共 同研究 「 道徳性の発達 について」
これは 「道徳性の発達」 に関す る文献的な研 究である。
道徳性の発達 とい うものは一般 に,認知能力 の発 達 に比べ て研 究 しづ らい性 質 を もってい る。道徳 は大 きく文化の影響 を受ける。 しか も, 道徳性 と言 った場合で も,その中味が何 を指す か,論者 によって大 き く異 なる。戦前,波多野 完治が ピアジェの道徳発達研究である 『子 ども の道徳判 断』 の全面 的 な紹介 を断念 したのは, ピアジェの合理性の道徳が当時の 日本社会批判 になるとい う理 由か らであったのは,道徳研究 が文化の影響 を受 けることの象徴 である。道徳 性 とい うものが, この ように客観的な性質 をも った もの として特定 しに くい こと, こjlが道徳 研 究の難 しさの一つである。 この ことに も関連 す るが,同 じ時代 同 じ文化 に所属 していて も, 道徳 とい う言葉で何 を思い浮かべ るかは,研究 者 によって必ず しも一致す る ものではない。論 理的に言 えば,道徳性 とい うものは,その内包 も確定 しなければ,その外延 も明確 でない とこ ろがある, とい うことである。
したが って, これ まで道徳性 の発達 に関 して 実験的方法で なされた研究 はあま りない。 ピア ジェをその例外 の代表者 と呼ぶべ きか もしれな い。 しか し彼 の場合で も,認知能力の発達研究 を主 とした彼 の発達研究全体 か ら見れば,道徳 性発達の研究 はその初期 に限 られたある意味傍 流的研究 と言 って もあながち過言ではない。
共 同研究 とは言 うものの,対象 を共通 に した 実験研 究ではないため, ここに載せ る2本 の論
関口 昌秀
文 は,それぞれ相対 的 に独立 した個人論文 とい う形 を取 っている。
須川論文 「フロイ トにおける道徳性発達の論 理‑ エデ ィプス ・コンプ レックス概念 の検討 を中心 に」 は,今 日の道徳理論 に大 きな影響 を 与 えている精神分析学の創始者 フロイ トにおけ る 「道徳性 の起源」 を説明す るエデ ィプス ・コ ンプ レックス概念 を,今 日的な立場か ら原理論 的に再検討 しようとす るものである。
拙稿 「ピアジェ理論 における道徳性発達 の論 理‑ 道徳性 の発 達 と社 会形成 の ため の ノー ト」 は, ピアジェが 『子 どもの道徳判断』 にま とめた道徳性発達の論理 を原文 に即 してで きる だけ丁寧 に理解 しようとした ものである。
フロイ トの精神分析学 とピアジェの発達理論 は現代 の道徳発達理論 の2大潮流 と言 えるほ ど の立場 にいる。 ピアジェの道徳理論 に関 しては ともか く,精神 分析学 に関 しては,精神 医学 だ けでな く,文化 人類学や社会学 などきわめて多 方面か ら,フロイ トに対す る厳 しい批判 を含め, これ まで数多 くの文献批判的研 究が な されて き た。 しか し,その ことによって教育学的な批判 検討の意味がな くなる とい うものではない。 む しろ,つねにその時の時代性 によって読み披 か れていかなければな らない。 ここに文献研究の 意味があるだろう。
共 同研 究者の須川公央氏 は,2001年3月 に本 学理学部化学科 を卒業 し,現在 ,東京大学大学 院教育学研 究科博士課程 に在籍 している若手 の 教育研究者である。