博士(医学)伊藤しげみ 学位論文題名
ヒ ト ポ リ オ ーマ ウイ ルス 属 JC ウイ ルス の 細 胞 親 和 性 に 関 す る 解 析
学位論文内容の要旨
【 目 的 】ヒ ト 大脳 の 脱髄 疾患PML(進 行性多巣 性白質脳 症)の原因 であるヒ トポリオ ― マ ウ イ ルス 属JCウ イ ルス(JCV)は 宿主域が 狭く、生 体内では 中枢神経の オリゴデ ンドロ グ リ ア にお い ての み ウイ ルスが増 殖できる 。従来、JCVの増殖には ヒト胎児 脳初代培 養 細 胞しか用 いられて おらず、 他にいく っかの許容 細胞が報 告されて いるが、 いずれも継 代 維持に限 界がある ことや、 充分なウ イルス量が 得られな いこと、 ウイルス 増殖の指標 になるCPE(cytopathic effect)が出現しにくいことなどが原因で、このウイルスの増殖機構 や細胞親和性因子の解明にとって大きな障害となっていた。最近、JCVのprootypeMad.1株 がヒト神経芽腫細胞株であるIMR・32細胞に感受性があることが報告され、そしてIMR一32細胞 へ の 適 応に よ るJCVの 調節領 域の変異 も微細な ことが示 された。さ らに我々 はこの変 異 し たJCVをIMR‐32細 胞に 接種、長 期間維持 した結果 、JCVを持続 感染した状 態で産生 し 続 ける細胞 株(JCI細胞 )を樹立し、JCVの細胞感染性を解析する基礎を確立することがで き た 。 そこ で 本研 究 では この持続 感染系を 利用してJCVを精製し、 このウイ ルスに対 す る 許 容 細胞 と してIMR.32細胞 を選び、 非許容細 胞である 他の培養細 胞と比較 検討する こ と に よ り 、JCVの 細 胞 親 和 性 に 関 す る 要 因 を 明 ら か に し よ う と 試 み た 。
【材料と方法]1)ウイルスと細胞:JCI細胞を凍結融解後20% sucroseに重層し38,000 rpm, 1hr遠 心 しJCVウ イ ルス 液(JCDと した 。 使用 し た 細胞の うちヒト 神経芽細 胞腫由来IMR‑
32、 ヒ ト 類 上 皮 細 胞 癌 由 来A431は10% FBS添 加DMEMで 継 代 維持 し 、SV40に て 形 質転 換させたサル腎細胞COS‑7は10% FBS添加MEMを使用した。
2)赤血球 凝集反応(hemagglutination: HA):96穴マイ ク口プレ ートに0.2% BSA加PBSを 50VIずつ分注 し、2倍段 階希釈の ウイルス 液を混和 させ、そこ に0.5%ヒ卜O型 赤血球を加 え4℃で3時 間 反 応さ せた。HAfd5は赤血球 を完全に 凝集させ た最大希 釈の逆数と した。
3)吸着に よる感染 :4 HA unitsのウイ ルスをIMR‑32細 胞、A431細胞 、COS‑7細胞に一晩 吸着 処 理 後、2%血清 添 加培 地 で 維持 し 、ウ イ ル ス増 殖 の有 無 を3週 間後 のHA価 で検討 した。
4)マイク 口インジ ェクショ ン:8192HA unitsのウ イルスを自動インジェクションシステ
ム(AIS:Zeiss)を 用い て 、 注入 圧80〜10 0hpa、維 持圧40〜60hpa、注 入時間0.2secの条件 で細 胞 質へ 注 入 し、 間 接 螢光 抗 体 法に よ り 抗原 を 検 出し た 。
5) ト ラ ン ス フ ェ ク シ ョ ン :pUC‑19のEco RI siteに ク ロ ー ニ ン グ さ れ たJC‑IMR株 を 制 限 酵 素 で 切 断 後 電 気 泳 動 レ 、5.lkbの バ ン ド を 抽 出 し 、 ウ イ ル スDNAと し た 。 こ れ を 燐 酸 カ ル シ ウ ム 法 に て 細 胞 内 に 導 入 し 、 間 接 螢 光 抗 体 法 に て ウ イ ル ス 抗 原 を 検 出 し た 。 6) 螢 光 抗 体 法 : 実 験 し た 細 胞 は4% paraformaldehydeで固 定 後0.2% TritonXで3分 間 処 理 し 、 間 接 螢 光 抗 体 法 に て 検 索 し た 。 抗 体 に はSV40 largeT抗 体 とJCV Vp‑l認 識 マ ウ ス 血 清 とを 使 用 した 。
7) CAT assay:JC‑IMR株 の 調 節 領 域 を 含 む353 bpのDNA断片(4981〜279)をNcoIで切 り 出 しlくlenow酵 素 処 理 後pSVOOCAT (Nippon Gene)に 挿 入 しCAT遺 伝 子 構 築(CAT gene)を 得 た 。 挿 入 さ れ た 調 節 領 域 の 方 向 に よ っ て 初 期 と 後 期 の 転 写 活 性 を そ れ ぞ れ 反 映 す るJO01 とJ002を得 た 。 燐酸 カ ル シウ ム 法 ではCAT gene 10pl,g、RSV‑p gal Syg、Carrier DNA5 pLg を 導入 し 、48時 間 後に 細 胞 上清 を 回 収しCAT assayを 行 なっ た 。
【 結 果 ] 吸 着 に よ る ウ イ ル ス の 感 染 性 を 調 べ た と こ ろIMR‑32細 胞 で は3週 間 後 頃 よ り 細 胞 の 凝 集 と 剥 離 が 著 明 と な りCPE様 変 化 が 出 現 し た 。 こ の と きHA>64un弧 で ウ イ ル ス の 増 殖 が 認 め ら れ た 。 し か し 、A431細 胞 とCOS‑7細 胞 で はHAは 測 定 限 界 以 下 で あ ル ウ イ ル ス は 増 殖 し な か っ た 。 こ の 結 果 よ りIMR‑32細 胞 が 許 容 細 胞 で あ りA431細 胞 とCOS‑7 細 胞 と が 非 許 容 細 胞 で あ る こ と が 示 さ れ た 。
マ イ ク 口 イ ン ジ ェ ク シ ョ ン に よ る 実 験 の 結 果 、A431細 胞 で ぱr抗 原 、V抗 原 と も に 発 現 し な か っ たo IMR‑32細 胞 で は2日 目 後 以 降 に ウ イ ル ス 粒 子 複 製 に よ る と 思 わ れ るV抗 原 が 観 察 さ れ た 。 こ の 細 胞 内 で のJCVDNAの 転 写 、 複 製 を 確 認 す る た め に 、 更 に JCVDNAの 卜 ラ ン ス フ ェ ク シ ョ ン を 行 っ た と こ ろ 、3日 後 に5〜8%の 細 胞 がTお よ びV抗 原 陽 性 で あ っ た 。 こ の 結 果 ウ イ ル スDNAが 細 胞 内 で 転 写 、 複 製 され た こ ・と が 確 認さ れ た 。 非 許 容 細 胞 で あ るCOS‑7に マ イ ク ロ イ ン ジ ェ ク シ ョ ン し た と こ ろ5日 目 に ウ イ ル ス 粒 子 複 製 に よ る と 思 わ れ るWt原 が 陽 性 と な っ た 。
ウ イ ル ス 親 和 性 に 関 与 す る 核 内 の 要 因 を 明 ら か に す る た め に 、JCVの 調 節 領 域 の 細 胞 内 活 性 をCATア ッ セ イ に よ っ て 測 定 し た 。 そ の 結 果 、IMR‑32とCOS‑7細 胞 に お い て の み 初 期 転 写 活 性 と 後 期 転 写 活 性 の 両 方 の 活 性 上 昇 が 認 め ら れ た 。A431細 胞 で は 全 く 活 性 が み ら れ な か っ た 。 こ れ ら の 結 果 は 次 の 表 の よ う に ま と め ら れ た 。
INF MIC CAT TRANS IMR‑ 32 十 十 十 十
COS ‑7 十 十 * A4 31
INF:Infection, MIC: Microinjection, CAT: CAT assay, Trans: Transfection
* not examined.
【考 案】
JCVは宿主域が非常に狭く、感受性細胞が限られている。宿主特異性を規定して いるものにウイルス遺伝子、ウイルスと宿主細胞との複雑な相互作用が考えられている。
ウイ ルス ‐宿 主相 関を 規定す る因 子と してはウイルスレセプ夕一、核内転写因子が挙げ られ るが 、JCV での 詳細 につ いて は不 明で ある 。今 回のウ イル スの 感染実験ではIMR‑32 細胞 では 良好 な増 殖が 認めら れた が、
A431細胞 やCOS‑7 細 胞で は感 染は認められなかっ た。 しか しマイクロインジェクションによる新たなウイノレス粒子の増殖は、IMR‑ 32 細 胞の みな らず
COS‑7細胞 でも 確認 され たが 、A431 細 胞では ウイ ルス 粒子は増殖しなかっ た 。 こ の 結果 はJCVDNA の卜 ラン スフ ェク ション によ って も確 かめ られ た。 マイ ク口 イ ンジ ェク ショ ンに より 細胞膜 を通 過さ せて 注入 した ウイ ルス 粒子 がIMR‑32 細胞とCOS‑7 細胞 にお いて 増殖 可能 であっ たこ とは 、JCV の 細胞 親和性 を決 定す る因子には種特異的 な 膜 レ セ プタ ーが 関与 する こと が示 唆さ れた。 しか し膜 を通 過さ せた にも かか わら ず
A431細 胞 で増 殖が 見ら れな かっ たこ とは 、核内 因子 によ り規 定さ れて いる こと が想 定 され た。 そこ で核 内転 写因子 の関 与を 調べ るた めに 行っ たCAT assay では、ウイルス増 殖 が 認 め られ たIMR‑32 細胞 とCOS‑7 細 胞に おい ての みJCV の調 節領 域が 活性 化さ れて お り、
A431細胞 では 活性 が見ら れず 、核 内因 子が
JCVの調節 領域 に結 合し活性化された結 果
JCVが こ れ ら の 細 胞 内 で 増 殖 可 能 と な っ た こ と を 反 映 し て い る と 考 え ら れ た 。
従来 、IMR‑32 細胞 以外の 神経 芽細 胞腫 由来 の細 胞に おい てJCV が増殖する可能性は 以 前 か ら 示 唆さ れ て い た が 、 サ ル 由 来 の
COS‑7細胞 に関 する 実験 で細 胞膜 を通 過し た
JCVが 増殖 可能 であ ると いう 報告 は初 めてであり、J (ニVDNA のトランスフェクションや 増殖 した ウイ ルス 粒子 の解析 を含 めて 更に検討が必要であると思われた。しかし、今回 の実 験で
JCVに レセ プ夕 ―が 存在 する こと が示 され 、さら に特 異的 核内転写因子を解析 する 基礎 的成 果が 得ら れた訳 で、 今後 これらの遺伝子をクローンニングしていくことが 重要と考えられた。
【結語1 新しく確立したJC virus 持続感染株化細胞より分離したJC virus くJCI) を用いてJC
virusの細胞親和性に関する実験を行ない次の結果が得られた:
1
. JCI を用いて感染実験を行なったところヒト神経芽細胞腫IMR‑32 にて増殖するが、
ヒ ト 類 上 皮癌 細 胞
A431や
SV40に て形 質転 換さ れた サル 腎細 胞COS‑7 で は増 殖レ な
かった。
2
. JCI をマイクロインジェクション法にて細胞膜を越えて直接注入するとIMR‑32 細
胞の みな らず
COS‑7細胞 でも ウイ ルス 増殖 が見 られた。しかしA431 細胞は陰性であ
った。
3
. JCvirus 調 節領 域を組み込んだ構築遺伝子を用いてCAT assay を行なったところ
IMR‑32細 胞と
COS‑7細胞 では 活性 が見 られ たが 、A431 細胞では活性が見られなかっ
た。
以上 の結 果よ り、
JC virusの細胞親和性には細胞膜の種特異的レセプ夕一分子と核内の
組 織 特 異 的 転 写 因 子 と の 両 方 が 関 与 し て い る こ と が 明 か と な っ た 。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
学位論文題名
ヒトポリオーマ属JC ウイルス(JCV) の
細 胞 親 和 性 に 関 す る 解 析
圍駒ヒト大脳の脱髄疾患PML( 進行性多巣性白質脳症)の原因である JCV は宿主域が狭く、病変を起こすのは中枢神経のオリゴデンド口グ リアに感染した時に限られる。従来ウイルスの分離には胎児脳初代培 養細胞のみが用いられてきたが、これはウイルスが十分に増殖可能な 宿主が他になかったためである。最近我々はJCVMad‑l 株をヒト神経 芽細胞腫由来のIMR‑32 細胞に接種継代した結果、JCV を持続感染した 状態で産生し続けるJCI 細胞を樹立し、感染機構を解析することが可 能となった.そこで,この系から精製したJCV を用いて許容細胞IMR‑
32 と他の培養細胞とを比較することにより,JCV の感染を規定する因 子に関する検討を行った。
鋤 嬲 魚 齏 濃 ウ イ ル ス は JCI細 胞 よ り 分 離 精 製 し 、 力 価 は HA(赤 血 球 凝 集 反 応 ) に よ り 測 定 し た 。 細 胞 fま 、 IMR‑32の 他 に A431(human epidermoid carcinoma)、COS‑7(SV40 largeT transformed African green monkey kidney)を使用した。
1、 感 染 : 細 胞 10° 個 あ た り 4HAのJCVを37度 で1晩 吸 着 さ せ 3週 間 維 持後、細胞上清のHAを測定し増殖の有無を判定した。
2、Microinjection:自動インシ゛エタションシステム(Zeiss)を用いてがラス針を細胞質 ヘ 穿 刺 し 、8192HAの ウ イ ル ス 液 を 一 細 胞 あ た り 約 0.5pl注 入 し た 。 3、Transfection:JCI細 胞 か ら 抽 出 し ク 口 ー ニ ン ク ゛ し たJCVDNAを 用 い た 。 30mmシ ャ ー レ で 細 胞 が500'/0コ ン7ル エ ンIの 時JCVDNA1彫gをCarrier DNAと ともにりン酸カルシウ厶法により導入した。
4、 螢 光 抗 体 法 :JCVのVp‑l蛋 白 を 認 識 す る マ ウ ス 血 清 とJCV largeTと 交 差 反 応 す るSV40 largeTに 対 す る モ ノ ク ロ ー ナ ル 抗 体 を 用 い た。 二次 抗体 に FITC標識抗マウスIgGを使用し間接法で観察した。
5、CATassay: JCVの 調 節 領 域 (353bp)をpSVOOCATに 挿 入 し 、 初 期 転 写 活 性 と 後 期 転 写 活 性 を み る 二 種 類 の 構 築 物 を 作 製 し た 。 細 胞 約10 個