博 士 ( 医 学 ) 高 橋 昌 宏
学 位 論 文 題 名
肝多包虫症に対する温熱化学療法の効果
学位論文内容の要旨
I緒 言
肝 多 包虫 株 は 肝 臓 に多房 性の嚢 胞性病 変を 形成す る疾患 であり ,その 発育 は緩慢 である が,
悪 性 腫 瘍 のよ う な 病 態を 示す。 現在, 本症に 対する 確実 な有効 的治療 薬はな く, 外科的 に病巣 を 完 全 に 切除 す る 以 外 に治 療 法 は な い 。最 近 , 薬 物 とし てBenzimidazole系 統 の 薬 剤 で ある Albendazole。Mebendazole等 が臨 床 的 に 有 効で あ っ た と いう 報 告 が散見 され るが, 有効血 中 濃 度,副 作用等 の問題 があ り,進 行多包 虫巣の 縮小 あるい は増殖 の停止 をきたす有効な治療法は い まだ確 立され ていな い。 一方, 本寄生 虫は低 温に は比較 的抵抗 性を示 すが,高温には抵抗性が 低 いとさ れてお り,局 所加 温が包 虫巣の 増殖を 抑制 するな らば, 切除不 能肝多包虫症剤に対する 臨 床効果 が期待 される 。そ こで今 回,著 者は実 験的 に多包 虫巣に 対する 温熱療法と薬剤の効果お よ び両者 の併用 効果に っい て検討 した。
H研究方 法 1.実験 材料
1)多包 虫株: 北海 道道立 衛生研究所で継代維持しているコットンラット(Sig'moid hispidus) 腹腔 内のア ラスカ 株を 用いた 。
2) 実 験 動 物 :ス ナ ネ ズ ミ (Meriones Unguiculatas)8週 齢 体重60 g〜65gの雌を 用いた 。 2.方 法
実験 モデ ルとし て移植 部位に より肝内移植群(第1群)と臀部皮下移植群(第2群)を作成した。
1)1群 ( 肝 内移 植 群 ) : 原頭 節 約800個 (O.2ml)を ス ナネ ズ ミ の肝 実質 に高木 の方法 で接 種 し た。2力 月 後 に形 成 さ れ た 多 包虫 巣 を モ デル とした (N =12)。 対照 として 非感染 の正常 肝 を 用 いた (N= 3)。 感 染 後2か 月 の ス ナ ネズ ミ を エ ー テル 麻 酔 下 で 再度 開腹し ,包虫 巣を露 出 し , こ れ を 低 出 カ レ ー ザ ー(Nd―YAG,2〜3W)で 加 温 し た 。 加 温 に は セ ラ ミ ッ ク 製の 接 触 型広 拡散マ イク口 口ッ ドを用 い,そ の先端 部分 を刺入 した。 この刺 入点か ら3 mmの包虫巣部分に
サーモセンサーを同様に刺入し,この部位が45〜46℃となるようにon70ffコンピュ一夕一で抑 制しながら加温した。正常肝も同様に加温した。また,レーザ一光線を包虫巣表面に照射する外 照射加温も行った。測温は,中心より5 mm,8mm,12mm,15mmの点で加温開始後5分,10分,15 分後に行い,包虫巣および正常肝内の温度分布を調べた。レ―ザーによる20分間加温後の組織学 的 変 化 を , 包 虫 巣で は, 直 接,1,3,7日目(N=各3),正 常肝 では7日 目(N−3) にス ナネズミを犠牲死させて検討した。
2)2群(臀部皮下移植群):スナネズミ臀部皮下に原頭節約4,000個を接種し,2力月後の皮 下包虫巣をモデルとした。温熱および薬物療法により以下の4群に分けた。Ia;温熱単独群:
1週6回 を4週 間 , 計24回(N=5) 。Ib; 温 熱 単 独 群 :1週3回4週 間 , 計12回(N=5) 。 II;薬物療 法群:Albendazole 30mg7kg/日,1週5日を4週間,計20日間(N二二5)。皿;併 用 群 : 温 熱 療 法(Ia) , 薬 物 療 法 (II)の 併 用 (N二 二5) 。I; 対 照(Nご5)。 (1)加温方法:無麻酔下でスナネズミを金属メッシュで被覆固定し,臀部皮下包虫巣を43℃の 恒温槽の温水に20分間浸した。薬剤併用群では薬剤投与後ただちに温熱療法を施行し,包虫巣内 の温度を連続的に測温した。
(2)薬剤および投与方法:薬剤にはAlbendazoleの純末(スミス・クライン藤沢)を用いた。
この純末を 界面活性剤である0.05%,T ween 80で懸濁し,30mg/kg/日の量を経□ゾンデ針 で胃内ヘ注入した。
(3)検索項目:治療開始日より1週毎に包虫巣の長経と短経を測定し,包虫巣の重量を算出し た。治療最終日に全例犠牲死させ,包虫巣を摘出し,その重量を測定するとともに,光顕的に HE染色組織像を検討した。
m結 果
1,1群(肝内移植群)
開腹3分後の包虫巣,正常肝の温度は各々,23〜24℃,33〜35℃であり,血流の乏しい包虫巣 は室温に近い温度を示した。加温5分後,中心より5 mmの点では包虫巣,正常肝ともに41℃に達 し,以後加温中ほば同じ温度で経過した。8 mm,12mm,15mmの各点では,正常肝の方が温度はや や高く,包虫巣の熱伝導はやや不良であった。また,レーザ一光線を直接照射した群では加温中 病 巣 の 温 度 は 室 温 と ほ ぼ 同 じ23〜 24℃ で 経 過 し , そ れ 以 上 に 加 温さ れな か った 。 加温による包虫巣の病理組織学的変化は,割面で口ッド挿入点を中心とした赤白調のほば円形 の変色部分を認め,周囲包虫巣と区別される明らかな境界線を画していた。強拡大でtま,中心側
‑116−
で 蛋白変 性,血 液凝固 など の高熱 による 変化は 認めら れな いが, 小嚢胞 内の原頭節構成細胞はほ ぼ 一様に 変性・ 壊死を 起こ してお り,そ の細胞 核は淡 く不 明瞭と なって いた。また,一層の胚層 細 胞は膨 化し, 核の消 失が 認めら れた。
一 方,境 界線外 側で は原頭 節の構 造は良 く保 たれ, 胚層細 胞の膨 化を認 めなかった。上記変色 部 分の中 心部( 口ッド 刺入 部)か ら境界 線まで の距離(d)は直後5.7土O.9mm,1日目5.7土O.5 mm,3日 目6.3土0.5Imn,7日目6.7土1.2mmであった。包虫巣の熱拡散状態から考えてみると,こ の 変色領 域は少 なくと も中 心部よ り5 mm以 内,す なわち41℃以 上の加 温部分 に相当した。一方,
正 常肝組 織は, 中心よ り半 径3 mmのや や挟 い範囲 内が白 色調に 変化 し,強 拡大では肝細胞核の濃 縮 や胞体 の膨化 が認め られ た。こ の範囲 は,45〜46℃以 上の加 温部 分に相 当する部分であった。
ま た , レ ーザ 一 光 線 の み照 射し た包虫 巣には 組織学 的に原 頭節 ,胚層 の変性 を認め なか った。
2.2群( 臀部皮 下移植 群)
包虫 巣温度 は加 温開始 後5分で43℃ に達し ,以 後加温 中の温 度は一 定で あった 。加温 終了後 温 度 は速や かに低 下した 。各 治療群 の相対平均包虫巣重量は各損IJ定時において変化がなかったが,
対 照群と 比較す ると, いず れの治 療群も 各測定 時にお いて包虫巣の増殖は明らかに抑制された(p くO. 05,pO.01)。 し か し , 治 療 群 各 間 に は 明 ら か な 差 を 認 め な か っ た 。 また ,治療 最終 日に犠 牲死さ せて得 られ た包虫 巣の重 量は温 熱群(24回 )2.6土1.4g,温 熱群 (12回)2.3土O.8g,薬物療法群2.了土0.6g,併用群2.4土O.9g,対照群4.3土1.Ogであり,治 療 群は対 照群に 比べ, 明ら かに低 値であ った(pくO.05)。 これ を包虫 巣重量 /体重比でみると,
併 用群の みが対 照群に 比べ ,有意 に低値 であっ た(pく0. 05)。組織 学的に は各治療群における 小 嚢胞数 と嚢胞 内原頭 節教 は対照 群に比 べ減少 してお り, 特に温 熱群, 併用群に著明であった。
さ らに薬 物療法 群では 原頭 節,胚 層の変 性・壊 死を部 分的 に認め たが, 正常な原頭節,胚層も残 存 してい た。一 方,温 熱群 ,併用 群では 原頭節 ,胚層 とも に一様 に変性 ・崩壊しており,宿主側 の 反応と 考えら れるル ンパ 球の浸 潤が強 くみら れた。
IV総 括なら びに結 論
@ 移植肝 多包虫 巣に レーザ 一温熱 療法を 施行し た結 果,41℃ ,15分 間の加温で原頭節・胚層は 変 性・崩 壊した 。◎正 常肝細 胞は45〜 46℃,15分間の加温で変性・壊死を起こした。◎移植臀部 皮 下多包 虫巣に 対し, 恒温槽 を用 いた43℃ ,15分 間の温 熱療法 を施行 した結果,計24回,12回の い ずれか の群に おいて も包虫 巣の 増殖は 有意抑 止され た。
以 上より 肝多包 虫症 に対す る温熱 療法の 可能性 が示 唆され た。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 内 野 純 一 副査 教授 小野江和則 副 査 教 授 安 田 慶 秀
肝 多包虫 症は完 全摘 除以外 治療は ないが ,発 見時病 巣が高 度に進 展して いるため,切除不能と な る症例 が少な くない 。切 除不能 症例に は薬物 療法が 試み られて いるが ,未だ確立された治療法 は ない。 そこで 申請者 は実 験的に 多包虫 巣に温 熱療法 を施 行し, 薬剤と の併用効果にっいて検討 し た。
実 験材料 である 多包 虫株は 北海道 道立衛 生研 究所で コット ンラッ トの腹 腔内に継代維持してい る アラス カ株を 用いた 。ま た,実 験動物 はスナ ネズミ の雌 を用い た。実 験モデルとして移植部位 に より肝 内移植 群(第1群 )と臀 部皮 下移植 群(第2群 )を作 成した 。
第1群 で は 原 頭 節約800個 (0. 2ml)を ス ナ ネズミ の肝実 質に接 種し ,2力 月後 に形成 された 多 包 虫 巣 をモ デ ル と し た。 こ の 包 虫 巣に 接 触 型 広 拡 散マ イ ク 口 口 ッド を刺入 し,on/offコン ピ ュ 一 夕 一 で 抑 制 し な が ら 低 出 カレ ー ザ ー (Nd―YAG,2〜3W) で 加 温 し た 。正 常 肝 も 同 様 に 加温し た。ま た,レ ーザ ー光線 を包虫 巣表面 に照射 する 外照射 加温も 行った。測温は,マイク 口 口 ッ ド 刺入 部 よ り ,5 mm,8mm,12mm,15mmの点 で加 温開始 後5分,10分 ,15分 後に行 い,包 虫 巣 お よ び正 常 肝 内 温 度分布 を調べ た。組 織学 的変化 にっい ては, 包虫 巣では ,直後 ,1,4, 7日目, 正常 肝でtま7日目に 犠牲 死させ て検討 した。
そ の結果 ,包虫 巣, 正常肝 の温度 は加温5分 ,5 imnの点 で両者 ともす でに41℃に達しており,
以 後加温 中ほぼ 同じ温 度で 経過し た。8 mm,12mn,15mmの各点 では ,正常 肝の方が温度はやや高 く ,包虫 巣の熱 伝導は やや 不良で あった 。また ,レ― ザー 光線を 直接照 射した群では加温中病巣 の 温度は 室温と ほぼ同 じ23〜24℃で経 過し ,それ 以上に 加温さ れな かった 。組織学的には,割面 で 口ット 挿入点 を中心 とし た赤白 調のほ ぼ円形 の変色 部分 を認め ,周囲 包虫巣と区別される明ら か な境界 線を画 してお り, 強拡大 では変 色部分 の原頭 節, 胚層は ほぼ一 様に変性,壊死を起こし て いた。 この変 色部分 の中 心部(口ッド刺入部)から境界線までの距離は少なくとも5 mmであり,
包 虫巣の 熱拡散 状態か らす ると41℃以上の加温部分に相当すると考えられた。一方,正常肝では,
中 心より 半径3 mmのやや 狭い範 囲内が 白色 調に変 化し, 強拡大 で肝 細胞の 変性が認められた。こ の 範囲は ,45‑ 46℃ 以上の 加温 部分に 相当す る部分 であっ た。 また, レーザー光線のみ照射した
‑118
包虫巣に は組織学的に原頭節 ,胚層の変性を認 めた。
第2群 は, スナ ネ ズミ 臀部 皮 下に 原頭 節 約4,000個 を接 種し ,2力 月 後の 皮下 包虫巣をモデ ル と し た 。 温 熱 お よ び 薬 物 療 法 に より 以下 の4群 に 分け た。Ia;温 熱単 独 群:1週6回 を4週 間,
計24回(N二ニニ5)。Ib;温 熱単独群:1週3回 を4週間, 計12回(N二二二ニ5)。皿;薬物療法群:
Albendazole 30mm/kg/日 ,1週5日 間 を4週 間 , 計20日 間 (N=5) 。m; 併 用 群 : 温 熱 療 法
(Ia) , 薬 物 療 法 (1I) の 併 用 (N=5)。IV; 対 照(N=5) 。加 温 方法 は無 麻 酔下 でス ナ ネズ ミ を金 属メ ッ シュ で被 覆 固定 し, 臀部 皮下包虫巣を43℃の 恒温槽の温水に20分間浸した。併用 群 で は 薬 剤 投与 後 ただ ちに 温 熱療 法を 施 行し た。 薬 剤に はAlbendazoleの 純末 を 用い ,界 面 活性 剤 であ る0.05% ,T ween 80で懸 濁 し,30imn/kg/ 日の 量 を経 □ゾ ン デ針 で胃 内へ注入した 。 治 療開 始日 よ り1週 毎に 包虫 巣 の長 経と 短 経を 測定 し ,包 虫巣の重量を算出 した。治療最終日 に 全 例 犠 牲 死 さ せ , 包 虫 巣 を 摘 出 し, その 重 量を 測定 す ると とも に ,組 織学 的 にも 検討 し た。
包虫 巣温 度 は加 温開 始 後5分 で43℃に 達 し, 以後 加 温中 温度は一定であっ た。加温終了後温 度 は 速や かに 低 下し た。 各 治療 群の 相対 平均包虫巣重量は各 測定時において変 化しなかったが, 対 照 群と 比較 す ると ,い ず れの 治療 群 も各 測定 時 にお いて 包虫巣の 増殖は明らかに抑制 された(p くO.05,pくO. 01)。しか し,治療群各間に は明らかな差を認 めなかヮた。治療最 終日に犠牲死 さ せて 得ら れ た包虫巣の重量も 冶療群は対照群に 比ベ,明らかに低 値であった(pくO. 05)。 組 織 学的 には 各 治療 群に お ける 小嚢 胞数 と嚢胞内原頭節数は 対照群に比べ減少 しており,特に温 熱 群,併用 群に著明であった。 薬物療法群では正 常な原頭節,月丕層の残存も認められたが,温熱群、
併 用群 では 原 頭節 ,胚 層 とも に一 様に 変性・崩壊しており ,宿主側の反応と 考えられるルンパ 球 の浸潤が 強くみられた。
審 査 に 当 た っ て 小 野 江 教 授 よ り 宿 主 側 の 免 疫 反 応 にっ い て, 安田 教 授よ りLASERを 用 いた 理 由, 宮崎 教 授よ ルア ル ベン ダゾ ール の血中濃度にっいて など質疑があった が,申請者は慨ね 妥 当な解答 を行った。
多包 虫症 に 対す る温 熱 療法 単独 ある いは薬物療法との併 用の有効性にっい て検討した報告は な く ,本 研究 は 切除 不能 肝 多包 虫症 に対 する温熱療法の可能 性を示した点で意 義があり,学位授 与 に値する ものと考える。