財政と集合的意思決定の理論
森 俊
一はじめに
政府の活動を含む社会の共同行為についての意思決定は,市場におけ る私的意思決定とは性格を異にする集合的・公共的な意思決定である。
集合的意思決定の仕方には,いくつかの形態が考えられる。たとえば, 独裁制のようにある個人の意志決定がそのまま集合的意思決定となる場 合もある。しかし,民主制の場合にほ,集合的意思決定はなんらかの形
で社会の個々の成員の見解や選好を集約することを通してなされねばな らない。
このとき,個々の成員の多様な見解や選好を集約することによって, 社会の意思として一つの見解・選好をいかに導出すればよいかというこ とが重要な問題となる。民主制こそ,こうした重要かつ困難な問題を提 起するのである。また,実際に集合的意思決定はどのようになされ,そ
の決定は社会的にみて望ましい選択をもたらしているかということも問 題となる。このような問題に関心を寄せ,精力的に研究が進められてい
る分野が,公共選択論(publicchoice)といわれているものである。
政府の財政活動は,政治過程を通じて決定される。この政治過程こそ 集合的・公共的意思決定過程である。したがって,政府の財政活動のあ
るべき姿を追究するためには,また現実の財政現象を解明するためにも,
集合的意思決定に関する研究は不可欠である。本稿では,これに関する
これまでの研究成果を整理してみたい。
まず第一に,集合的意思決定の問題に対する公共選択論のアプローチ の仕方が取り上げられる。第二に,個々人の見解にもとづいて,これら 多様な見解から一つの集合的な意思の決定を導くルールについて,その
ルールが満たさねばならない条件が明らかにされ,全員一致や多数決の ルールの特徴が検討される。第三に,集合的意思決定過程は現実には政 治過程としてあらわれるが,ここではとくに予算をめぐる集合的意思決 定過程すなわち予算過程に注目し,その解明のためにそれに参加する主 体の行動が考察される。
1 集合的意思決定に対する二つのアプローチ
人々の共同行為に関する集合的意思決定に対して,大別して二つのア プローチが存在する(1)。その一つである公益アプローチほ従来一般的に いって政治学が好んでとってきた方法であり,それによると集合的意思 決定過程は,公益とは何か,どうすればそれを実現できるのかを見いだ す過程とみなされ,その過程に参加する人々や集団の行動は,公益に動 機づけられているとされる。この場合,公益とは,その社会や共同体の 成員の私的利益の単なる総和ではない。したがって,このアプローチで は,集合的意思決定ほ共同行為による個々の成員の私的利益への影響と 厳密に関係づけられることなくなされると想定される。こうしてみると,
この公益アプローチは,国家とはその個々の構成員から独立した一つの 実体であり,国家にはそれに固有の利益や動機があると考える国家有機 体説と関連をもつものであるということができる。
公益アプローチとは対照的に,人々はみずからの利益を最大にするよ
うな共同行為が決定されることを望んで集合的意思決定過程に参加する
と考えるのが,もう一つの私益アプローチである。このアプローチでほ,
経済主体ほみずからの私的利益の最大化を目標にして行動するという仮 説から経済の動きを説明しようとする経済学の手法が,集合的意思決定 過程の解明に援用される。それゆえ,私益アプローチほ多くの経済学老 が基本的に依拠するアプローチである。ブキャナン(J.M.Buchanan) によって代表される公共選択論は政治の経済学とも呼ばれるように,そ のようなアプローチによるものである。
私益アプローチにおいては,個人主義が方法論的に採用され,公益の 存在や国家有機体説は原理的に受け入れられない。もちろん,そこには そうでなければならないという規範意識も存在していると考えられる。
私益アプローチで公益という言葉が使われることがあるとしても,それ は個人の私的利益の総和を単に意味するにすぎない。さらに,このアプ ローチにしたがうと,集合的意思決定にもとづいてとられる共同行為(政 府活動)が社会の状態を改善するかどうかを判定するさい,その共同行 為から生じた人々の効用の増減を比較してなんらかの判定を下す社会的 厚生関数の採用も否定される。そこでほ,ある人の効用は増加するが他
の人の効用は減少しないときにのみ社会の状態は改善されたと判定する といったごく弱い価値判断が認められるだけで,それ以上の判定は差し 控えられる。
本稿は,こうした私益アプローチによってなされた研究の主要なもの のいくつかにもとづいて,集合的意思決定理論の概要を示し,いくつか の論点について若干の検討を加えようとするものである。
2 アローの不可能性定理と多数決ルール 1)アローの条件
社会の状態を改善しようとして共同行為がおこなわれる場合,どのよ
うな社会の状態が望ましいかが,あらかじめわかっていなければならな
い。そのためには,社会のいろいろな状態についての個人の選好序列を 集約して,社会の選好序列を決定するルールを必要とする。アロー(K.
J.Arrow)は,このルールが最低限満たさなければならない条件として, つぎの五つをあげる(2)。
(1)合理性の条件
いま社会のいろいろな状態をⅩ,y,Zとし,任意の社会状態Ⅹとyと のあいだで,Ⅹはyにくらべてより選好されるか無差別であることを XRyであらわし,Ⅹはyよりもより選好されるということをⅩPyであ らわそう。これらの社会状態について個人の選好序列が与えられると, ルールは完全律と推移律をみたす社会的な選好序列を生み出さねばなら ない。すなわち,任意のⅩとyについて,XRyかまたはyRxの少なくと も一方が必ず成立しなければならない(完全律)。また,任意のⅩ,y,Z について,XRyかつyRzであるならば,XRzでなければならない(推移 律)。
(2)広範性の条件
各個人は選択できる社会状態について,どのような選好序列でももつ ことができる。
(3)独立性の条件
Ⅹとyについてすべての個人の選好序列が変わらなければ,他の社会 状態とⅩまたはyとのあいだで,あるいはⅩとy以外の社会状態のあい
だで個人の選好序列が変化したとしても,Ⅹとyとのあいだでの社会の 選好序列は変わらない。
(4)市民の尊厳性の条件
すべての個人がⅩよりもyをより選好するならば,あるいは少なくと
も一人がⅩよりもyをより選好し,他のすべての人はⅩとyについて無
差別であるならば,社会の選好序列はⅩPyでなければならない。
(5)非独裁制の条件
任意のⅩとyについて,ある人がⅩをyよりもより選好するならば, 残りのすべての人がyをⅩよりもより選好するとしても,社会の選好序 列がⅩPyとなるようないかなる個人も存在してはならない。
これらの条件は,ルールが,個人の序数的選好を基礎にし,個人間の
効用比較を排除した上で,民主主義に適いかつ論理的に矛盾しない決定 を生み出すためには最低限みたされねばならないものである。しかし,
アローはこれらの条件をすべてみたサルールはあり得ないことを示し た。これを,アローの不可能性定理(impossibilitytheorem)という。
2)投票のパラドックス
では,集合的な意思決定にもっともよく使用される多数決ルールは, アローの条件のどれをみたさないのであろうか。いま,ある争点に関し てA,B,Cという選択肢があるとし,三人の個人のこれらの選択肢に対 する選好序列が次のようであったとしよう。
個人1…CよりもBを,BよりもAをより選好する。
個人2・・・AよりもCを,CよりもBをより選好する。
個人3…BよりもAを,AよりもCをより選好する。
多数決ルールにしたがって社会的な選好序列を導出するために,まず AとBのいずれが多数を獲得するかをみたあと,その勝者とCのいずれ が勝つかをみてみよう。AとBを比較すると,個人1と3はAに投票
し,個人2はBに投票するので,Aが勝者となる。AとCでは個人1は Aに,個人2と3はCに投票するので,最終的勝者はCである。この投 票結果からすれば,CとBとではCが勝つものと思われるが,そうほな
らない。個人3はCに,個人1と2はBに投票するからBが勝つ。この ことは,多数決ルールの結果が推移律をみたさないことを示している。
これを,投票のパラドックス(votingparadox)という。こうしたこと
が起こると,最終的勝者ほ,選択肢のあいだで投票が行われる順序に依 存することになる。もしBとCの比較から始めるとAが最終的勝者と
なり,CとAからではBが最終的勝者となる。この場合,多数決ルール では選択肢の社会的選好序列を確定することはできない。多数決ルール は,つねに推移律をみたすような首尾一貫した結果をもたらすわけでは ないのである。
どうしてこのような投票のパラドックスがおこったのであろうか。選 択肢に対する各人の選好序列を図示してみると,図1のようになる。個 人1と2の選好序列は,一つの峰しかもっていない。これを,単蜂型と いう。しかし,個人3の選好序列は両端に二つの峰をもっているので, 複峰型となっている。問題となっている争点をある公共サービスの供給
水準とし,A,B,Cの順でより低い水準からより高い水準の提案を示す とすれば,個人3はもっとも高い水準を一番に望み,次にもっとも低い 水準を選び,中程度の水準をもっとも望ましくないものとするというい ささか奇妙な選好序列をもっているということになる。
A B C
選択肢
図1
もし,すべての人が公共サービスの各水準に彼がもっとも望む水準か ら離れる程度に応じてより低い選好を示すとすれば,選好序列ほすべて 単蜂型となって,投票の′ミラドックスはおこらない。このことほ,個人
3がCをBよりもより選好し,BをAよりもより選好するという選好 序列をもっていると仮定してみると,容易に理解できる。こうして,多 数決ルールが社会的に整合的な結果をもたらすためには,広範性の条件
を犠牲にしなければならないということがわかる。たしかに,多くの場 合,個人の選好序列は単蜂型であると仮定してもよいであろう。しかし, 選択肢の内容によっては個人の選考序列が複蜂型になることも否定でき
ない。
なお,現実には選択肢よりもはるかに多くの投票者が存在するであろ うから,個人の選好序列の型にきびしい仮定を設けなくとも,投票のパ ラドックスが生じる確率は小さく,それについてそれはど心配する必要 はないという主張も存在する(3)。
3)中位投票者の定理
すべての人の選好序列が単峰型の場合,多数決ルールは投票のパラ ドックスを引き起こさないが,そのときどのような選択肢が多数を得る であろうか。選択肢が公共サービスの供給水準のようにある基準でうま
く配列されるとき,中位投票者のもっとも選好する選択肢が採択される だろう。これを,中位投票者の定理(medianvotertheorem)という。
中位投票者とは,彼が望む選択肢とは異なる選択肢を選好する投票者が
疲を境にして両側に同数いるような投票者である(4)。
ある公共サービスに閲し各人に対する費用負担配分方式が与えられる と,各投票者ごとに,これを考慮に入れてもっとも望ましいものとして
選ばれる供給水準があるであろう。ここで,社会は三人で構成されてお
り,個人1,2,3はそれぞれGl,G2,G3という水準を選ぶとしよう。
そして,Gl<G2<G。としよう。さらに,単峰型の選好序列の仮定により, 個人1はG3よりもG2を相対的により望ましいと判断し,個人3はG2 をGlよりも相対的により望ましいと判断するものとする(5)。
そこで,GlとG2とで投票が行われると,個人1はGlへ,個人2と3 はG2へ投票するであろうから,G2が勝つ。次に,G2とG3とでは,G2 は個人2と1の支持を集めるので,今度もG2が勝つ。G3とG2との投票 から始めても,結果は同じである。G2が最終的に採択されることになる。
この例では,個人2が中位投票者であり,G2が彼の選んだ供給水準であ る。もっと多くの人で社会が構成されているとすると,その人よりも公 共サービスのより高い水準を望む人の数がその人よりもより低い水準を 望む人の数とちょうど等しくなっているような中位投票者の望む水準 Gmが,他のいかなる水準と比較されても過半数以上の支持を得るであ ろう。
以上の説明についてほ,いくつかの問題を指摘しておかねばらならな い。第一に,中位投票者の定理ほ,いつも成立するであろうか。中位投 票者の定理では,各人は自己の選好序列に応じて投票するものとされて いる。しかし,実際には,戦略的投票がなされるかもしれない。そして, 最大の票数を得るであろうと思われる選択肢は,最初の投票で敗者とな
るかもしれない。選択肢Ⅹには全投票者の30%,yには40%,Zには30%
の支持者がいるものとしよう。戦略的投票行動がなければ,yが最終的に 採択されるに違いない。しかし,yとzが最初に比較されると,Ⅹの支持 者ほあえてzに賛成投票をしてyを故老として葬り去り,Ⅹとzとの投 票のとき,Ⅹがzに勝つようにyの支持者から十分な賛成を引き出せる
という希望を持つかもしれない(6)。こうしたときには,戟略的投票行動を とる人々の選好序列ほ投票ではあたかも複峰型をもっているかのように あらわれ,中位投票者の定理は成立しない。
第二に,各人は戦略的な行動をとらないとしても,多数決ルールのも
と中位投票者の定理にしたがって決定される公共サービスの供給水準 Gmは,社会的にみて効率的であるといえるであろうか。それほ,この公
共サービスの社会的限界費用のうち中位投票者が負担する限界費用の割 合が,各人の限界便益の総和である社会的限界便益のうち彼の限界便益 が占める割合とどういう関係にあるかに依存する。中位投票者の限界便 益をMBm,すべての人の限界便益の合計を∑MBとし,中位投票者の負 担する限界費用をMCm,社会的限界費用をMCとする。中位投票者の選
ぷ水準Gmでほ,MBm=MCmとなっているであろう。もしここでMBm/
∑MB=MCm/MCが成立するならば,∑MB=MCとなり,効率性のため の条件が満たされる。しかし,もしMBm/∑MB>MCm/MCであったと すると,∑MB〈MCとなって,公共サービスは過剰に供給されるという ことになる。逆に,MBm/∑MB<MCm/MCならば,∑MB〉MCとなり, 公共サービスの過小供給となる。こうしてみると,多数決ルールによる 決定は,投票の/ミラドックスを生み出さないとしても,必ずしも効率的
な結果をもたらすわけではないといわざるを得ない。
第三に,多数決ルールによる共同行為の決定は,社会の厚生を高める であろうか。多数決ルールによる決定がたとえ効率的な結果をもたらす としても,そのときすべての人が公共サービスの供給によってよりよい 状態になっているわけでもない。負担する費用にくらべて,公共サービ
スが過大にあるいは過小に供給されていると判断する人が多数存在する からである。公共サービスの効率的な供給がなされるということは,社 会が効用フロこ/ティアに達し,パレート最適な状態が実現されるという
ことであるが,社会の厚生も高まったかどうかほ,社会的厚生関数によ
らない限り判定できない(7)。もし,各人への費用負担を含めて公共サービ スの供給水準に関する提案を全員一致が得られるように調整していくこ
とができるとすれば,そのような提案はすべての人を有利にするので,
パレート最適な状態を実現し,また社会の厚生を確実に高めると判定す
ることができる。このことは,また後で触れられるであろう。
3 選好強度の表明とログローリング
多数決ルールにおいては,各投票者は示された選択肢について一票を 投じるだけで,選択肢に対する選好の強度を表明し得ない。投票には, 投票者の序数的選好が反映されるだけである。しかしながら,もし投票 者が選択肢について選好の強度を表明できるとするならば,どのような 場合でも投票の/くラドックスは生ぜず,また非効率な結果が生じること もない。
1)ドル投票方式
そこで,各人にいくつかの代替案に関して,ある案を他の案よりもど れだけ好ましいと思っているかを,他の案よりも当該の案に対してどれ だけの金額を支払う用意があるかという形で表明させ,もっとも多くの 金額を得た案が採択されるというルールを想定してみよう。金額の単位 をドルとし,このルールをドル投票方式と呼ぶことにする。さて,多数 決のルールで投票の/ミラドックスを引き起こした以前の例に戻って,各 人の選択肢に対する選好の強度がドルで測って次のようであったとす
る(8)。
個人1…CよりもBに15ドル,BよりもAに10ドル支払っても よい。
個人2…AよりもCに10ドル,CよりもBに10ドル支払っても
よい。
個人3…BよりもAに15ドル,AよりもCに30ドル支払っても よい。
このとき,AとBとのあいだでは,ドル投票方式のもとAは25ドル
を集め,Bは20ドルを集めるので,Aが勝つ。AとCとでは,A25ド ル,C40ドルとなってCが最終的な勝者となる。多数決ルールでは,A はBに勝ち,CほAに勝つが,しかしCはBに負けてしまい投票のパラ
ドックスが生じる。ドル投票方式では,CとBとではC45ドル,B25ド ルとなりCがやはり勝って,投票のパラドックスほ生ぜず,推移律がみ たされる。
つぎに,個人3の選好を変えてみよう。その他の個人については以前 のままとする。
個人3…AよりもBに15ドル,BよりもCに30ドル支払っても
よい。
この場合には,個人3の選好序列は単蜂型となるので,選好序列にだけ もとづく多数決ルールでも,投票の順序にかかわらずBが最終的な勝者 となり,投票のパラドックスは生じない。しかし,ドル投票方式ではCが 最終的な勝者となる。こうした違いがおこるのは,BとCが比較される
とき,多数決ルールではBが二票を獲得して勝者となるが,ドル投票方 式ではB25ドル,C30ドルとなりCが勝者となるからである。このこと
は,多数決ルールほBを勝者とすることにより,少数派の損失が多数派 の利得を上回るという非効率な結果をもたらすということを意味してい
る(9)。しかし,ドル投票方式はCを勝者とすることによって,そのような 非効率な結果をもたらすことはない。
こうしてみると,ドルによる投票方式は投票に各人の選好の強度が反 映されるので,社会的にみて望ましい結果を生み出すと思われるかもし れない。しかし,この方式はアローが前提とした仮定,すなわち個人の 選好は序数的にあらわされ,個人間で効用の比較ほできないという仮定 に反するものである。それに,以上のようなドル投票方式でほ各人ほい
くらでもドルを投票できるので,選好の強度が正直に示されるとはとて
も思えない。かりにドルで表明された選好の強度に応じて,その投票者
の費用負担割合を決めるとしたら,各人ほ費用負担を減らそうとして選 好の強度を歪めて表明するであろう。
ドル投票方式に代わるものとして,投票者ほ与えられた選択肢に対し 各人の選好に応じて点数を配分し,もっとも多くの点数を獲得した選択 肢を採択するという点数投票方式が考えられるが,この場合には各投票 者の持ち点ほ平等に与えられるということにならざるを得ず,また各人
はもっとも望む選択肢に過度の点数を投じてしまうということが生じよ う(10)。
2)ログローリング
ところで,お互いに排除しあうものではない複数の提案があると,そ れらの提案が相互に関係づけられず投票に委ねられるとき,その結果が みずからにとって不利となる少数派の人々ほ,各提案ごとに票を交換し あうことで多数派を形成しそれぞれの利益を確保することができる。こ うした票の交換こそ,しばしばログローリング(logrolling)と呼ばれる ものである。そして,それは投票者が各提案に対する自己の選好の強度 を表明する一つの工夫であるとも考えられる。しかし,ログローリング がもたらす結果はいつも望ましいわけでもなく,さらに少数派どうしの 票の取引による結託は安定的であるともかぎらない(11)。
いま共同行為に関する相互に排除しない提案ⅩとYが実施されると きのA,■B,C三人の投票者の効用の変化が表1のようであったとしよ
う。表1からみられるように,各提案はともに社会に費用を上回る便益 を与えるという意味で効率的である。もし各提案がお互いに無関係に多 数決ルールで決められるならば,二つの提案ほともに否決される。けれ
ども,このとき,BとCの間に票の取引きが生じ,BほCが強く選好す
る提案Yに賛成し,CもBが強く望む提案Ⅹに賛成するといったこと
が一つの可能性として予想される。この取引きによってⅩとYの提案
A B
C
2 5 2
2 2 5
一一
はともに可決され,BとCはおのおの3の効用増加を実現できるからで ある。また,この票の交換,ログローリングによって,BとCは提案Ⅹ
とYについてみずからの選好の強度を表明したとみることもできる。そ して,この場合,ログローリングは社会全体の効率性の改善をもたらし たといえる。それは,上の例のように,票の取引きがないならば少数派 であった人の効用の増加の合計が,多数派の効用の減少の合計を各提案 で上回っていたからである。このような条件がみたされないなら,ログ
ローリングはかえって社会全体の効率性を低める結果を導くことになろ う。
このことは,提案ⅩとYの実施によるBとCの効用の変化をおのお の3にすることによって確かめることができる。この場合には,提案Ⅹ, Yとも否決されるのが社会的にみて望ましい。けれども,ここでもBと Cとで票の取引が生じ,ⅩとYはともに可決されるであろう。なぜ社会 的に効率的でない提案が可決されるかを考えてみると,それは二つの提 案が一部の少数派に再分配上の利益をもたらすようなものであり,その 利益が少数派間の結託を生み二つの提案を可決させるはど大きかったか
らである。このように,資源配分上効率的ではない政府活動に関する提 案も,再分配上の利益という要素がからむと,ログローリングを通して 可決されることもある。
もちろん,ログローリングはいつもうまく機能するわけではない。少
数派の結託は不安定かもしれないし,交渉相手に対して信頼感をもてな
いときには取り引きの合意は成立しない。結託の安定性については,表 1の例が適切である。BとCが結託し票の取引きを行えば,ⅩとYは可 決されるが,このときAほ大きな損失をこうむる。そこで,AはⅩに賛 成する代わりに,BにYに対して反対するように働きかけるであろう。
BはCと結託するよりも有利なので,Aの申し出を受けるであろう。そ うすると,Ⅹの可決,Yの否決ということになる。しかし,AとBの結 託でほCが不利となるので,CはⅩの可決を阻止するためAに働きか け,Bと組んでⅩに賛成することをしないから,AもBと組まないでⅩ に反対投票するように申し出る。AほBとの結託よりも,より有利なC
との結託を選ぶであろう。その結果は,ⅩとYの否決である。けれども, この結託もまた安定的ではなく,BはCに働きかける。こうして,結託
は最初のそれに戻ってしまう。結局,三人のあいだでのいかなる結託も 安定的ではなく,ⅩとYの可決,Ⅹの可決とYの否決,ⅩとYの否決
という三つの組合せのいずれが多数決によって採択されるかを一意的に 決めることほできない。ログローリングもまた,投票のパラドックスと 類似の結果をひきおこす。
ログローリングは投票者が自己の選好の強度を表明する一つの工夫で あるが,それは社会にとって効率性の改善を保証するものではないし, たとえログローリングによって社会全体の効率性が改善される条件が あったとしても,そのような結果がもたらされる保証もまたないのであ
る。
4 全員一致の合意と投票ルールの選択 1)全員一致のルール
全員一致のルールといえども,合理性の条件のうち厳密な意味での推
移律をみたさない。ただ,少し弱い意味での推移律ならみたすことがで
きるので,全員一致のルールははぼアローの条件に適うものと考えてよ
い(12)0
プキャナンとクロック(G.Tullock)のような公共選択論の代表者や 彼らの先駆者であるスウェーデソの経済学老ヴィクセル(K.Wicksell) は,原理的には全員一致のルールを支持する。それは,社会の成員には 自己の利益に反するような共同行為の強制に対して,みずからの利益を 守る権利が与えられていなくてはならないとする信念にもとづく。この 権利は,自己の利益に反するいかなる共同行為の提案も採択されないよ
うにすることのできる全員一致のルールによって,十分に保証され る(13)。
また,このルールへの支持には,共同行為の提案をめくやる人々の交渉 は協調的であって,すべての人に利益を与えることのできるような提案 がつねに存在するという想定がある。例として,ある地方の小さな共同 体で人々が共同で防火設備を購入する場合を考えてみよう(14)。最初に, ある人が防火設備の購入を人々の均等な費用負担でまかなうという提案 をしたとする。そのとき,防火設備で守られるであろう財産の少ない人
は,防火設備からの期待便益より費用負担の方が大きいと判断して,そ の提案に反対するであろう。そこで,誰かから各人の保有する財産の価 値に応じる費用の負担という新たな提案がなされると,今度はすべての 人が費用負担よりも防火設備からの期待便益の方が大きいと判断して,
この提案が全員一致の支持を得ることも十分考えられる。
人々の共同行為で,人々の効用が効用フロンティアの内側にある位置 から効用フロンティア上に移動し,資源配分の効率性が改善されてパ
レート最適な状態が実現する場合,全員一致のルールのもとではその移 動そのものも,プキャナンによると少なくとも誰か一人の効用を高め他
の誰の効用も低めないのでパレート最適であるとみなされる。図2でほ,
このような移動としてA点からB点への移動がえがかれている。ブ
キャナンのいうようなパレート最適な移動が生じるときには,社会的厚 生関数によらなくとも,社会の状態は改善されたと判定することができ る(15)。全員一致のルールの支持者は,このルールこそ/くレート最適な移 動を保証するものと考えるのである。たとえば図2でA点からC点のよ
うに/ミレート最適な状態への移動であっても,その移動がパレート最適 でないなら,それによって社会の状態が改善されたと速断することはで
きない。いうまでもなく,このような移動をもたらす共同行為の提案ほ, 全員一致の支持を得ることはできない。共同行為によって効用の低下を 予想する人は,この提案に反対するからである。
ある共同行為についてすべての人を有利にすることのできるような提 案の可能性がある場合でも,多数決ルールが採用されると,そうした提
案を見いだす努力がなされずに,多数派は少数派の犠牲の上でみずから の利益を大きくする提案を可決することができる。その結果 共同行為 によって社会の状態が改善されるとほかぎらない。さらに,前述のよう
図2
に,資源配分上非効率な共同行為の提案でも,ログローリングを通して 可決されるということが,多数決ルールではみられるのである。
しかしながら,全員一致のルールにはいくつかの問題点が存在す る(16)。まず第一に,すべての人を有利にするような提案を見いだすにほ, 大変な時間と努力を必要とする。第二に,全員に利益をもたらすような 提案がいくつかあるとき,各人はより大きな利益を引き出せる提案が可 決されるように投票行動を調整するであろう。そうすると,最終的な結 果は各人の交渉力に依存し,交渉は全員一致の合意を無限に引き延ばす
こともあり得る。第三は,人々の利益が相反し,相互利益の可能性がな いような共同行為に関する提案はすべて拒否されるということである。
パレート最適状態のあいだでの選択を含む共同行為は,すべてこれにあ たる。もっとも,そのような場合でも,共同行為から損失を受けるであ
ろう人に対して利益を受ける人からの補償支払い,つまりは票の買収が おこなわれれば,全員一致の合意ほ不可能ではない。しかし,投票者の
数がきわめて大きいときには,票の買収は厄介な問題となり,全員一致 の合意はほぼ不可能であろう。
すべての人に利益を与えない共同行為の典型として,しばしば所得の 再分配があげられる。再分配政策は富裕な人を不利に貧困な人を有利に するので,全員一致の支持を得ることはないだろうということは理解し やすい。けれども,人々の将来の状態は不確実である。現在富裕な人も 将来の予測不可能な時期に極度の貧困に陥るかもしれないという危険性 あると考えるならば,公的な所得保障制度による再分配という共同行為 ほ,全員一致の支持を受けることもあり得る。ブキャナンは,このよう な再分配をパレート最適な再分配という(17)。
そうほいっても,全員一致のルールは現状がどうであろうともそこで
利益を得ている人を保護するものであることは否めない。このルールは
変化を許容せず,現状維持に傾きがちである。たとえば,かりに奴隷制
が存在しているとき,そこから利益を得ている人がいるかぎり,奴隷制 は倫理的に許しがたいと多くの人が考えたとしても,全員一致のルール でほ存続しつづけるであろう。
2)投票ルールの選択
全員一致のルールは共同行為を通じてパレート最適な移動を保証する として,全員一致のルールを原則的にほ支持する論者といえども,その 運用には非常に大きな費用がかかるということを認め,それを考慮に入 れると全員一致の合意を必要としない投票ルールを採用せざるを得ない
と考える。それでもなお,投票ルールの決定それ自体には,全員一致の
合意が必要とされる。そうでなければ,全員一致のルール以外の投票ルー ルにもとづいてなされた集合的意思決定がいかなるものであっても,そ
れにはなんらの強制力もないからである。しかし,ある争点に関する提 案ほみずからに不利な影響を与えそうだと思う個人は,それが否決され る可能性の高いルールを望むし,有利な影響を及ぼすと思う個人は,そ れが可決されるようなルールを望む。そのとき,全員が合意する投票ルー ルがあるとは思えない。したがって,具体的な争点が明らかにされる前 に,投票ルールが決められねばならない。そうしてはじめて,投票ルー ルについて全員一致の合意が可能となる。
さて,プキャナンとタロツクの分析によると,集合的意思決定のため
の投票ルールの選択にあたって,二つのタイプの費用が考慮される(18)。
その一つは,外部費用(externalcosts)といわれるもので,その人が賛 成し得ない提案が可決されることによってこうむる損失のことである。
この外部費用の期待値は,有権者総数のうち可決に必要な人数が増加す るにつれて,低下するだろう。全員一致のルールでは,各人は自身にとっ て不利な提案すべてを否決することができるので,期待外部費用はゼロ
となる。他方,一人の賛成で提案が可決されるルールでは,期待外部費
用はきわめて大きい。
もう一つの費用は,意思決定費用(decision‑makingcosts)といわれ るものである。これは,提案の可決に必要な賛成を得るための交渉や戦 略的駆け引きに要する時間と努力にともなう費用である。この費用は, 可決に必要な人数が多くなるにつれて増加し,全員一致のルールのもと ではかなりの大きさになる。こうしたことから,全員一致のルールを原 理的には支持するブキャナンとクロックも,この意思決定費用の大きさ ゆえにそれは現実的でほないと考える。
では全員一致以外のどのような投票ルールが望ましいであろうか。そ れは,可決に要する人数をこれらの二つの費用の合計が最小になるよう にするルールであり,費用最小人数が最適多数となる。これは,図3に よって示されている。図3では,期待外部費用がC曲線で,意思決定費 用がD曲線であらわされ,両曲線の垂直和である(C+D)曲線がKで
最小になっていることが示されている。Nを有権者総数とすると,K/N が最適多数の割合である。
K
可決に必要な人数
図3
これらの費用は人々の主観的判断によるので,最適多数も争点ごとに, また各人ごとに異なるであろう。しかし,投票ルールは,具体的な争点 の提示以前に決定されねばならない。そうすると,人々ほ投票ルールの 決定という問題をほぼ同じように考えるので,可決に要する人数の大き
さにつき全員一致の合意が得られるであろう。
このとき,人々の合意する多数の大きさが,過半数という単純多数と なる必然性はない。もし外部費用よりも意思決定費用の方が最適多数を 決めるにあたって重要な要因であれば,過半数未満が最適多数となりそ
うである。しかし,過半数未満は,最適多数とはなり得ないとも考えら れる。過半数未満ルールでは,ある提案とそれに反対の提案がともに可
決されるということがおこり,一つの決定に至るための意思決定費用は きわめて大きいだろうからである。D曲線は可決に要する人数が少なく なるにつれ減少するが,N/2の点でいったん不連続に上昇するにちがい ない。このとき,総費用の最小は(N/2+1)の点で生じ,(N/2+1)が 最適多数となり,単純多数決のルールが最適なルールとなる。
可決に要する人数は具体的な争点が明らかにされる前に決定されねば ならないが,各人が集合的意思決定で争点となる共同行為の多くはある 特定の集団に偏って利益を与え,自分の属する集団に損失を与えるもの であると予想すれば,可決に必要な人数が小さければ自身にとって不利 な多くの提案が可決されると考えて,外部費用の期待値を大きく見積も
るので,単純多数決よりもいっそうきびしいルールが合意されるであろ う。反対に,各人がある争点で少数派になることがあっても,他の争点
では多数派になり利益を受けることができると予想すれば,期待外部費 用をそれほど大きくほ見積もらず,単純多数決のルールが選択される可 能性が高くなる。単純多数決ルールは,お互いに矛盾する提案が同時に
可決されることを回避することのできる最小の多数だからである。
5 政治過程における政治家・政党および官僚の行動
1)代議制のもとでの政治家と政党の行動
これまでは,集合的意思決定過程を投票過程に即して検討してきた。
しかし,多くの国では,直接民主制が採用されているわけでほない。そ の理由ほ,社会のあらゆる争点について有権者全員の直接投票で意思決 定をするには,あまりにも大きな費用がかかるからである。有権者は問 われるべき争点がもちあがるごとに投票しなければならず,また適切な
判断を下すためにすべての争点について多くの情報を獲得しなけれはな らない。それゆえ,直接民主制では,実際の投票率は高くないかもしれ
ない。有権者の集合的意思決定過程への参加費用を引き下げるために, 多くの国で代議制が採用されている(19)。
代議制のもとでは,集合的意思決定過程は複雑な政治過程としてあら われる。有権者は,みずからの利益をもっとも忠実に代弁すると思われ
る政治家を代議員に選ぼうとする。選出された代議員ほ彼を選んだ有権 者の意向にかなうように議会において行動し,投票する。こうして,代
議制のもとでの政治過程においては,政治家やその集団である政党が重 要な役割を演じることになる。
では,政治家や政党の行動原理は何であろうか。通常,政党の機能は,
政権を握ることによってみずからの見解にふさわしい政策を立案し実施
することであると考えられている。けれども,ダウンズ(A.Downs)は,
次のように論じる。政党に集まる政治家は,政権を掌握・維持すること
から生じる所得,名声および権力に対する個人的な欲望に動機づけられ
ている。これらの個人的欲望のいかなるものも,政権を獲得できなけれ
ばみたされない。政党の主要な目標は選挙における勝利であって,政党
は得票を最大化するように行動する。政策といえども,得票最大化のた
めの単なる手段とみなされる。こうして,ダウンズは政治家と政党の行
動を得票最大化という仮説によって説明しようとするのである(20)。
得票最大化のための政党の戦略は,中位投票者の選好にもっともかな う政策を提示することである。いま,二大政党制のもと,国防支出とい う一つの争点で選挙が行われるとし,各有権者のこの争点に関する選好 は単蜂型のもので,みずからもっとも望ましいと思う見解から遠く離れ る政策ほど,それに対する有権者の選好の度合いは小さくなるものとす る。また,中位投票者のもっとも望む国防支出水準をGmとして,D党は それよりも大きいG。という水準を提案するとしよう。このとき,L党 は,GdとGmとのあいだの国防支出水準GLを提案すれば,L党にはGL 以下の国防支出水準を望む人すべてとそれよりもわずかに高い支出水準 を望む人が投票し,その党は50%以上の票を得て,G。を提案するD党に 勝つことができる。しかし,今度は,D党はGLとGmのあいだにある国
防支出水準を提案することで,L党に勝とうとするであろう。こうして, 中位投票者の見解により近い政策を提案する政党が選挙において勝利を 得ることになる。その結果,各党の掲げる政策は,かなり類似したもの になろう。このことは,前に述べた中位投票者の定理の応用であること はいうまでもない。
しかし,このダウンズ・モデルにほいくつかの問題点を指摘すること ができる。第一に,政党が事前に中位投票者の見解がいかなるものであ るかを知ることほしばしば困難である。第二に,争点が多次元にわたる 場合,個々の有権者の選好序列は単蜂型とほならず,中位投票者そのも のの定義が難しくなる。第三に,すべての有権者が投票するわけではな い。このとき,政治家や政党は,どのような提案をすれば,実際に投票
するであろう有権者のなかでの中位投票者の見解と一致するかを事前に
判断しなければならないが,そのことは不可能に近い。第四に,政党が
三つ以上存在する場合には,中位投票者の見解と一致する提案をした政
党がっねに勝つとはかぎらない。
こうしてみると,政党ほ選挙にあたって政策を提示するとき,投票者 の多数の見解を確定できない場合,一部の圧力団体の影響を受けたり, ときにはみずからの判断に頼らざるを得ないであろう。しかし,ダウン ズの得票最大化仮説は政治家や政党の行動を理解する上で貴重な視点を 提供したということができる。
2)官僚と予算
官僚もまた,政治過程への重要な参加者である。官僚は,政治過程で 決められた政策を合理的に遂行する役割を果たすだけであり,政治過程 には関与しないと考えられもしよう。これが,ごく常識的な見方である
ように思える。しかし,官僚も,有権者や政治家と同じように自己の効 用の最大化を追求し,政治過程に積極的にかかわっているとみる方がよ
り現実的であろう。
ニスカネソ(W・A.Niskanen,Jr.)によって,こうした見方が最初に 明らかにされた(21)。ニスカネソによると,官僚の効用は,彼の給与,役 得,公的な評判,権力や威風彼のもとで働くスタッフの数等の要因に 左右され,これらの要因は彼の所属する省庁や部局の予算規模と密接に 関係しているとされる。こういう見方からすれば,彼が所属する省庁の 予算を最大化することが,官僚にとってみずからの効用を最大化するこ
とでもある。
もちろん,官僚ほ,予算を生み出すことができるわけではない。政府 の各省庁に予算という形で財源を賦与するのは,議会である(22)。議会は, そうすることによって,各省庁に行政活動,広い意味での公共サービス の提供を求める。一方,各省庁ほ,これらの公共サービスの独占的供給
者である。しかも,公共サービスの供給に必要な費用などについての技 術的情報も独占している。また,各省庁の官僚は,財源賦与老に予算要
求をする場合,公共サービスの供給方法,質や水準といった事業内容に
っいて限られた選択肢しか明らかにしない。こうしたことが,財源賦与 老によって課せられる制約のもとで,官僚に最大の予算を獲得するよう
行動する余地を与えるのである。
このことを,ニスカネソのモデルに別してみていこう。財源賦与老は, 各省庁が供給する公共サービスに対する評価に応じて,各省庁に予算を 認めようとする。その評価は,有権者の選好をなんらかの形で反映した
ものであって,公共サービスの供給が大きくなるにつれて限界的には逓 減するであろう。財源賦与老が公共サービスの限界単位に対してどれだ け支払ってもよいと思っているかを示す需要曲線は右下がりであると いってもよい。財源賦与老の公共サービスに対する需要曲線が,公共サー
ビスを提供する官僚に課せられる制約条件である。他方,公共サービス の供給費用は限界的に逓増するが,その費用関数は省庁の官僚にしか知
られていない。そのとき,省庁の官僚は,費用を予算でまかなうという 条件のもとで,その予算を最大にしようとするであろう。
図4に,財源賦与老側の需要曲線DD,と官僚側の供給曲線(=限界費 用曲線)SS,が措かれている。公共サービスの供給がQ。の水準で,財源 賦与老の純便益,したがって社会の純便益が最大となる。しかし,この 公共サービスを供給する省庁の官僚は,公共サービスをQ。の水準で供 給することを可能にする予算を要求する代わりに,Qlの水準での供給を
可能とする予算を要求するであろう。Qlの水準では,それに対して財源 賦与老が与えようとする予算と総費用がちょうど等しい。それをこえる 水準では,得られるであろう予算よりも総費用の方が大きくなる。した がって,Qlの水準で財源賦与老から与えられる予算が,官僚の獲得しう
る最大の予算である。
Q。の水準で最大となる財源賦与老の純便益ほ三角形Eで示される
が,その純便益は供給水準がQlになれば,三角形Fで示されるQoから
Qlの間でのマイナスの純便益によって相殺されてしまう。省庁の官僚
費用・評価
供給水準 図4
は,Qlの水準での費用にみあった予算を要求することで,財源賦与老の 純便益を吸い取ってしまうのである。財源賦与老は,費用関数を知らな
いのでそれを阻止することほできない。こうした官僚の行動によって, 予算は公共サービスの効率的な供給を保証する最適規模をこえて拡大し
てしまう。官僚は財源賦与老が与えてくれるであろう予算と総費用が一 致するところまで公共サービスの供給量(より一般的にいうと事業規模) の拡大を望み,財源賦与老は費用関数を知らないがために,限界便益と 限界費用が一致するところで供給量(事業規模)を決定するという限界 原理を貫くことができないのである(23)。
以上が,ニスカネソの議論の骨子であるが,公共サービス供給の事業 内容について情報を官僚が独占しているということは,別の非効率を生 み出すことにも注意しなければならない。官僚が費用の見積もりにおい てある程度の裁量の余地をもっているという状況においては,各省庁の
予算は煩さな手続きとか余分な人員を抱えるといった余計な出費にあて
られるであろう。このような組織上の非効率はⅩ非効率(Ⅹ‑
inefficiency)と呼ばれるが,官僚機構こそⅩ非効率を生み出す典型例で あり,それを取り除こうとする内的な誘因ほそれほど強くないというこ とができる(24)。
6 有権者の行動と圧力団体 1)有権者の投票行動
最後に,有権者の行動を考えてみよう(25)。有権者は選挙で問題となっ ている争点とそれに対する侯補老の立場に関してあらゆる情報を集め,
自己の選好に応じてみずからの見解を確立し,それによって投票を行う という仮定は,あまり現実的ではない。多くの選挙において,投票率は 必ずしも高くないということは,この仮定の非現実性を示している。投 票率は,そのときの天候といった偶然事にも影響される。このことほ, 各有権者は投票しようという強い誘因をつねにもっているわけではない
ということを示唆している。
まず第一に,投票行動には費用がかかる。投票所にいくだけでも,時 間とともに,ときには金銭的な費用をともなう。また,有権者が重要な 争点を理解し各候補者の立場を知るためには多くの情報を必要とする が,情報を獲得するにも時間や努九金銭といった費用を必要とする。
第二に,有権者にとって,投票からの期待便益は小さいかもしれない0 各候補者の立場が似通っていたり,自己の見解をもっともよく代表して
くれる候補者がいないとか,自分の投票は選挙結果に影響を与えそうも
ないと予想する場合,有権者にとって投票するということの価値は小さ
いであろう。第三に,すぐれた政治家が選出され,有能な政府が作られ
るなら,そのような政府は,すべての人に利益を及ばすので,一種の公
共財(publicgoods)とみなすことができる。そうであれば,人々は有能
な政府を作るということにただ乗りし,投票に参加する費用を節約しよ うとするであろう。
このように,有権者は棄権しようとする誘因がっねにあると思われる が,それにもかかわらず実際に投票して棄権しない人が多くいるのは, 彼らがある争点について強い関心や利害関係を持っていたり,ともかく も公民としての責任を果たそうとするからである。こうして,選挙にお ける実際の投票率は,問題となっている争点の重要さについての有権者 の認乱各候補者の立場,公民としての責任感,投票のための費用,そ れに天候といったような偶然事によって左右されるということができ る。
2)圧力団体の形成
つぎに,圧力団体の行動を取り上げてみよう(26)。圧力団体とは,ある 特殊利益の実現のために,政治過程に積極的に働きかける人々のまと
まった集団である。したがって,ときに特殊利益集団とも呼ばれる。ま ずはじめに,圧力団体の行動様式を考えてみよう。当選や再選を目指す 政治家は,問題となるあらゆる争点について,有権者の選好を知ろうと するが,それは容易なことではない。そのようなとき,圧力団体は利害 関係の強い争点について情報を政治家に提供し,彼らの立場を知らせる ことによって,政治家に影響を及ぼすことができる。政治家は,このよ
うな争点について判断を下すのに必要な情報を必ずしももってはいない からである。また,圧力団体は,他の有権者にみずからに有利な情報を 与えることで,世論を誘導しようとする。さらに,彼らの利益を支持し てくれそうな政治家に金銭的・非金銭的な援助を与えることによって, その支持を確実なものにしようとする。
こうしてみると,ある人々が特殊利益の実現のために圧力団体を形成
し,政治過程に働きかけるなら,その実現によって損害をこうむる人々
もそれに対抗する圧力団体を形成するものと思われよう。しかし,そう すると圧力団体の力は相互に弱められて,圧力団体は政治過程に有効な 力を発揮できなくなる。したがって,ある政治過程の結果に特殊利益団 体の影響が反映されているといえるためには,それに対抗しうる有力な 圧力団体がなぜ形成されないのかということを説明しなければならな
い。では,圧力団体が成功するための条件,つまり対抗する圧力団体が 形成されないという条件は,どのような場合にみたされるのであろうか0
そもそも,圧力団体は,どのような条件のもとに形成されるのであろう
か。
人々は政府活動から利益を引き出したり,みずからにとって不利な政 府活動を阻止するために,つねに集団を形成するか,既存の集団に参加 するとはかぎらない。一般的にいって,集団の形成は容易ではないので ある。圧力団体の追求する目標が達成されるならば,同じ利害関係をもっ ている人には,たとえその団体に参加していなくとも利益が発生する0 たとえば,法人企業のある集団が法人税率の引き下げに成功したとすれ
は,その集団には所属していないすべての法人企業にも利益が及ぶ0政 府活動からある集団が引き出す特殊利益は,それに利害関係のある人々 全体にとって公共財としての性格をもっている。利益の享受にとって・
排除原則は適用されない。そのとき,特殊利益を引き出すためには団体
を形成して政治過程に働きかけねばならず,そのためには費用がかかる とするならば,ある人々はみずからは費用を負担せず,他の人々の努力 で実現するであろう利益に与ろうと,いわばただ乗りするにちがいない0 すべての人が,そうしたフリー・ライダー(freerider)として行動する ならば,圧力団体は形成されず,特殊利益も実現されない0
ところで,オルソン(M.01son,Jr・)は集団形成の容易さとその規模
との関係に注目する。ある政府活動に共通の特殊利益を見いだす人々の
数が少なく,たがいに熟知しあえるなら,各人の行動は相互に監視され
るので,ただ乗りを許すことなく各人が共通の利益の実現のために一つ の集団を形成し,費用を分担しあって圧力行動を展開することはそれは ど困難ではない。また,一人ひとりにとっての利益が大きければ,費用
を負担してもそれを追求しようとする人々がいるにちがいない。他方で, 共通の利益をもつ人々の数が非常に大きいときにほ,それらの人々が一 つの集団を形成することは容易ではない。そこでは,人々は相互に孤立
しており,集団行動から得られる利益が一人ひとりにとっては大きくな いとすると,費用を負担してまでそれを追求しようとはせず,各人はた だ乗りから利益を得ることを期待するからである。
こうして,特殊な利益を共有する比較的少数の人々は,集団を形成し て,その実現のために政治過程に働きかける。他方で,彼らの特殊利益 の実現で損害を受ける人々がかなり多数であり,しかも一人ひとりに
とって損害の程度はそれほど大きくないとすると,少数の人々の集団行 動に対抗できるはどの有力な集団は形成されない。これが,特殊利益集
団が圧力団体として政治過程に有効な力を発揮できる理由である。
たとえば,ある種の財の輸入制限に特殊な利益を見いだす比較的少数 の国内生産者は,そのような政策の実施と維持のために圧力団体を形成 するが,この財の多数の消費者はそのような政策を阻止したり撤廃させ たりするために政治過程に圧力をかけようと一つの強力な集団にまとま ることはしばしば困難である。生産者側での総利益が消費者側での総損 失を下回るとしても,生産者側での集団としての圧力行動は,そのよう
な政策の実施や維持に成功するであろう。こうした場合には,圧力団体 の行動は,社会的にみて不公平で,また非効率な結果をもたらすという ことができる。
現実の集合的意思決定過程すなわち政治過程に参加する主体は,有権 者としての市民と圧力団体,政治家や政党,それに官僚である。これま
での議論の特徴は,これらの主体を自己の私的利益が最大になるように
行動するものと考えることにあった。このような主体によって営まれる 政治過程が,政府活動の過度の増大をもたらすとは断言できないけれど も,官僚がその目標達成に首尾よく成功したり,ある圧力団体の利益を 擁護する代議員が,他の圧力団体の利益を代弁する代議員と互いに票の
取り引きを行って彼らの望む政策に多数の支持を集めることに成功する 度合いが大きいはど,政府活動が過度に増大する可能性ほ大きいという
ことができる。
注
(1)この二つのアプローチについては,プラウソ・ジャクソソ[1]Chap,4を参照。
(2)アローは,このルールのことを社会的厚生関数と名づけている。これは,アロー 独特の用語であり,通常の意味での社会的厚生関数とは異なる概念である。通常 の意味での社会的厚生関数ほアローの議論では社会的選択関数と呼ばれ,これを 個々人の選択関数から導出するルールがアローの用語法における社会的厚生関数
である0アロ.‑は・本文で述べるように・これら五つの条件をみたすようなルー ルとしての社会的厚生関数の非存在を証明した。アローのこの業績とその意義に ついては,稲田[6]第1章が有益である。
(3)ブラウソ・ジャクソソ[1]Chap.4は,このような見解を示す研究をあげてい
る。
(4)中位投票者の定理に関する以下の説明は,ステイグリッツ[10]Chap・6による。
(5)個人2については,GlとG。に閲し,いずれを相対的により望ましいとしてもか
まわない。(6)このような戦略的投票行動については,デュー・フリードレンダー[4]Chap・
3を参照。
(7)ここでの社会的厚生関数とは,アローの用語法によるものではなく,各人の効 用から社会の厚生を導く通常の意味のものである。
(8)本文の例では,各人の選択肢に対するドルでの絶対的評価を示さないで,相対 的評価のみが示されている。絶対的評価は必ずしも必要ではないからである。ド
ル投票方式については,ギフォード[5]邦訳第5章を参照。
(9)ここで,非効率という判定には,補償原理(カルドアの基準)が使われている。
利得と損失を比較して効率性を判定するさいには,本文の他の箇所でもとりあえ ず補償原理が使用される。ただし,補償原理は社会的厚生関数よりもより制限的 で,ブキャナン等の公共選択論老は個人主義の観点からそれを受け入れないし, またそれは効率性に対する完全な判定基準でもない。
(10)すべての人がそうすると,点数投票制のメリットがなくなってしまう。点数投 票制については,ミュラー[7]Chap.3,邦訳第8章をみよ。
(11)ログローリングに関しては,ミュラー[7]Chap.3,邦訳第5章が有益である。
(1カ
選好の首尾一貫性を示す推移律よりも弱い推移律は,擬推移律と呼ばれ,それ は次のようにいいあらわされる。
擬推移律:任意の対象x,y,Zについて,XPyかつyPzならば,XPzで ある。
全員一致のルールとは,対象について個人が抱く関係(この場合は選好)をPf, Ii,Rtであらわすと,全員がxPtyならば全体としてxPyとし,XIiyまたはyPiX
なる個人が一人でもいれは,全体としてⅩIyとするというルールを意味する。ⅩIf yとは,個人にとってxとyが無差別であることを示す。いま,XPyかつyPzと すると,全員についてⅩPiyかつyPiZであるから,すべての人についてxPtzとな
り,全員一致のルールのもとでほⅩPzが成立し,擬推移律が満たされる。
しかし,一人がzPtx,ⅩPtyで,他の人はすべてxPjy,yPjZ(ノ≠i)とすれば, 全員一致のルールではxPy,yIz,ZIxとなって,推移律は満たされない。推移律 では,yIz,ZIxのとき,つまりyRz,ZRxのときほyRxが成立しなけれはならな
いが,それはⅩPyと矛盾するからである。以上については,稲田[6]を参照。
(1カ
全員一致のルールの意義については,ブキャナン・クロック[2]邦訳第2章 を参照。
(14)この例ほ,ミュラー[7]邦訳6章で取り上げられている。
(15)この点については,ブキャナン・タロ・ック[2]邦訳第12章をみよ。ブキャナ ン・タロツタは個人主義からの逸脱として社会的厚生関数の採用を拒否している。
(摘 デューは,政府活動における意思決定のためのルールとして,全員一致のルー ルは受け入れられないとする。これについては,デュー・フリードレンダー[4]
Chap.3をみよ。
(川
この点に関しては,ブキャナン・クロック[2]邦訳第13章を参照。
(相 投票ルールの選択については,プキャナン・クロック[2]邦訳第6章を参照。
なお,本文で以下述べる最適多数論については,ミュラー[7]Chap.3,邦訳第
4章およびギフォード[5]邦訳第5章も参考にした。
(川
代議制の採用については,ギフォード[5]邦訳第6章を参照。
佃 得票最大化仮説については,ダウソズ[3]Chap.2を参照。
Cl)ニスカネソ・モデルによる官僚制の分析については,ミュラー[7]Chap・8, 邦訳第14章,プラウソ・ジャクソソ[1]第7章を参考にした。
㈲ アメリカ合衆国では,大統領の予算教書をうけて,議会が各種委員会で予算法 案を作成し,それは予算委貞会及び本会議で審議される。その意味で,議会が各 省庁に予算を賦与するといってよい。こうして,議会が財源賦与老とされるので
ある。わが国では,一本にまとまった政府予算案が国会で審議される。そして, 予算の編成にあたる大蔵省が各省庁に対する実質的な財源賦与老とみられる。こ
うした制度上の違いがあるが,ニスカネソ・モデルは,わが国における官僚制と 予算との関係に対しても興味深いアプローチの仕方を示唆しているように思え
る。㈹ このことは,ミュラー[7]邦訳第14葦において次のように簡潔に示されてい る。財源賦与者が与えようとする予算BをB=B(Q),省庁が供給する公共サー
ビスの費用CをC=C(Q)という関数で表すことができるものとする。ここで, Qは公共サー.ビスの供給量である。省庁の官僚が獲得する予算の最大化のための 条件は,次のラグランジェ関数を解くことによって得られる。
F=B(Q)+入(B(Q)‑C(Q)) 一階の条件は,
B,(Q)=C'(Q)/(1+入) B(Q)=C(Q)
である。ラグランジェ乗数1は,予算制約の拡大の効果をあらわす。入>0とす ると,B,(Q)<C,(Q)となり,Qは限界便益と限界費用とが等しくなる水準を超 えたところで決定される。
伽)官僚制とⅩ非効率については,ブラウソ・ジャクソソ[1]第7章をみよ0 (2分 有権老の投票行動については,ステイグリッツ[10]Chap・6,邦訳第5章を参
照。
佗Q 圧力団体(特殊利益集団)の行動およびその成功の条件についてのオルソン[9]
の議論に関してほ,ステイグリッツ[10]Chap.6,邦訳第5章,ギフォード[5]
第6章,御船洋[8]を参考にした。
参考文献
[1]C.Ⅴ.Brown
andP.M.Jackson,Public
Sector Economics,MartinRobertson.1978.大川政三・佐藤博監訳F公共部門の経済学』マグロヒル好学社,
1982。[2]J.M.Buchanan
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FoundationsofConstitutionalDemocracy.The University Michigan Press,1962.宇田川章仁監訳F公共選択の理論一合意の経済学‑』東洋経済新報社,
1979。