会計監査人の法的責任と司法判断のあり方 : ナナ ボシ事件地裁判決を中心に
著者 山口 利昭
雑誌名 同志社法學
巻 61
号 2
ページ 387‑413
発行年 2009‑07‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011778
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三八七同志社法学 六一巻二号会計監査人の法的責任と司法判断のあり方 ―ナナボシ事件地裁判決を中心に―
山 口 利 昭
(八五七)
1
はじめに平成二〇年四月一八日︑再生債務者株式会社ナナボシ管財人を原告︑監査法人トーマツを被告とする損害賠償請求事 件において︑第一審である大阪地方裁判所は原告の請求を一部認容する判決を下した (
︒裁判所は︑上場会社︵大阪証券 1)
取引所市場第二部︶であった株式会社ナナボシ︵以下︑単に﹁ナナボシ﹂という︶の財務諸表監査および会社法監査を担当していた監査法人トーマツの社員が︑経営陣の先導していた粉飾決算を見逃したことを認定し︑監査契約上の注意
義務違反の債務不履行があったとしている︒
西武鉄道︑カネボウ︑ライブドア︑日興コーディアル事件など︑上場会社における不正会計事件が続くなかで︑上場
会社の開示書類の適正性を担保し︑投資家の市場に対する信頼を守るための﹁監査制度﹂への注目が集まっている︒平
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三八八同志社法学 六一巻二号成一八年には大手監査法人の解体という衝撃的な事態が発生し︑多くの上場会社の決算業務に影響を与えた︒また平成
一九年には︑度重なる会計不祥事を受けて公認会計士法の改正が行われ︑監査人の責任の強化︑監査人によるディスクロージャー制度の充実などがはかられている (
︒ 2)
不正会計事件が大きく報道されるたびに︑その監査を担当していた外部の監査人︵監査法人︶の関与が問題とされ︑監査法人の法的責任が指摘されるところであるが︑昨今の社会風潮において︑ナナボシ地裁第一審判決︵以下︑本判決 という︶が監査法人の法的責任を一部でも認容した意義は大きい (
け見ま高が待期のへ発な正不の︶士計会るか公所受にうよのどが判で裁を待期のそ︑認︵定人法監査に従事する監査法 法士計会︒認公︑たま金や改融商品取引法の正により︑ 3)
止めるのか︑関心が集まるところであ (
る 4)(
︒ 5)
そこで︑以下では本判決の判断内容を検討するなかで︑まず本判決に特徴的である﹁リスク・アプローチと会計監査
人の善管注意義務﹂の関係について検討する︒そして︑その検討内容を踏まえたうえで︑これまでの会計監査人の法的責任に関する議論を整理し︑また二〇〇八年四月より施行されている内部統制報告制度の法的位置づけなどを整理した
うえで︑会計監査人の法的責任︑とりわけ粉飾決算を見逃した場合の監査手続きに関する法的評価が︑どのように裁判所で争われているのか︑また今後どのように争われるべきなのかを明らかにしたい (
監任定法︑査監意はで稿本︑おな︒ 6)
査を問わず︑一般に監査法人︵公認会計士︶の保証業務の一環として行われる﹁監査業務﹂に従事する者を﹁会計監査人﹂と表記する︒
(八五八)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三八九同志社法学 六一巻二号
2
ナナボシ事件の概要本件粉飾決算事件は︑ナナボシの再生債務者管財人である原告が︑ナナボシと監査契約を締結していたトーマツに対して︑ナナボシにおいて平成一〇年三月期から同一三年三月期に行われた粉飾決算を看破できなかったことにつき︑監
査契約上の注意義務違反による債務不履行があり︑これによって違法配当相当額および粉飾実行に伴う社外流出金相当額の損害がナナボシに生じたとして︑その損害金および遅延損害金の支払いを求めた︑という事案である︒
ナナボシは電力会社の発電所の補修︑維持などのメンテナンス工事や石油配管︑排水管などのプラント工事を主たる事業とする企業として業績を伸ばし︑平成七年四月には大阪証券取引所︵市場第二部︶に上場を果たした︒しかし上場
後まもなく電力業界の競争激化の影響によるコストダウンや︑電力会社による余剰発電設備の一時休止の影響を受け︑平成九年ころには大幅な赤字経営に陥ることとなった︒そこでナナボシの代表取締役会長︵創業者︶は︑自ら育て上げ
た企業の誇りと︑上場以来好調に推移していたナナボシの株価維持を目的として︑赤字決算をなんとしてでも回避するべく粉飾工作を画策した︒その粉飾決算の方法は主として架空工事による売上を計上するものであるが︑ナナボシは単
に会計帳簿を改ざんするだけでなく︑正規の会計処理に基づく資金移動 (
金れ資にくと︒たいてさを用採が式形るせわ伴 7)
移動に関する工作には架空工事の作出︑また架空外注費の支払いおよび架空工事代金の回収には︑外部協力者としてナナボシの資材調達先であった取引先企業が関与しており︑粉飾決算工作の全体像が見えにくくなっていた︒そしてこの
ような工作は平成一〇年三月期より同一三年三月期まで︑ほぼ同様の手法によって繰り返されてきた︒
このようなスキームの場合︑架空工事の工事原価分についてはまずナナボシから現金を流出させる必要があり︑利益
に見合う分の現金が上乗せされて架空の工事代金が回収されることとなる︒したがって還流させる金額以外にナナボシ
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会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九〇同志社法学 六一巻二号が架空の利益分の金額を別途ねん出しなければならず︑このねん出のための現金を工面することが次第に困難となり︑
その結果架空工事代金の回収が著しく遅延する事態となった︒そして平成一三年一一月ころ︑ナナボシの監査役および外部監査人たる被告の調査によって経営陣主導による粉飾決算の内容が社内で明らかとなり︑同月二六日︑ナナボシは
民事再生手続開始の申立に至った (
や流に外以金資るせさ還ナ︑はのういと﹂金出ナボ外る料数手の社会係関すシ与関に飾粉はてしと流社のこ︑がるあ﹁ ︒とてし上計てしが金害損る告原︑おない法の﹁で﹂金出流外社とは額総の金当配違 8)
支払消費税をねん出しなければならず︑それらの合計額としてナナボシ自身が回収不能としている金額を指している︒
「監査基準」と会計監査人の善管注意義務
3
本判決の争点としては︑①被監査会社の管財人は監査法人の債務不履行責任を追及することは信義則上許されるか︑②被告が売上高等の実在性の監査要点について通常実施すべき監査手続きを怠っていたか︑③被監査会社に生じた損害
と被告監査法人の任務懈怠との因果関係の相当性︑④監査契約における錯誤無効︵詐欺取消無効︶の主張の可否などがあげられるが︑本稿ではこのうち︑主に②の争点について検討する︒
粉飾決算を見逃したことについて︑被告監査法人に監査契約上の債務不履行責任が認められるためには︑被告監査法人に対して損害賠償責任を認めるための法的根拠が必要となる︒たとえば本件のように監査に関する委任関係︵準委任
契約︶に基づいて︑委任の本旨に従った債務の履行がなされなかったということであれば︑それは被告監査法人︵もしくは担当した被告監査法人に所属する公認会計士︶の善管注意義務違反が認められる場合︑ということになるであろう︒
︵民法六四四条︑同六五六条︒なお︑会社法四二三条一項にいう︑会計監査人に﹁任務懈怠﹂ある場合も含むものとする︒︶
(八六〇)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九一同志社法学 六一巻二号 そしてここにいう﹁善管注意義務﹂とは︑会計専門職としての一般的な注意義務を尽くして監査手続きを遂行するものと理解されている︒たとえば財務諸表監査の場合︑監査報告書は﹁一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して﹂監査が行われたことを記載しなければならず︵監査証明内閣府令第四条第三項︶︑企業会計審議会策定にかかる﹁監査基準﹂が内閣府令にいうところの﹁監査の基準﹂に該当するものであることは異論のないところである︒そして同﹁監
査基準﹂の﹁第二 一般基準﹂三では︑﹁監査人は職業的専門家としての正当な注意を払い︑懐疑心を保持して監査を行わなければならない﹂と定めているので︑会計監査人としては︑この懐疑心を保持しつつ︑職業専門家としての正当 な注意を払いながら職務を遂行することが法的な責任根拠となる﹁善管注意義務﹂の内容である︑と理解されてい (
る 9)(
︒ 10)
では︑いかなる場合に﹁会計監査人が懐疑心を保持しつつ︑職業専門家としての正当な注意を払って職務を遂行する﹂ことになるのか︑ということになると︑原則としては﹁監査基準﹂や﹁監査基準委員会報告書﹂などの指針に従って監 査手続きを進めることである︒しかし監査基準の内容は多くの上場企業の監査に妥当するよう︑内容が一般的かつ抽象的であり︑一義的に善管注意義務の内容を特定することは困難である︒たとえば日本コッパーズ事件第一審判決 (
では監 11)
査を依頼した会社の内部統制の不備を理由として注意義務の内容を判断していたが︑凸版印刷事件 (
では﹁会計監査は不 12)
正・誤謬の発見を目的とするものとはいえないが︑重大な不正・誤謬については摘発の責任を負う﹂として︑会計監査の目的論から監査人の注意義務の内容を判断している︒粉飾決算が行われた場合の会計監査人の監査上の法的責任が︑
いかなる場合に認められるのかを論じるにあたっては︑これまでも判例︑学説のうえで種々論じられてきたところであるが︑今日に至るまで明確な判断基準となるものが定立されていないのが現状のように思われる︒
この点につき︑本判決は会計監査人の法的責任を問う前提となる﹁善管注意義務﹂と﹁監査基準﹂との関係について
(八六一)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九二同志社法学 六一巻二号以下のように述べている︒
﹁手通常実施すべき監査続る﹄とは︑監査基準・一﹃れ平成成一〇年三月期から平一さ三年三月期の間に適用般
基準の適格性基準に適合した職業監査人を前提として︑監査人がその能力と実務経験に基づき十分な監査証拠を入手するために﹃正当な注意﹄をもって必要と判断して実施する監査手続をいうものと認められる︒そして﹃通常実
施すべき監査手続﹄に従って︑個別の被監査会社の状況に応じて︑監査計画を策定し︑画一的なものではない多様な監査証拠を入手し︑監査要点に応じて必要かつ十分と考えられる監査手続を実施することが︑監査人に課せられ
た善管注意義務であると解される (
﹂ 13)
そして︑本判決は以下のように︵平成一三年三月当時の監査実施準則に規定されていた︶﹁通常実施すべき監査手続﹂の内容について明確にしている︒
﹁お︑平成一三年三月期にいてて︑リスク・アプローはっ﹃続通常実施すべき監査手﹄たといえるかの判断に当チ
が妥当していたと認められる︒監査人は︑監査の効率性の観点から︑かつてのように必要な監査手続を全て実施しなければならないということではなく︑固有のリスクや内部統制上のリスクを正確に検証し︑監査上の危険性を最
小限度に抑えるべく︑リスクの高いところに監査資源を集中させて︑財務諸表の記載の正確性について合理的な監査意見を形成することが求められるようになった︒そのためには︑監査人は︑個別の被監査会社の固有のリスクと
内部統制上のリスクを正確に把握し︑監査上の危険性を最小限度にしたうえで︑監査要点のリスクに応じて監査計
(八六二)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九三同志社法学 六一巻二号 画を立案し︑どの監査要点を集中的に監査すべきで︑どの監査要点は内部統制に依拠すべきかを区別したうえで︑必要かつ十分な監査証拠を収集し︑合理的な監査意見を表明するための心証形成を行う必要がある︒﹂つまり︑本件のナナボシの監査にあたっても︑リスク・アプローチに基づいてナナボシの固有リスクと内部統制上の
リスクを考慮したうえで監査計画を設定すべきであり︑それが﹁通常実施すべき監査手続﹂にあたる︑と説明されている︒﹁リスク・アプローチ﹂に依拠して適切に監査手続を進めることが︑職業専門家としての正当な注意を払った監査
であり︑ひいては会計監査人の財務諸表監査における善管注意義務の履行方法に該当する︑ということを示したものと解することができよう︒
4
リスク・アプローチによる監査手続と会計監査人の善管注意義務リスク・アプローチとは︑本判決が先の引用部分で示すように︑監査リスク︵監査手続を適正に行っても重要な不正
や誤謬を見つけ出せないリスク︶を合理的な範囲にまで低減させる監査手法であり︑一般的には固有リスク︵たとえば
景況︑業界構造︑新たな法律による規制︑労働争議︑資金繰り︑経営者の倫理観など︶と統制リスク︵適正な内部統制を構築しても重要な不正や誤謬を見つけ出せないリスク︶の相互関係から監査項目や監査の具体的深度などを決定する
ものである︒︵つまり︑重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項については重点的に監査の人員や時間を充てることにより︑監査を効果的かつ効率的に実施することが求められる (
る用げ上を果効の大最ていを源資の限有は査監計会︒︶ 14)
べく効率的︑効果的に行うべきであり︑国際的にも通用する監査手法とされており︑平成一七年の監査基準改訂におい
(八六三)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九四同志社法学 六一巻二号ては︑事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチが導入されている︒そこではこれまで以上に会計監査人が被監
査会社の経営リスクの評価を監査に生かすこととされた︒
近時︑監査基準としてリスク・アプローチの手法が導入された理由としては︑会計監査人との関係では監査の実施プロセス自体が計画的︑組織的かつ戦略的になってきたこと︑被監査会社との関係では監査対象企業の大規模化︑企業組
織ならびに企業活動の構造的かつ地理的な複雑化︵多様化︑広域化︶︑そして会計制度との関係では会計判断の専門化︑複雑化︑不確実化︵将来予測など︶などが挙げられる︒そもそも会計監査人による被監査会社のリスク評価とは︑監査
責任者と被監査会社の経営者との人的信頼関係が構築されることを前提として︑属人的な接触のなかで察知されてきたものだと推測される︒しかしながら︑ローテーション制度にみられるように監査人の独立性が強化され︑属人的な接触
は﹁公正な監査﹂を妨げる要因である︑といった意見が社会一般に広まるにつれ︑リスク評価の方法も組織化せざるをえない状況にある︒そこで︑会計監査人︵監査法人︶︑被監査会社︑会計制度︵会計基準︶それぞれの事情をふまえな
がら︑効率的・効果的監査に最適な監査アプローチとしてリスク・アプローチが採用されるに至ったのであり︑その内容についても﹁公正妥当な監査の基準﹂たりうるものとされてきたのである︒
もともとリスク・アプローチは︑日本においては平成三年の監査基準改訂時に導入されたものであるが︑広く浸透することがなかったため︑平成一四年の監査基準改訂時にはリスク・アプローチによる監査手法が徹底︵明確化︶された (
︒ 15)
なお︑本判決において被告監査法人側より﹁平成一〇年三月期ないし平成一三年三月期には︑リスク・アプローチはいまだ浸透していなかった﹂と主張されていたが︑本判決はこの被告側の主張を排斥し︑﹁平成三年の監査基準の改正に
際して︑リスク・アプローチが導入されてから︑本件で問題となった平成一〇年三月期までに七年が経過しており︑リ
(八六四)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九五同志社法学 六一巻二号 スク・アプローチはすでに実務に浸透していたことからすれば︑相当浸透していたといえる︒また︑仮に広く浸透していたとまではいえなくても︑被告自身︑自己の監査マニュアルの作成にあたってはリスク・アプローチを取り入れており︑遅くとも平成一一年三月期にはすでにリスク・アプローチに基づく監査を現に行っていたと認められる︒﹂とされ︑平成一〇年三月期における監査手続においてはリスク・アプローチによって監査をすべきであった︑と結論付けている︒
今後︑会計監査人による粉飾決算の見逃し事例などにおいて︑その法的責任が争われるケースでは︑会計監査人の善管注意義務違反の有無を検討するにあたり︑リスク・アプローチの監査手法が適正にとられていたかどうかが争点とな
るであろうし︑これまで以上に会計監査人の行為規範を示す裁判例も増えていくものと推測されるところである︒
ただし︑リスク・アプローチなる手法が会計監査人の法的責任を論じるための判断基準になりうるとしても︑そもそ
も会計監査の歴史のなかで形成されてきた手法であることについては留意すべきであろう︒つまりリスク・アプローチにいうところの﹁リスク﹂とは︑そもそも会計監査︵財務諸表監査︶の目的から導かれる概念であり︑﹁監査手続を適
正に行っても︑重要な不正や誤謬を見つけ出せないリスク﹂のことを示す概念である︒したがって︑被監査企業のどこにリスクがあり︑そのリスクについてはどのような重要性があるのか︑といった判断については︑﹁一般に公正妥当と
認められる監査の基準﹂に準拠して決定されるものであるから︑広く会計監査人による職業的判断に委ねられるべき事
項である︒また︑本判決も述べているように︑会計監査において不正を発見する目的が副次的なものにすぎない以上は︑リスク・アプローチの﹁リスク﹂とは﹁不正を発見できないリスク﹂そのものを示しているものではない︒この点を裁
判のうえでも明確にしておく必要がある︒︵単に﹁不正を発見できないリスク﹂と捉えると︑粉飾決算が判明した後にいわば﹁後だしジャンケン﹂的に結果責任を問われかねない事態となる可能性がある︒また︑たとえ監査リスクの概念
を十分に理解したとしても︑固有リスクまたは発見リスクの要素となる事実をどのように評価するかについて︑かなり
(八六五)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九六同志社法学 六一巻二号主観的な判断によって結論が左右されることとなる︒︶この点︑リスク・アプローチなる手法が法的責任の判断基準に
なるものとしても︑会計監査人に﹁一般的な注意義務を欠いた﹂ものと認められるケースはかなり限定的にならざるをえないと考える︒
なお︑本判決では被監査会社と監査法人との監査契約に基づく債務不履行責任が争点となっているが︑有価証券報告書の重要な事項について虚偽記載ある場合の会計監査人の第三者責任︵金商法二四条の四︑同法二二条︶が争点とされ るケースにおいても︑会計監査人の﹁過失﹂認定にあたりリスク・アプローチの手法の是非が争点になるものと思われる (
︒ 16)
ここまで﹁会計監査人の法的責任とリスク・アプローチによる監査手続﹂との関係について︑本判決を主たる題材と
して検討してきたが︑それではリスク・アプローチの手法を会計監査人の善管注意義務違反もしくは過失認定の前提となる注意義務違反の判断に活用する場合に︑司法判断の過程でどのような影響を及ぼす可能性があるのか︑次に検討し
たい︒
5
法定監査・任意監査における会計監査人の法的義務法定監査と任意監査の違いによって会計監査人の法的義務にいかなる差異が生じるか︑という問題については二つの整理が可能であるように思われる︒ひとつは従来から議論されているところであるが︑﹁監査契約当事者間において合
意された監査目的﹂に関する議論の整理である︒財務諸表監査としての会計監査は︑あくまでも会計情報に対する監査
(八六六)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九七同志社法学 六一巻二号 ︵一般には﹁情報監査﹂といわれる︶であり︑会計の被写体である取引実態ないし行為の当否の監査︵一般には﹁実態監査﹂といわれる︶ではない︒したがって︑伝統的な財務諸表監査では︑経営者や従業員が犯す不正それ自体を発見する機能については︑あくまでも副次的なものである︑とされてきた︒したがって﹁副次的﹂なものである経営者や従業員の不正発見のための調査については︑法定監査の場合と任意監査の場合とを比較した場合︵当事者の合理的な意思解
釈として︶︑契約目的に含まれているとみることができるのかどうか︑また法定監査と任意監査において差異が生じるのかどうか︑という点である (
︒ 17)
たとえば前出の日本コッパーズ事件第一審判決は任意監査に関するものではあるが︑被監査企業と会計監査人との間においては特別に不正発見目的の合意が認められなくても︑副次的ではあるにせよ﹁従業員の不正行為を防止し︑会社 の損害発生を回避することが契約の目的に含まれること﹂が認定されている︒いっぽう同事件高裁判決 (
お手不正発見を目的とした監査続等きを行う必要はない﹂としてのみ見のの場合﹁不正発込的目合りい使意︑限いなが で査監意任︑は 18)
り︑法定監査の場合と任意監査の場合とでは︑会計監査人の法的義務を論じるにあたり大きな差異が生じるのではないか︑といった疑義が生じている︒ナナボシ事件の事例では︑任意監査の事例ではなく︑金融商品取引法および会社法に
基づく法定監査上の手続きが問題とされているが︑本判決では被告である会計監査人が︑通常実施すべき監査手続きを
行ったかどうかを論じる前提として以下のように述べている︒
か諸あが載記の偽虚に表務と財︑は見発の算決飾粉る疑るのるあでのもるなと象対査い監はに合場るれたもが︒あ ﹁的表諸務財の社会はに次適一第︑は的目の査監計が会にかとこるす査審をかうどるかいてれさ成作に正適つ法
ら︑副次的な目的であるとはいえる︒しかし︑監査人としては︑被監査会社の監査上の危険を正確に検証し︑財務
(八六七)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九八同志社法学 六一巻二号諸表に不自然な兆候が現れた場合は︑不正のおそれも視野に入れて︑慎重な監査を行うべきである︒このことは監
査基準や監査基準委員会報告書においても︑監査人に一般的に要求される職務として︑指摘されており︑平成三年の監査基準の改正により︑リスク・アプローチが導入されたことにより︑より強く監査人の職務として︑要請され
るようになったと解される﹂
本判決では︑会計監査の目的として︑たしかに粉飾決算を指摘する等の不正発見は副次的なものではあるが︑﹁会計監査人は何をすべきか﹂という点を監査指針などに照らして検討したうえで︑不正︵粉飾決算︶の発見も重要な監査人
の職務だと述べているのであり︑特別に﹁法定監査契約﹂と﹁任意監査契約﹂における当事者間の合理的な意思解釈の差異に基づいて︵不正発見を目的とした監査がなされるべきか否かについて︶論じているものではない︒そもそも会計
監査人に不正の発見を期待するのは︑特別に犯罪を摘発してほしい︑ということではない︒︵そもそも犯罪成立要件に該当するか否かを会計監査人の判断に委ねることはその職務を超える要求である︶昨今の監査手続においてリスク・ア
プローチの手法が妥当するということであれば︑﹁不正が行われている可能性﹂を認知した場合には︑さらに深度のある監査手続を行い︑そのうえで最終的な財務計算書類の信頼性に対する意見を表明することであろう︒︵もし不正の疑
いを抱くに至ったのであれば︑監査役や取締役会等にその不正の疑いを報告すれば足りるはずである︶つまり本判決が述べるように︑監査の手法としてリスク・アプローチの手法が主流となる場合には︑もはや監査契約の目的のみから不
正発見のための会計監査人の責任が導かれるものではなく︑﹁会計監査人が何をなすべきか﹂という点を捉えて監査人の職務を検討する必要がある︒このことは︑法定監査と任意監査を区別して﹁不正発見目的の有無﹂を検討することが︑
とくに会計監査人の法的義務を論じるにあたり︑重要な争点にはならないことを改めて示したものといえそうである (
︒ 19)
(八六八)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
三九九同志社法学 六一巻二号 もうひとつの整理すべき問題は︑任意監査と法定監査においては︑会計監査人の︵監査上の心証形成としての︶保証レベルに差異が生じうるのであるから︑粉飾決算を発見すべき注意義務においても︑その法的評価につき差異が生じるのではないか︑という点である︒たとえば金融商品取引法上の制度として二〇〇八年四月より施行された四半期報告書について︑金融商品取引所に上場している有価証券の発行者である会社は︑四半期ごとにこれを提出しなければならな
いが︵金融商品取引法第二四条の四の七第一項前段︶︑これに含まれる四半期財務諸表等︵四半期財務諸表または四半期連結財務諸表︶は︑有価証券報告書に含まれる財務諸表と同様に公認会計士等の監査証明の対象となる︵金融商品取
引法第一九三条の二第一項︶が︑四半期財務諸表に対する監査表明は︑財務諸表に対する監査証明とは異なり︑四半期レビュー基準および実務指針に基づいた﹁四半期レビュー報告書﹂の作成によるものとされている︒︵財務諸表等の監
査証明に関する内閣府令第三条第一項︶そして企業会計審議会が公表している﹁四半期レビュー基準﹂によれば︑四半期レビューの目的は四半期財務諸表の適正性に関する消極的形式による結論の表明で足りる︑とされているのである (
︵監 20)
査証明内閣府令第三条第三項参照︶︒つまりたとえ法定監査でも︑比較的短時間のうちに検証結果を開示しなければならないという四半期報告制度の趣旨を考慮して会計監査人の意見表明においては︑財務諸表の適正性に関する心証形成
のレベルに差を認めているわけであるから︑任意監査の場合にはさらに心証形成のレベルに差を設けるのも当然ではな
いか︑とも考えうるところである︒こういった考え方を前提とするならば︑任意監査と法定監査では粉飾を見逃した場合の会計監査人の法的義務を論じるにあたり︑差異が生じうるようにも思われる︒この点について︑被告トーマツ側か
ら﹁監査には様々な限界がある﹂との反論がなされていたことについて︑本判決は
﹁らしているのであるか︑を強制的な捜査権限はな有限任上意監査と異なり︑商法の権会計監査人は法令上のく
(八六九)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇〇同志社法学 六一巻二号とも︑監査意見の表明のために必要な監査証拠の収集の権限はあるといえる︒そして︑必要な監査資料の提供を受
けられないような場合は︑被監査対象会社の対応を疑い︑監査意見の表明を差し控えるという手段もとりうる﹂
との意見を述べており︑任意監査の場合と法定監査の場合では︑不正発見に向けた注意義務︵および注意義務の履行としての監査手法︶には差異があることを認めているようにも見受けられる︒
しかしながら︑財務諸表監査においてリスク・アプローチの手法が採用され︑会計監査人が﹁財務諸表が適正に表示されていると認める﹂とする意見を表明するための心証形成が消極的形式による意見の積み重ねによって行われるに至
った現状からすれば︑四半期レビューであれ︑財務諸表監査であれ︑スタートは﹁どこに監査リスクがあるか﹂という点であることに変わりはない︒また︑任意監査においても︑利害関係人への開示が予定されているものである以上︑監
査手法に大きな差異は一般的には認められるところではないであろう (
︒ 21)
また︑任意監査においても︑法定監査においても︑その結果として表明される職業会計人の意見については︑当該意
見が会計専門職としての高い知見に基づいて出されたがゆえに︑監査結果に利害関係を有する者からの信頼を得るものであり︑監査意見の表明が︑任意の契約に基づくものなのか︑法令によって職業会計人の監査を受ける必要からなのか︑
という点で意見の信頼性に差異が生じるわけではない (
意監場上﹁の社会査被止が向意の人査監計廃﹂うう任︑にえゆがるりとあがとこくつび結会いをと﹂いなし明表見意正 決定のい本判たにかした︑よう監うに︑法︒査の場合には﹁適ま 22)
監査と比較して被監査会社の調査協力が得やすい面はあるが︑そのことが任意監査と法定監査との間で法的な注意義務のレベルの差を区別する理由にはならないと思われる︒たしかに監査契約は会計監査人と被監査会社との間で締結され
るものではあるが︑﹁監査﹂が誰のために行われるのか︑という視点を今一度確認しておく必要があろう︒
(八七〇)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇一同志社法学 六一巻二号
6
会計監査人の不正発見義務と善管注意義務の関係これまで会計監査人による会計不正の発見に関する職責は︑おもに会計監査の目的を議論するところから説明されることが多かった (
に財第一次的には会社の務的諸表が適法かつ適正は目用の判決も︑すでに引し︒たように︑会計監査本 23)
作成されているかを審査することにあるが︑副次的な目的にせよ︑粉飾決算発見のための監査も必要として︑平成三年の監査基準改訂後リスク・アプローチが導入されたことにも触れている︒そこでは︑﹁不正のおそれも視野にいれて︑
慎重な監査を行うべきである﹂として︑会計監査人の不正発見に関する職責の大きさを説明している︒
また︑会計学の世界においても︑古くから不正の発見が会計監査の重要な役割であったことは当然のこととされてい たのであり︑社会的にも不正発見は会計監査人に期待されてきたことは否めない事実であろう (
︒ 24)
それでは︑会計不正の発見が会計監査人にとっての大きな職責であるとしても︑リスク・アプローチが導入されたこ
とを根拠としてそこから会計監査人の善管注意義務とは別に﹁不正発見義務﹂なる法的義務が導かれるのであろうか︒近時︑不正会計事件が頻発していることや︑会計監査人が﹁粉飾見逃し﹂に関する法的責任を追及される事案が増える
にしたがって︑そもそも会計監査人には法的にも不正を発見すべき義務があるのではないか︑といった議論が一部でみ
うけられるところである︒とくに近時の金融商品取引法の改正によって﹁不正・違法行為発見時における通知・申出制度﹂が導入されたこと︵金融商品取引法一九三条の三︶を根拠として︑これまでの公認会計士の職責には法的にも変化
を認めるべきではないか︑との意見もある (
︒ 25)
しかしながら︑リスク・アプローチが採用されたからといって︑もしくは︑金商法一九三条の三が新設されたからと
いってそこから会計監査人の不正発見義務が法的に導かれるかどうかは十分に検討しなければならない︒先の五でも述
(八七一)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇二同志社法学 六一巻二号べたとおり︑リスク・アプローチはあくまでも﹁財務報告に重大な影響を及ぼすようなリスク﹂の発見を目的とするも
のであり︑不正もしくは違法行為を探し出すものではない︒最終の目的は︑あくまでも職業会計人としての﹁一定水準のレベル﹂に到達した監査意見の表明にある︒つまり財務諸表や計算書類の真実性についての﹁一定レベル﹂の確から
しさを判定するために﹁危険の兆候﹂を見つけ出すものであって︑すでに発生している不正もしくは違法行為を証拠によって発見することではないからである︒なお︑金融商品取引法一九三条の三においては︑公認会計士又は監査法人が
被監査対象会社に対して通知︵もしくは内閣総理大臣に対して申出︶すべき発見事実として﹁特定発行者における法令に違反する事実その他の財務計算に関する書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれのある事実﹂と規定しており︑こ
の﹁おそれ﹂の解釈次第では商品偽装や独占禁止法違反等の事実についても報告すべき事実ではないか︑との疑問も呈されるところである︒しかし本来企業業績に影響を及ぼすような企業不祥事の予防および発見については監査役の職責
に属するものであり︑またそのような不祥事発見の職務については会計専門職としての知識︑経験をもって対応できるものではないため︑あくまでも公認会計士又は監査法人が︑財務書類の適正性確保に影響を及ぼすリスクを判定できる
ような不正︑違法行為に限定されるというべきである (
な﹁﹂務義見発正不な生た新に個別はと務がじ意をうよいなさ逃見正る不︑くなはでのも義注監管善の上務業査︑はて らわば︑るなのえ考にうよ計会る監査に携︒会計監査人についこ 26)
猜疑心をもって慎重に監査手続を履行する義務についても善管注意義務の判断において検討すべき問題のひとつとして捉えるのが適切であろう︒
(八七二)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇三同志社法学 六一巻二号
7
内部統制報告制度と会計監査人の法的責任平成一八年改正による金融商品取引法︵平成一八年六月一四日法律第六五号︶第二四条の四の四は︑金融商品取引所に上場されている有価証券を発行する会社︑その他政令で定める会社において︑事業年度ごとに当該会社の属する企業
集団および当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要なものとして︑内閣府令に定めるところにより評価した報告書︵いわゆる内部統制報告書︶を有価証券報告書と併せて提出しなければならない︑
と規定している︒世間では一般に﹁J︱SOX﹂と称されている制度であるが︑この内部統制報告制度は︑二〇〇八年四月一日以降に新たに開始される事業年度より︑すべての上場会社に適用が強制されるものであり︑上場会社の経営者
は一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準に準拠して︑自社における財務計算の適正性確保のための内部統制の有効性について判断し︑これを報告する︒また財務諸表監査を担当する同一の会計監査人は︑内部統制報告書におけ
る経営者の報告結果について︑一般に公正妥当と認められる内部統制監査の基準に準拠して︑経営者評価結果の適正性について監査することとなる︒
これまでも会計監査人が財務諸表監査を実施するについては︑内部統制の充実度についての検討はなされてきた︒たとえばリスク・アプローチが導入される前の監査手続においても試査の範囲を決定するためには︑被監査会社の内部統 制組織を十分に勘案したうえで決定する必要があるとされ︑具体的にはチェックリスト方式によって内部統制組織の充実度を評価するのが基本であった (
お査においては︑﹁監人たは監査の実施に後れアさた︑リスク・プ︒ローチが導入ま 27)
いて︑内部統制を含む︑企業及び企業環境を理解し︑これらに内在する事業上のリスク等が財務諸表に重要な虚偽の表
(八七三)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇四同志社法学 六一巻二号示をもたらす可能性を考慮しなければならない﹂と監査基準︵一 基本原則二︶で定められている︒また平成一四年の
監査基準改訂に関する監査基準前文においては以下のように記されている︒
のなはてしと人査監︒ると企鍵の否成の査監は価評︑業クな成形見意︑はに合場いいにてれさ備整が制統部内のス ﹁すチーロプア︑合場る用構採をチーロプア・クスをリリと制統もでかな︑がるな要す肝が価評のクスリ各る成
合理的な基礎を得ることが著しく困難なものとなる︒したがって︑企業としても︑効果的かつ効率的な監査を受けるためには内部統制の充実を図ることが欠かせないこととなる︒十分かつ適切に内部統制が運用されている企業に
ついては︑利用しうる範囲において内部監査との連携等も考慮して︑一層の効果的かつ効率的な監査が行われることが期待される﹂
つまり︑会計監査における内部統制の意義は︑その有効性の評価自体を監査要点とするのではなく︑リスク・アプロ ーチと同様︑その整備と運用における不備もしくは欠陥を重要なリスク事項︵統制リスク︶とみなし︑これを判断基準として監査要点ごとの監査手続の範囲の決定や方法の選択に寄与させるところに存在している (
︒ 28)
本判決においても︑被告監査法人が﹁通常実施すべき監査手続﹂を行ったかどうか︑を判断するについてリスク・アプローチの手法によりナナボシの内部統制を検証しており︑そのうえで被監査会社の監査リスクの設定レベルについて 判示している (
︒ 29)
このようにリスク・アプローチが採用されたことと︑内部統制リスクを検証することとはこれまでも親和性が認めら
れてきたのであり︑今後も会計監査人が内部統制リスクをどのように検証し︑監査計画や監査手続に活かしていたのか︑
(八七四)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇五同志社法学 六一巻二号 という点が会計監査人の法的責任を論じる場面においても想定されるところであるが︑二〇〇八年四月に施行された内部統制報告制度︵経営者による内部統制の評価報告︑内部統制監査人による監査︶は︑こと会計監査人の粉飾決算の見逃し事例のような場面においてはいかなる影響を与えるのであろうか︒とりわけ内部統制報告書の内容は適正であるとする意見を表明した後で︑粉飾決算が発覚したような場合である︒
まず︑この問題は二つに区別して検討する必要があろう︒ ひとつは︑内部統制監査を実施する会計監査人が粉飾を見逃したことは︑内部統制監査上の善管注意義務︵もしくは過失︶の判定問題と考えるべきである︑とするものである︒そしてもうひとつは︑財務諸表監査上の善管注意義務︵も
しくは過失︶を判断するにあたり︑内部統制監査報告書の内容を斟酌して考えるべきである︑とするものである︒内部統制報告制度が金融庁主導のもと︑会計不正を防止する趣旨で策定されたことを重視するのであれば︑会計監査人の粉
飾見逃しの事例などにおいては︑まさに内部統制監査上の注意義務違反の有無を検討すべきようにも思われる︒
しかし実際に会計不正事件が発覚し︑会計監査人の﹁粉飾見逃し﹂に関する責任が問われるような場面において︑適
正意見を表明した当該会計監査人に﹁内部統制監査上のミス﹂を認定することはかなり困難が伴うものと思われる︒な
ぜなら︑金融商品取引法上の内部統制報告制度においては︑いわゆるダイレクトレポーティングが採用されておらず (
容経制そのものではなくて︑営部者の作成した報告書の内統内あは部統制監査人が適正でるとして意見を表明するの内 ︑ 30)
︵経営者意見︶に関するものだからである︒一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準に準拠して︑はたして被監査会社の内部統制が有効と認められるのかどうか︑監査人は自由に証拠を入手して判断することはできない︒そのよ
うな立場にある内部統制監査人について︑被監査会社の粉飾を見抜けなかったからいって内部統制監査上の法的な責任
(八七五)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇六同志社法学 六一巻二号を追及することは困難である︒ましてや︑内部統制報告制度における﹁重要な欠陥﹂については﹁財務報告の有効性を
保持するために是正すべき重大な課題﹂ととらえることが一般的であるため︑過去の粉飾を見逃したことと︑重要な欠陥の判断とは直接的には結び付かないものと思われる︒
そこで︑もうひとつの考え方は︑財務諸表監査を行うにあたっての会計監査人の善管注意義務違反︵もしくは過失︶
の有無を検討するにあたり︑内部統制報告制度における内部統制報告書︵経営者評価︶や内部統制監査報告書︵監査人監査︶の作成過程を判断資料のひとつとする方法である︒こういった方法に対しては︑そもそも内部統制報告制度が導
入された経緯からすれば︑経営者が関与するような会計不正事件が発生したような場合︑統制環境を十分検証できなかった内部統制監査にこそ大きな問題があったのではないか︑といった批判が高まることが考えられる︒また︑内部統制
報告制度が導入される以前においても︑財務諸表監査を行うにあたり︑会計監査人は被監査対象会社の内部統制を検証していたのであるから︑独立して内部統制監査自体の法的責任を問わなければ無意味ではないか︑といった批判が考え
られる︒
しかし︑米国SOX法上の内部統制監査とは異なり︑わが国における内部統制報告制度は︑財務諸表監査を行う会計
監査人が︑原則として内部統制監査も担当することとされていることや︑すでに開始された内部統制報告実務をみると︑被監査対象会社と内部統制監査人とは︑内部統制監査の対象範囲の決定や︑評価項目の決定︵どの勘定科目の業務プロ
セスを評価するか等︶︑経営者評価のための記録の保存など︑被監査対象会社の内部統制上の問題点を共有しながら進めていることから︑内部統制監査人としては︑常に財務諸表監査における一定水準レベルの監査証明業務を意識しなが
ら内部統制監査業務に従事している︒したがって︑会計監査人の法的義務︵善管注意義務違反︶の有無を検討するにあ
(八七六)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇七同志社法学 六一巻二号 たっても︑財務諸表監査において通常実施すべき監査手続が行われていたのかどうか︑といった判断のなかで︑内部統制報告制度上の実務手続を考慮することが妥当である︒本判決では︑平成一〇年三月期から同一三年三月期までに行われた被告監査法人による監査業務を詳細に検討したうえで︑同一三年三月期の監査業務のみ︑リスク・アプローチの観点から﹁通常実施すべき監査手続﹂を満たしているも
のとはいえない︵つまり被告の監査手続に過失が認められる︶としており︑同一〇年三月期から同一二年三月期の監査業務については﹁リスク・アプローチの観点に立っても追加監査手続をとるべきであったとはいえない﹂としている︒
たとえばナナボシの工事代金の﹁実在性﹂を検討するにあたり︑代金支払延滞の金額の大きさや延滞期間の長さ︑遅延代金の一部回収の事実等を考慮したうえで︑平成一二年三月期までは︑被告監査法人には追加監査手続の必要性までは
認められないとしている︒しかし子細に判決内容を検討してみると︑平成一三年三月期の被告監査法人の監査業務に過失を認めた理由として︑たび重なる工事代金の入金遅れについては﹁公共工事でありながら﹂何度も入金が遅れている
ことを問題にしており︑また被告監査法人の担当社員が︑もっと早期に現場調査をすべきであったとは断定しておらず︑たまたま現場調査で発見した事実をもとに追加監査手続の必要性を認めていることがわかる︒今後の内部統制報告制度
が導入されたうえでのリスク・アプローチによる監査手続を念頭に置くのであれば︑たとえば﹁売掛金の実在性に関す
るリスク﹂を企業および会計監査人がどのように評価して︑どのような内部統制システムを採用していたのか︑たとえば公共工事代金の実在性についてはどうか︑そのリスクを低減するための内部統制システムはどのようなものが整備さ
れていたのか︑そしてまた運用評価はどのようになされていたのか︑という視点から︑まず問題を整理することが考えられる︒すると︑たとえば公共工事でありながら入金が遅延している︑という事実があれば︑たとえ回収が一部確認さ
れたとしても︑平成一〇年三月期当時から大きなリスクとして把握すべきであった︑とみる余地もあり︑また内部統制
(八七七)
会計監査人の法的責任と司法判断のあり方
四〇八同志社法学 六一巻二号システムの運用評価に関する内部統制監査人によるテストの一環として︑売上への影響の大きな工事現場における運用
評価︵経営者評価︶の確認の必要性も認められた可能性がある︒したがって︑内部統制報告制度の実施状況を財務諸表監査上の善管注意義務違反︵過失︶の有無を検討するにあたって考慮するという手法も︑決して無意味ではないと考え
られる︒
8
むすびリスク・アプローチなる概念は︑会計監査人が限られた監査資源のなかで︑いかに効率的に監査手続を実施するか︑といった点が強調されるきらいがあるが︑それだけが目的ではない︒むしろ︑一定の監査水準の証明業務を会計監査人
が確実に行うために︑被監査対象会社における﹁重要な虚偽記載リスク﹂を判定したうえで︑どれだけの監査資源をどこに投入すべきかを適切に把握することが重要である︒もちろん︑あまりに厳格な監査を求めることは︑一方において
被監査対象会社の監査報酬額を高額なものとするおそれがあるが︑だからといって︑一定の監査レベルを確保できない監査手続が容認されることや︑また安易に内部統制の限界論を持ち出すことは許されないというべきである︒適正な監
査報酬によって︑いかにリスク・アプローチによる適正な監査手続を実現するか︑という課題については︑会計監査人と会社内のモニタリング部門との役割分担︑たとえば内部統制報告制度の実務を通じて︑会計監査人と監査役との連携
と協調︑また会計監査人と社内の内部監査室との連携に︑その解決方を求めることになろう︒これらの問題については今後の課題としたい︒
(八七八)