習慣性胸鎖関節前方亜脱臼に対する保存療法の治療経験
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(2) 習慣性胸鎖関節前方亜脱臼に対する保存療法の治療経験. 175. 2 ヵ月半近医で加療したが改善を認めず,当院を受診し. あった。日常生活では 1 日に 5 ∼ 6 回程度の亜脱臼感を. た。右肩関節挙上時に右鎖骨近位端の前方移動を触知し. 認めた。安静時痛や圧痛所見はなかったが,亜脱臼と同. た。単純 X 線像では関節症性変化はなく,下垂位の CT. 時に胸鎖関節前方の疼痛を生じていた。全身弛緩性検査. 像では亜脱臼を認めなかった。MR 画像では胸鎖関節の. である Carter 5 徴候は膝の過伸展を除く残りすべてが. 炎症や軟部組織損傷はなかった(図 1)。外力を契機と. 陽性であった。関節可動域(以下,ROM)では,肩関. して発症したが,解剖学的な破綻を認めず,関節の弛緩. 節屈曲・外転ともに健側が 170°であるのに対し,患側. 性が存在したため,習慣性胸鎖関節前方亜脱臼と診断さ. は 140 ∼ 160°付近で胸鎖関節に前方亜脱臼を認め,下. れ,理学療法による保存療法を開始した。. 降時に整復された。また水平外転では 0°で亜脱臼を認. なお,症例には本報告の目的と趣旨,個人情報の保護. め,水平内転で整復された。下垂位の内外旋や肩甲骨単. に関する説明を書面と口頭にて行い,本人および保護者. 独の運動では亜脱臼を認めなかった。なお,自動運動と. の署名をもらって同意を得た。. 他動運動で亜脱臼所見に変化はなかった。肩甲骨の可動 性評価では,外転のみ両側に他動・自動とも低下を認め. 理学療法初期評価(表 2). 6). た(図 2) 。徒手筋力検査(以下,MMT)では,前鋸筋,. 理学療法開始時:主訴は手を上げる動作(食器棚から. 大胸筋において左右ともに 4 レベルであり,その他の上. 物を取るときなど)のときに亜脱臼感を自覚することで. 肢筋力に著明な低下はなかった。 理学療法プログラム 1.運動療法 1)肩甲胸郭関節のモビライゼーション 目的:肩甲骨外転可動性を獲得する。 方法:他動的に肩甲胸郭関節のモビライゼーションを実 施することで肩甲骨外転可動性練習を実施した。 実施期間:理学療法開始から可動性が改善された 2 ヵ月 まで実施した。 2)前鋸筋による肩甲骨外転運動の促通(図 3) 目的:挙上時に肩甲骨が外転することで鎖骨近位端の前. 図 1 胸鎖関節の MR 画像(初診時) 白矢印 : 関節周囲の軟部組織の輝度変化を認めなかった. 右胸鎖関節内の水腫はなく,適合性は良好であった.. 方移動を抑制する。 方法:座位にて両肩関節を 90°∼ 170°屈曲位で保持し,. 表 2 理学療法評価 初期評価 日常生活における亜脱臼回数 / 日 食器棚から食器を取る動作 オーバーヘッドスポーツ. 2 ヵ月. 最終評価. 5∼6回. 1回. 0回. 不可. 不可. 可能. 不可. 不可. 可能. 疼痛. 亜脱臼時に出現. 亜脱臼時に出現. なし. 圧痛. なし. なし. なし. ROM 肩関節 屈曲. 160 ※ /170. 160 ※ /170. 170/170. 外転. 160 ※ /170. 160 ※ /170. 170/170. 外旋. 55/55. 55/55. 55/55. 結帯. L2. L2. L2. 0 ※ /20. 0 ※ /20. 10/20. あり. なし. なし. 水平外転 肩甲骨 外転制限(他動運動) (自動運動). あり. あり. なし. MMT 前鋸筋. R: 4 L:4. R: 4 L:4. R:5 L:5. 僧帽筋中下部. R: 5 L:5. R: 5 L:5. R:5 L:5. 大胸筋. R: 4 L:4. R: 4 L:4. R:4 L:4. 4/5. 4/5. 4/5. 全身弛緩性 Carter 5 徴候 ※ 亜脱臼所見+.
(3) 176. 理学療法学 第 46 巻第 3 号. 図 2 肩甲骨外転可動性の評価 他動・自動運動において,上肢を天井に向かって前方突出可 能であるかで評価した. 白矢印:運動方向. 図 4 大胸筋による胸鎖関節の安定化(運動療法 3) バランスボールを両肩関節 90 ∼ 170°屈曲位で把持し,挟む 運動(黒矢印)を反復した. 黒矢印:バランスボールを挟む力の方向. 囲に応じて理学療法終了まで実施した。 3)大胸筋による胸鎖関節の安定化(図 4) 目的:挙上時の大胸筋の出力を増大させることで,鎖骨 近位端関節面が胸鎖関節に圧縮力を加え,胸鎖関節を安 定させる。 方法:運動療法 2 と同様に座位でバランスボール(1 kg) を把持する。はじめは肩関節 90°屈曲位の状態からバラ ンスボール(1 kg)を挟むように力を加えた。10 秒程 度等尺性収縮を実施し,その後,力を抜く動作を反復し た。90°屈曲位から開始し亜脱臼所見がなければ徐々に 挙上角度を増加した状態で実施した。 実施期間:運動療法 1 による肩甲骨外転可動性の獲得範 囲に応じて理学療法終了まで実施した。 4)運動療法 2 と 3 の共同練習 方法:バランスボール(1 kg)を挟む力を入れた状態で 運動療法 2 の前方に押し出す練習を行う。運動療法 2, 図 3 前鋸筋による肩甲骨外転運動の促通(運動療法 2) バランスボールを両肩関節 90 ∼ 170°屈曲位で把持し,前方 に押し出す運動を反復した. 黒矢印:上肢を押し出す方向. 3 と同様に 90°屈曲位から開始し亜脱臼所見がなければ 徐々に挙上角度を増加した状態で実施した。 実施期間:運動療法 1,2 による肩甲骨外転可動性の獲 得範囲に応じて理学療法終了まで実施した。. バランスボール(1 kg)を挟むよう把持する。その状態. 5)Push-up による大胸筋・前鋸筋の賦活練習. からバランスボール(1 kg)を前方に押し出す運動を反. 目的:運動療法 2 と 3 の理論をもとに,前鋸筋・大胸筋. 復する。90°屈曲位から開始し亜脱臼所見がなければ. に対する負荷量を増大することで,更なる応用動作を可. 徐々に挙上角度を増加した状態で実施した。. 能にする。. 実施期間:運動療法 1 による肩甲骨外転可動性の獲得範. 方法:腹臥位での Push-up 動作(いわゆる腕立て伏せ.
(4) 習慣性胸鎖関節前方亜脱臼に対する保存療法の治療経験. 177. 図 5 肩関節下垂位(A),挙上位(B)で撮影された 3DCT 像 肩関節の挙上 120° で撮影された 3DCT 像では,肩甲骨内転に伴い鎖骨遠位端は後退していた. 白矢印:鎖骨遠位端の後退. 動作)を行う。両手掌と両足尖の 4 ヵ所で支えた状態を 開始肢位とし,肩関節を水平外転し,胸郭を床面に近づ ける動作を行った(Push-up 初期)。その後,肩関節水. による経過観察に移行した。 考 察. 平内転し胸郭を床面から持ち上げる運動を行った(Push-. 1.受傷時および受傷後運動時の亜脱臼の原因について. up 後期)。Push-up 初期における肩関節の水平外転の角. 胸鎖関節前方脱臼は,介達外力が肩の上方や前方から. 度は,少ない角度から開始し,亜脱臼所見がなければ. 鎖骨遠位端に加わり,第 1 肋骨を支点として生じるとさ. 徐々に水平外転角度を増加した。. 7) れている 。本症例では,肩関節前外側に外力が加わり,. 実施期間:理学療法開始後 2 ヵ月目以降で運動療法 2,. 鎖骨内側端の前方移動が誘発され,習慣性胸鎖関節亜脱. 3,4 による筋力増強に応じて開始し,理学療法終了ま. 臼を発症したと考えた。鎖骨は,前額面上で上下に,水. で実施した。. 平面状で前後に,鎖骨の長軸上で回旋運動を行う。肩関 節の挙上 90 度以上では肩甲骨内転運動に伴って,鎖骨 8)9). 。本症例では,肩関節屈曲・. 2.日常生活動作指導. は後退,後方回旋する. 理学療法評価で上肢運動時の亜脱臼が生じない運動範. 外転 160°付近,水平外転動作 0°で前方への亜脱臼所見. 囲を確認し,亜脱臼の増悪を起こさないように指導し. を認めた。肩関節の挙上 120°で撮影された 3DCT 像. た。具体的には肩関節の挙上を伴う動作においては,. (CT で撮影した画像をワークステーション(VINCENT. 140°以上の運動を制限した。肩関節屈曲最終域から背中. FUJIFILM 社)で三次元画像再構成したもの)では,. をかく動作が習慣化しており,亜脱臼を誘発する動作と. 肩甲骨内転に伴い鎖骨遠位端は後退していた(図 5)。. なっていた。本動作を禁止し,肩関節屈曲 90°までの位. これらを考慮すると,亜脱臼を生じた 160°前後の挙上. 置で水平内転を利用した方法を指導した。. や水平外転位では,鎖骨の後退を伴う肩甲骨の内転運動. 理学療法経過(表 2). (白矢印)によって,鎖骨近位端が前方に移動(黒矢印) し,亜脱臼を生じたと考えた(図 6)。MMT では前鋸. 理学療法開始後 2 ヵ月:1 日の亜脱臼回数は 1 回前後. 筋・大胸筋の筋力低下を認め,ROM では肩甲骨外転可. となり,前方亜脱臼の出現頻度が減少した。しかし,挙. 動性が低下していた。これらの機能障害は鎖骨近位端の. 上動作での亜脱臼は残存していた。この時期までは肩甲. 前方移動を助長するため,肩甲骨の可動性練習と前鋸. 骨外転可動性の改善を中心に行い,筋力トレーニングの. 筋・大胸筋の筋力強化によって,胸鎖関節の安定化を再. 負荷量を増大しすぎないよう注意して実施した。可動性. 構築する以下の治療プログラムを立案した。. の改善確認後,前鋸筋および大胸筋による筋力強化練習 を中心に行った。日常生活における亜脱臼の頻度が減少. 2.理学療法プログラムとその経過について. したことを確認し,徐々に筋力トレーニングの負荷量を. 1)運動療法 2 前鋸筋による肩甲骨外転運動の促通(図 7). 増大した。. 前鋸筋は肩甲骨の外転作用を有している。肩甲骨外転. 理学療法最終評価(5 ヵ月目):日常生活動作での亜. 運動によって鎖骨遠位端は前方移動し(白矢印),鎖骨. 脱臼所見が消失した。ハンドボールなどのオーバーヘッ. 近位端が後方に移動する力を発生させる(黒矢印)。前. ドスポーツやバスケットなどのスポーツも可能となっ. 鋸筋は胸鎖関節における鎖骨遠位端の前方移動にとって. た。ROM では屈曲・外転ともに亜脱臼所見はなく左右. 優れた「てこ」を有しており,肩関節挙上運動では前鋸. 差は消失した。水平外転では患側が 10°まで改善した。. 筋と僧帽筋中部線維(斜線矢印)の筋活動の差によって,. MMT では前鋸筋の筋力の改善を認めた。大胸筋の筋力. 肩甲骨内・外転肢位が決定される. は大きな変化を認めなかった。日常生活やスポーツでの. ルクに対して外転トルクの比率を増加させれば,鎖骨近. 亜脱臼が消失したため理学療法を終了し,定期的な診察. 位端の前方移動を抑制し,前方亜脱臼の改善につなが. 10). 。肩甲骨の内転ト.
(5) 178. 理学療法学 第 46 巻第 3 号. 図 6 本症例における習慣性胸鎖関節前方亜脱臼のメ カニズム 肩関節の挙上や水平外転によって,鎖骨の後退を伴 う肩甲骨の内転運動(白矢印)を生じる.その結果, 鎖骨近位端が前方に移動し(黒矢印) ,亜脱臼を生じ ていた.. 図 8 大胸筋による胸鎖関節の安定化(運動療法 3) 大胸筋の収縮(白矢印)は,胸鎖関節に対する鎖骨近 位端関節面の圧縮力を生じる(黒矢印) .胸鎖関節の 安定性を改善し,鎖骨近位端の前方移動を抑制する.. 水平面における肩甲骨,鎖骨,胸骨 a:肩甲骨 b:鎖骨 c:胸骨. 水平面における肩甲骨,鎖骨,胸骨 a:肩甲骨 b:鎖骨 c:胸骨 d:上腕骨. 白矢印:鎖骨の後退を伴う肩甲骨の内転運動 黒矢印:鎖骨近位端の前方移動. 白矢印:大胸筋トルク 黒矢印:胸鎖関節に対する鎖骨遠位端からの圧縮力 黒丸:鎖骨中心. 理学療法経過として,本症例では前鋸筋の筋力低下に よって肩甲骨外転運動が制限されていたため,前鋸筋を 賦活する練習を行った。その結果,徐々に前鋸筋の筋力 の改善を認め,肩甲骨外転運動の制限は改善した。 2)運動療法 3 大胸筋による胸鎖関節の安定化(図 8) 大胸筋の収縮によって,鎖骨近位端関節面は胸鎖関節 に対して圧縮力を生じる。井上らは,大胸筋の胸骨部を 強く収縮すると胸鎖関節あるいは鎖骨近位骨端に対し, 図 7 肩甲骨外転による鎖骨の運動(運動療法 2) 前鋸筋は肩甲骨を外転し(白矢印) ,鎖骨遠位端を前 方移動させる.したがって,鎖骨近位端の後方移動 が生じる(黒矢印). 水平面における肩甲骨,鎖骨,胸骨 a:肩甲骨 b:鎖骨 c:胸骨 肩甲骨,鎖骨,胸骨(白色):静止時 肩甲骨,鎖骨,胸骨(灰色):肩甲骨外転運動後 白矢印:前鋸筋による肩甲骨外転運動と鎖骨遠位端 の前方移動 黒矢印:鎖骨近位端の後方移動 斜線矢印:僧帽筋中部線維による肩甲骨内転トルク. 鎖骨長軸上の軸圧が加わると報告している. 12). 。胸鎖関. 節に対する鎖骨遠位端からの圧縮力(黒矢印)は胸鎖関 節の安定性を向上し,鎖骨近位端の前方移動を抑制した と考えた。練習中の胸鎖関節内での運動を最小限にする ために,等尺性収縮を選択した。等尺性収縮の時間は, Hettinger による負荷量と持続時間の関係を参考に 10 秒程度で実施した. 13). 。. 理学療法経過として,本症例では大胸筋の筋力低下を 認めていたため,大胸筋を賦活する練習を行った。この 運動療法実施後に,一時的に挙上時の亜脱臼が改善した が,臥位で実施した際に効果が乏しいことがあった。座 位と比較して,臥位は肩甲骨外転に対して抗重力位とな. る。体幹回旋による代償動作を抑制するために,両上肢. るため,肩甲骨が内転位に保持されやすい。肩甲骨内転. にてバランスボール(1 kg)を把持する方法を選択した。. 位で大胸筋が賦活されると,大胸筋の筋トルクが鎖骨の. 肩甲骨面挙上では 90°まで肩甲骨は外転し,90°以降は. 中心よりも後方に位置するため,鎖骨近位端を前方へ移. 内転する. 11). 。90°から最終挙上位では肩甲骨内転と鎖骨. 動させる力が発生したと考えた。したがって,運動療法. の後退が同時に行われるため,胸鎖関節における前方亜. 3 は座位で実施し,より肩甲骨外転位で実施するために,. 脱臼が生じやすい。したがって,肩甲骨の内転位が少な. 運動療法 2 の前鋸筋による肩甲骨外転運動の獲得に応じ. い 90°の挙上位から上記の練習を開始し,亜脱臼所見が. て運動療法 4 に移行した。. なければ徐々に挙上角度を上げる方法を選択した。.
(6) 習慣性胸鎖関節前方亜脱臼に対する保存療法の治療経験. 179. 3)運動療法 4 運動療法 2,3 の共同運動(図 9) 肩甲骨外転運動(白矢印 1)時に大胸筋を収縮するこ とで,大胸筋の筋トルク(白矢印 2)は鎖骨中心(黒丸) よりも前方に位置する。そのため,胸鎖関節における鎖 骨近位端は後方へ回転させる力が発生する。井上らは, 肩甲骨外転位において大胸筋を収縮させると,胸鎖関節 に対する鎖骨長軸上の軸圧が鎖骨近位端を後方に転位さ せる力を生じると述べている. 12). 。したがって,運動療. 法 2 と 3 を共同して行うことで,大胸筋作用によって胸 鎖関節に対して圧縮力(黒矢印)が加わり,鎖骨近位端 は後方移動(白矢印 3)し,前方亜脱臼を抑制したと考 図 9 運動療法 2 と 3 の共同運動(運動療法 4) 前鋸筋による肩甲骨外転運動(白矢印 1)と大胸筋の 同時収縮によって,大胸筋の筋トルク(白矢印 2)が 鎖骨中心(黒丸)よりも前方へ位置する.したがって, 大胸筋の収縮によって胸鎖関節に対する圧縮力(黒 矢印)が生じ,また鎖骨近位端は後方移動(白矢印 3) する.. えた。. 水平面における肩甲骨,鎖骨,胸骨 a:肩甲骨 b:鎖骨 c:胸骨 d:上腕骨. 筋の筋活動増加が亜脱臼回数の減少に有効であったと考. 肩甲骨,鎖骨,胸骨(白色):静止時 肩甲骨,鎖骨,胸骨(灰色):肩甲骨外転運動後. 4)運動療法 5 Push-up による大胸筋・前鋸筋の賦活. 白矢印 1:前鋸筋による肩甲骨外転運動 白矢印 2:大胸筋トルク 白矢印 3:鎖骨近位端の後方移動 黒矢印:胸鎖関節に対する鎖骨遠位端からの圧縮力 黒丸:鎖骨中心 黒矢印:鎖骨の回転モーメント. 大胸筋の筋力は MMT で 4 レベルであり,理学療法 開始と終了時で大きな変化を認めなかった。運動療法 3, 4 では,実施後一時的に挙上時の亜脱臼の改善が得られ たことから,筋力強化ではなく挙上動作に関与する大胸 えた。 練習(図 10) A. Push-up 初期:肩甲骨,鎖骨,胸骨(白色) 亜脱臼回数の減少に伴い,前鋸筋・大胸筋に対する負 荷量を増加した。肩関節水平外転に伴い肩甲骨は内転運 動し(白矢印 1) ,鎖骨近位端は前方へ移動する。運動. 図 10 Push-up による大胸筋・前鋸筋の賦活練習(運動療法 5) A,Push-up 初期:肩甲骨,鎖骨,胸骨(白色) 肩関節を水平外転し,胸郭を床面に近づける.肩関節水平外転に伴い,肩甲骨は内転方向へ運動する(白 矢印 1)ため,鎖骨近位端は前方移動する.大胸筋の遠心性収縮(白矢印 2)により,鎖骨の前方移動 を抑制する. B,Push-up 後期:肩甲骨,鎖骨,胸骨(灰色) 肘が完全に伸展した後,固定された肩甲骨に向かって胸郭を持ち上げる運動に前鋸筋が作用する(黒矢 印).前鋸筋による肩甲骨外転によって,鎖骨近位端は後方移動する. Push-up 動作中の肩甲骨,鎖骨,胸骨,上腕骨を頭上(水平面)から見ている. a:肩甲骨 b:鎖骨 c:胸骨 d:上腕骨 白矢印 1:鎖骨の後退を伴う肩甲骨の内転運動 白矢印 2:大胸筋による遠心性収縮 黒矢印:前鋸筋による肩甲骨外転運動 黒丸:鎖骨中心.
(7) 180. 理学療法学 第 46 巻第 3 号. 療法 4 では大胸筋の求心性収縮によって,鎖骨近位端を. 鋸筋,大胸筋による胸鎖関節の安定化作用に着目して運. 後方移動させた。一方,運動療法 5 の Push-up 初期で. 動療法を実施した。その結果,日常生活やスポーツ動作. は鎖骨近位端の前方亜脱臼を予防するため,大胸筋の遠. での亜脱臼が消失し良好な結果を得ることができた。今. 心性収縮(白矢印 2)が必要である。肩の水平外転角度. 後は改善された運動機能が維持されているかを定期的に. が増加すると,肩甲骨の内転作用によって亜脱臼のリス. 評価し,長期的な観察が必要であると考えている。. クが高くなる。そのため,亜脱臼を誘発させないように 触診しながら,水平外転角度の設定を調整した。. 本論文に関して開示すべき利益相反はない。. B. Push-up 後期:肩甲骨,鎖骨,胸骨(灰色) Push-up の後期では,固定された肩甲骨に向かって胸 郭を持ち上げる運動となり,前鋸筋の作用(黒矢印)が さらに必要となった。前鋸筋の肩甲骨外転作用によっ て,鎖骨近位端は後方移動する。運動療法 2 と比較して 負荷量は増加するため,さらなる筋力強化を目的に実施 した。 日常生活動作での亜脱臼回数の減少および上記筋力の 改善に応じて,徐々に運動療法 5 に移行した。本症例で は,挙上動作のみでなく,後方の物を取る動作など水平 外転動作での亜脱臼所見を認めていたが,この運動療法 開始後から次第に水平外転の亜脱臼回数は減少し,最 終評価時では水平外転角度が 10°まで亜脱臼を認めな かった。 3.日常生活動作指導 理学療法開始早期から,背中をかく動作など亜脱臼が 誘発される日常生活動作を禁止し,亜脱臼が生じない代 償動作を指導した。随意性に脱臼させない生活指導や オーバーヘッドスポーツの制限など,患者に対する教育 は二次性の関節症性変化を予防し,良好な経過を めに必要である. 利益相反. るた. 1)5). 。このように,筋力や可動域などの. 運動機能障害に対する介入に加えて日常生活動作指導を 行うことは重要である。 結 語 外力を契機として発症した習慣性胸鎖関節前方亜脱臼 症例を経験した。運動力学に基づき肩甲骨の可動性や前. 文 献 1)萩野修平,村田 亮,他:習慣性胸鎖関節亜脱臼の 1 例. 肩関節.2007; 31(2): 453‒456. 2)Rockwood and Green: Fracture Vol.1. JB Lippincott Co, Philadelphia, 1984, p. 918. 3)中川照彦,平塚建太郎,他:習慣性胸鎖関節脱臼の臨床像 と自然経過.肩関節.2001; 25(3): 515‒519. 4)橋本 淳,水野耕作,他:随意性両胸鎖関節亜脱臼の一例. 肩関節.1989; 13(1): 30‒33. 5)Rockwood CA Jr, Odor JM: Spontaneous atraumatic anterior subluxation of the sternoclavicular joint. J Bone Joint Surg. 1989; 71(9): 1280‒1288. 6)千葉慎一:肩関節障害のスタンダードテクニック.理学療 法学.2016; 43: 52‒60. 7)Depalma AF: Dislocations of the shoulder girdle. In: DePalma AF, et al. (eds): Surgery of the Shoulder. 3rd ed, JB Lippincott, Philadelphia, 1983, pp. 428‒460. 8)福島秀晃,三浦雄一郎:肩甲上腕リズムの臨床応用を考え る.関西理学.2013; 13: 23‒32. 9)森原 徹,三浦雄一郞,他:リハに必要な五十肩のキネマ チックス.臨床リハ.2009; 18(8): 685‒694. 10)嶋 田 智 明, 平 田 総 一 郎( 監 訳 ) :筋骨格系のキネシ オ ロ ジ ー. (Donald A. Neumann; KINESIOLOGY of the MUSCULOSKELETAL SYSTEM, Mosby) ,医歯薬出版, 東京,2005,pp. 130‒135. 11)信原克哉:肩の仕組み,肩─その機能と臨床(第 2 版). 医学書院,東京,1995,pp. 26‒74. 12)井上邦夫,石黒 隆,他:投球動作により後方転位をきた した鎖骨内側骨端離開の 1 例.臨床整形外科.1993; 28(1): 75‒78. 13)Th Hettinger(著) ,猪飼道夫,他(訳):アイソメトリッ クトレーニング─筋力トレーニングの理論と実際.大修館 書店,東京,1982,p. 112..
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