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余の宗敎觀

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Academic year: 2021

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(1)

超るや、向曾及波木井脅さ不合、瓢 h q 然ごして霊 廟を去り・しに非ぎる欺、其時興舎の心中果して、 一一概組織、異流唱導、延富費時、等の思考あ

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し ゃ、否や、所侍書多︿は口博的、に

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て幾多研究 の末ならでは断定ずるを得ず、前記せる統紀所連 の如きも、波木井訟の落髪は弘安四年さ記す、然 る に 縄 師 ﹁ 弗 一 − 一 子 俗 家 ノ 所 一 一 能 識 − ﹄ ご 訓 誠 せ 乙 脚 か 自 家撞着あるを見る況や保守的港歩的の彼慌の所懐 をや、昔肯の鮎何慮じかある、今後又資料蒐集に 努め更仁随見金故かれ U識者幸に諒ごし、愚子に敬 ふる仁惨なる勿れ。

高 小 坂 田 正 己 凡そ我々人間が、世に生存して行︿上じ於、誰 一人ごして煩悶苦情のない者は争い。生があれば 死があり、老があれば病があり、畿の歌集には必 ず煩悶苦痛が伴ふ。此様仁、、人生の大海には幾多 の苦乙みがある。人間は何うにか・して、此の苦し みから股れやうご考へたうそし− L 、或る人生を超 越した、崇高偉大奇る君を求め、之をへ桔化して 崇拝し、信仰し蹄依し其事に依て自己の慰安幸摘 を得て現賓の苦みを忘れやうご計た。,此の人生を 超越した或者を信仰し鯖依し其に依て自己の慰安 を計るご云ふが‘即も宗教である。であるから宗 教主事ふものは第一義のものではな︿第二義のも のである。若し人生に色々の苦痛も杏︿煩悶も争 ︿幸繭鳴であったならば宗教の必要は起らない宗教 の必要な揮は人生に色 A Y の苦痛煩悶があるからで ある。故に宗教の起原仁脅する人今の見解が何の 様に多種多様であっても自分は宗教も哲皐ご共仁 他の枇曾制度さ同じく自己の生活を豊富じし活動 を統一し平和を保も幸掘を増大’しようごする人間 生存上の欲求から起って来たものだど信守る。 低じ宗教が人聞の欲求から生じて来たものずあ るごしたならば、其の説明の仕方が色々に臭つ七 居℃も、要時人生を統一しようとし

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官設砂られ (42〕

(2)

た、第二義的仮定に外争ら争いのである。一仰の創 造を説いたり備の結劃を唱へるのは、其れが人生 を誠一するの仁、最も便利な良法、てあるからであ る。即ち一義生活の目的を達するための善巧方便 で あ る 。 大凡宗教ごか、哲事どか、科皐ごか、謂有人文 上の現象は、皆同じく目的を遣するために、設け られた、異曲同致の支持法である. げれざも宗教は他の哲事や科皐争ざさは異った 志向を持って居る。それであるから自然宗教特有 の様式が生じて来る政治には政治特有の様式があ ち蕗術には華街特有の様式があるご一一般である。 それで宗教じは人生を統一する方法ごして、二穏 の特殊の様式を用ひ

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居る、ぞれは悌陀ご衆生、 神ご入、霊ご肉、ご一

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様民二元的劃立を設く事 である。此の二一克的掛立を設︿事仁宗教の債越は あるのである。却も悌敢には悌ご衆生ごを設げて 埠を信仰の標的ごし我々衆生は之を信仰乙精治努 力する事によって自己の慰諦安心は待られるご設 き基叡敢には神 J r e 人ごを設け℃キ 9 ストを信仰し キ 9スト仁一新りて自己の慰安は得られるのである さ設︿。斯様仁二一筒の封立を説いて自己の勢力己 外仁客観の力即も加被力さか救祷力ごかを漁想す る事によって宗教的気分は生じて来るのである。 是は宗教に於

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最も大切な傑作であり、また要素 である。宗教仁此加被力ごか、救械的力ごか、を諜 想するど云ム要素が無かった争らば、宗教の債伎 は少しも奇いのである。 斯様じ宗教に二元的卦立を設︿蕗じ宗教そのも の 、 生 命 が あ り 債 値 が あ る の 、 て あ る 。 け れ ど ﹂ も 但 だ偽ご衆生天堂ご地獄ど云ふ如に二簡の封立的集 念を設︿

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けでは未

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高等守る異の宗教ご云ふ事 は出来ない。何故なればご云へば。それは二一冗的 劃立を説︿ために人の注意ご勢力を分裂せしむる ど云ふ嫌。があるからである。現今の様じ人智が殺 達し宗教己外の活動仁於ては悉︿一一冗の偲定の上 じ活きて居る時代には二一冗的調立を設︿間仁何う しても二冗的暗示が争︿ては駄目である。何故駄 (4.l)

(3)

て あ φ 炉、それは宗敬り統一一法芭其他の統一一法 どが矛盾

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衝突するからである。 蕗て其の一元的暗示ごは何ん奇ものか、ご云ふ 仁梯散の如仁一往偽ご衆生三百ふ二筒の劃立を立 てるりれざもその信仰の標的たる備は自己を離れ て外仁は歩い主観を客観化したるもので、共れを 信仰

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精進努力する事に依℃本詳の嘗相即も理想 墳に到達する事が出来ると設︿が如きものである 斯様仁人智の脅達した時代じは一元的暗示が奇 りれば駄目であるとは云ふもの、又一元的のみに て二元的調立を設か奇かったならば宗散の生命川崎 持綴

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れ争い若し宗教仁ニ元的劃立を設か争︿て 一一冗的のみであったならば宗散は偏に自力敬 7ご争 h J 絡って倫理の自我賞現ど異る蕗がない事になる 元来宗敢に二元的様式を用びるのは他の枇舎制 度等ごは異った志向を有してゐるから共志向仁一従 って特宥の様式を用ひるのであるご云ふ事は前に 云った通りである。此のニ箇の反抗的禁念を設︿ 事仁よって人の理想&高め努力の意義を明にせし むるのである、即も宗教の他に異った人生の統一 誌である又一元的暗示を云ふものは宗教誕生の根 本意義である、故仁一冗意目的を重じ℃特殊の方法 は失しては駄目であり叉方法のみを偏重して目的 を度外し℃も駄目である、此の南者相侯って始め て異の宗教ご言へるのである。悌陀が櫨賞ニ智を 以て構−寅二敬を設き衆生を化盆せられた意も盤に あるのだご思ふ o− 要するじ宗教ご云ふものは人間生存上の欲求か ら生じて来たものであって、其の欲求を満足せん ためにニ笛の様式を設ける、げれざもニ一箇の艶立 の間仁はさ克的の暗示が必要である。人智の低い 者は二元的艶立を設︿のを聞いて備或は紳に信仰 を捧げてその加被救済力を議想・して自己の慰安を 得、人智の進んだ者は一元的興味仁よ

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て生活し て行︿のであるである。であるから宗教は二元的 様式を離れては倫.理ご異る慮はなく争り宗教は減 己乙一元的暗示がなくては高等の宗教さは云へな いさ云ふ事に落着する。 (44)

参照

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