• 検索結果がありません。

化身・変現思想について ※

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "化身・変現思想について ※"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

化身・変現思想について

      ※     仏教福祉思想試論(2)

清 水 海 隆※※

1 仏教的人間観について

 福祉が対象としているのは,言うまでもなく人間である。社会のシステムとしてそれが考え られる場合も,また個々の人間の営為としてそれが捉えられる場合も,その対象となるのは当 然人間であり,人間の状況なのである。それ故,福祉における人間理解はますますその重要性 を増大させるものの一つと考えられるであろう。一方,歴史的に東洋における主要な福祉思想 を形成してきた宗教の一つとされる仏教は,周知のように衆生観(すなわち人間観)をその中 心的な思想の一つとして立てているが,それのみならず場合によっては,仏教そのものが「人 間学」であるとすら言われるのであるω。

 このように「人間学」とも言われる仏教には,非常に多くの人間存在に関する所説が見出さ れる。このことは,歴史的にも最初期の経典から後期大乗仏教の経論に至るまで,また思想系 統の枠を越えて種々に述べられているが,それらのいくつかを例示すれば,人間を 心の働き を持つもの ・・ 生存するもの であり,心の働きや精神作用のない 非情 に対する存在で あるとする「有情」論,多くの法が仮に和合して人間が生じるとする「衆生」論,生死輪廻を 繰り返す存在であり,また他との関係の中で人間が存在するとする「縁起」論煩悩・執着に まみれた存在として人間を自己規定する「凡失」論などといった人間存在の成立・あり方を述 べるもの,またr浬葉経』で著名なすべての存在に仏となる可能性(仏性)を認める「一切衆 生悉有仏性」論,同様に人間存在の本質的清浄性を説く「自性清浄心」説などの価値的本質論 などをがあげることができよう。

 さて,先に筆者は『「四恩」について一仏教福祉思想試論(1)一』において,r大乗本生心地観 経』中に示される四恩思想中の衆生恩を取り上げ,上述の諸人間理解の中でも,緑起的存在論 の視点から,仏教における社会的活動の主体的契機の背景思想の一として,衆生恩思想が縁起 思想を背景とし,一切衆生の関係性を重視し,人間はその関係性によってのみ存在するもので あり,その関係性を生かされているという「恩」と認識しようとする仏教的特徴であるとし

※Theory ofα〃伽7α/癬ηfオα一Prellminary ideas of Buddhist Welfare(2)一

※※Kairyu SHIMIZU 立正大学社会福祉学部社会福祉学科 キーワード:半弓,人間観,仏教福祉

      一55一

(2)

た(2)。いま,本論では人間の価値的本質論とでも言うべき立場から,「化身・二三思想」を取り 上げ,それに関する若干の所説について考察を加えることとしたい。

2 化身・変現思想

  化身 (skt. avatara)とは,引田弘道によれば,「神が悪鬼などを懲らしめ,善人を救うこ とを目的として,動物,半人,人間の姿をとって地上に降臨し,正義を回復すると再び本来の 状態に戻ること,また神のそれぞれの仮の姿をさす(3)。」とされており,仏教を含めたインド宗 教・哲学思想史の中に表れている思想である。この思想は仏教では仏の表象形式を説く仏身論 の中で,現実世界である裟婆世界の大衆教化・大衆救済のために,真理そのものである法身が 歴史上の釈尊の姿をとって現れたとする応身(または変化身・化身など)の思想に端的に見ら れるが,これは更に拡大されて,諸仏・菩薩が一切衆生を救済するために,その対象に応じて 種々に姿を変化させて出現するという思想へと展開されたと言えよう。

 なお,それらは漢訳経典においては権化(skt. avat且ra),応化・化現・化作・変化(ともに skt. nirmita)などの語で表されており,それぞれサンスクリット原語avat亘raは「(地へ)降り

る,顕現する」の意,nirmitaは「作り出す,(不思議な力によって)現出する」の意である。

つまり,一般的な意味での化身とは人間以上の存在が,その不可思議な力によって地上世界に 現れ出ることとなるのであり,漢訳はそれを「化」の語で表したのであろう。

 さて,仏教経典における化身思想の代表的な説示について,以下においてその具体的な内容 を見たい。いま例示するのは『法華経』より妙音菩薩および観世音菩薩の,またr文殊師利 回』より文殊菩薩の,それぞれ化身思想に関する経文の訓読による引用である。なお,『法華 経』は古来仏教東漸の経過の中で多くの人々に信仰された経典であり,中でも観世音菩薩は特 に信仰を集めた菩薩の一として知られており,一方r文殊師利島』はいわゆる「鎌倉時代の三 大慈善家」としてわが国で著名な僧侶中,叡:尊・忍性(良観)がその非人救済活動として文殊 信仰・文殊会によったことにより有名な文殊菩薩に関する経典であるω。

 ①r法華経』妙音菩薩品第24

  華徳 是妙音菩薩已曽供2養親3近無量諸仏1久殖2徳本1三値2恒河沙等百千万億那由   他仏1

  華徳 汝但見2妙音菩薩其身在1レ此 而是菩薩現2種種身1 庭庭為2諸衆生1 説2是経 典1 或現2梵王身1 或現2帝釈身1 或現2自在天身1 或現2大自在天身1 或現2天大 将軍身1出現2毘沙門天王身1或現2転輪聖王身1或現2諸小王身1或現2長老身1 或現2居士身1 或現2宰官身1 或現2婆羅門身1 或現2比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷 身1 或現2長者・居士婦女身1 淫心2宰官婦女身1 二二2婆羅門婦女身1 或現2童男

・童女身1或現2天・龍・夜叉・乾湯婆・阿修羅i・迦楼羅・緊那羅・摩三二伽・人・非

人等身1而説2是経1諸有地獄・餓鬼・畜生及衆難庭皆能救済 乃至於2王後宮1 変

(3)

 為2女身1而説2是経1

 華徳是妙音菩薩能救2護娑婆世界諸衆生1者是妙音菩薩如レ流転種変化現レ身 在2此  娑婆国土1 為2諸衆生1 説2是経典1 於2神通・変化・智慧1 無レ所2損減1 如菩薩  以2若干智慧1 明照2娑婆世界1 令2一切衆生既得1レ所レ知 於2十方恒河沙世界中1  亦復如レ是 若応下訳2声聞形1町上レ度者 現2声聞形1 而為説レ法 応下血2斗帳仏形1  得上レ度老 現2辟支仏形1而自説レ法 繰下以2菩薩形1得上レ度者 現2菩薩形1 而為  説レ法 応ド以2卜形1尊上レ度外 即現2仏形1 而為説レ法 如レ是種種随レ所レ応レ度 而   為現レ形「乃至下下以2滅度1而年上レ度者 示2現滅度1

  四徳 妙音菩薩摩詞薩成2就大神通・智慧之力1 其事如レ是⑤

 引用箇所は妙音菩薩が現一切色身三昧に住して変現する化身を説く段であり,下線部に「是 菩薩現種種身 庭庭為諸衆生 説是経典」と示されるように,妙音菩薩が種々の化身を示し て,衆生に説経することが言われ,伝統的な数え方では,具体的な娑婆世界における化身とし ては以下に列挙した通り,梵頭身から王後宮の女人に至る34身を示現するとされているが,十 方恒河沙世界において,種々の対象に随って示されるとされる,声聞形・辟支仏形・菩薩形・

門形の4形を加えると38身を数えることができる(6)。

 〔妙音菩薩の34身(または38身)〕

(1)梵王身・〈2)帝釈身・(3)自在渾身・(4)大自在唱導・(5)天大将軍身・(6)毘沙門天王身・(7)転輪聖

王身・(8)小上身・(9)長者身・⑩居士身・qD本官身・⑫婆羅門身・⑬比丘身・⑭比丘尼身・⑮優 婆塞身・㈲優婆夷身・(1の長老婦女身・㈱居士婦女身・⑲半官婦女身・⑫①婆羅門婦女身・⑳童男 身・⑳童女身・⑫$営内・⑳龍身・㈱夜叉身・㈱乾三婆身・⑳阿修羅身・⑱迦楼羅身・⑳緊那羅 身・e①摩興野門院・⑳地獄身・働餓鬼身・㈱畜生身・⑳於2王後宮1変為2女身1,および(a)声 聞形・(b)辟支卜形・(c)菩薩形・(d)仏形

 ②  r法華経』観世音菩薩普門品第25

  無蓋意菩薩白2万言1 世尊 観世音菩薩 云何遊2此娑婆世界1 血温而為2衆生1説レ法   方便之力其事云何

  仏告2無理意菩薩1善男子 若有2国土1 衆生応下以2仏身1塗上レ度者 観世音菩薩即

  現・仏身1而為説・法応・以・辟支仏身1運上レ度者賦活2辟支仏身 而為説レ法応下

  以2声聞身1掌上レ度老 即現2声聞身1 而為説セ法 応下以2梵王身1得上レ度者 即現2梵

  王身1 而為説レ法 応下以2帝釈身1得上レ度者 即現2帝釈身正 而為説レ法 雨下以2自在

  天国1得上レ度者 即現2自在天身1而訓説レ法 応下馬2大自在天身1面上レ度老 即納2大

  自在天身1而為説レ法 眼下以2天大将軍身1得上レ知者 即現2天大将軍身1 而論説レ法

   応下層2毘沙門身1瀬上レ度者 溶銑2毘沙門身1 而為説レ法 応下以2前王身1得上レ度者

   即現2三王身1 而為説レ法 鞍下以2長者身1得上レ度者 即現2長者身1 而為説レ法

  階下以2居士身1得上レ度者 即現2居士身1 而講説レ法 臣下以2宰官身1得上レ度者 即

  現2軍官身1 而為説レ法 応下以2婆羅門身1得上レ度者 即現2婆羅門身1 而為説レ法

       一57一

(4)

応下以2比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷身1二上レ二者 二二2比丘・比丘尼・優婆塞・優婆 夷身1 而二二レ法 三下以2長者・居士・宰官・婆羅門・婦女身1二上レ度者 即現2婦女 身1 而為説レ法 応下以2童男・童女身1二上レ二者 即現2童男・童女身1 而為説レ法 応下以2天・龍・夜叉・乾闊婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅i・三二二三・人・非人等身1 円上レ度者 影回現レ之 而為説レ法 応下以2執金剛身1二上レ三者 即現2執金剛身1 而 為説レ法

無蓋意 是観世音菩薩成2就如レ是功徳1 以2種種形1遊2諸国土1 度2脱衆生1 是故   汝等応3当一心供2養観世音菩薩1 是観世音菩薩摩詞薩 於2怖畏急難之中1 能施2無   畏1是故此娑婆世界皆号レ之為2施無畏者1(7)

 引用箇所は観世音菩薩の娑婆世界における衆生救済のための方便力を問う段であり,下線部 に「是観世音菩薩成就如是功徳 以種種形 二二国土 度脱衆生」と示されるように,観世音 菩薩が種々の化身を示して,衆生を救済することが説かれている。これが有名な観音菩薩の33 身であるが,具体的な化身としては以下に列挙した通り,仏身から執金剛神身に至る33身を示 現するとされているのである。

 〔観世音菩薩の33身〕

(1)仏身・(2)辟支仏身・(3)声聞身・(4)梵王身・(5)帝釈身・(6)自在三身・(7)大自在天身・(8)天大将

軍身・(9)毘沙門身・⑩小二身・⑪長者身・⑫居士身・⑬宰三身・⑳婆羅i門身・⑮比丘身・⑯比 丘尼身・⑰優婆塞身・⑱優婆夷身・⑲長者婦女身・⑫①居土婦女身・⑳宰官婦女身・⑳婆羅門婦 女身・㈱童男身・⑳童女身・㈱天身・㈱二身・三夜三身・⑱三三三身・②9阿修羅身・⑳迦楼羅 身・el)緊那羅身・(鋤摩喉羅伽身・⑬執金剛神身

 さて,①②で取り上げた,r法華経』の妙音菩薩・観世音菩薩の化身に関する記述を比較する と,妙音菩薩34身に十方恒河沙世界4形を加えた38二三中の,転輪聖王身・地獄身・餓鬼身・

畜生身・王後宮二身および菩薩形が観世音菩薩33身説には述べられず,一方,観世音菩薩の執 金剛神身が妙音菩薩には見られないという,部分的な相違はあるもののその他は同一化身項目 をあげており,これら両説は基本的にはほぼ全同の内容を有していることが理解されるのであ

る。

 ③  r文殊師利般二葉経』

  論告2践陀波羅1

  此文殊師利法王子 若有レ人念 若欲3供養修2福業1者 即自化身作2貧窮孤独苦悩衆生1

   至2行老前1 若有レ人 念2文二三利1者 当レ行2慈心1 行2慈心1者 即是得レ見2文

  三二利1 是:故智者当3諦2観文殊師利三十二相八十種好1 作2旧観1者 首樗厳旧故

  当レ得3疾高見2文殊師利1 作2此此1者名為2正観1 若他二者名:為2旧観1 仏滅度後一

  切衆生 其有レ得レ聞2文殊師利名1者 見2形像1者 百千二三不レ堕2悪道1 若有4受2

  持読3訥文殊師利名1者 二項2重障1 不レ堕2阿鼻極悪猛火1 常生2他方清浄国土1

  値レ仏 聞レ法得2無生忍1(8)

(5)

 本経は大正蔵にして4段程の短い経典であるが,中でも引用箇所は文殊菩薩の無量神通・無 量変現を略説する段である。ここでは,下線部に「即自化身作貧窮孤独苦悩衆生 至行者前」

と示されるように,慈心をもって文殊菩薩を念じることにより,菩薩が貧窮・孤独の苦悩せる 衆生の姿を仮作して行者の前に姿を現すことが説かれているのである。さらに,文殊菩薩を念 じ,その名を聞き,その形像を見,その名を受持読論ずることによって,堕地獄を免れ,清浄 国土に入ることが示されているのである。

 さて,上来2経典の3箇所の記述を,化身思想の事例として見てきたが,変現された姿は

『法華経』では1,仏以下の聖位・梵王以下の天・八部衆・転輪聖王以下の人・四衆・長者婦女 等の婦女および女人・童子・三悪道に及び,いわば十界の全存在,そして人界では僧俗老若男 女の別なくすべての人々の姿を取り得るとされているのであり,さらに『文殊師利経』では,

人界のなかでも問題状況にある衆生が特化されているのである。そして,菩薩がそれぞれに姿 を変えて衆生の前に出現し,衆生を救済するとされているのである。

3 化身思想から見た人間理解

 さて,上述の化身・斗出の思想を人間理解の視点で考察してみたい。

 冒頭でも触れたように,仏教では人間とは消滅変化を繰り返すものであり,その意味で無 常・無我なる存在であるとしており,またその欲求が常には充足されないにも関わらず,我々 は多くの執着・煩悩を有して苦む故に一切皆苦と結論付けられている.これらの認識は,やが て正・像・末三時を説く末法思想の展開と共に,「末法の凡夫」「末代の凡夫」として自己の認 識へと展開するのであるが,他方,仏性論の展開により,自己の中に絶対的可能性を見出そう とする方向性が展開され,ここに「凡夫」たる現実認識と,「悉有仏性」としての可能性の考察 という本質認識の2方向が示されるようになったと考えられる。

 いま,仏教と福祉との観点から,特に仏教者の社会的活動の主体的契機について考える時,

他者(そして人間)を如何に位置づけるかが問題となろう。これに関しては,すでに自他不二

の関係観が説かれ,自己と他者の絶対平等性を説いており,それが社会的連帯性の形而上学的

基礎付けとなっていることを,中村元は「一部門大乗仏教徒はさらに進んで社会連帯性の問題

を形而上学的に基礎づけようとした。それは自分は他人とは別のものではないといって自他不

二の理論を展開したのである。」と指摘している(9)。しかし,さらに進んで,その自己・他者の

本質を如何に捉えるかを考える時,本稿で取り上げた「化身・変現思想」はその一助となるの

である。すなわち,「化身・変現思想」を伝統的に変現する菩薩の側から見れば,菩薩の神力の

超越性・普遍性を説くものであり,それによって信仰を勧奨するものであると言えるが(lo),逆

に化身を眼前にする衆生の側から見れば,r法華経』説ではすべての人間存在の本質が, r文殊

丁丁経』説では苦悩衆生の本質が,また経文を現代的に言い換えれば,理想的聖王・国王夫

妻・官僚夫妻・豪商夫妻・市民夫妻・バラモン夫妻・男女僧俗・少年少女・貧困老・孤独者等

       一59一

(6)

のすべての存在の本質が「菩薩」であることを説くものと言えるのである。それ故,様々な現 実の人間存在の様相(仏教的には「差別相」)は菩薩の変現に過ぎず,すべての人間存在の中に

「菩薩」の姿が見られるのであり,現前の差別相にのみとらわれがちな「末代凡夫」である 我々が,現前の諸相を表面的に見るという日常性を越えて,現前に存在する困苦せる衆生,さ

らにはすべての人間の中に「菩薩」を見い出すことが可能となるのである。

 我われが他者に関わる時,主体である自己と対象である他者の間に価値的格差を認めないこ とが社会的活動の原則であることは当然であり,それは前出の中村元の指摘の通り「自他不 二」の思想によって規定されるが,進んで他老の中に「菩薩」を見る「化身・変現思想」に よって,他者への関わりが正に菩薩への信仰と同義語となるのであり,仏教者にとっての信仰 実践という根本的行為の具現化の中に彼らの基本的な責務としての社会的活動が規定されるの である。この観点は今後の仏教の社会化という点から仏教者の社会的活動の主体的契機を考え る時,その背景思想の一つとして非常に重要な意味を有するものと言えるのではないだろう

か。

〔注〕

(1)吉田久一著r日本社会事業の歴史』では,東洋社会事業思想の二大主柱として,仏教の慈悲思想と儒  教の慈恵思想とをあげ,特に原始仏教の福祉思想として,慈悲・菩薩行・緑起・空・戒律・衆生観・

 布施などをあげている(全心版p,15〜19)。また,山口益他著r仏教学序説』では,「仏教は人間探求  の教えである。しかも人間の他にある超越神との関連において人間を理解するのではなく,人間の現  実と本質をば人間の内側から把えようとする。この点からいえば仏教はすべて人間学の性格をもつも  のである。」(p.27)とされている。

(2)清水海隆『「四恩」について一仏教福祉思想試論(1)一』(立正大学社会福祉学部紀要『人間の福祉』第

 3号所収)

(3)引田弘道稿「化身」(r岩波哲学・思想辞典』p.431〜432)

(4)宮城洋一郎は『原典仏教福祉』所収の「叡尊」の項において彼の文殊信仰に触れ,「叡尊の自覚的な  出発には,戒律復興があげられている。三十五歳のとき,戒律への強い意向と,厳しい仏教界への批判  を基礎に,衆生済度への道を求めようとした。また,文殊信仰の伝統をうけて,社会的実践の展開を非  人救済を柱として歩みつづけていくことにもなった。」(同書p.79)としている。

(5) 『妙法蓮華経』妙音菩薩品第24(大正9巻p.56a〜b)。訓点は岩波文庫版『法華経』下(p.228〜

 234)により清水が付した。

(6)岩波文庫版r法華経』下(p.370注)・河村孝照著r法華経概説』(国書刊行会)(p.215)等参照

(7) r妙法蓮華経』観世音菩薩普門品第25(大正9巻p.57a〜b)。訓点は岩波文庫版r法華経』下  (p.252〜258)により清水がした。

(8) r仏説文殊口利般浬薬経』(大正14巻p.481a〜b)。訓点は大蔵出版版r新国訳大蔵経』文殊経典部  1(p.382〜383)により清水が付した。

(9)中村元著r宗教と社会倫理』(岩波書店)p.459〜460

⑩ 例えば,及川真介は(8)にあげた『新国訳大蔵経』中の『文殊師利般湿樂経』の解題において,「これ

 は文殊自利の超能力を説いて,その信仰によって解脱を得,また救済を得ることを勧説する短経であ

 る,といえよう。」と述べている。(前掲書p.107)

参照

関連したドキュメント

存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ

最後に要望ですが、A 会員と B 会員は基本的にニーズが違うと思います。特に B 会 員は学童クラブと言われているところだと思うので、時間は

わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と

Q7 

層の積年の思いがここに表出しているようにも思われる︒日本の東アジア大国コンサート構想は︑

い︑商人たる顧客の営業範囲に属する取引によるものについては︑それが利息の損失に限定されることになった︒商人たる顧客は

□ ゼミに関することですが、ゼ ミシンポの説明ではプレゼ ンの練習を主にするとのこ とで、教授もプレゼンの練習

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな