トランセンデンタリズム研究の 近年の傾向について
後藤昭次 この翰告は,ここ10年ほどの間にアメリカの研究誌に発表された研究論文を紹 介したから,アメリカのトランセンデンクリズム研究か,これまでの研究業績をふ まえながら今日どのような状況にあるのか,どのような方向を目指そうとしている のか,といった事を考えようとしたものである。しかし,その事を考えるに当って さえ,今日のアメリカ人にとって,一世紀以上も前のニューインクラント・の一地方 に開花した思想が何であるのかという問題を抜きにしては考える事はできないてあ ろう。今日のアメリカ人にとってのみならず,トランセンデンクリズムに関心をい だいて研究している私たちにとっても,それはいう迄もなく肝要な問題であり,私 もこの報告を準僻している間,たえず考え続けた事ではあったか,この栽告ではそ の点は必ずしも十分に論じられてはいない。その問題は,大事な問題であるだけに,
単行本などの形で出版された業績を主体として雑誌論文を併せ見るべきであり,雑 誌論文のみを紹介する目的で書かれた本報告では,問題をその点にまで及ぼすのは かえって不都合であろうと考えたからである。必要と思われる場合に限ってのみ単 行本に多少言及するにとどめた。
この報告を書くに当っての次の問題は,すべての論文を読み且つ紹介することか できないとすれば,どのような基準で,どのような論文を紹介するかという事であ った。論文として秀れているものだけを取り上げるというのも一つの方法であろう し,年毎に重要なあの一ないし二篇ずつという選び方もあろうし,トランセンテン タリストー人につき一篇ずつという紹介も考えられなくはない。しかし,必要な雑 誌のすべてか入手できた訳ではなかったので,上のいずれか一つの方法に徹底する ことかできないと分った時,私が本報告でとった方法は,できるかぎり年毎に ̄篇 以上を取りあげ,雑誌の種類やテーマに片寄り過ぎることなく,しかも,できるだ け多くのトランセンデンクリストに関する論文を紹介するということに落着くこと になった。私はもちろん,この方法に十分満足している訳ではない。もっと筋の通 った方法に徹底すべきであったとも考えるのだが,そのためには今回入手できなか ったものも含めて論じる必要があるのだから,それは次の機会を待つこととし,今 はただ,これまでマイナーとして片付けられ殆どかえりみられることのなかった卜
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ランセンデンクリストたちの中に再考の価値あるものがありはしないかという年来 の疑念がこのような方法を私にとらしむる結果になったことを一言いい添えて,以 下に,年を追って報告してみたいと,思う。
D・qordonRohman, 〃ThoreauosTranBcendenta1Steward-
Bhip",mmerBonSocietyQuarter1y,44(1966),72-7zはソ
-ロウが,自分の仕事なり義務なりを隣人たちに弁護したいという気持ちを強く持 っていたという点に注目して,その面からソーロウおよび同時代精神の特質を考え ようとした論文である。
筆者のローマンによると,運動としてのトランセンデンタリズムの挫折の原因は,
個人的良心と社会的良心を結合できなかったことで,多くのトランセンデンクリス トたちか非妥協的な「自己教養」を求め,一般の人たちからは「非常に利己的な」
人たちと見られていたことはソーロウのことばにも見えている。そこでエマソンは 大衆の中に入り込んでゆくことを求めたし,プラウンソンも,大衆に訴えるために は大衆に共感する必要かあるから「そのような禁欲主義」はよくたいといい,ソー
ロウもまた「偉大な意味における世界の良き市民」たることを求めた。
しかしソーロウのゆき方はエマソンともプラウンソンとも違って,超越的な自侍 の理念によるものであった。キリスト教的な職業観を復活せしめることによって良 き市民の意味を訴えようとした。
ソーロウは一方では,「できるだけ自由に,関わり合いを持たずに生きたい」と 考えなから'他方では「時代を改善し」たいとも考えた。彼は魂を求めてさすらう だけの単なるロマン主義者ではなかった。そのうえ,ピュリタニズムの影響の強い 社会では,労働は絶対の必要で,宗教は世間を捨てることによってではなく,世間 を聖化することによって成立した。宗教と世間的事業は対立せず,シーザに返すこ とは神に返すことであった。労働は禁欲的な修養でもあり,精神的目標ともなった。
ソーロウもまた,自分の仕事か人類にとって祝福となるような全的生活を求め,仕 事は高度の意味における修養であって,〃Wユュユit(work)notrather
beeユevatingaeaユadder,themeanBbywhichweare traneユated?〃と云う。ここに”ユadder"という興味深い語か使われてい るのだが,これは義務や労働についての観念の変遷を暗示しているのである。
職業をネ甲聖視した初期プロテンクの考え方はジョン・コットンの〃TheOhrie-
tianOaming〃に良く現わされていて,ここにはソーロウの考えに一脈通ずる もののあることを読取とることかできる。ソーロウは絶えず,自分の生命に課され た”errand”あるいは”thechie盃end"を問い続け,〃theBmpユe
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ユi宝e”あるいは”theob11gationtoobeythehigheBtdiotate〃
を求めた。
だが,ここにも問題はあった。それをヘッジのことばでいえば,”adwe11er intheduBt〃と〃adenizenofthat1andwherea11truth andbeautyBpring”とのギャップである。ソーロウもまたこの問題を意識し てはいた。対立するかに見える二者を結合するものは「神と人間につかえるものだ」
といったコットンはすでにこの問題を解決していた。やがて日記の中に”エmuBt notbemyeeユで,butqodoBwork,andthatiBa1wayBgood”
と書く時,ソーロウもまたコットンの意識に近かった。しかもソーロウの中には,
宇宙や物質のすべてを神聖化するものがあって,Waユdenには自然に対する神聖 なアプローチか随所に見られ,ウォルテンに浴することは「宗教的な経験」てある とも書かれている。といっても,ソーロウはキリスト教の来世観にまで共鳴してい たのでは決してない。ソーロウにとって成功とは,あの世でではなく,この世の生 に花を咲かせることであって,〃ahigher,purerdedicationtoユ並e〃
にこそ,それはあった。そして,彼の生活を利己的と評した町の人たちに対する答 も,その中に含まれていた。それはまたソーロウの,ニュー・イングランド・プロ テスクンテイズムに対する挑戦でもあった。その意味でソーロウは同時代における 倫理上の反逆者であり,その限りにおいて社会的反逆者として耐えてゆく他はなか
った。
以上のようにソーロウの義務観をピューリタンの職業観と考え併せているところ か,この論の特徴といえるかも知れない。ピューリタンの職業鰯が具体的にトラン センデンクリスト達によって,どのように受け継がれたかは確かに興味深い問題の ように思われる。しかしそれを十分に論じた研究は,今のところないようである。
JohnB・Wi1Bon,〃AFa11enエdo1o笠theTranscendenta-
ユユBtB:BarondeCIerando〃,OomparativeLiterature,19
ク(1967),554~540
1850年にmizabethPeabodyは,BaronJoBephMoriedeGe-
夕rando,Deperfectionementmoraユ(1824)を翻訳・出版している。
また,その二年後には同じ著者のLeViBi℃eurdupauvre(1820)を抄訳 出版している。Peabodyかこの著者のものを知ったのは,WiユユiamEユユery
Ohannmgを通しであったという。この二つの翻訳書を当時,書評したジョージ.
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リブ゜リーは,このフランスの哲学者を「強力なドイツ,思想家たち」の先駆といって
ク ク
いる。同じ頃,エマソンもC}erandoの且isUoirecomparEledeBByB七emes dephユユoBophiereユativrementauxprユncユpedeBconnaユBBanceB humaineB(1804)を読んで,涕二のベーコンを期待していた。エマソンが自 然の中に発展的な過程のあることを学んだのも,この著者のものを読んでからだと いわれている。0.B・Frothingham,TranBcendentaユユBminNew
mngユand(1876)でも,たいていのトランセンデンクリストたちは恐らく
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MadamedeStaeユやCIerandoを通してドイツ哲学を学んでいたようだと指 摘されている。ジョージ・リプリーーは,Gerandoが哲学を見事にポピュラーに語
夕っていること,人間性を喝破し,ドイツ哲学を基礎としていることなどを語り,折 衷主義の四ツ原理theexiBtenceo定deity,thefreeagencyo至
man,immOrtaユity,man1BvOCatiOntOmOraユPrOgreBBを支持し
ている。
WiユユiammユユeryOhanningか1858年にボストンで行なった講演
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