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片山令子の詩を読みとく ―詩のモチーフと身体との重なり―

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片山令子の詩を読みとく

―詩のモチーフと身体との重なり―

宇佐美 奈麻子

はじめに

片山令子(1949-2018)は一般に、絵本や児童書を書いた作家として知られてい る。夫である片山健をはじめとする画家やイラストレーターたちとの共著作品が、多 くの読者に親しまれてきた。しかしそれ以前に、片山はなによりもひとりの詩人であ り、筆者は長いあいだ、その詩からたくさんのものを得てきた。今回の研究ノートで は、これまで先行研究が存在しなかった片山令子の詩に光をあてて、片山の詩の特徴 や人生観を読みといていきたい。全体をとおして、詩のおもなモチーフと身体とのイ メージの重なりについて述べるが、そこから一歩踏みこんで、片山の詩論も考察した い。

片山は、個人詩誌のリーフレット『深い深い夢はわれわれを見る』( 1 〜10号、1984- 1988)、『エンジェル』( 1 〜11号、1990-2002)、『ひかりのはこ』( 1 〜 9 号、2005- 2018)を定期的に発行していた。いずれも、個人的に郵便で送られるかたちをとって おり、当初は片山の知人のみに宛てられていたが、やがてその詩を求める読者にもひ ろがっていった。したがって片山の詩作活動は、私的なものだったといえる。片山 はエッセイ「リーフレットにそえて」(『惑星』194-195)でこう述べている。「森のみ ちをとおって一部屋だけの小さい家を持ち、そこへ帰ってほっと一息するような場所 がリーフレットでした」。そして、軽やかな詩誌という形態について、「Leaflet とは 折りたたみ式の簡単な印刷物の意味ですが、リーフ、葉っぱ、ということだとずっと 思ってきました」と説明している。片山は、森の奥から知人・友人たちに手紙を出す ように、言の葉をひっそりと送り続けていたのである。こうした私的な領域にある詩 には、片山令子の独自の世界がつまっている。しかしそれは自閉した世界なのではな い。詩集『夏のかんむり』(村松書館、1988)のあとがきで片山は述べている。「詩は 地図だと思う。詩のことばそのものは、ただ文字がまばらにならんでいるだけのも の。地図がそこへ行くひとにしか意味がないのと同じだ。でも、そこへ行ってみよう というひとがあらわれると、地図は急に息を吹き込まれ、きれいに曲がった道や、聖 らかな切り通しや、秘められた沼のありかを教えてくれる」(118)と。

研究ノート

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片山が個人詩誌とは別に商業出版した詩集は、『贈りものについて』(書肆山田、

1984)、『夏のかんむり』(同上)、詩画集『ブリキの音符』(白泉社、1994/アートン、

2006復刊)、『雪とケーキ』(村松書館、2009)の 4 冊である。本稿では、『ブリキの音 符』『雪とケーキ』『ひかりのはこ』( 4 〜 5 号、2011-2012/ 6 〜 8 号、2014-2016/ 9 号、2018)の詩を中心に引用し、死後出版された貴重なエッセイ集『惑星』(港の人、

2019)からも多くヒントを得ながら、詩の解釈を試みる。今回は、モチーフのなかか ら身体のイメージと呼応する、「雲」「鉱物」「太陽」を選んで詩の特徴をみていくが、

「太陽」は片山の詩論とも深く関係しているため、最後の章で扱っている。

1 .詩のモチーフと身体との重なり

片山の詩によく登場するモチーフには、石・鉱物・水晶・雪・水・露・霧・雲(白 い雲)・空(青空)・泉・音楽・天使・太陽・ひかり・黄き ん金色・百合・包むことなどが ある。詩の特徴として、こうした自然のモチーフ(遠くのもの)と身体(身近なも の)とが、片山の五感(おもに触覚)をとおして重ねあわされる作品が多い。

1-1.水の粒としての雲

片山にとって雲は、水の粒(科学的な面)と面影(文学的な面)を秘めたモチーフ であるようにみえる。そこには、雲と身体の親和性、憧れとあたらしさ、水が蒸発し てできる雲の性質と短い表現形式の詩がもつ軽やかさなど、そのどれもが絡みあって いる。なかでも詩「雲の縁」(『雪とケーキ』52-53)には、その特徴があらわれてい る。

あの白い雲の縁にさわれたらいいな/青い空にくっきり形をつくり/立っている 白いひとのような真っ白い雲。//きっとあの白い雲の縁では水の粒の/ひとつ ひとつがふれあって/音を立てているんだ。/だから今日はさわることの出来な い/はるかに遠い空の/白い雲の縁にさわるように/テーブルの上の李すももにさわろ う。//青い空にくっきりと白い/雲の縁にさわるように/指先の丸みや 膝の 丸みに/さわってみよう。/音を立ててわきあがるわたし。/たえず形を変える  雲のように。

この詩は、身近な李や皮膚の輪郭が、触覚によって、遠い雲の縁と重ねあわされ、

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その輪郭が空の彼方へとおしひろがっていく感覚を読者に与える。端的にいえば、李 と身体は、雲と青空そのものになる。それはたとえばマグリットの絵にあるような、

鳥やひとのかたちの輪郭内に青空を宿しているイメージと似ている。ある物質の輪郭 が境界のない外界へとつながるとき、重さのある日常や身体から心はほんの少し軽く なり、足どりも軽やかになる。こうした詩がもたらす働きを、片山はつぎのように述 べている。「詩は、薬です」(『惑星』146)、そして「短くて小さくて身軽です。それ なのに、ある時、とても大きな働きをします。私は、そこが好きです」(152)。

片山にとって雲(白い雲)のモチーフには、どんなイメージが重ねあわされている のだろうか。詩「あたらしい雲」(『ブリキの音符』11)にはこう表現されている。

「胸がすっかり透けてしまったひとはおきあがらない。もう歩いていくこともなく なって、よく晴れた日の真っ白い雲のようにきえていく。胸にしみるもの、そのもの になって。憧れていたもの、そのものになって。/だが憧れはのこり、そこからまた 白い雲はわきあがる。あたらしい雲は空のはしからあらわれて、空のまんなかにの ぼっていく」。雲は、憧れやあたらしさの象徴であり、もうこの世にはいないひとの 面影でもある。もっといえば、面影よりむしろそのひととして、雲をとらえている。

つまり、雲を形成する水の粒と体内をめぐる水が同義であり、遠くのものと身近なも のとが、片山の五感をとおして結ばれているのだ。

また、詩「水の粒たち」(『ブリキの音符』21)では、「むかし、水を包んだ隕いんせき石が たくさんぶつかって来て、蒸気になり雲になり、雨になってふって来た。それが始ま り。/ひとも、その時の水でできている。水を包んでいるもの。それがひとのかた ち。蒸発しやすい水の粒だ。/ひとの水の粒は、ころがって遠くまでいく。もどって 来たり、砕けてしまったり、砕けた粒は水蒸気になり、雲になる。それから成せいそうけん層圏の ベッドで少し休み、なつかしい道や、街や、花をぬらす雨になってもどって来るの だ。ある時は、もっと親しげな白い霧になって」と書いていることからも、隕石(含 水鉱物)・雲・霧・雨・露・雪(結晶)というふうに転々と相を変えていく水がわた したちの身体と共鳴していることを、片山は日常のなかで感じとることができた。詩

「コップのように」(『雪とケーキ』57-60)はその代表である。

コップの水が蒸発し/空の雲になって/コップを思い出している。//わたしの 中の水が蒸発し/空の雲になって/わたしを思い出している。//あんなに遠く にあるのに/それが分かる。//わたしはコップ/ところどころ透きとおった/

ピンクマーブル色の。//コップの中には/ダージリンティー/ミントティー/

カンパリソーダが注がれて/コップは水の粒だけを/空に返す/きれいな水だけ を。//部屋にひとりでいる時も/空と結ばれている。//木にさがる/オレン

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ジのコップ/畑にころがる/西瓜のコップ。//わたしはコップ/明るい夏の日 の午後/カフェの椅子に座っていると/つめたいミネラルウオーターが/注がれ る。/遠い日に/長い時間をかけて生まれた水/鉱物の中をとおりぬけた水が/

触る。//雲が生まれる/音が聞こえる。

目の前のコップに注がれた水と「わたし」の体内をめぐる重い水が共鳴し、蒸発し て、空の雲になる。コップの輪郭と「わたし」の皮膚は同化している。コップである

「わたし」は、人間界を離れて、きれいな水だけを空に返す。蒸発した水の粒は雲に なり、雨が降り、鉱物にしみて、めぐりめぐってミネラルウオーターとなって、ふた たび「わたし」の身体をうるおす。

詩「降りてゆく大地」(『夏のかんむり』102)にも似たような一節がある。「思い出 す/昔からの古い友だち/それらは かたちを失い溶けて/石の中の細かい網の目の 中の/幾億年も続いているわたくしの生命の水の樹の幹や枝をとおり/いま肩をぬら している。/ああわたしは喉が渇いていたのだった。/もう誰のものでもない記憶の 水は/悩ましい有機体の性質をのがれて/清冽なまたそっけないおいしい水になって

/ここに転がっている生命をいやす」。雲になってしまった古い友だちは、めぐりめ ぐって誰のものでもない記憶の水へと相を変え、命からがらになった「わたし」をう るおす。

くり返しになるが、「雲の縁」と「コップのように」の詩に共通していることは、

皮膚の輪郭が境界のない空へとおしひろがっていく感覚によって、重さのある日常や 身体が多少なりとも軽くなり、気楽になることである。片山の詩句でいえば、「なや みおおいひとの時間の外」(「百合の時間」『ひかりのはこ 7 』 2 )へと読者を連れだ すことである。このような重力から自由でいられる水と空の空間について、たとえば 堀切直人は『石の花』(沖積舎、1985。装画は片山健)のなかで述べている。

私たちは、明瞭な輪郭によって互いに截然と分離された数知れぬ事物に取り巻か れ、重力の逃れがたい支配を受けて生きている。けれども、私たちの周囲にも、

各々の事物がくっきりした輪郭を崩され、堅固な形態を失い、重力の支配から自 由となる例外的な場がまったく認められぬわけではない。私たちの頭上にひろが る、雲の浮かぶ空の空間と、私たちの足許に横たわる、池や堀や川のような水の 空間とが、すなわちそれである。/眼の前に満々とたたえられた水をながいあい だ凝視していると、私たちはやがて軽い夢幻状態におちいる。そして、その夢幻 状態のさなかで、周囲の事物が形態を失ってゆるやかに漂い出し、互いに混じり 合い溶け合うのをまのあたりにする。そのとき、私たちのからだは重力の軛くびきを脱

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れて、軽やかに宙に浮びあがる。そのとき私たちの心は、水沫のように結ぼれて は消え、結ぼれては消えし、因果律の拘束を免れて刻々に変容してやまぬ様々の イメージの群れの訪れを受ける。

(「夢中飛行」133-134。ちなみに堀切の『迷子論』(村松書館、1981)の装画と、

片山令子の短篇集『わすれる月の輪熊』(同社、同年刊)の装丁も片山健が担当 している。)

堀切のいう酩酊的な「夢幻状態」は、片山の詩の特徴である、遠くのものと身体と が共鳴するイメージの重なりとよく似ているが、少し違うようにも思う。むしろ「幼 年期には水の世界や空の世界とこの地上の世界とを自由に往還する能力をそなえてい た」(134-135)という指摘のほうがあっている。李や膝の丸みに「さわる」触覚や、

「部屋にひとりでいる時も/空と結ばれている」という片山の感覚は、一方的に空に 溶けこんで消えてしまうようなものではなく、確かに存在している身体を意識させる ものである。

1-2.乾いている性質としての鉱物

たとえば、詩「ダイヤモンドの夢」(『雪とケーキ』14-15)では、身体(唇)と鉱 物(ダイヤモンド)の出合いを例に、触覚によって世界を認識していく幼年期のイ メージが描かれている。

あけがた夢を見た。両方のポケットに手を入れると、何かひんやりとした硬いも のがあって、それはびわの実ほどの大きさの細長いダイヤモンドの結晶だった。

/ふたつは、少し形がちがっていて、左右の手の平のくぼみにちょうど入る。/

わたしは結晶のそのなめらかさや温度を確かめた。唇のりんかく、その稜線です こしふれる方法で。そうだった。小さい頃からはじめて見るものを確かめる時 は、いつもこうしてきた。きっと生まれた時も。母乳という食べものをもらうま えに、出来あがったばかりの唇のりんかくでさわり、自分のまえにふくらんでい る世界の、なめらかさや温度を確かめた。/ダイヤモンドの稜線と唇の稜線が触 れる。硬い結晶と柔らかい結晶が触れる。たがいに何者であるかを確かめるため に。/夢を見たのは誕生日の、ちょうどわたしが生まれた時刻。すずしい夏のあ けがたの。

この詩において注目したいのは、触覚がもたらす、世界との融合でも隔たりでもな

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く、身体と鉱物の親和性である。人間界と鉱物界の関係性と言い換えてもいいだろう か。片山が鉱物に対して憧れとともに抱いているイメージとは、感傷を寄せつけない 結晶という、乾いている性質の美しさである。

たとえば、片山は『十力の金剛石』の書評のなかで、「賢治は彼の感受性という飛 行機に乗って、「ポシャポシャ霧の降っている」日常の有機生命領域を離れて、ルビー や、トパァズの雨が降る、鉱物界へと飛び立っていく」(『惑星』13)と説明してい る。つまり、湿った人間界から乾いた鉱物界への脱出である。これは稲垣足穂が『水 晶物語』で述べているところの、「感傷排撃」(『鉱物』39)の精神とおなじである。

続けて片山は、自分自身と鉱物のつながりについても記している。「川はまるでひ との血管のようだった。/イギリスを飛び立ってから、ずっと地上をみおろし続ける わたしに、隣に座っていたスコットランド人の地質学者はいった。/「あなたの血

……。わかりますか? この血の赤い色は、宇宙から地球におちてきた、隕石にふく まれていた鉄の赤なんです」/一度離れることで、あたらしく結ばれること。隕石と 赤い血が、川の流れと血管が思いもしなかった方法で結ばれること」(『惑星』12)、

「飛行機のなかで隕石の話をきいた時、このからだが、空の中に浮かんだ赤い血の色 の、透きとおる鉱物のように感じられた」(15)。このエピソードは、体内をめぐる液 体の血(隕石の鉄)から、乾いた結晶(鉱物)へと身体意識が変化することであり、

身体と鉱物の親和性を物語っている。

また、片山は涙もろい自身の性質を顧みて、「きっと小さい頃から泣き虫だったん だろうなと思っていた」(10)という。しかし、子ども時代のお手伝いさんから「泣 かないからぜんぜん手がかからなかった」という証言をおとなになってから耳にし て、「本来持っているわたしの質、原形は、もしかしたらこんな乾いた感じなのかも しれないと思い、聞いたその日から、あたらしいわたしがはじめからやり直される 感じがした。/だんだん原形にもどっていくような気がしたのだ」(11)と述べてい る。自分の原形が鉱物のように「乾いた感じ」であることの再発見は、心理学的にみ れば「傷つけられた無意識が意識にむかって要請する自己治癒への促し」(堀切、『石 の花』16)と読めるのかもしれない。

乾いている感覚は、「ふれる」「さわる」ことによってはじめて認識されるものであ る。「雲の縁」や「ダイヤモンドの夢」の詩で指摘したように、詩のモチーフと身体 とのイメージが重なるきっかけになるのも、触覚をとおしてである。そのことに注目 すると、詩にあらわれた細やかな身体感覚の意識は、片山がダンスを習っていたこと とも深く関係しているように思われる。

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2 .詩の形式とダンスの軽やかさ

片山は、舞踏家の邦千谷と笠井叡に長年師事していたという。ふたりの師の共通点 を「果物のように外側が乾いているところ」(『惑星』98-99)と表現しているのは、

どういう意味なのだろうか。エッセイには詳しい説明は書かれていないが、詩「霧と オルガン」(『夏のかんむり』93)のなかにはこんな一節がある。「枝の先の果実よ/

その内は湿り/外は乾いている。/内から外へたちあがるかおり/かおりは遠い声で ある。//かなしいことは涯しがなくて/それが乾いてゆくときに/ものみなきわめ て上質の/かおりをたてるようだった」。また、詩「苦くて高い香り」(『ひかりのは こ 8 』3-4)には、「高い香りをたてるものは/少し苦い香りがする。/さまざまな 出来事が/ゆっくり通り過ぎたならば/あるいはまだそばにいても/これからもずっ と/ここにいる苦みに/高い香りを結びつけること。/香りには形も重さもないから

/感じる力が失われていると/気づくことが出来ない。/ほんとうは苦みこそが/高 い香りを生む/はじまりだったのに」とある。

内(苦み・重さ)と外(高い香り・軽やかさ)を自分のなかで結びつけること。片 山にとってその方法とは、短い形式の詩を書くこと、軽やかに踊ることだったのでは ないだろうか。たとえば、笠井のダンス論で述べられている「触覚体験」と「身体意 識」の関係性は、片山の詩作において、モチーフと身体とのイメージが重ねあわされ るメカニズムを教えてくれる。

2-1.触覚による意識の変容

笠井は『カラダという書物』(書誌山田、2011)のなかで、「なぜ人間は「意識的な 動きとしてのダンス」を行うのか」(226)について書いている。それには因果関係や 時間軸上の死ではない、ダンス特有の「第二の死」というものが深く関わっていると いう。まずは、笠井が触覚を「痛み」としてとらえていることを理解する必要があ る。

笠井は、五感において「触覚は他の感覚器官を生み出す原感覚」(33)と位置づけ ている。たとえば「視覚は「目で触れる」こと、聴覚は「耳で触れること」」という ように、五感を結びつけているのは「触」であり、原感覚である触覚は、自己(内)

と世界(外)を区別する境界面を形成している。この分離によって「自己感覚」や

「存在感覚」が生じてくるが、それは以前に「全体と一体になって宇宙に広がってい る自己存在」(253)があってのことで、「触覚体験」はそれを呼び覚ましているにす

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ぎないという。触覚とは、物質を「内部から知覚し」「認識する」(54)ことであり、

笠井はこのことを「小さな痛み現象」(258)と名づけている。痛みとは「具体的に何 か物でカラダを傷つけるような痛み」(231)ではなく、「ある身体の場所に過剰に意 識が集中すること」(230)であると説明している。

またダンスにおいては、「「運動するカラダを意識するということ」自体、一つの

「意識の痛み」」(231)であるという。この「小さな痛み」の連続である「意識の痛 み」を身体の隅々まで行き渡らせることによって、次第に「身体意識が消滅する」

(230)というのである。つまり、笠井が理想とするダンスにおける死(第二の死)と は、飽和状態の意識によって、無意識をも意識する試みといえるだろう。それは「人 間が宇宙、自然、カラダと「融合する瞬間」」(54-55)であり、そこに無限性・可能 性・全体性を見出すことができると笠井は述べている。

さて、片山が身体感覚を意識する場合はどうだろうか。触覚をとおして、遠くのも の(詩のモチーフ)と身近なもの(身体)とが重ねあわされることで、対象と自分が

「あたらしく結ばれること」。それによって「あたらしいわたしがはじめからやり直さ れ」、「だんだん原形にもどっていく」ことである。こうした現象は、死というよりむ しろ再生ではないだろうか。また、「ここにいる苦みに/高い香りを結びつけること」

は、自然にできるものではなく、みずから志向することであるに違いない。重力から 軽やかであろうとする姿勢は、片山の多くの詩から読みとれるし、詩作活動そのもの が片山にとってのダンスでもあったといえるのかもしれない。

ダンスがもし、身体の重さから自由になり、遍在する意識体になるための運動だと するならば、そこには軽やかさへの憧れがある。片山が読んでいたジョルジュ・バタ イユの『ニーチェ覚書』に、「すべての重さが軽くなり、肉体が舞踏家になり、精神 が鳥になること」(78)という一節があるように。片山がふたりのダンスの師につい て「果物のように外側が乾いている」と形容していたことは、高い香りを身に纏う人 物であったことのほかに、なめらかな皮膚をもつ身体と含水鉱物との類似を教えてく れる。それは、内側に水を秘めていながらも外側は乾いている性質であり、身体運動 であるダンスと鉱脈を掘りすすめる鉱夫の労働もまた、ひたすら手足を動かす点で似 ている。両者の身体は汗をかくが、ぐじぐじした湿っぽい内面からは自由である。

乾いていること、軽やかなこと。これこそ人間関係と詩作において、片山が大切に していた価値観なのである。

2-2.軽やかさのなかの幸福

片山の詩の特徴として、詩のモチーフと身体とのイメージの重なりをみてきたが、

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もうひとつの特徴がある。それは、箴言のような詩句が織りこまれていることであ る。『ぽかん 07』(ぽかん編集室、2018.6)に寄せたエッセイ「大学ノートに万年筆 で」で、片山が「今使っている創作ノートの最後のページに抜き書きしてある文は、

ボルヘスと内村鑑三とニーチェです」(10)と述べていることからも、凝縮した短い 言葉によって行間を読ませる手法は、詩のスタイルに影響しているといえるだろう。

『ぽかん』の編集者である真治彩は「a poem as an amulet――片山令子さんのこと」

のなかで、片山とやりとりした手紙の内容に触れている。片山が真治に宛てた文章に は、ニーチェ『ツァラトゥストラ』(手塚富雄訳)のつぎの引用があった。「まさに、

ごくわずかなこと、ごくかすかなこと、ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ、

一つの息、一つの疾過、一つのまばたき――まさに、わずかこそが、最善のたぐいの 幸福をつくるのだ。静かに」(『ぽかん』74、中公文庫446)。片山の詩を形容するな ら、まさにこの一文だと思う。詩「笑うきもち」(『雪とケーキ』6-8)にはそれがよ くあらわれている。

ひとは急に/眼にみえなくなってしまうほど/かるくなるので/みんな とても おどろく。/おどろいて悲しみ/重くなり/かるくなったひとから/もっと遠く 離れてしまう。//生きていると/ひとはいろいろな/おもしろいことをする。

/もう いないひとの/おかしさを思い出し/笑うと/わたしたちは/かるくな り/はんたいに/見えなくなったひとは/見えないまま/重さをとりもどす。/

たとえば/それは/ひと粒のプラムの重さ/肩につもる雪の重さ/手袋の重さ。

「ひと粒のプラム」「肩につもる雪」「手袋」という、身のまわりにあるありふれた ものが、こんなにも美しく軽やかで優しいものとして感じられるとは。もういないひ との存在が重くのしかかるのではなく、その姿を変えて、わたしたちのまばたきのあ いだにそっと訪ねてくれていると思うと、しあわせな気持ちになる詩である。ここで も、遠くのもの(もういないひと)と身近なもの(ひと粒のプラム・肩につもる雪・

手袋)とがイメージによって重ねあわされている。片山が尊敬する詩人のひとり、北 村太郎の詩について述べているように、「軽さの中に、胸にしみてくるようなもの」

(『惑星』97)が片山の詩にもあると思う。

片山は詩作にあたり、創作ノートに何度も書きとめている言葉があるという。それ は、ボルヘスの『詩という仕事について』からの一文である。「私の信ずるところで は、生は詩から成り立っています。詩はことさら風変わりな何物かではない。いずれ 分かりますが、詩はそこらの街角で待ち伏せています。いつ何時、われわれの目の前 に現れるやも知れないのです」(『ぽかん』10、岩波文庫 9 )。つまり詩は、日常生活

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のなかでふとあらわれてくる軽やかなものである。本来、乾いていること、軽やかで あることへの憧れの裏返しにある日常とは、ときに息苦しい人間関係や湿った感情や らの重いものであるはずだが、片山が日々の暮らしのなかで掬いだす細やかなものた ちは、詩のなかでいつも光っている。詩「木にさがる飾り」(『夏のかんむり』51-55)

も「笑うきもち」に似て、かなしみが乾いていくような作品である。

ひとが突然いなくなって/もうやってこないとわかる時/その空間のまわりをあ るきながら/わたしたちは/ふだん口にしないことを/言ってみたりするよう だ。/言ってしまって/今日は変だといい訳をする/みんな なんにも/なくな りはしない/ほかのものに/変わっていくだけだ。/話したことのほとんどは/

ガムの銀紙や千切れた広告の切れはし/道に踏まれて塵になってゆくのだろうし

/その中のひとつやふたつを/誰かが憶えていてくれたとしても/すべて ひと は やがて一度/空間に変わるのだとすれば/天国とかキンモクセイとか子供と か/言ったわたしの言葉はどこへゆくのだろう/きえずに/どこかへ行くのなら

/きっと/木の枝と枝に/ひっそりと/さがっていたりするだろう。//千年の 昔から/ひとは/言いだしかねて/鬱蒼と重なる木の下をあるき/ほんとうのこ とのいくつかを枝にさげて/また知らぬ顔をして日々を暮した。/木の中に言葉 の飾りはわすれられ/月日の中のごく短い限られた日に/憶えているかと/その 姿をあらわしてくる。/たとえば/笹にさがる短冊 紙のくさり/枯れたやなぎ に咲く 紅と白の繭まゆだま玉/そんな祝祭の日の/安っぽくまた高貴な 飾りもののか たちをして/木の中に笑っていたりする。//こんなにも/くる日もくる日も/

言葉を交しているのだから/それがみんな/きえてしまうはずがない/わたしが 話した/思い出の 飾りのいくつか/やっとはずした/胸の飾りのいくつか。/

/たとえば/ナイロンの薔薇/白いモールの雪だるま/月日という木の中に/恥 じらい深く/わずかにゆれて/光るもの。

もういないひとの面影や願い、秘めた想いや言葉が、さまざまなかたちをかりて、

ふと日常を訪れる。ハレとケの重なりが「笹にさがる短冊 紙のくさり」「枯れたや なぎに咲く 紅と白の繭玉」と「ガムの銀紙」「千切れた広告の切れはし」といった 描写で掬いとられている。木にさがる飾りと胸の飾りとしての言葉は、風にゆられ、

遍在する軽やかさをもちながら、いま生きている片山のなかで結ばれる。そのことに よって、ほんとうは安っぽくなどない「ナイロンの薔薇」も「白いモールの雪だる ま」も美しく光るものとして、日常のなかであたらしく映るのである。

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2-3.軽やかさと存在の確かさ

「笑うきもち」や「木にさがる飾り」は、精霊の訪れのような詩といえるだろう。

読者の胸にのしかかっていた言葉や想いも、そっと風にはこばれていくような気がす る。『ツァラトゥストラ』にあったように、まさに「精神が鳥になる」のである。一 方で、ささやかな徴を日々のなかで感じとることができた詩人の存在の確かさも、詩 の向こうにみてとれる。この軽やかさと存在の確かさの同居は、ツァラトゥストラが

「重さの霊」(307-308)で語っていることとつながっているように思われる。

かれは、大地と生を重いものと考える。重さの霊がそう望む0 0のだ。だが、重さの 霊に抗して軽くなり鳥になろうと望む者は、おのれみずからを愛さなければなら ない――それがわたしの0 0 0 0教えである。/もちろん病患の者たちの愛で愛するので はない。病患の者たちにおいては、自愛も悪臭をはなつ。/人はおのれみずから を愛することを学ばなければならない、すこかな全まつたき愛をもって。――そうわた しは教える。おのれがおのれ自身であることに堪え、よその場所をさまよい歩く ことがないためにである。(中略)そしてまことに、おのれを愛することを学び 覚えよという命令は、きょうあすに達成できるようなことではない。むしろそれ は、あらゆる技術のうちで、もっとも微妙な、もっともこつ0 0と忍耐を必要とす る、最終的な技術である。/という意味はこうである。真に自己自身の所有に属 しているものは、その所有者である自己自身にたいして、深くかくされている、

地下に埋まっている宝のあり場所のうち自分自身の宝のあり場所は発掘されるこ とがもっともおそい。――それは重さの霊がそうさせるのである。

重さの霊とは、善悪を教える「多くの他者の0 0 0重いことばと重い価値の数々」(309)

のことだという。興味深いのは、そうした重さの霊のことを「境界石」(307)とニー チェが呼んでいることだ。「境界石」(Grenzsteine)とは、訳注によると「固定した 価値体系による差別観」(569)である。境界石という訳語の文字は、鉱石を思いお こさせるが、ここでは「大地」「場」という意味で使われている。はびこる固定観念 と読みかえればいいのだろうか。片山の言葉をかりれば、「俗物」「物質主義」「常に 数の多い方になびいて省みない者」「優しいふりをして人を傷つける、決まり文句」

(『惑星』195)などであろう。そこから距離をおき、自由(軽きもの)になるには、

「地下に埋まっている宝のあり場所のうち自分自身の宝のあり場所」を発掘するこ と、つまり自分を愛することを学ぶことだと、ニーチェは助言している。このよう に、軽やかであろうとする志向と自分自身であることは相互関係にあり、鉱脈のよう

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に深いところでつながっている。

片山の詩にも「石の絵本」(『夏のかんむり』33-55)という、隠された性質の宝石

(石)を自分自身に見立てて描いたものがある。「光をとおさない/原石の中に隠され た/透明な空の色の石を/砕きながらとり出してゆく時/わたしはそれを/すっかり 透明にすることを願わない/まわりの石をどんどんとっていって/しかしそれを残す こと/中に宝石をふくんだ/あたりまえの石をとり出すこと。(中略)わたしは/あ なたの/避けがたいさまざまの汚濁が/宝石のまわりにむしろしっかりと残り/どん なものにも犯されない透明な性質を/こころない眼から/守りとおすことを願う」。

この詩において注目したいのは、宝石を内包している石の意味である。片山の詩作 には、鉱物と石のモチーフがいずれもよくあらわれているが、石を選択するとき、む しろ人間的な意味をもたせているのである。たとえば、詩「温かい石」(『雪とケー キ』90-92)では、皮膚を石として表現している。「着ているのは/この温かい石だ。

/幾千年もまえの/なめらかな石の像に/触ったことがある。/しずかに冷たかった 石は/わたしの手のなかの火で/ゆっくり/温まっていった。//温かいのは/この 中に、/太陽があるから。/そして、生まれてから/きえてゆくまで、/なめらかな バラ色の/温かい表皮に/すきまなく すっかり/包まれて生きる。//太陽は/約 束する。/どのようなことがあっても/おわりまで、/あなたの中で/輝きとおす と」。片山にとって体温で温まる石は、鉱物界に属していながら、人間界に身を置く 自分のなかに「太陽」があることを思いださせてくれるものである。それはシンプル に自分自身の存在の確かさを教えてくれるものなのだろう。

このように片山の詩におけるモチーフは、観念的なイメージにとどまらず、触覚と いう身体感覚の意識につねに立脚してとらえられていることがわかる。

3 .太陽のモチーフと人生との重なり

太陽のモチーフと身体とが重なるイメージは、詩「暗闇のビロードと太陽」(『ひか りのはこ 7 』3-4)にも描かれている。

冬の日の太陽に顔を向け/手袋をとってひかりを浴びる。/太陽は空の中にひと つ/でも太陽は生きてきた日の/数だけあったのではないだろうか。/厚い灰色 の雲や悲しみの中にいても/一日にひとつの太陽があった。//紅いバラの花び らをつぶして/泉の水をまぜたような/わたしたちの川の中には/わるいものを 外に出してくれる/丸くて棘のある白い球体があって/太陽にそっくりだった。

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/生きてきた日の数だけある太陽が/金色のひかりの玉になって/いっしょにめ ぐっているとしたら。//包まれる暗闇のビロードは/夜ごとに深くつめたく/

柔らかくなっていくけれど、/生まれてからずっとここはいつも/明るい日向の 温かさだった。/それは太陽の火と/はるかアンドロメダ銀河の/向こうまで広 がるつめたい暗闇が、/ここで結ばれているから。//一日の髪にひとつ飾られ る太陽/そのひとつが欠けていても/今ここにはいなかった。/淡く沈む記憶の 中から/ある一日のことが思い出されるとき/懐かしいとき。/金色の金平糖の ような/小さい小さい太陽が/ほかよりもいっそう/眩しくひとつ輝きながら/

わたしの中をめぐっている。

この詩のなかで太陽のイメージは、 3 つに凝縮されている。天体としての太陽、体 内をめぐる白血球、金色の金平糖の記憶である。生命力の象徴でもある太陽のかたち や色からイメージが展開されていくが、そこには雲や鉱物のモチーフ同様、科学的な 面(恒星・白血球)と文学的な面(生きのびた年月・記憶)が美しく重ねあわされて いる。

また、片山がロウソクについて書いたエッセイ「太陽のように自分でひかる」(『惑 星』191-193)では、太陽から連想するロウソクと詩を同列にとらえており、詩人の 理想を最も明白にあらわしているように思う。この 3 つの光るもの――太陽・ロウソ ク・詩――のイメージは、片山のなかでどんなふうに結びつけられているのだろう か。

「ロウソクは夜になると訪れる太陽の子ども」であり、片山はひとつひとつかたち の違う手作りのロウソクをみて、「ロウソクは、自分に贈られた贈りものを大切に使 いきり、まわりを明るく照らし一生をおわる人のようだ」と気づく。ロウソクのロウ と片山の人生とが重ねあわされる。「嬉しいことがあっても哀しいことがあっても、

したたり落ちたロウの花びら。哀しいことは淡い青灰色の空の色。ピンクやオレンジ の色の中に重ねて入れてやるとロウソクの色が慎み深く翳り、明るい色をもっと輝か しいものにします。(中略)みんなわたしの、ひとつしかない人生からこぼれ落ちた ロウのしずく。まん中に穴をあけ、重ねていくとある日、「わたしよ」と小さい詩の ロウソクが立っています。(中略)詩の頭に火を灯します。ロウソクが夕食のテーブ ルを照らすように、わたしと人々を祝福したい。ロウソクも詩も使うものです。とも に小さいけれど、太陽のように自分でひかります」。

自分自身をも祝福したいと述べているところは、『ツァラトゥストラ』の「重さの 霊」にあった「おのれを愛すること」とつうじている。そしてなによりもロウソク は、水とおなじく固体・液体・気体と相転移する性質を備えている。軽やかであるこ

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とを志向する理由は、ロウソクのように「自分に贈られた贈りものを大切に使いき り、まわりを明るく照らし一生をおわる人」でありたいと片山が願っていることにほ かならない。そして片山が生みだす詩も、読者にそっと明るい火を灯す。

太陽や鉱物に比べたらひとの一生は「まさに、ごくわずかなこと、ごくかすかなこ と、ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ、一つの息、一つの疾過、一つのまば たき」である。しかし「まさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくる」と いう真実を、片山は日常から掬いあげて、詩にしている。たとえば、詩「スカート」

(『ひかりのはこ 4 』 7 )には、はかないひとの生への祝福がこめられている。

スカートは一日のおわりに/固くねじってしまった。/灰色に胸に残る霧と/き らきらした出来事、/つめたい湿り気と 熱を/襞の中にいっしょに入れて。/

すると夜の闇をくぐり朝になると/スカートは固いあたらしい蕾になって、/

待っていた。//生きていくことは/花を咲かせてはしぼみ/つぎの朝にまた/

蕾からあたらしく花開くこと/スカートは踏み出す/ひと足ごとの風といっしょ に/たっぷりと重い幾つもの襞で触れては/そういった。//やって来たと思っ たら/もう去っていく。/ひとはまた、/ひと束の風のようなもの/そして、/

生きている間に生み出す/風は歓び。

おわりに

1. では、相転移の観点から、雲と身体をおなじ水の粒としてとらえ、また含水鉱物 と身体の表面・表皮が乾いているという物質の性質にも注目し、そこに軽やかなもの への憧れが反映されていることを読みといた。2. では、笠井叡のダンス論とニーチェ の「重さの霊」を引用しながら、軽やかであろうとする志向と存在の確かさが相互関 係にあることを考察した。3. では、太陽とロウソクのモチーフから、片山の詩論・人 生観に光をあてた。

全体をとおして、詩のおもなモチーフ(雲・鉱物・太陽)と身体とのイメージの重 なりについて述べてきた。そのなかで片山の詩には、思いだす、という行為がくり 返されていることに気づく。本稿の例でいえば、もういないひと、古い友だち、生 まれたとき、乾いた自分の原形、ひとが水の粒であること、空と結ばれている「わ たし」、ある一日の金色の記憶、自分のなかにある太陽などである。つまり、片山が 日々のなかで掬いあげるのは、ふだん忘れてしまっている遠くのものたち、「生きて いるいないをこえて/生きて」いるものたち(「花のことを忘れていた」『ひかりのは

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こ 8 』 5 )のことである。片山は、触れたり、食べたりする五感をとおして、いま 生きている自分と遠くのものたちを結びつける。そこでは、失われたように思われた もののかたちや、ありえたかもしれない未来が回復していく。思いだすことで、生き ている(いない)ものどうしのイメージが重なりあう。片山の詩が美しいのは、そう した命ある(あった)ものたちへの敬意を忘れないでいるからかもしれない。たとえ ば、詩「つめたいお皿」(『ブリキの音符』12-13)は、思いだすことが祈りのように 描かれている。

ミルクと水の次に口にしたものはなんだったろう。夏のまん中に生まれたから、

西す い か瓜か桃をつぶしたつゆだろうか。ひとさじひとさじスプーンにのせて。/育と

うとするものを、育てようとする泉のように単純な気持ちで、育ててくれたひと たち。/生きている鯉や桃やうさぎをころし、ひなに育ったかもしれない卵を、

にわとりからうばって。/夏の庭のキュウリ。誰にも触れさせたことのない柔ら かい刺とげで、全身を飾っていた緑色の生きもの。(中略)ただ意味もなく、おいし い、という優しさ。どんなにたくさんもらってきたか。それなのによく思い出せ ない。たべてしまうときえてしまうから、それっきりにわとりみたいに忘れてし まう。/さっき逢った友達もきえてしまった。みんなきえてしまう。でも、あの 時のあのひとは、おいしさといっしょに、いまこの中にいるのだ。(中略)今日 は、しずかな夏のおわりだから、わたしはつめたいお皿になろう。そしてくぼみ の中に、もらってきたさまざまなおいしさを、ひとつひとつ思い出そう。

ここでは扱わないが、短篇「わすれる月の輪熊」においても、食べることと忘れる ことのモチーフがみられる。そこには一方で、思いだすことすらできない(しかしそ れでよいのである)熊の乾いた孤独と、熊を見守る月の赦しが描かれており、生きも のの宿命をめぐる観想があらわれているのがわかるだろう。

「きれいなものを生み出し、残していくのにはどうしたらいいのか」(『惑星』82)

ということを切実に考えていた片山の詩は、初期の『贈りものについて』『夏のかん むり』、中期の『ブリキの音符』『雪とケーキ』、後期の『ひかりのはこ』へと向かう につれて、どんどん軽やかになり、澄んでいったように思われる。片山が、理想とす る岸田衿子の詩や絵本の言葉を「深いのに底までひかりが入る泉のよう」(90)と形 容したように、そこにはつねに清浄さがあった。

片山の詩は、美しい世界を描きだすだけではなく、身のまわりにあるものや命ある ものの本質に気づかせてくれる。それは『ブリキの音符』を担当したささめやゆきの 画とおなじで、片山の詩もまた「作ったひとがずうっと後ろに慎しく隠れている美、

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ひとびとの暮らしを無言で意味のある楽しいものにしてくれる色や形」(81)を宿し ているからではないだろうか。そして、詩の言葉は「そこらの街角で待ち伏せて」い て、相転移しながら、遍在しながら、わたしたちを「触りなぐさめ、守って」くれる のだろう。片山自身、「詩はわたしの騎ナ イ ト士」(209)と述べているように。

使用テキスト

片山令子『夏のかんむり』村松書館、1988年

――――『ブリキの音符』ささめやゆき画、アートン、2006年

――――『雪とケーキ』村松書館、2009年

――――『ひかりのはこ 4 』個人詩誌、2011年 8 月

――――『ひかりのはこ 7 』個人詩誌、2015年 6 月

――――『ひかりのはこ 8 』個人詩誌、2016年12月

――――『惑星』港の人、2019年

引用文献・参考文献

片山令子『ひかりのはこ 5 』個人詩誌、2012年10月

――――『ひかりのはこ 6 』個人詩誌、2014年 4 月

――――『ひかりのはこ 9 』個人詩誌、2018年 1 月

――――『贈りものについて』書肆山田、1984年

――――『わすれる月の輪熊』書肆山田、1981年 真治彩編『ぽかん 07』ぽかん編集室、2018年 6 月 堀切直人『石の花』沖積舎、1985年

笠井叡『カラダという書物』書肆山田、2011年

ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳、中公文庫、1973年

ジョルジュ・バタイユ編著『ニーチェ覚書』酒井健訳、ちくま学芸文庫、2012年 J. L. ボルヘス『詩という仕事について』鼓直訳、岩波文庫、2011年

アンドレ・ブルトンほか『鉱物』(書物の王国 6 )、国書刊行会、1997年 鈴木俊郎編『内村鑑三所感集』岩波文庫、1973年

参照

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