 り 、 年 内 の 業 繁 昌 を 惑 謝 す る た め に 、 神 酒 、 団 子 等 を 供 え て 礼 拝 す る 。 そ の 後 で 盛 大 な 酒 盛 を し 夕 食 を 共 に す る 。 ま た 神 奈 川 県 青 根 で は 職 人 達 ( 大 工 、 石 屋 、 材 木 屋 、 畳 屋 、 ブ リ キ 屋 、 左 官 、 下 駄 屋 、 鍛 治 屋 等 ) が 二 月 十 六 日 に 集 ま つ て 、 お 日 待 ち を す る の で あ つ て 、 昔 は 非 常 に 盛 ん で あ つ た が 、 最 近 は 講 会 に は 折 箱 を あ つ ら え る よ う に な つ て 、 む し ろ 以 前 程 盛 大 な 共 同 飲 食 は 行 わ れ な く な つ た と い わ れ て い る 。 そ の 代 り に 毎 年 箱 根 ・ 湯 河 原 ・ 江 ノ 島 ・ 鎌 倉 等 へ 仲 間 同 志 で 日 帰 り の 旅 行 を す る こ と に し て い る 。 ま た 講 仲 間 の な か に 、 病 人 が で る と 、 仲 間 で 見 舞 金 を 徴 集 し て 、 見 舞 を す る こ と に し て い る 。 こ の よ う に 特 定 の 講 員 同 志 で は あ る が 成 員 相 互 の 結 合 力 は 強 く 、 日 常 生 活 全 般 に わ た る 相 互 扶 助 も か な り 行 わ れ て い る 。 静 岡 県 妻 良 で も 、 現 在 部 落 内 の 大 工 、 左 官 、 石 屋 、 屋 根 葺 き 、 建 具 屋 等 八 人 か ら な る 大 師 講 が あ る 。 毎 年 一 回 、 仕 事 の 打 合 せ や 賃 金 協 定 等 を 話 し 合 う 。 併 せ て 共 同 飲 食 に よ る 相 互 の 親 睦 を 目 的 と し た 集 会 を 行 つ て い る 。 こ の 他 に 商 人 を 中 心 と し て 結 成 さ れ た 恵 比 須 講 も あ る 。 (2) 同 族 に よ つ て 結 成 さ れ た 講 の 場 合 -例 え ば 長 野 県 湊 村 小 坂 区 内 の 日 待 講 は 、 約 三 十 戸 の 伊 藤 氏 の 同 族 の う ち 有 志 十 余 名 か ら 構 成 さ れ て い る 。 一 年 に 春 秋 各 一 回 ず つ 輪 番 の 宿 で 、 夕 方 か ら 夜 に か け て 葉 若 経 を 読 む 。 昔 は 加 治 祈 祷 の 一 種 で 成 員 中 に 病 人 が 出 た 時 は 、 他 の 成 員 を 招 き 病 人 を 風 呂 に 入 れ て 祈 祷 し て も ら う 風 習 が あ つ た が 現 在 は な い 。 次 に 鹿 児 島 県 薩 摩 半 島 地 方 に 見 ら れ る 内 神 講 ( ウ ツ ガ ン コ ウ ) も 一 般 に
同 族 に 依 つ て 構 成 さ れ て い る 。 そ の 主 な 行 事 は 内 神 祭 り に お け る 生 活 の 共 同 に 見 ら れ る 。 き も つ き 例 え ば 同 県 肝 属 郡 佐 多 町 の 島 泊 部 落 の ウ ツ ガ ン 講 は 、 隣 村 か ら ホ シ ヤ ド ン ( 神 官 ) が ヤ ド に 来 て 祭 礼 の 準 備 に と り か か る 。 ヤ ド の テ ス ( 戸 主 ) が 、 当 年 穫 れ た 稲 藁 で 注 縄 を 二 組 作 り 、 一 組 は 木 祠 の ウ チ の ウ ツ ガ ン サ マ 、 も う 一 組 は ヤ ド の 門 口 に 御 幣 で 飾 り つ け 、 各 家 か ら 持 参 し た 注 縄 と 神 宮 の つ く つ た 御 幣 と を 別 に 準 備 し て お い た 神 餓 物 と 並 べ て 供 え る 。 そ う し て 神 事 に う つ る 。 神 事 が 終 る と 神 主 を 正 座 に 九 人 が 左 右 に 並 び ウ ツ ガ ン サ マ の 祝 宴 が 始 ま る 。 こ の 行 事 の 経 費 は 共 有 の ウ ツ ガ ン 田 の 収 獲 を 充 当 し て い る 。 ( 桜 井 、 同 書 、 一 二 一二 -一 二 四 頁 ) こ の 事 例 は 九 戸 の 同 姓 に よ る 内 神 講 に お け る 生 活 の 共 同 が か な り 緊 密 に 行 わ れ て い る こ と を 物 語 つ て い る 。 こ れ に 類 似 し た も の に 近 畿 地 方 の 西 部 か ら 中 国 地 方 二 帯 に か け て の 株 講 が あ る 。 同 族 集 団 に は 株 講 や 先 祖 講 等 が あ つ て 、 種 々 の 宗 教 的 行 事 を 通 じ て 成 員 の 生 活 の 共 同 が 行 な わ れ て い る 。 こ れ に つ い て は 筆 者 は 別 に 同 族 集 団 の 考 察 の 中 で 試 み て い る の で 省 略 す る 。 以 上 の よ う に 同 族 集 団 が 村 落 内 に 濃 厚 に 存 在 す る 地 域 で は 、 そ の 集 団 に 依 つ て 営 ま れ る 種 々 の 生 活 の 共 同 が 自 ら 支 配 的 に な る と 考 え ら れ る 。 し か し 先 き の 長 野 県 湊 村 の 事 例 の よ う に 、 村 落 に お い て 一 部 の 同 族 の み が 講 集 団 を 形 成 し て 、 そ の 機 能 を 営 ん で い る 場 合 に は 、 当 該 集 団 は 自 己 の 所 属 す る 村 落 の 社 会 的 統 一 性 に 対 し て 、 弱 度 に 作 用 す る か 、 も し く は マ イ ナ ス に 作 用 す る と も 考 え ら れ る 。 従 つ て そ こ で 行 わ れ る 生 活 の 共 同 は 閉 鎖 的 な 役 割 を 果 し て い る と も い え よ う 。 (3) ま た 村 落 内 に は 身 分 に 依 つ て 区 別 さ れ る 講 集 団 が 存 在 す る 場 合 が あ る 。 同 じ く 講 で あ つ て も 、 そ れ に お け る 生 活 の 共 同 は 自 ら 異 つ た 様 相 を 呈 す る 。 例 え ば 先 に 述 べ た 福 井 県 向 笠 の 戦 前 の 伊 勢 講 に そ の 例 が み ら れ る 。 即 ち 向 笠 の 伊 勢 講 は 二 反 五 畝 の 講 田 を 所 有 し て い る 。 終 戦 ま で は 百 姓 分 ( 耕 地 五 反 以 上 の 所 有 者 ) の み の も の 九 畝 、 脇 分 ( 耕 地 五 反 以 下 の 所 有 者 ) の み の も の 一 反 五 畝 二 十 八 歩 に 二 分 を さ れ て い た 。 戦 後 こ の 区 別 は 撤 廃 し た 。 こ の よ う に 百 姓 分 と 脇 分 に 身 分 的 に 二 分 さ れ て い た 頃 に は 講 田 の 共 同 耕 作 か ら の 上 り 米 で の 共 同 飲 食 も 、 万 事 二 つ の 身 分 層 に よ つ て 分 離 し て い た の で あ る 。 講 田 の 共 同 耕 作 に つ い て も 終 戦 ま で は 、 百 姓 分 が 百 姓 分 の 講 田 を 三 戸 の 輪 番 で 、 ま た 脇 分 は 脇 分 の 講 田 を 六 戸 の 輪 番 で 共 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 同 耕 作 を し て い た 。 現 在 で は 両 者 が 一 つ に な つ て 輪 番 に 四 戸 で 共 同 耕 作 を し て い る 。 こ の よ う に 戦 前 の 向 笠 の 伊 勢 講 は 二 つ の 身 分 層 に 分 か れ て い た 。 従 つ て こ の 種 の 講 集 団 は 村 落 の 社 会 的 統 一 に 対 し て 、 そ の 働 き か け は 弱 い と い え よ う 。 ま た 内 容 は 明 確 で は な い が 、 こ れ に 類 似 し た 講 に 石 川 県 鉢 伏 の 十 三 日 講 が あ る 。 こ れ は 別 名 オ ヤ サ マ コ ウ と も い わ れ て お り 、 戦 前 の 地 主 層 に よ つ て 構 成 さ れ て い る 講 で あ る 。 部 落 で 田 畑 を 多 く 有 す る 者 が 上 か ら 順 に 二 十 人 ま で が こ の 講 員 と な つ て い る 。 講 の 宿 は 二 十 人 の 家 を 輪 番 で す る が 、 宿 に は 伊 右 ヱ 門 宿 と か 、 五 右 ヱ 門 宿 と い う よ う に 上 に 姓 が 冠 せ ら れ る 。 こ の 講 も 村 落 内 の 特 殊 な 者 ( 地 主 層 ) に 依 つ て 構 成 さ れ て い る こ と か ら 、 や は り 村 落 の 社 会 的 統 一 性 に 対 し て の 作 用 は 、 分 散 的 に 働 い て い る 。 四 地 域 的 範 囲 が 村 落 を 越 え る 場 合 1 こ の 具 体 的 例 は 知 り 得 る 限 り で は す く な い の で 充 分 考 察 し 得 な い が 以 下 若 干 の 事 例 を あ げ る こ と に す る 。 真 宗 地 帯 と 呼 ば れ る 北 陸 地 方 で は 報 恩 講 は 今 も 盛 大 で あ る こ と は す で に 先 学 に よ つ て 実 証 的 に 研 究 さ れ て い る 。 例 え ば 石 川 県 鉢 伏 の 報 恩 講 は 、 村 落 内 に あ る 願 成 寺 の 檀 家 六 十 四 軒 の う ち 、 村 落 内 三 十 七 軒 、 村 落 外 二 十 七 軒 が 構 成 の 中 心 を な し て い る こ と 。 こ れ ら は こ の 種 の 講 集 団 が 地 域 的 広 が り が 村 落 を 越 え て い る も の に 該 当 す る 事 例 と み て よ い 。 し か も こ こ で 行 わ れ る 一 連 の 行 事 に お け る 成 員 の 生 活 の 共 同 は 盛 大 で あ る 。 毎 年 七 月 十 八 日 か ら 二 十 日 の 三 日 間 願 成 寺 で 開 か れ て い る 。 三 日 間 に 参 詣 す る 人 数 、 開 か れ る 時 刻 に つ い て は 、 先 き に 述 べ た の で 省 略 す る が 、 概 算 六 百 人 が 参 詣 す る 。 村 人 は 勿 論 、 近 辺 の 老 人 達 が 参 詣 す る 。 報 恩 講 は 祭 礼 と 並 ん で 、 村 落 の 最 も 大 き な 行 事 で 、 村 人 も こ の 期 間 は 仕 事 を 休 ん で 寺 参 り を し 、 各 家 で は 色 々 ご 馳 走 を つ く り 、 親 類 と 飲 食 を 共 に し 合 う 。 ま た 三 日 間 は 境 内 に 多 数 の 露 店 が 終 日 出 さ れ 、 子 供 達 で 賑 う の で あ る 。 こ れ は 老 若 男 女 を あ げ て の 村 人 の 生 活 の 共 同 が 展 開 さ れ て い る 好 事 例 で あ る 。 ま た 福 井 県 三 方 町 ( 旧 八 村 ) の 冥 加 講 は 同 町 佐 古 部 落 の 常 徳 寺 、 田 名 部 落 の 蓮 生 寺 及 び 真 行 寺 の 四 ケ 寺 が 交 代 で 当 番 を 勤 め 、 年 一 回 ( 十 月 上 旬 ) 講 会 を 催 す 。 二 日 間 に 亘 つ て 法 座 を 開 き 、 右 四 ケ 寺 の 同 行 が 参 詣 す る 。 参 詣 者 は 約 四 百 人 に 及
び 、 右 三 部 落 の 善 男 善 女 の 間 に 種 々 の 接 触 が 重 ね ら れ る の で あ る 。 ま た 同 じ 福 井 県 坂 井 郡 春 江 町 の 増 信 講 は 境 、 為 国 、 中 筋 の 三 部 落 に 跨 つ て い て 毎 月 一 回 民 家 で 講 会 を 催 す 。 講 会 は 二 日 間 に 亘 り 、 右 三 部 落 か ら の 参 加 は 約 二 百 人 に 達 す る 。 ( 臼 井 二 尚 、 日 本 村 落 の 封 鎖 性 と 開 放 性 、 京 都 大 学 文 学 部 研 究 要 第 五 抜 刷 、 三 一 七 頁 ) こ の よ う な 幾 つ か の 部 落 に 跨 る 講 は 北 陸 地 方 に 頗 る 多 い が 他 の 地 方 に も 少 な く な い 。 例 え ば 福 岡 県 築 上 郡 下 城 井 村 及 び 上 城 井 村 の 大 字 寒 田 、 櫟 原 、 上 本 庄 、 下 本 庄 、 松 丸 、 上 深 野 、 下 深 野 、 袈 裟 九 、 下 番 楽 、 安 武 、 赤 幡 、 別 府 、 船 谷 、 築 城 、 八 津 田 、 宇 留 津 、 高 塚 の 十 八 部 落 が 相 寄 つ て 十 四 日 講 を 形 成 し て い る 。 こ れ ら 部 落 間 の 最 遠 距 離 は 五 里 も あ る が 、 此 の 広 い 範 囲 か ら 集 ま る 参 詣 者 は 主 と し て 男 の 老 年 層 で あ つ た 。 米 は 各 自 持 彰 つ て 、 講 の 当 番 の 部 落 婦 人 会 が 賄 を す る 。 毎 月 十 四 日 の 昼 食 後 よ り 午 後 十 一 時 頃 ま で 法 座 が あ り 、 タ 食 は 参 詣 者 が 共 同 で と り 、 遠 隔 の 部 落 の 者 は 当 夜 御 座 の 家 に 宿 泊 す る 。 ( 臼 井 二 尚 、 同 論 文 、 = 八 頁 ) こ の 場 合 の 村 人 の 生 活 の 共 同 は 、 村 落 全 戸 の 生 活 の 共 同 が 営 ま れ る と 同 時 に 村 外 の 地 域 の 講 集 団 の 人 々 と の 生 活 の 共 同 が 併 存 し て 行 わ れ て い る 。 従 つ て よ り 厳 密 な 考 察 を す れ ば 、 こ の 種 の 講 集 団 は 村 落 、 組 と 一 致 す る 講 集 団 に 比 し て 、 自 己 の 村 落 に 対 す る 集 団 的 統 一 性 は 強 く な い と い え よ う 。 そ れ 故 に 、 生 活 の 共 同 は 盛 大 で あ つ て も 、 他 部 落 の 人 々 と の 混 合 に よ る 生 活 の 共 同 で 、 村 落 に 対 す る 二 体 感 、 帰 属 意 識 は 組 、 村 落 と 一 致 す る 講 集 団 に 比 し て 乏 し い と い え よ う 。 ま た 福 井 県 向 笠 の 太 子 講 は 大 工 職 人 を 講 員 と す る 同 職 者 達 の 親 睦 の 講 で あ る 。 講 員 の 地 域 的 範 囲 は 八 村 全 域 に 及 び 向 笑 部 落 か ら は 現 在 六 名 の 講 員 を 出 し て い る 。 毎 年 二 月 四 日 に 島 浜 部 落 の 特 定 の 家 ( 徳 衛 門 と い う 家 ) で 講 員 の 共 同 飲 食 が 行 わ れ る 。 こ の 事 例 の 場 合 の 如 く 、 村 落 内 の 部 分 的 特 殊 講 集 団 が 、 同 じ く 他 村 内 の 同 種 の 部 分 的 特 殊 講 集 団 と 連 合 す る 場 合 は 、 太 子 講 と い う 部 分 的 特 殊 講 集 団 は 、 前 者 同 様 に 当 該 村 落 の 集 団 的 統 一 性 の 作 用 は 乏 し い と い え よ う 。 従 つ て 成 員 相 互 の 生 活 の 共 同 は 、 た と え 密 で あ つ て も 、 そ れ は 村 落 を 基 底 と す る 同 一 次 元 で の 生 活 の 共 同 で な い と こ ろ に 、 こ の 種 の 講 に お け る 生 活 の 共 同 の 特 殊 性 が 見 出 さ れ る 。 一 方 こ の 種 の 講 は 、 村 落 の 開 放 に 対 し て 促 進 的 働 き を 有 し て い る 一 面 も あ る 。 し か し こ の 種 の 講 に よ る 開 放 化 は 一 部 の 者 ま た は 篤 信 者 の 多 い 地 方 に あ ら わ れ る 特 殊 な も の で あ つ て 、 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察
密 教 文 化 こ の こ と を も つ て 、 直 に 村 落 全 体 が 開 放 に 向 う と い う の で は な い 。 以 上 、 宗 教 的 講 集 団 に つ い て 先 づ 地 域 的 範 囲 が 村 落 ( 組 ) と 一 致 す る 講 集 団 、 次 に 地 域 的 範 囲 が 村 落 の 内 部 で 部 分 的 に 占 め る 特 殊 講 集 団 、 そ し て 最 後 に 地 域 的 範 囲 が 村 落 を 越 え る 講 集 団 の 三 つ に 分 け た 。 そ し て そ の 三 つ の 各 々 の 区 分 内 で 、 神 道 的 講 、 仏 教 的 講 に お け る 生 活 の 共 同 が ど の よ う に 行 わ れ て い る か .、 ま た ど の よ う に 変 化 し て き た か を 若 干 の 事 例 に も と つ い て 考 察 し た 。 、 ま た 三 種 類 の 地 域 性 か ら 考 察 し た 講 集 団 が 、 当 該 村 落 の 集 団 的 統 一 性 に 如 何 に 作 用 し て い る か 、 ま た 如 何 に 限 定 変 容 馴 生 ぜ し め て き た か も 概 略 考 察 し た 。 五 講 集 団 に お け る 生 活 の 共 同 の 衰 退 因 素 -村 落 に お け る 社 会 集 団 は 多 数 あ り 乍 ら 、 講 集 団 程 多 種 多 様 の 種 類 と 機 能 を 有 し て い る も の は 他 に な い 。 そ れ だ け に 他 の 集 団 に 比 し て 、 講 集 団 は 、 多 数 の 村 人 に 依 つ て 、 そ の 中 で 生 活 の 共 同 を 営 む も の は な か つ た と い え よ う 。 本 稿 で は 紙 数 の 都 合 上 代 表 的 講 集 団 に つ い て そ の 中 で の 生 活 の 共 同 を 測 定 す る 若 干 の 指 標 を 設 定 し 、 こ れ に も と ず い て 事 例 を 分 析 考 察 す る こ と を 試 み た 。 そ の 結 果 多 く の 講 は 戦 後 か な り の 変 容 を 辿 つ て き た こ と が わ か つ た 。 こ こ で は そ の 変 容 の 諸 因 素 と 考 え ら れ る も の を 総 括 す る と 、 凡 そ 次 の よ う な 諸 点 を 指 摘 で き よ う 。 (1) 資 本 主 義 の 発 達 、 貨 幣 経 済 の 発 達 -特 に 貨 幣 経 済 の 村 落 へ の 浸 透 。 (2) 交 通 機 関 の 発 達 及 び マ ス メ デ ィ ア の 急 速 な 発 達 。 (3) 戦 争 中 の 酒 類 、 食 糧 等 の 不 足 ま た は 統 制 。 (4) 戦 後 の 農 地 改 革 -耕 田 の 喪 失 。 (5) 戦 後 の 信 教 の 自 由 -在 来 宗 教 に 対 す る 信 仰 心 の 稀 薄 、 そ れ に 対 し て 新 興 宗 教 の 村 落 へ の 普 及 。 (6) 村 人 の 移 動 、 特 に 青 壮 年 層 の 都 市 進 出 。 (7) 職 業 の 分 化 -都 市 近 郊 農 村 に お け る 兼 業 農 家 の 増 加 。 (8) 他 方 、 農 業 の 合 理 的 経 営 等 に 伴 い こ れ に 関 連 す る 多 く の 知 識 と 技 能 を 必 要 と す る に 至 り 、 そ の 方 面 へ の 関 心 と 時 間 が 増 加 し て き た 。 右 の よ う な 種 々 の 条 件 に 伴 つ て 講 集 団 は 衰 退 し て き 、 従 つ て 講 を 通 じ て の 生 活 の 共 同 は 次 第 に 弱 つ て き た の で あ る 。
む す び こ の よ う な 客 観 的 条 件 に 依 つ て 講 集 団 に お け る 生 活 の 共 同 は 変 容 、 衰 退 し つ つ あ つ て も 、 多 く の 事 例 の 中 に は 、 未 だ 従 来 の 機 能 を 果 し 乍 ら 村 民 の 生 活 の 共 同 も 現 代 村 落 社 会 に ふ さ わ し い 方 向 に 変 更 し な が ら 存 統 し て い る 。 か か る 変 容 の 過 程 に 社 会 的 意 義 を 認 あ な け れ ば な ら な い 。 村 落 に お け る 講 集 団 は 本 稿 で 考 察 し た 宗 教 的 講 の 他 に 経 済 的 、 娯 楽 的 機 能 を 有 し て い る 講 も あ る が 、 村 落 の 発 展 に 対 応 し て 各 機 能 の 中 、 衰 退 、 消 滅 す べ き も の は 次 第 に そ れ ら の 方 向 を 辿 つ て い る 。 そ し て 現 代 の 村 落 社 会 に 未 だ 必 要 な 機 能 を 有 し て い る 講 の み が 存 続 し て い る と 解 せ ら れ る 。 こ の こ と は 在 来 の 講 が 有 し て い た 機 能 が 村 落 社 会 の 発 展 に 伴 つ て 分 化 し 、 そ れ ら が 村 落 に 新 し く 発 生 し た 近 代 的 組 織 集 団 に 代 替 さ れ て き た 。 こ う い つ た 変 遷 の 過 程 は 更 に 近 代 的 組 織 集 団 の 考 察 と 相 侯 つ て 、 よ り 明 解 な 考 察 が 可 能 と な る 。 ま た 元 来 、 講 集 団 の 発 生 が 宗 教 的 講 集 団 よ り 出 発 し た と し て も 、 村 民 は 宗 派 に か か わ り な く 、 多 く の 宗 教 的 講 を 形 成 し 、 且 つ 自 己 の 宗 派 を 越 え て 、 あ ら ゆ る 宗 教 的 講 に 加 入 し て い る こ と 等 か ら も 、 唯 々 こ の 種 の 講 を 宗 教 的 側 面 か ら の み 究 明 す る こ と な く 、 そ の 背 景 を な し て い る 村 落 の 社 会 構 造 と の 関 連 の も と に 、 換 言 す れ ば 地 域 性 及 び 生 . 活 の 共 同 性 の 両 側 面 か ら 社 会 学 的 に 分 析 、 検 討 す る こ と が 如 何 に 重 要 で あ る か が 理 解 で き よ う 。 ( 筆 者 福 岡 県 社 会 保 育 短 大 助 教 授 ) 宗 教 的 講 集 団 の 社 会 学 的 考 察