井上円了の思想
著者
小林 忠秀
雑誌名
井上円了研究
巻
2
ページ
19-34
発行年
1984-03-14
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006754/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja井上円了の思想
ー﹃甫水論集﹄および﹃円了講話集﹄に則してー
小 林 忠 秀
目 次 一、井上円了の基本的な立場 二、井上円了の教育観 三、井上円了の道徳観 井上円了博士の思想の全容を一篇の論稿で語り尽くすことは、論者の良く為し得ることではない。そのことのため には、論者は余りにも勉強不足である。しかしながら、偶々機会を与えられ、論者は博士の﹃甫水論集﹄︵明37︶なら びに﹃円了講話集﹄︵明37︶を参看し、その内容について、いささかのことを発表することができた。発表の場所は、 井上円了研究会第三部会で企画された研究例会の席上であるが、本稿はその内容を中心に多少の拡充の筆を加えたも のである。 ところで、前記二冊の論集であるが、﹃甫水論集﹄は井上円了が四十五才のときに公刊されたものであり、﹃円了講 話集﹄は同様に四十七才のときの刊行である。前者の公刊の年には所謂哲学館事件が起っており、後者の刊行の年に は哲学堂が完成している。そしてこの時期には円了の地方巡講は事実上すでに始められ、教育者であると同時に啓蒙 家としての円了の活動は、哲学館という限られた機構を超えてさらに大きな拡がりを見せはじめていた。すなわち円 19了は、これまで﹃仏教活論﹄︵明20∼23︶および﹃真理金針﹄︵明19∼20︶、さらに﹃哲学一夕話﹄︵明19∼20︶等のなか で、その基本的な仏教観ならびに哲学的立場を明らかにしてきたが、ここで取り上げる二冊の論集が出された明治三 十年代中頃になると、上記の基本的な立場を、広く一般庶民の社会のなかで、その事情に則して展開しはじめるので ある。こうして円了自身が抱懐する理想的な人間、および社会のあり方−つまり円了の啓蒙思想の内容がいよいよ 具体化しようとする時期にさしかかっているわけである。本稿では、その啓蒙思想の一端を解明してみよう。 20 一、井上円了の基本的な立場 そんけん ﹃甫水論集﹄のなかに、︽余が所謂宗教︾と題する論文が収められている。その内容は、巽軒・井上哲次郎博士の 所謂﹁理想教﹂の理念に対して反論を加えたものであるが、反論の主旨は、﹁倫理は宗教の目的を達するに訣くべか らざる一方便﹂に違いはないが宗教そのものではないとして、倫理と宗教の関係を明確に規定したところにある。つ まり円了は井上哲次郎が方便と目的を混同し、そもそも宗教の方便たる倫理のうちに宗教を解消しようとする不合理 そんけん を犯しているとして、真向から巽軒博士の所論に反対するのである。 ところでこの反論の論拠は、基本的には円了が倫理を﹁学術﹂の一項目として捉えているところにあった。そして ナで ﹁學術と宗教とは、其源泉己に異なりて、正反両面の関係あり﹂とされる。これら両面をもつところの世界把握の根 本的態度、それが円了によって﹁思想﹂と名付けられている。﹁吾人の思想は實に二者の分水嶺なり。其正面より出 つるものは學術となり、其反面より出つるものは宗教となる。﹂しかして﹁思想﹂における両面の関係はどうか。﹁夫 れ思想は本相封性なり。相反性なり。一方に有限可知的の思想起れば、他方に必ず無限不可知的の思想起り、一面に
変化生滅の思想生ずれば、他面に必ず不変化不生滅の思想生じ、有に封しては無、實に封しては虚、現象に封しては 本躰、差別に封しては平等、相封に封して絶封、萬殊に対しては一本、萬法に封しては一如の思想ありて、毎に相伴 連起するを見る。︵⋮⋮︶思想本来の性此両面を有し、一者起れば必ず之に返響して、相離れざるものと定む。﹂ したがって﹁思想﹂の両局面の関係は、円了が﹃哲学一夕話﹄で展開する﹁哲理の中道﹂の論理とこれを同定する ことができよう。 ﹁哲理の中道﹂とは、相反する局面の相依する関係で事態が存立していることを主張する考え方である。例えば、 円了は物心二元を分かつ世界観を評して次のように言う。﹁物ヨリ心ヲ見レバ心ハ物ニアラザルヲ知ルベク、心ヨリ モ 物ヲ見レバ物ハ心ニアラザルヲ知ルベク、自他彼我ノ差別ノ其間二生ズルニ至ルモ基体元ト一物ニシテ、初メヨリ差 別アルニアラズ。物ヲ論ジテ論ジ極レバ心トナリ、心ヲ論ジテ論ジ極レバ物トナリ、物心ヲ論ジテ論ジ極レバ無差別 トナリ、無差別ヲ論ジテ論ジ極レバ亦差別トナリ、差別ノ其儘無差別ニシテ、無差別ノ其儘差別ナリ。差別ト無差別 ハ其体=一シテ差別ナシ。差別ナクシテ亦差別アリ。差別アリテ亦差別ナシ。之ヲ哲理ノ妙致トス。︽哲学一夕話・ 第壼篇︾﹂すなわち相反する両局面の相依する関係iこれが﹁哲理の中道﹂の論理と考えられる。それ故この論理 は、さらに円了が﹁唯識中道の理﹂あるいは﹁空假中三諦の理﹂と言う論理にこれを還元することができよう。﹁眞 如を離れて萬法ありと思ふは既に迷なれば之を空とし、既に眞如に達すれば其理艘の上に萬法の歴然として現立する を見る之を假となす。此の空假を合して相離るざる所、合して一なる所之を中道となす。︽佛門忠孝論一班︾﹂ こうして井上円了は、大乗仏教の世界観を貫く中道の論理、あるいは相即の論理でもって当面する問題ーつまり ﹁学術﹂と﹁宗教﹂の関係を捉え、これら二つのことがらの相依の事実を﹁思想﹂の内実としているのである。そし て﹁学術﹂の局面は、いわば﹁道理﹂が貫徹する世界であり、﹁求心的に思想の可知的範囲に止まらんとする﹂性向 21
をもつとされ、﹁倫理﹂は﹁可知的界に限らるべきもの﹂とされる。それに対して﹁宗教﹂は﹁遠心的に思想の不可 知的境遇へ進まんとする﹂性向をもち、そこでは﹁道理﹂のみならず、 ﹁吾人の實験の及ばざる所﹂へ﹁空想﹂の力 を借りて進み入る局面と考えられている。ところでこの﹁空想﹂という用語であるが、これは円了自身によってむし ろ﹁理想﹂あるいは﹁妙想﹂、さらには﹁妙理﹂と言い換えられているところから見て、所謂悟性的反省が窮まる境 界を超えて、思想が自己展開することを可能ならしめる情感または想像力の働きを指すものと考えてよいであろう。 すなわち﹁思想﹂の宗教的局面は、道理と情感でもって展開されるのである。 ところで円了の﹁思想﹂とは、すでに述べた如く、人びとが世界現実を捉える基本的態度を意味する。それ故、世 界現実は円了によって相互に相反することがらの相依あるいは相即の関係をもって在る事態として捉えられたことに なる。そして、それは上に述べた如く、大乗仏教ーそのなかでも特に三諦円融の論理で規定された世界観そのもの であった。円了は基本的には大乗仏教的な世界観において、すべての問題の解明を企てていると言ってよかろう。し たがって学術的営為ー円了の所謂﹁理学﹂的探求は、それ自体は悟性的反省の枠内に留まるものであるが、それが ﹁思想﹂の一局面である限り、必然的に宗教的営為をその存立の必要条件として呼び求めるものでなければならず、 逆に宗教的営為もまた必然的に﹁理学﹂的︵すなわち科学的︶分析と綜合の企てを欠いてはならないものとなるであろ う。それ故倫理的な反省と実践は、それが真に倫理的なるものとなるためには、必然的に宗教の世界へ人びとをさし 向ける営為であらねばならず、宗教的営為はまた、同時に倫理的な反省と実践に媒介せられたものでなければならな いことになる。 そして井上円了は、こうした﹁宗教﹂と﹁学術﹂の相依的関係を解明する﹁倫理﹂を﹁純正哲学﹂と呼ぶ。﹁︵⋮⋮︶ 宗教の本領たる不可知的の關門は、吾人の倫理中遠心性の作用によるにあらざれば、知るべからず。而して此作用に 22
よりて其關門に接触するものは、諸學中猫り純正哲學あるのみ。︵⋮⋮︶故に將來の宗教も純正哲學と共に進むは疑 なき事實なるべし。Lしたがって円了の﹁倫理﹂とは、単に人びとに道徳的な諸原則を教える学術であるにとどまら ず、人びとを宗教の世界へとさし向ける学術的反省でもあった。つまり﹁倫理﹂とは単に﹁学術﹂であるばかりでは なく、円了の所謂﹁純正哲学﹂の本質的性格という意味をもつ言葉でもあったのである。ところで﹁純正哲学﹂と ﹁宗教﹂との関係はどうか。﹁純正哲學と宗教とは亦各其本領を異にす。純正哲學は思想の正面に城門を開き、往々 反面に進入するも、論理の力窮まりて自退自却するの已むを得ざるに至る。之に反して宗教は論理によらずして、信 念信仰に本つくものなれば、思想の反面に突進して、此に安住するを得るに至る。﹂すなわち﹁純正哲學﹂は、﹁宗 教﹂の世界の必然的な存立を解明する論理的・倫理的反省であって、その意味で﹁学術﹂なのである。だから﹁純正 哲學﹂は﹁宗教﹂ではない。﹁宗教﹂の世界は﹁道理を以て知るべからざる境遇﹂であり、まさに道理に頼る﹁純正 哲學﹂はこのような世界の存立の必然性を指摘することができるのみである。つまり倫理的﹁純正哲學﹂は、人びと を﹁宗教﹂へつれて行く手段にすぎない。故に﹁宗教﹂を倫理的﹁純正哲學﹂の体系に還元することはできないこと そんけん にもなる。この意味で、井上円了は巽軒・井上哲次郎の宗教論に反対するのである。 このように井上円了にとっては、﹁倫理﹂すなわち﹁純正哲学﹂は人びとを﹁宗教﹂へと差し向ける手段であるが、 しかし極めて重要な、欠くべからざる手段であることもまた確かであった。というのも﹁純正哲学﹂の倫理的・倫理 的反省によってはじめて﹁宗教﹂と﹁学術﹂の相依的関係が明らかに把握されるばかりではなく、また両者の真の在 り方も明らかにされるからである。﹁宗教﹂が真に﹁宗教﹂たるためには﹁學術の裏面に立ち、政治の陥欠を補ひ、 道徳の根底を養ひ、以て世を益し人を利する﹂ものでなければならない。言い換えれば、﹁學術﹂を真の﹁學術﹂た らしめる条件としての役割を果たすものでなければならない。﹁宗教﹂が﹁學術の裏面﹂に立つとはこの意味であろ 23
う。しかしながら、そのためには﹁宗教﹂は﹁純正哲学﹂において解明された學術的宗教でなければならない。円了 が理想とする﹁思想﹂の在り方ー世界現実を捉える基本的態度の在り方とは、こうして学術的にその存立の必然性 を解明された宗教的叡知を根底にもち、それに言わば照らされ、そこへ人びとを導く學術的知識の体系であったと考 えられる。 そしてこのように位置づけられた﹁宗教﹂が、円了にとっては真の﹁宗教﹂であったと考えてよいであろう。﹁余 は宗教の組織は智力の骨と情感の肉とを以ってせざるべからずと云はんとす。而して其智力の骨は心理學にあらず。 倫理學にあらず。純正哲學を待ちて研究すべきものなり。故に余は宗教は純正哲學の一部を懸用となす。﹂言い換え れば﹁宗教﹂は﹁学術﹂としての﹁純正哲学﹂を論理的解明の手段あるいは媒介項としてもち、情感的に展開される ﹁思想﹂でなければならない。﹁純正哲学﹂を論理的解明の手段、 つまり﹁雁用﹂としてもつことによって ﹁宗教﹂ は情感的であると同時に合理的ー学術的なものとなるのである。このような﹁宗教﹂の確立、これが円了の目指し ていたことだったように思われる。円了によれば﹁宗教﹂とは、﹁吾人の不完全なる自畳より完全の域に進向せんと する先天的内容によりて喚起せるもの﹂であった。それ故、宗教的態度とは﹁人間全躰の不完全を自畳し、眞の完全 は人間以上にありて存するものとし、遂に絶封の關門を叩きて完全の個躰を喚起し、之を目標となすに至る﹂もので ある。こうした宗教的態度をとるということが人間の生の営為にとって﹁先天的﹂なることを指摘し、その意味内容 を解明するのが﹁純正哲學﹂であり、ここに﹁宗教﹂は合理性を獲得することになろう。合理的に立証せられたる ﹁宗教﹂ーその宗教的根本原理の存立が﹁思想﹂にとって必然的なることが合理性をもって解明されているばかり でなく、そこでの宗教的情感の展開もまた人間の生の営為のなかで必然的なることが合理的に立証されているような 営為、これが円了にとっての真の﹁宗教﹂であったように思われるのである。 24
円了は、いま論者が中心資料として採用している論稿ー︽余が所謂宗教︾のなかで、しきりに仏教の改革という ことを主張するが、その改革の主旨は、具体的にはこうした合理的に立証せられた﹁仏教﹂の確立ということであっ たと考えられる。しかし、このことは従来の﹁仏教﹂ー特に大乗仏教的信仰の態度が本質的に不合理なものであっ たから、それを合理的なものに組み替えるとか、あるいはそれに合理性を付け加えるということでは決してなかった であろう。なぜなら、円了にとって大乗仏教的信仰は、すでに本質的に合理的な在り方をもつものであったからであ る。言い換えれば、大乗仏教的信仰の在り方は、すでに﹁純正哲學﹂的に解明され、それが真の﹁宗教﹂たることを 立証され終っているものだったからである。このことは、円了の世界観ー﹁思想﹂が前に述べたように基本的には 大乗仏教的信仰者のそれであったことからも明らかであるが、早くも﹃仏教活論序論﹄のなかで円了は次のように述 べている。﹁已二哲學界内二眞理ノ明月ヲ襲見シテ更二顧テ他ノ喜来ノ諸教ヲ見ルニ︵⋮⋮︶濁り佛教二至テハ其説 大二哲理二合スルヲ見ル。余是二於テ再ビ佛典ヲ閲シ、益其説ノ眞ナルヲ知り手ヲ拍シテ喝采シテ日ク、何ゾ知ラ ン、欧洲敷千年來實究シテ得タル所ノ眞理、早ク已二東洋三千年前ノ太古ニアリテ備ハルヲ。﹂すなわち、哲学的ー ﹁学術﹂的批判に耐え得る根本原理にもとついて展開される宗教的態度、これを﹁仏教﹂はすでに備えている真の ﹁宗教﹂であると言うのである。それ故、円了が言う﹁佛教﹂の改良とは、それが本質的に真の﹁宗教﹂であること を人びとに知らしめること、そしてこの立場から従来の仏教的信仰の在り方を﹁学術﹂的批判を媒介として純化して ゆくこと、このことであったであろう。円了の啓蒙家としての活動の内実は、本質的には仏教的世界観、そして仏教 的信仰の真理性の主張、ならびにこのような立場からする仏教的信仰の在り方の純化ということではなかったかと思 われる。 すでに本論の冒頭で簡単に触れたように、井上円了は明治三十年代の中頃から言わば社会啓蒙家として広く巡講の 25
旅に出るが、その目的は人びとに真の仏教的世界観と信仰にもとつく生き方を教える旅であったと思われる。円了は 先づ護法家であったであろう。ここに井上円了の基本的立場があったと考えることができる。護法家として民衆のな かに広く入り、仏教ーそれも大乗仏教信仰の精神を生かす道徳の在り方を説き、その道徳を生きる人間形成の方策 を論じ、そして﹁お化け博士﹂と異名を献呈されるほどまでに仏教的信仰の純化された在り方を主張して止まなかっ た人、それが井上円了だったと言ってよかろう。 26 二、井上円了の教育観 井上円了の啓蒙活動は、それが哲学館の枠を超えて社会的に展開されたときでも、やはり本質的に教育活動であっ た。円了はその生涯を教育家として過した人物でもあった。それ故、その教育理念を解明することは、円了の思想の 輸郭を探るために必要な作業であると思われる。そこで﹃円了講話集﹄に収録されている論稿︽教育と宗教との關 係︾を主な手掛りとして円了の考え方を探ってみたい。 円了は教育的営為を基本的に﹁理學﹂ーすなわち﹁学術﹂の領域に属する活動と位置づけている。したがって ﹁教育﹂は、今日の言葉で言えばそれ自体科学的活動である。そして科学的活動は﹁現世一世﹂に関わる。 つまり ﹁教育﹂は、﹁人の生長と共に次第に変化する心象に基づき﹂その活動を展開し、こうして﹁此世界に封して道徳を 守らしめ、以て完全なる人物を作らんと﹂意図して﹁智識の開襲﹂に専念する活動であるとされている。﹁教育﹂そ れ自体は未知なるものを可知なるものへ転ずる営為なのである。 この点で﹁教育﹂は﹁宗教﹂とは異なる。なぜなら﹁宗教﹂は﹁終始不愛なる心髄に基く﹂活動であり、それ故
﹁廣く過去未來に亘りて三世に相關す﹂と考えられる営為だからである。言い換えれば﹁宗教﹂は﹁心鵠﹂という言 葉で表現される世界観形成のための根源的態度そのものに関わってその内実を体得しそれにもとついて世界を生きる 営為なのである。故に﹁宗教﹂の目的は﹁心霊の安定﹂にあるとされる。つまり、円了が構想している﹁宗教﹂とは、 時代と場所を通じて変ることのない世界観を体得してそこに安息し、さらにその立場から﹁現世一世﹂の事象1 ﹁心象﹂を解釈し、統括する態度であったと見ることができよう。その意味で﹁宗教﹂は知的反省のみにてはその内 実に入り得ない不可知なるものより可知なるものを意義づける営為である。 したがって﹁宗教﹂は﹁教育﹂を真に﹁教育﹂たらしめる条件であり、﹁教育﹂は﹁宗教﹂を現世に展開し、現世 を倫理的世界たらしめる条件ということになろう。すなわち、﹁宗教﹂と﹁教育﹂の関係は、﹁宗教﹂と﹁学術﹂の関 係に同定され得る。それ政、両者の関係は円了の所謂﹁純正哲學﹂に媒介さるべきことがらである。 ところで﹁教育﹂は円了によれば現世の具体的な人間に関わり、身体の教育ー﹁艘育﹂と精神の教育 ﹁心育﹂ に分かれる。前者は主として生理学および物理学や化学を理論的解明の手段とする応用部門 実践活動であり、後 者は心理学によって理論づけられる応用部門である。そしてこれら両部門を総合して理論的に解明する哲学 哲学 学、倫理学および論理学に分かれる部分学としての哲学によって言わば基礎づけられるとされる。そしてこうした教 育的理論と実践の全体が、総合学としての哲学ー﹁純正哲學﹂に媒介されて宗教的営為と結びつけられ、思想とし ても実践としても成り立っていると考えられている。しかも単に成り立っているというだけではなく、真にその名に 価するものとして成り立っていると考えられているようである。というのも、 ﹁宗教﹂と﹁教育﹂は共に﹁吾人の一 心﹂に関わると考えられているからである。すなわち、両者は共に﹁心﹂ 人間の世界観形成のための基本的態度 に関わるとされているからである。そして前述したように﹁宗教﹂は﹁心艘﹂ 基本的態度そのものに関わり、そ 27
の確保を目的とする。つまり﹁心霊の安定﹂を目的とする。それに対して﹁教育﹂は﹁心象﹂1基本的態度そのも のにもとつく具体的現実の把握ということに関わる。故にそれは﹁智識の開襲﹂を目的とすると言われるのである。 しかしいずれにせよ両者は人間の二心﹂に関わり、そして﹁教育﹂は上記の意味での﹁心髄﹂の展開である﹁心象﹂ の開発を目指すのである。それも哲学的解明を媒介としてこれを目指すわけである。したがって、井上円了にとって ﹁教育﹂は宗教的精神にもとついて営なるべき知識開発の活動であり、さらに哲学的に合理性をもって遂行さるべき 活動であったと考えてよいであろう。 ところで教育活動は、円了が﹁現世一世﹂という言葉で表現している現在の世界に関わり、そこで生きる人びとの 人格の完成を目指す。言い換えればそれが展開される世界は、円了の所謂﹁国家﹂の人間に関わり、その人格の完成 を目指すのである。したがって﹁宗教﹂も、それが﹁教育﹂存立の条件である限り、﹁国家﹂の人間に関わることと なる。すなわち両者は共に、それが教育的活動の本質的な構成要素として働く限り、円了の大乗仏教的世界観からす るところの﹁仮﹂の世界ー事象の世界に在る人間に関与するのである。こうして両者は共に大乗仏教的﹁思想﹂ を、具体的に生活の在り方のなかで実現する人びとの﹁国家﹂ー理想的な事象の世界の形成に参与するのである。 このように井上円了は、教育活動を基本的には宗教的精神、とりわけ大乗仏教的な世界観にもとつく宗教的精神に 基礎づけられた学術的活動として捉えている。そして宗教的精神を﹁現世﹂を生きる生き方において実現するような 人間の形成を目指す活動なのである。﹁︵⋮⋮︶理論上にありては宗教と教育と全く相異なる所あり。又相一致する所 あり。而して其相異なるは内外其道を異にし、表裏其門を異にする迄にて、其目的とする所に至りては一なり。帥ち 眞理に基づきて入心を目的とするに至りては一なり。﹂要するに円了にとって﹁教育﹂とは大乗仏教的精神を顕現せ しめ得る人間の育成、そのための知識の開発を目指した事業だったと言ってよかろう。 28
ところで宗教的精神を顕現せしめた世界、すなわちそれを現実化した事象の世界とは、道徳的な人間が生きる世界 であり、道徳的な社会のことであろう。宗教的精神を事象の世界で生きる行為とは道徳的な行為を意味する。それ 故、円了は道徳を本質的にどのようなことがらとして捉えていたか、このことを次に探ってみなければならない。 三、井上円了の道徳観 井上円了の道徳観を簡潔に探るためには、﹃甫水論集﹄のなかの一篇、︽仏門忠孝論一班︾を手がかりにするのが至 便であろう。故に、この論稿のなかに立ち入ってゆきたい。 しかし円了の道徳観も基本的にはすでに述べたように所謂﹁哲理の中道﹂にもとついて捉えられなければならな い。円了はまずこの考え方に従って道徳という事象を﹁思想﹂のなかに位置づけている。円了にとって道徳は﹁中道 の哲理﹂にしたがって整理された世界観において﹁平等上の差別門﹂に位置づけられるべきことがらであった。すな わち﹁哲学の中道﹂によれば、﹁萬法を空じて眞如の理を現はす﹂ところの ﹁空門﹂あるいは同じことであるが﹁萬 有差別の相を空じて平等に入る﹂と世界を了解する﹁平等門﹂は、﹁眞如よりして萬法をその上に立つる﹂ところの ﹁假門﹂と相互に他を存立の必要条件として求め合う関係にある。そして﹁假門﹂においては、﹁平等眞如の上に萬 法差別の相﹂は﹁ふたたび平等の理世間に向て現はるる﹂に至る。円了によれば、道徳はこの﹁平等眞如の上﹂に現 われる﹁萬法差別の相﹂の世界に成立することがらだったのである。 この点をいま少し解明しておこう。円了が﹁假門﹂における﹁萬法﹂と表現しているのは、現在の世界において在 るさまざまの事物のことに他ならない。そしてそれらの事物は、﹁哲理の中道﹂よりするときには、一応は在りのま 29
まに存立するものとして了解さるべきものである。しかしそれらは、それぞれの固有な価値をそれ自身にもとついて 絶対的に有するわけではないと考えられている。現世の事物は、すべて﹁眞如の理﹂にその存立の根拠を有するもの として了解さるべきことがらなのである。その限りにおいて、それら事物は、その固有の価値と存立の根拠を自身の うちに有する個別的実体ではなく、﹁眞如の理﹂にもとつく﹁相﹂ーすなわち存在的価値においては平等なる現象 として了解されなけれぼならない。このように万物を存在的価値においては平等と見る立場を、円了は大乗仏教的世 界観における﹁出世間門﹂あるいは﹁向上の道﹂と呼称している。この立場に立つ限り、大乗仏教的世界観は﹁世界 主義若くは超世界主義﹂である。そして﹁宗教眼中に國家なしの一大見識を有せざざるべからず︽余が所謂宗教︾。﹂ つまりここで﹁國家﹂によって代表されている現世の事物は、すべて価値平等なる﹁相﹂として、その実体的価値を 剥奪される。 しかしながら現世の事物はまさに﹁相﹂として﹁眞如の理﹂にもとついて﹁其の上に﹂立てられているのである。 このような観点を、円了は大乗仏教的世界観における﹁世間門﹂あるいは﹁向下の道﹂と言っている。この観点に位 置するときには、大乗仏教的世界観は﹁冠會主義若くは國家主義﹂的であって﹁倫理に合し、政治に関する部分﹂と なる。こうしてそれは﹁宗教の力によりて國運を進長するの方針を守らざるべからず︽余が所謂宗教︾。﹂すなわち現 世の事物は、﹁眞如の理﹂の﹁相﹂としてー永遠なる理法の相対的なる現象として存立し、その固有の価値をその 都度且つ相対的に有するものと了解されるのである。﹁眞如﹂とは飽くまで﹁理﹂すなわち根元的ロゴスであって実 体ではない。﹁中道の哲理﹂で説かれる世界の真相は、世界の事物がどこまでも現象として、その都度且つ相対的に 価値的たることがらとして存立しているということである。故に大乗仏教的世界観で説かれる﹁眞如﹂とは、万物が 存在者としては一味平等なる資格において、しかし相互にそれぞれ固有の価値を有するものとして連関し合いなが 30
ら、動的に自己展開している世界の事態を在らしめる理法であると考えられる。そしてこのような理法は、上記の事 態を通してでなければ了解せられ得ないものであろう。 ところで万物が一味平等なる現象であるということ、ここに大乗仏教的同胞愛の心情が生まれる根拠があろう。万 物はその限りにおいて本質的なる価値的差別はない。しかしそれらは相互にそれぞれ固有の価値をもって他と区別さ れ、連関し合っているということ、ここに大乗仏教的な秩序意識の成立の根源があろう。万物はこの観点に立つ限 り、相対的にではあるが価値的区別をもつ。そして円了が構想する道徳とは、基本的に世界の存在者が有しているこ の両局面−相互に平等でありつつ、しかも区別されているという両局面を人びとに明示することがらだったように 思われる。﹁したがって差別の相は、現然として平等の上に森立するが故に、君臣父子兄弟朋友の秩序整然として齪 れず、人倫忠孝の常道亦決して廃すべからず。﹂すなわち円了の道徳の基本原理は﹁平等門﹂にもとつく﹁差別門﹂の 了解、あるいは同じことだが、万物平等の事実を自覚する﹁理論門﹂あるいは﹁向上の道﹂にもとずくところの、万 物固有の価値とそれらの連関を肯定する﹁雁用門﹂あるいは﹁向下の道﹂に言わば流れている道理という性格をもつ ものであった。しかもこうした道徳原理は、本質的に常に連関しつつ自己展開して止まない万物の世界にその在り方 を示す道理である。 それ故、円了の基本的な道徳原理の内容は、万物平等と言う絶対的事実の自覚にもとつく相対的価値あるいは相対 的秩序の肯定ということになろう。円了はこれを﹁慈悲﹂という言葉で表わしている。あるいは次のようにも言って いる。﹁又佛教に報恩と稀することあり。そは佛となりしものの、かく苦を抜き楽を得たる以上は之に向て其の恩に 報ゆる義務を有するを云ふ。︵⋮⋮︶然らば報恩の業務は如何すべき。曰く人を利し世を救ひ國家社会の幸福を祈り 君主父母の心を安んずるに外ならざるなり。﹂すなわち万物平等の自覚にもとつく在り方を、円了は報恩の行と言う 31
のである。したがって円了の道徳観も、円了自身がその生涯を賭けて啓蒙しようと志した真の大乗仏教的工ートスに もとついて成立しているものであり、このような道徳観を公表することこそ自体が、すでに上記の啓蒙活動の一環と して為されているものと考えることができよう。円了の道徳観は、その護法の精神に基礎づけられてはじめて成立し ているのである。 このことは、円了の次の言葉をもってしても明らかであろう。少し長い引用になるが、︽仏門忠孝論一班︾の結論 部分に相当する個所である。﹁佛教にありては猫り君父を以て一種の付属物と見ざるのみならず萬法帥眞如の道理に よれば皆平等一様に佛なり。ゆゑに吾人が君父に蓋すも決して候りの道にあらずして眞の道なり。又佛教には平等門 差別門の二種の方面あることを記せざるべからず。向上の平等よりいふときは仏教も耶蘇と同じく眼中國家なく君臣 上下の別なく等しく眞如一味の平等海なれども、此平等の裏面に於て直に差別の附随するありて君も父も自他彼我の 別も皆並存し、非國家中に國家の存立の疑ふべからざることを示すなり。之を要するに、佛教の本意は差別は平等を 離れず平等は差別を離れず向下は向上を離れず向上は向下を離れず、二者の中道を立つるにあり。果して然らば二者 中何れか輕重あらんや。平等向上の道の大切なるが如く、差別向下の道も亦等しく貴重せざるべからず。﹂ 井上円了にとって道徳とは、その啓蒙活動の具体的にして最も中心的な内容であったと言うことができる。その道 徳の内實は大乗仏教的工ートスにもとつく人倫の道である。人倫の道の具体的な徳目を、円了はここで主として取り 上げている論稿の題目でも明らかな如く、﹁忠﹂と﹁孝﹂をもって代表させている。このことの意味は、円了自身の 幼時より受けた教育とかれを取り巻く当時の社会的・歴史的状況とを合わせて、さらに吟味されなければならない。 しかし現在の論者には、この問題に立ち入るに充分な資料の持ち合わせがない。それ故、これは論者にとって説明さ るべき課題として残されていることがらであると考えている。だが基本的視点は、これまで述べてきたことから明確 32
ヘ ヘ へ であるように思われる。すなわち井上円了は何よりも護法家であったということである。ここから凡てのことが始ま る。護法家として円了は大乗仏教的世界観が哲学的な解明を経ても真に一個の完成した世界観であることを人びとに 示した。これが円了の啓蒙活動の内実であった。そしてこうした啓蒙活動が単に大学という組織に留まらずに民衆の 世界にまで拡がった教育活動として展開された。その教育活動、あるいは同じことだが啓蒙活動の内容の少くとも重 要な一項目として、道徳に関することがらの理論的解明と実践的指針の表明があったと考えてよかろう。 そしてこのことは、円了がすでに﹃仏教活動序論﹄において鮮明に打ち出している所謂﹁護國愛理﹂の理念にも、 いささかの解明の光を当てるよすがとなるであろう。井上円了は、当代の一部の啓蒙活動家と同様に、単に西欧先進 諸国の市民と社会を規定している合理的精神と秩序を受容して、これで祖国の民と国家あるいは社会を律して満足す る人物ではなかった。円了はその合理性の眼で、かれの出自である仏教思想を吟味し、そこにそれが真に合理的な世 界観であることを確認した。少くとも円了自身はこのことを確信したのである。こうして円了は、合理的精神と合理 的秩序はなにも西欧的世界観の専有物ではなく、凡そ世界観が真に世界観たるためには必然的に保持せざるを得ない 特質であることに気付いたのである。すなわち合理性は思想一般の完成にとって普遍的要件であることを、円了は理 解したとも言うことができよう。そして円了はこの完成した思想を大乗仏教思想のうちに見出した。このことの成果 が﹃仏教活論﹄三部作に代表される明治二〇年前後の諸著であろう。 したがって円了にとっては、合理的精神に言わば媒介せられた大乗仏教的世界観を確保してそこに立脚すること は、個人的にも国家的にも、所謂﹁主体性﹂を確保しそれを貫徹せしめることを意味していたであろう。すなわちそ れは個人の独立を意味し、国家の独立を意味していたものと考えられる。それ故﹁護國愛理﹂とは、これを分析する と﹁国を護る﹂ことと﹁真理を愛する﹂こととが相即の関係にあるものとして了解し、これを円了の所謂﹁思想﹂を 33
生きる基本的な在り方とすることを意味すると思われるが、その﹁真理﹂とは大乗仏教的理法あるいは世界観のこと である。つまり﹁愛理﹂は﹁護法﹂という理念と同定され得る。 ﹁護国愛理﹂とは、円了が同じ﹃仏教活論序論﹄の なかでしばしば表明している﹁護法愛國﹂ということと密接な連関をもつ理念であると言えよう。同書のなかで、円 了は﹁佛教中二眞理ノ存スル﹂ことを解明し、この﹁眞理﹂を﹁今日二護持拡張スル﹂こと、これが﹁愛國ノ一策﹂ と言明しているのである。 そうすると円了が﹁護國愛理﹂と語るときの﹁国家﹂とは、大乗仏教的理法に言わば生かされて存立さるべき国家 ということになろう。このような国家へと現実の国家を指し向けてゆくこと、ここに円了のナショナリズムの内実を 見ることもできるであろう。しかしこうしたナショナリズムの下に構想されている国家は、決してそれ自身のうちに 固有の価値の根拠をもつ実体的なる国家を意味しない。少くとも円了の基本的世界観よりするとき、かれが実体的国 家の理念を有していたとは考えられない。それはむしろ大乗仏教的工ートスに生かされて現象する理想的国家を意味 するもののように思われる。しかしながら円了の国家理念をここでこれ以上追求することは慎みたい。論者がここで 主として利用した三つの論稿からは、この問題に光を当てる手がかりは得られないからである。この問題は、先の忠 孝論と同じように、円了自身の個人的な経歴と円了が置かれていた時代の状況を背景にして解明さるべきことである だろう。この問題の解明も論者に残された課題である。 34