博 士 ( 水 産 学 ) 鈴 木 敏 之
学 位 論 文 題 名
ENANTIOMER SEPARATION OF l, 2 ‑ DIACYLGLYCEROL DERIVATIVES BY HIGH ‑ PERFORMANCE LIQLTID CHROMATOGRAPHY ON CHIRAL STATIONARY PHASES WITH APPLICATIONS TO THE MARINE LIPID ANALYSIS
(高速液体クロマトグラフィーによる1 ,2 ・ジアシルグリセロール 誘導体のェナンチオマーの分離とその海洋脂質分析への応用)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1.2一 ジ ア シ ル グ リ セロ ー ル (1,2―DG)に は ,1,2― ジ ア シ ルsn―グ リ セ ロ ー ル(sn一1,2−DG) と , そ の エ ナ ン チ オ マ ー で あ る ,2,3− ジ ア シ ル ―sn− グ リ セ ロ ー ル(sn−2,3DG) の2種 類 の 光 学 異 性 体 が 存 在 す る 。
CH200CR
I
R2COO ‑'C ‑ H
CH20H
sn‑ 1 , 2 ‑DG
CH 20 H
R 2C OO ‑ 'C ‑ H
I
CH 20 0C R
s n‑ 2 , 3 ‑ DG
sn‑ 1 snく 2 sn‑ 3
高 速 液 体 ク 口 マ 卜 グ ラ フ ィ ー(HPLC)に よ る ,1,2・DG工 ナ ン チ オ マ ― の 分 離 分 析 技 術 の 開 発 は , 生 体 中 に お け る 脂 質 の 代 謝 経 路 の 研 究 な ど に 極 め て 有 用 で あ り , 近 年 の 脂 質 生化 学 分 野 に お け る 重 要 な 課 題 の ー っ で あ っ た 。 一 般 に ,HPLCに よ る エ ナ ン チ オ マ ー の 分 離 方 法 と し て , 工 ナ ン チ オ マ ー に キ ラ ル 中 心 を 有 す る 試 薬 を 反 応 さ せ ジ ア ス テ レ オ マ ー を 調 製 し , ジ アス テ レ オ マ ー の 物 理 化 学 的 な 性 質 の 違 い を 利 用 し て 分 離 す る 方 法 と , キ ラ ル 中 心 を 有 す る カ ラ ム( キ ラ ル カ ラ ム ) の エ ナ ン チ オ 選 択 性 に よ っ て 直 接 工 ナ ン チ オ マ ー を 分 離 す る2通 り の 方 法 が 考 案 さ れ て い る 。 近 年 , 高 木 , 板 橋 ら は , 後 者 の 方 法 に 注 目 し , キ ラ ル 固 定 相 を 備 え たHPLCに よ る ,1, 2−DG3.5― ジ ニ ト 口 フ ェ ニ ル ウ レ タ ン 誘 導 体 く3,5―DNPU) の 光 学 分 割 に 関 す る い く っ か の 分 析 例 を 報 告 し て き た 。 こ れ ま で に 報 告 さ れ た キ ラ ルHPLCに よ る1,2―DGの 分 離 は , 単 一 の ア シ ル 基 の み を 有 す る1,2・ DG( 単 酸 ,1,2・DG) の 分離 に 限 ら れ て お り, こ れ ら の 分 析 技術 を 水 産 動 植 物 の 脂 質 の 分 析 に 応 用 す る た め に は , 次 の よ う な 改 良 す べ き 課 題 が 残 さ れ て い る 。水 産 動 植
物 に由来する1,2―DGの分子種組成は ,生体の脂肪酸組成 の複雑さを反映し てかなり複雑ナょ組成 で ある。従来,1,2−DGの光学分割に 使用されてきたいく っかのキラルカラ ムは,工ナンチオマ―
の 分 離に 加え て ,炭 素数 及 び二 重結 合数 の違いに基づく分 離能も有しており, このことが水産動 植 物 の1,2・DG工ナ ンチ オ マー 間の 完全 分離を極めて困難 にしている。従って ,複雑な分子種組 成 か らな る1,2‑DGのエ ナンチオマー間を 完全分離するため には,工ナンチオ選 択性を保ちつつ,
キ ラ ルカ ラム の 分子 種別 の 分離 を低 くす るか,工ナンチオ 選択性を高くし,か つ分子種別の分離 と 同時にエナンチオ マーの分離を行う かのいずれかの方法 を検討しなければ ならナょいが,後者の 方 が 詳細 な分 析 を行 うと き によ り有 用で あり,かつ発展性 のある改良法である 。本研究では後者 の 観 点か ら, キ ラルHPLCの 海洋 脂質 分 析へ の応 用 を目 的と して,(1)高度不 飽和酸などを含む 二 酸一1,2−DG工ナンチオマーの完全分離,(2)分離に及ぼす温度の影響,(3)いくっかのキラルカ ラ ム のエ ナン チ オ選 択性 の 比較 ,(4)キ ラ ルHPLCの 海 洋生 物に由来する1,2・DGの分析への応 用 ,の4点 にっいて研究し,以 下の知見を得た。
1.ニ酸―1,2ーDGエナンチオ マーの分離
二 酸−1,2−DGは ,2っ の異 な った アシ ル 基を 持つ1,2―DGである。天然物 に由来する1,2― DGは ,二 酸ー1,2‑DGであ るこ と が多 く, こ のた め本 分 析法 を海洋脂質の分析 に適用する場合,
二 酸 一1,2・DG混合 物の エ ナン チオ マー の分離が必要にな る。本研究ではこの ことを考慮して,
HPLCの 移 動 相 組 成 , 流 速 を 詳 細 に検 討し , リサ イク ル 法を 導入 す るこ とに よ って ,分 離 の改 良 を 試み た。 検 討し たHPLC分析 条件 の 中で は, 移 動相 中の1,2・ ジク 口 口工 タン 含量が分離に 最 も 大 き な 影 響 を 及 ば し た 。 ま たり サイ ク ル法 の導 入 によ って , ピー ク分 解 能(Rs)が 改 良さ れ た 。こ れら の 改良 措置 に よっ て, ア シル 基炭 素 数が2ずつ 異なる二酸‐1,2→DG同族体の10本 の エ ナ ン チオ マ 一, 及び エ イコ サペ ン タエ ン酸(EPA)な どを 含む 飽 和一 不飽 和 二酸 一1,2―DG の6本のエ ナンチオマーの完全 分離が可能になっ た。
2.分離に 及ぼす温度の影響
一 般に ク口 マ トグ ラフ ィ ーの 選択 性 を示 すパ ラ メ一 夕ー と して 広く 用 いら れて いる分離係数
( ロ )は ,熱 力 学的 に定 義 され てい る 係数 であ り ,絶 対温 度(T)に依存して いることが知られ て いる。aの温度依存性は以下 の式によって表さ れている。
Ina‑ー △ △ G゜ /RT (1)
温 度 依 存 性 を調 べ る た め に, マ イ ナ ス 数十 度 ま で の 低 温分 析 を 試 みた 。その 結果,lnaと1/ Tと の間に 直線関 係が成 立し, キラ ルカラ ムによ る1,2亠DGのエ ナンチ オマ ーの分 離にお いても 川 式が成 立す ること が確認 された 。この こと は,低 温で分 析する こと によって,カラムのエナン チ オ選択 性が 著しく 増大さ れるこ とを示 して おり, 低温分 析が水 産動 植物に由来する試料を分析 す るとき に有 効であ ること を定量 的に示 して いる。 またキ ラルカ ラム の分子種別の分離係数の温 度 依存性 を, 熱力学 的なパ ラメー 夕―を 比較 するこ とによ って検 討し た結果,炭素数別の分離は エ ントロ ピ一 支配の 分離で あるの に対し て, 二重結 合数別 の分離 はエ ンタルピ―支配の分離であ る ことが 明ら かにさ れた。 この結 果は,水産動植物に多く含まれる高度不飽和脂肪酸を含む1,2・ DGの キ ラ ル カ ラ ム 中 に お け る 挙 動 が , 温 度 に か な り 影 響 さ れ る こ と を 示 唆 し て い る 。 3.い くつ かのキ ラルカ ラムの エナ ンチオ 選択性 の比較
3本 の 市 販 キ ラ ル カ ラ ム(OA−4100,Supelcosil,YMCA―K03)の1,2ーDG工 ナ ン チ オ マ ー に 対 す るエ ン ン チ オ 選択 性 を 比 較 した 結 果 ,YMCAーK03キ ラ ル カ ラム が 最 も 高 い エナ ン チ オ選択 性を 示すこ とが明 らかに なった 。ま たェナ ンチオ マーの 分離 における各カラムの熱力学 的 なパラ メー ターを 比較し た結果 ,これ らの パラメ ーター はカラ ムに より異なっており,市販キ ラ ル カ ラ ム の 物 理 化 学 的 な 性 質 が , か な り 異 な っ て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。 4.キ ラルHPLCの海 洋脂質 分析へ の応用
魚 油 (マ イ ワ シ , メ ンハー デン) のトリ アシル グル セロー ルをグ リニヤ ール 分解す ること に よ っ て 得 ら れた1,2一DGの エ ナ ンチ オ マ ー を ,YMCA一K03キ ラ ルカ ラ ム に よ り 低温 下 で 分 離 し た。分 離さ れた1,2‑DGか ら得ら れた 脂肪酸 をガス ク口マトグラフィーによって分析した結果,
工 ナ ン チ オ マー 間 の 完 全分離 が確 認され た。ま た逆相 カラ ムによ って1,2−DG3,5−DNPUを 分 離 し, 分離さ れたそ れぞ れの画 分をキ ラルカ ラム に供す ること によっ て,魚 油由 来の1,2‑DGエ ン ナチ オマー 間の完 全分 離が可 能にな った。 本分 析技術 は,水 産動植 物由来 の1,2‑DGの 光学分 割 にも十 分に 適用で きるこ とから ,水産 動物 のグリ セロ脂 質の消 化経 路,生合成経路を解明する 上 で有効 な手 段とな り得る と考え られる 。ま た,近 年,リ ン脂質 が脂 質二重層の膜構造を単に保 持 するだ けで はなく ,細胞 の活動 にとっ て必 要な機 能,及 び生理 活性 を備えていることが明らか に さ れ つ っ あ る 。 本 分 析 技 術 は , こ う し た 分 野 の 研 究 に も 有 効 で あ る と 考 え ら れ る 。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 教 授 助 教授 助 教授
太 田 羽 田 野 板 橋 高 橋
甼 六 男 豊 是 太 郎
1.2―ジアシルグリセ口ール(1,2―DG)には,1′2ージアシル―snーグリセロール(sn―1,2―DG) と, そのエ ナンチ オマー であ る2,3― ジアシ ル‑ sn― グリ セロー ル(sn―2,3−DG)の2種類の光学 異 性 体 が 存 在 す る 。 高 速 液 体 ク ロ マ ト グラ フ ィ ー(HPLC)によ る1,2・DG工 ナ ン チオ マ ー の 分離 定量分 析技術 の開発 は, 生体内 におけ る脂質の代謝経路の解明に関する研究ナょどに極めて有 用 で あり , 脂 質 生 化学 分 野 に お ける 重 要な課 題のー っで あった 。これ までに 報告 された キラル HPLCに よ る1,2―DGの 分 離 は , 単 一の ア シ ル 基 のみ を 有 す る1,2・DG( 単 酸 ・1,2‑DG)の分 離に 限られ ており ,広範 囲な 炭素数 および 二重結 合数 の脂肪 酸によ って構 成され てい る水産動植 物脂 質由来 の1,2―DG工ナ ンチオ マー の分析 に応用するためには,キラルカラムの特性を考慮し,
移動相,流速,その他の条件にっいて,さらに改良する必要がある。
本 研 究 は , キ ラルHPLCの 海 洋 脂 質 ,とく に1,2・DG分析 への応 用を 目的と したも のであ る。
本研究の評価すべき成果は以下の通りである。
1) 天然 物に由 来する1,2―DGは,二 っの異 なっ たアシ ル基を 持つ1,2―DG( 二酸―1,2―DG)で あ る こと が 多 く ,キラ ルHPLCを 海洋脂 質由来 の二酸 ・1,2・DG分析 に適 用する 場合, 二酸,1, 2―DG混 合 物 のエ ナ ン チ オ マ ーの 分 離 が 必 要で あ る が , 本研 究で は,ま ずHPLCの 移動 相組成 , 流速 に関し て詳細 に検討 した 。その 結果, 移動相中の1,2.ジク口口工夕ン含量が分離に最も大き く影 響する こと, またり サイ クル法 を導入 するこ とに よって ,ピー ク分解 能が高 くな ることを明 らか にした 。これ らの分 析条 件の改 良によ って, アシ ル基炭 素数が ニっず つ異な る二 酸,1,2, DG同 族 体 の エ ナ ンチ オ マ ー お よび エ イコ サペ ン夕工 ン酸な どを含 む飽和 一不 飽和二 酸一1,2・ DGのエナンチオマーの完全分離を可能にした。
2) クロ マ ト グ ラ フィ ー の 選 択 性を 示 すパ ラメ一 夕ーと して広 く用 いられ ている 分離係 数(d) は , 熱力 学 的 に 定義さ れてい る係数 であり ,絶 対温度 (T)に依 存する 。ばの 温度 依存性 は下式
(R: 気 体定 数, △ △G° :標 準状 態 にお いて 基 質が カラ ム に保 持さ れ ると きの 自由工ネルギ一 変化(△G°)の基質 問の相対的な差)
・40度 まで の 低温 分析 を 行い ,1,2・DGエナンチオマーの 分離における温度依 存性を検討した結 果 ,lnaと1/Tと の 間 に 直 線 関 係 が 成 立 し , キ ラ ル カ ラ ムHPLCに よ る1,2‑DG工 ナ ン チ オ マー の分 離 の場 合で も ,上 式が 成立す ることを明らかに し,低温条件がカラ ムのエナンチオ選 択 性を 著し く 増大 する こ とを 証明 した。 これは低温条件が 海洋脂質に由来する 試料を分析すると き に, 極め て 有効 であ る こと を示 すもの である。また,キ ラルカラムの分子種 別の分離係数の温 度 依存 性に っ いて 検討 し ,炭 素数 別の分 離は,エントロピ ー支配の分離である のに対し二重結合 数 別の 分離 は エン タル ピ 一支 配の 分離で あることを明らか にした。このことは 高度不飽和脂肪酸 を 合 む1,2・DGの キ ラ ル カ ラ ム 中 の 挙 動 が , 温 度 に よ っ て 影 響 さ れ る こ と を 示 唆 す る 。 3) 三 種 の キ ラ ル カ ラ ム (OA―4100,Supelcosilお よ びYMCA一K03)の1,2―DGエ ナ ン チ オ マ― 分離 に おけ る熱 力 学的 なパ ラメ一 夕ーを比較し,カ ラムによって温度依 存性などの物理化 学 的な 性質 が 大き く異 な るこ とを 明らか にした。さらに,1,2―DG工ナンチオ マ―に対するエナ ン チ オ 選 択 性 に 関 し て 検 討 し た 結 果 ,YMCAーK03カ ラ ム の 室 温 に お け るaが1.43〜1. 46と OA ‑ 4100(1.12〜1. 13),Supelcosil(1.12〜1. 13)に比べて極めて高い選択性を持っことが確 認された。
4)以 上 の 研 究 に よ っ て 得 ら れ た 最 適 の キ ラ ル カ ラ ムHPLCに よ る1,2−DG工 ナン チオ マ ーの 分 析条 件を 適 用し て, 脂 肪酸 組成 が 複雑 なメ ン ハー デン お よび マイ ワ シ油 の卜 リアシルグリセ ロ ール をグ リ ニヤール分解して 得られた1,2‑DGのエナンチ オマーを分析した。 分解された1,2― DGから 調製 さ れた 脂肪 酸 メチ ルェ ス テル を高 分 解能 ガス ク 口マ トグ ラ フィ ーに よって分析した 結 果 ,ECN (Equivalent carbon number)値 の 高 い 脂 肪 酸 グ ル ー プ (19〜22)がsn‑l,2―.
DG工ナ ンチ オ マー グル ー プの 後半 ピ ーク から 検 出さ れな か った こと か ら, 工ナ ンチオマー間の 完 全分 離が 確 認さ れた 。 また ,逆 相カラ ムを用い,1,2・DG3,5ージニトロフ ェニルウレタン誘 導体を分離 し,それぞれの画 分をキラルカラムを 使用して分析する ことにより,魚油 由来の1,2。 DGのエナン チオマ―間の完全 分離を可能にした。 .
本研 究に よ って 得ら れ た基 礎的 新知見 は海洋生物のグリ セロ脂質の生合成経 路や消化経路の解 明 に, また 生 物作 用物 質 の研 究に 今後大 きく貢献するもの であり,高く評価さ れる。本論文の提 出 者 は 博 士 ( 水 産 学 ) の 学 位 授 与 に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と , 審 査 員 一 同は 判定 し た。