住宅地の土地利用変化を考慮した高齢者と子育て世代の
親和性を高める持続的安全交通施策に関する研究
― 平成 29 年度(本報告) タカタ財団助成研究論文 ―
研究実施メンバー
研究代表者
東京大学
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報告書概要
住宅地の土地利用が変化して保育園が建設され,大量の子供載せ自転車が発生する ことにより,地域に住まう高齢者の自動車との共存が必要となる. そこで本研究では,都市部の住宅地にある細街路において今後増加することが予想さ れる特徴的な主体-つまり子供載せ自転車と高齢運転者-に着目し,それらが限られた 空間を安全・安心に共存できる道路空間の構築のために必要なハード施策とそれを補う ソフト施策やツールを提案することを目的とし,保育園開園によって増加すると予想さ れる子供と保育園利用者の交通特性の把握,保育園開園予定のある住宅地において,保 育園開園に伴う交通問題およびその他問題への意識と,自らの自動車運転と地域の交通 安全に対する意識の把握を試みた. その結果, 保護者に対して交通安全に関する情報提供の場を設けても,参画する意思はほぼ皆 無である. 警察や行政が交通ルールの一般論を説明しても,それを自身の交通行動に反映する ことにつながっていない. 保護者は自身の利便性を重視し,交通安全への意識は非常に低い. 保護者は,交通安全に対してだけではなく,他の諸問題を踏まえて近隣との関係を 捉えるため,本研究対象地のように建設時に問題がある場合には交通安全施策に入 る前の関係性の再構築が重要となる. 保育園という子供が集う場所の特性上,第三者が出入りして調査できる環境を整え ることが難しく,事業者の協力が非常に重要である といったことが明らかとなった. この構図を変え,交通安全を検討するには, 一般論ではない交通安全の呼びかけ方をする 近隣住民,第三者,保護者が直接話し,共通の目標を見つける ことが糸口になるものと考えられる.- 3 -
住宅地の土地利用変化を考慮した高齢者と子育て世代の親
和性を高める持続的安全交通施策に関する研究
1. 本研究の背景と目的 ... 2 1.1. 高齢者の自動車運転 ... 2 1.2. 生活道路を有する住宅地における土地利用の変化 ... 4 1.3. 子供乗せ自転車,幼児,高齢歩行者の交通上の安全性 ... 6 1.4. 生活道路のまちづくりの観点での位置付け ... 8 1.5. 本研究の目的... 9 2. 生活道路の安全対策の方向性の提案 ... 10 2.1. 生活道路の交通事故の現況 ... 10 2.2. 従前の生活道路における安全対策 ... 11 2.3. 本研究において提案する生活道路の安全対策 ... 12 3. 本研究のケーススタディ対象地域の概要 ... 15 3.1. 対象地域 ... 15 3.2. まちづくりに関しての特徴 ... 17 3.3. 対象地域での保育園の概要 ... 19 3.4. 対象地域での保育園建設にかかわる報道と研究開始前までの経緯 ... 19 3.5. 対象地域での保育園建設にかかわる論点整理 ... 21 4. 保育園事業者による交通安全対策と保護者の認識 ... 23 4.1. 保育園事業者による交通安全対策 ... 23 5. 保育園建設に関する各ステークホルダーの対立構造と交通問題の抽出 ... 26 5.1. 当初の開園予定期間までの議論による構造の抽出 ... 26 5.2. 自転車禁止ゾーン導入可能性の検討段階での構造の抽出 ... 28 5.3. 自転車禁止ゾーン導入可能性以外の交通ルールの検討を含めたワークショップ実 施段階での構造の抽出 ... 33 5.4. 自転車の地域ルール導入可能性と道路全体のイメージ像形成段階での構造の抽出 ... 36 5.5. 地域ルール一般化段階での構造の抽出 ... 40 5.6. 地域住民への制約を具体的に提示する段階での構造の抽出 ... 41 6. 結論 ... 45- 4 -
1.
本研究の背景と目的
1.1. 高齢者の自動車運転 わが国では近年,自動車事故件数が減少し続けており,交通事故死亡者も減少傾向に ある.しかし,世界でも例をみないほどの高齢社会に突入し,今後ますます高齢者人口 が増加し(図- 1),その一方で高齢者の交通事故死亡率は他の年齢層に比べて高く,高 齢者の交通事故件数の増加が死亡事故の増加につながると予想される(図- 2).さらに, 高齢者の身 図- 1 わが国における高齢者の人口推移と人口推計- 5 - 図- 2 自動車乗用中の交通事故件数の推移 体的・精神的衰えからくる運転能力の低下は避けられず,事故発生確率も増加すると考 えられることなどから,高齢者による交通事故はわが国において非常に深刻な問題であ るといえる.実際,平成 27 年中の交通事故死亡者(4,117 人)は,ピーク時の昭和 45 年の死亡者数の 4 分の 1 以下となっているのに対し,図- 2 に示すように,高齢者が運 転する自動車がかかわる事故件数は,この 10 年ほぼ横ばいとなっており,平成 27 年中 に発生した死亡事故の半数以上が 65 歳以上の高齢者となっている.高齢者の人口自体 が増加していることもあり,高齢者の運転免許保持者は約 1,640 万人(免許保有者全体 の 5 人に 1 人程度)と増加している. そこで,高齢者の交通事故抑制策として,75 歳以上の運転者に対し運転免許更新時 に講習予備検査を課したり,運転免許返納を促したりする取り組みが進んでいる.返納 した運転免許の代わりに「運転経歴証明書」(過去 5 年分の運転に関する経歴を証明す るもの)を申請することができ,高齢者運転免許自主返納サポート協議会の加盟店や美 術館などでさまざまな特典を受けることができる制度となっている.この他にも,高齢 者には公共交通の運賃が割り引かれる制度もあり,特に都心部では自動車運転からの転 換がしやすい環境が整っているといえる.しかし,公共交通網が発達している東京都で すら,返納率は 1.7%程度しかない.免許返納意識に大きく影響する要因のひとつに, 自身の体の衰えに対する認識があると言われている.すなわち,自身の体の衰えを感じ ている人ほど運転免許を返納しやすいということである.しかしその一方で,高齢にな るほど自身の運転に対する評価と他者からの評価の乖離が大きくなるという指摘もあ る.
- 6 - 高齢者の運転免許更新率と自主返納率を年齢別に示したものが,図- 3 である.この 図からわかることは,以下のとおりである: 70 代前半では,無事故・無違反のドライバーほど更新率が低く,返納率が高い. 75 歳以上では,無違反だが事故歴があるドライバーほど更新率が低く,返納率 が高い. 75 歳あたりを境にし,事故経験が返納(あるいは更新)に影響を及ぼす. 年齢に依らず,事故経験がなく違反歴がある高齢者は,更新率が高く,返納率が 低い. このように,75 歳あたりまではいわゆる優良ドライバーが運転をやめ,後期高齢者に なると事故経験が運転をやめるきっかけになるのではないかと考えられ,違反歴がある ドライバーは全体的に運転を継続する傾向にあることがわかる.このことは,現状では 違反行為が事故につながっていなくとも,運転能力の衰えによってこれまでどおりの運 転が難しくなることで事故に至ってしまう危険性があるドライバーが運転を続けてい ることを示唆している. 図- 3 高齢者の運転免許更新と自主返納の割合 このように,高齢者が免許を返納しようとしない要因のひとつに,高齢者自身が「運転 経験の長さから機能低下を認めようとしない」ことがあると指摘されており,実際に近 隣を運転する頻度や運転歴の長さから,「機能低下レベルによっては,慣れている近距 離に限定して運転を継続するのは問題ないのでは」とも言われている.
- 7 - 1.2. 生活道路を有する住宅地における土地利用の変化 上記のようにこれまで“高齢者にとって運転に慣れていて比較的安全”とされてき た住宅地も,近年では都市部において,保育園や高齢者向けデイサービスが建設される ケースが増えている.特に,都市部における保育園の不足は深刻な問題としてメディア にもたびたび取り上げられている(図- 4)が,保育所の定員数を増加させても,待機 児童の数は減少していないのが現状である(図- 5).この要因には,保育士の待遇が悪 いこともあるとされるが,そもそも,認可,不認可を問わず,保育園の数そのものが少 ないことも指摘されている.そのため,特に居住者数が増えている首都圏では,住宅地 に保育園を建設する事例が増えつつある(図- 6).同様に,高齢化社会の進展に伴って 必要性が増しているデイサービスなども,その需要に応えるため,住宅地で開業するケ ースが増えている. しかし,特に保育園建設に対しては,その近隣住民からの反対が起こることが多く, 実際に千葉県市川市や東京都武蔵野市では,保育園の建設が断念されている(図- 7). 近隣住民が保育園の建設を反対する理由として挙げているのが,「騒音」と「交通事故」 である.このときの「交通事故」とは,保育園利用者による送迎によって生活道路の自 転車・歩行者の交通量が増えることによる交通事故,が想定されている. 図- 4 認可保育園の不足を報じるメディア(2014 年 2 月 28 日東京新聞)
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図- 5 待機児童と保育所定員数の推移(A)
- 9 - 図- 7 千葉県市川市における保育園建設断念を報道するメディア(日本テレビ) 1.3. 子供乗せ自転車,幼児,高齢歩行者の交通上の安全性 2013 年国民生活センターアンケート調査によると,子供乗せ自転車を使用している 母親の 7 割が,自転車に子供を乗せて転倒,あるいは転倒しそうになった経験を持つこ とや,子どもを乗せながら高スピードで走行したり,子どもを乗せたまま自転車を止め て母親同士の話に夢中になり転倒しやすい状況をつくっていたり等の危険事象が報告 されている.実際に, 東京都国分寺市で,幼児をおぶって自転車に乗っていた母親が信号待ちの自動車 の間をすり抜けて横断しようとしてバランスを崩して転倒,幼児が頭を強打して 死亡.(2016 年) 神奈川県川崎市で,狭い歩道で子供乗せ自転車と普通自転車がすれ違おうとした 際に,子供乗せ自転車が切り下げ部分でバランスを崩して車道側に転倒,投げ出 された幼児が信号待ちをしていた自動車の下に入り込み,それに気付かない自動 車が発進して轢かれ,幼児が死亡.(2012 年) 子供が幼児 2 人乗せ自転車で踏み切りを横断中にタイヤが挟まり立ち往生し,幼 児 1 人は座席から外すことができたが,もう 1 人の幼児を座席の固定から外すこ とができないでいるうちに電車が接近,自転車と残された幼児が電車と衝突し, 幼児が死亡. といった事故が発生しており,これらはいずれも子供乗せ自転車が低速度で走行中にバ ランスを崩す等の事象が発生したことが原因となっている. 特に幼児 2 人を乗せられる自転車については,道路交通法ではもともと違法とされて おり,警察庁が 2009 年にその厳罰化を打ち出したが,その際に利用者から「子供 2 人
- 10 - を乗せられないと保育園に送迎できず,生活が成り立たない」「忙しい親をいじめるべ きではない」などの反対意見が多く出された結果,条件を満たした機種の自転車に限り, 幼児 2 人乗せを容認する方向にシフトした経緯がある.その認可のための条件は「重心 が比較的低くなるような位置に座席がある」「駐輪して子供を乗り降りさせる際に転倒 しづらいようなスタンドが付いている」といったことであり,自転車の走行時に影響す る重心について多少の配慮はあるものの,基本的には高速でバランスを取りながら走行 する必要がある状態で認可されていることになる.つまり,特に保育園が建設されるこ とにより,子供を載せた比較的高速の自転車の交通量が住宅地に激増することになる. また,子供載せ自転車自身も,転倒等によって子供の頭部を損傷する事故を起こしてい るが,子供自身もまた,生活道路において多くの事故に巻き込まれている.身長が低い ためにカーブミラーに映りづらく,ドライバーの発見が遅れることも指摘されているが, 子供の事故は事故全体の傾向と比較 図- 8 歩行中の飛び出し・乱横断事故の割合の比較(出典:警察庁資料,2008) して飛び出しが多いことがわかっており(図- 8),交通ルールをよく知らないことも影 響している.保育園を利用するような低年齢層の場合でも,自転車を押す親とともに近 辺を歩くことがあれば,このような飛び出しや乱横断による事故の発生が起きることが 懸念される. 一方,近隣に生活する高齢者の自動車運転に関しては前述のとおりだが,歩行中の高 齢者の事故にも特徴があり,子供と同様,急な方向転換である乱横断が多い傾向がある とされている(図- 8).また,既往研究から,高齢者は自転車乗用中も乱横断が多い傾 向が明らかになっている. このような子供乗せ自転車や高齢者の事故が起きた後の対応として特徴的なのは, ・母親は子育てしながら仕事もしているので,急いで乱横断しても仕方がない ・高齢者は横断歩道まで歩けないので乱横断をしても仕方がない
- 11 - といったような反応があることである.わが国の交通事故は自動車が第一当事者になる ことが多いが,「他に適切な交通手段がない」「急いでいるから仕方ない」等の理由で, これまで子供乗せ自転車や高齢者の乱横断に対しては特に寛容な対応がなされてきた. 現に,車道に飛び出してきた自転車や高齢者と事故を起こした自動車は,第一当事者に なることが多い.このような判断をされると,自動車は常に低速で走行する必要が生じ, 交通の円滑性にも影響を及ぼすばかりでなく,交通ルールや交通施設自体の意味も希薄 になると考えられる. 住宅地の土地利用が変化して,運転機能の落ちた高齢者が住み,自動車を運転する住 宅地の生活道路に大量の高速自転車が流れ込み,子供が自由に歩く環境が生まれたとき, それらの主体が起こす事故被害は甚大になることが容易に想像される. 1.4. 生活道路のまちづくりの観点での位置付け 生活道路は当然公共施設だが,まちづくりの観点では近隣住民に密着した共有空間と しても扱われる.あくまでも道路であるため,誰が通ることも想定されるが,生活道路 は近隣住民の利用する道路で,通過交通は原則想定されないことから,近隣住民はその 変化に敏感で,近年の保育園建設反対運動のような「新たな利用者」に対する抵抗や, 対立構造を生む要因になっていると考えられる.なお,保育園建設ばかりでなく,認知 症特化型デイサービスの住宅街での開業に関しても,認知症高齢者が出歩くことをおそ れての反対運動の事例があり,今後,交通事故への懸念が争点になることが懸念される. しかしその一方で,生活道路は「自分たちの地域の道路」だからこそ,近隣住民が生 活道路の清掃や交通・防犯パトロールを積極的に行なってきた側面もある.新たな利用 者を阻害することはもちろん道理ではないが,一方でそのような近隣住民の貢献を無視 し,ただ「我慢しろ」「気をつけろ」と犠牲を強いるのは,将来的に住民とインフラの 関係を悪化させるものであり,望ましいことではないといえる. 1.5. 本研究の目的 上記の背景のとおり,住宅地の土地利用が変化して保育園が建設され,大量の子供載 せ自転車が発生することにより,地域に住まう高齢者の自動車との共存が必要となる. このため, 1)高速度で不安定な子供載せ自転車の安全を保つ,
- 12 - 2)運転機能が低下し始めた高齢運転者にとって運転できる環境を保つ, 3)高齢者の運転機能低下により運転をやめ,徒歩や自転車に移行させるため, 自転車に乗る高齢者の安全を保つ 4)歩く高齢者と歩いて保育園に通園する親子の安全を保つ 5)近隣住民の生活道路への愛着をなくさず,まちづくりへの情熱を失わせない の全てを叶える空間を構築しなければならない. そこで本研究では,都市部の住宅地にある細街路において今後増加することが予想さ れる特徴的な主体-つまり子供載せ自転車と高齢運転者-に着目し,それらが限られた 空間を安全・安心に共存できる道路空間の構築のために必要なハード施策(道路標示や 注意喚起装置)とそれを補うソフト施策(ローカルルール,両者が参画する安全教育プロ グラム)やツールを提案することを目的とする.
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2.
生活道路の安全対策の方向性の提案
2.1. 生活道路の交通事故の現況 すでに述べたとおり,高齢者や子供乗せ自転車には,飛び出しや乱横断による事故が 多く発生する傾向が指摘されているが,そもそも,生活道路での歩行者,自転車乗用中 の事故による死者数自体が,欧米諸国に比べて多く(図- 9),歩行中および自転車乗用 中の事故対策を行なうこと自体の意義が非常に大きい. 特に,自転車乗用中の事故による死傷者数はその分担率だけでなく,利用者数および 図- 9 交通事故死者数の交通手段種別の国際比較 図- 10 自転車台数および人口あたりの自転車乗用中の死者数(2008 年) 0% 25% 50% 75% 100% Germany (2006) France (2006) UK (2006) USA (2006) Japan (2007) 14.0 11.4 21.1 11.2 33.3 9.5 3.8 4.5 1.8 14.9 17.7 23.1 18.6 11.3 18.3 52.7 55.8 51.5 41.7 21.8 6.1 6.0 4.3 33.9 11.7walking bicycling riding on motorbikes driving motor vehicles others
during… lp er 1, 000 ,000 in ha b. Netherlands Japan Korea Germany Italy France lp er 1, 000 ,000 cy cl es .
- 14 - 図- 11 東京都大田区付近での自転車乗用中の事故発生箇所の分布 (2017 年 4 月時点) 人口あたりで見ても諸外国と比較して多いことが指摘されており,地区道路における自 転車や歩行者の安全対策は,わが国にとって非常に重要である(図- 10). また,自転車事故に関していえば,特定の事故多発地帯があるというより“至るとこ ろで事故が起こっている”と考えたほうがよい状況にあり(図- 11),特に東京都 23 区 においては生活道路での事故が約 7 割を占めるというデータもあることから,生活道路 における自転車事故については特に留意する必要がある. 2.2. 従前の生活道路における安全対策 生活道路の安全対策は従前からさまざまな方策で検討されてきた. ハンプは,小さな段差によって高速で通過する自動車に振動と不快感を与える装置で, 自動車は通過時に速度を下げるようになるが,設置の予算の問題と,通過するたびに発 生する騒音により近隣に不快感を生じる場合があることが指摘されており,近年ではイ メージハンプのような視覚的な表現で対応することも多い(図- 12).また,道路形状 を湾曲させて自動車速度を下げるシケインや,道路幅員を狭めて自動車速度を下げる狭 さく等もよく用いられる手法である(図- 13).
- 15 - 実際には,これらの自動車速度抑制施策ばかりでなく,通行禁止や一方通行規制等の 地区道路全体の自動車交通量抑制施策を組み合わせ,住宅地全体の交通静穏化を図るの が一般的である(図- 14).さらに,面的に速度制限を設けるゾーン 30 も海外から取り 入れられ,導入事例が増えている(図- 15). 2.3. 本研究において提案する生活道路の安全対策 このように,従来の施策は自動車交通を抑制し,自転車や歩行者の安全を向上させ るものであり,その安全対策に対して自転車はいつも歩行者側の立ち位置として扱われ てきた.本研究で対象としているような施設が住宅地にできることによって自転車交通 量が増える事例は,近年増えているものの,それらの自転車が歩行者に対して及ぼす影 響は考慮されてこなかった.しかし,近年では歩行者の安全確保のため,「自転車の車 道通行の強化」だけでなく,「ルールの厳罰化」や「悪質な違反者への講習義務化」等, 自転車を軽車両として扱う機運が高まっている.しかも,前に述べたとおり,子供を乗 せた自転車や荷物が多い自転車は重心が高く,ある程度の速度が出ていないとふらつき やすいため,生活道路においても高速走行しがちになり,見通しの悪い生活道路ではよ り危ない.このようなタイプの自転車の場合,速度は高くても 25-26km/h 程度であり, ゾーン 30 では規制できない. つまり,本研究で対象とするような,子供や親子の歩行者交通量と,子供の世辞転写 の両方の交通量が多い生活道路の安全対策を考えるにあたっては,従来の住宅地におけ る代表的な施策である「ゾーン 30」では安全性確保が難しく,特徴的な交通主体に合っ た施策を提案する必要がある. 図- 12 ハンプ(左)とイメージハンプ(右)
- 16 - 図- 13 シケイン(左)と狭さく(右) 図- 14 通貨交通を抑制するための道路構成(東京工業大学・朝倉康夫教授作成) 上記のように,生活道路では,交通安全と住環境の維持のためゾーン 30 等の交通静 穏化施策によって自動車を抑制するのが一般的だが,従前から指摘されている「自転車 や歩行者の事故が多いこと」に加え, 生活道路における自転車事故は至るところで発生しており,特に自転車のルー ル遵守がなされていないことも寄与している 本研究で対象とする道路では,子供載せ自転車が増えることが予想され,高速
- 17 - での走行を抑制しづらい 本研究で対象とする歩行者(特に子供と高齢者)には飛び出し事故が多い 自転車はそもそも軽車両である 図- 15 ゾーン 30 図- 16 保育園がある住宅地の生活道路における交通安全に関する論点の整理 といったことをふまえ,本研究では「自動車と自転車に制約を与え,歩行者の安全を守 る」ことを交通安全施策の基本的な方向性として設定した.
都市部の生活道路は
道路幅員が狭く ,
見通し が悪いため,
事故が発生し やすい
従来の施策に加え,
こ れま で歩行者と 同様に
扱われてき た自転車を
車両と し て捉える 必要性
も
指摘さ れ始めている
特に, 子供を 乗せた自転車は重心が高いため,
ある 程度の速度が出ていないと ふら つき やすい
生活道路で
高速走行し がち になり , よ り 危ない
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3.
本研究のケーススタディ対象地域の概要
3.1. 対象地域 本研究は特定の地域に限定した施策を提案するものではないが,ケーススタディとし てある地域にて実装を進めながらその効果を分析する手法をとる.ここでは,その対象 地域の概要を説明する. 本研究では,東京都大田区玉川田園調布 2 丁目に 2017 年 4 月開業予定の保育園とそ の周辺(玉川田園調布 2 丁目)を対象地域として先行的に実験を行なう.玉川田園調布 2 丁目は,環状 8 号線(都道 311 号線)と接し,奥沢に近接する住宅地であり,最寄り 駅は九品仏駅,自由が丘駅,奥沢駅,田園調布駅(いずれも東急電鉄)である. 当該地域では,昔から住んでいる高齢世帯やその子供世帯が多く,家屋のタイプも一 軒家がほとんどである.当該地域に保育園が建設される背景として,まず,東京都世田 谷区は待機児童数全国 1 位であり,早急に保育園の数を増やす必要があることが挙げら れる.もともとはある企業の経営者の住居(一軒家)だったが,退去に伴い土地を区が 買い上げ,保育園として事業者を募集した. 保育園建設予定地周辺,特に前面道路は幅員 5.4m で双方向通行をさせる大変狭い車 道であり,その周辺には見通しの悪い交差点が多数存在する.事故やヒヤリハットの発 生箇所にはカーブミラーが置かれているが,その数は限定されている.近隣住民が塀と の衝突- 19 - 図- 17 玉川田園調布 2 丁目保育園(仮称)の建設場所 図- 18 玉川田園調布 2 丁目保育園(仮称)の建設箇所と周辺の家屋の状況 図- 19 保育園(当時は建設予定地)の前面道路 対策として交差点部分に植栽を設けることが多くあり,より見通しを悪くしている.ま た,当該道路は,環八から保育園側にかけて下りの傾斜があり,北側に行くにつれ,上 りの傾斜となる.北側には幅員 3.5m 程度のクランクがあり,自動車は通行止めではな いが,実質通行することは難しい状態となっている.(住民の話によると,抜け道とし て近隣住民でない自動車が通ろうと試みていることが時々ある.)このクランク部分も 北側に向かって上りの傾斜になっている. このように,当該地域は,東京の古い住宅がとして典型的な,入り組んだ細い道路と
- 20 - 勾配を持つ地域である. 図- 20 保育園(当時は建設予定地)周辺の交差点 図- 25 に,対象地域の自転車事故発生状況を示す.すでに生活道路での事故の特徴とし て述べたように,当該地域においても自転車事故の多発地点が存在するわけではなく,む しろほとんど自転車事故が発生していないような状況にある.しかし,ヒアリング調査に よると,「実際に出会い頭事故に遭いそうになって転倒する等の単独事故およびヒヤリハッ ト事故は他頻度で発生しており,警察への届出をしないだけ」という実情があることが明 らかとなっている. 3.2. まちづくりに関しての特徴 玉川田園調布 2 丁目地区では,まちづくり協議会が発足しており,まちづくりに関す るルール変更や新規整備等については,まちづくり協議会での承認を得ないと進められ ないことになっている.まちづくりにかんしては参加意欲の高い地域であるということ ができる.
- 21 -
- 22 - 図- 22 保育園(当時は建設予定地)南側の環八の状況(Google StreetView) 3.3. 対象地域での保育園の概要 世田谷区の待機児童数を減少させるべく,対象とする玉川田園調布 2 丁目保育園は 840m2の敷地に対し,定員を区内最高の 161 名に設定された,これは,屋上と園庭を使 用する前提で算出された最大の定員である.そこで,近隣住民からは,交通量の増加と 騒音が問題として挙がり,反対運動へと発展した(後述). 3.4. 対象地域での保育園建設にかかわる報道と研究開始前までの経緯
- 23 - 玉川田園調布 2 丁目保育園は,当初 2016 年 4 月開業予定であったが,2015 年度から 開始された住民説明会において反対意見が相次ぎ,1 年遅れの 2017 年 4 月に開業した 経緯がある.この際の反対理由として,「道路が狭く,交通安全上問題がある」,「子供 が発する騒音の問題が解決されない」といったものである. 2015 年度から数回開催されている説明会は,事業者主催ではなく,玉川田園調布住 環境協議会が主催し,事業者と区の担当,建設会社,町会と近隣住民を呼び,保育園の 整備計画を話し合う趣旨で開催された.しかし, ・2014 年 12 月頃に,事前の説明もなく「保育園が建設される計画がある」と住環境協 議会および近隣へ知らせが入り,2015 年 2 月の説明会開催まで,ほとんど情報を知 ることができなかった. ・説明会が開催されたのは,「住環境協議会としては現状賛成・反対のどちらでもない が,近隣住民で一定の意見要望がまとまってくれば,住環境問題として取り上げる」 とのスタンスがあったため,近隣で住環境問題として整理したことが発端である. ・近隣の主張と住環境協議会のスタンスに相違が生じ,近隣住民が「近隣の会」を立ち 上げるなどして,住民側での調整が難しい時期があった. ・2015 年 3 月には,「玉川田園調布一,ニ丁目地区まちづくり協定」の趣旨に則った進 め方をするよう要望が出されるが,近隣住民の意見に反し,事業者は最初に決めたと おりの建設を進めると述べ,議論が平行線に終わることが以後続く. ・建設予定箇所でガス漏れが発生したのを事業者が隠蔽する,事業者側のスタッフが住 民になりすまして意見を述べる,近隣の会に対する誹謗中傷事案が発生する,など, 近隣住民と事業者,住環境協議会との間にトラブルが複数回発生した ・事業者は 2015 年時点,「外遊びは極力させない,窓は午睡時間以外閉め切る,出来る だけ散歩に連れ出す,園庭での行事はしない」といったルールを説明していたが,2016 年の建設許可取得後に,「屋上にプールを設置する,園庭で遊ばせる」等のルール変 更を一方的に行なうなど,感情的なわだかまりが生じるような出来事があった といった状況もあり,2015 年度に数ヶ月話し合いが途絶え,結果として開業が 1 年延 びている.このように反対運動が活発であったことと,近隣住民の中に,大企業の経営 者や元長官等が含まれていたことから,メディアでは「社長や元長官が保育園建設を反 対している,保育園が建設できなくて子供を持つ親がかわいそう」という形で,近隣住 民側に非があるスタンスの報道が多くなされた.
- 24 - 図- 23 対象地域での自転車事故発生状況(2017 年 2 月現在) 3.5. 対象地域での保育園建設にかかわる論点整理 本研究では,交通問題に対し,図- 25のような論点整理を行なった.つまり,昔から の道路利用者(近隣住民)には高齢者が多く,道路環境の変化をあまり望まないことを 差し引いても,少なくとも近隣で運転したり,歩いたりする環境を保持したいと考えて いる.そのような状況に対し,飛び出し等特有の交通挙動を持つ新しい道路利用者の増 加や送迎の自動車の増加が起こる.その双方が相手に対して危険な なお,すでに述べたとおり,保育園建設を反対する近隣住民の言い分として,「道路 が狭く,交通安全上問題がある」,「子供が発する騒音の問題が解決されない」の 2 つが 大きく挙げられている.この 2 つの元となるのは保育園の定員が多いという点である. 現に,近隣住民は定員数が過剰だとする根拠をいくつか提示し,説明会の議論の大半が 定員数の削減に費やされてきた.しかし,本研究ではあくまでも交通安全をターゲット として諸問題の解決を図るスタンスであることから,「道路は保育園の建設によらず,
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交通量が急激に増加することがあり得る」との見解の下,定員数問題には抵触せずに, 交通安全対策のみで各ステークホルダーの意図の相違とその変容によって対立構造を 緩和することを試みた.
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- 27 -
4.
保育園事業者による交通安全対策と保護者の認識
4.1. 保育園事業者による交通安全対策 近隣住民が保育園事業者に対して要望していた「定員数削減」「園庭の利用制限(騒 音の軽減)」については別途話し合いが行なわれる中,2017 年 4 月より,交通問題を解 消すべく通園者へ園ルールを適用することとなった. 前年度の募集時点で「園ルールに従うこと」と区役所より告知してもらい,詳細は開 園時に説明することとした.具体的な内容は 幹線道路(環状八号線)の歩道通行を推奨し,細街路は極力通行しない 保育園前面道路での自転車乗用は禁止し,押し歩きのみとする の 2 点である.さらに,区として定められている通園ルールとして「自動車利用の禁止」 がある.この園ルールについては,近隣住民と保育園事業者の間で覚書が交わされ,そ の中にも内容が記載されている. 論拠とされたのは,図- 26~図- 28 に示す,ワークショップにおいて本研究代表者 が案として提示した地域ルールたたき台である.これは,前年度に近隣住民を対象とし た交通安全を考えるワークショップを開いた際にたたき台として提示し,これに対する 近隣の意見を議論する材料として使用したものである.この提案の前提として,自転車 は 車道の左側端通行が大原則であり,子供を乗せていても同様である. 細街路においても左側端通行をし,一旦停止等のルールを遵守する. の 2 点を説明していたが,結局のところは道路交通法に定められたルールと異なる上記 の園ルールが設定されたことになる.この理由として,保育園事業者は「近隣からの, 細街路での自転車通行に対する否定的な意見が強かったため」と説明しており,近隣と の議論を避けるために細街路を通さないルールを適用したことがわかる.これに対し, 近隣住民は,自転車の歩道通行や押し歩きは危険を伴うため望ましくはないが,何もル ールを決めないわけにはいかないことと,細街路を高速で走る自転車が出ないですむこ との 2 点から,この覚書の締結を決めたとしている. なお,本研究の目的でも示している通り,最終的な目標は地域全体をカバーする地域 ルールの設定である.近隣住民も保育園事業者も,ローカルルールの導入そのものには 異論はなかった. しかし,ヒアリングの結果,下記のようにその位置付けには差があることがわかった:- 28 - 近隣住民は,まず園ルールを導入し,それを拡張する形で地域ルールを設定すると 考えている.「保育園開業前に何らかのルールを設定しないと危険,との認識から, 規模が小さい園ルールをまず設定すべき」と説明している. 保育園事業者は,まず地域ルールを設定し,保育園利用者はそれに従うと考えてい る.「保育園は地域の一部なので,まず全体に適用されるルールが設定されるべき」 と説明している. 上記の園ルールを盛り込んだ覚書が 2017 年 3 月に締結され,4 月より保育園が開業 したが,開業後には園ルールによる通園ルートを説明している. 図- 26 近隣住民への制約を具体的に設定する地域ルールたたき台(1) たと えば7:00~7:30など , 歩行者( 押し 自転車) のみを 通行さ せる 時間帯を つく る
- 29 - 図- 27 近隣住民への制約を具体的に設定する地域ルールたたき台(2) 図- 28 近隣住民への制約を具体的に設定する地域ルールたたき台(3) 4.2. 保育園開園後の動向 2017 年 4 月に当該保育園が開業した.0-2 歳児を中心とした 60 名程度が通園するこ 歩行者優先 路面表示 一旦停止か 注意喚起 自動車一方通行化
- 30 - ととなり,そのうち約半数の 30 名程度が自転車通園を選択している. 4.2.1. 保育園事業者側の動向 保育園事業者は園ルール遵守のために,4 月~6 月の 3 か月間,警備員を奥沢 4 丁目 側の細街路交差点と環八からの入口部分の 2 箇所に各 1 名,計 2 名を配置した.7 月か らは環八側の 1 名のみを配置している. 特に環八側の警備員に対しては,「保護者が路上中央で立ち話をしていても注意しな い」「子供が路上中央を歩いていても注意しない」等の苦情が寄せられた.一方で,「通 過する保護者や子供に挨拶するので明るくなる」等の肯定的な意見も寄せられている. 保育園所業者は,上記の苦情を受け,警備員を 7 月より交代させたが,環八側の警備 員は自身が何のために交差点に立っているのかを断片的にしか把握していない,すなわ ち「自転車で保育園前の道路を走らないように指導する」目的のみ説明されており,一 般的な交通ルールへの対応は指導されていなかった可能性がある.このことは,事業者 側が,一般的な交通ルールと異なる園ルールを設定したのと共通し,「近隣トラブルを 避けることを最重要課題としている」ことを表しているものと考えられる. また,7 月より警備員を付けなくなった奥沢 4 丁目側については,警備員がいなくな った後,自転車押し歩きエリアについて保育園側と近隣住民側に乖離が生じている.具 体的には,保育園前面道路のみが自転車押し歩きエリアだと主張する保育園側に対し, 近隣住民はより広い,前面道路と交差道路が自転車押し歩きエリアだと主張している. (覚書には「当園の前面を中心とした自転車通行禁止ゾーン」とあり,解釈が分かれる.) 4.2.2. 保護者の動向 保護者は当該保育園に通園時の独自ルールがあることを了承した上で入園を申し込 んでいるが,1 名の保護者は通園ルート,特に細街路での通行禁止(押し歩き)に関し てクレームをつけたことが明らかになった.しかし,この保護者の子供が 4-5 歳児であ り,他の入園児と年齢が離れていることを理由に,すぐに転園している. 警備員が立っていることもあり,幹線道路の歩道通行と自転車押し歩きについては遵 守が非常に高い状況が続いている. 4.2.3. 近隣住民の動向
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保育園開業後,近隣住民は警備員が立っていない時間帯に環八との交差点部分で見守 りを行なったり,カメラを設置して交通状況を記録したりしている.
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5.
保育園利用者の交通状況の把握と交通安全施策への視点
5.1. 保育園利用者への交通安全教室の実施 2017 年 6 月 3 日(土)に,開園後初の保護者会,給食試食会とともに,交通安全教室 を開催した.この会では,世田谷区および警視庁による交通ルール説明会を開催し,一 般的な自転車の交通ルールを説明したが,研究代表者が専門家として交通安全に関する 資料を提供し,世田谷区から園ルール設定の経緯と近隣において留意すべき自転車の通 行方法を説明した. 保育園開園後初の保護者会であるにもかかわらず,参加者は 7 名であった. 5.2. 保育園利用者へのヒアリング調査の実施計画 2017 年 9 月に,開園後半年が経過して保護者がどのように通園しているのかを把握 するために,保護者を対象としたヒアリング調査を実施することを,保育園事業者の了 承を得た上で計画した.しかし,保育園側にその旨を申し入れた結果,「保護者が不審 がるので調査は遠慮してほしい」との回答であった. 保育園という場所の特性上,第三者が中立的な立場で調査を行なうことの難しさが明 らかとなり,保育園利用者に対していかに効果的な情報提供を行なうか,その手法が重 要となることがわかった.また,本件は事業者への事前告知があったにもかかわらず, それを実施することが叶わなかったことから,事業者にとって大きなメリットがあり, 協力体制を積極的に構築しようとする環境を整えることが,交通安全活動を実施する上 で非常に重要であることも明らかとなった. 5.3. 保育園利用者へのアンケート調査の実施 2017 年 9 月に上記のとおりヒアリング調査が実施できなくなったことから,事業者 を通して自転車通園に関するアンケート調査を実施した.今回のアンケートの内容は, 上記のヒアリング調査で希望していた内容を基に事業者側が用紙を作成,配布,回収を 行なった.回答数は 27 である.自転車利用者のほぼ全数が回答したと言ってよい. まず,自転車による通園時間の分布を図- 29 に示す.ほとんどの自転車利用者が 10 分以内の通園時間であり,比較的近い距離からの通園に自転車を利用していることがわ かる.- 33 - 自転車での環八歩道通行については, 歩道が狭く,危険を感じる 時間がかかり不便 最短経路が環八経由なので,このルールは特に問題を感じない といった意見に大別された.また,自転車の細街路押し歩きについては, 子供を乗せたままの押し歩きは転倒しそうで危ない 自転車の乗れる方が良いが,通行禁止よりかは良い といった意見に大別された. 図- 29 自転車利用者の通園時間の分布(n=27) これらの回答から,いずれのルールに対しても,安全性よりも利便性に関連した回答 が多く出され,「自身の最短経路と一致すれば問題を感じない」が,「自身の最短経路と 一致しない場合は不便に感じたり,危険性が目についたりする」傾向にあることや,重 心が高く不安定であるにもかかわらず「子供を乗せたまま押し歩きをする」傾向が明ら かとなり,総じて自転車利用の安全性に対する意識は低いことがわかった. 自由意見に「なぜ園ルールが必要なのかわからない」といった意見がみられ,交通安 全に対する意識が高くないだけでなく,すでに実施された交通安全教育等の内容すら共 有されていない実態が明らかとなった. このことから,一般論として交通安全教育を実施しても,保護者には参加してもらえ ず,その意義も伝わらない実態がわかり,危機意識の低い保護者に対しどのように情報
- 34 - 提供をしていくか,交通安全教育の実施方法そのものを検討すべきであることが明らか となった. 5.4. 保育園利用者を対象とした園ルール変更意見交換会の実施 道路交通法上望ましくない自転車の歩道通行を推奨していること,そして重心の高い 子供乗せ自転車での押し歩きを定めていることから,安全面を鑑みて早急に園ルールの 変更をすべきと考え,園ルールの変更を提案した.前述のアンケート調査によって保護 者からも不評であることが明らかとなったことを理由に,近隣住民,事業者としても園 ルールの変更に向け話し合うことで合意したため,2017 年 12 月 2 日(日)に,保護者を 対象とした園ルール変更意見交換会を実施した.しかし,保育園利用者の参加は 3 名の みであった. この 3 名および保育園スタッフに対し,6 月に提供した内容と同様の交通ルール,具 体的には 自転車の歩道通行は,出会い頭事故を起こしやすい. 自転車の歩道通行は,徐行,車道側のみの通行と決められている. 細街路でも左側通行,一旦停止を遵守しないと出会い頭事故の要因となる. といった説明をしたところ,「歩道通行のルールを知らなかった」「事故の要因になるこ とを知らなかった」との意見が出た他,「なぜこのような危険を知っていて,専門家(研 究代表者)や近隣住民はこのような園ルールを保護者に対して強要するのか」との意見 が出された.つまり,保育園利用者は,「近隣住民と第三者である専門家が,保護者の 安全性や利便性に不利なルールを強要している」と考えていることが明らかとなった. 交通安全問題という両者にとって方向性が同じ課題に対しては話し合いの環境が構 築しやすいと考えられるが, 実際には,保育園利用者が利便性に意識を取られ,安全性への認識が低いこと 近隣住民が「地域にふさわしい保育園」を求める趣旨のポスターを掲示しており, 保護者から「近隣住民に良く思われていない」との印象を持っていること の 2 点から,ニュートラルな話し合いの場を持つには第三者の関与が必要不可欠である ということができるが,本研究の対象保育園に関しては,第三者として参画している専 門家ですら園ルールを強要する立場として捉えられていることがわかった.これは保護 者と直接接している事業者の情報提供方法に一因があると考えざるを得ないが,一方で, 事業者を通さずして保育園利用者と接する方法もないことから,ステークホルダーの関
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係性を整理して,正しい情報提供をし,話し合いの場を設定する方法を検討する必要が ある.
- 36 -
6.
結論
本研究では,住宅地の土地利用が変化して保育園が建設され,大量の子供載せ自転車 が発生することにより,地域に住まう高齢者の自動車との共存が必要となる場面におい て,それらが限られた空間を安全・安心に共存できる道路空間の構築のために必要なハ ード施策(道路標示や注意喚起装置)とそれを補うソフト施策(ローカルルール,両者が 参画する安全教育プログラム)やツールを提案することを目的とし,保育園を利用する 自転車の挙動特性の把握と,保育園と近隣にかかわる各ステークホルダーの態度の構造 と共存に向けた糸口の把握を試みた. その結果,以下のことが分かった. 保護者に対して交通安全に関する情報提供の場を設けても,参画する意思はほぼ皆 無である. 警察や行政が交通ルールの一般論を説明しても,それを自身の交通行動に反映する ことにつながっていない. 保護者は自身の利便性を重視し,交通安全への意識は非常に低い. 保護者は,交通安全に対してだけではなく,他の諸問題を踏まえて近隣との関係を 捉えるため,本研究対象地のように建設時に問題がある場合には交通安全施策に入 る前の関係性の再構築が重要となる. 保育園という子供が集う場所の特性上,第三者が出入りして調査できる環境を整え ることが難しく,事業者の協力が非常に重要であることが明らかとなった. 開園した保育園の保護者を通して交通安全問題を捉えたとき,開業前から近隣と関係を 持ち,なおかつ直接的に保護者に働きかけることのできる事業者の存在は非常に重要だ が,現状で事業者は「保護者へのサービスを向上すること」,すなわち保護者の通園の 利便性を上げることに関心が向きがちで,安全性への認識が低いことや,開業前の近隣 との話し合いの中でネガティブなイメージを持っており,それが保護者に伝わってしま うこと,第三者として参画している存在があったとしても,事業者側がヒアリング調査 等を拒否したり,発信していない内容を伝えたりするなど,第三者を適切に捉えていな いことがわかった.以上のことから,この構図を変え,交通安全を検討するには, 一般論ではない交通安全の呼びかけ方をする 近隣住民,第三者,保護者が直接話し,共通の目標を見つける ことが糸口になるものと考えられる.別紙
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