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68 青山学院大学図書館報

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(1)

No. 68

Jan. 11, 2005

私の出会った一冊 ……… 伊藤 定良  2 特集 「私の進路を決めた一冊」 ……… 4〜11 新刊紹介

 無名(むみょう)の人 石井 筆子 ………12 レファレンスカウンター紹介 ……… 13

『AGULI』読者アンケート集計結果 ……… 14 図書館広報板 ……… 16

http://www.agulin.aoyama.ac.jp/

青山学院大学図書館報

Aoyama Gakuin University Library Information

特集 「私の進路を決めた一冊」

・自分と向き合った一冊 ……… 坂東 三津五郎 … 4

・私の大切な「教科書」……… 黒沼  健 … 5

「会社法はどうあるべきか」という問いかけ … 福島 洋尚 … 6

・影響されるということ ……… 圓丸 哲麻 … 7

「政治とは状況そのものである」……… 内田 達也 … 8

・影響を受けた本 ……… 稲吉 倫子 … 9

・21世紀を代表する会社を創る ………… 藤田  晋 …10 目 次

(2)

それぞれの人には、ある一人の人間、あ るいは一冊の本や史料との忘れ得ぬ出会い が必ずあるものだ。それは、その人の生き 方を大きく左右するものであったり、自分 自身の盲点を気づかせる「目から鱗」の類 の衝撃であったりする。

 大塚久雄先生の西洋経済史の名講義が私 を歴史の道にいざなったとすれば、江口朴 郎先生の名著『帝国主義と民族』 (東京大学 出版会、1954 年。第 2 版第 4 刷:1991 年)は 私の歴史研究を決定的に方向づけたといっ てよいかもしれない。私が大学に入った 1962年当時はすでに高度経済成長も始まっ ており、2年後にはそれを象徴する東京オ リンピックがアジアではじめて開かれてい る。近代化論が喧伝され、日本の思想界を 大きく揺るがしたのもこの頃である。他方 で、近代主義を代表する大塚先生の影響力 にもなお無視できないものがあった。当時 の私にとって、西洋経済史研究とともに、

西欧近代の理念を範とし、日本の「民主化」

=「近代化」という国民的課題に応えようと した先生の強烈な問題意識は実に衝撃的 だった。

 こうして、いささか大塚史学を意識して 3年に進学したものの、私の周辺では、実証 のレヴェルで先生の経済史研究を批判する 空気が強かった。また、大塚史学の内部か

文学部長

  伊 藤 定 良

ITO Sadayoshi

らも、問題意識の転換を求める声が出てき ていた。そうしたなかで出会ったのが、江 口朴郎先生の『帝国主義と民族』の冒頭を 飾っている「歴史学における近代主義の批 判」の文章である。それは、大塚先生の主体 的な歴史把握の姿勢を高く評価しながらも、

資本主義自身の矛盾を視野に入れないその 近代資本主義理解を問題にしていた。民主 主義や土地問題、総じて現代の問題におい ては、そうしたアプローチは無力ではない のか、と。この大塚批判が私にとってもっ た意味は大きい。それは何よりも、歴史の 具体的な発展に即して、民衆の動きから世 界史の動態と現代の問題を捉えることの重 要性を私に刻みつけるものだった。

 『帝国主義と民族』は、日本やアジアの現 実を意識するなかで、伝統的な一国史的=

西欧中心主義的な観点を排除しながら、現 代世界のまさに中心を占める問題群、つま り帝国主義、民族やナショナリズム、社会 主義、ロシア革命の諸問題に正面から取り 組んでいる。ここには、文字通り、江口史学 の基本的な問題観が凝縮されている。

 江口先生が帝国主義を問題にするとき、

その重点は世界体制としての帝国主義の解

明におかれている。その場合注目されるの

は、資本主義本来の反動性とその国際的契

機という問題である。帝国主義の時代に

(3)

際的規模に拡大し、民族抑圧の世界 体制としての性格が決定的になる。

そこでは、封建的要因が維持・再生産 されるとともに、資本主義と結びつ いて、体制強化のうえで新たな意味 を帯びるのである。こうして、帝国主 義そのものは、「後進的で」「ゆがん だ」部分を生み出し、むしろそれを前 提 と し て 存 在 せ ざ る を え な い の で あった。換言すれば、 「現代世界各地にある 後進的な社会はただ先進国に対して平行的 に後れているのではなく、むしろ資本主義 の帝国主義的発展によってこそ進歩をはば まれている」ということになる。このよう にみると、世界史的視野に立った江口先生 の帝国主義研究は、その後の従属論や世界 システム論の論点を先取りしており、その 先駆性は明らかである。しかも、江口史学 は具体的な歴史の場における民衆の主体性、

意識的契機を視野におさめることによって、

いっそうするどく世界史の動態に迫ってい る。

 この点を具体的に示しているのが、「ア ジアのナショナリズム」の動向や民衆の運 動についての本書の認識である。本書は、

民族(ネーション)形成の契機を国内市場 の統一というような客観的条件に求めるの ではなく、もっぱら民衆の主体的意識、運 動に即して考察しようとする。いわば、解 放の契機をナショナリズムにみようとして いるといってよいだろう。もちろん、本書 ではナショナリズムの反動的で侵略的な側 面は軽視されてはいない。諸民族相互の対

立と相克は、歴史のさまざまな局面をとお して取りあげられている。にもかかわらず 本書においては、平和の問題とかかわって、

それぞれのナショナリズムに表現される諸 民族の運動の国際的連帯という方向が重視 されている。これは、50 年代当時の現実を ふまえた未来への展望にほかならないが、

ここでのナショナリズムはあくまでも「民 衆の真の利益」を守っているかどうかでは かられねばならないのである。それにして も、本書刊行時の状況は大きく変動し、民 族紛争が激発している今日の事態は深刻で ある。私たちは、著者の説く民衆的視点に 立って、さまざまな要因の絡み合う複合的 な性格をもつナショナリズムを徹底的に再 検討する必要があろう。

  『帝国主義と民族』は、現実の多様さを直 視する柔軟な思考に支えられて、近現代世 界史を豊かに再構成している。ソ連の崩壊 と冷戦の終結をみた現在、本書に貫かれて いる「事実から出発して考える」学問的姿 勢はいっそう重要になっているのではなか ろうか。

(文学部教授 西洋近代史)

(4)

自分と向き合った一冊

十代目 坂 東 三 津 五 郎

BANDO Mitsugoro

歌舞伎の家に74年ぶりの男の子として生ま れ、大切に育てられ、小学校のとき青山学院に 入学。受験の苦労もなく、就職の心配もなく順 風満帆な人生を送っていた私が、二十世紀末、

相次ぐ両親の死、人生最大の事業十代目坂東三 津五郎襲名を直前にした二度目の離婚など、大 きな嵐に見舞われた。

 呆然とし、我を失いそうになるなか、(「今ま であまりに恵まれた環境で生きてきたため、人 に頼り過ぎたのではないか? 今一度自分自身 と見詰め合ってみよう」)と、四日間の旅に出た。

 信州松本から白馬を経て糸魚川、能登を巡っ て古都金沢、福井から滋賀の彦根へ。

 ずっと一人で車を運転し、携帯電話の電源を 切り、人に相談したり頼りたい気持ちに封印を して、誰とも口をきかず、とにかく四日間内面 の自分と向き合うことだけに集中した。

 傷心旅行のとき、人はなぜ太平洋でなく日本 海へ向かうのだろう、と考えると可笑しかった が、笑う余裕などなかった。

 そんななか、金沢の書店で、普段は見向きも しない心理学のコーナーで、藁をもつかむ気持 ちで手に取った一冊が、河合隼雄さんの『ここ ろの天気図』(毎日新聞社、1990年)。

 ホテルの一室でむさぼるように読み、やさし い言葉で綴られながらも心の内面にビシビシ届 いてくる内容に驚き、無我夢中でノートに書き 写した。

 ● 心には、日照りも雨も嵐もあって人生。

 ● 自分がいきいきと生きたいと思う時、他人を どこまで「生きた人間」として見ていけるかが ポイント。

  ● 「この場合、私はこうする」という決断が必

要。それを持っていないと、なにも出来なく なる。

 ● 男と女は四人の関係。それぞれに内なる異性 がある。

 ● つまずきイコール発展。筋道の立った人生は ない。

 ● 人間関係を豊かにするのも大事業。なんとな くうまくいくものではない。

 ● 本気で向き合う。本気で向き合わないと、い つまでもそこから抜け出せない。

 ● いつまでも嵐は続かない。自分のやっている ことを無意味と思わず頑張り続けると、いつ かは光が見えてくる。

などなど……。珠玉の言葉の連続で、一気に心 の霧が晴れていくようだった。

 この一冊に出会ったおかげで、まさに世紀末 といった窮状を抜け出し、二十一世紀という新 しいステージが始まった一月二日、十代目坂東 三津五郎襲名披露という、輝かしい初日を迎え ることができたのである。

(文学部日本文学科出身 本名:守田寿)

文 学 部

(5)

 母校の教壇に立って自然科学概論を講義する ようになったのは 1981 年4月であった。本学 の理工学部電気電子工学科を卒業して大学院に 進学し、博士課程修了後はそのまま学科に残っ て後輩たちの指導をしていたが、大学の意向も あって学科を離れ、一般教育(当時)の専任講 師となったのである。先任の教授と助教授は二 人とも物理学科の出身で、私一人が工学系だっ た。最初の年は講議内容を確定する間もなく不 十分な準備のままで新学期が始まってしまい、

毎週のように講義の準備に追われ、前日の深夜 にやっと講義ノートを仕上げるといった綱渡り 状態が続いた。

 自然科学概論の講義のためには科学史や科学 思想史、あるいは科学論などの主要な書籍を読 むようにした。同時に、さまざまな自然科学概 論関係の教科書的な本も読み漁った。しかし、

教科書のたぐいはその著者の個性が反映してい ることが多く、講義ノートを作る参考にはなっ たが、どれか1冊を教科書として選ぶことは難 しいとわかった。

 専任講師になって数年が経った頃、富塚 清著

『生活の中の科学技術』(山海堂、1982 年)を書 店で見つけ、迷わず入手した。学部で学んだ一 般機械工学の教科書、富塚 清編『機械工学通 論』(森北出版、1964 年)の記憶があったから で、この本は各編の最後に質疑応答の項があ り、本文の記述を違った視点から考えさせ、理 解を助けようとする工夫がされていた。

 『生活の中の科学技術』は各章末に質疑応答 があって、その工夫がさらに徹底されていた。

序文は「本書は、現在世に多く出ている自然科 学概論の類書であり」という言葉で始まり、し かし「類書とは違うこと」を列挙して、工学者・

技術者である著者が長年にわたる実務経験をも とに、後半生における教養教育の実践を踏まえ て書き上げた、米寿記念の意をもって努力を込 めた著作であることを述べている。

 この本を読んで、私は自然科学概論に対する 固定観念から開放されるような思いをもった。

現代の市民に不可欠な科学技術の教養をどう伝 えていくか、それは教える者が自分自身の「質 疑応答」を具体的に説明していくことによって 可能になると納得したのである。

 それからは、本から学んだことをただ教える のではなく、自問自答の成果を講義するように 務めてきた。学科を離れてからは模索続きでな かなか成果が得られなかった研究面でも、講義 のための自問自答をさらに掘り下げていくこと で、論文をいくつか書くことが出来た。たとえ ば、原動機の専門家であった富塚博士が「・・・・

われわれ技術者の間にも、いくらかの反省はあ る。よく会話に出るのは『機械文明もジェーム ズ・ワットの蒸気機関の程度にとどまっていれ ば、人類にとって一番幸福ではなかったか?』

ということである。(後略)」と述べている。す ると「なぜ、ワットの蒸気機関の程度にとど まっていられなかったのか?」と問い返さずに はいられない。『生活の中の科学技術』は、私 に科学技術史を文明論的な視点で考えることを 教えてくれた大切な教科書であった。

(経済学部教授 科学技術史)

私の大切な「教科書」

黒 沼

KURONUMA Takeshi

経 済 学 部

(6)

「会社法はどうあるべきか」という問いかけ

福 島 洋 尚

FUKUSHIMA Hironao

進路を決めた一冊といえば少し大袈裟である が、現在の仕事に強く惹かれたきっかけを与え てくれた一冊を紹介し、テーマに応えたいと思 う。それは、松田二郎著『会社の社会的責任』(商 事法務研究会、1988 年)という本である。

 この本との出会いは昭和63年、法学部の関英 昭先生のゼミで卒業論文の指導を受けていた頃 であった。当時、論文のテーマとしていくつか の問題を調べながら論文を読みあさっていたわ けであるが、その過程で「企業の社会的責任」と いうテーマに強い関心を持った。私にとってこ れ以上ないタイミングで刊行されたのが、この 本である。

 著者の松田二郎博士は、裁判官としての職務 を果たしながら各大学で教鞭をとっていたほ か、数多くの商法、会社法関係の著書、論文を 執筆している。また、最高裁判事として、法人 格否認の法理のリーディングケースである山世 志事件判決や、会社のなす政治献金についての 解釈が争われた八幡製鉄政治献金事件判決など、

会社法の判例理論の形成をリードしてきた。し かし、一般の会社法の教科書、体系書では、多 くの争点で松田説は少数説とされている。予備

校のテキストなどにいたってはひどいもので、

まるで通説の正当性を補強するスパイスのよう な使われ方さえされている。ただ、この本に出 会うまで当時の私が持っていた松田説に対する 印象も、実は似たようなものであった。

 この本は、論文、講演録、インタビューなど を収めた論文集である。書名のテーマである社 会的責任の問題のほか、取締役の第三者に対す る責任、株式の本質といったテーマや会社法改 正に対する博士の考えを属人的に垣間見ること ができる。私も各々の問題については既に学ん でいたし、松田説も一応は理解していたつもり でいた。ところが、この本を通読してわかった のは、この理解が皮相的なものであり、個別の 問題でしか見たことのなかった少数説が、恐ろ しいほどに一貫した思想と体系を持っていたと いうことである。株式会社は大企業にのみ利用 されるべき企業形態である、という源泉を持つ 松田説は、これと逆行する近時の商法改正に対 しても、会社法はどうあるべきかを問いかける ものであり、その意味で現在でも新しい。現在、

私は幸運にも松田博士がかつて教鞭をとられた 法学部に勤務しているが、このこともあって松 田説の問いかけは、私自身が論文を執筆する際 にいつも頭を離れないものになっている。

 最後にこの本との出会いを補足したい。当時 この本は新刊であったため図書館に所蔵がな く、関先生にお持ちでないかを伺ったところ、

関先生はそのまま購買会に向かわれ「君が先に 読みなさい」と買われた本をそのまま私に貸し てくださった。はるか昔のことであるが、今で も忘れられない思い出である。

 (法学部出身 法政大学法学部教授 商法)

法 学 部

(7)

果たして、物事に影響され難い人間などいる のだろうか? 大抵の男は、年末にK−1の試合 を観た後、やたらキックの練習をしてしまい

(年明けに、ジムの練習生急増間違いなし!)、

一方、女子ときたら大作恋愛映画を見るたび に、「私、こういう恋愛がしたいのよね・・・。」 と虚ろ気に斜め45度を見つめ、そっと呟く始 末。また一番顕著な例は、みのもんたの一言で 一喜一憂する熟年女性の方々である。「椎茸が、

体に良いですよ!」となったものなら、スー パーの椎茸売り場は戦場と化す

こと間違いなしである。このよ うに人間というのは、影響され やすい体質なのである。

 しかし、影響されることは悪 いことではない、むしろその体 質によって人類は進歩したのだ と思う。この前実家に帰った時、

幼かったころの写真を見てつく づくそう思った。というのは、幼 き僕の傍らで、満面の笑みをし ている母親の 80s ファッション である。「今、あんな色使いが激 しく、無駄に誇張が強い服を着

たものなら・・・」と、想像しただけでゾッと する。真に「ジャパン イズ ナンバーワン」と 言われた時代にだけ許される服装である。

 すいません、話が大分反れました。ここで、ガ チンコファイトクラブに影響されてボクシング を始めた私が、どのような本に影響されて大学 院に進路を決めたという本題に戻ります。

 当時、私は就職活動が思うように行かず、最 後の逃げとして、漠然と大学院入試に取り組ん でいた。そして英語と経営学の勉強のため、今 回紹介するフィリップ=コトラーの『マーケ

ティング・マネジメント』(プレジデント社、

1996 年)(ジャンプ 2 冊分くらいの厚みのある)

に出会うのである。そんなある日、その本の中 の1行が、猪木のビンタのごとく、大学院進学 を真剣に考えるようにさせてくれた。

 それはマーケティング・マイオピア(近視眼 的マーケティング)という概念についての説明 のところで出てきた、「ドリルを買う人はドリ ルが欲しいのではなく、穴を開ける方法を欲し ているのだ」というフレーズだった。(これはレ ビットという、この著者じゃな い人が取り上げたことだと後に 知ることに。)これを見て僕は、

なんてクールなことを言うのだ ろうと思い、自分でもこんなこ とが言うことができたらと思う ようになった。そして、ドライ なシェリーを片手にクールにビ ジ ネ ス を 語 れ る 人 間 に な る た め、僕は本気で勉強し始めたの であった。

 このように僕が大学院を目指 したのは、かなり打算的な理由 からである。そして、たった数 文字の言葉に踊らされて、今こうして文章を 書いている。僕を含め、人は基本的に影響され やすいと思う。しかし、それは悪いことではな い。そのインスパイアされたことが、月日が 経った時に振り返ってみると、人生を変える ターニング・ポイントになるからだ。転機は特 別なものではなく、結構近くにあるんじゃな いかと思う。しかし、僕にとって、マツケンサ ンバが転機になることは絶対ないことは断言 できる。

(経営学研究科 博士前期課程 1 年)

経 営 学 部

影響されるということ

圓 丸 哲 麻

ENMARU Tetsuma

(8)

進路を決めた一冊という題のエッセーを書く ことになって、すこぶる困ってしまった。そん な恰好のよい進路の決め方などしていないから である。私は進路を切り開いたり、思いつめて 進路を一直線に歩いたりするタイプではない。

なんとなく思いつきで、あっちへ行ったりこっ ちへ行ったりする、とても情けないタイプであ る。これは学生には内緒にしていたのだが、歌 手になろうと思ったことさえあるのだ。

 もちろん、あっちへ行ったりこっちへ行った りするときには、何かに感化されているので あって、高校生のときに大江健三郎に少しだけ 感化された。大江健三郎に大いに感化された世 代は、私の世代よりも随分前のはずなので、私 はものすごく「遅れて来た青年」であった。と は言うものの、イデオロギー闘争は既に古臭い 感じがしていたし、世の中はどんどん軽い方へ すすんでいたので、わたしもその雰囲気から自 由ではなかった。

 当時、わたしは世の中のしくみが知りたく て、そして世の中の何かを変えたくて政治に興 味を持っていたはずなのだが、大江健三郎の

「政治とは状況そのものである」

という言葉に接し、私なりに政 治を理解したつもりになった。

もちろん早とちりである。いま、

改めてこの言葉の意味を考えて みると、なんだかよくわからな いからである。「政治とは、今の 状況を次の状況へ移行させる試 みである」くらいの意味だろう か。そのように理解したとして も、だからといって、政治が分 かったとは言えないだろう。だ から早とちりだったのだが、し

かしそのとき、なんとなく「ああ、そういうこ とか」と思い込み、政治はもういい、世の中を 知るには政治ではなく経済だ、と思って、大学 で経済学を専攻することに決めたのである。早 く気づいて良かったという人もいるが、実はこ れも早とちりであった。経済学は私のイメージ していたものとは大きく異なっていたからであ る。

 経済学は実経済を理解するための学問だと 思っていたのだが、実はそれ以上のものだっ た。経済学は予想外に幅広いことに適用できる ことを知り、それが面白かった。もちろん、先 に言った通り、だからといって、それから一途 に経済学の研究者になるべく勉強していたので はない。ビジネスをするのもいいぞ、とか、

ジャーナリストもかっこいいなとか思っていた のである。でも、気はあちらこちらにとぶので あるが、今も経済学をやっているということ は、そこに比較優位があったのだろう。これも 早とちりであるかもしれないのだが・・・。

 ところで、「政治とは状況そのものである」と 言ったのは確かに大江健三郎だと記憶している のだが、どこの本の中で言った のだか思い出せない。昔読んだ 本を一所懸命繰ってみたのだが、

見当たらない。もしかしたら、大 江健三郎の言ではないかもしれ ない。だんだん不安になって来 た。もしそうだったとしたら、大 江さんごめんなさい。でも、一時 期感化されたことは本当です。

『ヒロシマ・ノート』(岩波書店、

1965 年)が1冊目でした。

(国際政治経済学部助教授      応用ミクロ経済学)

国 際 政 治 経 済 学 部

「政治とは状況そのものである」

内 田 達 也

UCHIDA Tatsuya

(9)

 「進路を決めた一冊」

ということですが、こ こでは「研究テーマにつ いての進路を決めた一 冊」ということにしま す。私が影響を受けた 本はF. A. Cotton and G.

Wilkinson著Advanced Inorganic Chemistry

(Wiley、1980)です。

ちょうど翻訳本が出た 頃よく読んでいました。

この本は全元素の単体 および化合物を取り上

げ、それらを理解しやすくするために構造化 学、一般原子価論そして特に配位子場理論など 当時最近の話題を取り上げていました。著者の G. Wilkinsonはサンドイッチ構造を持つ有機金 属化合物で E. O. Fischer と共に 1973 年にノー ベル賞を受賞しました。この本には、ビス - π - シクロペンタジエニル鉄(II)などのπ電子系を持 つ炭化水素の有機金属化合物の結合生成や反応 性について詳しく書いてあったので、大変面白 く、ヒントをもらいました。余談ですが、この 化合物を Fischer は「二重円錐型化合物」と言 う名前をつけ、一方 Wilkinson は「サンドイッ チ化合物」と名前をつけました。Wilkinson の 方がうまいキャッチフレーズをつけたというこ とになります。また、R. B. Woodward は Ben- zene に似た芳香性を持つため「Ferrocene」と 名付けました。日本の筒井先生はビス - π - ア レーン錯体を「つづみ型錯体」と名付けました が、残念ながら現在は使われていません。この 本は現在6版まで改訂され無機化学専攻の学 生、研究者のみならず有機化学などをはじめと する他分野の化学者、さらには化学者以外の研 究者の座右書だろうと思います。

 諸事情により私はこの関係の研究は続けら れ な く な り ま し た 。 さ ら に 錯 体 か ら 発 展 し て、有機物で電気を通す機能性材料の方へ研 究テーマが移りました。1973 年、J. Ferraris

等 に よ っ て テ ト ラ チ ア フ ル バ レ ン ( T T F ) と テ ト ラ シ ア ノ キ ノ ジメタン(TCNQ)から 成 る 電 荷 移 動 錯 体 が 合 成 さ れ 、 そ の 電 気 伝 導 度 は 常 温 の 銅 に 匹敵するものでした。

そ の た め 合 成 金 属 と 呼 ば れ 世 界 中 の 注 目 を 浴 び ま し た 。 一 方 向 の み に 電 気 を よ く 通 す 電 導 度 の 異 方 性 が あ る こ と か ら 一 次 元電導体といわれています。当時、日本で一 次元電導体に関する本が同じ頃に二冊出版さ れたので二冊をあげます。一つは学会出版セ ンター発行の化学総説 No 42『伝導性低次元 物質の化学』、1983 年に出版され現在は絶版 になっています。もう一冊は裳華房発行『一 次元電気伝導体』(鹿児島誠一著)、現在は改 訂版が出版されています。TTF・TCNQ 電荷 移動錯体は C, H, N, S 元素しか含まないのに なぜこのような高電導性をもつのか。室温か ら 58K まで金属的に、それ以下では電導度が 小さくなり絶縁体になぜなるのか。そのよう な新しい物質の面白い物性がこれらの本に記 述されて解説されています。TTF・TCNQ に 代表される有機電導体は、π電子の軌道の重 なりによりカラム上に積み重なり、電気がそ の方向に流れる分子集合体です。有機導電体 は一次元性が強く、化学者のみならず固体物 理 学 者 に 物 性 面 で 非 常 に 興 味 を 持 た れ ま し た。特に『伝導性低次元物質の化学』には有 機導電体の分子設計をはじめ導電体の作成法 が記述されているので、研究を始めていた当 時大変有り難かったです。これらの本から教 えてもらったことは大きかったし、これらの 本から孫引きした雑誌や本は数知れません。

      (理工学部講師 有機物理化学)

理 工 学 部

 影響を受けた本

稲 吉 倫 子

INAYOSHI Tomoko

(10)

藤 田   晋

FUJITA Susumu

『ビジョナリー・カンパニー』 。

 大学3年生のとき読んだ本である。この 本は私のその後の人生に大きな影響を及ぼ している。

 当時私は、青山学院大学の すぐ正面にあった広告代理店 でアルバイトをしていた。学 業 の 傍 ら 、 社 会 人 の よ う に スーツを着て営業の仕事に精 を出す毎日だった。その頃の 私のスケジュール帳には授業 の予定とお客様とのアポイン トが交互に並び、ぎっしりと 埋まっている。

 そんなある日、勤めていた会社の社長と 偶然帰りの電車で一緒になった。私は将来 社長になりたいと思っていたので、社長が 手に持っていた本が気になった。

  「社長、その本最近いつも読んでいますけ ど、面白いんですか?」

  「これか? この本は凄いよ。 でもお前はま だ読むな。頭でっかちになったらいけない からな」

 その本が『ビジョナリー・カンパニー』

(C. コリンズ、I. ボラス著、山岡洋一訳、日 経 BP 出版センター、

1995 年

) 。読むなと言わ れればどうしても読みたくなるのが人の心 情。私は次の日には国連ビルの裏手にあっ

た青山ブックセンターに行って購入してき た。この本を読み、大きな衝撃を受けた。私 も将来、ビジョナリーカンパニーを創ろう と考えた。この本には、時 を超えて生存し続ける企業 とは何か? 経営者のカリス マが重要なのではなく、企 業そのものが究極の作品で あることが書かれている。

 私は青山学院大学に入学 し、福井県の田舎から東京 に上京してきた頃から漠然 と将来経営者になりたいと 思っていた。でもそれはあ くまでイメージ。実際には何をやったらい いのか、何のためにやるのか、目標すらはっ きりと決められないでいた。プロ野球選手 やミュージシャンには憧れる。自分たちと 年も変わらず輝いて見える。スポーツや音 楽など好きなことを仕事にしている彼らは 羨ましい。

 しかし経営者と言えば、ビジネス雑誌に 載っている社長の写真はスーツを着たおじ さんばかり。それが 社長 のイメージで、

20歳前半の私が憧れるような対象ではない。

どのおじさんがどの社長なのか、見分けす

らつかなかった。青年実業家という言葉に

も胡散くささがつきまとう。そうなりたい

(11)

ぜ? 何を目指して会社をやろうと考えてい るのか。私はこの本を読んで霧が晴れるよ うな想いがした。自分もビジョナリーカン パニーを築き上げたい。

 ビジョナリーカンパニーとはこう定義さ れている。

・業界で卓越した企業である。

・見識のある経営者や企業幹部の間で広く  尊敬されている。

・私たちが暮らす社会に消えることのない  足跡を残している。

・最高経営者(CEO)が世代交代している。

・当初の主力商品(またはサービス)のライ  フサイクルを超えて繁栄している。

 重要な点は、ビジョナリーカンパニーが 個人ではなく、組織であるという点だ。組織 を作ろう。強く、時を超えて繁栄し続けられ る組織を作りたい。私はそう考えた。

 当時の私はまだ大学生。消化不良のとこ ろはたくさんあったかも知れない。ところ が時折この本を読み返してみると、驚くほ ど私の経営観はこの本の影響を受けている ことに気付く。もちろん本に書いてあるこ とを全部鵜呑みにしているわけではない。

しかし、私にとっては聖書のような存在と なった。

 当社のビジョンは「21世紀の日本を代表 する会社を創る」だ。戦後の混乱の時代に誕 生して20世紀の日本を代表する会社に成長 したソニーやホンダのような会社を創ろう と考えている。

ネットの誕生、日本経済バブル崩壊、高度成 長期の終焉などの世相は、私たちのような 新しい会社にとっては、またとないチャン スだ。戦後のごたごた同様、新しい時代を担 う会社が生まれるチャンスだと考えている。

「21世紀の日本を代表する会社を創る」 事業 内容や製品ではなく、当社がこの言葉をビ ジョンに掲げているのは、会社そのものが 究極の作品であり、 ビジョナリーカンパ ニーを作り上げようと考えているからだ。

 当社は2004年9月期、売上高267億円、

経常利益17億円、最終利益では40億を計上 した。従業員数は約800名だ。ゼロから会社 を創って6年半だと考えればよく健闘してい るかもしれない。しかし、会社が目指す、

21世紀を代表する会社の規模は売上高で何 兆円、従業員数も何十万人という規模だ 。 その数字には遠く及ばない。

 しかしながら、当社は私だけでなく、社員 皆に「21世紀を代表する会社を創る」とい うビジョンが浸透している。だから現状に 満足せず、規模的な拡大に取り組んでいる。

長い年月がかかるかもしれないが、真のビ ジョナリーカンパニーを築き上げるため、

これからも頑張っていきたい。

(経営学部出身

  

株式会社サイバーエージェント代表取締役社長)

(12)

 図書館のホームページで新着リストを見てい て1冊の本のタイトルが目にとまった。『無名 の人 石井筆子』(一番ヶ瀬康子・津曲裕次・河 尾豊司編、ドメス出版、2004 年)、もともと女性 史に興味があったのだが、初めて見る名前だ。

早速、書架に取りに行くと、本は見つからな い。その代わりに『天使のピアノ−石井筆子の 生涯』(ネット武蔵野、2000 年)という薄い本 があった。ここにも石井筆子の名前がある。洋 装のきりりとした聡明な表情の少女がいる。留 学直前か結婚前後の十二単のような正式な装束 の女性がいる。こどもを3人生んでいるが、長 女には知的障害がある。次女、三女も虚弱で早 世し、夫も35歳で病死している。敬虔なクリス チャンで、再婚後は、知的障害児の福祉施設滝 乃川学園の運営に全力を注いだ。ざっとその本 に目をとおした。何だか身の引き締まるような 気がした。次の日、やっと書架で目的の本を見 つけた。会いたい人に会えたような気がした。

 この本は長崎県大村市による石井筆子顕彰事 業シンポジウムの内容をまとめ、資料を加え編 纂したものである。まえがきで一番ヶ瀬康子 は、女子教育、女性解放の先駆者で

あり、女性史からみても、また福祉 史、教育史からみても先駆的な事業 の推進者であった石井筆子と形容し ている。そしてこの本を多くの人に 読んでもらい石井筆子の研究をもっ と深めて欲しいと述べている。この 本の副題に「近代を問い歴史に埋も れた女性の生涯」とあるが、今まで 石井筆子の名前は歴史の教科書にも 出てこない。女性史のなかでも無名 の人であった。

 本の構成は第1部シンポジウム、

第2部資料編となっている。第1部

では、一番ヶ瀬康子、井出孫六、津曲裕次の3 名による基調報告と、さらに3名を加えた6名 のパネラーによるシンポジウムの記録である。

そして司会者の松平定知が最初に、石井筆子の ことはまったくの無知であったが、資料を読む うちに姿勢が正しくなったと告白している。私 が最初に感じた印象もまったく同じであった。

シンポジウムの中では、石井筆子の生涯がよく わかるようにいろいろな角度から語られてい る。と同時に、これほどの人が埋もれてしま う、中央中心の、そして男性に傾斜した日本の 歴史研究のいびつさにも言及している。幕末に 生まれ、当時の最先端の女子教育を受け、英 語、フランス語、オランダ語と語学にも長けて いる。結婚直後、24歳で華族女学校のフランス 語の教師になる。そのとき一緒に英語の教師に なったのが津田梅子。後に二人はアメリカで開 かれた婦人倶楽部万国大会に日本代表として参 加している。その当時、留学し、結婚しながら 職業をもち、まだ差別の厳しかった障害児を育 てるということは大変なことであったろう。40 歳を過ぎてからは滝乃川学園の運営に石井亮一 とともに向かっていく。その生涯の 全容が浮かび上がってくるにつれ、

その高い志と豊かな能力、そして弱 い者に対する愛情に驚かされる。

 第2部の資料編では石井筆子が主 唱し、筆頭発起人でもある大日本婦 人教育会の雑誌の抜粋や新聞記事、

日記、作品などが収められている。

 思わぬところで、新しい出会いが あった。

無名の人  石井筆子  289.1/I156-2 天使のピアノ  289.1/I156-1

(本館運用課閲覧係 山本 千恵子)

(13)

現状

 新学期の始まる春と後期の始まる秋の初めに 各種オリエンテーション、デモンストレーショ ンの企画をする。ゼミナール、クラス単位のオ リエンテーションは申し込みがあり次第受け付 けをしている。

 ★ 広報活動

・ポスター、チラシ

       図書館内(掲示板、玄関、各階、階段)

   正門など、各学科研究室、講師控室、

   各教員研究室のポスト

・大学図書館ホームページ(HP)、学生情報 端末でのお知らせ

・図書館報「AGULI」に掲載  ★ 種類(2004 年度実施)

   1  OPACオリエンテーション

       閲覧係の図書館利用オリエンテーション      (ツアー)とタイアップ

2  大学院生のための図書館利用オリエンテーション 3 Web of Science  デモンストレーション 4 EBSCOhost  デモンストレーション 5 ProQuest  デモンストレーション 6 OCLC First Search  デモンストレーション 7 論文・レポート作成のための情報検索入門 8 日経BP記事検索サービスデモンストレーション 9 CSA提供データベースデモンストレーション 10 データベースを利用した新聞検索入門

 春秋 2 回実施は2、3、7、秋のみ実施は9、

10である。 10の「データベースを利用した新聞 検索入門」は今回の新しい企画である。

(月)から 15 日(金)の一週間であった。40 分 の図書館ツアーの中に「AURORA  on  CD- ROM」のデモを入れ込んであり今のように分か れてはいなかった。大学院生のための、あるい は卒業論文を書くためのオリエンテーションは 1994 年度より始まっている。ゼミ・クラス単位 オリエンテーションは授業の中の60分でゼミ のテーマに沿って図書館のデータベースの使い 方などの利用の説明をする。1992年度の開始時 は年間 5 回の実施であった。2004 年度は 11 月現 在で 38 回実施済みである。現在では、1999 年 9 月に設置されたマルチメディア室で大型スク リーン、プロジェクターを利用しインターネッ トやデータベースの詳しい説明が可能である。

まとめ

 2004 年度は新システムのスタートで図書館 HPやOPACの検索のしかたが昨年度とはがら りと変わり 4 月当初から問合わせが相次いだ。

新規データベースの導入もあった。図書館相互 協力(山手線沿線私立大学図書館コンソーシア ム、海外を含む他機関の利用)もどんどん進歩 し、利用しやすくなっている。こうした新しい 情報の他、オリエンテーションを実施すること により多くの利用者に図書館の資料の検索の仕 方、データベースの利用の仕方、相互協力の情 報などを紹介することができる。スタッフはよ り良いオリエンテーションを目指し、常に新し い企画を導入したりして実施している。計画的 に継続して行ってきた結果、参加者や回数が増 えてきているのだと思う。

 今後も利用者のかたがたが、図書館を最大限 に利用できるようスタッフ一同がんばっていき たい。

(本館運用課参考係 中田眞江)

(14)

5.『AGUL I 』に今後どんな記事の掲載を希望しますか?

  いろいろな意見が寄せられましたが、多いものをまとめると次のようになりました。

  ◎資料に関する記事

・おすすめの本の掲載 ・新着本(新刊本)の紹介  ・蔵書(貴重書含)の紹介

・学生の利用が多い本の紹介 ・貸出ランキングの掲載

・データベースの使い方の紹介 ・本に関するサイトの紹介   ◎図書館に関する記事

・図書館の具体的な有効活用法の紹介 ・他大学、他機関の紹介(海外含む)

・知って得する情報

その他に、コラム、図書館に対する意見、学生・職員・青山学院出身者の書いた記事、

などがありました。

1.アンケート回収枚数(回答者所属)

学 部 生   大学院生  教 職 員   そ の 他   合       計  

107  第66号 

12  5  6  130 

115  第67号 

9  7  1  132  2.『AGUL I 』を知っていましたか?

は い  いいえ 

62  67 

ほ ぼ 毎 号 読 む   と き ど き 読 む   68 

第66号  は い と 答 え た 方  

8  17 

ほとんど読まない  35 

第66号 

10  20  37  第67号  第67号 

64 

3.ホームページで公開されていることを知っていますか?

は い  いいえ 

8  118  第66号 

11  第67号 

119 

4.好きな記事は?(複数回答可) (各号ベスト3まで)

1.私のおすすめの一冊  第66号 

2.ご存知ですか(Web of Science) 

3.山手線コンソーシアム(東洋大学) 

1.卒論・レポート必勝法  第67号 

2.卒論・レポートに関するデータベース紹介  3.学生寄稿(世界の兄弟姉妹との出会い) 

(15)

・「分りやすいところに置いて欲しい」、「配置場所を多く」といったPR不足を指摘する意見が 多く寄せられました。

・初めて AGULI の存在を知った方からは、「面白かった」、「興味深い記事が多い」、「もっと早く 知っていれば、図書館の利用法が違っていたかもしれない」等の感想も多く寄せられました。

・「まじめというイメージばかりがあって損をしていると思う」と意見もありました。

その他に各号の特集記事についての感想や意見など、様々なご意見やご感想が寄せられました。

<アンケートを集計して>

 アンケートによれば、AGULI の認知度は5割に達しているようです。この数字をいかに上げて いくかが編集委員会の課題です。ホームページで公開されていることは、あまり知られていないよ うです。PR不足かもしれません。これも課題として受け止めます。

 「好きな記事」には、やはり特集を挙げる人が多かったのですが、それ以外の記事もよく読まれ ていることがわかり、ほっとしています。「今後、どんな記事の掲載を希望するか」についても、

多くの意見が寄せられました。参考になるものが多く、すでに編集委員会で検討し、次号以降の企 画に反映させていく予定です。

 アンケート用紙には、上記以外の設問もありましたので、その結果を簡単に紹介しておきます。

表紙・目次については、66号では「見やすい」が37人、「普通」が81人でしたが、67号では「見 やすい」89人、「普通」41人となりました。67号からカラー印刷にして、表紙のデザインも変え たのですが、効果があったようです。ちなみに、印刷の色については、67号で「このままでよい」

が121人に上りました(二色刷だった66号では、「このままでよい」は96人でした)。

 また、67号から(一部のページを除き)活字を大きくしたのですが、これについても、「このま までよい」が125人に上りました。66号では「このままでよい」は100人、「大きいほうがよい」

が19人でしたが、大きくしてみると、やはり読みやすさが実感できたのではないかと思います。

 サイズ(B 5 判)、ページ数(16ページ)については、適当だという回答がほとんどでした。構 成については、約半数が「普通」、約 1/4 が「読みやすい」と答えています。さらに読みやすい構 成を考えていきたいと思います。

 アンケートにご協力くださった皆さん、ありがとうございました。

 (館報編集委員会)

(16)

青山学院大学図書館報 AGULI 第68号 2005年1月11日発行 編 集 青山学院大学図書館報編集委員会・大学図書館広報担当

発 行 青山学院大学図書館 〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 TEL.03-3499-1402 FAX.03-3407-4472 青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth, The Light of the World 編 集 後 記

おかげさまで、67号は「売れゆき」がよかったようです。これからも「手にとっ てもらえる」AGULI を作っていきたいと思います。66号、67号のアンケート にご協力ありがとうございました。      (館報編集委員長 野末 俊比古)

表紙写真:写真研究部 法3年:曽我尾昭弘 英3年:菅野   寛子

1  8  15  22  29  7  14  21  28  6  13  20  27  5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24 

土  金  木  水  火  月  日  1月 

2  9  16  23 

31  30 

5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24  2  9  16  23  1  8  15  22  7  14  21  28 

土  金  木  水  火  月  日  2月 

6  13  20  27 

5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24  31  2  9  16  23  30  1  8  15  22  29  7  14  21  28 

土  金  木  水  火  月  日  3月 

6  13  20  27 

通常開館  休業中の開館  休日開館  休館日 

*4/11〜通常開館 

(1/11〜2/5)月〜金  9:00〜20:00 土 9:00〜16:00  ・試験期貸出・・・・・1/8〜1/28  (学部・短大生は貸出期間1週間、 

  延長は全利用者1週間) 

・春休み貸出・・・・・1/29〜3/28  (学部・短大生は貸出册数10冊) 

・試験期貸出・・・・・1/8〜1/28  (学部・短大生は貸出期間1週間、 

  延長は全利用者1週間) 

・春休み貸出・・・・・1/29〜3/28 

返却日 在校生 11  卒業・修了予定者・・2/28 

返却日 在校生 11  卒業・修了予定者・・2/28  (学部・短大生は貸出册数10冊) 

(1/8・2/7〜4/9)月〜金  9:00〜17:00 土 9:00〜13:00  10:00〜17:00 

1  8  15  22  29  7  14  21  28  6  13  20  27  5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24  2  9  16  23 

31  30 

5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24  2  9  16  23  1  8  15  22  7  14  21  28  6  13  20  27 

5  12  19  26  4  11  18  25  3  10  17  24  31  2  9  16  23  30  1  8  15  22  29  7  14  21  28  6  13  20  27 

通常開館  休業中の開館  休日開館 

休館日 

*1/15・16は大学入試センター試験のため、入講の際は門で学生証または   図書館利用カードを提示してください。 

*2月の休館中も紹介状の発行、文献複写依頼は受け付けます。(平日9:30〜16:00) 

*4/4〜通常開館 

(1/8〜2/5)月・水・木  9:00〜21:30 火・金  9:00〜21:40 土 9:00〜21:00 

(2/28〜4/2)9:00〜19:00 

特別開館  1/15      9:00〜19:00  1/16 12:00〜17:00  12:00〜19:00 

万代記念図書館 

参照

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