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(1)

国立国語研究所学術情報リポジトリ

国定読本用語総覧1 : 第一期『尋常小学読本』明治 三十七年度以降使用 あ〜ん

著者 国立国語研究所

ページ 3‑800

発行年月日 1985‑11

シリーズ 国立国語研究所国語辞典編集資料 ; 1

URL http://doi.org/10.15084/00001614

(2)

○﹃尋常小学読本﹄明治三十七年度以降使用 第一期7あ〜ん﹂

国立国語研究所編

(3)

Language Research Institute The Nationa1

◎ 1985

(4)

刊行のことば

 国立国語研究所は︑その事業項目として国語辞典の編集を掲げている︒その一つは歴史的辞典であるが︑日本語の展開

発達を記述する基礎をなすものとして︑我々は日本大語誌とも名づけるべきものを構想した︒文献の上にたどられる限り

の日本語の足跡を︑用例として収集し整理しようとするものである︒

 時代をかりに三百年︑百五十年︑五十年嵩に区切って見るとき︑一八五〇年以後の百五十年は︑日本語が近代的発展を

とげた︑著しい一時代である︒そして一九〇一年からの五十年は︑現代語の基礎の確立した蒔期と見ることができる︒

 我々は︑まずこの五十年にしぼって︑用例収集の作業にとりかかることにした︒ここに取りあげる六種の国定読本は︑

ちょうどこの時期に使用されたものであって︑ この時期の国語教育の基本教材であり︑その用語は︑それ自身発展しつ

つ︑国民的な現代語の成立の基礎をなすということができる︒

 この作業は︑もともと︑この時期の用語を採集する方法の検討のために︑試験的に行ってきたものであるが︑その作業

の結果は︑この第一期にひきつづいて現在進行している第二期から第六期についての作業の結果とともに︑現代言語生活

の基幹である︑いわゆる標準語の確立の経過を示す基本的な資料となるものと考えられる︒

 国語辞典編集の準備事業は︑前所長︵林大・現名誉所員︶の時代に具体化してきたもので︑昭和五十二年度に国語辞典

編集準備委員会︑五十四年度からは国語辞典編集準備調査会が設けられ︑所内に国語辞典編集準備室が発足した︒準備室

は︑はじめ言語計量研究部長斎賀秀夫︵現名誉所員︶︑言語変化研究部第二研究室長飛田良文が︑それぞれ主幹・副主幹

を兼任し︑昭和五十七年から高梨信博研究員︵兼任︶を加え︑言語変化研究部長飛田良文が主幹となって現在に至った︒

この間︑この作業には︑林大︵前所長︶︑見坊豪紀︵元第三研究部長︶ほか非常勤調査員六名が参加した︒

 今︑国定読本六種のうち第一期のものについて︑用語の全用例の整理をようやく完了したので︑﹃国定読本用語総覧﹄

(5)

の第一冊としてここに公刊することにした︒

 本書のいう用語総覧とは︑資料文献において使用されたすべての語について︑それぞれすべての用例を示すことを意味

するものであって︑文脈つき用語総索引と言ってもよかろう︒本書は︑

  一︑ある語が国定読本に用いられているか︒

  二︑用いられているとすれば︑国定読本のどこに用いられているか︒

  三︑その語は︑国定読本で何回用いられているか︒

  四︑その語は︑どのような文脈で用いられているか︒︵話しことばでか︑書きことばでか︑など︑文脈から文体・場

   面などを知ることができる︒︶

  五︑国定読本には︑どのような語が用いられているか︑語彙の体系はどうなっているか︒ ︵それは︑他の文献の用語

   状態を明らかにするための比較基準ともなる︒︶

の五点を知る手引きとなる︒

 最後に︑国定読本の諸本の調査にあたってお世話になった︑国立教育研究所附属教育図書館︑重書文庫︑御宿町歴吏民

俗資料館︑惣郷正明氏に感謝の意を表する︒また︑印刷刊行を引き受けられた三省堂にも謝意を表するものである︒

昭和六十年十月二十二日

国立国語研究所長

   野 元 菊

(6)

(3)

(一

j はじめに

 用語総覧の由来については﹁刊行のことば﹂に述べられた通りである︒

以下国定読本の資料的意味︑特に今回の作業対象たる第一期国定読本に

ついて少しく解説しておくことにする︒

︵二︶ 国定読本の資料的意味

 ︵二・一︶ 明治以後の教科書の展開

 まず︑国定読本の資料的意味を考えるために︑明治以後の教科書の歴

史をたどってみよう︒

 明治四年に︑全国の教育行政を総括する機関として文部省が設置され

ると︑文部省は︑まず四民平等の︑全国民を対象とする学校制度の確立

をはかって︑明治五年八月三日﹁学制﹂︵太政官告示第二一四号︶を発

布した︒文部省はついで九月八日﹁小学教則﹂を公布し︑また同年創設

された師範学校でも︑独自の﹁小学教則﹂を編成し︑教科書の内容とと

もに教科用の書籍を指定した︒六年四月には﹁小学校用書目録﹂が公示

されたが︑暫定的に指示されていた民間の出版物のほか︑文部省及び師

範学校でその後編集された教科用書が追加され︑またその翻刻が許可さ

れている︒これらの教科書を指定教科書と呼ぶことにする︒

 ﹁学制﹂に代わって明治十二年に制定された﹁教育令﹂及び十三年の

﹁教育令改正﹂では︑直接教科書に触れるところはないが︑十三年五月 には︑文部省は府県の指定する教科書の調査を開始し︑十六年には︑府県の教科書につき文部省の認可を要することとした︒その間︑明治十四年には﹁小学校教則綱領﹂が制定され︑小学校の課程及び教科内容がくわしく規定され︑教科書編集への指針が示された︒明治十九年の検定制度実施以前に使用された教科書は︑準検定教科書と呼んでよかろう︒ 明治十九年四月十日﹁小学校令﹂が公布され︑第十三条に﹁小学校ノ教科書ハ文部大臣ノ検定シタルモノニ限ル﹂と規定された︒翌二十年五月には﹁教科用図書検定規則﹂が定められ︑その後も各教科目の要旨を詳細に規定した﹁小学校教則大綱﹂︵明治二十四年十一月十七日︶などがある︒教科書の内容は明治前期に比べて著しく互いに似たものになった︒明治三十三年の﹁小学校令改正﹂では︑検定制度についての方針を改めていないが︑明治三十五年販売競争に発する教科書疑獄事件を契機として︑明治三十六年四月十三日﹁小学校令﹂の一部が改正され︑﹁小学校ノ教科用図書ハ文部省二於テ著作権ヲ有スルモノタルヘシ﹂と規定された︒こうして︑初等教育では︑明治三十七年四月から昭和二十四年再び検定教科書の時代を迎えるまで︑四十五年間国定教科書が使用されたのである︒ 以上のように︑明治以降の小学校の教科書は︑②指定教科書︑㈲準

検定教科書︑ω第一次検定教科書︑⑥国定教科書︑⑨第二次検定教

科書の五期に分類できる︒ その国定教科書の時期には︑その種類は︑修身︑国語︑算術︑歴史︑地理その他の科目にわたった︒これらは︑すべて文部省の著作にかかり︑その翻刻発行と供給が民間にゆだねられた︒ ︵二・二︶ 国定読本とは何か ここで国定読本というのは︑明治三十七年四月から昭和二十四年三月

号での間に使用された文部省著作の小学校用国語教科書六種のことであ

(7)

説 解

(4)

る︒その六種を使用時期に従って示すと次の通りである︒

第一期 明治三十七年より使用 ﹃尋常小学読本﹄︵今日イエスシ読

    本と俗称︶巻一〜八

第二期 明治四十三年より使用 ﹃尋常小学読本﹄︵今日ハタタコ読

    本と俗称︶巻一〜一二

第三期 大正七年より使用 ﹃掃輔国語読本﹄︵今日ハナハト読本と

    俗称︶巻一〜一二

第四期 昭和八年より使用 ﹃小学国語読本﹄︵今日サクラ読本と俗

    称︶巻一〜一二

第五期 昭和十六年より使用 ﹃ヨミカタ﹄一〜二 ﹃よみかた﹄三

    〜四 ﹃初等科国語﹄一〜八︵今日アサヒ読本と俗称︶

第六期 昭和二十ご年より使用 ﹃こくご﹄一〜四 ﹃国語﹄第三学

    年︵上下︶ 第四〜六学年︵各上中下︶︵今日みんないいこ

    読本と俗称︶

︵三︶ 第一期国定読本について

 ︵三・一︶ ﹃尋常小学読本﹄の位置

 ﹃尋常小学読本﹄と名づけるものは︑先に明治二十年五月文部省編輯

局蔵版として発行された七冊があるが︑教科書国定時代の最初に現れた

ものも︑同名を襲っている︒ここに取り上げるものは︑その第一期国定

読本である︒これはその第一冊の冒頭によって今日俗に﹁イエスシ読本﹂

と呼ばれている︒

 この読本の使用にあたって︑文部省は編纂趣意書を公にしているが︑

そこでは国語の統一ということを基本的な目標としていることが明らか

である︒すなわち︑まず︑

  文章ハロ語ヲ多クシ︑用語ハ主トシテ東京ノ中流社会二行ハルルモ   ノヲ取り︑カクテ国語ノ標準ヲ知ラシメ︑其統一ヲ図ルヲ務ムルト  共二︑出来得ル丈児童ノ日常使用スル言語ノ中ヨリ用語ヲ取りテ︑  談話及綴リ方ノ応用二適セシメタリ︒と述べている︒ これは︑明治三十三年の小学校令施行規則中に﹁読本ノ文章ハ平易ニシテ国語ノ模範ト為り且児童ノ心情ヲ快活純正ナラシムルモノヲ要シ其ノ材料ハ修身︑歴史︑地理︑理科其ノ他生活二必須ナル事項二取リ趣味贈与ムモノタルヘシ﹂とあるのを受けたものであるが︑注目すべきことは︑﹁談話及綴リ方ノ応用二適セシメタリ﹂という点で︑話しことばと書きことばと両方の手本を示す意図をもっていたということである︒ 用語についても︑﹁主トシテ東京ノ中流社会二行ハルルモノヲ取り﹂

﹁出来得ル丈児童ノ日常使用スル言語ノ中ヨリ用語ヲ取りテ﹂と︑その

性格を示している︒﹁標準語﹂という語はないが︑模範語という用語を

用いて︑さらにくわしく説明している︒

  模範語ハ一般児童ノ目撃シ得ル玩具︑日用ノ器具︑動植物ナトノ中

  ニテ教育的価値アルモノヲ選択セリ但シ名称ノ発音ト表記スヘキ文

  字トノ合一セサルモノ又ハ地方ニヨリテ名称ヲ異ニスルモノ等ハ成

  ルヘク之ヲ避ケタリ ︵第三章第一項 材料ノ選択︶

 これは︑方言との関係を述べたものであって︑国語統一への意図が示

されている︒往々にして︑オトウサン・オカアサンが本書において造語

されたと言われることがあるが︑これらは当時すでに用いられていた語

形の中から選択採用されたのである︒

 統一をはかる点では人物名もその一つであって︑

  又材料中二現ルル仮設的人物ハ野冊ヲ通シテ一致セシメ小学修身書

  二現ルル仮設的人物トモ一致セシメタリ ︵第三章 材料︶

とある記事からも知られる︒

 また︑模範語の発音︵語形︶も統一する必要があった︒

(8)

(5)

  即チ東北地方ニハ﹁イ﹂ト﹁エ﹂ト︑﹁シ﹂ト﹁ス﹂ト︑﹁チ﹂ト

  ﹁ツ﹂ト等ノ聞ノ混同著シクシテ﹁イス﹂ヲ﹁エス﹂ノ如ク﹁イシ﹂

  ヲ﹁エス﹂ノ如ク﹁ハチ﹂ ヲ﹁ハツ﹂ ノ如ク発音シ東京地方ニハ

  ﹁シ﹂ト﹁ヒ﹂トヲ混同シテ﹁ヒト﹂ ヲ﹁シト﹂ノ如ク発音シ九州

  地方ニチハ﹁ダ﹂行ト﹁ラ﹂行トノ混同著シクシテ﹁ランプ﹂ヲ

  ﹁ダンプ﹂ノ如ク﹁ユリ﹂ヲ﹁ユヂ﹂ノ如ク発音スルカ故二﹁イ﹂

  ト﹁エ﹂ト︑﹁シ﹂ト﹁ス﹂ト︑﹁チ﹂ト﹁ツ﹂ト︑﹁ヒ﹂ト﹁シ﹂

  ト︑﹁ダ﹂ト﹁ラ﹂ト︑﹁ヂ﹂ト﹁リ﹂ト等ヲ文字トソノ音ヲ含メル

  模範語ノ挿画二表サレタルモノトヲ以テ両々相対照シカクテソノ音

  ト文字トヲ習得セシメ兼テ詑音ヲ矯正センコトヲ期セリ ︵第二章

  第一項 文字及符号︶

 しかし︑例えば打消の助動詞﹁ん﹂と﹁ない﹂の場合には︑

  打消ノ助動詞ニモん11ないノニ様アリ此中んハないヲ多ク用フル地

  方ニモ存スレトモないハ地方ニヨリテハ全ク用ヒラレサルモノナル

  カ故二第六冊︵第三学年後半期用︶二至ル迄ハ総テんヲ用ヒ第七冊

  ︵第四学年前年期用︶ヨリ始メテんト共二ないヲモ用ピタリ ︵第二

  項・三︶

のように述べて︑必ずしも統一を急がなかった面もある︒

 このように︑模範語を示して話しことばと書きことばの︑国語の統一

をはかろうとする考え方は︑第一期国定読本によって樹立され︑六期ま

で継続された︒例えば︑第二期国定読本の編纂趣意書には﹁口語戦略東

京語ヲ以テ標準語トセリ︒﹂︵第三章 言語及ビ文章︶と﹁標準語﹂とい

う語が明記され︑﹁国語読本ハ一方二於テ国語統一ノ実効ヲ挙ゲントス

ルモノナレバ︑教授者ハ成ルベク読本ノ言語二野シテ︑説音及ビ方言ヲ

匡正スルノ覚悟ナカルベカラズ︒﹂︵同前︶と第一期の方針が一段と強化

されている︒

 第四期国定読本︵サクラ読本︶の中心的編集者であった井上赴氏も︑ 第一期読本について︑  吉岡読本は︑当時もっとも興味のない教科書という教育実際界の批  評だったと私は伝え聞いております︒しかし︑私はこの吉岡読本に  忘れてはならない大きな功績があったことを認めざるを得ません︒  それは少なくとも国語教育の世界に標準語を確立したこと︑口語文  の主観・客観的叙述︑敬体と常体とを明確にしたことだと思いま  す︒ ︵﹁国定読本の編集e﹂﹃実践国語﹄昭和三十四年五月号︶と述べ︑その功績を認めている︒右の﹁吉岡読本﹂とは︑第一期の編集担当者吉岡郷甫氏の名によって呼んだものである︒さらに︑井上氏は︑  こういう時代において︑口語叙述の客観性を目ざし︑それを文章の  位置に押し上げたこと︑標準語の統一を期し・てこれを全国に及ぼす  ことを目ざしたことは︑大きな仕事であったと私は思います︒巻頭  数ページに︑イエスシ︑シヒツチなどの教材をあげて︑凶音矯正に  のり出したのは︑ゆえあるかなと考えられます︒ ︵同前︶と高く評価している︒ ︵三・二︶ ﹃尋常小学読本﹄編集の考え方 第一期国定読本は﹁国語の統一﹂を根本方針とし︑その実現のための教育上の配慮をはらった︒﹁尋常小学読本編纂趣意書﹂によってその要点を紹介しよう︒ 形式については第二章に次のように述べている︒ ω冊数は︑小学校が四年制であるから︑各学年に二冊ずっとして全八冊︑各学年の授業戸数四十週と予定して各冊のページ数を決めた︒ ②文字の大きさは︑第一冊は特号活字︑第二冊は一号活字︑第三冊から第八冊までは二号活字を使用した︒ ⑤片仮名と平仮名の使用については︑発音の教授を出発点として﹁児

童ノ学習シ易キ﹂片仮名から入り︑第三冊から平仮名を提示し︑以後は

(9)

説 解

(6)

両体の仮名を併用した︒

 ㈲漢字の使用は数字を除いて︑第三冊の後半から提示し︑字数は第八

冊の終わりまでに約五百字を提示し︑新出文字は常に上欄に摘出した︒

 ⑤ 文章は︑口語を多くし用語は主として東京の中流社会に行われる

ものを採用し︑﹁成ルヘク段落ヲ短クシテ﹂教授の便をはかった︒一方︑

文語は第六冊から︑候文は第七冊から提示したが︑これは﹁単二読ミ︑

且理解スルカヲ養フヲ度トセルモノ﹂であって︑﹁綴り方モ一切口語ヲ

用ヒシムルヲ目的トシタリ﹂と指示されているように︑口語中心の教育

方針であった︒

 文字と符号については次の通りである︒

 ⑥片仮名は詑音矯正の便をはかって排列した︒すなわち︑﹁文字トソ

ノ音ヲ含メル模範語ノ挿画二表サレタルモノトヲ以テ両々相対照シテ﹂

学習するようにした︒﹁イエスシヒズジツチキヌクタダラヂリヅルテト

デレドロカガアマ﹂の二十九字はこの方法により︑他は﹁音図ノ順序二

慣レシムル﹂ことによって習得するように工夫した︒

 の転呼音は︑片仮名全体を提示した後に︑第一冊の末から提示し︑

﹁ハ﹂﹁へ﹂の転呼音から他へ及ぼした︒また︑その文字が現れるごとに

括弧内にその発音を表記したものを添えて上欄に摘出した︒

 ⑧拗音は︑第二冊に﹁ヤ﹂﹁ユ﹂﹁ヨ﹂それぞれについて文章中の語に

提示するとともに︑同系の語例の﹁児童ノ言語調理スルモノ﹂をその課

の後に示し︑また︑拗音表を掲げた︒ ︵なお︑拗音・促音のヤユヨッを

小字にするについては記述がない︒︶

 ⑨平仮名は︑第三冊第一課から提示し︑各課の後に平均六字ずつを示

し︑第九課で全体を示した︒提出順は字形の片仮名に類似した﹁へ﹂﹁り﹂

﹁か﹂﹁や﹂からはじめ︑字画筆法の類似したものの相互の区別と書き方

の習熟に便利なように工夫した︒︵なお︑漢字平仮名交り文の中で︑外

来語が平仮名で記されているが記述がない︒︶  ⑩漢字は︑平仮名が終わった後︑第三冊の後半から提示した︒提出順序は︑初めは字体の簡略なもの︑漢字結構の基本となるものを選び︑一週二︑三字の割合で示し︑しだいに複雑なものへ進み︑一週平均五字の割合で示した︒ 読み替えの漢字は︑傍線を添えて上欄に摘出した︒︵例えば︑﹁日︵ヒ︶﹂

﹁生︵ウマル︶﹂ についてニチ︑ セイの読み替えを示すときに﹁剛﹂﹁虫﹂

など︒︶熟語として用いられる漢字は﹁既出ノモノタリトモ熟語ノ儘上

欄二摘出﹂した︒︵例えば︑﹁天雷﹂﹁当選﹂など︒︶

 漢字は︑代名詞・副詞・接続詞に専用されるものと助動詞に用いられ

るものとを避け︑応用の範囲の広いものを選択した︒応用の少ないもの︑

地名・人名に専用され︑児童にとって読めさえずればよい程度の漢字に

は本文中で振り仮名を付した︒

 漢字の字体で︑同字と認められるものは︑なるべく字画の簡易なほう

を採用し︑獄・轟・縣・冤・璽・贅に蚕・虫・糸・兎・塩・賛を用い

た︒また︑﹁﹃着﹄ハ﹃著﹄ノ字二対スル俗字ナレトモ﹂慣用に従って

﹁着物﹂﹁着ク﹂の場合には着を用いた︒

 ⑳﹁分別書法﹂すなわち分かち書きは︑第四冊の終わりまで用い︑第

五冊からは﹁連続書法﹂を用いた︒その分かち書きは︑各品詞ごとに分       けるが︑助動詞はこれに先立つ動詞に連続させ︑﹁カラスガナイテヰマ

       ス﹂のようにし︑付属語が重なるものは連続させ︑﹁ヤマ ニハキガ

ハエテヰマス﹂のようにした︒ただし︑﹁ト﹂と﹁カ﹂とが他の付属語      と重なる場合は︑特にこれを分け︑﹁タロートジロートガ﹂﹁ハル         カアキカニ﹂のようにした︒︵第三冊ではテが形容詞に続く場合に断

続の不統一がある︒例えば︑﹁ミジカクテ﹂︵八ページ︶︑﹁ホソクテ﹂

︵二三ページ︶と︑﹁あをくて﹂︵二四ページ︶︑﹁すくて﹂︵二八ページ︶

となど︒︶

 働送り仮名は︑標準とすべきものがないので︑新たに一定の規則を設

(10)

(7)

けた︒例えば︑動詞にはその活用する部分のみを送って︑﹁住フ﹂﹁集ル﹂

﹁分ツ﹂﹁来ル﹂﹁悲ム﹂とし︑動詞から転成した名詞には送り仮名を添

えず︑﹁祝﹂﹁限﹂﹁遊﹂としたなどである︒

 ⑮句読には︑一定の規則を設けて﹁︑﹂﹁︒﹂の符号を用いた︒

 分別書法で一つづきになる語が二行にわたるときは︑前行の終わり

に﹁﹂の符号を用いて連続することを示した︒

 改行すべきところで︑これに先立つ行の終わりに余地のないときは︑

括弧の﹂を付して段落を示した︒︵段落の初めの行頭一字下げは行って

いない︒︶

 独思・独語・対話・引用文を挿入するときは︑挿入部分の前後に単線

括弧﹁ ﹂を付し︑挿入文中に更に他の文を挿入するときは︑その前後

に重線括弧﹃ ﹄を付した︒

 ﹁文字及符号﹂の項は以上の八条である︒

 ㈱仮名遣いについては︑第一章の﹁編纂始末﹂に記されている︒

 文部省図書課が明治三十五年十二月本書の一部を脱稿したときは︑

﹁其仮名遣ハ字音ハ勿論国語ノ幾部ニモ表音的仮名遣ヲ用ヒタルモノ﹂

であったが︑仮名遣い全部の改定案を具申するまでは︑しばらく従来の

ままに差し置かれたいとの国語調査会の意見に従って︑仮名遣いの方針

が改められた︒︵すなわち︑明治三十三年の﹁小学校令施行規則﹂第十六

条の﹁小学校二於テ教授二曹フル仮名及其字体ハ第一号表二︑字音仮名

遣ハ第二号表下欄二依リ︵後略︶﹂とあるに従って︑字音仮名遣いのみ

が表音式︑いわゆる棒引き仮名遣いとなったのであるが︑その棒引きの

﹁I﹂は字音以外にも感動詞その他に用いられている︒︶

 文章については次のようである︒

 ⑮文の提出順序は︑第一冊には﹁補足語修飾語ナキ文章﹂から﹁修

飾語補足語アル文章﹂へ︑第二冊には﹁節︵クローズ︶ヲ含メル文章﹂

を出し︑長く連続する文章は短く切り︑接続詞を用いて接続させた︒ま た副詞又は副詞的に用いた語が︑その修飾すべき語と甚しく離れた場合には︑その決着を示す部分を繰り返すという方法をとった︒そのため﹁稻文学的価値ヲ減ズル﹂ことになった︒ ㈲口語と文語については︑第一冊から第五冊まではことごとく口語を用いた︒そして︑児童の境遇は同輩に対するよりも長上者に対する場合が多いので︑第五冊の第八課に至るまでは︑韻文・独思・独語・引用文を除いて︑すべて崇敬体を用いた︒第九課からは常体を加え︑文語に移る階梯とした︒ ⑰口語には種々の体があり︑﹁ありますHございます︑てるます睡てをります︑です11であります11でございます等﹂は︑敬意を表す程度に差があるので︑それぞれ適応する箇所に提出し︑また︑﹁である﹂は地の文に現れ︑﹁だ﹂は対話語に現れるので︑これを区別した︒ ⑱文語は︑第六冊から提出し︑課中の口語の文とそれを文語に改めたものとを並列して︑その形式の異なるところを対照的に学習させてから︑全課が文語であるものに触れるようにした︒全課文語からなるものも︑独思・対話語などは口語を用い︑対話語も文語にしたのは第八冊最終の二心のみである︒ 働書簡文は︑第四冊第十六課から提出し︑第七冊第八課までは口語を用い︑第二十三課からは世の慣用を考慮して候文を提出した︒ ⑳韻文は︑第一冊から提出し︑用語は多く口語を用いた︒ ⑳文章の記叙法としては︑児童の感興を起こさせるため︑文中の人物はできるだけ児童とし︑児童が語り︑問い︑行うようにした︒従って︑対話体の文章が多い︒また︑擬人法を用いたり︑卑近な事例かち入ったりして︑あきさせないように努めた︒ その他︑教育上の配慮は教材︑挿絵にもある︒ ⑳教材は︑﹁広ク義務教育ヲ有効ナラシムルニ価値アルモノ﹂を︑修

身・理科・地理・歴史・実業・国民教科の分野から偏らないよう選択し

(11)

解 説

(8)

た︒ ㊨挿絵は︑本文の意味を明らかにするため︑﹁徒二精詳ヲ求メス児童

ノ眼二対シ簡易明瞭﹂ であることを旨とし︑﹁都会又ハ上流社会山偏ス

ルコトヲ避ケ﹂た︒

 以上は︑編纂趣意書の述べるところである︒教育上の配慮は一貫して

おり︑国語の統一︑口語文の普及に果たした役割を知ることができる︒

 なお︑ここに︑用語の特色の一端を書きそえるならば︑本書によって

普及したものとして︑

  一人称  ワタクシ ボク

  二人称  アナタ おまヘ キミ

  親族名称 オトウサン オカアサン ニイサン ネエサン 弟 妹

       をぢさん をばさん オヂイサン おばあさん

のような代名詞・親族名称の体系が特色といえよう︒      ト キヨ  その他︑注意すべきものをいくつか示してみよう︒﹁東京﹂がトウケ

イとトウキョウの読み方のゆれを統一した︒逆に︑﹁ウンドーバ︵運動   カイコ バ   コヨバ   ていしゃげ   のりば場︶﹂﹁開港場﹂﹁工場﹂﹁停車場し﹁乗場﹂﹁ユノミバ︵湯飲場︶﹂などは

すべて﹁ば﹂で一貫しているが︑これらは今日ではほとんどが﹁じょう﹂

になっている︒

 ゆれの見られるものには︑﹁サカナ﹂と﹁ウオ﹂︑﹁⁝テヰル﹂と﹁⁝テ

ヲル﹂などがある︒編纂趣意書に記されている﹁ん﹂と﹁ない﹂もこの

例である︒

 今日と異なるものには︑例えば︑﹁コガハ︵小川︶﹂︑﹁コグスリ︵粉      でんきと    アサクサデラ薬︶﹂︑﹁ウミバタ︵海端︶﹂︑﹁まけかち︵負勝︶﹂︑﹁電氣燈﹂︑﹁謙卑寺﹂︑

いしかっせん      カヨヒチヨ   オホサカ       せいじ   ほっかい﹁石合戦﹂︑﹁リョーカバ︵両側︶﹂︑﹁通帳﹂︑﹁大坂﹂︑﹁日本の政事﹂︑﹁北海

ど ほんと       む道本島﹂︑﹁電報をおかけになった﹂︑﹁大將ガヲッテカラ﹂など︑語形・

読み方・表記・用法と多方面にわたり︑時代色を示している︒  ︵三・三︶ 書誌・諸本・底本 第一期国定読本の編集は︑編纂趣意書によると明治三十五年四月から文部省の図書課で着手され明治三十七年六月に完了した︒ 編集に関係したのは︑梶山雅史氏の﹁国定教科書編纂過程  編書費ならびに編纂者関係資料の紹介と一考察﹂︵﹃人文学報﹄第五三号 昭和五十七年三月二十日︶に紹介されている﹃沢柳研究資料﹄第十二巻によると︑国語教科書の編纂委員真名︑調査嘱託数名である︒  編纂委員⁝⁝吉岡郷甫・笠原簑二・高野辰之・山田麟太郎・上田代        吉・武嶋又次郎・保科孝一・岡田正美・林泰輔  調査嘱託⁝⁝大和田建樹・島井悦・佐藤誠実・丘浅次郎・三好学・        磯田良・脇水鉄五郎 保科孝一の﹃国語問題五十年﹄には︑巌谷小波の名が編纂委員としてあげられている︒ 文部省著作の﹃尋常小学読本﹄には︑原本と児童が使用した翻刻本とがある︒原本というのは︑文部省が翻刻者に提示した教科書原本のことで︑奥付には︑著作兼発行者が文部省︑印刷者は印刷局で︑非売品とある︒印刷・発行日は次の通りである︒

第第第第第二第第 八七六五四三ニー 冊冊二尊冊冊冊冊

この原本の翻刻は︑

科用図書翻刻発行規則L 明治三十六年七月二十八日印刷 八月一日発行明治三十六年十一月十四日印刷 十一月十七日発行明治三十六年九月一日印刷 九月三日発行明治三十六年十一月二十六日印刷 十一月二十八日発行明治三十六年九月七日印刷 九月九日発行明治三十六年十二月二十六日印刷 十二月二十八日発行明治三十六年九月廿二日印刷 九月廿五日発行明治三十七年一月二十日印刷 一月二十二日発行    明治三十六年四月二十九日の文部省令﹁小学校教

     によって︑明治三十七︑八年度については次の

(12)

(9)

十九名に許可された︒

  ︵東京︶大倉孫兵衛・大橋新太郎・亀井忠一・岸田吟香・小林又七・

  細川芳之助・水野慶次郎 ︵横浜︶田沼太右衛門 ︵大阪︶青木恒三

  郎・中川勘助・前川善兵衛・三木佐助・柳原喜兵衛・吉岡兵助︵神

  戸︶熊谷幸介 ︵広島︶早速勝三 ︵長野︶西沢喜太郎︵富山︶中田

  清兵衛 ︵山形︶五十嵐太右衛門

 また︑定価最高額も定められた︒

  第一冊六銭五厘 

第二冊

  第三冊 六銭五厘  第四冊

  第五冊 七銭五厘  第六冊

  第七冊 八銭    第八冊

 明治三十九年度以降については︑

行規則によって︑ 六銭五厘七銭八銭五厘九銭三十八年に新たに制定された翻刻発

        次の十名が翻刻発行を許可された︒

  大橋新太郎・水野慶次郎・大倉孫兵衛・亀井忠一・江草斧太郎・小

  立鉦四郎・三木佐助・吉岡平助・青木恒三郎・鈴木常松︒︵﹃尋常小

  学読本﹄については大橋︑三木両名︒︶

 原本には﹁尋常小学読本 正誤表﹂がある︒東書文庫所蔵本︵第七冊

欠本︶には第二・三・四・五・八冊に正誤表︵下段の表︶がある︒

 第七冊については︑正誤表を見ていないが︑原本と明治三十七年一月

十八日翻刻発行︵小林又七︶本と明治三十八年十一月十五日翻刻発行︵大

橋新太郎︶本とを対比すると次のような訂正がある︒

  ページ

   一七

   二〇

   五三

   六五

このたび︑

八一七八行

 原本

あります︒

西北の岸

明治ノしほみつ 明治三十七年本 あります︒﹂ 西北の岸 明治ノ

 すいき

調査した翻刻本は︑国立教育研究所附属教育図書館︑ 明治三十八年本 あります︒L ほくぶ北部の岸

 カイコ  開港ノ

 すいき

      押書文

二 冊

五 四

ページ

五五

七六九三

上   上 欄ニー・欄

六六六六五ニ 一五五四 九八五四六〇 三九一九     四

    、

二七一三五五四二六七二 七五五三二二

二三〇三九一五 三二二五八九七四

ヒタキチハジロートガ

︵オ︶

からすとはまぐり

デハアリマセン

ならへ︒と きよ 東京

なると︑ソレ    むきれいでごさい

ゲ タ下駄屋

ヤ︑車モ︑    そのあど

どはない︒流れるよ一な  こWζ

二貫機械

あひさつ爾陛下

豊惚

酊撰

瓢帥

タキチハ︑

ジロートガ︑

削ルからすとはまぐり

デハアリマセン汗↑字

ならへ︑と きよ ﹃東京

なる︒﹄と

アレ    むきれいでござい

ゲ タ ヤ下駄屋

や車モ︑そのあと

こと  O とはない︒流れるよ一な

一貫きかい機械

あいさつ

リヨ 爾陛下

どよしげ豊信

クラヰ

ブンゴ豊後

アハタ粟田

庫︑御宿町歴史民俗資料館︵五倫文庫︶︑惣郷正明氏蔵本である︒その

詳細は別書に示すことにする︒それによると︑翻刻本は翻刻を許された

(13)

⑩ 鰐

発行者によって︑表紙・扉・奥付などに相違がある︒また︑文部省の原

本は活版であるが︑翻刻本は︑それを筆でなぞったものの整版のようで︑

文字の字形や組み方に小異がある︒しかし︑本文と挿絵によって大別す

るとこ種類になる︒

  第一種⁝⁝⁝文部省原本及び正誤表に準じたもの︒

  第二種⁝⁝⁝本文及び挿絵に訂正を加えたもの︒

 両者を対照すると次のようになる︒

 一

八六

ページ

五 四 一 一 八五 六

 七六

四五一・

四四

五〇

九五

四 五

第 一 種

︵挿絵︶猫右向き

︵挿絵︶通行人あり

︵挿絵︶魚左向き

︵挿絵︶マストの吹き流し

   なし

︵挿絵︶絵に囲みなし

かんこく     しんこく﹁韓國から︑清國の

  しゅ      しゅ第三種︑第四種とあっ

て︑と一とi︑

と さ  くに だいみよじ土佐の國の大名に︑ 第 二 種

猫左向き通行人なし

魚右向きマストに吹き流しあり

絵に囲みあり

かんこく      しんこく韓藍から︑﹁清國の

 しゅ     しゅ     しゅ第三種︑第四種︑第五種

とあって︑

じじょ 事情がさしせまって︑ゆ

一よのできないのを見

て︑ ころ   と さ   くこその頃︑土佐の國に︑

このほか諸本で小異の認められるものがある︒例えば︑

第三冊 モクロク 下段五行目 ﹁日﹂の字形

    二五ページ六行目 ﹁ツ﹂の位置

第五冊 もくろく 下段九行目 ﹁山の上のみはらし︒﹂の組み方      ていしゃば    三四ページ四行目 停車場の﹁ば﹂の有無       ほくぶ第七冊 二〇ページ七行目 ﹁北部の﹂の﹁ほくぶ﹂の有無 などである︒ さて︑この用語総覧のために作業の底本としたものは︑昭和二十七年に広島図書株式会社が発行した複製本で︑奥付の裏ページに︑﹁下記銀行並に各学校PTAの御協力により全国学校へ非売品として納本できることになりました﹂として日本興業銀行以下六十三銀行の名が連ねられている︒奥付の日付は︑各面とも︑印刷発行は原本と同じで︑複製の印刷発行は﹁昭和二十七年五月三十一日印刷/昭和二十七年六月十五日発行﹂とあり︑どの翻刻本を複刻したものか記載がない︒ そこで︑右に調査した諸本の本文・挿絵と対照比較すると︑底本は第二種に属するものと知られる︒諸本の小異ありと記した項目について見ると︑東書文庫所蔵の翻刻本︵明治三十八〜三十九年発行︶に一致する︒ただし︑底本の第六冊三十五ページの﹁ね﹂には﹁創﹂とあるべき傍線がない︒複製のときに消えたものか︑あるいは複製の原本にそうであったものか︑今は判断ができない︒ 別に︑御宿町歴史民俗資料館︵五倫文庫︶所蔵本を複製した︑古田東朔氏の﹃小学読本便覧﹄︵第六巻︶がある︒本書の底本とは三十に異同がある︒ なお︑解説の執筆にあたっては︑以下の文献を参考にした︒  古田東朔 ﹃小学読本便覧﹄第六巻 昭和五十八年三月 武蔵野書   院  海後宗臣 ﹃日本教科書大系﹄近代編上〜九国語e〜因 昭和三十   八〜三十九年 講談社  唐沢富太郎 ﹃教科書の歴史﹄ 昭和三十一年一月 立文社  秋田喜三郎 ﹃鞠静国語教科書発達史﹄昭和五十二年十月 文化評論   出版  井上赴著.古田東朔編 ﹃国定教科書編纂二十五年﹄ 昭和五十九年

   五月過武蔵野書院

(14)

例 oo 凡

(一

j内容  ︵二︶底本  ︵三︶用語採集の範囲  ︵四︶見

出し語の立て方   ︵五︶見出し語の注記 ︵五・一︶見出し

︵五・二︶漢字 ︵五・三︶品詞 ︵五・四︶人名・地名などの注記

︵五・五︶度数 ︵五・六︶表記 ︵五・七︶活用形 ︵六︶見出し

語の排列 ︵七︶用例と所在 ︵七・一︶用例文 ︵七・二︶所在

︵七・三︶層別  ︵八︶その他

(一

j内 容

 本書は︑明治三十七〜四十二年度に用いられた第一期国定読本﹃尋常

小學讃本﹄︵いわゆるイエスシ読本︒全八冊︒︶の全用語を五十音順に排

列し︑その全用例を収めたものである︒

︵二︶底 本

 昭和二十七年六月十五日に﹁教育資料版﹂として広島図書株式会社が

複製発行したものを底本として用いた︒︵解説参照︶

︵三︶ 用語採集の範囲

底本のうち︑

 ①目録

 ②本文

 ③図版

の部分を用語採集の対象とした︒ただし︑③のうち︑判読しがたい語や︑作画者の署名と思われるものは除いた︒ 衷紙・扉・ページを示す数字・奥付などの部分は︑用語採集の対象としない︒ なお︑本文の上部欄外に示された︑仮名・漢字の新出と読み替えの表示は︑別にまとめて付録とした︒︵ぴ仮名一覧・漢字一覧︶

︵四︶ 見出し語の立て方

 自立語は原則として文節から助詞・助動詞を切り離したものを一単位

とし︑助詞・助動詞は︑﹃現代語の助詞・助動詞一用法と実例1﹄︵国

立国語研究所報告3︶を参考にして単位を決定した︒ただし︑

  ①形容動詞は立てない︒形容動詞の語幹にあたる部分を﹁形状詞﹂

   として一単位とし︑語尾にあたる部分を助動詞とする︒

  ②サ変動詞﹁する﹂︑および﹁いたす・くださる.なさる・もうし

   あげる﹂など意味上ほぼサ変動詞﹁する﹂にあたるものが︑体言ま

   たは体言相当のものにじかに接続している場合は切り離さない︒

  ③助詞・助動詞を構成要素に持つ副詞・接続詞等の処理は別に行う︒

  ④動植物名や固有名詞︵人名・地名・戦争名・課名.題名など︶は

   全体で一単位とする︒

  ⑤同語形であっても品詞の異なるもの︑口語・文語などで活用の異

   なるものは別見出しとして扱った︒ただし︑﹁飽く﹂のように口語

   五段活用と文語四段活用の併存するものは︑一つの見出しにまと

   めた︒

 なお︑単位決定の詳細については︑別に問題語一覧を作成する予定で

ある︒ 複合語などの後部にあらわれる要素については︑次のように切り出し

(15)

て見出しに立て︑うで︑主となる見出しを参照させて検索できるように

した︒    あいなる 号せんばいあいなる

 また見出し語のうち︑以下にあげるように︑国定読本に用いられた語

形が︑現代語として一般的な語形と異なっていたり︑漢字表記の語で︑

読みに二通りの可能性があったりして︑検索に支障をきたすおそれのあ

るものや︑相互に参照することが望ましいと思われるものは︑*印をつ

けた空見出しをもうけ︑参照すべき項目を示した︒

    申おがわ 号こがわ︵小川︶

    *こなぐすり 号こぐすり︵粉薬︶

    *おんしん 号いんしん︵音信︶

    *せんそうじ ﹇▽あさくさでら︵浅草寺︶

    *まおか 弓もおか︵真岡︶

︵五︶ 見出し語の注記

各見出し語ごとに︑次のような事項を記した︒

  圃

   見出し  漢字 品詞 度数    表記     活用形

  

@ 

u  一 ﹁﹁一

      ︸   かな.う﹁適﹈︵五︶2 カナフ かなふ ︿ーハ﹀

  耳伊﹂副ヤ︒オソロシイコエヲダスゾ︒

  

@  Rレ﹁デバカナ山尾

   所在  層別    注記       一  かなざは   かなざわ﹇金沢﹈︹地名︺1 金澤       かなぎは  こ えん      みと こ えん       をかやま  こ えん

    七246図 水戸の公園︑金澤の公園︑岡山の公園な

     ども︑また︑名高し︒  ︵五二︶ 見出し 現代仮名つかいによって︑和語・漢語は平仮名︑外来語は片仮名で記した︒ 活用語は終止形を見出しとし︑活用しない部分と活用する部分との間に・︵中点︶を入れた︒

︵五・二︶漢字

語の識別のため︑必要に応じて︑見出し語にあたる漢字を注記した︒

 ︵五・三︶品詞

 品詞は次の通りとし︑後に記すような略号を用いて示した︒なお︑助

詞と動詞は︑さらに細分類を行った︒

  名詞︵名︶  代名詞︵代名︶  形状詞︵形状︶  副詞︵副︶

  連体詞︵連体︶  接続詞︵接︶  感動詞︵感︶  助詞

  動詞  形容詞︵形︶  助動詞︵助動︶

 助詞は次のように分類し︑後に記すような略号を用いて示した︒

  格助詞︵格助︶  副助詞︵副助︶  係助詞︵係助︶  接続助詞

  ︵接助︶  並立助詞︵並助︶  準体助詞︵準助︶  終助詞︵終

  助︶  間投助詞︵間遠︶

 また︑動詞は活用の種類によって分かち︑次のように示した︒

  四段︵四︶  五段︵五︶  上二段︵上二︶  上一段︵上一︶

  下二段︵下二︶  下一段︵下一︶  力行変格︵力変︶  サ行変

  格︵サ変︶  ナ行変格︵ナ変︶  ラ行変格︵ラ変︶

 ︵五・四︶ 人名・地名などの注記

 見出し語の意味・用法について︑必要に応じて︑﹁人名・地名・課名・

話し手名・〜の絵あり﹂などの注記を加えた︒

(16)

例 働 凡

︵五・五︶度 数

見出し語ごとに︑その使用度数︵用例の数︶を記した︒

 ︵五・六︶ 表 記

 その見出し語の全用例について︑片仮名・平仮名・漢字や︑振り仮名

の有無などの表記の異なりを列挙した︒二種類以上の表記がある場合

は︑次の順とした︒

  ①片仮名

  ②平仮名

  ③漢字︵片仮名の振り仮名つき︶

  ④漢字︵平仮名の振り仮名つき︶

  ⑤漢字︵振り仮名なし︶

  ⑥アラビア数字.

  ⑦ローマ数字

 ︵五・七︶ 活用形

 活用のある見出し語の用例について︑活用形の異なるものを列挙した︒

ただし︑ここでいう活用形の異なりとは︑未然形・連用形などの別では

なく︑語形上の異なりをさす︒

 活用形を列挙する際︑活用しない部分︵見出しで︑中点・より前の部分︶

は一で記し︑活用する部分を︑原文通りの仮名遣いで︑片仮名によって

示した︒ また︑二つ以上の活用形がある場合は︑五十音順に並べた︒

︵六︶ 見出し語の排列

見出し語の排列は現代仮名つかいの五十音順とする︒ただし︑片仮名 は平仮名に︑濁音・半濁音は清音に︑小字︵アイゥェォ つやゆよ︶は普通の仮名に︑長音符号﹁一﹂は直前の仮名の母音に︑それぞれ置き換えたものとみなして︑一字目から順次︑五十音順に排列する︒ 同じ仮名の連なりとなった見出しは︑次の各項を一字目から順に適用して排列する︒  ①清音←濁音←半濁音  ②小文字←大文字   すなわち︑拗音←直音︑促音←直音  ③普通の仮名←長音符号 以上によっても排列の決まらないものは︑次の各項を順に適用して排列する︒  ①次の品詞順とする︒   名詞←代名詞←形状詞←副詞←連体詞←接続詞←感動詞←助詞←   動詞←形容詞←助動詞   a名詞のなかでは次の順とする︒    課名←話し手名←人名←地名←それ以外の名詞   b助詞のなかでは次の順とする︒    格助詞←副助詞←係助詞←接続助詞←並立助詞←準体助詞←終    助詞←間投助詞   c動詞のなかでは次の活用順とする︒    四段←五段白上二段←上一段←下二段←下一段←力変←サ変←    ナ変←ラ変  ②漢字表記の付けられるもの︑付けられないものの順とする︒   a漢字表記の付けられるものについては︑字数の少ないものか    ら多いものの順とする︒字数が同じ場合は︑一字目の画数順と    し︑一字目が同画数の場合は︑﹃康煕字典﹄の順に並べ︑同字    はまとめたうえで︑二字目の画数順とする︒

(17)

㈱ 凡

b漢字表記の付けられないものについては︑

 平仮名←片仮名︵外来語︶の順とする︒

︵七︶用例と所在

 ︵七二︶ 用例文

 用例は︑仮名遣い・分かち書きなどまで︑できるだけ原文通りとした︒

漢字字体は︑対応する普通の明朝活字体とした︒

 用例の長さは︑五十字︵本書の三行︶程度を目安として︑一文を採用

したが︑必要に応じて長短がある︒ 用例文の一部を省略する場合は︑

︵略﹀のように示した︒

 同一見出し語に含まれる用例は︑底本における出現順に排列した︒

 用例中︑見出し語にあたる部分は太字で示した︒

 なお︑五十音図・拗音図・いろはは︑本文ではそれぞれ一部分を示す

にとどめ︑付録に全体の形を示した︒

 ︵七・二︶所在

 用例は︑見出しにあたる語のはじまる位置によって︑底本の巻・ペー

ジ・行の順で所在を示した︒

 なお︑目録と図版中の語は︑それぞれ

  六目3

  七25図

のように記し︑目録または図版中の語であることが分かるようにした︒

︵七・三︶ 層 別

用例文の文体上の性格を次の三類八種に分類した︒

 ①口語文文語文候文   ②散文韻文手紙文

  ③ 地の文 会話文 以上のうち︑口語文・散文・地の文については注記せず︑それ以外は︑上記の分類の第一字目によって︑図圓圃圏園のように区分を示した︒ なお︑目録と図版中の語については︑原則として層別の表示を行わない︒

︵八︶ その他

 底本には︑次の箇所で濁点の誤りが見られる︒     こころがげ  八278 心掛

 これは︑見出し・用例とも﹁こころがけ﹂に改めた︒

 また︑     さんかく  八714 産額

は︑見出しは﹁さんがく﹂としたが︑用例は︑しばらく原文通りとした︒

(18)

あいさつする 1

      アあ 2 ア あ

 ﹁102 ア︹頭の絵有り︺     アリ 三104 あ︒︹ひらがなのドリル︺

ああ﹇鳴呼︼︵感︶22 アー あ1

 ニー46囹 ﹁ゴメンクダサイマセ︒﹂

  ﹁アー︒オチヨサンデスカ︒ヨク︑

  イラッシャイマシタ︒﹂ 三24三七ンセイハ︑ ツギノヨ

  ーニイヒマシタ︒﹁アー︒タイソi︑

  キレイデスネ︒

 三213囹 タケノコト︑セイクラベ

  ヲシテミマセウ︒﹂ブンキチ﹁アー︒

  キミハ︑タケノコト︑チョード︑

  オナジタカサデス︒﹂

 四136囹 ︵略﹀︒﹄と︑おはなしなされ       ぶんきち  たでせう︒あのことです︒﹂文吉

  ﹁あ一︒それなら︑まだ︑みたこ

  とがありません︒﹂

 四587圓 おちよ﹁それでは︑おとう

  さんのこびよ一きのなほった  ことを書いてあげたら︑どうで

  ございますか︒﹂おかあさん﹁あ一︒

  よく︑きがつきました︒      わすけ 五494囹 和助は︑︵略V︑﹁あ一︒あぶ

  なかった︒もし︑きみがをらなんだ       かみなり  ら︑ぼくは︑雷にうたれて︑死んで

  しまふのだった︒﹂といひました︒ 五593園 それでは︑いっか︑おとう さんにつれてきていただかうではご ざいませんか︒﹂﹁あ一︒このごろは 月夜ですから︑あしたのばんにでも︑ つれてきていただきませう︒﹂五616囹 それから︑一けんおいて︑ 左に︑見えるのがぼくらの家です︒﹂ 次郎﹁あ一︒わかりました︒        げんぐん    よ六234図南 あ一︒国軍の十二萬︑ に げたるものは︑わっかにて︑あとは︑ のこらず︑わが國の 海にしづみて しまひたり︒六477團 はちり︑しもふり︑ 雪ふり て︑白くなりたり︑山のみね︒あ一︒ 今月は 十二月︒ あ一︒もう︑けふ は 二十日すぎ︒六478團あ一︒今月は十二月︒あ 一︒もう︑けふは 二十日すぎ︒       どひや六564﹇n国 こんな問屋は︑石油屋にも︑ 材木屋にも︑みんな︑あります︒﹂ ﹁あ一︒わかりました︒七411園 根はひろがる︒︵略﹀︑花が      さや さく︒おしまひには︑︵略﹀葵がなる︒ あ一︒早く︑その時が配ればよいな 一︒﹂        と だい七745図圃 あ一︒燈壷の 貴きこと よ︒      たこく八67圃 ︵略V︑千里あちらの 他國 の事も︑一目で︑わかる 新聞紙︒ あ一︒ちょ一ほ一な 新聞紙︒八72圃 ﹁︵略V︒ こはい病氣が は やって來た︒﹂と︑氣をつけさせる   新聞紙︒ あ一︒しんせつな  新聞  紙︒ 八76圃 ︵略V︑かげにかくれた 悪       かがみ  事もうつす︒鏡のよ一な新聞紙︒  あ一︒明かな 新聞紙︒        ひよ きち 八128図 あ一︒兵吉は︑これより︑       ぜに  いかにして︑銭をうるならんか︒い     くすり  か  かにして藥を買ふならんか︒ 八278囹 ︵略V︑日本男子のうでまへ  を見せてやりませう︒﹂﹁あ一︒よい  こころがけ  心掛だ︒さう︑なくてはならん︒ 八591図 アー︒ワレラバ︑カカル︑       ヘミ ヨ  アリガタキ御代二︑生レタリ︒       くにがら 八639図圃あ一︒わが國は よき國柄      み よ      み よ  よ︒明治の御代は さかゆる御代よ︒ 八767囹 ﹁おとうさん︒︵略V︒私は︑  そんなに︑だいじなこととは︑知り  ませんでした︒﹂﹁あ一︒よく︑きき  わけました︒あい互いいあい・くみあい・どあい・ わりあいあい︻間﹈︵名︶1 あひn▽たにあい 七238回園 お寺︑お社︑木のあひに   見えて︑かくれて︑おもしろや︒あいうえお 一 アイウエオ ﹇143 アイウエオ︹五十音ア行︺あいうえお︵略﹀︹五十音図︺2 アイウ エォ︵略Vあいうえお︵略﹀ 一50一 アイウエオ︵略V︹付録馴ペー  ジ参照︺ 三263 あいうえお︵略︶︹付録割ペー  ジ参照︺ あいさつ︻挨拶﹈︵名︶5 アイサツ あいさつ ニーー タローハ︑イマ︑ アサノ  アイサツヲシテヰマス︒﹁オトゥ  サン︒オハヤウゴザイマス︒ 二22 オチヨハ︑イマ︑ネルトキ  ノアイサツヲシテヰマス︒﹁オ  トウサン︒オヤスミナサイマセ︒ 七501圃 おりくる人人︒乗りこむ人  人︒ あひたる喜︒ わかるるかなし  み︒あいさつさまざま︑ことばも短  く︒     よ きち 七617 洋吉の父は︑七月二日の午後  六時ごろ︑蹄って來た︒︵略﹀︒やが  て︑あいさつもすみ︑ごはんもすん  で︑ばんには︑父が︑いろいろ︑お  もしろい話をした︒       たけを 八299 村の人たちは︑武雄や父にむ  かって︑また︑しきりに︑よろこび         たけを  をいひました︒武雄も︑父も︑いち  いち︑あいさつをしました︒あいさつ・す︻挨拶︼︵サ変︶1 あいさ つす 角ース彰 六527図 文太郎は︑いつも︑朝︑早  く︑おく︒︵略﹀︑妹もおく︒おくれ  劇︑二人にて︑父と母とに︑あいさ  つす︒ ︹文体のドリル︺あいさつ・する︻挨拶︼︵サ変︶1 あい さっする 肉ースル蝉 六524 文太郎は︑いつも︑朝︑早く︑  おきる︒︵略﹀︑妹もおきる︒おきる  と︑二人で︑父と母とに︑あいさつ

(19)

あいて あいしたまう

2

  する︒︹文体のドリル︺

あいしたま・う﹇愛給︼︵四︶1 愛した

 まふ ︽ーヒ斬       ばんせいいっけい 八626図 ︵略﹀︑上に︑萬世一系の天

  皇ましまして︑國民を愛したまひ︑        よ  下に︑四千八百鯨萬の熱田ありて︑

  天皇を敬したてまつれり︒

あいず﹇合図﹈︵名︶1 あひず

    えきちよ      き 七487 瞬長があひずをしました︒汽  てき  笛が︑ぴ一と︑なって︑汽車が出て

  行きました︒

あいだ︻間﹈︵名︶24 アヒダ あひだ

  間

.三25園 コノハナハ︑ヒルノア  ヒダハ︑コノヨー二︑キレイニ︑  サイテヰマスガ︑ヨルニナル

  ト︑ツボンデシマヒマス︒

 三385 あるゆふがた︑あめがは  れて︑日が︑くものあひだか

  ら︑てりだしました︒

 五66 スルト︑ダンダン︑ナカマガ

  フエテキテ︑山ト山トノアヒダノ谷

  二︑オリマシタ︒

 五87 ワタクシドモガ︑田ヤ︑ハタ

  ケノアヒダヲトホッテイキマスト︑

  右筆ラモ︑左カラモ︑ナカマガヨッ

  テキマシタ︒

 五193 蚕ハ︑タイテイ︑二十五日カ       クハ  ラ四十日グラヰノアヒダ︑桑ノハヲ

  タベテ︑ソノアヒダニ︑四ド︑ネム

  リマス︒

 五194 蚕ハ︑タイテイ︑二十五日力       クハ ラ四十日グラヰノアヒダ︑桑ノハヲ タベテ︑ソノアヒダニ︑四ド︑ネム リマス︒五466圏  ﹁このあひだ︑ 先生が ﹃︵略﹀︒﹄とおっしゃったではないか︒         うちがみ五626 町のうしろの氏神の森は︑ち ょんぼりと︑小さく︑見えて︑とな り村との間の大きな川は︑白いぬの をしいたよ一に︑見えました︒五696團 ききますれば︑このあひだ は︑たいそ一な大水で︑水が︑ つ い︑ごきんじょまで︑ついたといふ こと︒   キヨ トシ    カンムテンノ 六14 京都市ハ︑ 桓武天皇ノ時カ  キンジヨ テンノ ヘイカ  ト キヨ シ ラ︑今上天皇陛下ノ東京領解オゥツ リニナッタ時マデ︑一千年夏マリノ 間︑天皇ガ︑ヒキツヅイテ︑オイデ ニナッタトコロデアル︒      ミナモトノヨリトモ六178 ︵略V︑ムカシ︑源頼朝トイ タイシヨ  フ大姦ガヲッテカラ︑ご百五十年ホ ドノ認可︑ズイブン︑ニギヤカデア ッタ︒   カマクラ六206 鎌倉ハ︑二百五十年ホドノ 間ハ︑ ニギヤカデアッタ︒︹文体の ドリル︺    カマクラ六207図 鎌倉ハ︑二百五十年ホドノ 間ハ︑ニギヤカナリキ︒︹文体のド リル︺     アシカガシ       ブ六397 コノ足利氏ハ︑ナガイ間︑武 シ 士ノカシラトナッテヲッタガ︑︵略V︒         ムネ    ムネ七339 第ニノヘや押型デ︑胸ノ内ノ        ハイゾ   ハイゾ  右ト左トニハ︑ 肺臓︑ 肺臓ノ間二     シンゾ   ハ︑心臓ガハイッテヰル︒ 七519図 カク︑國ト國トノ間二︑費     ボ エキ  買スルヲ貿易トイフ︒      こ かい 七677囹 ﹁しかし︑航海する間には︑  大風のふくことがある︒ 八329図 サレバ︑世界ノ開ケタル國  國ハ︑不幸ニシテ︑ソノ六二︑職オ  コルコトアリトモ︑︵略﹀︒        いへやす 八408園 ﹁︵略﹀︑家康の時から︑十五      ばくふ  代︑二百六七十年の間︑この幕府は  つづいてきたのだ︒     ばくふ 八508囹 幕府は︑長い間︑いろいろ  な事で︑困ってをるときであったか  ら︑と一とi︑思ひきって︑その忠  告に從つた︒     いへやす       えど 八513園 家康が︑ はじめて︑ 江戸   ばくふ  に︑幕府を置いてから︑二百六七十  年の間︑︵略V︑武士の取扱ってみた  政事は︑︵略﹀︒        みなもとのよりとも 八514圏 ︵略﹀︑源頼朝の時からい  へば︑六百七八十年の間︑武士の取  扱ってみた政事は︑︵略﹀︒        きゆ しゅ  たいわん 八606図 ︵略V︑九州と着意との間に   りゆ きゆ   は︑琉球諸島ありて︑︵略﹀︒ 八889図園 今日は︑かく︑ 一まはり  する間に︑あらはるる︑おもなる國  國について︑語り聞かすべし︒﹂あいだ︵接助︶5 間 七822早馬 みな︑たっしゃに候間︑  御安心下され度候︒︹文体のドリル︺ 七841圓團 右御注文の品御とどけ申

  上網間御受取下され度候也       かいりよ  八81圓国 この度︑御店にて︑改良  がませんばいあひなり  よし       さっそく  釜專責了成候由︑︵略﹀︒早速︑ため  しみ度候間︑この手紙着き次第︑御  送り下され度候︒ 八93圓團本日︑通運にて︑送り出  し候間︑御ためし下され度候︒       こし      ぜん 八258國團  ︵略V︑御申越の通り︑膳︑  わん       あひ  椀とりそろへ︑五人前︑御使に相渡  し沼間︑御まにあはせ下され度候︒あいち﹇愛知﹈︹地名︺2 愛知        ニヒガタ  ヒヨ ゴ 八697図 米ハ︑新潟︑兵庫︑愛知︑  フクヲカ  福岡ナドノ諸本二︑多ク︑産シ︑萎    サイタマ  ハ︑埼玉縣二︑モットモ︑多ク︑産  ス︒      オホ 八721図 マタ︑木綿糸︑マッチ二大  サカ      ヒヨじゴ  坂府︑東京府ト︑岡山︑兵庫︑愛知  ノ諸縣トニ︑多ク︑産シ︑︵略﹀︒あいちけん﹇愛知県︼︹地名︺2 愛知 縣       キヨ ト フ  ニシジン 八717國 ︿略V︑織物ハ京都府ノ西陣       ケンメンマゼオリ  フク  織︑愛知縣ノ木綿織︑絹綿交織︑福  ヰハブタヘグンマ  井縣ノ羽二重織︑群馬縣ノ絹織ナド  名高シ︒       セト 八723図 ︵略V︑焼物ハ愛知縣ノ瀬戸   キヨ ト    キヨミヅ   アハタ    サガ  焼︑京都府ノ清水焼︑粟田焼︑佐賀   アリタ  縣ノ有田焼︑ 塗物ハ︵略﹀ナド名高  シρあいて﹇相手﹈︵名︶1 あひて 六753 ︵略﹀︑と一と一︑わが國は︑       しんこく  たくさんのへいたいを出して︑清國  をあひてに︑せんそ一することにな

  りました︒

(20)

あかい 3 あいなる

あいなる弓せんばいあいなる      あひあいわた・す︻相渡﹈︵四︶1 相渡す

  菌ーシ︾       こし       ぜん 八257國團 ︵略﹀︑御申越の通り︑膳︑  わん      あひ  椀とりそろへ︑五人前︑御使に相渡

  し候間︑御まにあはせ下され度候︒

あ・う﹃会︼︵四︶1 あふ 脅ーヒ︾

 n▽であう

 七499圏 おりくる人人︒乗りこむ人

  人︒ あひたる喜︒ わかるるかなし

  み︒あいさつさまざま︑ことばも短

  く︒あう﹇合一号いいあう・うちあう・かさ

 なりあう・こみあう・しあう・つきあ

 う・なげあう・むきあう

あおあお﹇青青︸︵副︶一 アヲアヲ

 三47ーウミ下川ヤイケナドト

  ハチガッテ︑タイソi︑ヒロク  テ︑ミヅガアヲアヲトシテヰマ

  ス︒あお・い﹇青一︵形︶10 アヲイ あをい

  青イ 青い 飛ーイ・ーク︾

 ニー27 オハナガ︑カミヲキッテ︑

  モミヂノハヲコシラヘマシタ︒

  ︵略V︒オハナハ︑ハジメニハ︑ア

  ヲク︑ヌリマシタ︒

 三284 うめのみは︑ はじめに

  は︑いうがあをくて︑あとには︑

  きいろくなります︒

 三286 あをいうちには︑あちが

  すくて︑ きいろくなると︑ すこ

  し︑あまくなります︒  三291 あをいうちには︑うめの  みをたべてはいけません︒たべ  ると︑びょ一きになります︒ 四398松ノ木ハ︑アヲイ︑ハリ  ノヨ1ナハヲモッテヲリマス︒ 四462園 ヤッパリ︑モトノ︑青イ︑  ハリノヨーナハガ︑イチバン︑  ヨイ︒ 五433園 見るまに︑くもる 青い空︒ ぴかぴか︑ひかる いなびかり︒ 六472圃 ﹁花がさいた︒﹂と いふう  ちに︑いっか︑野山が 青くなり︑  ﹁あつい︒あつい︒﹂と いふうちに︑  いっか︑木のはが あかくなる︒ 六653園 また︑鐵は︑じきに︑さび  て︑赤くなるといふが︑銅も︑じき  に︑青いものを出すではないか︒あ  れが︑やっぱり︑さびるのだ︒ 六655囹 ︵略V︑銅がさびて︑青いも  のを出したのは︑たいそ一︑どくに  なるのだ︒あおきいちろう﹇青木一郎﹈︹人名︺ 1  青木一郎

 六97團十月二十五日半木一郎

  梅田春吉様あおきいちろうさま ︻青木一王様︼︹人 名︺1 青木一郎様 六115團 十月二十六日 梅田春吉  青木一郎檬あお・ぐ﹇仰﹈︵四︶一  アフグ  角一 ギ彰      リヨ  八338図 上ハ︑天皇︑皇后︑雨陛下     ホゴ       バクアイ  ノ御保護ヲアフギ︑下ハ︑博愛ナル  人人ノ賛成ニヨリテ︑デキタルモノ  ナリ︒あお・し﹇青﹈︵形︶1 青シ 飛ーク彰 七137図 茶ノ木ハ︑︵略﹀︒葉ハ︑年  中︑青ク︑秋ニナリテ︑白キ花ヲヒ  ラク︒あおそら﹇青空一︵名︶1 あをそら 三336圃 けふは︑あをそら︑よいて  んき︒あお・る﹇煽一︵五︶1 あふる 角ーッ︾ 六151囹 ︵略V︑まだ︑米に︑もみが  らがまじってみたり︑ぬかがついて  みたりしますから︑また︑と一みと  いふもので︑あふったり︑うすで︑  ついたりします︒あか﹇赤﹈︵名︶3 あか 赤 三446圃 ︵略﹀︑さいたあさがほ︑  あかやしろ︒しぼりのはなも   うつくしや︒ 三451間あか︑しろ︑しぼり︑どのは  なも︑︵略﹀︑あした︑また︑さけ︒あ  さがほや︒ 七85 赤︑白︑きいろの三つのちょ  一ちょがありました︒あか・い﹇赤一︵形︶ 14 アカイ あか い 赤い 査iイ・ーク彰 ニー33 オハナガ︑カミヲキッテ︑  モミヂノハヲコシラヘマシタ︒  ︵略﹀︒コノゴロバ︑ハガアカク  ナッテヰルコトニ︑キガツキマ  シタ︒ ニー37 ソレデ︑コンドハ︑ホカノ ニ︑アカク︑ヌリマシタ︒

三301 うめのみをしほにつけ

 て︑そして︑しそのはをいれる と︑いうがあかくなります︒四693 そのさるは︑えぼしをか ぶって︑赤いそでなしをきてゐ ました︒五567園 あれ︒あそこには︑赤い花 ときいろい花とがさいてるます︒五572園  ﹁あの赤いのはなでしこと いふ花で︑きいろいのはをみなへし といふ花です︒六474圃 ﹁花がさいた︒﹂と いふう ちに︑いっか︑野山が 青くなり︑ ﹁あつい︒あつい︒﹂といふうちに︑ いっか︑木のはが あかくなる︒     てつ         かへい六627押上のよ一な︑貨幣をこしら へるにも︑つかはれず︑じきに︑さ びて︑赤くなるものとは︑くらべも のにはならん︒﹂六652園 また︑鐵は︑じきに︑さび て︑赤くなるといふが︑銅も︑じき に︑青いものを出すではないか︒あ れが︑やっぱり︑さびるのだ︒七93 ちょ一ちょは︑こまって赤い ばらのうちをたつねました︒七97 赤いばらはいひました︒七99囹 しかし︑赤いかたはわたく しと同じ色ですから︑かしてあげま せう︒﹂

七103  赤いちょ一ちょはいひまし

参照

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