博 士 ( 教 育 学 ) 竹 田 唯 史
学 位 論 文 題 名
スキー運動における技術指導に関する研究
―初心者から上級者までの教授プログラム―
学位論文内容の要旨
ス キ ー 指 導 に 関す るこ れま で の先 行研 究は 、力 学 的分 析に 基づ く 指導 方法 の試 み、 各 個 別 の 技 法 の 指 導 方法 の検 討、 系 統的 指導 のあ り方 を 検討 した もの な ど、 多く の成 果を 示 し て い る 。 こ う し た先 行研 究に 学 びな がら 、ス キー 運 動の 運動 学的 把 握や 、そ こか ら導 か れ る技 法 と技 術構 造と の関 連 の明 確化 、初 心者 か ら上 級者 にいたる指導の系統性、と りわけ、
「 パ ラ レ ル タ ー ン」 や「 カー ビ ング ター ン」 を指 導 する ため の「 内 容」 や「 教材 」に 関 し て、新たに検討すべ き課題を見出した。
本 研 究 は 、 だ れも が、 でき る だけ 短時 間で 質の 高 いス キー 技術 を 習得 し、 スキ ー運 動 の 楽し さ を享 受で きる よう に 、初 心者 から 上級 者 まで を対 象とした独自の指導理論を 構築し、
教 授 プ ロ グ ラ ム を 作 成 し 、 そ の 指 導 体 系 を 提 示 す る こ と を 目 的 と す る 。 研 究 方 法 は 、 まず 、文 献研 究 によ って 既往 のス キ ー理 論を 整理 す ると とも に、 スキ ー 運 動のカ学的分析、運 動学的な知見から、「技術 的特質」、「技術・技法構造」、「運動構造」、
「中 核 的な 技術 」に つい て 新た な提 起を 行っ た 。次 に、 教授学的研究成果を踏まえ 、「教育 目標」、「教育内容」、「教材の順序構造」、「教授過程の方法」、「評価論」を統一的に構成し た 筆 者 独 自 の 指 導理 論を 構築 し た。 そし てこ の指 導 理論 に基 づぃ て 授業 過程 を客 観的 に 示 し た 「 教 授 プ ロ グラ ム」 を作 成 し、 実験 授業 によ る 検証 を試 みた 。 実験 授業 は、 初心 者 か ら上級者までの内容 を連続的に検証できるよう に「初心者」、「初級者・中級者」、「上級者」
といった3つの異な る技能レベルを対象として実 施した。
第1章 に お い て は 、 ス キ ー 運 動 の カ 学 的分 析を 踏 まえ 、先 行研 究 の「 技術 的特 質」 把 握 を 批 判 的 に 検 討 し、 新た にス キ ー運 動の 「技 術的 特 質」 を「 斜面 ・ 雪質 ・地 形な どの 様 々 な 状 況 に お い て 、ス キー 用具 の 特性 を発 揮し 、自 己 の意 図す る技 法 ・回 転弧 ・ス ピー ド を 自 由 自 在 に コ ン トロ ール して 滑 走・ 滑降 する こと 」 と規 定し た。 ス キー の「 技術 ・技 法 構 造」 に つい ては 、こ れま で 明確 でな かっ た「 回 旋系 」を 位置づけ、「スキッディン グ系」、
「カ ー ビン グ系 」と 合わ せ て3っ に 分類 し、 プル ーク ボ ーゲ ン、 パラ レル タ ーンな どを「技 法 」 と 捉 え 、 こ れら との 関連 性 を明 らか にし た。 そ して 運動 学的 視 点か ら各 技法 の「 運 動 構 造 」 を 把 握 し 、こ れま での 指 導で は明 らか にさ れ てい なか った 「 中核 的な 技術 」を 明 確 にした。
第2章 にお いて は 、先 行研 究の 中 でス キー 指導 にお い て大 きな 影響 を与 え てきて いる「全 日 本 ス キ ー 連 盟 」の 理論 や、 教 授学 的研 究に 影響 を 与え てき た「 学 校体 育研 究同 志会 」 の
理 論 、 及 び 、 初 心 者 指導 に韜 い て独 自の 理論 を展 開 して きた 「全 国 勤労 者ス キー 協議 会 」 の 理 論 を 検 討 し 、 そ の問 題点 を 明ら かに した 。共 通 して いえ るこ と は、 プル ーク ボー ゲ ン か ら パ ラ レ ル タ ー ン へ の 指 導 過 程 に お け る 教 材 に 難 点 が あ り 習 得 し に くい こと 、ま た 技 術 ・ 技 法 構 造 に 回 旋 系の 位置 づ けが 不明 確で あり 、 それ が指 導に 生 かさ れて いな いこ と 、 カ ー ビ ン グ タ ー ン の 指 導 の 内 容 と 教 材 に 修 正 す べ き 課 題 が あ る こ と を 明 ら か に し た 。 第3章 に お い て は 、 初 心 者 か ら 上 級 者 ま で の筆 者 独自 の指 導理 論 を構 築し た。 初心 者 へ の 教 育目 標を 「緩 斜面 で の回 旋プ ルー クタ ー ンの 大回 りと 小 回りの習得」、「中斜 面をプル ー ク ボ ー グ ン で 滑 り 降り るこ と がで きる こと 」と し た。 初級 者・ 中 級者 への 教育 目標 と し て 「 緩斜 面で の回 旋パ ラ レル ター ンの 大回 り と小 回り の習 得 」、「急斜面をプルー クポーゲ ン ま た は 回 旋 プ ル ー クタ ーン で 滑り 降り るこ とが で きる こと 」と し た。 上級 者へ の教 育 目 標 を 「ス キッ ディ ング 系 、回 旋系 、カ ービ ン グ系 の操 作が で きること」、「急斜面 における 回 旋 パラ レル ター ンの 大 回り と小 回り の習 得 」、 「緩 斜面 に おけるカービングター ン大回り と 小 回 り の 習 得 」 、 「 中 斜 面 の コ ブ 斜 面 に お け る 回 旋 小 回 ル タ ー ン の 習 得 」 と し た 。 教 育内容の構造は、「技法の習得」、「回転弧の調節」、「スピードの調節」、「斜面・雪質へ の 対 応 」 の4っ に 大 別 し た 。 こ れ ら の 中 で 、 「 技 法 の 習 得 」 を 中 心 に 位 置 づ け た 。 教 材の順序構造は、「スキッ ディングプルークボーゲン」 、「回旋プルークターン」、「回旋 パラ レルターン大回り」、「回 旋パラレルターン小回り」、 「コブ斜面小回り」、「カービング タ ー ン大 回り 」、「カービン グターン小回り」と構成し た。教材構成は、教育内容で ある「技 法の 習得」、「回転弧の調節」 、「スピードの調節」、「斜 面・雪質への対応」といった4つの 視 点 から 行っ た。 また 、 技法 を習 得す る際 に は、 「循 環運 動 」であるスキーを、ま ずは「非 循 環 運 動 」 と し て 捉 え 、 準 備 ・ 主 要 ・ 終 末 局 面 の3区分 を明 確に し た「 単回 転」 の習 得 後 に 、 中間 局面 にお ける 「 局面 融合 」を はか り 連続 回転 へと 移 行するという教材構成 とした。
第4章で は「 初 心者 」、 「初 級 者・ 中級 者」 、「 上 級者 」を 対象とした3つの実験 授業を実 施 し 、 そ の 結 果 を 示 し た 。 初 心 者 の 実 験 授 業 に 関し ては 、 スキ ー未 経験 の大 学 生7名 を 対 象 と し て4日 間 の 実 験 授 業 を 実 施 し た 。 実 験 授業 の 結果 、「 スキ ッ ディ ング プル ーク ボ ー ゲ ン に お け る 外 ス キ ーの 押し 出 す方 向」 や「 回旋 プ ルー クタ ーン で スタ ンス を狭 くす る た め の 教材 の再 構成 」な ど の修 正点 はあ るが 、7名全 員 が教 育目 標で ある 「 回旋 プル ーク ター ン 」 を 習 得 す る こ と が で き 、 全 体 と し て 教 授 プ ロ グ ラ ム の 有 効 性 が 示 さ れ た 。 初 級 者 ・ 中 級 者 を 対象 とし た 実験 授業 では 、プ ル ーク ボー ゲン ま たは シュ テム ター ン が で き る11名 を 対 象 と し て3日 間 の 実 験 授 業 を 実 施 し た 。 実 験 授 業 の 結 果 、 狭 い ハ の 字 の
「 回 旋プ ルー クタ ーン 」 を習 得す るこ とに よ って 、「 回旋 パ ラレルターン」を習得 できるこ と を 確 認 で き た 。11名 中3名 は 「 回 旋 プ ル ー クタ ー ン」 の狭 いハ の 字の 段階 であ り、 目 標 を 達 成 で き な か っ た 。 こ れ ら3名 は 、 足 首 の 前傾 が 少な く、 腰が 後 ろに 落ち た後 傾姿 勢 が 共 通 して 見ら れ、 「胴 体 や腕 の位 置な どの ポ ジシ ョニ ング 」 を明確に教育内容に位 置づける こ と の 修 正 課 題 が 析 出 さ れ た 。 し か し 、11名 中8名 が教 育目 標で あ る「 回旋 パラ レル タ ー ン」 を習得でき、全体として教 授プログラムの有効性が示さ れた。
上 級 者 を 対 象 と し た 実 験 授 業 で は 、 大 学 生7名 の 上 級 者 を 対 象 と し て 、3日間 の実 験 授 業 を 実 施 し た 。 実 験 授 業 の 結 果 、 「 カ ー ビ ン グ ター ン小 回 り」 にお いて2名 が目 標を 達 成 で き ず 、 「 コ ブ 斜 面 小 回 り 」 に 関 し て も1名 が目 標 を達 成す るこ と がで きな かっ た。 こ こ か ら 、回 旋パ ラレ ルタ ー ンに おけ る「 足首 の 前傾 の内 容化 」 、カービングターン大 回りにお
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ける「外傾姿勢、外向姿勢の内容化」、カービングターン小回りにおける「膝の切り換えの 内容化」が課題として示された。しかし、3日間の指導において、気象条件との関わりで 十分な時間配分がとれなかったことがあり、そうした制約下でも、他の教育目標は全員が 達 成 す る こ と が で き た こ と か ら 、 教 授 プ ロ グ ラ ム と し て の 有 効 性は 示 さ れた 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 須田勝彦 副査 教授 西尾達雄
副 査 進 藤 省 次 郎 ( 元 本 学 大 学 院 教育 学 研究院教授)
副査 教授 岩田 靖(信州大学教育学部)
学 位 論 文 題 名
ス キ ー 運 動 に お け る 技 術 指 導 に 関 す る 研 究
―初心者から上級者までの教授プログラムー
スポーツ文化の継承、発展は学校教育、体育教育の重要な課題である。中でも、スポーツ文化の 中核である各スポーツ運動技術の系統的教授・学習は体育教育の中心的課題となっている。しかし、
今日なお、わが国の体育教育(スポーツ教育)においては、.学習対象としてのスポーツ技術の教授 学的論理に立脚した科学的、系統的指導の理論が確立しているとは言いがたく、経験主義的指導や 非系統的な指導がなされているという現実がある。また、体育教育における「優れた授業・実践」
と言われるものも、その教師・指導者の個人的特性やカ量によるものが多く、そこに内在する論理 が不明確で授業・実践の再現陸のないものが殆どである。
本論文は、この現実を踏まえ、スキー運動の技術指導の体系化という課題に絞り込み、既存のス キー運動の技術指導に内在する論理の問題点を明らかにし、著者自身の教授学的論理に基づいて
「初心者から上級者までの教授プログラム」を作成し、実験授業によってその有効性を検証し今後 の更なる課題を明確にしたものである。
第1章ではまず、学習対象(客体)としてのスキー運動の「技術的特質」を明らかにし、その「技 術・技法構造」、「運動構造」を運動力学的、運動学的知見に学びつつ解明している。そこでは、
個別の滑り方としての「技法」とそれを成立させている技術(中核的技術)を区別し、「技術・技 法構造Iでは「スキッデイング系」や「カービング系」の他に「回旋系」を明確に位置づけたこと、
及ぴフンレークターンやパラレルターンなどの各個別技法の運動構造と主要を技術を明確にしたこ とが指導理論構築上の重要な成果である。、
第2章において、学校教育や社会教育において多大の影響を与えてきた「全日本スキー連盟」、
「学校体育研究同志会」、「全国勤労者スキー協議会」の指導理論を批判的に検討し、特に共通す る問題点として、技術・技法構造の回旋系の位置づけの弱さがあることを示し、初級段階の技法で あるフンレークポーゲンからパラレルターンヘの発展過程、及び、カービングターンの指導内容と教 材の不備を指摘した。
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第3章 にお いて は、 筆 者独 自の 指導 理 論を 体系 的に 展開 し ている 。まず、学習主体の各技能レ ベ ルに おけ る 明確 な「 教育 目標 」 を設 定し てい る。 そ して 、第1章で 明確にした「中核的な技術」 を 前提 に、 各 段階 にお いて 必要 不 可欠 とな るものを、「技法の習得」 、「回転弧の調節」、「スピ ー ドの 調節 」 、「 斜面・雪質への対応」と いった4つの視点から「教育 内容」(習得させるべき内容 ) として組み替え、その 内容を含み込んだ系統的た教 防(課題の系列)を構成し ている。敦防は、「ス キッデイングフンレークボ丶I一ゲン」、「回旋フ'1′ークグーン」、「回旋パラレルターン大回り」、「回 旋パ ラレ ル ター ン小 回り 」、 「 コブ 斜面 小回り」、「カービングタ ーン大回り」、「カービング タ ー ン 小 回 り 」 と い う 系 統 に 沿 っ て 、 教 育 内 容 を 螺 旋 的 に 学 習 で き る よ う に 構 成 さ れ て い る 。 第4章 で は 、 「 初 心 者 」 、 「 初 級 者 ・ 中 級者 」、 「 ヒ級 者1に 対 する 授業 過程 全 体を 客観 的に 示し た「 教 授プ ログ ラム 」を 作 成し 、そ れぞれのレベルにおける実 験授業を実施し、その結果を ビ デオ によ る 事前 、事 後の 緻密 な 映像 分析 と技術認識に関するアンケ ート調査から教授学的な評価 を 行い、第5章において課題と展望としてまとめている。
初心者の実験授業で は、全くのスキー未経験者の 全員が目標であった「回旋 フンレークターン」の 習得 に成 功 した 。初 級・ 中級 者 の授 業で は、目標の「回旋パラレル ターン」を73%が習得した。 上 級者 の授 業 では 、中 心的 な目 標 であ る「 カー ビン グ ター ン大 回りjは全員が習得できた。いずれ も 高い 習得 率 を示 して いる とい え る。 また 、それぞれの授業の結果か ら、新たな教育内容化、教材 化 の課題を明らかにし今後の展望をまとめている。
今 日に お いて も体 育教 育に お ける スポ ーツ運動の技術指導におい て、学習主体に対する教育内 容 と教材が明確に区別さ れげ咢缶ヨ対象としての運動材(素材・)そのものが、分解きれ並列的ドリル的 に指導され多′くの学 習遅進者を生んでいる。それ は教授・学習されるべき客 体としてのスポーツ運 動の 構造 論 的把 握と 客観 的な 技 術の 解明 、及ぴ、教授学的論理に立 った系統的な教育内容編成と 教 材化の遅れによる。
本研究の意義は、第 一に、学習対象である´スキ ー運動の客観的構造と各段 階における中核的技術 を解明し整理したこと 、第二に、教授学的理論に基 づきその内容・教材イ匕を通して初J己者から上級 者ま での 独 自の 教授 プロ グラ ム を作 戚し 、実験授業によってその正 否を問い課題を導き出したこ と にあ る。 こ の研 究方 法論 は、 作 成さ れた プログラムに基づいた授業 の再現が可能であルスキー運 動 にと どま ら ず他 のス ポー ツ運 動 にも 応用 が可能であるという点で、 今後の体育教授学の発展のた め の新たな研究方法論を提示したといいうる。
以 上の 成 果に より 、審 査委 員 会は 全員 一致 して 、 著者 は北 海道 大 学博 士倣 育学 )の 学位を授 与 される資格があるものと認める。
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