反復する肺炎の加療中にみつかった広範囲浸潤型肺癌の1例
山梨医科大学 第1病理 平島奈緒子 三俣昌子 山梨厚生病院 病理検査室 武藤ひろ美 萩原静香 雨宮さやか 同 呼吸器外科 有泉憲史 窪田健司 明石興彦 橋本良一 同 呼吸器内科 成宮賢行 要旨:同じ部位に肺炎を繰り返してるということで紹介された64才の女性の症例 について検討した。左下葉切除にて得られた肺には広範囲に浸潤した高分化腺癌 を認めた。臨床経過、喀疾細胞診等をretrospectiveに検討していくと、更に早い 段階での気管支鏡などでの積極的検査が必要であったのではと思われた。今回の ように同一部位に何度も繰り返して肺炎を起こすような場合、画像上でその部位 の腫瘤影が明瞭でない時でも、悪性腫瘍との鑑別のために頻回の喀疾の提出や気 管支の洗浄、擦過細胞診が役立つのではないかと考えられた。 key words:1ung cancer, bronchopneumonia,(Cytology はじめに 肺癌は、画像上で境界明瞭な腫瘤影を示しているのを認める機会が多いが、時に境界が不 明瞭な浸潤影を示し、炎症によるものと区別がし難いことがある。 今回、我々は他院にて反復する肺炎の加療中にみつかった広範囲に浸潤した肺癌につい て、組織細胞学的に振り返って検討したので報告する。 症例患者:S.K殿 64才 女性
主訴:咳そう、胸部違和感 既往歴:4年前より肺炎による入院歴4回。他特記事項なし。 家族歴:特記事項なし。 生活歴:職業は自営業手伝い。アルコールは嗜好せず。 煙草は以前に数本/日で最近は全く吸ってない。 現病歴:平成10年12月、左Sloの肺炎にて近医に入院し、抗生剤にて治療を受けた。 翌年3月に同部位に肺炎が再発し、喀疾細胞診にてClass・III−IVがでたため、3月 20日に山梨厚生病院に紹介受診となった。現症:身長145ern、体重45kg脈拍90/分、整血圧130!80㎜Hg体温36.1℃
表在リンパ節は触知せず 心音純 左下肺にcrepitationを聴取する。 腹部、神経学的に異常なし。 画像所見および経過: 外来初診時の胸部レントゲン写真(図1)では、左下肺に境界不鮮明に広がる濃度上 昇が認められた。その後、外来で気管支鏡を試行し、気管支i擦過、洗浄細胞診にてdass IV−Vがでたため、手術目的にて、5月初旬に入院となった。 入院時検査所見では、血算、生化学的には著変なかったが、腫瘍マPtカPtの中では CEAが18.7㎎!mlと上昇し、血液ガス分析にてもPO・の軽い低下(67.OmmHg)とPCO・の軽い 上昇(52.OmmHg)を認めた。入院前の気管支洗浄にてガフキー1号がでたため、ツベル クリン反応など結核についての検索も行われたが、いずれも陰性であった。 胸部の造影CT(図2)では左下葉にくさび状でやや不整形のconsolidatonを認めた。 読影にても、このCTでは炎症のみなのか、腫瘍と2次性の肺炎の混在なのか区別は難 しいとのコメントをいただいた。それより下のレベル(図3)では、中枢側より数珠状 に広がる濃度上昇と、両肺末梢に蜂巣状の間質性変化を認めた。以上より、診断と治療 を兼ねた意味で左肺下葉切除術が施行された。 摘出肺の肉眼像では、肺は胸膜面から見ても凹凸不整で、含気に乏しく全体が固く なっていた。割面像(図4)では、肺の70%くらいを占めて壊死や不整形白色領域を認 め、その末梢側にhoneycombな領域を認めた。 −37一山梨肺癌研究会会誌 13巻1号 2000 腫瘍の組織像(図5)では肺胞中隔に沿って発育する高分化なadenocarcinomaが、肺 胞腔を埋めるように浸潤増殖していた。特徴的なことは、腫瘍の小塊が経気道的に広 がっていて、肉眼的に正常に見える所でも癌細胞の小塊が肺胞壁に接着したり、気管支 を閉塞したりしていたことであった(図6)。発生部位は腫瘍が大きくなりすぎてし まったため、特定できなかった。脈管浸潤についてはこれだけ大きな腫瘍だが肺胞壁の 基底膜は保たれている所が多かったのでその証拠はつかみにくく、1ヶのリンパ節転移 を認めるのみであった。 考察 この症例の臨床経過を以下に示す。 H1.1 10 12 肺炎にて近医に入院 同上 感冒にて厚生病院受診。X−pにて左肺底に粒状影が 見られた。(肺線維症疑いとの記載あり) (この後4回の肺炎での入院歴を重ねる。) H10.12 H11.3!6 /20 /25 5!6 !12 肺炎(左Slo)にて入院。 抗生剤にて治療を受ける。 同部位再発。 外来初診。 外来にて気管支鏡。 入院。 <細胞診> dass皿 (喀疾) dass III−rv(喀疾) ↓ dass IV−V(洗浄、擦過) 左下葉切除術+2群リンパ節廓清術施行。 追跡できた範囲では10年前に胸部X線写真で左肺底に粒状影が確認されていた。これ は腫瘍によるものというより肺線維症によるものというのが考えやすいが、その後も確認 できた所では少なくとも同じ部位(左肺底)に3度の肺炎を繰り返していた。肺線維症が 存在していたため、画像上完全に陰影が消失しなくても、解熱傾向や血液データ上の改善 をもって治癒とみなされていた様である。永友らは、炎症反応が陰性でも肺野に肺炎様の 陰影を認めた時は、常に肺胞上皮癌を考慮して喀疾細胞診を繰り返し行い気管支鏡検査を 進めていくべきであると述べている。1)図7は、左が昨年12月にスクリーニングで提出 された喀疾細胞診で、右が今年4月気管支洗浄細胞診で癌と確診がついたときのものであ る。左については、この時点で長い間の慢性炎症による反応性の皿型肺胞上皮の過形成と 分化した肺胞上皮癌と区別のし難い細胞が出ているので再検希望とのコメントが出されて いた。細気管支肺胞上皮癌を含めた高分化腺癌では細胞異型性が少なく、時として誤陰性 の原因となることがある。2)今回の症例もどの時点で癌と判断すべきであったかは論議の 残る所であったが結果として肺炎が再発して再度検査がなされるまで約4ヶ月かかって しまったことが腫瘍の増大に関係してしまったのではないかと考えられた。 結語 今回のように同一部位に何度も繰り返して肺炎を起こすような場合は、画像上でその部位 の腫瘤影が明瞭でない場合でも、悪性腫瘍の存在を疑いつつ頻回の喀疾の提出や気管支の 洗浄、擦過細胞診などしていくことが必要であると思われた。
図1
図2
図3
山梨肺癌研究会会誌 13巻1号 2000