パナソニックの創業者である松下幸之助氏 は,「企業は人なり」という言葉を遺しました。 しかし,この言葉に代表される,「企業経営 においては人を育て,活かしていくことが大 切だ」という日本の伝統的な価値観は,昨今 の不況やグローバル化の波を受けて崩壊しつ つあります。 とはいえ,いかに IT 化が進んだとしても, 人がいなくては仕事ができるわけがありませ ん。システムではできない重要な判断や意思 決定には,やはり人が必要になります。 では,コスト削減要求の厳しい中で,人の 意識と能力を高め,より少ない人数で成果を 出すにはどうしたらよいのでしょう。今回は この視点から,人材育成に役立つ本を紹介し ます。
テーマ①
上司としてのマネジメントスタイルを
チェックするには?
赤塚: 松林さんは中小企業のコンサルティン グをされていますが,人材の採用や教 育について悩みを持つ会社は多いので すか。 松林: ええ,多いです。経営者の口から「な かなかいい人が採用できなくて」とか, 「せっかく採った若手のやる気がなく て」といった愚痴を聞くことがよくあ ります。 赤塚: そういう企業では,人材の育成はどの ように行われているのでしょうか。 松林: 教育・研修をあまり計画的に行ってい ないことが多いです。教育担当を決め ていたとしても,「俺の背中を見て盗 め」といったスタンスで,きちんと教 育していないことがよくあります。理 由を聞くと,「教える時間がない 」, 「体制が整わない」などが出てきます。 赤塚: その状況は変えなければなりませんね。 でも,これまで部下の育成方法を習っ たことのない人に,いきなり「やりな さい」と言ってもできませんし…。 松林: まず,上司が現状をセルフチェックす ることから始めるのがよいと思います。 『① 1:産業医が診た! 上司のカル テ』には30個,『① 2:上司のルール』 には100個,上司の立ち居振る舞いに 関するチェックポイントが挙げられて います。 赤塚: そのほかに,『① 3:ホウレンソウは いらない! ガラパゴス上司にならな いための10の法則』では,現代のビジ ネス環境に適応するためのポイントを, マネジャーのサバイバル・スキルとし て挙げていて,わかりやすかったです。 これらの本でチェックすれば,自分の 「よい上司像」を把握できそうですね。 松林: そうですね。そのうえで,「部下の話 を聞かず,頭ごなしに指示をする」な特集: 本シェルジュ3.0――実務で役立つこの1冊
第3章
人材育成のためのこの1冊
松林 栄一 東京都中小企業診断士協会 城南支部特集
ど,自分の現状のマネジメントスタイ ルについて気づきを得ることで,よい 教育につながると思います。 赤塚: 『① 3:ホウレンソウはいらない! ガラパゴス上司にならないための10の 法則』は,先ほど出た「教える時間が ない」という悩みについても,解決の ヒントを示しています。 著者は,IT の活用で効率化できること,たとえば 進捗管理や顧客情報の共有などは徹底 的に IT で効率化し,空いた時間をク リエイティブなアドバイスに使うよう 説いています。 松林: ここでいう IT の例としては,導入の 敷居が低い,クラウドで使える顧客デ ータベースなどがありますね。テーマ②
部下に成果を出させるには?
赤塚: 現状の自己分析ができたら,次は実際 にマネジメントを工夫して,部下の意 識や能力を高めていくわけですね。 松林: はい。その人の意識が高まると能力も 高まり,成果が出やすくなると思いま す。でも,この流れの中で何かが抜け ていませんか。 赤塚: そうですね…。あ,「行動」ですか。 松林: そう,日々の行動が変わることです。 意識と行動の関係について,『② 1: 人を活かす経営』では,「企業の使命 が働く人々に把握され,意識が高まる ことが, 日々の新たな工夫につなが る」と述べられています。 赤塚: 私が読んだ『② 2:野村再生工場』に も,「考え方が変われば,取組み方が 変わる」とありました。 松林: 自分を変える必然性に気づかない限り, 表面的な行動だけ変えても成果につな がらないということですね。 赤塚: そうですね。でも,言葉ではわかりま すが,まだ腑に落ちません。その意識 を変えるために何をすればよいかがわ からないというのが,多くの経営者や 上司の悩みですよね。 松林: たしかに。「意識が変われば行動が変 わる」のは正論だとしても,何が望ま しい行動なのかを経営者や上司が示さ ないといけませんね。そして,それを 身につけさせることで,意識のほうへ フィードバックすることが必要だと思 います。 赤塚: まず,形から入るわけですか。 松林: そうです。正しい行動をすれば,成果 が出やすくなります。そのプロセスを 認めることによって,部下の自己効力 感を高めると効果的です。 赤塚: では,正しい行動を身につけさせるに は,具体的にどうすればよいのですか。 松林: 私が悩んだ末にたどり着いたのは,行 動科学を扱った本です。行動科学とは, 人間の行動を科学的に研究し,その法 則性を解明しようとする学問です。 赤塚: 何だか難しそうですね。 松林: いまなら入門書として,昨年出た『② 3: 行動科学を使ってできる人が育 つ! 教える技術』がありますよ。そ の中に,「MORSの法則」が出てきます。 「MORS」とは,Measured(計測できる), Observable(観察できる),Reliable(信 頼できる),Specific(明確化されてい る)の頭文字です。この基準を適用す ると,たとえば「顧客とのコミュニケ ーションを親密にする」ための行動は, 「すべての顧客に 3 ヵ月に一度電話を かけ,当社のサービスに対する感想を 聞く」,「 2 週間に一度,メールマガジ ンを送る」などと分解できます。 赤塚: その方式で,たとえば成績の良い営業 担当者の行動を分解したものを目標に して,ほかの部下に実行してもらえば, その人も営業成績が上がるというわけ ですね。 松林: はい。とはいえ,先ほどの例で言えば,第 3 章 人材育成のためのこの 1 冊 トップセールスマンの行動をいきなり 全部実行するのは大変です。 赤塚: その点,人材育成に長けた企業といわ れるディズニーについてまとめた, 『② 4: 9 割がバイトでも最高のスタ ッフに育つ ディズニーの教え方』で は,「スモールステップ」の大切さを 説いていました。 松林: 野球のイチロー選手やゴルフの石川遼 選手は,小さい頃から大きな目標を掲 げていたと聞きます。でも,たとえ小 さな目標でも,それを成し遂げたとい う成功体験が,正しい行動を続ける原 動力になりそうですね。 赤塚: もちろん,高い理想や目標は必要です が,それを実現するためにいま,何を 目標にして頑張ればよいのかを考える ことが非常に重要です。普通の人は, 高い目標だけだと,「私には無理」と 心が折れてしまいますから。
テーマ③
より上手に教えるには?
赤塚: 松林さんは,教育業界の出身でしたね。 そこでの経験から,中小企業支援に活 かしていることはありますか。 松林: はい。中学の入試問題などを見ると, かつて主流だった「決まったことを早 くやる」から,「情報を与えて考えさ せる」に狙いが移っています。自分で 考えてアウトプットできるように支援 するという意味では,大人と子どもに 共通点は多いんですよ。 赤塚: なるほど。では,人に対する「上手な 教え方」はあるのでしょうか。 松林: 対象をよく観察する,愛するといった 教え手としてのあり方は別として,ス キルとしての「上手な教え方」は,や はりあります。たとえば,『③ 1:教 えと学びのワークブック 教え上手に なる!』にある,説明・体験→質問→ 討議→共有→整理の「ラーニングの 5 ステップ」や,「一度に教えることは 3 つまでにする」などは,教え方の基 本です。 赤塚: 講義や教材の組み立て方についてはい かがですか。 松林: 学び手がどのような相手なのかをよく 観察したうえで,目標を具体的に定義 し,その達成のために必要な講義内容 や教材を組み立てることが,とても大 切だと思います。 赤塚: 先輩のプロ研修講師に勧められて, 『③ 2:インストラクショナルデザイ ン―教師のためのルールブック―』を 読んだところ,いまおっしゃった点が 強調されていました。 松林: その本は,学校の教員なども使う名著 で,私もよく参照していますよ。 赤塚: 最後にもう 1 つ。教育・研修のスタイ ルについては,何か工夫をされていま すか。 松林: 教育・研修の目的は「行動を変えるこ と」ですが,講義だけではいかに講師 が頑張っても,その場限りで終わって しまいがちです。行動を変えるには, 受講者が参加するワークショップ型の ほうがいいですね。ただ,そのファシ リテートをするのは,講義よりずっと 大変です(笑)。ワークショップをや る時は,『③ 3:教育研修ファシリテ ーター』をバイブルにしています。 赤塚: 松林さんの仕事のネタ本がいろいろ出 ましたね(笑)。私も社内で研修会を する際などに,これらの本を参考にし てみようと思います。特集
■本シェルジュ 松林栄一からのひと言■ 私は,「新人類」や「バブル期入社組」と呼ばれた世代に属します。この世代は,若いう ちから大きな仕事をしたがる人が多く,ひとたび「この仕事,君に任せるよ」などと言われ ようものなら,意気に感じ,大いに発奮してやったものです。しかし,いまの若い世代の多 くは違います。自ら進んで仕事をしようとしなかったり,「任せるよ」と仕事を丸投げする と固まってしまったりします。オジサン世代としては,若い部下と接する際は「外国人」だ と思い,文化や基本的な考え方が異なることを踏まえたコミュニケーションを心がけること が必要です。今回の記事が,若手の部下を持って苦労しているマネジャーの皆さんや,人材 育成に課題を持つ企業の支援者の方にとって,お役に立てば幸いです。 すばる社 リンケージ 【① 1】『産業医が診た! 上司のカルテ』吉野真人(著) (2012/1) 前書きによると,著者が産業医として受けた社員の健康面に関する相談の中で, 8 割はう つ病や適応障害などメンタルヘルスに関する問題が占めるという。そして,その原因の 1 つとして,上司が世代の違いによる意識の差を認識せず,自分の立場から部下を見て対応 する「ボタンのかけ違い」を挙げている。ありがちなシチュエーションと上司の言葉を例 示したうえで,望ましい対応を「処方箋」として提示している点が親切である。部下との コミュニケーション・スタイルのチェックに,まずこの 1 冊を。 ディスカバー・ トゥエンティワン 【① 2】『上司のルール』リチャード・テンプラー(著),米谷敬一(訳) (2012/1) 「部下を育てる」(ルール 1 ∼34),「上司力を磨く」(ルール35∼100)の 2 パートに分け, 一人前の上司になるための不文律をまとめた本。① 1よりはやや哲学的で,「やり方」と いうより「あり方」が中心。「部下を持ったら」といった類書は多々あるが,著者の成功 体験がベースで偏った内容のものも散見される。この本は,読み方によっては自明のこと を列挙しているだけともとれるが,「本当にそれが実行できているか?」と自問自答でき る深みがある。各ルールのゴシック体部分に,メモしたいフレーズが多数。 日本経済新聞出版社 【① 3】 『ホウレンソウはいらない! ガラパゴス上司にならないための10の法則』 本田直之(著) (2011/11) ① 1と同様,世代間のコミュニケーション・ギャップを踏まえつつ,上司側に時代の変化 に対応するための進化を求める。本文で触れたように,IT を活用してルーチンワークを 効率化し,クリエイティブなミーティングに時間を使うよう説いており,ルーチンのフレ ームワーク化についての具体例がわかりやすい。P.178にある「マネジャーがやらなけれ ばならないことは,『がんばれよ』と言うことではなく,『がんばれる仕組み』,『成果が上 がっていく仕組み』を作ってあげること」という指摘は本質的。 PHP 研究所 【② 1】 『人を活かす経営』松下幸之助(著) (2006/11) 現代日本における代表的な経営者,松下幸之助氏の著書。「 1 人ひとりが経営意識を持っ た自分の仕事の経営者にならなければならない」(P.134),「この人だったらだいたい60パ ーセントぐらい行けそうだと思ったら,適任者として決めてしまう」(P.160)など,歯切 れのよい名言が多い。文体が平易で読みやすく,読むと元気になる本。経営学の古典的存 在であるドラッカーの著書にも通ずる部分がある。 やや第 3 章 人材育成のためのこの 1 冊 角川書店 【② 2】 『野村再生工場』野村克也(著) (2008/8) 「結果よりプロセスを重視し,絶対に結果論で叱らない。結果だけ見て責めると,マイナ ス思考になる」,「再生の極意があるとすれば,それはいかに『気づかせるか』に尽きる」, など,ビジネスに応用できる内容が豊富。エースや 4 番を買いまくるだけのカネがなく, 限られた人材で戦うことを余儀なくされている管理者は,読む価値あり。握力の落ちた江 夏をリリーフとして復活させたくだりは圧巻である。 かんき出版 【② 3】 『行動科学を使ってできる人が育つ! 教える技術』石田 淳(著) (2011/6) 行動分析学をベースに,「心」は変えられないが「行動」は変えられるというスタンスで, 「残り 8 割のできない人」を戦力化する方法を説く。行動の分解の仕方や,部下をほめる のが苦手な人への「ほめるのは部下の人間性でも性格でもなく,あくまでも『行動』」な どのアドバイスは,スキルに偏る傾向はあるが,実践的。子育てにも活用できる。 中経出版 【② 4】 『 9 割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方』 福島文二郎(著) (2010/11) 「キャスト」 1 人ひとりのリーダーシップとホスピタリティを育て,誇りを持たせる点で, ディズニーの教え方に見習うべきことは多い。この本でも,ミッションを消化して正しく 後輩に伝えること,フィードバックによって自信を持たせることなど,真似したいコツが 多数紹介されている。 明日香出版社 【③ 1】 『教えと学びのワークブック 教え上手になる!』関根雅泰(著) (2006/4) 「経験学習論」や「多重知能理論」など,やや難解な概念も出てくるが,「教え方」の裏返 しである人の「学び方」を解説し,「学びを促進するには?」という切り口でうまくまと められた本。「本を読むのが好き」,「絵を描くと頭に残る」など,人によって好む学びの スタイルが違う点は,部下に何かを教える際にぜひ押さえておきたい。 米田出版 【③ 2】 『インストラクショナルデザイン−教師のためのルールブック−』 島宗 理(著) (2004/11) 達成をコミットできる目標を設定すること,学び手を楽しませること,問題の原因分析の 仕方など,インストラクションの流れとコツが整理された教科書。例題「考えてみよう」 とその解説など,理解を助ける工夫も随所に。社内で研修やマニュアル作成を担当する方 や,講師・コンサルタントとして人に何かを教える方にとって,まず押さえておきたい必 読書の 1 つである。 日本経済新聞出版社 【③ 3】 『教育研修ファシリテーター』堀 公俊・加留部貴行(著) (2010/10) 著者の堀氏は,日本におけるファシリテーションの第一人者。この本は,営利・非営利を 問わず,研修を企画運営する方,講師として活動する方,マネジャーとしてミーティング を主催する方など,人を巻き込んで変革を起こそうとする方すべてにオススメできる。レ クチャー,ワークショップ,リフレクションの使い分けなど,実践的なコツが多数掲載さ れている。 やや