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持続可能性指標を活用した観光地管理に関する実践的研究 ―奥日光をケースとして―

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■ 研究論文

1.はじめに (1)背景  1992 年に開催された第1回地球サミット以降注目されるよう になった持続可能な発展のための指標の開発と利用という要請に 応えるため,国連世界観光機関(UNWTO)は観光における持 続可能性を評価する指標の開発と地域への適用方法に関する普及 活動に取り組み,2004 年には「観光地のための持続可能な開発 指標・ガイドブック」1)を発表して,観光地の持続可能性指標

(STI= Sustainable Tourism Indicator)の有効性を論じるとと もに複数のケーススタディを掲載してこのモデルの活用を促して いる2),3)。UNWTO が提唱する STI とは,観光地における観光 資源の利用の最適化,ホストコミュニティの社会文化的真正性の 尊重,長期的経済活動の保証,という三要件の到達度を客観的か つ端的に示す指標群であり,この指標値のモニタリングを通した 状態変化の把握と指標群の再検討という流れが STI モデルの中 心概念である4)  2008 年には UNWTO の経験や世界各地での実践を踏まえて世 界持続可能性委員会(GLOBAL SUSTAINABLE TOURISM COUNCIL:GSTC)が STI を包含した持続可能な観光のための 基準を策定した。この GSTC による基準は複数の国で自国語に 翻訳され世界的な広がりを見せている。日本においては NPO 法 人日本エコツーリズムセンター等が翻訳5)するとともに,日本 での適用に向けた広報活動を行なっている6)  しかしながら,UNWTO のガイドブックは指標開発の段階は 詳しく書いているものの,開発した指標をどのように加工して, どのように評価に結びつけていくのか,さらにはモニタリングの 結果をどのように行動計画へと発展させていくのかが見えてこな いという批判がある2)。また,GSTC に対しては,世界共通で達 成すべき最低限の条件を示すものであり各地域固有の条件が抜け 落ちる可能性があるという指摘がある7)。Miller(2013)は,観 光がもたらす影響を測るシステムは多数存在し主流といえるシス テムは特に無いと,暗に UNWTO や GSTC によるモデルの限界 を指摘している8)  このような状況下,欧州委員会(EC)は欧州独自の基準を策 定するためのプロジェクト9)に取り組み,2013 年には「持続可 能な観光地経営のためのヨーロッパ・ツーリズム指標システム (ETIS:European Tourism Indicator System for the

Sustainable Management of Destinations)」を構築し,欧州内 の観光地での実践に着手した10)  ETIS は,既存の取り組みを評価した上で,GSTC の指標体系 を取り入れながらも中核的指標を 27 件に,それ以外を含めた総 指標数を 67 件に簡素化している。また,従来のようにカテゴリー 別の指標リストを提示するだけではなく,ETIS を適用するため の手引(ツールキット)を用意して,そこに意識啓発から継続的 な成長・改善に至る 7 つのステップを示している点が特徴的であ り,これまで世界的取り組みとして主流であった UNWTO や GSTC の指標モデルより改善されている11)  このように STI をめぐっては国際的な基準の提示が進められ ており,これに基づいた実践的な取り組み例や研究が複数報告さ れている12),13)ものの,日本における実践例は沖縄県が 2014 年 度から県全域を対象とした「観光成果指標」を導入した例にとど まり,観光地単位の導入例は見られない。研究面においても世界 的な動向のレビュー研究にとどまり,日本での実践例に基づく研 究は見られない。その原因としては,ETIS の提案までは STI 研 究が指標群の抽出と体系化を理論的に行うことに興味が向いてい たこと,その結果として示された指標群とその体系は理論的には 理解できるものの,実践の場で活用するには複雑かつ難解で,日 本での適用には極めて高度に感じられるためだと考える。  二神(2008)がモデルの課題を指摘した上で日本独自の理論と 方法論に基づいて持続可能性指標を適用する価値は十分あると断 言している2)ように,資源の保全と観光利用の両立が注目され る日本の代表的な観光地において,STI の活用を試み,その状況  *公益財団法人日本交通公社

持続可能性指標を活用した観光地管理に関する実践的

研究 ―奥日光をケースとして―

Practical Study on the Implementation of Tourism Destination Management by Using the Sustainable

Tourism Indicator A Case Study on OkuNikko

-寺崎 竜雄

 五木田玲子

 門脇 茉海

Tatsuo TERASAKI Reiko GOKITA Mami KADOWAKI

Abstract:STI - Sustainable Tourism Indicator - is to monitor the status of tourism destinations by presenting with multiple indicators, and by measuring as quantitative data. Examples have been reported on Australia’s Kangaroo Island and multiple areas in Ireland. This study, in an assumption that STI model was an effective method of a collaborative management of a tourism destination, experimentally implemented it to the area of Oku-Nikko, and verified its effectiveness and points of attention. Upon the process of setting STI, the local collaborators voluntarily participated in the discussions of specific items of measuring and methods of questionnaire survey, interested in the objective understanding of the statuses of tourists and tourism economy, and awareness of local residents. And in every occasion, we were able to form and accumulate a small consensus. As a result of status observation, we considered that STI model was effective in understanding and sharing the current status of the area and its issues, and as a communication tool upon discussions for the future plans as well as in building consensuses of some kinds.

Keywords:Sustainable Tourism Indicator, Tourism Destination Management, Consensus-building, Collaborative Management, Monitoring キーワード:持続可能性指標,観光地管理,合意形成,協働型管理,モニタリング

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を基にした日本の観光地にふさわしい実践的な手法の開発が必要 だと考える。 (2)目的  このような背景のもと,本研究は日本の観光地における STI の活用手法(以下,STI モデル)を構築し,その試行的導入を通 してモデルの有効性を検証することを目的とした。  STI モデル本来の有効性は,観光地が持続可能であるか否かを 将来にわたり監視することにより確認されるべきものであるが, それは困難である。そこで,本研究では STI モデルの有効性を 地元住民や観光事業者や行政などの利害関係者(以下,地元関係 者)が持続可能な観光の重要性を理解した上で観光地の管理運営 に関与しようとし,多様な地元関係者が協働で地域の現状と課題 や将来像を共有し,必要な対策を検討しようとすることに寄与す ること,とりわけその過程における何らかの合意形成に STI が 重要な役割を果たすことと設定する。 2.研究の方法 (1)対象地  本研究における STI モデルの試験的導入の対象地を奥日光地 域14)とした。同地を選定した理由は,a)資源性や利用状況等 の概観から日本を代表する観光地としてふさわしいと判断したこ と,b)観光客が訪れる場所と地元住民の居住区が隣接しており STI に住民意識の項目をたてやすいと考えたこと,c)観光客を 対象としたアンケート調査実施の実績があり,この結果の活用が 地元関係者に対する STI モデル導入の説明の助けになること, そして何よりd)地元関係者を対象とした協働型管理に関するワー クショップの実施実績があり,この研究の推進に不可欠な地元関 係者を特定するとともに,コミュニケーションのきっかけを比較 的作りやすいと考えたこと,による。  先行事例における STI モデル導入のきっかけには,具体的な 問題に対して喫緊の対応の必要性が地元関係者間で共有されてい たケース15),STI モデル導入の希望地域を公募するケース16) 政府レベルが誘導したケース17)が見られるが,いずれも初期段 階における地元関係者への説明や動機付けが容易だったと想定す る。本研究は,研究を目的とした試行要素がありながらも地元関 係者とともに着実な取り組みを進めるために,c)とd)の理由 は重要であった。 (2)方法  奥日光地域に適用する STI の体系と適用過程を包含した奥日 光 STI モデルを構築するために,ETIS 開発の中心メンバーであっ たサリー大学の Graham Miller 氏にインタビュー調査を行ない, STI モデルの開発と適用に関する助言を得た。この調査は 2013 年 12 月にロンドン市内で実施した。加えて,ダブリン工科大学 が自国内の複数箇所での STI モデルの適用を通して開発した DIT-ACHIEV モデル18)を参照するために,同モデルの共同開 発者の一人である Kevin Griffin 氏に加えて,この対象地である Killarney と Carlingford の関係者にインタビュー調査を行なっ た。この調査は,2014 年 10 月に現地に出向いて実施した。DIT-ACHIEV モデルの調査は,Graham Miller 氏の助言による。  これらの調査結果等を参考にして,STI 体系と適用手法で構成 される奥日光 STI モデル案を構築した。なお,地元関係者の理 解促進と本モデルの検証への賛意を得るために,奥日光 STI モ デルへの取り組みを親しみやすい言葉で表現することが重要だと 考え,これら一連の業務を「奥日光健康診断プロジェクト」と名 付けた。  モデルの有効性の検証は,研究対象地の地元関係者に STI モ デルへの取り組みを持ちかける段階から,STI を決定し,その後 に向けた工程を検討する段階にいたるまでの地元関係者の態度の 参与観察により行った。調査期間を 2014 年7月から 2016 年 12 月までと定めた。  なお,STI 値の計測のために行う各種アンケート調査に必要な 経費は,筆者が賄うこととし,地元関係者には可能な範囲での調 査協力を依頼した。 3.奥日光 STI モデルの構築 (1)留意事項の整理  既存研究の調査や,先行例のインタビュー調査をもとにして, モデル設定時に次のような留意点を確認した。  Graham Miller 氏からの助言は,指標はシンプルにする,指 標は観光地固有の課題に対するものと標準的なものとで構成する, 指標数は少ない方が管理しやすく少数から始めて徐々に数を増や していくことが望ましい,全容が把握できるシステムが望ましい が包括的になりすぎて管理不能にならないようにする等,指標体 系に関する事項を中心としたものであった。  Kevin Griffin 氏は,技術的な面として,多様な地元関係者か ら構成する話し合いの場を設定すること19),このモデルを適用 しようとする研究者は地元関係者と直接話し合うとともに,地元 関係者に当事者意識を持ってもらうようにすること,地元関係者 に分かり易い簡易な表現や,比喩を用いることがとりわけ重要な 留意点であることを解説した。加えて,このモデルの意義は,過 程やプロセスに重点をおくものであり,STI 値の測定に重点をお くものではないことを強調した。 (2)地元関係者による話し合いの場の設定  地元自治会長20)から,奥日光地域では観光振興や自然保護の 方向性の検討を目的とした地元関係者で構成する協議会が幾度も 設置されており,その時の状況を鑑みると,闊達な意見交換を行 うためには,いわゆる厳格な協議会ではなくゆるやかなネットワー クによる協働の場が望ましいという助言を得た21)  この意見を参考にして,既存の「奥日光ファン倶楽部22)」と 地元自治会を核としたネットワークを協働のための協議体とした。 なお,ここには「旅館協同組合」,「飲食物産店組合」,「交通事業 者」,「ガイド事業者」,「観光施設」のメンバーが含まれている。 これらの構成員を協議体メンバーと呼ぶ。 (3)指標群と指標体系  GSTC と ETIS はともに「観光地マネジメント」「経済的価値」 「社会・文化的影響」「環境への影響」の4項目を柱として指標を 体系化している。DIT-ACHIEV モデルでは「遺産」「インフラ」 「企業」「コミュニティ」「来訪者」「行政」の6つの観点から指標 を体系化している。この両者はともに理論的ではあるが,地元関 係者には堅苦しく,とっつきにくいと考えた。親しみやすく,か つ多様な立場の関係者に STI を理解し受け入れてもらうという 観点から,「観光客」「事業者」「住民」「資源」という簡易な4つ の主体を設定し,主体ごとに将来あるべき姿を検討する作業を通 して STI の候補となる指標を抽出し体系化することにした(図 -1)。 (4)作業の段階(ステップ)  奥日光地域での実践の段階的作業工程(以下,ステップまたは STEP)を ETIS と DIT-ACHIEV モデルを参考にして,次のよ うに設定した。 ・STEP-1(協議体メンバーの選出):協働型管理体制の中核と なりうる人物の発掘と動機付け ・STEP-2(協議体の設定):議論の場(関係者が集まる場)の 設定 ・STEP-3(指標の抽出):将来像の検討と,地域の状態を示す 指標の洗い出し ・STEP-4(指標値の収集):各指標値を示す既存データの収集。

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新たに指標値を測定するための調査票の作成 ・STEP-5(指標値の測定):新規データの収集(実査:観光客 調査,住民調査,事業者調査,環境調査)と集計,分析,結果 の共有 ・STEP-6(指標の絞り込み):指標の絞り込みとこの先も継続 して測定する指標(STI)の決定 ・STEP-7(指標値の評価):各指標値の評価 ・STEP-8(指標の目標値の設定):各指標の理想値(望ましい値, 望ましい範囲)の設定 ・STEP-9(対応策の検討):目標値達成に向けた対応策の検討 ・STEP-10(指標値の継続測定):モニタリング 4.取り組み経過と結果 (1)各ステップの取り組み経過  ステップごとの実施事項と結果は次の通りである。また,筆者 が行った地元関係者への対面による働きかけは表-1の通りであ る。なお,ここに記した他にも電話や電子メールや Facebook へ の書き込みによるコミュニケーションを頻繁にとった。 1)STEP-1(協議体メンバーの選出)及び STEP-2(協議体の 設定)  既存情報をもとにして地元関係者の数名を協議体の中核人材に 位置づけて,彼らの意見をもとに奥日光健康診断プロジェクトに 関わる協議体メンバーとして,行政からは栃木県職員,日光市職 員,住民代表として対象地域内に二つある行政区の各区長,観光 産業では宿泊施設の社員や飲食業経営者等,資源管理や環境保全 という立場では日光自然博物館職員,環境省が管理するビジター センター職員,ネイチャーガイド等をリストアップした。また, 協議体の役割の一部を奥日光ファン倶楽部が担うことを決めた。 中核人材に対して,より積極的な関わりを動機付けるために,他 地域における関連のシンポジウム等に奥日光代表という立場での 参加を要請した。 2)STEP-3(指標の抽出)  指標の抽出にあたり,奥日光地域の理想像,将来あるべき姿に ついての議論を重ねた。この時,指標体系として,あらかじめ奥 日光 STI モデルの中核概念として想定した「観光客」「事業者」「住 民」「資源」の4つの主体を提示したところ賛同を得た。次に目 標像の文案を作成し,協議体全員でのミーティング,関係者個々 に対するヒアリングを通して,それぞれの目標像を文書化し決定 した。ここで,指標を測定するために,観光客,事業者,住民に 対するアンケート調査を実施すること,その質問項目が指標に相 当する旨を伝えたところ,予め作成したアンケート項目案に,さ らに多くの事項が質問項目として追加された。そのため,この段 階における指標候補数は 112 件(観光客 52,住民 29,事業者 26,資源5)となった。ここで観光客の数が比較的多かったのは, 観光客の動態に関する既存調査が少ないため,興味事項がふくら むとともに散漫であったこと。逆に資源の数が比較的少なかった 理由として,既に環境保全に関わる検討会等が複数設置され,議 論が活発化していたために関心事項が端的であったことが指摘で きる。 3)STEP-4(指標値の収集)及び STEP-5(指標値の測定)  抽出した指標群のうち既存資料からデータが得られるもの23)は, その値を収集した。また,「観光客」「事業者」「住民」については, 多くの指標値をアンケート調査(表-2)によって測定した。「資 源」に係る指標値は,直ちに実測することが難しいため,当面は 住民や観光客の主観をもとにした値も用いることとした。なお, 各指標の測定の対象範囲は,日光市中宮祠と日光市湯元である。 4)STEP-6(指標の絞り込み)  実査の結果とあわせて整理した指標群に対し,協議体メンバー は数が膨大すぎてわかりにくいという拒否感を示した。先行研究 図-1 奥日光 STI モデルの概念図 表-1 地元関係者への働きかけのスケジュール

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においても「多すぎる指標は効果的な指標活用の妨げになる1) という指摘があることから,奥日光において最も重要な指標を STI として採用することを再確認し,指標の絞り込みを行った。 その際コンパクトで扱いやすい STI とするため,1つの理想像 に対して一つの指標に絞り込むことを原則とした。筆者が採用す べき指標候補案を整理した上で,協議体メンバーにリストを再提 示し,検討を進めた。その結果,アンケート調査結果の分析を通 して新たに浮かび上がった論点に関する指標も一部採択されたも のの,決定した STI の多くは調査票の設計段階から一貫して協 議体メンバーが重要だと指摘していた項目であった。指標数は 32 件(観光客 16,住民6,事業者6,資源4)になった(表-3)。  このうち資源に関わる健康診断項目の「本来の生物多様性が維 持されている」という理想像に対して「外来植物の生息数」を, 「美観が保たれている」という理想像に対して「環境保全活動数」 と「ポイ捨てゴミの数」を当初は指標として挙げていたが,指標 値の収集,測定ができなかったため,生物多様性を示す指標とし て「本来の生物多様性が保たれていると考える人の割合」を,美 観を示す指標として「美観が保たれている(もしくは,ポイ捨て ゴミが減った)と感じている人の割合」を新たに用いることなっ た。協議体メンバーの中には科学的な根拠を望む声も聞かれたが, 主観的な意見の集約にも意味があるという結論となった。なお, この値の測定は,指標の継続測定のステップで測定することとし た。 5)STEP-7(指標値の評価)及び STEP-8(指標の目標値の設定)  測定された指標値が望ましい値であるか否かを一部の協議体メ ンバーが評価した。しかしながら,理想値を実数で示した上で現 状を評価する手法は「自分の主観による評価はできるが,多様な 考え方があることを意識すると判断は難しい」「他の人はどのよ うな意見だったか聞かせてもらいたい」という,判断の難しさを 言うコメントが多く聞かれた。判断の参考として,過去の奥日光 地域における調査データや他地域における同類の調査データ24) を紹介したものの,これらの質問文や回答選択肢のスケールが微 妙に異なるため,参照データとしては利用できなかった。基準と なるデータがない中で具体的な望ましい値を特定することは困難 であると判断し,より緩やかな手法として3つの基準による判 定25)を促したところ,アンケート結果による各指標値が,概ね 表-2 実査の概要

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30%未満を「赤=NG」,30%以上 70%未満を「黄=まあまあ」, 70%以上を「青=OK」に判定するという基準が導かれた。この とき,協議体メンバー間で意見が分かれたときには,より厳しい 評価を採択することになった。 6)STEP-9(対応策の検討)  STI の評価が低かった事項をひきあげるための対応策,すなわ ち不健康な箇所に対する処方箋の検討を筆者と一部の協議体メン バーで試みようとした。しかしながら,短時間で解決できないこ と,予算措置が必要なこと,実行力を高めるために外部の協力者 との連携が必要なことも多く,研究期間内に結論をだすことはで きなかった。 7)STEP-10(指標の継続測定)  協議体メンバー間で必要性は確認したが,具体的な時期や方法 の検討はできなかった。 (2)地元関係者の態度変容の観察結果  地元関係者は,初期の段階ではこのプロジェクトによって何が 達成できるのかが理解できず戸惑っている様子であったので,プ ロジェクトの詳細を伝えようとするのではなく,奥日光地域の健 康診断を行うという表現で当面の実施事項を伝えたところ,賛意 が得られた。さらに話し合いを重ねることによって研究チームへ の信頼が醸成されてくる様子が観察された。  指標を抽出する段階では,健康診断の検査項目を皆さんで作り ましょうと持ちかけることによって,このプロジェクトへの求心 力が増大した様子が観察された。また,検査項目に相当するアン ケート調査の質問項目については,筆者が予め用意した質問項目 への修正意見とともに,新たに聞くべき事項についても積極的な 提案があった。  指標値の観測結果を報告する場では,一般的には退屈と思われ る観測値の羅列に対しても,真摯に耳を傾けてそれらを理解しよ うとする地元関係者の姿が印象的であった。加えて,健康診断が 済んだのであれば,次は処方箋を考えることが重要である旨の積 極的な発言も聞かれた。初期の段階よりも,さらに奥日光健康診 断プロジェクトへの強い関心と,参画意識が観察された。  指標測定値の評価では,自分自身の意見を表明する前に,他者 の意向を聞こうとする場面が散見され,協働への理解が示された。 あわせて,指標値の継続的な測定の重要性を指摘する声が多数聞 かれた。  他にも,例えば資源管理のことを比較的曖昧に考えがちだと思 われる観光事業者の多くもまたこの場の生活者として良好な自然 環境の持続,すなわち適正な資源管理を望んでいるという事実が 確認できるなど,関係者の相互理解が促進し,そのことに対する 安心感や満足感の醸成が観察できた。 5.考察 (1)STI モデルの有効性の検証  地元関係者の参与観察の中で見られた態度の変容や,時折聞か れた「これまで漠然と感じていたことが指標として数値化される ことによって,納得できる点も意外な点も含めて改めて地域の状 況を客観的に把握することができた。この地域の目標や取り組む べき内容が具体化された。」という発言から,奥日光 STI モデルは, 地元関係者の協働型管理への参画意識を前向きにするという点や, 小さな合意形成を重ねるという点において有効であることが明ら かになった。STI の活用は,観光地の管理運営における地元関係 者間のコミュニケーションツールとして有効であり,多様な地元 関係者が存在する奥日光地域における経過を見る限りにおいて, 他地域で適用した場合にも効果は発揮するものと考える。  ただし,観光地の管理運営モデルとしては,各ステップが循環 的に継続した上で評価されるべきであり,地元関係者による主体 的な取り組みが今後も継続された時に,有効なツールとして判断 されるべきである。 (2)STI 活用手法の構築  本研究の問題意識として,実践例に基づく研究が日本では見ら れない原因は,海外での STI 研究における指標体系は理論的に は理解できるものの,実践の場で活用するには複雑かつ難解であ ることを指摘した。本研究の特徴は,指標体系上の大分類を「観 光客」「事業者」「住民」「資源」という簡易な4つの主体にした ことにある。例えば国連世界観光機関(UNWTO)1)が提唱する 「社会的観点」「経済的観点」「環境的観点」「管理・運営的観点」 という区分より理解しやすく,このような身近な用語と主体とい う概念を用いたことが地元関係者の理解と興味を比較的容易に得 られた要因だと考える。また,地域の持続可能性とは「観光客」 「事業者」「住民」「資源」の4つの主体が欠けることなくバラン スがとれていること,という説明がわかりやすいことも考察され た。  このような指標体系の大枠とともに,STI 活用における段階的 な実施事項を提示し,あわせて次に記す適用の留意点を考察した ことは,本研究の貢献だと考える。  これまで日本での実践例に基づく研究は見られなかったが,こ のケースをきっかけとして他地域においても実践が重ねられて, 日本の地域特性に応じたモデルとして改良されていくことを期待 する。 (3)STI モデル開発と適用の留意点  奥日光 STI モデルの構築と検証を通して,STI モデルの開発 と適用における留意点を次のように考察した。 ・協議体の構成にあたり,最初に意欲と行動力のある中核人材を 見つけ,この中核メンバーの動機づけを図ることが重要である。 また協議体には多様なメンバーを含めることとし,メンバー間 のやりとりには窮屈さを廃して,できる限り緩やかなネットワー クにすると良い。 ・コミュニケーションは面談にこだわらず,SNS の活用や時に は懇親会を行うなど,多様な手法を用いることが重要である。 最初は小さなことから同意を図り,それを積み重ねると良い。 ・簡易な表現や言葉使いに心がける。例えば,「指標の測定」よ りも「健康診断」の方が地元関係者の意識に響くし,指標値の 「許容範囲を設定する」よりも「赤・黄・青による信号機判定」 の方が伝わりやすい。 ・指標の抽出と,それに伴う実査の質問項目の設定では,地元関 係者の提案を否定せず,出された案を可能な限り設問に取り込 むと良い。実査の結果を見ることによって,その指標が有意義 であるか否かが理解されることが多い。 ・STI モデルの実施にあたっては,地域に寄り添う専門家が必要 である。 (4)今後の課題  奥日光健康診断プロジェクトとして,STEP-8 までを計画通り に進めることはできたが,STEP-9 と STEP-10 までを実施する ことができなかった。両ステップの実施には,本研究の枠組みを こえた知見と時間が必要だと考える。 謝辞:本研究は,環境省の環境研究総合推進費(4-1407)の助成 を受けて実施した「持続的地域社会構築の核としての自然保護地 域の評価・計画・管理・合意形成手法の開発」のうちのサブテー マ5「国立公園の観光振興の到達度評価手法の開発」の一部とし て行ったものです。本研究を進めるにあたり,東京農工大学の土 屋俊幸教授を代表とするこの推進費による研究チームの皆さまに は,数多くの助言をいただきました。また,研究対象地として快 く迎えていただいた奥日光地域の皆さま,とりわけ奥日光ファン

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倶楽部,中宮祠自治会と湯元自治会の皆さまには,研究へのご協 力にとどまらず的確な助言,そして多大な励ましを頂き大変お世 話になりました。この場を借りて,こころより感謝申し上げます。 補注及び引用文献

1) World Tourism Organization (2004) : Indicators of Sustainable Development for Tourism Destinations- A Guidebook,World Tourism Organization

2) 二神真美(2008):観光における「持続可能性」指標の開発に関する 一考察:NUCB journal of economics and information science 53 (1),151-166 3) 二神真美(2013):観光分野における持続可能性指標開発の系譜:観 光文化 216,9-13 4) 中島泰・清水雄一(2013):世界観光機関(UNWTO)による持続可 能な観光のための指標を活用した観光地の管理・運営の体系-概要と 国内導入への展望:観光文化 216,14-20 5) 堀信太朗,他訳:グローバル・サステイナブル・ツーリズム協議会規 定基準:NPO 法人日本エコツーリズムセンターホームページ <http://www.ecotourism-center.jp/img/kankouti.pdf>, 2016.12.23 参照 6) 例えば,NPO 法人日本エコツーリズムセンター主催による「サステ イナブル・ツーリズム国際認証秋田フォーラム(2017)」:NPO 法人 日 本 エ コ ツ ー リ ズ ム セ ン タ ー ホ ー ム ペ ー ジ   < h t t p : / / w w w . ecotourism-center.jp/article.php/forum170206>,2016.12.23 参照 7) 中島泰(2016):持続可能な観光のための指標研究~欧州における事 例研究との比較から:観光文化 228,41-47

8) Miller, G (2013) : Examples of Systems of Indicators for Sustainable Tourism:観光文化 216,21-27 9) プロジェクト代表者は,サリー大学の Graham Miller 氏。前掲8) の著者 10) サリー大学の Graham Miller 氏へのインタビュー調査による(2013 年 12 月 2 日実施) 11) 二神真美(2014):持続可能な観光地マネジメントのための総合的指 標システム-欧州連合の取り組みを中心に:NUCB journal of economics and information science 59(1),217-230

12) Miller, G. and Twining-Ward, L. (2005) : Monitoring for a Sustainable Tourism Transition: The Challenge of Developing and Using Indicators :CABI Publishing, Oxon

13) G r i f f i n , K . , M o r r i s s e y , M . a n d F l a n a g a n , S . ( 2 0 1 0 ) : Implementation of the DIT-ACHIEV Model for Sustainable

Tourism Destination Management: Killarney, Ireland, A Case Study :BEST Education Network Think Tank X: Networking for Sustainable Tourism, Modul University, Vienna, Austria, 2010 14) 日光国立公園のうち,いろは坂以西。主な観光資源として,華厳の滝, 中禅寺湖,戦場ヶ原,男体山,湯元温泉が立地する。 15) 例えば,オーストラリアのカンガルー島における KI-TOMM モデル。 「寺崎竜雄(2013):オーストラリアにおける指標を活用した観光地 の管理運営モデル:観光文化 216,7-8」を参照 16) 例えば,ETIS。 17) 例えば,後掲 18)の DIT-ACHIVE モデル。

18) Sheila Flanagan and Kevin Griffin:Putting the DIT- ACHIEV model into practice: Dublin Institute of Technology http //dit.ie/ dit-achiev/。筆者らの研究目的に合致するものとして Graham Miller 氏が強く推薦したモデルである。

19) 例えば,Killarney では,Killarney Chamber of Tourism and Commerce(キラーニー観光商工会議所),Killarney Town Council (キラーニータウン議会),Kerry County Council(ケリー州議会), Killarney National Park(キラーニー国立公園),Muckross House Trustees(マクロスハウス),Irish Environmental Protection A g e n c y ( ア イ ル ラ ン ド 環 境 保 護 庁 ), N a t i o n a l T o u r i s m Development Agency, Fáilte Ireland(アイルランド観光庁),IHF Irish Hotels Federation(ホテル業界団体),An Garda Siochána(地 元警察),O‘callaghan Tours(新規ビジネスオーナー),KDYS Killarney(非営利団体:地元の若者への指導等)の代表者及び DIT (ダブリン工科大学)の研究チームから構成されている。 20) 奥日光地域には「中宮祠」と「湯元」の二つの自治会がある。 21) 表-1の 2014/7/28 の実施事項に相当。 22) 栃木県職員の働きかけによってつくられた,奥日光を楽しいところに しようという地元の人たちによる,ゆるやかな集まり。 23) 例えば,「観光」の観光入り込み客数,「事業者」の事業者数,「住民」 の世帯数,「資源」の水質。 24) 例えば「五木田玲子(2012):国立公園の利用者意識に関する研究: 観光文化 215,28-30」に記載のある奥日光,知床,上高地,立山を訪 れた利用者への意識調査の結果や,「福永香織(2012):観光に対す る住民意識に関する基礎的研究:日本観光研究学会第 27 回全国大会 論文集,321-324」におけるデータ等を活用した。 25) DIT-ACHIVE モデルで採用されている信号機判定。信号機になぞら えて指標値を,青=OK,黄色=まあまあ,赤=NGの3段階で評価 する。 (2017.01.08 受付,2017.10.11 受理)

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