広報こおりやま/2008.9
東北のウィーンと呼ばれるまでにまちを変えた音楽によるまちづくり。
そのような中、昭和 49 年に7万人を超える人々が集まった伝説の
ワンステップフェスティバルロックコンサートが…。
音楽に情熱を注ぎ込んできた全ての人々の思いを受け継ぎ、音楽都市
宣言をした郡山。
そして今、新たなステージへ…
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
①会場を埋め尽くす観客にサディスティック・ミカ・バンドも大興奮! ②ホーンセクション(管楽器)の演奏が光るエディ藩&オリエント・エクスプレス ③観客も総立ちでノリノリ!れ、いつしか伝説と言われるように なった市民によるイベントが、 34年 前の1974年(昭和 49年)の夏、 郡山市で開催されました。それが、 ワンステップフェスティバルです。 ワ ン ス テ ッ プ フ ェ ス テ ィ バ ル は 、 「 街 に 緑 を ! 若 者 に 広 場 を ! そ し て 大 き な 夢 を ! 」 を テ ー マ に 、 7 月 31日 か ら 8 月 10日 ま で 、 開 成 山 公 園 を 中 心 に 開 催 さ れ ま し た 。 記 念 式 典 、 清 掃 活 動 、 日 本 の 祭 り 、 子 ど も の 祭 り … 。 中 で も 、 8 月 4 日 と 5 日 、 8 日 か ら 10日 に 開 成 山 陸 上 競 技 場 を 舞 台 と し た 、 当 時 の 日 本 で は 最 大 規 模 と な る 野 外 ロ ッ ク コ ン サ ー ト に は 、 5 日 間 で 7 万 人 を 超 え る 人 々 が 集 ま り ま し た 。 この企画・運営を担ったのは、 20 代や 30代の地元の若者たち。その中 心にいたのが佐藤三郎さんでした。 しかし、全国的にもコンサート自 体の開催数が少ない中で進められた ロックコンサート。ボランティア、 ロックイベンター、 40組を超える出 演者の無償協力、そして本人自らが 「縁の下の力持ちだった。」と話す 内田裕也さん。関係者全員が、フェ スティバルへの夢を思い描いていな ければ、実現は難しかったと三郎さ んは言います。 東北のウィーンと呼ばれ、音楽都 市へと歩み続けてきた郡山。戦前か ら既に郡山には小学校にブラスバン ドがあったり、一般の方が軽音楽の バンドを組んだりと、さまざまな音 楽の素地がありました。戦後、特に 昭和 29年に行われた国鉄郡山工場大 食堂でのNHK交響楽団公演を皮切 りに、市民主導の文化誘致運動が行 政をも巻き込み、音楽によるまちづ くりが大きなうねりとなりました。 この動きが全国的に話題となり、 東北のウィーンと呼ばれるようにな った郡山。今日まで音楽とまちを愛 する多くの人々の活動が築き上げて きたこの「音楽都市こおりやま」を 未来へつなぐため、今年3月 24日、 郡山市は音楽都市を宣言しました。 しかし、これまで歴史の中に埋も
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
出演アーティスト
出演アーティスト
出演アーティスト
※出演順 【参考】「別冊宝島 ロックファイル vol.6」 (1989 年 10 月発行 ) ▼神無月 ▼サンハウス ▼陳信輝グループ ▼イエロー ▼ウェスト・ロード・ブルース・バンド ▼トランザム ▼クリス・クリストファーソン &リタ・クーリッジ ▼沢田研二&井上堯之バンド ▼ダウン・タウン・ブギウギ・バンド ▼つのだひろ&スペース・バンド ▼あんぜんバンド ▼エディ藩&オリエント・エクスプレス ▼クリエイション ▼四人囃子 ▼南正人 ▼異邦人 ▼南無 ▼外道 ▼シュガー・ベイブ ▼センチメンタル・シティー・ロマンス ▼はちみつぱい ▼ミッキー吉野グループ ▼デイブ平尾&ゴールデン・カップス ▼めんたんぴん ▼寺田十三夫と信天翁 ▼VSOP ▼ラブ ▼ブルース・ハウス・ブルース・バンド ▼グレープジャム ▼宿屋の飯盛り ▼上田正樹&サウス・トゥ・サウス ▼かまやつひろし&オレンジ ▼オリジナル・ディラン ▼宮下フミオ ( ファーラウト・ファミリー・バンド?) ▼サディスティック・ミカ・バンド ▼内田裕也&1815 ロックンロール・バンド ( クリエイション ) ▼キャロル ▼ヨーコ・オノ&プラスティック・ オノ・スーパー・バンド 74年8 月4 日 74年8 月5 日 74年8 月8 日 74年8 月9 日 74年8 月 10日 シャンパンシャワーで はじける沢田研二さん ド派手な演奏の外道歴
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広報こおりやま/2008.9 フェスティバルが近づくにつれ、 まちには、長髪、Tシャツにベルボ トム姿の若者が増えてきました。花 火の打ち上げとともに始まったフェ ス テ ィ バ ル 。 開 成 山 陸 上 競 技 場 で は、 竿 か ん と う 燈 祭りや、傘踊りなどの日本 の祭りが行われ、外の広場では、動 物の着ぐるみと遊ぶ親子連れの姿も ありました。当時、屋根のなかった 野外音楽堂でも演奏が行われ、音楽 を楽しむ人々が大勢いました。 そ の こ ろ 、 メ イ ン イ ベ ン ト と な る ロ ッ ク コ ン サ ー ト の ス テ ー ジ も 次 第 に そ の 姿 を 表 し 始 め て い ま し た 。 今 で は 、 屋 外 コ ン サ ー ト ス テ ー ジ の 機 材 も 小 型 化 が 進 ん で い ま す が 、 当 時 は 、 今 と は 比 較 に な ら な い 大 き さ 。 し か し 、 真 夏 の 炎 天 下 の 中 で の ス テ ー ジ 設 置 の 大 変 さ も 苦 に な ら な い ほ ど 、 ス タッフはこのイベントに興奮してい たといいます。 そして、ついにきたコンサートの 日、開成山には長蛇の列ができてい ました。オープンと同時に、ステー ジに向かって走る人々。大好きなバ ンドがお目当てなのか、それとも初 めて目の当たりにする音楽を最前列 で見ようとしているのか。コンサー ト会場には、数え切れないほどの人 が 押 し 寄 せ ま し た 。 演 奏 が 始 ま る と、音楽に合わせステージ前で踊り 出す都会から来たと思われる人々。 それに対し、ほとんどの観客は、ま だこの音楽に不慣れなのか、体育座 りのまま表情も硬い。しかし、時間 が 経 つ に つ れ 会 場 の 雰 囲 気 も 一 変 し、大きく盛り上がってきました。 夜になって登場したのが、インデ ィアン姿の沢田研二さん。内田裕也 さ ん と の コ ラ ボ レ ー シ ョ ン で は 、 音 楽 に 合 わ せ て 二 人 で ス テ ッ プ を 踏 み 、 腰 を 振 り 回 す 。 今 見 て も 楽 し め る そ の パ フ ォ ー マ ン ス は 、 当 時 の 人 々 に は か な り 刺 激 的 な も の だ っ た の で は な い で し ょ う か 。 後 の イ ン タ ビ ュ ー で 沢 田 さ ん は 、 「 テ レ ビ の 歌番組に比べると、異質な感じがし た。」とコメントしています。 翌日以降のコンサートでは、つの だひろさん、上田正樹さん、かまや つひろしさん…とそうそうたる顔ぶ れが登場。日を追うごとに、会場全 体の一体感が増していきました。 そしてコンサート最終日の8月 10 日、トリを飾ったのが、オノヨーコ さん。彼女が、このコンサートのた めに、直前までニューヨークの自室
フェスタの始ま
り
フェスタの始ま
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夢の実現
夢の実現
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こぼれ
こぼれ
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月7日にも開催するはずだったコンサートは、 どしゃぶりの雨のため中止に。しかし、7日の チケットの半券で、8日のコンサートに入場できると いうな粋なはからいがあった。 ンサート会場は開成山野球場を予定していたが、 オノヨーコさんに出演してもらうための日程調整 の関係で、開成山陸上競技場へと変更になった。 終日の翌日となる8月11日には、出演者やスタ ッフみんなで、会場のごみ拾いを行った。 山駅東側の阿武隈川河川敷にキャンプ場が設置 され、チロリン村役場という建物もあった。 キャンプ場で新しい友人との輪が広がったとか…。8
コ
郡
最
にこもり作り上げた新曲「夢を持と う 」。 感 動 の フ ィ ナ ー レ に 歌 わ れ た その曲に込められたメッセージは。 「 一 人 で 見 る 夢 は 夢 で 終 わ る け れ ど 、 み ん な で 見 る 夢 は 必 ず 実 現 す る 」 11日 間 に 渡 っ て 開 催 さ れ た ワ ン ステップフェスティバルが残したも のは何だったのか。それは、当時の 人々それぞれの記憶の中に生きてい ます。しかし、当時の日本では前代 未聞のロックコンサートが行われた の は ま ぎ れ も な い 事 実 。 こ の コ ン サートが以降の日本のロックシーン に大きな影響を及ぼしたのもまた事 実。そして、ここ郡山の地で開催さ れたということも…。 佐藤三郎さんたち若者が、そのほ とばしる情熱で一歩を踏み出し、多 く の 仲 間 と 心 を つ な い で 実 現 し た 夢。そこには、これからの私たちの 歩 み に 通 じ る メ ッ セ ー ジ が あ り ま す。このまちが好きだから、このま ちをもっと好きになりたいから…。 そんな思いを一つに音楽の力の下に 集まり、オノヨーコさんの詞のよう に、みんなで同じ夢を見る。その姿 こそが、音楽都市の描く姿なのでは ないでしょうか。 そして今、新たなステージへの一 歩が…。音楽が映す未
来
音楽が映す未
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↓広報こおりやま/2008.9 ー フ ェ ス テ ィ バ ル を 企 画 す る き っ か け と な っ た も の は ? 1 9 7 0 年 に ハ ワ イ で 見 た ア メ リ カ 映 画 の ウ ッ ド ス ト ッ ク で す 。 ニ ュ ー ヨ ー ク 郊 外 の 農 場 で 開 催 さ れ た 伝 説 の 野 外 ロ ッ ク フ ェ ス テ ィ バ ル 。 愛 と 平 和 を テ ー マ に 、 音 楽 を と お し て 人 々 が 一 体 と な る 。 50万 人 も の 人 々 を 集 め た 音 楽 の 凄 す ご さ に 感 動 し ま し た 。 い つ か 日 本 に も ウ ッ ド ス ト ッ ク と 同 じ 波 が 訪 れ る … 。 ス ク リ ー ン に 映 し 出 さ れ た 姿 を 、 郡 山 で も 実 現 し た い と 思 っ た の で す 。 ー フ ェ ス テ ィ バ ル を と お し て 伝 え よ う と し た こ と は ? い つ の 時 代 も 「 今 の 若 者 は … 」 と 言 わ れ ま す 。 昔 も 今 も こ れ か ら も 、 き っ と 同 じ だ と 思 い ま す 。 そ こ で 私 た ち は 、 自 分 で 考 え て 自 分 で 動 き 出 す こ と 、「 ワ ン ス テ ッ プ 」 踏 み 出 す こ と の 大 切 さ を 伝 え た か っ た の で す 。 こ れ か ら の 時 代 も 、 問 題 が あ れ ば 強 制 さ れ て や る の で は な く 、 周 り を 見 て 何 か を 感 じ 、 一 人 ひ と り が 気 付 い て 、 自 分 で 動 き 出 さ な け れ ば な ら な い と 思 っ て い ま す 。 そ う い う 思 い が あ れ ば 、 世 の 中 や ま ち は 、 良 い 方 向 に 変 わ っ て い く と 思 い ま す 。
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ー 仲 間 の 協 力 が あ っ た か ら こ そ ? 仲 間 の 存 在 は 、 と て も 大 き か っ た と 思 い ま す 。 当 時 、 私 が い な く な っ た と し て も 、 フ ェ ス テ ィ バ ル は 実 現 で き た と 思 い ま す 。 み ん な が 同 じ 夢 に 向 か っ て 、 そ れ ぞ れ が 自 分 で 考 え 動 き 出 し て い ま し た か ら 。 ー 三 郎 さ ん に と っ て の ワ ン ス テ ッ プ フ ェ ス テ ィ バ ル と は ? 一 番 思 い 出 深 い も の で す が 、 人 生 の 通 過 点 の 一 つ で し た 。 私 は 、 常 に 新 し い こ と に 挑 戦 し て い き た い と 思 っ て い ま す 。 私 の 職 業 は 農 業 で す が 、 8 年 前 、 62歳 で 歌 手 活 動 を 始 め 、 「 お に ぎ り 」 の 歌 な ど を 歌 い 目 標 と し て い た 1 千 回 の ラ イ ブ も 達 成 し ま し た 。 ま た 、 新 た な 目 標 を 掲 げ て 、 一 歩 を 踏 み 出 し た い と 思 い ま す 。 ー ワ ン ス テ ッ プ フ ェ ス テ ィ バ ル か ら 感 じ た こ と は ? 2 年 前 の J C 全 国 大 会 で 、 初 め て 目 に し た ワ ン ス テ ッ プ フ ェ ス テ ィ バ ル の 映 像 を 見 て 、 人 を 集 め 、 人 の 輪 を 広 げ 、 目 標 に 向 か う み ん な の 心 を 一 つ に つ な ぐ 音 楽 の パ ワ ー の 凄 さ を 改 め て 実 感 し ま し た 。 私 た ち の 根 底 に あ る の は 、 こ の ま ち を 良 く し た い 、 笑 顔 あ ふ れ る ま ち に し た い と い う 思 い で す 。 人 づ く り や ま ち づ く り に は 、 や は り 音 楽 の 力 は 欠 か せ な い と 思 い ま し た 。 ー 音 楽 祭 を 開 催 す る そ う で す が ? 9 月 に オ ー プ ン ラ イ ブ 形 式 の イ ベ ン ト 「 ス マ イ ル サ ウ ン ド フ ェ ス テ ィ バ ル 」 を 開 催 し ま す 。 私 た ち J C は 音 楽 に 関 し て 素 人 で す が 、 私 た ち だ か ら こ そ で き る 音 楽 祭 を 考 え ま し た 。 そ れ は 、 シ ン プ ル に 音 を 楽 し ん で も ら う 、 ジ ャ ン ル を 問 わ な い 音 楽 祭 。 音 楽 好 き の 方 は も ち ろ ん 、 誰 で も 楽 し め る も の に し た い と 思 い ま す 。 ー 音 楽 都 市 の 姿 っ て ? 私 た ち の 考 え る 素 敵 な ま ち は 、 人 の 笑 顔 が あ ふ れ て 、 豊 か な 心 を 持 っ た 人 が た く さ ん い る ま ち こ そ が 、 素 敵 な ま ち だ と 思 っ て い ま す 。 そ の 笑ワ
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顔 の 源 は 、 ス ポ ー ツ で も 読 書 で も 音 楽 で も な ん で も 良 い の で す 。 音 楽 都 市 宣 言 は 、 音 楽 の た め の 宣 言 で も な く 、 音 楽 が ま ち に あ ふ れ て い く と い う こ と だ け を 意 味 し て い る も の で は な い と 思 い ま す 。 音 楽 を と お し て 、 人 の 輪 が 広 が り 、 そ の 心 が つ な が り 、 笑 顔 あ ふ れ る 人 が た く さ ん い る ま ち に し て い こ う と い う 思 い を 込 め た 宣 言 だ と 考 え て い ま す 。 ー 皆 さ ん へ メ ッ セ ー ジ は ? 9 月 に 開 催 す る ス マ イ ル サ ウ ン ド フ ェ ス テ ィ バ ル は 、 技 術 う ん ぬ ん で は あ り ま せ ん 。 と に か く 、 シ ン プ ル に 音 を 楽 し み に 来 て ほ し い と 思 い ま す 。 そ こ で 感 じ る 音 楽 の パ ワ ー が 、 き っ と 、 皆 さ ん に 素 敵 な 笑 顔 を 届 け て く れ る は ず で す 。音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
音楽のパワー!!
山口 松之進さん (社団法人郡山青年会議所理事長) 佐藤 三郎さん (ワンステップフェスティバル主宰者代表)こころ
が
奏
でる
市民音楽祭
2008
2008
▲Apollo Choco Theater
▲ IN THE WIND ▲ 海王丸 ▲ 開成小学校 ▲ COLOR DROP ▲
GOOD ROCKIN DADDY
▲ 小原田幼稚園 ▲ 榊枝悠子 ▲ スウィングマーマレーズ ジャズオーケストラ▲ Smoking Ape ▲ CEDIN DEDEN ▲ 前期高齢者ブルースバンド ▲ 野ばらコーラス ▲
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