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倫理的意思決定のためのナラティヴ・アプローチ

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足立 智孝

亀田医療大学看護学部

倫理的意思決定のためのナラティヴ・アプローチ

Narrative approach for ethical decision-making

日本看護倫理学会第 5 回年次大会 教育講演

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日本看護倫理学会誌 VOL. 5 NO. 1 2013 近年、様ざまな学問領域でナラティヴが盛んに用

いられるようになっている。ナラティヴは、語る行 為そのものである「語り」の意味と、語る行為の産 物としての「物語」の意味の二つが含まれ(野口 2005)、元来は文学の領域で用いられてきた概念で ある。しかし、今ではその領域を超えて、たとえ ば、医療、看護、心理、社会福祉などの臨床領域 や、社会学、文化人類学、あるいは司法領域の紛争 解決において、ナラティヴをキーワードとして多様 に展開されている。ナラティヴは人間関係とそれに まつわる問題のあるところならばどこでも応用でき る概念であり、その方法論が注目されている(野口 2009)。

医療における「ナラティヴ」が注目されるように なった背景には、医科学的医療による患者の非人間 化が挙げられる。20世紀になり急激に推進された科 学的知識に基づく客観性を重視した医科学的医療の 展開の中で、患者は一人ひとり異なる人間であるに もかかわらず、客観性の名のもとに、その生い立ち や生活背景、家族などとの関係性、あるいはそこか ら育まれた個人の価値観など、患者の個人的な側面 が排除され、患者を一般化して捉える傾向が強く なっていった。このような医療が推進された結果、

患者の人間性が疎外されるようになったのである。

そこで、人間性ある医療を取り戻すために「ナラ ティヴ」に注目し、患者一人ひとりは異なる「物 語」を紡ぐ存在であること、それぞれの「語り」の 中に、治療やケアにとっての重要な要素が含まれる ことが提唱され、また「物語」や「語り」を通し て、医療者と患者との関係を捉えなおすことが試み られている。医療や看護においては、ナラティヴの 特徴を生かした方法は、「人間性の回復に向けたケ ア実践におけるパラダイム転換」と意義づける研究

者もいる (大久保 2009)。

「ナラティヴ」を用いた方法論の総称をナラティ ヴ・アプローチ (NA) という。NA は、「ナラティヴ という『形式』を手がかりにして何らかの現実に接 近していく方法」であり、研究の対象が誰かといっ た「対象」を問題にするのではなく、どのような研 究手法をとるのかという「方法」によって定義され る(野口 2009)。NA にも「ナラティヴ」をどのよ うに考えるのかによっていくつかの方法がある。た とえば、ナラティヴの中に本質的な意味が隠されて いると考える立場では、その本質的な意味を抽出し て、生じている現象などとの関係を探ることが行わ れる。これは本質主義に基づく方法といわれるもの である。また個々の語られた「ナラティヴ」が、す でに周囲との関係性の中から生み出されてきた語り であると考える立場では、そのナラティヴは結果と して現実を構成するものと考える。これは社会構成 主義に基づく方法といわれる。近年は特に後者の方 法が注目されている (野口 2009)。

NA の特徴としては、物語を語る当事者の主観性 を重視すること、語り手と聞き手との相互の関係性 を重視すること、相互関係で生み出されたナラティ ヴの多様性を認識すること、また相互のやり取りの 中で、何度も語り直される更新性を重視することな どが挙げられる (野口 2009)。

生命・医療倫理学においては、NA は、主に欧米 圏を中心にして展開されており、NA を扱った文献 は1980年代後半から2000年代にかけて出版された。

たとえば Howard Brody, Story of Sickness 1st ed.

(1988) 2nd ed. (2002)、Hilde Lindemann Nelson 編, Stories and their limits (1997)、 Tod Chambers, Fiction of Bioethics (1999)、Rita Charon and Martha Montel- lo編, Stories Matter (2002) などは、その主な文献で

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立したときの調停方法が明確でないなど、医療者が その倫理原則をどのように具体的な行為に結びつけ たらよいのかが明示されていないといった欠点が指 摘されている。

そのような原則論の欠点を補うべく、医療者の具 体的指針を与える方法論が第二の手順論である。手 順論は、医療者が慣れ親しんだ作業手順の中で問題 を整理する方法論である。たとえば、自律尊重原則 を具体化した作業手順には、患者の意思の確認やイ ンフォームドコンセントなどが含まれる。また無危 害原則を具体化した作業手順には、治療方法の安全 性の確認、過去の治療成績の調査、あるいは副作用 の確認などが含まれる。手順論の特徴は、医療者の 文脈で何を行ったらよいのかを考える方法論である 点である。倫理的事例検討を行う上で汎用される手 法の一つに、ジョンセンたちの「四分割表」がある

(ジョンセン他 2006)。これは臨床事例に含まれる 倫理的問題点を「医学的適応」「患者の意向」「生活 の質」「周囲の状況」の四つのカテゴリーに分類整 理し、重要な事実関係を整理したうえで、意思決定 をおこなっていくための手順論である。四分割表 は、きわめて細かい項目が明示されており、網羅的 に情報収集を行うには大変に優れている。また情報 収集したその時点での情報を記入することになるた め、そのある一時点における状況を把握するには適 していると考えられている。しかし患者の意向は時 間的経過によって変化することが多く、その継時的 な変化、あるいは揺れ動く患者の心情などのダイナ ミズムを記入することが難しいなどの欠点が指摘さ れている。

第三の物語(ナラティヴ)論(narrative-based approach)は、考え方の枠組みを示す原則論と医療 者側の文脈における具体的な手続き指針を与える手 順論に加え、患者の視点を意思決定に反映させるた めの方法論である。手順論は医療者側の文脈を志向 する方法論であったのに対し、物語論は患者側の文 脈を志向する方法論であることが特徴である。

具体例として「手術の副作用で声が出なくなる」

ことについて、「危害」をキーワードにして、三つ の方法論で考えてみる。まず原則論では、副作用に よる危害を与えないようにする無危害原則が持ち出 される。医療者側の文脈で考える手順論では、「構 音、発語という重要な身体機能が失われることを防 ぐにはどうしたらよいか」といった、医学的観点か ら危害の防止が考えられる。その一方で、物語論で ある。中でも NA について先駆的役割を果たした内

科医であり哲学者である Howard Brody は、医療者 と患者はナラティヴを共に創造する存在であると捉 え、患者の「病い」と医療者の「ケア」をつなぐも のがナラティヴであり、そのナラティヴを医療者と 患者が共同で創造する、つまり共著者になる必要が あると述べる。そのような共著者になるための必要 条件には、お互いの自律性を認めること以上に両者 の信頼性を強調している。Brody は、著書の中で両 者の「関係性の倫理」あるいは「ナラティヴ倫理」

を展開した (Brody 2002)。

Ann Hudson Jonesによれば、欧米圏の生命・医療 倫理学においてナラティヴは、(1)「原則に基づい た医療倫理を教える実例」、(2)「よい人生を送るた めの道徳指針」、(3)「医療現場の証言」として用い られてきた (Jones 1999)。(1)においては、医療倫 理学の方法論の主流である倫理原則に基づく分析を 行う際に、具体的な事例として文学作品(物語)が 用いられてきた。(2)については、医療において道 徳的な実践をするためには、人生の道徳指針を得る ことが大切であり、そのために、文学作品(物語)

を読むことが推奨された (Coles 1979)。そして(3)

は、患者やその家族が自身の体験を綴った自伝的な 著作、あるいは医療者が積極的安楽死、自殺ほう助 などに関わった自身の体験を告白的に綴ったエッセ イなどが臨床実践における「証言」として注目され た (Selzer 1983)。

このように、生命・医療倫理学において「ナラ ティヴ」は多様な目的で用いられてきたが、特に倫 理的意思決定における NA については、上記の(1)

とも関連する医療倫理学の方法論の中で論じられて いる。宮坂道夫は、主に欧米圏で展開されてきた医 療倫理学における方法論を「原則論」「手順論」「物 語 (ナラティヴ) 論」の三つにまとめて紹介してい る( 宮 坂 2011)。 第 一 の 原 則 論(principle-based approach)は、倫理原則に基づいて問題点を整理し 推論する方法論である。原則は、具体的な内容を含 まない、抽象的な規範であり、たとえば、ビーチャ ムとチルドレスによる医療倫理四原則(自律尊重、

仁恵、無危害、正義)はその代表例である(ビー チャム他 2009)。原則論は、多様な価値観を持つ人 間どうしでも、ある程度共通して話し合いができる という共有可能な思考の枠組みを提供すること、な らびにどのような場面でも応用しやすいという汎用 面での利点がある。その一方で、原則どうしで、対

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日本看護倫理学会誌 VOL. 5 NO. 1 2013 い。Fly らは、意思決定における価値の対立の背景 にある事情、その状況での重要な価値、関係者に とって対立が意味することを探ることの重要性を述 べている (フライ他 2010)。ここで用いる「価値」

は、各人の紡ぎだす物語・ナラティヴに含まれるた め、フライたちの提唱する看護師の意思決定モデル においても、ナラティヴに対する感受性の高さが要 請されるのである。

ナラティヴを中心にした医療者教育を展開し、

Narrative Medicine を提唱する内科医で文学者の Rita

Charon は、医療者として身に着けるべきナラティ

ヴに注目した能力をナラティヴ能力として三つにま とめている (2011)。第一は、「患者の言葉に耳を傾 け、病いの体験を物語として理解し、解釈し、尊重 することができる」能力である。この能力は、事例 の当事者である患者や家族、あるいは他の医療者な どの、利害関係者の物語に傾聴し、その筋をたどり ながら適切に情報を収集し、その物語を再構成する 能力である。第二は、「患者の置かれている苦境 を、患者の視点から想像し、共有することができ る」能力である。これは、医療者として教育訓練さ れたために忘れられた、一般者としての視点を取り 戻すために、自分の役割や立場を一度離れた状態で 患者と向き合うことで、患者の視点に接近すること を試み、患者の状況を想像し、その状況にいる患者 に共感しようと努める姿勢のことである。第三は、

「医療における多様な視点からの複雑な物語を把握 し、そこからある程度の一貫性を持つ物語を紡ぎ出 すことができる」能力である。事例における関係者 たちの紡ぎ出す多様な物語を把握し、それぞれの物 語間で、合意可能なこと、対立点、合意を阻む要因 などを把握することに努め、対話を通して、患者や 家族を含めた関係者と共同して、関係者がある程度 納得できる、一貫性のある物語を創造していくこと である。ナラティヴ能力は物語論を実践するには不 可欠な能力と考えられている。

そのナラティヴ能力はどのようにして獲得できる のだろうか。ナラティヴという概念は、元々は文学 の中から生み出されたもので、近年では、ナラティ ヴ能力は文学を学ぶことで習得でき、しかもその能 力は臨床実践において応用可能かつ有用であると考 えられ、医療者教育のカリキュラムの中で、文学教 育が行われるようになっている (足立 2007)。文学 教育においては、まず、読み・書き能力の習得を目 的とする。文学作品を読むことで、文脈から情報を は、患者一人ひとりによって、副作用による声が失

われることの「危害の意味」が異なることが強調さ れる。たとえば、患者が対面販売を行う店員だった としたら、業務上大きな支障をきたし、仕事を辞め なければならない場合もあるだろう。仕事を辞める 場合にも、この患者の扶養家族の有無や、扶養家族 の年齢構成により、危害の影響の度合い、すなわち 危害の意味が大きく変わってくる。また患者がボラ ンティアで地域のコーラスグループに所属し、その 活動が現在の患者の生活の中心であるとすれば、声 が出にくくなり、コーラスグループの中心メンバー として活躍できなくなることは、その患者にとって は生きがい感の喪失につながるかもしれない。この ように、患者一人ひとりの置かれた状況で「危害」

の質は大きく異なる。その質の違いをいかに意思決 定に反映させるのかが、物語論の重要な役割といえ るだろう。

倫理的意思決定における物語論の特徴を挙げる と、第一には、当事者の多様な視点を認め、その多 様な視点よって構成される物語はそれぞれ事実であ り、社会はその事実によって構成されているという 社会構成主義の考え方に基づき、それぞれの物語を 相対化して考えることである。第二には、異なる物 語の接点や共通点を見出すために、対話を繰り返 し、お互いの理解を深めていく、そのプロセスを大 切にすることである。そして第三は、それぞれの物 語がかみ合わない場合は「物語の間に不調和」があ り、関係者の間で問題認識の齟齬があると考え、物 語の接点や共通点を見出して架橋することが難しい 場面において倫理的問題が生じていると考えること である。

物語論では、対話を通して、各々の物語の意味を 何度も吟味しながら、当事者が受け入れられるよう な新しい物語を当事者間でつくり変えていく作業を

「対話」と「観察」を通して行う。当事者ごとの考え 方や感情を整理し、対立の背景を明確化し、原因を 特定する作業を行うのである。こうした作業を通し て、患者を取り巻く全体的な物語の構成を把握そし て整理し、当事者間で受け入れ可能な物語や、ある いは受け入れ難い物語を把握していく (宮坂 2011)。

前述した倫理的意思決定における物語論に基づい た作業は、Sarah T. Fly たちが提唱する看護実践の ための意思決定モデルの中で、それぞれの立場にあ る人々の価値の対立を倫理的ジレンマととらえ、そ の対立を調整するという看護者の役割と相同性が高

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引用・参考文献

足立智孝.米国の医療者における文学教育.生命倫理 2007;17.1:135−142.

Beauchamp TL. et al. 2001 /立木教夫他 2009:生命医 学倫理(第5版),柏,麗澤大学出版会.

Charon R. 2006 /斎藤清二他 2011:ナラティヴ・メ

ディシン,医学書院.

Coles R. Medical Ethics and Living a Life. New England Journal of Medicine 1979;301. 8:445−448.

Fly S. et al. 2008 /片田範子他 2010:看護実践の倫理

(第3版),東京,日本看護協会出版会.

Jones AH. Narrative in Medical Ethics. British Medical Journal 1999;318:253−256.

Jonsen AR. et al. 2002 /赤 林 朗 他 2006: 臨 床 倫 理 学 会.(第5版),振興医学出版社,2006.

Howard B. Story of Sickness 2nd edition. New York:

Oxford University Press;2002.

宮坂道夫.医療倫理学の方法.第2版.東京:医学書 院;2011.

野口裕二.ナラティヴ・アプローチ.東京:勁草書 房;2009.

野口裕二.ナラティヴの臨床社会学.東京:勁草書 房;2005.

大久保功子.看護学とナラティヴ.In:野口裕二編.

ナ ラ テ ィ ヴ・ ア プ ロ ー チ. 東 京: 勁 草 書 房,

2009.

Selzer R. Letter to a young doctor. New York:Simon &

Schuster;1983.

収集し整理することを学ぶ。そして登場人物の背景 をいかに正確に読み取り、その読み取ったものを客 観的に記述することを学ぶ。この能力は、倫理的な 事例における情報収集や整理する能力、また事例に 関係する人々の背景を探る能力にも通じると考えら れている。

また文学教育によって習得する第二の能力は、省 察する能力である。文学作品を読む時には、自分の 過去の体験を振り返りながら読むことがある。自ら の体験を作品の文脈に引き付けて読み進めること で、物語がより具体的になり、より理解が深まる。

そのような読み方を行うときには、あの時、あの場 面での自分の取った行動やその時の感情を振り返 り、省察していることになる。その時の自分の経験 を振り返り、感情を含めて、自分の体験を記述する ことで、自分を客観化して見つめ直し、次回への対 応に生かすことができると考えられている。文学を 学ぶことを通して習得した、読み書き能力や省察力 は、看護教育において「ライフヒストリー」や「プ ロセスレコード」などとして展開される手法と類似 している。

以上からまとめると、倫理的な意思判断を行うた めには、当事者である患者や家族、そして医療関係 者など、様ざまな物語の調整が必要となるが、その 関係者の物語に最もアクセスしやすい立場にいるの は、おそらく看護者である。NA は看護者の意思決 定モデルと相同性が高いこと、さらにナラティヴ能 力は、臨床現場で求められる看護者の能力と重なる ことも含め、倫理的意思決定における NA の実践に は、看護者の存在が不可欠であり、より一層の役割 が期待される。

参照

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