2018/6/18
1 比較宗教学概論Ⅱ
比較宗教学、残された課題群へ
『通過儀礼』
20180619 九州大学 飯嶋秀治 [email protected]
本日の講義内容
• 本日の講義内容
• 前回の復習
• 儀礼・行為・慣習化した宗教
• 『通過儀礼』
• 成熟について
前回の復習
シラバス
• 出席:1/3以上の出席で試 験受験可能(15点)
• レポート:毎回
[email protected] へ 感想・質問を提出(15点)*
当日提出
• 試験:(全て持ち込み可)講 義の概要をまとめ(20点)、
自ら設問した(20点)うえで 自らが体験した具体的な事例 を考察せよ(20点)
学問:関心の経緯・それを支える方法
生まれようとしている発達課題
• 人は現在に生きている(これ から生きるためにもう生きた 体験を活かす/もう生きたこ とからこれからも生きる)
• 未整理のことを整理すること でより自らを成長させる
先行研究の探し方
メディア表象とそれを支える世界
• 世界の中の日本 • 戦争・国債・貯蓄
•メディアの投資構造①日本テレビ←読売新聞
②Tokyo Broadcasting System←毎日新聞
③フジテレビ←ニッポン放送(サンケイ・グループ)
④テレビ朝日←朝日新聞
⑤テレビ東京←日本経済新聞
言語メディア圏 日本語
↑ 映像メディア圏 テレビ局(FBS福岡放送、RKB毎日放送、TNCテレビ西
日本、KBC九州朝日放送、TVQ九州放送)
↑ 文字メディア圏 新聞(西日本新聞)
↑ 大株主
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世界のキリスト教、日本のキリスト教 世界の仏教、日本の仏教
学問(含比較宗教学)は解釈と責任を伴う
•【意訳】私たちが大学で探求するものと は諸個人である。その諸個人とは、世界 がその当初の見かけ以上に複雑であると 知るだけではなく、その複雑さゆえに、
解釈的な決断がなされねばならないと知 る諸個人の探求である。判断の決定とは 実際的な帰結を伴い、その帰結のために は人がその責任を取らねばならならず、
専門家ではないからというごまかしで逃 れられないかもしれない責任である。
儀礼・行為・慣習化した宗教
『セム族の宗教』
•Julius Wellhausen(1844-1918年) 1887年『異教徒アラブの残骸』
•William Robertson Smith (1846-1894年) 1941(1889)『セム族の宗教』
「供儀食の中に直接表現されている唯ひとつの ことは、神とその礼拝者とが『共食者』であ るということで、彼らの相互関係の他の全て の点はこれが包含することのうちに含まれて いるのである。共に食にあづかる者共は、あ らゆる社会的効果のために結合せしめられて いる。共に食にあづからぬ者は、宗教上の親 交もなく、互恵的な社会的意義も負わずして、
相互に敵対関係に立っている」[スミス1943
(1894):88]
「セム族の動物供儀の主要観念は、神に捧げら れる貢ぎ物のそれではなくして、共食の行動 のそれであり、神と人とが神聖な生贄の肉と 血をともに摂取することによって結合すると いうのである」[スミス1943(1894):22]
『金枝篇―比較宗教学研究』
James George Frazer(1854-1941)
「[W・]マンハルトが出版した著作の中でもっとも重要 なのは、まず第一に二つの小冊子、『ライ麦の狼とライ 麦の犬』と『穀物霊たち』である。…彼は着実に研究を 進め、一八七五年には主著『ゲルマン民族およびその近 隣の種族における樹木崇拝』を出版した。これに一八七 七年の『古代の森の祭祀と野の祭祀』が続く。『神話学 研究』は彼の死後、一八八四年に出版された」[フレイ ザー2003(1890)a:14]
「民衆の迷信と農民の風習は、その断片的な性格にも関 わらず、先史アーリア人の原始宗教に関して現在われわ れが手にすることができる、最も充実した、もっとも信 頼のおける証言である。」[フレイザー2003(1890)a : 12]
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『宗教的経験の諸相ー人間性の研究』
William James(1858-1917)
• 知識や経験
「そこには、或るものがそこにいるという意識 ばかりではく、その意識の中心にある幸福感 と溶け合って、それがなにか名状しがたい善 であるという驚きの意識もあった。それは、
漠然とした感情ではなかった、詩や風景や花 や音楽などの呼び起こす感情的な感銘のよう なものではなく、一種の強大な人物がまぢか な目の前にいる、という確実な知識であっ た」[ジェイムズ1982a(1901-1902):95]
「神の霊が近くに現前しているということは、
…神の霊の実在として、経験されることがで きる―実際、経験されうるだけである。…そ の目印は、神の霊が近くに在すことと結びつ いたまったく比類のない幸福の感じである」
[ジェイムズ1982a(1901-1902):122]
『通過儀礼』
時代背景
•Fridrich Max-Muller(1823-1900) 1873『宗教学序説』
•William Robertson Smith (1846-1894) 1889『セム族の宗教』
•James George Frazer(1854-1941) 1890『金枝篇』
•William James(1858-1917)
1901-02『宗教的経験の諸相ー人間性の研究』
•Arnold van Genep(1873-1957)
1909『通過儀礼』
『通過儀礼』(1909年)
Les Rites De Passage
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序言
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第1章 儀礼の分類
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第2章 実質的通過
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第3章 個人と集団
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第4章 妊娠と出産
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第5章 出生と幼年期
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第6章 加入式
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第7章 婚約と結婚
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第8章 葬式
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第9章 その他の通過儀礼
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第10章 結論
問題と方法
• 問題
「近年、呪術⁼宗教的行為の詳細な記述およ び民族誌の十分な蓄積がなされてきており、
こうした行為つまり儀礼に関する科学の進 歩に即した分類を試みるのは、時宜に適っ たことであると言えるだろう…後に述べる ように、この種の儀礼は様々の儀式の中に 存在するが、 今までのところ誰もこれらの 間の緊密な関係にも、その存在理由にも、
そしてまたなぜこれらの儀礼は互いに類似 しているのか、ということにも気づいてい ないようである。とりわけ、なぜこれらの 儀礼がある決まった順序に従って執り行わ れているのか、という理由について述べて いる者はいない」[ヘネップ2012
(1909):7]
• 方法
「主題が非常に広汎にわたっているた め、資料の中に埋没しないようにする のは容易なことではなかった。収集し た資料のうちから最近の詳細なモノグ ラフのみを選んだ結果、私が利用した のはそのごく一部だけになった。他の 諸事実、また特に参考文献に関しては、
私が比較のために集めた膨大な資料を できるだけ紹介するに止めた。そうで もしない限り、本書の各章が一冊の本 になったに違いない」[ヘネップ2012
(1909):7-8]
考察:一般社会と通過儀礼
•
一般社会
「一般社会はいずれもその中にいくつかの特定社 会を含んでおり、一般社会の文明の程度が低けれ ば低いほど、その中の特定社会は一層自律的で、
またその輪郭もそれだけはっきりしている。われ われのような近代社会においては、世俗的社会と 宗教的社会つまり俗対聖という区分以外には、あ まり明確なものは存在しない…俗界と聖界とは互 いに相容れないので、中間の見習い期間を経ずに は、一方から他方へと移ることはできない」[ヘ ネップ2012(1909):11-12]
「ある集団から他の集団へ、またあるステータス から次のステータスへ、次から次へとなぜ移って いかなければならないのかということは、『生き る』という事実そのものから来るのである。つま り、ある個人の一生は、誕生、社会的成熟、結婚、
父親になること、あるいは階級の上昇、職業上の 専門化および死といったような終わりがすなわち 始となるような一連の階梯からなっているのであ る。これらの区切りの一つ一つについて儀式が存 在するが、その目的とするところは同じである。
つまり、個人をある特定のステータスから別の、
やはり特定のステータスへと通過させることに目 的がある」[ヘネップ2012(1909):14]。
•
通過儀礼
「本書の目的は、こうした関係の把握にあた り、特にある状態から別の状態へ、ないしは ある世界(宇宙的あるいは社会的な)から他 の世界への移動に際して行われる儀式上の連 続を分類することにある。こうした移動の重 要性にかんがみて、通過儀礼という特殊なカ テゴリーを設けるのは正当であると思う。通 過儀礼はさらに分離儀礼、過渡儀礼、および 統合儀礼で構成される。この三つの下位分類 は同一民族の間でも、またある儀礼複合体の 中でも同じ程度に発達しているわけではない。
分離儀礼は葬式の際によくみられ、統合儀礼 は結婚式によくみられ、過渡儀礼は例えば妊 娠期間や婚約機関の儀礼、加入礼などにおい て重要な役割を占めることがよくある…した がって、たとえ通過儀礼の完全な図式には理 論的には境界前(分離)、境界上(過渡)、
境界後(統合)の儀礼を含んでいるにしても、
実際にはこの三つが同等の重要性を持ち、同 じ程度に発達しているということはないので ある」[ヘネップ2012(1909):22-23]
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考察:聖俗と事例
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聖俗
「ここで私は“聖”という概念の両義性について 簡単に触れておこうと思う。この表現(および これに対する儀礼)の特徴は可変的であるとい うことである。聖なるものがすなわち絶対的な ものではなく、その価値は個々の状況を通じて あらわれてくるのである。…人生の行程の中で この二つの世界、聖と俗を経験するものは、物 の見方や分類の仕方によって、今まで俗であっ たものが、あるときは聖になったり、またその 逆にもなる、というふうに価値が転換するのを 目のあたりにするのである」[ヘネップ2012
(1909): 24-25]
• 一般的特徴
「一般社会はおそらくいずれも、各部屋と廊下に分かれ た一種の家のようなものと考えることができる。ある社 会の文明が形態的にわれわれの社会に近ければ近いほど、
その間の仕切りはうすくなり、コミュニケーションの窓 口が広くなる。反対に、半開社会においては、その各部 屋は相互に入念にへだてられ、一つの部屋から他の部屋 に行くためには、…手続きや儀礼が必要である。…中に いる者にとっては特定社会は俗の世界にあたるもので、
外の世界にいる者は聖の世界にいることになり、その点 では強い。そのことから、人は異人に対しては、様々の 取扱いを示し、一方では大した手続きをふまずに殺した り、強奪したり、痛めつけたりし、他方では異人を強い 人とみなして畏れ、大事に扱い、あるいは彼に祟られぬ よう、呪術⁼宗教的まじないなどを行ったりする。…異人 たちはある部族の領域または村にすぐ入れるわけではな い。彼らは遠くの方から来訪の目的の証を示し、次に、
アフリカ人の退屈な長演説として知られているような準 備段階を経なくてはならない。これは第一段階であり、
かなり長い。次に過渡的段階がくるが、これは贈り物の 交換、村人からの食糧の提供、宿泊の用意、などである。
次に統合儀礼があって、これで儀礼は終わるが、ここは 正式な入村、共餐、握手の交換などがくる」[ヘネップ 2012(1909): 39-42]
結論
• 事例:加入式
「以下に述べるのは、コチキリ結社への自発的 加入の際の加入式の次第である。/(1)代父 が新米をキウィツィウェに紹介する。(2)二 人の女が新米の背中に四つに折りたたんだ四枚 の厚布をのせる。(3)代父が新米の頭を何も 見えないように布でつつむ。(4)新米は、四 人のサヤトリア神(仮面をつけた男たち)の一 人ひとりに四回ずつユッカの枝でたたかれる。
(5)女たちも一人ずつ、各サヤトリア神に一 回ずつ背中をユッカの枝でたたかれて、次に四 枚の厚布はとり除かれる。(6)新米の若者は また各神々から四回ずつたたかれる。(7)代 父は新米の頭から布をとり去り、髪の毛に神聖 な飾りである鷲の羽根をつける。(8)四人の 神々は仮面をとり、新米は彼らが人間であるこ とを悟る。(9)四人の新米が四人のサヤトリ ア神の前に連れていかれ、神々から各々一つ一 つの仮面とユッカの枝をもらう。(10)新米は この枝で各サヤトリア神の左右の腕と踝をたた く。(11)新米は仮面を各サヤトリア神に返す。
(12)神々は再び仮面をつけ代父たち一人ひと りの腕と踝をたたいて加入式は終わる」[ヘ ネップ2012(1909): 106]
• 結論
「われわれの興味をひくのは細かい個々の儀礼ではな く、儀礼の総体…の本質的意味と、個々の儀礼が占め る相対的位置である。それゆえ、予備的なものも決定 的なものも含めて、分離、過渡、統合の諸儀礼が、あ る一定の目的のために、相互に関連を持ちつつ一定の 位置を占めていることを冷笑しようとして、かなり長 い記述をいくつか行ったのである。…指摘すべき第二 の点は、時には修練期、婚約期間、妊娠、喪のごとく 独立した形にもなる『過渡期』の存在であるが、この 存在が普遍的なものであるということはまだ誰も指摘 していないようである。…第三に、種々の社会的な身 分の変化が、村や家に入ること、部屋から部屋へ移る こと、道や広場を横切ることなどの実質的通過に擬さ れるということは重要な点であると思われる。…生ま れてから死ぬまでの間の通過儀礼の図式がいかに複雑 であろうとも、一番よくみられるのは直線的な図式で ある。ところが、…それが円をなして、すべての人が 生から死、死から生へと同じ状態を同じように通過す ることを果てしなく繰り返すようなところもある。こ うした図式の一つの極端なかたちである循環的形態は 仏教においては倫理、哲学的意義を持ち、ニーチェの
『永遠の回帰』の思想の中では中心的な意義を持って いる。」[ヘネップ2012(1909):244-288 ]
成熟について
宗教と文化の間
• 宗教人類学
ヴィクター・ターナー1996(1969)『儀礼 の過程』
• Transformation
Mary C. Bateson1972 Our Own Metaphor
• トランジション
ウィリアム・ブリッジス2014(1979)
『トランジション』
分 離
過渡
統 合
Societas Communitas
「信」の位相
A B C
「Aはaと信じてる」
「a(は事実)である」
参照文献
ターナー、ヴィクターW.1996(1969)『儀礼の過程』冨倉光雄訳 新思索社 ファン・ヘネップ、アーノルド2012(1909)『通過儀礼』綾部恒雄・綾部裕子訳 岩波文庫 ブリッジス、ウィリアム2014(1979)『トランジションー人生の転機を生かすために』倉光
修・小林哲郎訳 パンローリング
フレイザー、ジョージ2003(1890)『金枝篇』吉川信訳 ちくま学芸文庫