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青山学院大学図書館報

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青山学院大学図書館報

61

Apr. 1,  2003

巻頭文    運慶の仁王 ……… 伊藤 文雄 …  2 新入生特集 図書館とのつきあい方・基礎文献の紹介

・文学部生の第一歩 ……… 伊達 直之 … 4

・「推薦図書」〜生涯の課題 ……… 宮原 勝一 … 6

・「図書館って、 どこですか?」 ……… 神長  勲 … 8

・心の彩 ……… 山下  勝 … 10

・いい本にめぐりあうために ……… 土山 實男 … 12

・大学図書館は最高のパートナー …… 天坂 格郎 … 14

・行ってみよう、 図書館へ!……… 高田 由貴 … 15

(ロンドン市 閑静な住宅地、下宿先近く)

・図書館とのつきあい方 ……… 安井 年文 … 16

・図書館利用の楽しみ ……… 福井 義高 … 18 ご存知ですか?(その4)

カウンターから ……… 20 2キャンパス図書館案内

・相模原キャンパス ……… 若杉美智子 … 22

・青山キャンパス ……… 広報タスク … 23 図書館広報板 ……… 24

目 次

(2)

夏目漱石の作品に『夢十夜』がある。この『夢 十夜』の中に 運慶の仁王 の話が載っている。こ の第六篇の 運慶の仁王 は短編で数分もあれば 読めるので、疲れた時に、また何か難しい問題に 直面した時に 物事はなるようにしかならない ということを自戒する意味でよく読んでいる。

『夢十夜』は、 自分 が夢を見たことを告白す るという設定で描かれた作品で、 運慶の仁王 の 夢は、運慶が護国寺の山門で仁王を彫っていて、

その出来栄えが非常な評判なので、自分もその見 物に出かけていった夢である。少し長いがその夢 を紹介してみる。

 「能くああ無造作に鑿を使って、思う様な眉や鼻 が出来るものだな」と自分はあんまり感心したか ら独言の様に言った。するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あ の通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と 槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を

掘り出す様なものだから決して間違う筈はない」

と云った。

 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思 い出した。果してそうなら誰にでも出来る事だと 思い出した。それで急に自分も仁王が彫ってみた くなったから見物をやめて早速家へ帰った。

道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出てみる と、先達ての暴風で倒れた樫を、薪にする積りで、

木挽に挽かせた手頃な奴が、沢山積んであった。

自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始 めてみたが、不幸にして、仁王は見当らなかった。

その次のにも運悪く掘り当る事が出来なかった。

三番目のにも仁王は居なかった。自分は積んであ る薪を片っ端から彫ってみたが、どれもこれも仁 王を蔵しているのはなかった。遂に明治の木には 到底仁王は埋っていないものだと悟った。それで 運慶が今日まで活きている理由も略解った。」(『文 鳥・夢十夜』新潮文庫 41-42 頁)

 護国寺は東京都文京区にある真言宗豊山派の寺 で、5代将軍綱吉の生母桂昌院の帰依を受けた亮 賢僧正が開山し、1 6 8 1 年に創建した寺である。

従って、運慶(?− 1223 年)が生存していたとき には護国寺(1681 年)は建立されていなかったわ けであるから、まさに夢のなかの話である。運慶 が護国寺で無造作に彫っていうように見えた仁王 は、木の中に埋まっている仁王をごく自然に掘り 出すかのように無理のない造作で彫っていたとい うことである。物事の成就には自然の無理のない 流れが必要であることを、われわれに教えている 大学院国際マネジメント研究科科長

伊藤 文雄

ITO Fumio

「運慶坐像」

(3)

のではないであろうか。

 何事も無理な運び方をした場合には不自然さが 残り、人を説得するだけの終始一貫した説明がで きない。試験勉強の場合にも当てはまる。試験前 に無理な勉強をしても、体系的な理解が得られず、

最後は意味の解らない事項をただひたすら丸暗記 するだけに終わる。無理な学び方をした場合には、

そこには論理の不自然さが残り、時にはちぐはぐ してくる。やたらに回りくどくなり、一貫した説 明ができなくなる。

 反対に、自然の流れの中で学ぶ場合には無駄が 無く、簡潔に、論理的に理解することができ、説 明することもできる。学んだことを忘れることが ない。一夜漬けの丸暗記の試験勉強が成功しない のもこのためである。勉強は出来るだけ時間をか けて知識を醸成しない限り、自分のものとはなら ない。知識にはうまみを出すことが必要で、円熟 させなければ発酵してこない。

知識は常識と違い、組織のなかでも役立つ情報 である。知識には汎用性があり、共有ができる。一 般に、知識と知恵は同一視されがちであるが、区 別して考えるべきではないであろうか。知識は共 有することができるが、知恵の共有は難しい。文 明は共有できるが、文化の共有が難しいことと同 じである。知識をどのように活用しえるかは、そ の人の知恵次第である。知識がベストプラクティ スに結び付けば、それは知恵となる。

知識に自分の心が結び付くと真に卓越した知恵 となる。それには自分の心に融合する知識の習得 方法を取らなければ無理である。その知識が自分 の心で理解できなかったり、耳学問で取得した知 識であったり、また、意味が分からずに鵜呑みし た知識であったりした場合には、それは心のなか で知恵創出過程が作用せず、心のなかの粗大ゴミ となっていく。

 運慶が山門で仁王をごく自然に彫っているよう に見えるのは、一心不乱に彫っているから、自然 の動作に見えるのであろう。それと同様に、一生 懸命努力している姿は自然の姿であり、それで得 た知識は自然と知恵に発酵していく。知識が豊富 でもその知識を活かすことができなければ、それ は役に立たない情報である。

  運慶の仁王 の話は、勉強の仕方にも共通した 見方である。目的を達成するための手段としての 勉強では、単なる情報の収集をしたにすぎない。

それが問題解決の手段となるためには、回り道を してでも埋もれている知識を掘り出していくよう な努力をしていかなければならない。授業で学ん だ知識を図書館で調べたり、関連する文献を読ん だりして、自分の心の中でその知識を消化できて はじめて真の知恵となり、社会の発展のために役 立つものとなる。

 情報化の社会の中で、無駄のない行動が問われ、

一番合理的な手法をとることが求められてきてい る。従って、目的を達成するために手段を選ばず となり、努力して自分の物にしていこうという考 え方が後退してきている。 運慶の仁王 の話のよ うに、埋もれている知識を掘り当てるような勉強 をも、図書館で暇をみてされたはどうであろうか。

もしかすると、平成の運慶に会えるかもしれない し、仁王を掘り出すことができるかもしれない。

出典:『 古寺巡礼京都25 六波羅蜜寺』(杉本苑子、川崎 龍性著 淡交社)

『 新訂江戸名所図会4』(市古夏生・鈴木健一校訂、

ちくま学芸文庫)

「護国寺境内絵図」

(4)

図書館とのつきあい方  基礎文献の紹介 図書館とのつきあい方  基礎文献の紹介

 人間精神の伝統に連なる図書館は、特に人文科 学(Humanities)を目指すものにとって、絶対に必 要であり、親しまなければならない場所です。ほ とんどの学生にとっては、目前の何かを調べると ころから図書館とのつきあいが始まるでしょう。

調べることの第一歩は、レファレンス・ツールを 使うことから始まります。入門者向け参考図書の 代表格は「百科事典」。インターネットに親しんで きた世代は、ネット上で検索できるホームページ の総体に比べて「百科事典」はあまりに小さいと 思うかもしれません。しかし事典の項目は、その 分野の専門家たちが、正確を期してチェックしあ いながら書き上げたものです。個性豊かなHPは、

専門家と呼べる人の手になるものから、気楽に カット&ペイストしただけのもの、思いこみをそ れらしくまとめただけのものまでさまざま。だま され易い初心者にとって、「百科事典」はやみくも にいくつものHPを読み進むよりよっぽど手っ取 り早く、客観的にまとまった知識を提供してくれ る。むしろその後でこそ、HPの個性やその内容の 濃さが実感できることでしょう。

 「百科事典」等の参考図書には、いくつもの種類 があります。図書館内外の端末、あるいはイン ターネットを通じてアクセス出来るデジタル化さ れた百科には、平凡社『世界大百科事典』、小学館

『 ス ー パ ー・ニ ッ ポ ニ カ 』、マ イ ク ロ ソ フ ト『 エ ン カ ル タ 』ほ か 、 英 語 で はE n c y c l o p a e d i a Britannica、Encyclopedia Americana など。全文 検索は、書籍版の索引(index)以上に効率的です。

特にBritannica の記事内容は驚くほど充実してい ることも多く、熟読すればしっかりとした英文を 読む良い練習にもなります。

 しかしデジタル化されているのは、数ある事典 類のほんの一部でしかありません。いかに豊かな 参考図書群がほかに存在するか、図書館に足を運 べば気づくはずです。例えば、生活に密着した事 象を網羅的にカバーする『図解生活大百科』で「家 事の新技術」の項をめくれば、日常の掃除や洗濯 の手順からその歴史が見渡せるでしょう。『英和ビ ジュアル・ディクショナリ(Ultimate  Visual Dictionary)』や『オックスフォード・ドゥーデン 図解英和辞典』は、人体から日用品、建築物、自 動車、自然風景の膨大で詳細な写真や図版に、各 部の名称が細かに書き込まれていて、日本語でも 曖昧だったモノの名前を、一目瞭然しかも系統立 てて知ることができます。Paperback で推理小説 を読んでいたときに想像できなかった部屋の間取 りや装飾の細部、または翻訳本の違和感に満ちた 街の交通模様の描写が、一瞬にしてすっきりとし たイメージを結ぶこともあります。『英語歳時記』

などは、日本文化とは異なる季節感を伝えてくれ るでしょう。こうした事典類は、古くなって用済

文学部生の第一歩

伊達 直之

DATE Naoyuki

参考図書架(青山キャンパス)

(5)

みになるわけではありません。それぞれ出版され た時代を反映していますから、ヴィジュアルな図 版の時代による変化からは、デザイン史と同時に、

当時の編集者たちがものを観る見方そのものの変 遷をも読みとれるでしょう。

 一般論から個別へ、さらに一歩踏み込むには主 題を特化した分野別の事典が便利です。英語の単 語に関しては、Oxford English Dictionary(通称 OED)と呼ばれる横綱格の大辞典があり、一つ一 つの単語について、初めて使われた時から現代に 至るまでの意味変遷の歴史を、地質や地層の堆積 を探求するように確認することができます。歴史 的な文献を読むためにも、言葉の含蓄を味わうた めにも必須の辞書と言えるでしょう。書籍版と CD-Rom 版の両方があります。文学ならば『世界 文学大事典』から『英米文学事典』、『日本文学事 典』まで地理的に発想する事典もあれば、『幻想文 学大事典』、『イメージ・シンボル事典』、『文芸批 評用語辞典』、Princeton Encyclopedia of Poetry and Poeticsなど、テーマ別に編集された事典もあ ります。Victorian Britain:An Encyclopedia な ど、特定の時代の社会文化についてその全体像を カバーしようとする事典も増えてきました。シ リーズ化されたDLB(Dictionary  of  Literary Biography)で英語圏の作家名を個別に調べれば、

これだけでネット上のいくつもの HP をめぐるよ りもずっと大量で正確な作家・作品情報を手軽に 仕入れられます。英国の歴史的な人名辞典として は、Dictionary of National Biography という 20 巻をこえる詳しい大辞典があり、古い新聞や雑誌、

国会議事録などにわずかに名を残す人たちの生涯 が、鮮やかに回想されています。仏文学、日本文 学、哲学、キリスト教、聖書、世界神話、社会学、

心理学、音楽、映画等々、それぞれの分野には便 利な参考図書が山のようにあり、学生が自分で考 えるための足もとの知識を固めてくれるのです。

 教師や、図書館のレファレンスで図書館員に直 接たずねることも大切です。相手に分かりやすい 質問をする工夫は良い訓練ですし、人と人とのた ずね合いの中で、好奇心は生き生きと方向性を定 めていくことができます。友人同士の情報交換も ばかにできません。一方、機械的に自分に関心の ある領域で出版されている本を探すには、図書館 の端末でNACSIS-Webcat Plusを使ってみましょ う。キーワードからの検索で、読むべき本のリス トがあっという間にできあがっていきます。英語 で書かれた人文社会の専門研究を本格的に探す場 合は、MLA International Bibliography が役に立 ちます。最近の専門研究誌に掲載された論文情報 まで入手でき、この情報をもとに図書館を通じて 論文の全文を取り寄せて読むことができます。

 英国文学関係では、最近図書館はEnglish Po- etry 2という詩作品の膨大なデジタル・データ・

ベースや、Lindisfarne Gospels といった中世写本 のマイクロ・フィルムを購入しました。文学的、知 的な刺激の宝庫です。

図書館は、必ずしも明確な目的の下、特定の何 かだけを調べに行く場所でもありません。過去か ら現在にいたる、言葉や図版を主体とした人類の 様々な知性と知識が蓄積された空間に、みなさん が各人各様にでも継続的に接していくならば、

きっと大学生が身につけるべき〈知りそして考え る力〉を、発見の楽しみとともに獲得していくこ とができるでしょう。

知識に裏打ちされた考える力は、私たちがひと りひとり生きる世界そのものを、深く広くかつ意 味に満ちたものへと拡張していくことが出来るは ずです。

(文学部助教授 英国・アイルランド文学)

『英語歳時記』

(6)

「推薦図書」〜生涯の課題

宮原 勝一

MIYAHARA Shoichi

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

という言葉とともに、私自身の大学生活が懐かし く想い出されます。入学式を終え、学部のオリエ ンテーションに向かうにも教室が分からず、キャ ンパス内を長い時間徘徊(はいかい)したこと。何 とかオリエンテーションに間に合うと、そこでは 先生方の紹介の後、新入生への推薦図書として 100 冊余りもの本がリストアップされたプリント を渡され、今後の学生生活に大きな不安を抱いた ことなど。数日後、推薦図書を探しに図書館へ行 くと、切羽詰った心境とは異なり、図書館内は凛 とした空気に包まれ、(月並みですが)本独特のに おいが漂い、椅子は一般の講義室の椅子よりも座 り心地がよく、街の図書館とも異なった雰囲気が とても心地良かったように想います。

 多くの学生がそうでしょうが、私は、語学の授 業の予習、レポートの資料収集、定期試験や資格 試験の勉強、友人との待ち合わせなどに図書館を 利用しました。また、私のゼミ生の様子を見てい ますと、新聞や雑誌の閲覧・検索(過去のものを 含めて)、ゼミ発表の資料収集や準備、あるいはゼ ミ生が集まる場としても図書館を利用しているよ うです。図書館では、パソコンを使って蔵書の検

索ができますし、各種のデータベースも利用でき ます。また、AV利用室なども完備されていて、図 書・雑誌の閲覧だけではなく、デジタル情報に接 する場となっています。インターネットや携帯電 話が普及して、新入生の皆さんの情報交流は主に

「携帯メール」かもしれませんが、アナログ、フェ イス・ツー・フェイスも大切です。こうした意味 で、図書館とは単なる自習室としてではなく、さ まざまな情報交流の場としてつきあっていけると 思います。

 さて、講義が始まりますと、学生から「参考書 と し て ど の よ う な 本 を 読 ん だ ら い い で し ょ う か?」、「教科書よりも易しい本はないでしょう か?」といった質問をよく受けます。おそらく新 入生でしょう。意欲的に「経済」あるいは「経済 学」を学びたい、あるいは、大学の講義への不安 からかもしれません。講義の予習・復習のための 教科書や参考書は、科目担当の先生方が紹介する 本の中から、自分の勉強スタイルや好みに合った 本を選ぶと良いと思います。それらの本は、図書 館へ行けば揃うでしょう。私の担当科目は、「経済 学入門」、「マクロ経済学」などといった経済理論 です。主に経済の仕組みや動き、経済が抱えてい る問題点、経済学の基礎理論などを解説していま す。おそらく他の講義も同じでしょうが、講義を 通じて、皆さんに現実の経済現象を理論的あるい は歴史的背景のもとに理解する力を養ってもらい たいと考えていますから、「基礎文献の紹介」の主 旨からは多少外れますがその手助けとなるような 本を以下に紹介したいと思います。

 日本の 1990 年代は「失われた 10 年」と言われ、

経済政策運営の失敗が指摘されています。書店に 並ぶ本も時勢を反映して、「不況」、「金融破たん」、

(7)

「デフレ」、「財政赤字」、「倒産」、「どうなる日本経 済」といった言葉の入ったタイトルの本を数多く 見かけます。そうした中で、いま国内外で起きて いる経済問題を冷静に受け止め、何をすべきか考 えるための手立てとなるような本として、紹介し たいのが『クルーグマン教授の経済入門』(著者:

ポール・クルーグマン、翻訳者:山形浩生、メディ

A A A

アワークス、2,200 円)です。この本は、経済学入

A A

門ではなく、経済入門というところに特徴があり、

くだけた文体で先端の経済学・経済政策が解説さ

れています。クルーグマンの著書の翻訳本は、こ のほかに『良い経済学 悪い経済学』(著者:ポー ル・クルーグマン、翻訳者:山岡洋一、日経ビジ ネス文庫、743 円)などがあります。また、最近書 店に並んでいる本の中で手にとったものとして、

『「やわらかな経済学」で日本経済の謎を解く』(西 村清彦、日本経済新聞社、1,500 円)、『日本経済の 宿題 「失った 10 年」を超えて』(土志田征一、ダ イヤモンド社、1,900 円)、『良い政策 悪い政策  1990 年代アメリカの教訓』(著者:アランSブラ インダー、ジャネットL・イェレン、翻訳者:山 岡洋一、日経BP社、1,800 円)です。これらの本 はいずれも、現実経済の問題について、皆さんが 講義で学ぶ経済理論や分析方法を背景に、統計資 料を用いながら分析・解説したものです。

 少し専門的と感じる人、あるいは、もう少し身 近なところで経済に触れてみたいという人には、

『経済学者の手帖』(林敏彦、NTT出版、1,600円)、

『続・経済学者の手帖』(林敏彦、NTT出版、1,700 円)を薦めたいと思います。この本は、日々新聞 で読んだり、テレビで見たりする話題を、経済学 者がどのような視点でとらえ、どのように理解し

ているかを綴ったものです。いわば、経済学者の エッセイ集です。経済の話題だけではなく、大学 でのエピソードなども取り挙げられており、皆さ んも実感を伴って面白く読める本だと思います。

また、視点は異なりますが、『大学生の学力を診断 する』(戸瀬信之・西村和雄、岩波新書、700 円)は 一読の価値があります。私立文系、国立文系、理 工系学部、大学院生、そして教員養成系学部の在 学者を対象とした学力調査(とくに数学)の結果 が紹介されていて、大変話題となった本です。著 者の一人は経済学者のためか、調査の対象の多く は経済学部の学生ですので、興味を惹くことと思 います。

 最後に、昨今の経済動向を理解するために、ぜ ひとも紹介しておきたいのが、『経済財政白書(旧 称:経済白書)』各年(内閣府、財務省印刷局、1,000 円程度)あるいは『国民生活白書』(同)です。こ れらに限らず「白書」は、その時々のホット・イ シューを取り挙げて、統計資料を豊富に用いて解 説していますので、レポートの資料あるいは講義 の補足資料として大変参考になると思います。

 以上、私自身の図書館とのつきあい方や、経済 を身近に理解していくための本を紹介してきまし たが、皆さんは皆さんのスタイルで図書館を気軽 に利用し、多くの様々な情報を十分活用してもら いたいと思います。

 ちなみに、先に述べた 100 冊余りの推薦図書は ほんの数冊しか読め(読み?)ませんでした。こ れは生涯の課題となりそうです。

(経済学部助教授 理論経済学)

(8)

「図書館って、 どこですか?」

神長 勲

KAMINAGA Isao

 演習での激しいディベイトが終わり、さあ渋谷 へくり出しコンパだと5号館を出たとたん、すさ まじい雨になった。雷のおまけまでついて、まさ に土砂降り。傘をもってるのはごくわずか。しば し呆然と立ちつくす。

  「Y君、先に図書館に本を返しに行ったNさん迎 えに行ったら。私の傘使っていいよ。」 

 「はい! お借りします。・・・・・・」

  「どうしたの?」

 「あのう・・・先生・・・図書館って、どこです か?」 

 「◇?☆?! ・・・(君、4年生だろ。間島図 書館知らないのか。冗談きついぞ。)」

      いまはその卓越した技能ですっかり有名人に なってしまった、ある学生のエピソードだ。そう いう彼も、卒業論文執筆の季節になったら、あっ というまに間島図書館に通いつめるようになった。

自治体の図書館や資料室(ここはたいへんな資料 の山)もフルに利用した。「内申書と個人情報保 護」をテーマにした卒論は見事なできばえだった。

 図書館は書物・資料が保存されている庫だ。

しかし、それらを使う人がいれば、たちまち書物・

資料の生きた宝庫になる。ただボーッと座ってい る間は(図書館は懐が深いからこれも歓迎してく れる。居眠りだってOKだ。)素っ気ないようだ が、いったんなにかにさわると、つぎからつぎへ と誘いをかけてくる不思議な館だ。その誘いは、

私たちの知的な作業への想いをくすぐってくれ る。そして、願い出れば知力を鍛えてくれる。そ の作業はこちらが試される自立的な、場合によっ てはとても孤独な、しかし、ゾクゾクするものだ ろう。図書館は素知らぬ顔をしながら、利用者の 立ち居ふるまいを見つめているに違いない。期末 試験シーズンのにぎわいとは別な時に、閑散とし た図書館で自分自身の一人の空間を作ることがで きる。いかにもキャピキャピとしたキャンパスの 雰囲気とは違う空間を、自分で作る。開架式だか らより取りみどりだ。それに冷暖房完備。なんと も豪勢な話だ。大学生に認められた特権だろう。

間島図書館とつきあわないなんて、高い授業料が もったいない。相模原のほうもすばらしい設備ら しい。

ある学生は、開館と同時に定めた机に突進し、

勉強、勉強また勉強、なんでもっと夜遅くまで利 用できないんだ、どうしてこの期間閉じるんだ、

と図書館職員にくってかかったとか。みどころあ るぞ。彼は国家Ⅰ種の受験勉強をしていたのだ。

いま文部科学省で活躍している彼が言う。「いや あ、図書館にはお世話になりました。」

 ゼミの学生がコンパの席で言う。「ゼミの勉強

(9)

が始まって図書館に通いづめです。図書館、けっ こう面白いです。あ、あのヒト、またあそこに座っ て勉強してるな、なんてのもあるし。それに、な んとなく誇らしいんですよね。でも、間島、あん まり最先端の法学の本や資料がないです。」そう いうことは教師にどんどん文句言いなさい。ライ ブラリアンにも注文しなさい。

    図書館とのつきあいかたはそれぞれだろう。

全く足を踏み入れないままに卒業していく豪傑も いるだろう。受験勉強用のスペースだと割り切っ ている学生もいるだろうし、レポートはひと様の 本を書き写すことだと勘違いしながら大いに利 用している学生もいるだろう。なにかの拍子に 新しい知の世界に引きずりこまれていく、糸を たぐってどんどん先へ進んでいく学生もいるだ ろう。若者同士の甘酸っぱい思いもあるだろう。

いろんな学生をつつみ込みながら図書館は存在 している。でも、図書館という人間の編み出した 装置は、相当に人為的であるところもミソだ。た とえば、ライブラリアンそして職員は学生の問 いかけを待ち望んでいるはずだ。そのことで、お 互いに世界が広がっていく。

  法学や法律関係の文献のことでいうと、法学部、

法学会が大学図書館と共同で、『文献・資料の調べ 方』(青本)と『ガクモンのススメ』(赤本)を出

している。なんとなくこんな小冊子があるのでは ない。10年近く前から始めた、学生に向けた発信 として、とても意欲的な協同作業なのだ。全国的 にみても珍しい、そしてすばらしい、試みだと思

う。2つへの分冊をへて、毎年改訂版を出してお り、とくに2002年版はインターネット等の利用 を十分に意識した、ということは図書館設置の ツール利用を意識した、ずいぶんと内容豊富で使 いやすいものになっている。実は、私も青本のお 世話になっている。2003年版も新学期に間に合 うよう準備が進んでいる。法学部の学生だけに 配っているわけではなく、図書館のデスクにも置 いてあるので、どんどんもっていって下さい。図 書館は学部分けなんかとは無縁の世界だ。

  私の専門に近づけていうと、図書館の資料等で 学生がまあ手にしないだろうと思うのは、①『現 行日本法規』(130巻くらい)、②『官報』、③『基 本行政通達』、といったあたりだろう。そこには、

日本の行財政と社会を動かしている法的現実が つまっている。インターネットで検索して内容 を知るのとは一味違うずしりとした重さを感じ るし、だれも見ない資料を1人読むのも悪くは ない。そのセンスからすると、霞が関諸官庁の図 書室もすてがたいし、東京都庁の都政資料室も いい。第一次資料にもとづく考察へと歩みを進 めたいものだ。ほんとうは、間島にも、各分野ご との最新六法がそろっているといい。

  はるか40年前、私が在籍していた大学の図書館 はなかなかのすぐれものだった。蔵書数は新設大 学だから多くはなかったが、アメリカ流の利用者 本位の開放的システムが徹底していた。そして、

利用者の間に図書館という静かで緊張感ある空間 は、もちろん蔵書等も、大切な共有財産という意 識が明確だった。そうか、40年前か。

 かくいう私は間島図書館と大いにつきあってい るかというと、これが近年はサッパリなのだ。高 齢者目前の私にとっては、若者が発する雑多なエ ネルギーがもはやダメなのだろう。いや、くり言 は別な機会にしよう。

(法学部教授 行政法)

写真 ① 相模原キャンパスメディアセンター入口

② 青山キャンパス図書館

(10)

心の彩

山下 勝

YAMASHITA Masaru

 1999年に公開された映画で『カラー・オブ・ハー ト』という作品があります。簡単に紹介しましょ う。現代で気ままに生きる双子の兄妹が古いモノ クロドラマの世界(小さな街:

pleasant vil)に囚われ、自分 たちの肌の色までモノクロに なってしまうというお話です。

 古き良きアメリカの理想的 な街に住む人びとは、しかし、

限られた知識のなかで、他の ことには目を向けずに楽しく 生きています。いえ、生かされ ています。彼らはけっして「な ぜ?」を自分に問いかけるこ とをしません。現実世界から

来た不勉強な兄妹から見ても、彼らが少ない見識 しか持っていないことがすぐにわかりました。兄 妹は自分たちの少ない知識のなかからいろいろと 彼らに教えてあげます。すると、新しい知識、新 しい世界を知った街の若者たちの肌の色が次々と カラーに変わっていくのです。それは彼らの心が 彩られた証拠です。

 けれども、主人公のひとりである妹は、街の若 者よりも当然たくさんのことを知っているにもか かわらず、彼女の肌の色はいつまでたってもモノ クロのままで、ずっと不思議に思っていました。

ある日、娯楽も刺激も少ないその世界が退屈で嫌 気がさした妹は、いままで一度も行ったことのな い図書館に行き、不意に本を借りてきて読みはじ めます。生まれてはじめて1冊の本を読み通し て、感動を覚えた彼女の肌の色は、いつの間にか カラーに戻っていました。彼女にとって心の彩と なったのは本だったわけです。

 若者がカラー化するのを異常事態と判断したモ ノクロの大人たちは、図書館の本を全部焼き捨て ようとします。これに対し、彼女は自分の人生を 変えてくれた本を焼かないで ほしいと必死に嘆願し、抵抗 します。その姿は現代世界に いたときの彼女からはとても 想像できるものではありませ ん。そんな彼女が最後にどの ような道を選んだのかは実際 に映画を見て確認してみてく ださい。

 当然ですが、私にも皆さん と同じ年齢くらいだった時期 があります。それまであまり本を読まなかったの ですが、大学に入学して自由な時間が増えました ので、なぜか本を読みはじめました。上記の映画 の主人公と同じような動機です。あまり自慢でき るものではないかもしれませんが。

 しかし、今思うと、あのころに読んだ本が自分 にとっての良い肥料になっていたような気がしま す。それまで他人(誰か偉そうな人;有識者;学 校の先生など)に言われたことを鵜呑みにしてい ましたが、そのころから自分の頭で考えて判断す るという癖がついたように思います。これは実は 大変革なのです。高校までと同じような感覚では、

きっと大学で勉強する意味が見つからないでしょ う。不幸にも、卒業するまで、それに気づかな かった人たちを、私はたくさん知っています。ど うか気をつけてください。そして、『カラー・オブ・

ハート』の主人公のように、自分を変えるきっか けとして、本を読んでみるのはどうでしょうか。

『カラー・オブ・ハート』

(11)

 さて、映画ばかり紹介していても仕方ありませ ん。私からは経営学に関連する書籍を皆さんにご 紹介したいと思います。J.アベグレンとG.ス トークの書いた『カイシャ』(講談社文庫)という 本です。この本は、1970 年代から 80 年代、日本 の経済が世界的にも高い競争力を持っていた時代 に、外国人から見た日本企業の特徴を見事に記述 しています。

 われわれ日本人は日本に生まれ、日本で育ち ます。世界の国々とは異なる日本の特徴は、ずっ と日本にいる日本人にはわからないのです。そ んな状況がありますので、多くの研究者が日本 企業の強さを観察しにやってきました。アベグ レンもそのひとりです。

 アベグレンたちが見つけた日本企業の特徴のひ とつは終身雇用(長期雇用)でした。いったん会 社に勤めはじめると、普通は辞めることはありま せん。出来の悪い人が会社を辞めるものだと、わ れわれはちょっと以前までは当たり前のことだと 思っていましたが、実際にはこれは海外の企業で は常識ではありませんでした(海外でも長期雇用 の企業は少なくはないですが)。

 次に、年功制度というのが挙げられています。

給料も昇進も、主に年齢(勤続年数)を基準にし て決めるという制度です。これもまた日本では 常識でした。先輩は先輩であるというだけで偉 いのです。そして、そういった考え方・構造が組

織をうまく維持するのに役立ってきたのも事実で す。

 もうひとつ、企業内(企業別)労働組合です。

これは皆さんには理解しにくいかもしれません が、例えばアメリカなどでは企業ごとではなく、

業界ごとに大きな労働組合を組織しています。そ の方が企業との交渉力が大きくなるからです。け れども、日本ではそうではありません。そうする と、また組合と企業との関係が変わってくるわけ です。

 他にも日本企業の特徴はたくさんありますが、

とくにこの3つは有名で、かつてはこれらの特徴 を日本企業の三種の神器と言ったこともありま す。それくらい重要で、意味のある特徴だという ことです。やはり日本企業にはオリジナリティが あり、それが競争優位につながっているのだと世 界中の研究者たちは考えるようになりました。日 本的経営という考え方が生まれた瞬間です。

 この 70 年代、80 年代の日本企業の強さの源泉 となっていた日本的経営は、近年、大きく揺るが されています。赤字の続く企業はもはや従業員 を定年まで雇用しつづけることができなくなり、

いわゆるリストラが起こっています。終身雇用 が崩れつつあるのです。能力主義が増えてくる にしたがって、年功制度も危うくなっています。

けれども、一部の研究者は、日本企業がダメに なった理由を、日本的経営を徹底しなくなった からだと言っています。実際、アメリカの企業の なかでも優秀な企業の特徴をじっくりと観察し てみると日本的経営に非常によく似ていたりす るのです。われわれはもう一度、日本的経営をき ちんと学ぶ必要があるのかもしれません。その 入門書として、アベグレンらの本は最適なので はないでしょうか。

(経営学部専任講師 経営学 経営組織論)

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いい本にめぐりあうために

土山 實男

TSUCHIYAMA Jitsuo

 気持に余裕があるとき、好きな CD をそばにお いて、読みたい本を読み始めると、一日二日はた ちまち過ぎる。その本が期待した通りなら、気分 はさらにいい。インターネットの情報が画面から 瞬時に消えるのとは違って、本はモノとして残る から、何年か後に読み返してみると、前に考えて いたことを思い出すことがある。時にはなぜその 本があるのか忘れていることもあるが、前にわか らなかったことがわかったりすることもある。読 んだ本は何を考えてきたかの軌跡だから、本棚は 頭の中を外に開いてみせているようなものである。

 われわれが話をききたい人に会える機会は限ら れている。また、たとえ運よく会って話ができた としても、話してわかることは、これまたたかが 知れている。ましてや、死んだ人に会うことはで きない。ところが、本はわれわれを時空を越えて 運んでくれる。たとえば、紀元前5世紀のギリシ アに、革命期のフランスに、あるいは、幕末の日 本にである。かりにタイムマシンがわれわれをそ れらの時代に運んでくれたとしても、それだけで はただの観光旅行に終わるだけだが、たとえばツ キュディデスの『戦史』(岩波文庫)を読めば、ツ キュディデスという最良 の史家の目を通して、ア テネとスパルタが、な ぜ、いかに戦ったかがわ かるだけでなく、翻っ て、国際政治の本質に迫 ることができる。また、

トックビルの『アンシャ ン・レジームと革命』(講 談社学術文庫)を読めば18世紀末のフランスの空 気を吸うことができるし、社会を見る眼を鍛えて

くれる。

 それでは、いい本とはどんな本か。第一にそれ は読者が本に何を求めるかによる。いい本を読む ためには、求める何かが読者にあり、また読んで 理解するだけの能力がなくてはならない。かりに 優れた本であっても、読者にその能力がなければ、

その本のよさはわからない。

 作家の丸谷才一氏は、いい本はよくわかった人 が書いた小さい本――たとえばF.M.コンフォー ドの『ソクラテス以前以後』(岩波文庫)のような 本だといっている。国際政治学でいえば、高坂正 堯の『国際政治』(中公新書)や、ジョセフ・ナイ の『国際紛争』(有斐閣)などがその例である。もっ とも、二流の本がいい面もある。というのは、二 流はよりわかり易いからである。たとえば英語で 書かれた名もない学者の経済学のテキストでも、

経済学の素養のない私にさえわかるように書いて ある。二流には二流のよさがある。

もともと大学の授業は何を読むべきかを案内す る場所である。だから、いい授業をとれば、いい 本が読めるはずだ。しかし、いい本をみつけるに は、やはり自分で本を選んで、読んでみて、自分

が本の目利きになるに及くはない。国際政治学者 の猪口孝氏が、一人前の研究者になるためには2 トンの本を読め、とどこかに書いておられたが、

2トンという量は、たまたま私が学生生活を終え て日本に持ち帰った本が2トンだったので(別に 一人前だといいたいのではないが)感覚としてわ かる。本 2 トンは段ボール箱で4、50個ほどであ る。何年か前に、神田の古本屋の主人から、ちゃ んとした学者が亡くなると5万冊の本が出てく る、といわれたことがあるが、私の場合はとうて い5万冊に届かないままに終わりそうである。

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とにかく、本は身銭を切って買うことだ。しか も、猪口氏のいうように本は目方で買うものであ る。仕事柄、新刊書を毎年何十万円、年によって は給料に不相応な額の本を買う。それでも、100 冊買って、30冊も気に入る本があればよい方であ る。タイトルに騙され、著者や出版社の名前に騙 され、しばしば本の装丁にも騙される。だから、い い本だけを買おうと思ってはいけない。駄作が あって本の世の中だと思った方がいい。何度も失 敗を重ねるうちに本を見る目ができてくる――つ まり本の目利きになれる。

 本の目利きになるための訓練をするところが、

長年、私にとっては図書館だった。まず図書館で 本を手にとってみてみることである。手ざわり、

大きさ、厚さ、重さ、紙のめくれ具合、活字(米 国Knopf社の昔の本には活字を作った人の名前が 書いてある)などの感覚は、本の内容とともに記 憶に残る。

 また、図書館という場所のもつ、ちょっとツン とした雰囲気も本を読むには大切である。どうい う図書館をもっているかを見ると、大体その大学 のレベルがわかる。ワシントンD.C.で学生生活を 送ったから、ジョージ・ワシントン大学やジョー ジタウン大学の図書館をよく使ったが、いずれも 大学の名前のわりには大した図書館ではなかった

(少なくとも20数年前は)。対日占領政策の資料

(プランゲ・コレクション)で日本では知られてい る、郊外のメリーランド州立大学マッケルデン図 書館はなかなかのもので、一日中いても退屈しな かった。学会で行ったノースカロライナ大学の図 書館は、入ると古臭い匂いがして、国際政治の書 架がとくに充実していた。しかし上には上があっ て、一年いたハーバード大学のワイドナー図書館 は、何百万冊もの蔵書を誇り、暗い迷路のような 書庫には、探している本が必ずあった。電子情報 の時代になっても、これらのアメリカの大学図書 館は、知のセンターとして輝いている。

 若いときに何を考えていたかが、その人の一生 を決める。何を考えていたかということは、すな

わち何を読んでいたかということだ。しかし、本 との出会いは一見選択であるようでいて、半ば偶 然(運命)でもあるから、求めても必ず何かが得 られるわけではない。とくに国際政治を学ぶ場 合、これを読んだら国際政治がみなわかるという 本は一つもない。国際政治がわかるためには、人 間、社会、国家がわからなくてはいけない。

司馬遼太郎の『人間の集団について』(中公文 庫)は、国とは何かについて政治学用語を使わず に書かれた「第一級の思想書」(桑原武夫)である。

E.ホッファーの『大衆運動』(紀伊国屋書店)は 社会についての、また、動物行動学者 K.ローレ ンツの『攻撃』(みすず書房)や『鏡の背面』(思 索社)は動物を通して人間についての鋭い洞察に 満ちている。

これらの本は政治学をやる者には役立ついい 本である。もちろん、国際政治学には多くの良書 がある。翻訳はないが、A.Wolfers『Discord and Collaboration』やJ.Herz『International Politics in the Atomic Age』は古い本だが、いまも新鮮 だ。訳のあるものでは、H.ブル『国際社会論』(岩 波書店)、R. ニーバー『道徳的人間と非道徳的社 会』(白水社)、H. モーゲンソー『国際政治』(福 村出版)などがあるが、どれがいいかは、自分で 判断してほしい。

この四年の間に、一生の友にできるようないい 本にめぐりあってもらいたい。

(国際政治経済学部教授 国際安全保障論)

(メリーランド州立大学図書館)

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大学図書館は最高のパートナー

天坂 格郎

AMASAKA Kakuro

 新入生の皆さん、今日は!

学生が希望に燃えて勉学し、成長してゆく有様 は教員の使命であり喜びである。学生諸君の知的 創造性が高まることを期待し、大学図書館の利用 法 についてガイダンスしよう。学生時代を振り 返り、授業のレポート、ゼミや卒論に威力を発揮 する、図書館の魅力に触れて見たい。

* 図書館は人生観を高める白い伝書鳩!!

 我が師である故八田秀三郎先生(元東北大)の 30数年前の初講義が目に浮ぶ。 ラプラス変換

関数論 など、教科書を暫し離れて進み、 夢う つつ・唖然顔 の我々に『諸君!判らんか?しか し浅学菲才を悩むことはない!桜舞い散るこの夕 日を眺めたまえ。明日の朝陽は諸君の未来に希望 を与える…』云々。

 豊かな名講義に高揚し、早々に大学図書館に 駆け込み、何れ学ぶ 応用数学 の魅力に発奮し たものである。様々な蔵書で魅力満載の図書館 は菲才な人生観を高める 幸せの白い伝書鳩 で あった。

* 図書館は 授業レポート 作成に最適な空間!!  学生時代、流体工学や伝熱工学の実験で毎日の ように授業レポートを作成した。教科書には充分 解説されていない実験挙動が度々観測された。

これは一体何だろう? とよく疑問が生じたも のだった。国内外の著名な文献を読みあさり、事 象解明に触れた基礎理論を学習できる喜びや感動 は今も記憶に新しい。図書館の知的な佇まい(自 由空間)は創造を掻き立て、提出レポートへの担 当教官のご教示(添削)は知的で新鮮であった。

* 輪講、卒業研究に威力を発揮する 図書館の魅力  3年次、当研究室ではゼミ形式の輪講を頻繁に 実施する。約15人の学生に対し、最新のサイエン スとテクノロジーを講義し、統一研究課題に対す る、個人やグループの研究を行う。学生は国内外 の文献を調査しレポートにまとめ発表し合う。討 論形式により、論理的思考力やプレゼンテーショ ン力を養うことになる。4年次の卒業研究(1年 間)では、300頁にも及ぶ卒業論文をまとめるが、

数十冊に及ぶ国内外の文献を読破することになる。

学生が苦闘し、初めて体感する研究の喜びである。

当然であるが、図書館は知的創造の源泉であり、

学生諸君にとって信頼のおける最高のパートナー となりうる。 

* 図書館を貴方の書斎にしよう

 図書館の3大資源(図書館員、資料、情報を探 す道具)を充分に活かすことが大切である。疑問 を調べ、深く考えることが学究の基本である。

先達らの著作・研究論文を読むことで、新しい 世界(学問領域)に気づき、付け焼刃でない論理 的な思考力やイメージ、発想が創出される。 

最新の図書館系(システム)と図書館ネット ワークなどを活用し、高度情報化社会の最先端を いく大学図書館を貴方の書斎にして、自己の人生 観を高めていただきたい。

 最後に、 禅の世界に、自分探しの過程を一人の 少年による牛探しになぞらえた禅の『十牛図』と 呼ばれるものがある(廓庵禅師、中国北宋末、12 世紀)。学生・教員を問わず、謙虚な学究態度で学 術文献を精査することは、新事実・新知見を導出 する糧となる。新入生の皆さんの健闘を祈りたい。

(理工学部教授)

−知的創造の源泉にしよう−

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行ってみよう、 図書館へ!

高田 由貴

TAKADA Yuuki

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。受験 戦争を勝ち残り晴れて大学生となった今、これからの 4年間を勉学に遊びにと、どのように学生生活を満喫 しようかと期待を膨らましていることでしょう。さて、入 学早々に図書館の話なんかに聞く耳を持ちたくないか もしれませんが、少々お付き合いくださいませ。図書 館は、皆さんと切っても切れない存在なのですから。

 中学高校までの図書 室 は、学校の端の方に あって数人の生徒が静かに勉強している、そう、まる で自習室のような場所だったのではないでしょうか。し かし、大学では図書 館 と名前を変えて登場しま

す。さぁて、では早速その図書館に行ってみま しょう。図書室とは大きく雰囲気が違うことに びっくりするかもしれませんね。なんと言って も、多くの学生が熱心に勉強しているのはもちろ ん、図書室とは比べ物にならないほど広く、蔵書 数もはるかに多いですから。その図書の多くは専 門書(入学したての皆さんはチンプンカンプンか もしれませんが)で、一般の図書・雑誌もあり、

中でも『ブルーバックス』シリーズや『Newton』

など知的好奇心にかられるものが多くあると思い ます。授業の合間など、時間があるときに読んで みるといいかもしれません。

 この図書館を皆さんは学生生活4年間を通して利 用していくことになるのですが、その主な理由 は、十中八九、レポート作成のためでしょうね。

(これです、切っても切れない理由は!!)私も学生 の頃、授業や各種化学実験などで様々な新しいこ とを学んできましたが、教科書だけでは分からな いことが多かった(教科書の内容すら分からない こともあった)ので、詳しく調べるために週に3 日は図書館に通ったものです。こんなときに利用 するのはいわゆる専門書で、有機、無機、物理、

分析、生化学などと分野ごとにまとめられていま す。数多くある本の中で知りたいことを探すのは 大変かもしれませんが、片っ端から目を通して自 分にあった理解しやすい本を見つけましょう。

 余談ですが、レポートを書く際に用いた本は参考文 献としてしっかり書いておきましょうね。

 先の話になりますが、4 年生になると研究室に 配属されて卒業研究に打ち込むことになります。

このときも図書館は、文献検索の場として大いに 利用されることでしょう。文献検索とは、過去に どのような方法で研究が行われてきたのか、今 後、どのように研究を進めていくかを決定するた めに必要で、図書館に設置されている端末の検索 システムや、インターネットを利用し、世界中の 投稿論文雑誌(例えばnature, science が有名で すね)の中から研究内容に関連した論文を、幾つ かのキーワードを用いて探し出す作業です。も し、大学にその論文があれば図書館に行って複写 し、無ければ取り寄せてもらうことができます。

 図書館をただ本やノートのコピーをするためだけに 来館するのはもったいないです。時間を持て余し ているなら CD、LD、ビデオなどの視聴覚資料を 堪能するのもよし、眠くなったら寝てしまうのも よし(!?)、友人との情報交換の場にするのもよ し、と自分なりの利用方法を見つけ、新しい相模 原キャンパスの図書館とうまく付き合っていきま しょう。 (理工学部助手 海洋天然物化学)

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図書館とのつきあいかた

安井 年文

YASUI Toshifumi

 ここのところ、図書館に行く回数がめっきり 減った。雑務や私事に時間を使いすぎ、本来の研 究、教育活動が疎かになったということが原因の 一つではある。大学で禄を食む以上、反省至極で ある。

それに加えて情報化された図書館になってきた 一面も大きいといえるであろう。それは以前の 文献検索の方法というと、とても時間がかかる 作業であった。あたりをつけた雑誌名のメモを 持ち、それを探すのに一苦労するのである。その 後、その雑誌の題目から自分の欲しい文献を一か ら探っていくしかなかった。時として自分の必要 とする 文献に出会えなかった なんてこともあ るわけで 妙に目が疲れたな なんて感じたこと もあった。またあるときには目的を持って行った 筈の図書館がいつの間にか脱線した方向に行き、

違ったものを読み始め、単なる好奇心の充足に 走ってしまうこともあった。

 考えてみると図書館というと幼少の時から存在 は意識していたが図書館に行って本を一番借りた のは小学生の時で中学、高校ではある意味でお世 話になることはなかったなと思う。大学では専ら 文献探し、時には暇つぶし、時には新聞を読みに 行ったり、あとは試験前に勉強に駆け込むといっ たところだった。

 このようなことが自分の図書館との関係であっ たような気がするが、これが学生のみなさんへ 参考になるとはとても思えない。しかし、中には 私のような図書館利用者もいて良いのではない かと思う。また、もっと使い勝手は良いはずであ ろう。

私自身、現在、図書館の使い方というと図書館へ 直接足を運ぶということはめったにない。これも

インターネットの普及による研究室からのLAN 接続により、情報センターのホストサーバーから 経由して様々な情報を入手できるからである。も しくは学内者専用の入り口から本学図書館内での 文献検索などが出来てしまう。最近の検索方法や 情報化された文献により、大体の文献内容の確認 までが出来てしまうのである。公式な学会のホー ムページにアクセスすると最近の発行誌の a b - stractだけでなく全文が掲載されている部分もあ り、非常に便利である。

 講義で使う授業ノートの中にちょっとしたネタ というかボリュームを持たせるため、多少の危険 を感じながらではあったが、今年度はインター ネットを多用してみた。この多少の危険というの は実際には単なる個人的なホームページや会社の 製品販売などの宣伝に踊らされ、学術的な実証も されていないことを鵜呑みするようであると非常 に危険なことであるということを指し示す。もし、

簡単に信じて使ってしまうと授業でいい加減なこ とを教えるという事態になり、責任問題に発展し てしまう。慎重な対処を取らねばと思う。

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 私が担当している全学共通科目(4月からは身 体の技能コア科目等)という科目は自然系から人 文系まで多くの分野の混在している部門であると いえる。そのなかでも私が担当するのは体育学で ある。実は体育学という領域の中にも分野が多岐 に分かれ、その中でも自然系から人文系まで、多 くに枝分かれしている。専ら私の専門分野中の専 門分野はスポーツバイオメカニクスということに なる。私が本学へ赴任してきて4年、私の閲覧し たい書籍も随分図書館に入れていただいた。た だ、まだまだ学生に目を通していただきたいも の、私自身も参考としたい書籍が満ち足りている とは言えないような気もする。私も保健体育分野 での図書委員でありながら、本の選定をなかなか 実践できていないという点では懺悔であるが、ど うも数を僅かにしてしつこく使っているような気 がする。学生やほかの同領域の先生には不憫をか けているかも知れない。芸能人の島田紳介という 人はバラエティ番組の司会などで一般市民が疑問 に思うような、テレビ受けすることを代弁してく れ、辛口なトークと相まって結構、笑いを取るの で良く出てくる人だがその人が昔、本を良く買 い、棚にそのまま眠る本もあればすぐ読み切って しまう本もあるといった趣旨のことを言ってい た。これが良いかどうかは人によって判断が分か れるであろうが私もどちらかというとそういう本 が実際ある。必要なときがありそうだと思って 買ってみるがその時には他の本や他の仕事で目一 杯になり、その本はあとで.....と思って書棚に 置いておくとそのままというものがある。買って から随分時が過ぎてから思い出したように必要に 迫られたりして手にするといった具合だ。

 何とも本に申し訳ないなと感じるものである。

本意ではないがこういった活用も あり だと思 うようにしている。最後に何が一番よいかという のは自分自身で決めればよいと思う。文字情報な どの視覚情報やラジオなどの聴覚情報といった情 報は巷に溢れている。それらを自分のライフスタ イルや必要性に鑑みながら効率的に使えればそれ

が一番良いことだと思う。

 本当のこの稿の目的になるかも知れない基礎文 献・資料紹介として挙げたいのはスポーツ科学ラ イブラリー・全8巻『スポーツの科学的基礎』、『歩 く科学』、『走る科学』、『跳ぶ科学』、「投げる科学』、

『泳ぐ科学』、『打つ科学』、『滑る科学』(大修館書 店)のシリーズものである。

 これら8冊はシリーズとはいっても著者が全く 違っていて内容の構成も随分違う。しかし、先述 したように私がしつこく何度も棚から引っ張り出 しては参考にしたというのに該当するものの一つ である。人間の本来持っている身体動作学上の動 きをメカニカルに解説しているといえ、改めて人 間の身体機能の構造や理論を確認させてくれる。

ちょっと数字の苦手な人は文章だけでも拾い読み するのもよいかも知れない。

 我が家には2歳半の子どもがいる。実は昔、こ れらの本を読んで走るのを速くするには幼少の時 が大事だと思った過去がある。我が子にもそのト レーニングを施したのは自然の流れであった。結 果が現れるのはあと10年後だろうが…。

 止めどもなく述べてきたが私が一番最近よく感 じるのは情報を吸収して無駄になるものは無いと いうことである。その情報が不要になれば自然と 頭の中から消えていくような気がする。本、イン ターネットなど図書館をフルに活用して一回頭の 中が飽和するまで情報吸収すればまた新たな世界 が見えてくると思う。

(文学部助教授 身体の技能)

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図書館利用の楽しみ

福井 義高

FUKUI Yoshitaka

 私が図書館を頻繁に利用するようになったのは、

アメリカの大学に留学してからである。日本では 学校に行っているときも、大学卒業後就職してか らも、図書館はほとんど利用しなかった。図書館 で勉強するという習慣はなかったし、和書・洋書を 問わず本は買って読んでいた。なぜ、図書館を利 用するようになったかと言えば、読みたい本・読 まなければならない本が既に絶版であることが多 くなったうえ、学術雑誌を読まなければならなく なったからである。

 まず、非常に重要な文献でも、今では手に入ら ないことが多い。古書店で買うという選択肢もあ るけれども、当然ながら市場メカニズムが働き、

需要のある絶版本には高い値段がついている。一 方、アメリカの大学の図書館はほぼ一日中開いて おり、思い立ったときに只で借り出すことができ る。本というのは量が増えると維持が大変であり、

いつでも借り出せるのであれば、図書館に預かっ てもらっておくと考えた方が合理的でもある。も うひとつ、社会科学の研究発表も、自然科学同様、

本ではなく学術雑誌が中心になって来ている上、

読みたい論文が掲載されている雑誌の数は増える 一方で、個人で全部購読するのは不可能である。

結局、図書館で該当論文をコピーし読まざるを得 ない。

 こうして必要に迫られて図書館を利用するよう になった私が、新入生の皆さんに図書館利用のす すめを書くのは、おこがましい限りではあるけれ ども、利用するようになって知った図書館の楽し みがある。実はこれは大きな書店に行くのと同じ 楽しみであり、とりたてて読みたい本があるわけ でなくとも、ふと棚にある本を手にとって読むと いう楽しみである。図書館の場合、書店と異なり、

もう絶版となった過去の本も揃っている。雑誌も 同様で、お目当ての論文が収められている号の他 の論文に興味をひかれることも多い。

 国際マネジメント研究科に入学された皆さんは、

ほとんどが大学卒業後、実務経験を積み、現在の 仕事を続けるか新しい職場に移るかはともかく、

ここで学んだことを将来の仕事に役立てたいと考 えている点で、目的意識も明確なのではなかろう か。しかし、大学で教えられる実務知識というの は案外役に立たない。大学の研究者というのは、

実務知識という点では、現実に日々業務を行って いる実務家に太刀打ちできないし、実務家出身で あっても、現場を離れれば同じことである。実際、

経営のような実務そのものを大学で研究すること は無用であるという議論も有力である。こうした 考えは日本やヨーロッパで根強いのはもちろん、

アメリカでもハーバード等のエリート校の学部教 育では経営専攻は許されず、「本物」の研究者はビ ジネススクールを胡散臭いものと見ている。

 しかし、経営の良し悪しが国民の生活水準を左 洋書・雑誌架 (青山キャンパス地下電動書架)

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右することを考えれば、経営は実務家だけに任せ ておくには重要過ぎる分野である。単なる事例の 目録作りにとどまらず、一定の枠組みのもと、経 営という現象を分析するのであれば、むしろ、実 務から一歩離れた研究者の方が実務家に対して優 位である可能性もある。

 ではどのような枠組みを身に付けるべきであろ うか。私の個人的好みは制約条件付き最適化を柱 とする経済学であるけれども、他にもいろんな方 法論があろう。経営を本格的研究対象とするのに 大きく貢献したのが、私の母校カーネギーメロン 大学の教授であった Herbert  Simon、  James March、 Richard Cyert などであり、March と Simon の共著Organizations や Cyert と March の 共著A Behavioral Theory of the Firmを読めば、

彼らがむしろこうした経済学には批判的であった ことがよくわかる。

 一通りの知識、いかに もMBAらしい知識を身 に付けるだけであれば、

図書館は不要であり、授 業を聴き、指定された教 科書を読むだけで十分 である。アメリカ型の経 営教育の利点は、必要な 知識を学び易いように 効率的にひとまとめに して提供することにあり、日本の大学が学ぶべき 点である。しかし、それだけで終わっては、せっ かく高い授業料を払っているのにもったいない。

授業に役立ちそうな本を探す際に、関係はないけ れども面白そうな本に出会うこともあろう。

 今は省みられない過去の本が、意外に新鮮な視 点・新たな示唆を与え得る。最近、カオスやフラ クタルなどの概念を用いて、物理学者たちがファ イナンスをはじめとする経営研究に参入して来て いる。しかし、前述の Simon と Yuji Ijiri はSkew Distributions and the Sizes of Business Firms 所収の論文で、新入生の皆さんの多くが生まれる

前から、同様の研究を発表している。Yuji Ijiri と は毎年集中講義をして頂いている、井尻雄士カー ネギーメロン大学教授である。

 また、多くの人が指摘するように、花粉微粒子 の水中での動きと株価の推移に類似点を見出し、

熱伝導方程式を使うなどという発想は、実務経験 だけからはまず出てこない。こうしてオプション の ブ ラ ッ ク ・ シ ョ ー ル ズ 評 価 式 を 導 出 し た Fischer Black は、大学から離れて投資銀行に籍 を置き、金儲けを実践したまさに実務家であると ともに、マクロ経済学に関する著書B u s i n e s s Cycles and Equilibrium や Exploring General Equilibrium で、実務経験のない研究者からさえ 空理空論と言われそうな、経済は常に均衡状態に あると言う実務的配慮ゼロの主張を行っている。

 幸いにも青山学院は、図書館は和洋を問わず 本・雑誌とも充実している。最近まで不覚にも知 らなかったけれども、他キャンパスの本も青山の 図書館まで運んでもらえる。Samuel Johnson は こう言っている。 A man will turn over half a library to make one book。

(大学院国際マネジメント研究科助教授 会計の経済分析)

「Skew distributions and the sizes of business firms」

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参照

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