血液浄化用中空糸膜の構造・滅菌方法・素材の違い における血液適合性の比較
著者 東郷 好美
著者別名 TOGO Konomi
ページ 1‑91
発行年 2020‑03‑24
学位授与番号 32675甲第487号 学位授与年月日 2020‑03‑24
学位名 博士(理工学)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00022977
1.論文内容の要旨
本論文は、血液浄化に用いる中空糸膜の「物理構造」、「滅菌方法」、「素材」の違いが血液 に与える影響、すなわち、血液適合性について、健常人ボランティアから提供されたヒト血 液を用いて検討した研究である。
末期腎不全患者の生命を維持するために、血液浄化療法が施行されている。血液浄化療法 は、血液浄化用に開発されたデバイス(人工腎臓、ダイアライザまたはヘモフィルタともい う)を用い、体内に貯留した尿毒素や余剰水分を除去する治療法である。血液浄化デバイス 内には 1 万本程度の中空糸半透膜が用いられており、その中空糸の内側を血液、外側を透 析液または濾液が流れる。すなわち、患者の血液は中空糸膜に直接接触するため、血小板活 性化など生体にとって好ましくない反応が惹起される。血小板活性反応が激しい場合には、
中空糸内部が血栓により閉塞することもある。また、その血栓が体内に流入し、脳や心臓な どの血管を閉塞して、これらの臓器障害を起こす可能性もある。こうした問題を改善するた めに、血液適合性に関する研究は、ディスポーザブルの血液浄化デバイスが開発された1970 年代から行われてきたが、今なお、膜の改良は続いている。新しく開発・改良された血液浄 化デバイスの血液適合性は発売後でさえ不明な場合も多いが、臨床研究法の施行以来、倫理 的な配慮により患者の血液を用いた研究には、様々な制約があり、事実上、実施が困難にな っているのが現状である。
本論文は、健常人ボランティアから提供されたヒト血液を使用した実験モデルにより、主 として膜の「物理構造」、「滅菌方法」、「素材」と血液適合性の関係を明らかにすることを目 的に実施され、その成果は4報の英文投稿論文として公表された。以下では博士論文の各章 の内容を詳述する。
本論文は全5章から構成されている。
第1章には、本研究全体の背景と目的が記載されている。研究背景では、まず、腎臓の機 能、腎不全の病態生理、腎不全治療としての血液浄化療法の必要性、血液浄化療法で用いる 血液浄化膜の物理構造・滅菌方法・素材の詳細が説明されている。次に、血液浄化療法で用
博士学位論文
論文内容の要旨および審査結果の要旨
論文題目 血液浄化用中空糸膜の構造・滅菌方法・素材の違いにおける血 液適合性の比較
氏名 東郷 好美 学位の種類 博士(理工学)
学位番号 第487号
学位授与年月日 2020年3月24日
学位授与の要件 法政大学学位規則第5条第1項第1号該当者(甲)
論文審査委員 主 査 山下 明泰 教授 副 査 森 隆昌 教授 副 査 杉山 賢次 教授
いる血液浄化デバイスと血液が接触した際に起こりうる生体不適合反応、それに伴う生体 への影響、血液適合性の重要性が記載されている。最後に先行研究についての説明があり、
研究目的が述べられている。
第 2 章では、健常人ボランティアから提供されたヒト血液を用いた実験モデルに関する 実験手順が記されている。中空糸膜の「物理構造」の違いが血液適合性に与える影響につい ての検討では、セルローストリアセテート(CTA)膜とCTAと同じ素材でありながら表面 が平滑化され、断面の物理構造も異なるATA®膜、中空糸膜の「滅菌方法」の違いが血液適 合性に与える影響についての検討では、γ線および高圧蒸気(autoclave; AC)で滅菌され た同一のポリスルホン(polysulfone; PSf)膜、そして、中空糸膜の「素材」の違いが血液 適合性に与える影響についての検討では、2種類の PSf膜と1 種類のポリメチルメタクリ レート(polymethylmethacrylate, PMMA)膜がそれぞれ比較されている。この評価系は血 液浄化膜に限らず、血液と人工材料が接触する人工肺など、他の材料にも応用可能であり、
新製品の開発時や旧製品との比較にも有用である。
第 3 章では、それぞれの実験における血液適合性の検討結果が記載されている。血液浄 化膜の物理構造および滅菌方法の違いについては、血液適合性の評価因子に統計学的な有 意差を認めなかった。ところが、透析膜の素材の違いについては、血小板数の減少、血小板 が活性化された際に放出される血小板放出因子の増加において、PSf膜がPMMA膜よりも 有意差をもって優れていた。また、電界放射走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いた中空糸 膜内側表面への血小板の付着についても、PSf膜がPMMA膜よりも優れていたことを明ら かにした。この結果は臨床における先行研究の結果とよく一致した。
第4章では、それぞれの検討における考察が述べられている。中空糸膜の「物理構造」が 血液適合性に与える影響において、ATA®膜と CTA 膜の間に有意差が認められなかったこ とについては、ATA®膜、CTA膜、PSf膜の表面の高低差の平均値がそれぞれ4.5, 5.5, 9.2 nmである報告を引用し、PSf膜と比較すると、CTA膜でさえ膜表面は十分に平滑化されて おり、さらに平滑化されたATA®膜との間に有意差が認められなかった、と考察している。
中空糸膜の「滅菌」の違いが血液適合性に与える影響の検討では、PSfにおけるγ線滅菌 とAC滅菌の違いは、生体適合性に関する限り有意差を認めないことを明らかにした。PSf 膜には、材料の親水化および細孔形成の2つの目的のためにpolyvinylpyrrolidone(PVP)
が配合されている。これにγ線を照射すると、PVPが架橋されて不溶化し、PVPの溶出が 軽減する。しかし同時に PSf がγ線に曝されると、素材のイオン化や励起によってフリー ラジカルが発生し、これが材料を劣化させると考えられる。一方、高圧蒸気滅菌で生じる PVPの架橋形成は僅かであるため、AC滅菌された膜からは余剰PVPが洗浄中に溶出する と同時に、使用中にもPVPが溶出する可能性がある。これらの効果が相殺されて、γ線滅 菌とAC滅菌の間に有意差を認めなかったと考察している。
中空糸膜の素材が血液適合性に与える影響を検討した結果、PMMA膜の使用により、PSf 膜に比し血小板数は有意に減少し、血小板が活性化されたときに放出される血小板第四因
子(Platelet factor 4, PF4)はPMMA膜よりもPSf膜において有意に低かった。これらの 現象は、PMMA膜にPVPが含まれていないことで説明できるとしている。
第5章では、第1章から第4章までのまとめとして、本研究で得られた結果を総括して おり、安全な血液浄化治療を提供するためには、膜の透水性能、溶質除去性能に加えて、血 液適合性の各因子を十分に考慮しながら、患者に適した血液浄化デバイスを選択する必要 があること、および血液適合性の検証の重要性が記載されている。
2.審査結果の要旨
本論文は、健常人ボランティアから提供されたヒト血液を使用した実験モデルにより、膜 の「物理構造」、「滅菌方法」、「素材」が異なる血液浄化デバイスの血液適合性を、基礎的な 観点から検証したものである。審査において、以下に挙げる学術的な有用性を確認した。
1. 第3 章と第4 章に記載されている血液浄化膜の素材の違いにおける血液適合性の検証 において、血小板数の減少、血小板放出因子の増加の観点から、PSf膜にはPVPが配 合されているために、PMMA膜よりも血液適合性に優れることを示した。この検討は 24 時間以上にわたり持続的に行われる治療に用いられるヘモフィルタに関するもので ある。持続的に血液浄化治療を行う患者は、血行動態が不安定で、重篤な状態にあるこ とが多く、同じ患者に対して繰り返し治療が行われることは少ない。これまでこれらの 患者を対象として採取された臨床データは少なく、本研究で得られた知見は、データの 希少性からも重要であることを確認した。
2. 本論文は、ヒト血液を用いたin vitroでの基礎検討である。しかし臨床的に起こりうる 血小板の活性化から血栓形成、さらにその血栓が体内に流入して生じる臓器不全を想 定し、そのような現象が起きないようにするための条件を検証することは重要である。
本研究で提唱する方法は、患者に安全な血液浄化治療を提供する上で、臨床的にも有用 であることを確認した。
3. 医療用デバイスの血液適合性試験は、その医療デバイスを用いる患者の血液でin vivo で検証されることが望ましい。第 2 章に記載されている実験モデルは、健常人の血液
を用いたin vitroでの研究であるため、患者に対して行う検討結果とは異なる可能性が
ある。しかし、倫理的な配慮により、患者の血液を用いた検証の実施は、昨今、極めて 難しい。本研究で提案する実験モデルであれば、治療中および治療後の血液適合性につ いて傾向予測が可能であり、さらに、今後新しい血液浄化膜を開発する際に、開発段階 での評価に応用できる可能性が示唆された。
以上、本研究は、血液浄化デバイスに使用されている中空糸膜の「物理構造」、「滅菌方法」、
「素材」の3点に関する血液適合性を明らかにした論文であり、本成果によって、安全な血 液浄化治療を行うための指針が得られ、その学術的な有用性も博士の学位研究に値するも
のと判断する。よって、本審査小委員会は全会一致をもって提出論文が博士(理工学)の学 位に値するという結論に達した。
(報告様式Ⅲ)