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作者はどこへ行ったのか : Foucaultの場合

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作者はどこへ行ったのか

    一Foucaultの場合

福  岡  忠  雄

序  「作者は死んだ」,「作者なんてものは最早存在しない」という言い方ぐらい 我々にとってショッキングなものはあるまい。特に,特定の作家を選んで研究 者としての半生をその作家に傾注し,それで以って研究者としてのアイデンテ ィティとする日本の英米文学者にとってはなおのことである。そういう私も 「日本バーディ学会」のれっきとした会員であり,今更Hardyなんていなか ったのだと言われても困るのである。  「作者とは一体何なのか」(‘What is an AuthorP’)とFoucaultが問い,「作 者は死んだ」(‘The Death of the Author’)とBarthesが宣告する時,実はそこ で問われているめは,我々の間にまだ残る伝統的作家観であって,テキストが ある以上誰かがそれを書いたことまで否定するものでは無論ない。彼等が異議 ありとするのは,「自由意思を持ち豊かな才能に恵まれた個入が,奔放な想像 力を駆使し,やがて,胸中に湧き起こった想いのたけを言葉を自由に操り表現 する」というような言い方なのである。その異議はただし徹底している。まず, 「言葉によって表現する」という言い方を認めない。「自由な想像力」という のも認めないだろう。いや,何よりも「自由な意思を持つ個人」そのものを否 定するはずである。一体なぜそうなるのか。作者は一体どこへ行ってしまった のか。  ただし,この問題への私の関心はそれ自体を目的とするものではない。つま り,作者の行方をつきとめることだけが唯一の目的ではないのである。言うま

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44 彦根論叢 第250号 でもないが,作者の概念は最近の批評理論の重要な争点の一つである。従って, その概念をめぐる“攻防”を辿ってみることによって,いよいよ複雑さを増し ている現代批評理論に対しなんらかの展望を拓くことができるのではないか。 それが私の密かな期待なのである。例えば,Foucaultの言うdiscourseの概 念,Barthesの言うwritingの概念, Derridaのgrammatology,更には,フ ェミニズムが立てたauthor−father−authorityの等式,それらはいずれも作者 の否定,ないしは従来の作者観への異議申し立てを含んでおり,彼らの手によ って作者がどこに追いやられたのか考えてみるためには,多かれ少なかれこれ ら“radical criticism”の拠って立つ基本的概念に踏み込まざるを得ない。従 って,これからの論述が時に‘‘作者”のテーマを逸脱することがあることを予 め断っておきたい。例えば,本論で取り上げるFoucaultについて言えば,彼 のショッキングな作家論について考えてみることが勿論主たる目的ではあるが, そこを手がかりとして,斬新にして難解と言われる彼の‘憲想”の一端に触れ てみたいという気持ちも同時にあるからである。 1  我々は,作品に接した時に当然のように「この作品の作者は誰か」,「誰がそ れを書いたのか」を問う。この問いかけは当然特定の固有名詞を期待するもの である。そして,NietzscheなりShakespeareなりの答えが返ってくればそ れで満足する。作者の分からない作品など落とし主の分からない忘れ物のよう でどうにも落ち着かないのである。しかし,作者の名前とは一体何なのか,と Foucaultは意外な質問を持ち出すのである。普通の固有名詞であれば,ある 人物を特定するのに役立てばそれで十分かもしれない。つまり,その人物と彼, 或は,彼女の名前が結び付けばそれでいいのである。Foucaultの例で言えば 「Pierre Dupont氏が青い眼でなくとも,パリに住んでいなくとも,医者で なくとも,Pierre Dupontという名前は同じ人物を指すことに変わりはない。         つまり名前と人とを結びつける指示性に何ら変化が起こっていないのである」。 1) Michel. Foucault, ‘What・is an Author?’, collected in Textual Strategies: Per一

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      作者はどこへ行ったのか一Fσucault.あ場合  45 しかし,作家,例えば,Shakespeareの場合はどうであろうか。・これまで彼 の住居とされていた建物が実はそうではなかったと判明したとしよう。ζの場 合も,Shakespeareという名前にさしたる変化は起こらないであろう。では, 彼のものとされてきたソネットの幾つかが,彼のものでなかったと判明した場 合はどうであろうか。かなり重要な変化が起こることは避けられないであろう。 つまり,作家の名前は普通の固有名詞とは違うのである。普通の固有名詞には ない特殊な機能が作家の名前にはあるということになる。また,Homerの場 合はどうか。「Homerという名前の者はいなかった」,この言い方を先ほどの Dupon氏を例にとって,「Dupontという名前の者はいなかった」という言い 方と比べた場合,両者の意味するものが全く違うことに気付く。Dupon民の 場合,文字通りそういう人物は全く存在していなかったことを指すにとどまる のに対し,Homerの場合,「flia dやUlyssesは複数の人の手になるものだ」, もしくは,「それら叙事詩⑱本当の作者は実は従来のHomer像とは全く違う ものだ」などの意味を招来するのである。この違いは何なのか。Foucaultは, 作者の名前とは,一連のテキストを他のテキストから分類・区別して,統一ρ あるまとまりとして束ねる機能の謂だと言う。Shakespeareという名前は,単 に,あの出自も経歴も怪しげな,妻に二番目にいいベッドを遺した実在のだれ かれを指すのではなくて,ffamletやKing Leα.rやThe Sonnetsの,つまり, 現在我々がShakespeare作と呼んでいる全ての作品を束ねる手段として機能 する呼称だとFoucau正t言うのである。ここで既に我々は生身の人間としての 作者から,単に,“機能”に過ぎなくなった作者へと作者についての概念の重 大な変更を迫られることになったのである。  しかし,これだけのことであれば,“ショッキング”と言うのはいささか大 げさだと思われるかもしれない。多かれ少なかれ,ニュー・クリティセズムの 影響の下に文学研究の方法を模索してきた肝腎1ことって・‘㍗者1’は給めか・ら 当る程度‘‘留操条件,’つきの存在だったのだから。手前昧噌になるが,私も十  spectives in Post−Structuralist Criticism, (ed.) Jostt6 V; Harar’i (lthaca, 1iNew Yor’k :  Cornell University Press, 1979), p. 146.

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46 彦根論叢第250号 年以前に司るHardy論の結びで次の様に書いたことがある。 私にとって,実在としてのHardyは無縁である。 Hardyは彼の残した 作品の背後にいる仮説的な存在に過ぎない。従ってその世界の方が私にと ってより“実在的”である。そして,その世界に一つの構造を認めること の方が,かつて実在した人聞にいかなる付度を試みるより重要なことのよ      2) うに思われる。 私の基本的な立場は,この一節が述べていることと今もそう変わりはないが, 振り返ってみると,ここには,ニュー・クリティシズム的な立場と,それ以後 の構造主義的立場が曖昧なままに混在しているようである。作者ではなく,作 品をというのがニュー・クリティシズムのモットーであった。それ以前の文学 研究が,作者,及び作者が生きた時代に関する詳細・緻密な学術的考証,大学 に於ける学者研究者の学問的二三を旨として行われてきたのに対し,一般の読 者,言わば素人でも文学を鑑賞出来ることを主張したのがニュー・クリティシ ズムであった。作者を前面に押し出すから,つい伝記的事実の渉猟,時代考証 の徹底に血道をあげるのであって,作品は一旦作者のペン先から離れれば,最 早,そこに有るのは自律的な,一つの完結した世界を持つ作品だけ,作者に関 する一切の詮索,特に,“作者の意図”などは全く無関係である,とするのが ニュー・クリティシズムの基本であった。つまり,作者から作品へという訳で ある。これなら何の予備知識がなくとも詩を味あうことが出来ると言うのであ る。  しかし,ここで注意しておかねばならないのは,ニュー・クリティシズムで は,作者は“無視された”(という言い方が不穏当なら,“敬して遠ざけられた”)の であって,“死んだ”訳ではないことである。「或る詩が作者のペンを離れるや 否やそれは自律的な存在となる,という言い方は構造主義的立場とは全く逆な 2)拙稿「バーディの小説に於ける悲劇的構造」,『彦根論叢 人文科学特集』第39号  (昭和53年),p.47.

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      作者はどこへ行ったのか一Foucaultの場合  47    おのである」。ニュー・クリティシズムと,それ以後の構造主義,或はポスト構造 主義との関連及び違いについては,いずれ稿を改めて考えてみたいと思ってい る。従ってここでは,作者及び作品の概念について論を紋りたいが,Foucault はこの様なニュー・クリティシズム的“作品”の概念をも否定しているのであ る。    It is a very familiar thesis that the task of criticism is not to bring   out the work,s relationships with the author, nor to reconstruct through   the text a thought or experience, but rather, to analyze the work   through its structure, its architecture, its intrinsic form, and the play of   its internal relationships. At this point, however, a problem arises=       4)   “What is a work?” ここでもFoucaultはNietzscheを例にとって言う(因みに, Nietzscheは Foucaultに最も重大な影響を与えた思想家の一人である)。例えば,我々がNietzsche の全‘作品”を新たに刊行するとしよう。ここで言う全作品とはどこからどこ までを言うのかと彼は問うのである。既に公刊されたものは勿論として,では 草稿はどうか。これもきっと入るだろう。下書き用のメモ,結局はボッになっ た章句,ページの下段の脚注,これも入れることにしよう。では,才気溢れる 箴言が一杯書き込まれている彼のノート,もしそのノートに,それら箴言に混 じって人に会うための覚書,誰かの住所,何かの長い詳細なリストが見つか ったとしたらどうであろう。作者が書いたものという意味ではこれも“作品 (work)”から除外する訳にはゆくまい。つまり,際限がないのである。「誰か が死後残していった無数の“書き残し”の中で,どうやって“作品”を限定出       うラ 来るというのか」。それは極論,普通“作品”と言えばそこまでは含めない一 と反論することは返ってFoucaultのレトリックに捕らえられてしまうことに なる。「普通,作品と言えば」という,まさにその‘‘常識”一人々が改めて 3) Jonathan Culler, Structuralist Poettcs (lthaca, New York: Cornell University  Press, 1975), p. 30. 4) Michel Foucault, oP. cit., p.143. 5) lbid., p.144.

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48 彦根論叢 第250号 検証するまでもなく前提とする“真実”  の実体,その“真実”の生成過程 こそFoucaultが暴こうとする真の目標だからである。つまり‘‘作家”がそう であったように‘‘作品”もまた実体の極めて曖昧な,‘‘でっちあげられた”概 念であり,誰が,何のためにこのような概念をでっちあげたか,そのカラクリ にメスを入れるのがFoucaultの真の目的なのである。 n  思わず口が滑って「Foucaultが暴こうとする真の目標」などと言ってしま った以上,ここらあたりで,一旦,作者論を離れて,“Foucaultの思想”の全 体的な見取り図のようなものを提示せざるを得なくなったようだ。とは言って もその豊穣さだけでなく,難解さでもっとに有名なFoucaultのこと,彼の思 想を全幅にわたって体系的に要約することは至難の技である。このような場合 に残された唯一の方法は,彼の著作に繰り返し現れるキー・タームの理解につ とめること以外にはなさそうである。しかし,これとても決してたやすいこと ではない。元々,「伝統的な学問分野の線引き,それによって規制される発言        の 形式こそ自由な思考を妨げるもと」と考えるFoucaultであってみれば,出来 るだけ“手垢のついた”語彙は避けたいわけで,次々と新語,或は,彼なりの 特別な意味を賦課した語彙を造語してゆくのはやもう得ないことなのである。 “考古学”,“系譜学,’,“排除,’,“セクシュアリティ”一数え上げればキリがな いが,その中でも,特に一貫して彼の考え方の中心に近く位置しているのは, ‘‘ セ説”(discourse),“力”(power),“知識”(knowledge)の三つの言葉ではない だろうか。その三者の相互の関係を端的に表しているのが例えば次のような文 章である。 The object (of this book), in short, is to define the regime of power一 6) Michel Foucault, ‘The Discourse on Language’, an essay appended to his  7「he/lrchaeologyげKnowledge(New York:Pantheon Books,1972), pp.223−4.  CThis essay is based on the lecture delivered in French at the College de France  on December 2, 1970)

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      作者はどこへ行ったのか一Foucaultの場合  49 knowledge−pleasure that sustains the discourse of human sexuality in our part of the world.... Hence, my main concern will be to locate the forms of power, the channels it takes, and the discourse it per−  7) takes.... Foucaultの言う「言説」の概念は大変複雑で,奥が深い。ただ一つはっきり しているのは,我々の「言説行為」(discursive practice)は決して自由ではない ということである。「どのような社会であれ,言説を行おうとすれば,一定のき        s) まりに則った管理・選別・組織化にさらされざるを得ない。」しかし,これを 単純に“言論の自由の抑圧”というレベルだけで捉えてはならない。Foucault の主張の最も斬新なところは,「言説は解放されることによって,実は,支配 されることになる」という,彼一こ口パラドックスにある。その最も分かりや すい例を先ほど引用したThe History of Sexualityの中に見ることができる。 この本は,イギリス・ヴィクトリア朝に於ていかに“性”が取り扱われてきた かという問題を中心に据えたものである。この時代が一切の性的な事柄に関し て極度に神経質であり,性に関する言説が厳しく抑圧されていたことは通説に なっている  いや,Foucaultのこの本がでるまではなっていた。ところが, Foucaultは「イギリス・ヴィクトリア朝ほど,性についての言説が奨励され た時代はない」と,真っ向からこの「抑圧の仮説」(The Repressive Hypothesis) に挑戦したのである。Foucaultの言うのはこうである。これまでヴィクトリ ア朝が性に関する言説の極めて窮屈な時代だったとみなされてきたのは,日常 会話,或は,社交の場に於てはあからさまな性行為への言及を避けるという ‘‘ nみ”の面からしか性についての言説を見てこなかったためである。もっと 別の角度,例えば,医学,精神病医療,刑法,社会的管理の観点から見れば, これ程“性”が語られる対象とされた時代は無かったと言うのである。それま 7)Michel Foucault,7’he HistoryげSex ecality(New York 3 Vitage Books,1980),  p.11. (Originally published in France as La Volentg de savoir by Editions  Gallimard, Paris, in 1976) 8) Michel Foucault, ‘The Discourse on Language,’ p. 216.

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50 彦根論叢 第250号 で専ら性は肉の誘惑として,魂の安寧を脅かすものという宗教的見地からのみ 語られてきた。それが今初めて科学的真理探求の対象となったのである。しか し,これを理性による“進歩”とみなす視点はFoucaultにはない。むしろ, “科学的真理”がいつの頃からか絶対のキリ札として横行し始めたその経過を 問い質そうとするのである。一般に,構造主義者及びその周辺に位置する人々 の共通項として,絶対的なもの,超越的な視点に対する警戒,或は,嫌悪感が       ラ あり,Foucaultもその意味では相対主義者なのである。それはともかく,重 要なのは,18世紀,19世紀イギリスに予て,性が様々な角度から語られるもの となったということである。つまり,性の言説化(transformation of sex into discourse)がかつてなく活発に行なわれだしたという事実である。これまで夫 婦だけの秘め事だった筈の領域に“衛生”,“優生”という名で医学が入り込み, 教育の名の下に子供のマスターベーションが問題とされ,かつてはせいぜい “ヘンタイ”と呼ばれる位で多くは黙許されてきた痴漢行為が,社会の公序良俗 を乱すとの理由で刑法の対象となり,いずれも詳しく“記述”(documentation) されるようになったのである。これら「言説化」はなぜ奨励されたか。  性の秘めるエネルギーは不気味である。いっそれが,どんな形で“事件”と して,或は,“偶発”として収拾のつかないアナキー的なエネルギーを爆発さ せるか分からない。そのエネルギーをたわめ,管理するために最も有効な手段 が言説化であったとFoucaultは言う。それはちょうど,中世以来カトリック 教会で“告解”という形で全ての信者が性について事細かに語る事を要求され たのと同じ目的だと言うのである。言説化することによって,このプロテウス のような,或は,キミーラのような怪物,絶えず姿形を変える得体の知れない エネルギーを「言説」の橿の中に取り込み,それを“見える形で”管理しよう というのである。  勿論,言説化はどんなものであってもいいという訳ではない。ある“意図” の下に,一定の方向に沿って言説化が図られる。この言説化の背後に潜むのが 9) See, for example, John Sturrock(ed,), Structuralism and Since: From Ltivi−  Strauss to Derrida (Oxford : Oxford University Press, 1979), p. 4.

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      作者はどこへ行ったのか→Foucaultめ場合  51 Foucaultの言う‘‘力”(power)である。「これらの性の言説の氾濫は決して ‘‘ ヘ”とは無関係に,“力”に逆らって行われたのではない。まさに‘‘力”の場        (space)に於て‘‘力”の発動の手段として行われたのである。」ただし,「“意 図”の下に」というような言い方は誤解を招く恐れがあるかもしれない。“力” を,時の政治権力とか,特定の階級的イデオロギーによる支配というような狭 い意味に解させてしまうからである。Foucaultの言う‘‘力”の概念はもっと 複雑で,時として曖昧で.ある。  The question of power remains a total enigma. Who exercises power?And ill what sphere?...Everywhere that power exists, it is being exercised. No one, strictly speaking, has an o缶cial right to power;and yet it is always exerted in a particular direction, with        some people on one side and some on the other. この引用からも分かるように,Foucaultの言う“力”の概念の曖昧さの原因の 一つは,それが伝統的な概念とは出発点からして違うからである。「力とはな にか」,「力は何から発しているか」が従来の最初の問い掛けであったのに対し, Foucaultの場合「力はどのようにして発動されるか」,「力の発動はどのよう な結果をもたらすか」という見地から出発しているのである。つまり,力を何 ものかが“牛耳ったり”,“纂奪したり”する対象と見るのではなく(「力の正当 な所有者などいない」),「複雑な戦略的状況」(complex strategic situation),「増殖 する.諸勢力の拮抗」として見ようとするのである。従って,このような“力” の発動は,“意図的”であると同時に“人為を越えた”(non−subjective)もので  12) ある。  この分かりにくさはむしろFoucaultの考え方の根本から発している。「結 局それは密なのだ」との問いが満たされないと我々は満足しない。そのような, 10)Michel Foucault,丁加H’istoryげSexual吻, p.32. 11) D.F;Bouchard (ed.), Language, Counter−Memory, Practice: Selected Essays  and Tnterviews by A4ichel Foucault (Oxford : Blackwell, 1977), p. 213. 12) See Bary Smart, Michel Foucault(Chichester: Ellis Horwood Ltd., 1985), p. 77.

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52 彦根論叢・第250号 “現象”ではなく“実体”を,“結果”ではなく“原因”を,“周縁”ではなく ‘‘ ?j”を求める我々の思考形式自体にFoucaultは疑問を投げ掛けてくるの だから。  とにかく,我々の‘‘言説”は目に見えない形で“力”によってコントロール されている。逆に言うと,“力”とは,目に見えない形で“言説”をコントロ ールするものということである。この両者は,このように,お互いがお互いを 支え合う形でしか定義できない。“力”は“言説”を私有化しようとする。しか し,同時に“言説”が新たな“知”の地平を切り拓いて別の“力”を生み出す。 つまりは,「複雑な戦略的状況」としか言いようのない何ものかなのである。  しかも,この“言説”と“力”との癒着の関係は常に狡猜である。“力”は 決してそれと分かる形で“言説”を使良したり排除したりはしない。「真理へ の意志」(the“will to truth”)という“隠れ蓑”の下に目的を達しようとするの である。“知への意志”,“真理への意志”もまた,或る種の言説に対しこれを 排除しようとして作用するシステムの一つに過ぎない。‘‘真である”,“偽であ る”との区別は決して普遍的なものではない。この区別もまた“狂気”と“正 常”の区別同様に「歴史の産物」(ahistorically constituted division)に過ぎな いのである。つまり,その“意志”の背後には“力”が潜んでいて,言説の使 喉・排除を企図しているのである。前述の,イギリス・ヴィクトリア朝の性が 一方で厳密なまでに沈黙を強いられながら,他方に於て科学的真理の下に過剰 な饒舌を産み出したことを思い出して貰いたい。そこには珍しくあからさまな “力”の意図が見えてくる筈である。と言うのも,当時,即ち18世紀から19世 紀にかけてのイギリスは,ブルジョワジーの進出とともに,政治的にも経済的 にも隆盛期にあり,この隆盛を維持し拡大するために最も重要な要件は人間, 即ち,“人的資源”(manpower)としての国民であるとされたのである。‘‘資源” であるからにはこれを大事に保護し,上手に増やしてゆかねばならない。つま り国民の“性”こそ人的資源のみなもと,国運を左右する一大事として管理か        つ奨励の対象となったのである。この奇妙な矛盾,即ち,一回目沈黙を強いな 13)Michel Foucault, The H’is to ry of Sex uality, pp. 25−6.

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      作者はどこへ行ったのか一Foucaultの場合  53 がら,他方に於て(入口論として,性医学として,性教育論として)それまでに例 を見ない程の性の言説の氾濫を産むというこの矛盾こそ,“力”とそれに操ら れる‘‘言説”の関係を如実に浮かび上がらせるものと言えよう。 皿  ‘‘知識”,‘‘力”,‘‘言説”一この三項からなる「複雑な戦略的」状況につい て,前章では主に“力”と“言説”との関係に焦点を当てて述べてきたので, 本章では“力”と“知識”の関係について,別の角度からもう少し詳しく見て みることにしよう。Foucaultは1975年に一Discipline and Punishという著作 を発表しているが,この中で彼は論究の対象として,刑罰の執行者としての司 法の‘‘力”を取り上げている。即ち,この“力”が18世紀から19世紀にかけて “知識”,“真理”,“言説”との連携を深めていったこと,その連携を通して刑 罰が「複雑な社会的機能」を果たし,同時に「政治的戦術」の役割を担うに至 ったこと。更には,刑罰の方法が次第にヒューマンなものとなり,人間につい ての知識・理解が法の判断の中に大きく取り入れられるに至ったが,その背後 には実は“力”の戦略が働いていたということ。刑罰が拷問という形で肉体に 加えられていた時代から,やがて矯正・治療という形で,精神をその対象とし だしたのは,実は人間の肉体そのものを争奪・躁躍の対象とする“力”が,そ の纂奪・躁躍の方法を巧みに変形させていった結果だったこと。そのような観 点から,Foucaultは“力”と“知識”をめぐる戦略的状況を次のように説明 している。それまでの刑罰が多くの見物人を集めて大々的な“見せ物”,“見せ しめ”として公の場で行われ,しかも,その方法が四つ裂き,八つ裂きなど酸 鼻を極めた形で行われていたのに対し,近代に近づくにつれて,拷問は廃止さ れ,処刑は刑務所の塀の中で人目を避けて行われるようになった。この,一見 したところ,より人道的,より寛大な刑の執行はしかし実は“力”の側での一 つの企みであるという。その言う意味は,拷問が刑罰を加える対象を犯罪人の 肉体に限定していたのに対し,これら“寛大な処置”は,人間の精神を処罰の 対象にしだしたのである。つまり,入間が犯した罪そのものを罰するのではな

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54 彦根論叢第250号 く,そのような罪を犯すに至った人間の精神のあり方を問題にしだしたのであ る。その典型的な例が,犯罪と狂気を結びつけることによって新たに法体系の 中に参画した精神医学である。それは即ち,人聞の精神,更には,人間そのも のを科学的真実,知識の対象とすることであった。つまり,“力”と連携する “知識”によって人間が科学的言説によって定義され馴化されていったのであ る。この“力”と“知識”との関係が最も簡略にのべられているのは次の一節 であろう。  We should admit rather that power produces knowledge(and not simply by encouraging it because it serves power or by applying it because it is useful);that power and knowledge directly imply one another;that there is no power relation withotlt the correlative con− stitution of a丘eld of knowledge,110r any knowledge that does not        の presupPose and constitute at the same time power relations. ただし,ここでは“力”と‘‘知識”の関係は述べられているが,“力”そのも のの中身についてはやはり曖昧である。この点がFoucaultの主張に大いに賛         同ずる人の中に於てさえある種の竿立ちを覚えさせる理由になっている。しか し,Foucaultの発想方法の出発点となったものを思い返す時,これはむしろ 当然のことと言わねばなるまい。即ち,後に彼がどんなに否定してみせても, 14) Michel Foucault, Discipline and Punish (New York: Vintage Books, 1979),  p.27. (Originally published in France as Surveiller et Punir; Araissance de la  prison by Editions Gallimard, Paris, in 1975) 15)例えば,Edward W. Said.彼は,言説や真理への意志に関するFoucaultの主張  には大いに共鳴しながらも,“力”に関してだけは徹底を欠くものとして不満を表明  している。彼によれば,Focaultの“力”の概念が曖昧なのは,彼がマルキシズムと  一線を画そうとしたためであり,その結果,階級闘争という“力”をめぐる歴史のダ  イナミズムの最も重要な要素が欠落したと言う。   Yet despite the extraordinary worldliness of this work, Foucault takes a   curiously passive and sterile view not so much of the uses of power, but of   how and why power is gained, and held onto. This is the most dangerous   consequence of his disagreernent with Marxism, and its result is the least   convincing aspect of his work. Edward W. Said, The VVorld, the Text and   the Critic (Cambridge: Harvard University Press, 19zz), p.221.

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      作者はどこへ行ったのか一Foucaultの場合  55 彼の思考の根本には構造主義的な考え方,少なくともその基本命題の幾つかが しつかり根づいてしまっている。そして,その基本命題の最たるものが,モノ を実体としてではなく,関係の網によって規定されるに過ぎない存在と定義す ることにあるのは言うまでもない。  Foucaultの言う“力”もまたこのような関係の網の中でしか読み取ること ができないものなのである。  Now, the study of this micro−physics presupposes that the power exercised on the body is conceived not as a property, but as a strategy...that one should decipher in it a network of relations, constant量y in tension, in activity, rather than a privilege that one might possess....In short this power is exercised rather than pos− sessed;it is not the ‘privilege,, acquired or preser▽ed, of the dominant        class, but overal正effect of its strategic positions....  Foucaultがしきりに“力”の展開を推し計るにはeffectsを見るしかない というのは,既に述べたように“力”とはある社会に於ける諸々の関係の緊張 状態の中に拡散(diffuse),潜伏(disperse)しており,決してそのものとしては 姿を見せないからであろう。それは,言わば,蜘蛛と蜘蛛の巣の関係に似てい て,蜘蛛の巣が餌食を捕らえ,その網の中に縛りつけるメカニズムは,決して 蜘蛛そのものを取り出して解剖してみても解明されないのである。もし,それ ぞれの社会が蜘蛛の巣のように人間をからめとるメカニズムを秘めているとす れば,それはそのネットワーク自体の布置の構図,網の目と網の目との複雑な 緊張関係から推し計られるべきなのであって,そのネットワークの‘「仕掛け 人”(とおぼしきもの)をどれだけ取り出してみても,それは全てネットワーク が自己実現のために利用したinstrumentに過ぎない,そのような考え方が Foucaultの根底にはあると思われる。従って, FoucaultがDiscipline and Punishの中で試みているのは,決して単なる刑罰の施行法の歴史的推移とか, 16) Michel Foucault, Diseipline and Punish, pp.26−7.

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 56 彦根論叢 第250号 司法の権限についての考え方の変遷そのものの記録でもなければ,それら推移 ・変遷を原因と結果のロジックで解き明かそうというのでもない。むしろ,18 世紀,19世紀ヨーロッパに於ける刑罰の概念及び施行法の推移・変遷の動き, この局部的“揺れ”を一つの手がかりとして,社会を覆うネットワーク全体の 布置構図をあぶりだそうとするものである。「あらゆる刑罰のメカニズムの中        心に常に位置しているのは真理と力の関係である。」その結果,現代に持ち込 まれた“科学的言説”の横行,“真実”追求という名の下に行われる様々な言 説行為への干渉・抑圧・使吸を,根本から問い直そうとするのがFoucaultの 真の狙いなのである。 rv  “Foucaultの思想”の見取り図としてこれで十分だなどと言うつもりは全く ないが,この辺で話を作家論に戻したい。でないと,それこそこのままズルズ ルとFoucaultの“言説”の迷路の中に私自身が迷い込んでしまいそうである。 繰り返すことになるが,Foucaultによれば,’‘作家”という概念はとどのつま り,或る目的のために措定された“機能”の概念であると言う。ではこの概念 はどういう機能を果たすべく持ち込まれたものなのか。それは,前述の性のエ ネルギーと同じように,絶えず増殖し続けるフィクションの言説のエネルギー を統御せんがためだと言うのである。「作者(という概念)は,癌のように危険        ユき  なsingnificationの増殖を制限するためのものである。」人並み外れた才能を 持ち,優れた文章を駆使する“作者”というイメージ,それは優れた作者を措 定することにより,優れた言説を措定することになる。そうすることで,言説 の中に規範を持ち込み,その自由を制限するという訳である。その意味では, 従来の作者観は極めてイデオロギー的であるとFoucaultは言う。なぜなら, そのような作者観は,それが果たしてきた歴史的役割,つまり,言説行為の自 由を奪う権威的役割,authorityとしてのauthor,という真の姿を隠蔽し,逆 17) lbid., p,55. 18) Michel Foucault, ‘What is an Author?’, p. 159.

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      作者はどこへ行ったのか一Foucaultの場合  57 に,自由な言説を最も優れた形で実現したものという虚像を押し付けてきたか らである。  作者はなぜ死んだか一それを理解するためにはまず,我々が漠然と持って いる作者の概念そのものを再検討してみる必要がある。私がFoucaultの「作 者とは何か」をまず取り上げたのはそのためである。自分で振り返ってみて, その効果は予想以上だったように思う。「作者が常にいたわけではない。或る 時代は作品が匿名であることが原則だった。作品に,所有者として,1‘落とし 主”として作者が名乗り出てくるようになったのは最近のことである」という       ラ 言い方はFoucaultのあの有名な「人間とは響く最近の発明品である」という 言い方と同じ位ショッキングである。そして,この二つの発言の底には「主体 (subject)とは何か」という共通の問い掛けが横たわっている。  我々が“権力”を問題にするとき,よく「人間性を抑圧する大いなる力」と いうような言い方をする。Foucaultはそこに陥穽を見て取るのである。即ち そのような言い方自体一見“力”に抵抗を試みているように見えて,実は, “力”の企みに乗せられていると言うのである。“力”を“抑圧”のメカニズム でのみ捕らえようとする危険性については既に述べた。更に一渉進んで“人間 性”,“主体”の概念そのものをも検証し直すべきだとFoucaultは言うのであ る。即ち,“人聞性”とか‘‘主体”とかいうような概念はいつの時代にももて はやされていたわけではない。いつの頃からか,知らず知らずのうちに,恰も 疑念の余地の無い“真理”,検証の必要のない前提として我々に押し付けられ るようになった,その経過を見直すべきだと言うのである。つまり,“人間性”, “主体”の概念,具体的には人間の個別化(individualization)力弐ある時期を境に急 速に導入されるに至った裏には,それらの概念の確立・普及が己にとって好都 合とみた‘‘力”の戦略が働いていたと見るべきなのである。前述のDiscip line αnd Punishは,18,19世紀の刑罰の方法の変化,特に, panopticonと呼ば 19) Michel Foucault, The Order of Things:An Archaeology of the Human Sciences   (New York: Vintage Books, 1973), p.386. COriginally published as Les Mots   et les Choses by Editions Gallimard, Paris, in 1966)

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58 彦根論叢 第250号 れる“画期的”な監獄形態の導入の経過を辿ることによって,“力”の企みと         してのindividualizationをつきつめようとしたものである。論文「作者とは 何か」に於けるFoucaultの真の狙いもまたここにあったと思われる。テキス トを常に特定の個入,特定の主体,即ち,作者との関係で捕らえて何ら疑問を 感じない我々に,実はここにもまた,あの‘‘人間性”,“主体”の概念を展開・ 普及させたのと同じ“力”の企みが働いていることをFoucaultは警告してい るのである。 20)Foucaultの言う“系譜学”とは,一言で言えば,この“主体”を歴史的枠組の中  で位置づけようとする試みのことだと言える。   One has to dispense wish the constituent subject, to get rid of the subject   itselL that’s to say, to arrive at analysis which can account for the constitu−   tion of the subject within a historical framework. And this is what 1 would   call genealogy,... Michel Foucault, ‘Truth and Power’ a dialogue collected in   Power/Knowledge: Selected lnterviews and Other VVritings 1972−197Z (ed)   Colin Gordon (New York: Pantheon Books, 1972), p.117.

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