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「子どもがデザインする」ということ

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Academic year: 2021

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(1)「子どもがデザインする」ということ The Fact that “Kids Design” 大泉義一. OIZUMI Yoshiichi. 横浜国立大学 教育人間科学部. Yokohama National University. 1.はじめに:本稿の位置. 次のような可能性があると考えられる。まず〈わたし〉によっ. 本稿は、造形教育センターの研究活動のうち、筆者が研究部. て行われる造形活動がある。私たちおとながこの活動に向ける. 長を務めた2014(平成26)年から2015(平成27)年までの. まなざしは“ミクロ”なものであると言えるだろう。ここで、. 1). 研究概要を報告するものである 。. そうした「子どもの造形活動」を「つながり」からとらえ直し. 造形教育センターとは、日本の義務教育課程に「デザイン」. てみる。すると、その“ミクロ”な世界が、先ほどの子どもた. を位置付けた民間教育研究団体である。同会は、1955(昭和. ちのように、他・他者との「つながり」の契機を内包している. 30)年6月、当時の絵画表現を主とする表現主義的な教育に. ことに気付かされるのである。. 対して、バウハウスの造形理論と組織の影響を受けてデザイ. 子ども支援の国際機関である“SAVE THE CHILDREN”は、. ン、工作領域を取り込んだ総合的な造形教育を実現すべく設立. “YouTube”で印象的な映像を配信している。“Most Shocking. された。その設立には、勝見勝、水谷武彦、岡本太郎、高山正. Second a Day”という映像は、シリア紛争勃発から3年にあ. 喜久など、日本のデザイン運動を牽引した人物が名を連ねてい. わせ、公開されたものである 3)。この90秒ほどの映像には、. る。そうして産声を上げた造形教育センターは、日本の戦後造. 突然起きた紛争によって、これまでの平和な少女の日常が1秒. 形教育の歴史とともに半世紀超の歩みを続けてきた。そこには. ごとに悲劇に変わっていく様子が描き出されている。映像は、. 同時代における造形教育に携わる多様な実践者や研究者が集. 次の言葉が提示されて終わる。. い、その基礎的・発展的な研究は、教育実践現場に根付く多く.  JUST BECAUSE IT ISN T HAPPENING HERE. の成果を生み出してきた。現在も、社会の変化に応じつつ、造.  DOESN T MEAN IT ISN T HAPPENING. 形・デザイン活動の意味を問い、さらに豊かな教育実践を創り. この映像の舞台はイギリスとなっているが、描かれている. 出していくための研究活動の深化・発展を目指している 。 2). ような状況は、日本も含めた世界中のどこでも起こり得るの. 造形教育センターの研究活動は、先述の通り2年任期の研究. だ。ここには、子どもたちの“ミクロ”な日常世界が、“マク. 体制で運営されている。筆者が研究部長を務めた期間において. ロ”な世界と否応なく連動していることが暴露されている。し. 掲げたテーマは、造形教育センターが設立以来その主張の根底. かも、そうした様相には〈おとな〉が強力に関与していること. に据えてきた「子どものデザイン」である。本稿では、その研. も。先ほどみた図画工作の造形活動における子どもの“ミク. 究において論究を行ってきた、「子どもがデザインする」とい. ロ”な世界が、より広い“マクロ”な世界への「つながり」の. うことに対する原理的考察を提示する。. 可能性を有することが、この映像からも想起されるのである。 以上のように、子どもの造形活動には、“ミクロ”から“マ. 2.子どもの造形活動の「つながり」から 以下は、小学校第3学年の図画工作科の授業『ビー玉ゲーム づくり』にみられる子どもの姿である。. とができる。ここにおいて、ポール・ランドが晩年に明快に主 張した「すべてのものは関係している。デザインは関係だ。そ. ……A子が、図工室の自分の座席で製作をしていた。するとA. こからデザインを始めるんだ」4)という言葉のように、あらゆ. 子の座席から離れた座席で製作をしていたB男が近寄ってき. るもの・こと・ひとの関係性の中にデザインを確認するなら. て、A子の作品を指さしながら話しかけた。そうして二人はA. ば、「子どもの造形」を「子どものデザイン」とすることで、. 子のつくりつつある作品を囲んで対話を進めていった。……. 様々なものを越境し、つながる可能性があるのではないか、そ. こうした子どもの姿は、子ども一人一人が造形活動を行う中. してその可能性にこれからの教育のあり方を展望する鍵がある. にある「つながり」を予感させる。しかも、こうした「つなが. 42. クロ”への、そして子どもとおとなの「つながり」を見出すこ. のではないかと思われるのである。. り」は、教師(おとな)が「つながりなさい」と指示している. さらに現在、グローバル化の急速な進展に伴い、教育のあり. わけではないにもかかわらずに自然に生起するものである。ゆ. 方も様々に要請されている。例えば、今年度中に改訂が見通さ. えに、こうした子どもの造形活動における「つながり」には、. れている学習指導要領(Course of Study)の議論においては、. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016.

(2) これからの「新しい時代」に必要となる資質・能力として「多. う関係でさえもぐっと手を握り合って話し合うように。. 様性を尊重する態度、他者と協働するためのリーダーシップや. 「子どものデザイン」も、フルガムが言うように、日々を生. チームワーク、コミュニケーションの能力、豊かな感性や優し. きる子どもたちの日常に存在している実践原理であると考えら. さ、思いやり」が求められている 。こうした「つながり」の. れる。それは、モホリ・ナギが、デザインをすることは職業で. 中で生きていくことが要請される子どもたちのために、私たち. はなく、一つの姿勢であるとしたように、子どもたちの生き方. はどのような教育実践を展望していけばよいのだろう。. にかかわる原理である。そしてそれは、他(おとな、社会)か. 5). ロバート・フルガムが、『人生に必要な知恵はすべて幼稚園 の砂場で学んだ』の中で、幼稚園の砂場で学び得た自身の信条 を以下のように述べていることは、あまりにも有名である 。 6). ら要請されて行うものではなく、どうしてもそれをせざるを得 ないような彼/彼女らの「切実さ」の中にある。 ある子の造形活動が、その切実さを高めていくならば、子ど. 何でもみんなで分け合うこと。. も同士、クラス、家庭、地域、社会、そして世界へと「ひろが. ずるをしないこと。. り」を生み出してゆく。子どもの「切実さ」に基づくならば、. 人をぶたないこと。. 「子どもの造形活動」とは単に作品をつくるという意味にとど. 使ったものはかならずもとのところに戻すこと。. まらず、子どもたちが生き、育っていこうとする世界との必然. ちらかしたら自分で後片づけをすること。. 的な交信を生み出すのだ。つまり、子どもたちを取り囲むひ. 人のものに手を出さないこと。. と・もの・こととの「つながり」である。そしてその「つなが. 誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。(中略). り」とは、誰かによって想定されたものではなく、子どもたち. 不思議だな、と思う気持ちを大切にすること。発泡スチロー. の切実さにもとづく実感が起点となり、それが子どもたちの成. ルのカップにまいた小さな種のことを忘れないように。種か. 長とともによりひろい「つながり」へと広がっていく様相を呈. ら芽が出て、根が伸びて、草花が育つ。どうしてそんなこと. している。それが「子どものデザイン」なのである(図1)。. が起きるのか、本当のところは誰も知らない。でも、人間だっ ておんなじだ。 金魚も、ハムスターも、二十日鼠も、発泡スチロールのカッ プにまいた小さな種さえも、いつかは死ぬ。人間も死から逃. 3.「子どものデザイン」とは? 子どもの切実さに基づく「子どものデザイン」においては、 「子ども」をどのようにとらえるか、すなわち「子ども観」が. れることはできない。. 重要である。それは、かのジャン・ジャック・ルソーが言うよ. ディックとジェーンを主人公にした子供の本で最初に覚えた. うに「子どもには子ども特有の考え方、感じ方があるのであっ. 言葉を思い出そう。何よりも大切な意味をもつ言葉。「見てご. て、それを尊重しなければならない」という子ども観を出発点. らん」. とする8)。しかしながらルソーがかく語る子ども像とは、“お. そしてフルガムは述べる。「人間が、どう生きるか、どのよ. となから子どもへ”という上意下達的な「まなざし」によるも. うにふるまい、どんな気持で日々を送ればいか、本当に知って. のであり、その意味を素朴に受け取るならば、 「純粋で無垢」. いなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教. な子ども像を規定しがちである。「子どものデザイン」におい. わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのでは. ては、そのような一種“浪漫的”な子ども像にとどまることな. なく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。」と。. く、「おとなとは異なる独自の存在」として、同時代社会、そ. さらに彼は、この「日曜学校の砂場」で獲得した信条を、よ りグローバルな問題につなげて、次のように考察をひろげる7)。. -Macro. 家庭生活や、それぞれの仕事、国の行政、さらには、世間一 般に当てはめてみれば、きっとそのまま通用する。(中略)各 国の政府が使ったものは、必ずもとのところにもどし、ちら かしたら自分で後かたづけをすることを基本政策に掲げて、 これをきちんと実行したら、世界はどんなに良くなるだろう。. 確かに、世界の問題も人任せにする前に、まずは自分の足下. -School-. Micro Micro-. からはじめてみること、つまり自分の実感に基づいた「つなが り」から始めてみることは万人に可能であり、人と人との直接 的な「つながり」が日々生起する教育においては何よりも大切 なことではなかろうか。そう、ネパールでは、警官と泥棒とい. 「子どものデザイン」. 子どもの造形活動. 図1 「子どもの造形活動」から「子どものデザイン」へ. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 43.

(3) して我々おとなに対する「異議申し立て」を行う存在でもある. Project) 」とは、上記「A」 「B」の実践を成立させるための基底. と了解すべきなのである。. をなすおとなの“観”である。先述したように、子どもが感じて. 次に「デザイン」について考えてみる。デザインが単なるス タイリングの問題から脱し、本質的な意味を顕在化しつつある ことについて、ヴィレム・フルッサーは、次のように述べる 。 9). われわれは従属的(subjective)な姿勢から背筋を伸ばして、. いること、行っていることから、おとな(社会)にとってのオル タナティブな意味や価値を見出す営みである。 以上3つの「子どものデザイン」実践カテゴリーは、図2の ような構造にあると考えられる。. 投企的(projective)な姿勢を取ろうとしている。. フルッサーは、かつては「object /モノ」に対して「subject / 従属」していた私たちの生き方が、今後においては「project /投 企」的足るべきことを示唆している。翻ってみれば、 「デザイン」 は、 「project / 投 企 」の 語 源 で あ る「projectum」 、 「proicere」 の意味にも合一すると言われる。 「pro-」という接頭語には「前. 5.「子どものデザイン」の実践原理 さらに、それら「子どものデザイン」が実践化されるプロセ スを次のように整理する。 ⑴ 子どもがつながる……子どもが切実さに基づいてつなが る姿が出発点となる。. へ」という意味が含まれており、 「-icere」には「投げる」とい. ⑵ 子どものつながりから意味や価値を見出す……その「子. う意味が含まれている。ここから、デザインとは、未来に向け. どもがつながる」姿から、おとな(教師)が、何らかの. た見通しや意思を示すものでもあるのだ。. 意味や価値を見出す。. 以上から、「子どものデザイン」とは、子どもとおとなの 【常識】の更新をうみだすものである。子どもの行為(遊びも 含む)と生活は一体化しているものであるが、その行為とは、. ⑶ 実践がつくりだされる……見出された意味や価値から、 「子どものデザイン」の実践がつくりだされる。 このプロセスにおいては、子どもがひと・もの・こととつな. 子どもにとっては【常識】であっても、おとなにとっては非常. がる姿から、おとな(教師)が意味や価値を見出すことが重要. 識であったりするものだ。しかしながら、そうした行為の中に. である。ここにおいておとな(教師)の協働的参画がある。す. おとなが【意味】を見出すことによって、子どもの【常識】に. なわち、子どもとおとな(教師)の協働によるプロジェクトと. より、おとなの【常識】が変容する。おとなが子どもに対して. しての実践が創出されるのである(図3)。. 未来の可能性にひらかれた「観」をもつことによって、子ども. では、その「子どもがつながる姿」とは、どのような姿なの. の行為はフルッサーの言う「未来に向けた見通しや意思」とし. だろうか。ここでは、おとな(教師)がその姿を捉えるため. ての意味をもつようになる。したがって、そこには〈子どもと. に、「であう・つくりかえる・ひらく」という動的な姿である. おとな〉による「投企/ project」が作動するのである。. として以下のように措定する(図4)。 ①であう……子どもは、自ら、あるいはおとな(教師)のい. 4.「子どものデザイン」の実践とは? それでは、これまで述べてきたような「子どものデザイン」 を実践するためには、どのような考え方が必要であろうか。 まず「子どものデザイン」の実践には、次のようなカテゴ リーが存在すると考えられる。. ざないによってひと・もの・こと(友人、おとな、親、異 年齢、障碍の有無、専門家、用具、材、場(環境)、芸術、 異国など)と出あう。 ②つくりかえる……自身の切実さに基づいて、それとの関係 をつくりかえたり、編み直したり(立場転換、立場逆転、. A:子どもがデザインする実践(Kids Design). 思いもよらない考えや使い方、当たり前の問い直しなど). B:子どものためのデザイン実践(Design For Kids). する。. C:子どもの行為から意味や価値を見出す実践(Kids Project). 「A:子どもがデザインする実践(Kids Design) 」とは、例え ば、学校の授業・学習、社会におけるワークショップの実践など. ③ひらく……そして、ひと・もの・こととの新たな出あいの 可能性がひらかれ、さらなる切実さの高まりへとつながっ ていく。. が該当する。冒頭で述べた通り、こうした実践においては、必然. こうした姿から、おとな(教師)が意味や価値を見出すこと. 的に「つながり」や「プロジェクト」が生まれてくる可能性があ. により、子どもがひと・もの・こととの切実な「つながり」に. る。 「B:子どものためのデザイン実践(Design For Kids) 」とは、. 基づいた「子どものデザイン」の実践がつくりだされるのであ. 子どものためのプロダクト、例えば玩具制作や学習用具のプロダ. る(図5)。. クトなどが考えられる。また、子どものための環境設定、例えば 公園設計や子どもが安全に過ごしやすい住宅を設計することも含 まれる。 「C:子どもの行為から意味や価値を見出す実践(Kids. 44. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 6.おわりに 「子どもがデザインする」ということについて考察を進めて.

(4) ゆくと、「デザインはだれのものか」という問いに対して一つ の見解が浮かび上がってくる。かつて「デザイン」は、デザイ ナーという専門人が、その造形能力によって人々の生活を提案 し、その提案をユーザーである大衆が享受する、という主従的 関係の中にあった。しかし現代においては、デザインのユー ザーである大衆がよりよく生活しようとする意思に対して、デ. A 子どもがデザイン する実践. B 子どものための デザイン実践. ザイナーがその眼と造形能力によって、人々の生活に必要な 「道具」を見出しつくる、という互恵的関係の中にある。つま り、ここでのデザイナーとユーザーは相互参画的であり代替可. C 子どもの行為から意味や価値を見出す実践. 能的な関係にある。このことはまさしく、ユーザーがすなわち デザイナーでもあるという時代の到来を予感させるとともに、 「子どもがデザインする」ということにおいて見出された〈子. 図2 「子どものデザイン」実践カテゴリー. どもとおとな〉による「投企/ project」としてのデザイン実 践のあり様と同期するものである。 今後は、「子どものデザイン」の実践を様々な現場で展開し、 その教育的・社会的意義を実証的に検証していきたい10)。 末尾となりましたが、本稿執筆にあたり、造形教育センター でともに研究を進めてきた方々、ならびに様々な知見をご提 供いただいた研究会講師の方々に深く感謝申し上げます。. 図3 「子どものデザイン」実践プロセス. 【註】 1)第59回(2014年),第60回(2015年)の『造形教育セ ンター夏の研究大会報告』を基に書き直したものである. 造形教育センターについては,以下ホームページを参照さ れたい. http://zokeikyouiku.sakura.ne.jp/(2016年9月20日参照) 2)美術科教育学会上越大会(2015年3月)研究発表概要集 において山田 猛が分担執筆した内容を参考にした. 3)https://www.youtube.com/watch?v=RBQ-IoHfimQ(2016 年9月20日参照) 『ポール・ランド デザイ 4)Michael Kroeger(三角加代訳) ンの授業』BNN,2008年,p.22. 5)中央教育審議会「初等中等教育における教育課程の基準等 の在り方について(諮問)」平成26年11月. 6)ロバート・フルガム(池央耿訳)『人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ』河出書房新社,1996年, pp.15∼20. 7)同,pp.19∼20. 8)ジャン・ジャック・ルソー(今野一雄訳)『エミール,ま たは教育について(上)』岩波文庫,1962年,p.126. 9)ヴィレム・フルッサー(村上淳一訳)『サブジェクトから オブジェクトへ』東京大学出版,1996年,p.23. 10)「子どものデザイン」の実践については,㈳教育美術振興 会の機関紙『教育美術』2016年12月号特集,ならびに筆 者による『子どものデザイン その原理と実践─日本の子ど ものためのデザイン教育の変遷から展望へ─』 (日本文教 出版:2016年10月発刊予定)に掲載される予定である.. ! ! ! ! !. 図4 子どもが「つながる」姿. 図5 図3+図4=「子どものデザイン」の実践. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-1 No.93 2016. 45.

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