機会損益と保有損益 : エドワーズ=ベルの利益2分 割論をめぐる若干の問題
その他のタイトル Opportunity Gains and Holding Gains : Edwards and Bell on Dichotomizing Income
著者 岡部 孝好
雑誌名 關西大學商學論集
巻 19
号 1
ページ 46‑62
発行年 1974‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021149
機 会 損 益 と 保 有 損 益
—エドワーズ=ベルの利益
2 分割論をめぐる若干の問題一—
岡 部 孝 好
は し が き
今さら改めて指摘するまでもなく,エドワーズ=ベル (E.0. Edwards and
1)
P. W. Bell)が提案した取替原価の会計システムは歴史的原価の記録を留保し た上で取替原価基準を導入しようとしたものであったから,それは伝統的な 会計情報の諸特徴をそのまま残存させながら,新たに, (1)資産と費用をそ の時々の経済的意義を有する価額で表示する, (2)期間利益を当期操業利益 (current operating profit)と保有損益 (holdinggains or losses)とに2分割す る,(3)保有損益を発生した期間において駆識する,ことを可能ならしめる。
このような3つの特性はそれぞれ何等かの新しい「情報」を産み出すであろ うし,またそれらはある用途には有益なものであるかもしれない。それゆ ぇ,この会計システムは「菓子を食べてなおもそれを手に残す」ものであっ
2) 3)
て,それを採用すれば「何1つ失うことなく多くのものが得られる」と主張 1) Edgar 0. Edwards and Philip W. Bell, The Theory and Measurement of
Business Income (Berkeley : University of California Press, 1961). 中西寅 雄監修,伏見多美雄•藤森三男訳編,『意思決定と利潤計算』(日本生産性本部,昭 和39年)。
2) G. Kenneth Nelson, "Current and Historical Costs in Financial Statements,"
in R. G. J. Yangermeersch (ed.), Accounting : Socially Responsible and Socially Relevant (Happer & Row, 1972), p. 209.
3) Philip W. Bell, "On Current Replacement Costs and Business Income," in Robert R. Sterling (ed.), Asset Valuation a叫 IncomeDetermination
(Scholars Book Co., 1971), p. 19.
機会損益と保有損益(岡部) (47) 47 され,また,周知のように,このような主張が AAAゃ AICPAの一連の
鼻 4)
報告書の中で事実上支持されるにいたっている。
しかしながら,かかる取替原価情報の特性について立ち入った分析が加え られているかといえば,必ずしもそうではない。この情報のコストやビニフ ィットをめぐる議論は,多くの場合精密さを欠いていて,十分な説得力をも っていないように思われる。それが伝える情報の内容やそれが情報利用者の 行動に役立つ筋道は今なお明確にされている訳ではないし,その技術的特性 さえも十分には検討されていない。このことはその批判者の側から今なお取 替原価会計シ'ステムの論理的妥当性や有用性について全く対立する見解が提
5)
示されていることからも明らかであろう。
小稿の目的は,このような問題を幾分なりとも整理するため,比較的最近 の文献を手がかりにして,エドワーズ=ペルの取替原価会計システムを改め て検討し,その特徴とその問題の所在を明らかにすることである。もとより 限られた紙幅の中ですべての論点に触れることはできないから,ここでは利 益2分割論だけに議論を限定し,かれらの理論の中で最も重要な概念の1つ
である保有損益の性質についてやや詳しく検討してみることにしたい。
4) Robert T. Sprouse and Maurice Moonitz, "A Tentative Set of Broad Accounting Principles for Business Enterprises," Accounting Research Study No. 3 (A. I. C. P. A., 1962), p. 30; 佐藤孝一•新井清光訳,『会計公 準と会計原則』(中央経済社,昭和37年), 145147頁。 Committeeon Concepts and Standards‑Inventory Measurement, "A Discussin of Various Approachs to Inventory Measurement," The Accounting Review, Vol. XXXIX, No. 3
(July, 1964), pp. 700‑14. Committee on Concepts and Standards‑Long‑
Lived Assets, "Accounting for Land, Buildings, and Equipme~t," ibid., pp. 639‑99. 1964 Concepts and Standards Research Study Committee, "The Realization Concept," The Accounting Review, Vol. XL, No. 2 (April, 1965), pp. ・312‑22. Concepts and Standards Research Study Committee,
"The Matching Concept," ibid., pp. 368‑72. Committee to Prepare A Statement of Basic Accounting Theory, A Statement of Basic Accounting Theory (A. A. A., 1966), pp. 30‑31. 飯野利夫訳,『基礎的会計理論』(国元 書房,昭和44年), 46 47頁。
5) この文献は後に示されるであろう。
I 実際損益と機会損益
さて,まずエドワーズ=ペルの保有損益概念のきわだった特徴を明らかに しようとすれば,利益(又は損失)という用語が少なくとも 2通りに使われて いる事実に注目しなければならない。そこで,われわれはまずこの点から議 論を始めることにしよう。
通常,利益(叉ば損失)といえばそれは時点というよりも期間に関係するも ので, 2時点間の事業活動を通じて獲得された所有主持分の純増(減)分と 理解されている。 その測定基準としていかなる原則が採用される場合であ れ,期末の純資産が期首のそれを上(下)まわっておれば利益(損失)が存在 するといわれ,また事実,その大きさを測定するために 2時点の純資産の大 きさが比較されている。この場合,利益(損失)は期中の実際の事象の結果と して念得された増価分であり,しかもその測定において比較されているのは 2時点に実際に存在していた経済状態である。したがって,ここでは用語の 混乱を避けるためそれをとりあえず実際損益 (actualgains or losses)と呼ん
6)
でおくことにしよう。
ところが,利益(又は損失)という用語が使われるのはこのような情況だけ ではない。たとえばある企業の営業の一部が何等かの事由で妨害されたとす ると誰しもその企業は「損失」を被ったと考えるであろう。しかし,この
「損失」は上の場合のそれとは異なる意味を含んでいる。すなわち,この場 合の「損失」とはもしもその妨害がなかったとすれば得たはずの利益を失っ たというにすぎず,必ずしも期末(又は妨害後) の純資産が期首(又は妨害前)
のそれよりも小さいことを意味する訳ではない。事実,実際損益の計算をお こなってみると,かかる妨害の事実にもかかわらず,期末(又は妨害後)の純 資産の方が大きく,それゆえ利益が存在していることが判明するかもしれな 6) Paul Rosenfield, "Reporting Subjunctive Gains and Losses," The Account切g
Review, Vol.. XLIV, No. 4 (Oct., 1969), p. 788. ただし, 彼はこれを隔時 損益 (intertemporalgains or losses)と呼んでいる。
機会損益と保有損益(岡部) (49) 49 い。したがって,かかる「損失」の大きさについての情報を得たいとき, 2 時点の実際の経済状態を比較してみても有意義な結果は得られない。それよ
りもむしろ,妨害があった後の現実の経済状態とそれがなかったとしたなら あったはずの状態とを比べてみなければならない。換言すると,実際に生じ ている結果と以前の事象が実際とは異なっていたとしたなら生じていたかも しれない結果とが比較されなければならない。このような場合の利益(損失)
は,要するに,実際とは異なる行動をおこなっていたなら得られた(失った)で あろう利得又は節約であるから,叙上の実際損益とは性質を異にしており,
それを説明するには事実に反する条件節一「もし……でなかったら…•••」―
や放棄された過去の行動の機会に言及する必要性が生ずる。そこで,われわ れはこのような利益又は損失を仮定法損益 (subjunctivegains or losses)又は
7)
機会損益 (opportunitygains or losses)と呼ぶことにしよう。
8)
ローゼンフィルドによれば,このような機会損益は実際損益と少なくとも 次の2点ではなはだしく性質を異にしている。まず第1に,実際損益の測定で は異なる 2時点の可測属性の大きさが比較されるのに対して,機会損益の測 定では同一時点における 2つの大きさが比較される。すなわち,事業妨害に よって被った「損失」の大きさの測定において期末(又は妨害後)の実際の経 済状態と比較されているのは,同じ時点における,さもなければあったはず の経済状態である。第2に,実際損益の測定では現実に存在していた2つの 経済状態が比較されるのに対して,機会損益の測定における比較の項の1つ は現実には経験されていない事象がひき起したと考えられる想像上の経済状
9)
態である。実際の結果と比較されているのは採択されなかった行動の機会の 方がもし採られていたとすれば生じていたかもしれない結果なのである。し 7) Ibid., p. 788.
8) Ibid., pp. 778‑89.
9) われわれは予測や期待を将来の経験によってテストすることができるが,過去の捨 てられた機会の結末を実証することはできない。したがって,比較の項の1つとし て使われる,この反事実の条件節をわれわれは永久にテストすることはできない。
この点も重要な特徴の1つである。
たがって,このようにみてくると,利益又は損失という用語を 2通りの意味 において用いることができるが,この 2点だけからしても,両者の性質がは なはだしく相遮することが知られよう。
さて,それでは,本稿で取り上げる保有損益は,エドワーズ=ペルの場 合,そのいずれと解されうるのであろうか。それは実際損益として測定され るものであろうか,それとも機会損益として測定されるものであろうか。も ちろん,一般物価水準に変化がないかぎり,保有損益は実際購入時の資産の 価格と利用又は販売時の取替価格の差額として技術的には容易に分離できる から,この問題はさして重ナ‑‑r‑,わないかにみえる。しかし,その分離が異な る2時点の2つの実際の経済状態の比較を通じておこなわれるのかそれとも 同一時点における実際の状態と想像上の状態との比較を通じておこなわれる のかは別個の問題であり,しかもこの相逮がわれわれの議論に重要なかかわ
りをもっている。そこで,この点を少し検討してみることにしよう。
普通,企業の利益は期中に生じた種々様々な事象によってもたらされるも のであり,また実際損益概念に基づくと,その原因が何であれ 2時点間に生 じたすべての増価分が期間損益として一括して把握される。それだから,
. . .
2 時点の純資産の比較によって保有損益だけを別個に測定することは困難であ って,有価証券の場合のように価格変動だけから損益が生ずるときにのみ,異なる 2時点の価値の大きさの比較によって保有損益を独立に測定し,それ を分離させうるにすぎない(この点は後述する。)。しかし,エドワーズ=ベル の「無時間的生産の仮定」(assumptionof time‑less production)に基づくと実際 損益の考え方によりながら保有損益を孤立化することができるのである。す
10)
なわち,かれらのモデルによれば,価額を縦軸に時間を横軸にとるとしたと き操業活動は垂直的に価値を増加させるのに対して保有活動は水平的に価値 を増加させると仮定されていて,当期操業利益は「無時間に」稼得され,他 方,保有損益は資産取得後の時間の経過につれて稼得される。それゆえ,保 有損益は資産の購入時の価値と利用又は販売直前の価値の比較を通じて,ま 10) Edgar 0. Edwards and Philip W. Bell, op. cit., p. 73.
機会損益と保有損益(岡部) (51) 51 た操業利益は変形・販売の直前と直後一一仮定により無時間であるが一~の価 値の比較を通じて測定することができる。このように考えると,異なる 2時 点の大きさの比較,それも2つの実際の経済状態の比較によって保有損益を 別個に測定することができ,この意味で,われわれはエドワーズ=ベルの保
11)
有損益は実際損益であるということができよう。
ところが,エドワーズ=ベルの保有損益は, そ れ が 時 に 原 価 節 約 (cost savings)と呼ばれていることからもおよその察しがつくように同時に機会 損益と解することも9できるのである。すなわち,かれらによれば,この差額 は「原価節約,つまり使用された投入要素が利用に先だって調達された事実
12)
に帰しうる節約…•…••をあらわす。」のであるから, それは単なる 2時点間 に生じた純資産の増価分ではない。むしろ,それは利用又は販売時に購入す るのでなく価格上昇前に前もって購入しておいたために価格変動分だけ必要 貨幣が節約されたことを意味するものである。換言すると,もし購入してい なかったならば負担しなければならなかったはずの追加貨幣の支出を免れた こと,あるいは利用又は販売時まで資産の購入を延期していたなら被ったで あろう損失を回避したことを意味する。しかし,実際には資産は前もって購 入されていたのだから,利用又は販売時まで購入が延期された訳でもなけれ ば保有期間がなかったという訳でもない。かかる代替案は購入の意思決定に おいてすでに放棄されたものである。この場合の保有損益は,かかる捨てら れた機会の方がもし採択されていたなら生じていたかもしれない状態を推定 し,その結果を実際の結果と比較してみたときの「原価節約」なのであるか
11) エドワーズ=ベルの保有損益は機会損益であって実際損益ではない, という所説 が多く,またこの点に関してはわれわれも後にほぼ同様の結論に達することにな る。しかし,保有損益が実際損益として測定できない訳ではない。 cf. Paul Rosenfield, op. cit., pp. 793‑95.
12) Edgar 0. Edwards and Philip W. Bell, op. cit., p. 93.なお,スプラウズ=
ムーニッツも「その利用に先だつ財と用役の取得に因る価額」と述ぺているから,
保有損益について同様の定義を下しているものとみてよいであろう。 cf.,Robert T. Sprouse and Maurice Moonitz, op. cit., p.17.
ら,その測定では同一時点の 2つの結果が比較されなければならないであろ うし,また比較の項の1つは明らかに想像上の結果でなければならない。し たがって,この意味からすれば,保有損益は実際損益というよりも機会損益
13)
の性質を備えていることは全く明白である。
それゆえ,このように考えてみると,エドワーズ=ベルの保有損益はある 意味からすれば実際損益であるといえるし,また他の意味からすれば機会損 益であると説明することができる。それには少なくとも 2通りの解釈が許さ れる。しかしながら,たとえそうだとしても,エドワーズ=ペルの場合,保 有損益が機会損益でなければならない理由が他に存在するのである。この点 を次節で明らかにすることにしよう。
]
I 保有損益と意思決定評価
ところで,エドワーズ=ベルによれば, 「会計資料の主要な機能は過去の
14)
意思決定の評価における基本的用具として役立つこと」であり,また保有損 益を分離して利益を 2分割するのもかかる機能をヨリ良く果たすためにおこ
15)
なうのである。いまこのような前提を承認するとすれば,保有損益は単にそ れが定義の方法からみて実際損益であるのか機会損益であるのかという形式 的問題としてではなく,いずれに解すればかかる目的にそう内容の情報をそ れは含みうるかという実質的問題として検討されなければならないことにな るであろう。それではまず,保有損益が実際損益であるとしたとき,意思決 13)文献上,保有損益が機会損益であることは広く承認されている。たとえば, 次の ものを参照せよ。 Paul Rosenfield, op. cit., pp. 794‑95. Committee on Concepts and Standards‑Inventory Measurement, op. cit., p. 704. Charles T. Horngren, "How Should We Interpret the Realization Concept?" The Accounting Review. Vol. XL, No. 2 (April, 1965), p. 328. Howard J. Snavely, "Current Cost for Long‑Lived Assets : A Critical View," The Accounting Review, Vol. XLIV, No. 2 (April, 1969), p. 349. Lawrence Revsine, Replacement Cost Accounting (Prentice‑Hall, 1973), pp. 88‑89. 14ヽEdgar0. Edwards and Philip W. Bell, op. cit., pp. 3‑4.
15) Ibid., pp. 73‑74.
機会損益と保有損益(岡部) (53) 63 定の事後評価の有用な用具となりうるような意味づけは可能であろうか。
一般に,実際損益の測定では 2時点に現存する経済状態にしか考慮が払わ れないから,保有損益が実際損益であるとするとその発生原因よりも価値増 加の結末のみが強調される傾向がある。強いてその原因を求めるとしても,
2時点間に生じているのは市場の価格変動だけであるからその内容は価格変 動損益であるとみる以外にない。ところが,このように保有損益を価格変動 損益と呼ぶとすればその用語にはどうしても経営者の支配力の遠く及ばない 外在的原因から企業に損益がもたらされたという消極的意味がつきまとう。
価格を変動せしめるのは企業外部の種々様々な要因であり,その影響額が保 有損益として分離されるかにみえるからである。それゆえ,このようにみる かぎり,保有損益と意思決定との接点をみいだすことは困難で,それを経営 者の努力によって産み出された損益と説明することはできない。それどころ か,文献でもしばしばみられるように,経営者の統制可能範囲を越える要因 からもたらされた全く偶発的な損益と性格づけざるをえないことになるので
16)
ある。しかし,これでは,過去の意思決定に関係づけ,保有損益を通じてそ の意思決定を評価しようとするエドワーズ=ベルの目的は果たされない。
問題はそれだけではない。保有損益が実際損益であるとすれば,保有損益
. . . . . .
を特定化された企業活動に帰すことは技術的にも不可能なのである。たしか に,エドワーズ=ベルのモデルでは操業活動と保有活動は独立して存在する 2つの範疇であり,これらの活動は異なる時間区分の中でおこなわれると仮 定されているから,保有損益は取得から利用又は販売に至る期間の唯一の活 動ー一保有活動ーーから生じたものであって,それはかかる活動の所産であ 16) G. Kenneth Nelson, op. cit., pp. 208‑9. 1964 Concepts and Standards
Research Study Committee‑The Realization Concept, op. cit., p. 319. Robert L. Dickens and John 0. Blackburn, "Holding Gains on Fixed Assets: An Element of Business Income?" The Accounting Revew, Vol. XXXIX, No. 2 ・(April, 1964), p. 323. Stephen A. Zeff and W. David Maxwell, "Holding Gains on Fixed Assets‑A Demurrer," The Accou叫mg Review, Vol. XL, No. 1 (Jan., 1965), p. 69.
るということができるかもしれない。しかし,現実には,それらの2つの活 動が独立して存在している訳でもなければ全く異なる時間区分の中でおこな われている訳でもない。意思決定や活動は相互に密接に絡み合って同時的に おこなわれており,かかる 1連の意思決定や活動のジョイント・プロダクト として期間利益が獲得さ・れるのである。その利益を個々の意思決定に割り当 てることはできないであろう。それだから,ある決定の結果が判明するまで 次の決定がおこなわれないようなごく単純な場合を除くと, 2時点間に生じ た価値の増分を特定の決定に帰すことはできない。チェンバースはこの点を 次のように指摘している。 「会計そのものは達成された成功の度合が単独の どの意思決定によるものであるか,あるいは少数の特に大きな意思決定によ るものであるかをはっきりと示しはしない。 それが示しうることのすべて は一定期間中の企業のすべての意思決定と意思決定変更の行動の一般的影響
17).
一つまり全体としての適応行動の質—である。」と。 2時点間の採択された 行動によって結果的に生じた埴価分を測定しようとするのが実際損益の考え 方であったから,かくして,それに基づいて保有損益を特定の意思決定や活 動の所産と主張することはできないことになる。
ところが,保有損益を機会損益とみれば,このような困難を回避し,それ でいて特定の意思決定との積極的な関連をみいだすことが可能となる。機会 損益の測定では実際に生じている結果に対し,ある特定の意思決定や活動が 採択されていなかったとしたなら生じていたかもしれない結果が比較される のであるから,明らかに代替案の選択問題に深いかかわりをもっており,当 初から意思決定や活動に関係づけようとする観点に立っているということが できる。また,個々の捨てられた機会を想定してみることによって,入り組 んだ一連の意思決定のなかから1個の決定の影善を人為的に扶り出すことも 可能となるであろう。価格変動時に利用又は販売時まで購入をひき延ばして いたならどのような結果が生じたかを考えてみると,実際の購入の意思決定 17) R. J. Chambers, "Edwards and Bell on Business Income," The Accounting
Review, Vol. XL, No. 4 (Oct. 1965), p. 733.
機会損益と保有損益(岡部) (55) 55 がどれほどの節約をもたらしたかを知ることができる。この保有損益は単な る価格変動によって生じたものというよりも,かかる条件のもとで意識的に 購買時期を選択したことから生じた節約分であるから,それはあえて保有期 間を持ったがゆえに生じた利得又は損失とみなすことができ,この意味でそ れは経営者の努力の所産ということができる。かくして,意思決定の事後評 価が会計目的であり,保有損益もかかる目的にヨリ良く役立つために分離さ れるとするかぎり,保有損益は実際損益というよりも,機会損益であること
. .
が不可欠である。エドワーズ=ベルの保有損益は機会損益とみることができ
. . . .
るばかりでなく,機会損益とみなければならないものなのである。
J
I[ 保有損益と企業活動
およそ,歴史的原価にしても取替原価にしてもそれらが購入価格ないし受 入価格 (entryprice)である点では全く共通しているから,他の購入条件 一購入資産の種類や型,購入規模,引渡条件や支払条件など—が等しいかぎ り,保有損益は購入価格が変化しているという条件が存在し,しかも測定上 の2つの購入時期が相遮するという条件が同時に存在しなければ生じてこな い。購入時期が離れていても価格の変化がなければ保有損益は生じないし,
価格が変化していても購入時期が一致ないし近接していれば保有損益は生じ ない。しかし,実際には,これらの条件のいずれかが強調され,保有損益は ある時には価格変動から発生すると説かれ,またある時には購買時期の選択 の結果として発生すると説かれてきた。前者の見解が実際損益の概念に,後 者の見解が機会損益の概念にそれぞれ基礎をおいていることも,またエドワ
ーて゜=ベルの場合,保有損益は機会損益であって,購買のタイミングの意思 決定の結果を反映するものでなければならないことも,以上の誤論から明白
となったであろう。
それでは,さらに議論をすすめて,このようにして,保有損益を通じて明 らかにしようとする企業の活動や意思決定とはいったいどのような種類のも のであろうか。保有の意思決定,あるいは調達の意思決定というのは何を意
機会損益と保有損益(岡部)
味するのであろうか。この点にとかく誤解がみられるので, ド レ ー ク = ド バ 18)
ッチの投資決定の例を手がかりに,この問題を考えてみることにしたい。
いま,会社Aは将来の労務費の急上昇を予想したため,他の競争会社に先 がけてある資本集約的な設備を調達したとしよう。また後になって,この会 社の予測は正しいものだったことが徐々に明らかとなり,したがってこの調 達の意思決定は「賢明な」ものであったことがわかったとしよう。すなわ ち,その設備の需要の増加に伴い購入価格は漸増したのみならず,会社Aは 競争会社よりも早く省力化したのでヨリ安価に生産することができたとしよ
う。 さて, 利益が当期操業利益と保有損益とに2分割される場合, この調 達の意思決定の賢明さはいかに損益計算書に反映されてくるであろうか。ま ず,購入後に設備の取替原価は上昇したのであるから,もしその購入を延期 していたなら,会社Aは価格変動分の追加支出を余儀なくされていたであろ う。機会損益の考え方からすれば,会社Aがその設備の購入を延期していた なら負担したかもしれない追加費用額がその意思決定の賢明さを測る尺度と なるのであるから,投資案の採択によって節減されたこの追加支出,すなわ 会ち原価節約分が保有損益として当然に分離されることになる。ところが,
加購入を延期しないことによって節約しえた金額はそれだけではない。競争 社よりも早く設備を労働に代替させたことによって,さもなければ要した追 費用‑労務費増加分マイナス減価償却費減少分―をも会社Aは免れているか らである。しかしそれにもかかわらず,この原価節約額は取替原価会計では 保有損益としてではなく操業利益の増加として反映されることになる。した がって,この例からみるかぎり,会社Aの設備の調達の意思決定の賢明さを 保有損益だけを通じて把握することはできず,それをするためには保有損益 と当期操業利益の両方について改めて分析してみなければならないことにな る。この意味からすれば,調達活動の結果が当期操業利益のなかに「混入」
18) David F. Drake and Nicholas Dopuch, "On the Case for Dichotomizing Income," The Journal of Accounting Research, 3 (Autumn, 1964), pp. 198‑201.