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鬼と肉食に関する説話研究

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Academic year: 2021

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(1)鬼と肉食に関する説話研究. 教科・領域教育学専攻 言語系コース 国語分野.  M07140G  福 井  華 世 1 研究の目的. ろうか。.  r鬼」について考えたとき、この想像上の生.  本論文では、鬼という、人間とは異なる外部. きものに対して好意的なイメージを持つ人はま. の存在によって照らし出される、人の内面や身. ずいない。好き勝手し放題、気まぐれに突然現. 体観について、鬼が好み、人が嫌ったr肉食」. れては人に害を与え、時には罪も無い人を死に. を併せて検討することで、人が鬼に背負わせた. 至らしめる凶暴な生きもの、というイメージを. 人間の負の部分、また、それを鬼が背負ったこ. 持つのが一般的ではないだろうか。鬼以外にも、. とで得られたであろう効果がなんであったの. 想像上の生きものは多く存在する。人を護るも. か、を明らかにすることが研究の目的である。. のであったり、人にいたずらをするものであっ たりと、その働きは様々である。では、なぜそ の中でも「鬼」は凶暴なイメージを持たれるよ. 2 論文の構成. うになったのだろうか。. 序章.  そもそも「鬼」は中国で「鬼(キ)」として. 第一章 肉食について. 生まれた。このr鬼(キ)」は今で言う「幽霊」. 第一節. 鬼が好んで食べる物について. である。中国では、人は死んだ後泰山へ行き、. 第二節. 人が「肉食」を避ける理由. そこで閻魔を頂点とした組織に入り、人の生死. 第三節. 人の「肉食」が許される条件. や天候等の管理をすると考えられていた。そこ. 第四節. で働くようになった幽霊をr鬼(キ)」と呼ん. r肉食」を抑制させるための転生説 話. だのである。そして中国文学の影響を多大に受.  第五節. けた当時の日本文学の中でも、やはりこのr鬼. 第二章. 鬼は肉しか食べられなかったのか 人食いについて.  第一節  なぜ鬼は人を食べるのか. (キ)」のイメージは「鬼(オニ)」に受け継 がれたようだ。.  第二節  人が人を食べることについて.  しかし『今昔物語集』での「鬼」は、最初の. 第三章. 幽霊としてのイメージとは一転し、恐ろしい異.  第一節  鬼が人の身体の一部を残す理由. 形のものとしてのイメージが強い。この姿が、.  第二節  闘駿説話から見る人の身体観. 言わば日本のオリジナルの「鬼」である。幽霊. 結章. 人の身体観について. としてのイメージが強かった『日本書紀』での 鬼が、『今昔物語集』が成立したとされる保安. 元年(1120)頃までの約400年の間に、鬼はど. 3 研究の概要. のような理由からこのような変化を遂げ、人に.  第一章では、鬼と人の肉食について見た。朝. 惚れられるような存在へと変わっていったのだ. 廷の行う政策によって、「人の生活に必要な労. 一290一.

(2) 働力の維持」からr仏教の教えを守らせる」こ. ようになった。. とへと理由を変化させつつ、人々の問で固く禁.  これら第一章から第三章までを見てみると、. じられていた肉食禁止は、説話を通じて次第に. 「残虐極まりない」という鬼のイメージは実は. 広められていった。しかし、やはり肉食は人に. 間違いなのではないかと思わせる。人の興趣を. とって非常に止めづらいものだったようで、説. 理解し、時には身代わりとなって人の悪意を背. 話内ですら、人の肉食に関する説話が消えるこ. 負い、仏教の教えを重んじる姿からは、心優し. とはなかった。中々肉食を止めない一般人に対. い鬼の姿が垣間見えるのである。それにも関わ. して、更に肉食は厳しく禁じられていった。し. らず、人に惚れられ、蔑まれる姿は哀れに思え. かし、仏道の従事者である僧達の肉食を許して. てならない。これだけ人に尽くしたr鬼」だか. しまったことによって、時として仏道の守護者. らこそ、最後には惚れられる対象から信仰され. ともなる鬼に対しても肉食を許すしかなくなっ. る対象へと変化していった。羅刹女となり、仏. てしまった。京の都人にとって、公に肉食を許. 教を修行する僧達の手助けをすると同時に(修. された鬼は羨ましくもあり、憎らしい存在とな. 行に集中しきれない者達を罰する役割も果たし. っていったのだろう。その結果、肉食を許され. た。元々は幽霊だった鬼が、日本に来て異形の. た鬼は人から蔑まれる存在へとなっていった訳. ものへと姿を変えられながらも、必死で人間の. だ。逆にこのことは、それだけ京の人々が肉を. 為に働き、やっとの思いで鬼は仏教の守護者と. 好んでいたということを物語っているのであ. して、その地位を上げることが出来た。. る。.  しかし、仏教の守護者として出世した鬼とは.  第二章では、人食いについて見た。鬼が人を. 言え、やはり上司である毘沙門天には勝てず、. 食べる行為は、物語の興趣を高めたり、人が人. 制裁を加えられることが多い。『今昔物語集』. を食べるという最大の禁忌を鬼の行為として置. 巻十七43「籠鞍馬寺遁羅刹鬼難僧語」に至って. き換えたものである。鬼が人の究極の負の行為. は、明らかに僧に非があったにも関わらず、仏. を肩代わりしてくれたことで、人は自らが傷つ. 教を尊ぶ僧に手を出したとして、鬼は毘沙門天. くことはなく、人食い説話を読むことが出来る. に殺されてしまっている。人に蔑まれる立場か. ようになった。特に母が鬼と化して子供を食べ. ら抜けだし、やっと得た地位でさえ、鬼の身の. ようとするような説話は、今日、子供に対する. 安全は保障されなかった。. 母の愛情が負の方向に働いたときの母の様子を.  一見、鬼は人に危害を加える凶悪な加害者と. 語ったものと捉えられていたが、実際は母親に. 思われがちだが、その本質は都人の地方に住む. 対する子供の怨みが母を鬼とし、子供が母親を. 人々や外国人に対する偏見を背負わされた最大. 倒すことを正当化したものであるという結論に. の被害者と言えるだろう。. なった。つまり鬼が人を食べることは、物語の 興趣にしろ、親の身代わりにしろ、人の為に行 っていた行為だと言える。.  第三章では、人の身体観について見た。鬼が 人の身体の一部を残す理由から考察していった が、そこには死後も現世に残りたい、未練を残. 主任指導教官  山口 眞琴. さずに往生したいという人々の思いが込められ. 指導教官 山口眞琴. ていた。このような人々の思いを考慮した結果、. 鬼は人の意識が残りやすい頭部をわざわざ残す. 一291一.

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