-ポライトネスの観点から-
島弘子
1.はじめに 日本語において話し手が聞き手に対して〈助言〉をする際,
(1)「早く医者へ行った方がいいよ」
(2)「たまにはお夕飯ぐらい食べていったら?」
(3)「人が信じようと信じまいと君が見たものは信じればいい」
(4)「酒なんか飲んでないで,早く寝なよ」
のように,場面や話し手・聞き手の関係等に応じて,「~た方がいい」「~たら?」「~ぱいい」「~
しな(さい)」など,様々な表現を用いている。ところで,こうしたく助言〉を表す表現は,実際ど のように使い分けられているのだろうか。そこで,シナリオに表れた「~たら」「~ぱ」の用例をも とに,ポライトネスの観点からの使い分けを考察してふることにする。
「~たらどう」「~ぽいい」の類を対象としたのは,条件節の承の表現形式である「~たら?」
「~ぱ?」や,「~たらどうかしら」「~ぱいいんじゃない」など文末の表現のバリエーションが豊 富でそこに話し手と聞き手の関係が作用しているのではないかと,仮定したからである。「~ほう がいい」「~しなよ」といった表現は,「~たら」「~ぱ」と比較するという場合において分析対象と
した。
さて,本稿で考察の基とするポライトネスは,Brown&Levinson(1987)の定義に従えば,世界 の言語に普遍的に存在する「丁寧さに関するコミュニケーション手段」のことである。これまでポ ライトネスの概念に基づいて日本語で研究されたものに,井出・他(1986)による日米大学生対象 のく依頼〉に関するアンケート調査の分析や北尾・北尾(1988)による依頼のメカニズムの分析な どがある。勿論,相手とのコミュニケーションを円滑に進めつつく依頼〉を行う際に,ポライトネ スの果たす役割は大きいものがあるが,〈助言〉においても同様のことがいえるであろう。〈助言〉
をする際には,話し手と聞き手の社会的上下関係,年齢的上下関係,'性別,親疎,そのほかに話題 等さまざまな要素が絡承合って,ポライトネスの適切なストラテジーが選択されていると考えられ るからである。〈助言〉の形式上の類型と先行する発話との関連については,水谷・早田が分析を試 みているが,「助言の形式上の類型を次のように分けることを試ふた。それらの形式のうち,どれを 選択するかは,人間関係(上下,親疎)そのたの要素によることがわかった」(1990:pl4)と述べ るに留まっている。従って,本稿ではさらに進めて,「~たら」「~ぱ」を中心としたく助言〉の形 式の選択をポライトネスの観点から検討したいと考える。
13-
2.方法
映画・テレビドラマのシナリオ23本から採取した用例,並びに新聞からの用例を分析資料とし,
以下の順で考察を進める。
1.形態上から承たく助言〉の表現について
2.話し手・聞き手の関係とく助言〉の表現について
(1)社会的・年齢的上下関係
(2)男女差
(3)状況
3.〈助言〉の表現とポライトネスについて
3.形態上からみたく助言〉の表現
3-1形式と機能の種類
シナリオからの用例248例中,「~ぱ」に関するものが,約3分の2の171例,「~たら」に関する ものが77例であった。「~たら」の類は「~たらいい」「~たらどう」,そして条件節の承の表現「~
たら?」の3種に分かれ,「~ぱ」の類は「~ぽいい」「~ぱ?」の2種に分かれた。「~ぱ」には,
「あなたも行けば(どうですか)」(『基礎日本語文法」1989:P153)のように「どう?」という帰結 節とも共起しうるが,今回のシナリオの用例からはでてこなかった。内訳は以下の通りである。
(表1)
「~たら」「~ぱ」の共通して一番多かったのは,帰結節が「いい」に連なる表現である。しか し,「~ぱ」の表現の方が,「いい」の帰結節を伴う率が高く,86.5%もある。一方,「~たら」では 44%あるものの,聞き手の意向を尋ねる「どう」「いかが」という帰結節を伴うものも35%と多い。
聞き手の意向を尋ねるには,「~たら」の形式の方が使いやすいようだ。
次に,「~たらどう」「~ぽいい」の形式で表される表現を機能別に分けると,〈助言〉とく非難〉
が承られた。正確にはイントネーションや場面から話し手の表現意図は明らかにされるが,今回は 音声面からのデータがないのでシナリオの場面から推察し,話し手の意図を判断した。
その結果,「~たらどう」「~たらどうだ(どうや)」「~たらどうなんだ(なの)」「~たらどうで
14-
たら77例中 ぱ171例中
助言
たらいい11 いいじゃない4 いいでしょう
いいだろう 16
いいのに3
44%
ぱいい 70
ぱいいじゃない48 ぱいいでしょう ぱいいだろう 16 ぱいいのに14
86.5%
助言 たら?16 21% ぼ?23 13.5%
助言 及び 非難
どうですか4 どうかしら3 どう、どうだ16
いかが 4
35%
すか」など計27例中,〈助言〉として機能している例は16例で,残り11例がく非難〉やく詰問〉とし ての表現であった。
く助言〉としての用例
(1)光秀「オモニはもう歳やざかい,今まで苦労した分だけ,これからゆっくり人生たのしんだら
「潤の町』p220 ええんや」
(2)蟻田「表を吐き出させる武器です。カネで心をこじあける」
芳彦「労働組合をゆさぶったらどうだ」 「善人の条件」p70
〈非難〉〈詰問〉としての用例
(3)綱子(妹に)「なんか言ったらどうなのよ。ののしったらどうなのよ」
「阿修羅のごとく』p29
「お入学』p236 (4)直枝(母)「(と牧子に)もっとしっかりさすったらどうなのシ」
また,帰結節が述べられず,条件節の承の「~たら?」「~ぱ?」のく助言〉は,聞き手に対する 純粋なく助言〉を表すものから,聞き手に対して「勝手にしろ」と示唆するものまで幅広い使われ 方をしている。後者の用例は,残念ながらシナリオからは見つからなかったので,参考までに新聞 記事の用例を載せておく。
(5)……そこへ主人がやってきたので,「友達の披露宴に招待されたの。ピンクのドレス借りて パーマかけてこようかな」というと,「そうすれば」と一言。その一言で,…母親の顔に戻ってし まったのです。(「北陸中日』,投稿欄,9291)
3-2否定的内容とく助言〉の表現
「~たら」「~ぱ」の用法をみてみると,条件節中で共に否定形の動詞と共起してはいない。一 方,「~ほうがいい」の表現は,肯定的内容では「~た(る)ほうがいい」,否定的内容では「~な いほうがいい」の形があり,肯定・否定共に用例が見うけられる。
肯定の場合.
(6)克彦「化膿止めだ。念のため服んでおいたほうがいい」 「われに撃つ用意あり』p298 否定の場合
(7)たゑ「門倉さんだって,これ以上,まわりの人,
門倉「一言もありません」
泣かさないほうがいいんじゃないですか」
「あ・うん」pll5
15-
否定の場合には,ほかに使用頻度としては少ないものの,「~するの(を)やめたほうがいい」とい
う形式もある。
(8)誠「無責任だよな,全く」
士岡「電話機壊すなよ’誠ちゃん。編集長,恋愛中でイライラしている奴の前に社の備品おく
のやめた方がいいです」 『だし、こんの花(上)』p209
「~ほうがいい」124例中,肯定の「~たほうがいい」は104例。そして否定の表現20例中「~な いほうがいい」は18例で,2例の糸「~するの(を)やめた方がいい」の形式をとっている。
一方,「~たら」「~ぱ」の場合,すべて肯定形に接続し,否定の形「~しなかったらどう?」「~
しなければ?」の形式の用例はふられない。(9)のように「~するのはやめたら」といった表現(3 例)で表すか,(10にふられるように否定的な意味の語彙を選択する方法(1例)がとられている。
(9)牧子(母親に)「母さんがそういうふうだからなめられちゃうのよッ。だったら,お兄ちゃんと このことするの,やめちゃえばいいじゃない」 「お入学」p90 00君子(娘に)「だったら黙ってたらいいじゃない。……」 「同上」pl28
では,条件節中で動詞の否定形を伴ったく助言〉表現「お兄ちゃんとこのことしなかったら?」
「言わなかったら?」は自然な発話といえるであろうか。「掃除しなかったらいいでしょう」または
「言わなければいいんじゃない?」などのように帰結節まで述べた完全な文であれば別だが,条件 節の承の文,特に「~ぱ?」の形式の場合は難しいであろう。これは,他の慣用的表現「~なけれ ばならない」「~なければいけない」の文末が省略された形「~なければ」との混同を避けようとす
る意識が働くからでないかと思われる。
条件節の永の「~たら?」「~ぱ?」は,専ら動詞の肯定形を伴い、慣用的にく助言〉を表す表現
として用いられているのである。
4.話し手・聞き手との関係 4-1社会的・年齢的上下関係とく助言>
次に,話し手と聞き手の上下関係(年齢,社会的地位)が各表現に及ぼす影響をゑて承る。次頁 の(表2)では,→は話し手と聞き手の関係が同等のもの,\は話し手が聞き手より上位の場合,
/は話し手が聞き手より下位の場合であることを示す。4つの表現とも半数ないしは半数近くが対 等レベルでの発話である。「~たらどう」「~たらいい」「~たらいいじゃない」では/と、と同等の レベルでいずれも割合にはさほど差異はふられないが,条件節の糸の「~たら?」「~ぱ?」におい ては,異なった結果が出ている。即ち下位者から上位者へのく助言〉が多く,逆に上位者から下位
16-
者へのく助言〉
(表2)
Iま少なくなっている。
たら?ぱ? たらとう たら/ぱいい いいじゃない
12 81
上段の数字は用例数、下段の数字は%を示す。
次に,条件節の糸で提示される表現「~たら?」「~
ぱ?」の用例をさらに分析して承ると,話し手に特徴があ
ることがわかった。
今回の資料において,「~たら?」の女性の発話は16例 中15例,「-ぱ?」は23例中15例を占めた。また,話し手が 大人か子供か,で分類してふると右の(図1)のような結 果を示した。即ち,帰結節が表されない「~たら?」「~
ぱ?」の使用は,話し手が女性,子供の場合に極めて多い。
具体的な用例では,未成年の子供が例えば家族に対して く助言〉するものや,成人した子供が母親に対してく助 言〉をおこなうもの,女性が親しい男`性に対するく助言〉
などが目立つ。また,母親が成人した娘に対し,〈助言〉す
(図1) 成人男性
(5.1%)
子供(男'性)
(17.9%)
)
成人女性
(53.9%)
子供(女I性)
(23.1%)
などか日立つ。また,廿親が成人した娘に対し,〈助言〉する例もあった。
⑪洋子(小学生)「いま,いくらかな。お手伝いさんの料金,時給で」
巻子(母親)「いくらかしら」
鷹男(父親)「-時間-800円ぐらいじゃないのか」
巻子「あら’もっとよ・千円はもらえるわよ」
洋子「お母さんも,もらったら,お父さんに-」 「阿修羅のごとく」p209
⑫巻子(成人した娘)「お母さん,先ねたら」 『同上」p68
⑬桃子「どうするの」
良介(親しい男`性)「それを考えているの」
桃子「野上さんに借りに行ったら?私ついていってあげるわよ」 『男女7人夏物語』pl39 なお,話し手が成人男性の用例(2例)のうち,一例は酔った成人男`性が見知らぬ女`性に話しか けた例,もう一例は男性が近隣の知人に対し提案をした例であった。
17-
たら?ぱ? たらどう たら/ぽいい いいじゃない
→
16
(41%)
6 (50%)
34 (42%)
26 (50%)
/ 16
(41%)
2 (17%)
18 (22%)
11 (21%)
、! 7
(18%)
4 (33%)
29 (36%)
15 (29%)
合計 39 12 81 52
4-2男女差とく助言〉
話し手が男性か女'性かによって使用される表現がどう異なっているのだろうか。そこには一つの 傾向がうかがえる。即ち,男性が話し手の場合,「~たらいい」「~ぽいい」と断定的な表現が多い のに対し,話し手が女性では「~たらいい(ん)じゃない」「~ぱいい(ん)じゃない」と否定的に 聞き手に伝えている。
(表3)
「~すればいい」と断定的な表現で聞き手にく助言〉するより、「~すればいい(ん)じゃない」
と否定的にく助言〉するほうが,聞き手に与える押しつけが弱く,女'性に好まれるからではないか と思う。これは,後で述べるポライトネスと大いに関わりがある。
4-3状況とく助言〉
女性・子供が話し手の場合,同等ないしは上位者に対し「~たら?」
るが,話し手が男性の場合,例えば弟から姉に対して命令形でく助言〉
を表現する場合がある。家族間だけでなく,社会的・心理的距離のあ る目上に対し命令形が使われる場合もある。
⑭進一「姉さん……」
まり子「……」
進一「…店,やめるよ…」
まり子「やだ,進ちゃん,何いうのよ」「だし、こんの花」p202
「~ぱ?」の表現が多用され
魎F1了う季iE彗諺ri雲
名は I茎遊
レン今ル ビ〒オ むつを@
霧
これとは反対に,形式はく助言〉であっても,伝える内容が命令に 近い「~たら」「~ぱ」もまた,存在する。先に挙げた用例(5)や右の新 聞漫画の用例⑮がそうである。(5)⑮の用例は,今回のシナリオからは 糸つからなかったため,新聞から採取したものだが,聞き手の益にな るように勧めるのではなく,聞き手に対する話し手の一方的な発言と いえる。用例(5)では,妻に,実際買うことを勧めているのではなく,
「勝手にしろ」と示唆し,用例⑪では,話し手である妻が夫に「あと で勝手に見て」と示唆している。こうした表現は命令形で表現される ものに近いが,形式はく助言〉の形を借りている。従って,「~た ら?」「~ぱ?」のく助言〉は,文脈に応じて純粋に聞き手へのアドバ イスのものから命令形に近い話し手の一方的な発言のものまで幅広い ものがある。
女性・子供の話し手が対等または上位者への発話に,命令に近い
し
▽■、
一
(● 〔●・ ( ̄ 0
IhooDOOG 』
へ勺
18-
男 女
いい(81例中) 48(59.3%) 33(40.7%)
いい(ん)じゃない(52例) 14(26.9%) 38(73.1%)
く助言〉表現を「~たら?」「~ぱ?」で用いている場面をゑてみると,男'性の話し手が命令形を用 いている場面と部分的に重なっている。命令形が使えないが故に女'性・子供による「~たら?」「~
ぱ?」が相補的に使用されているといえる。
一般的にはこうした説明がつくが,特別な状況のもとでは使用される表現が変わってくる。通常 命令形の使用が濤踏されるような上下関係が話し手・聞き手の間にある時でも,命令形「~なさ い」「~しるよ」が「~たら?」「~ぱ?」の代わりに表れる場合がある。〈助言〉の内容を「子供が 親に対して寝ることを勧める」場面に限ってどのように使用されているかを見てふると,
⑱牧子「母さん,なにか食べて寝なさい。-曰ぼんやりしてロクに食事もしないんだものれ。身
体こわしちゃうわ」 『お入学」p232
⑰誠(息子)「お父さんも泣いてたよ」
忠臣(父親)「カゼっ気なんですよ」
誠「そいじゃあ,酒なんか飲んでないで,早く寝なよ」「だし、こんの花(上)」p278 などのように通常の上下関係が薄れた時(例えば母親が病気,父親が酔っているなど)には「~た ら?」ではなく,丁寧体とはいえ命令形が用いられている。ほかにも,父親が権威を無くす行為を した時にも,息子によって命令形が使用されている。
⑱忠臣「おいよせ……親に向って」
誠「親なら親らしくしるよ。人,人にこんなに心配かけて」 「同上』p333
従って,助言の表現の使い分けは固定的な人間関係の上に成り立っているのではなく,その場面 の流動的かつ微妙な力関係,上下関係の上に成り立っていると言える。北尾・北尾が依頼のポライ トネスの中で状況的変数と呼んだものは,〈助言〉の場面においても重要な要素となっているので
ある。
5.〈助言〉の表現とポライトネス
以上見てきたことを,ポライトネスのストラテジーの点から考えてふると,〈助言〉の表現は,
まったくポライトネスを配慮に入れずに命令形を用いるか,またはポライトネスを考慮に入れた表 現をするか,のいずれかが選択されている。
Brown&Levinsonによるポライトネスの5段階(図2)では,ポライトネスを配慮した段階は,
さらに相手に負担をあまりかけまいとするネガティブ・ポライトネス(聞き手のnegative-faceを認 め,聞き手が私的領域を主張したり判断を下したりする際,その妨げにならないよう聞き手にかけ る負担を軽減するストラテジー)を選択するか,ポジティブ・ポライトネス(聞き手への親しさを 認め,親しいなりの表現をするストラテジー)を選択するかに分かれる。
19
…■蕊 '記録に残す■、鷲…け二三!…
Lesser
的⑪Cl①。⑤》》○二的宮}。■◎一]⑪戸昌]⑪回 幻椛雛
、
5.Don'tdotheFTA
(相手のfaceを脅か す行為をしない)
Greater
図2circumstancesdeterminingchoiceofstrategy(ポライトネスのストラテジー選択を決定する場)
そこで,オン・レコードの1~3の段階に関し,「~たら」「~ぱ」のく助言〉表現をゑていくと 以下のようになる。
l)段階1あからさまに言う
主として話し手が男性で,聞き手とのポライトネスを考慮に入れない場合である。それ以外に も,4-3で述べたように状況によっては,話し手と聞き手の関係が変化し一時的に命令形がく助 言〉の表現として使用されることもある。
2)段階2ポジティブ・ポライトネス
家族間,親しい友人間では,〈助言〉の際に,親しさを示すために慣用的に「~ぱ?」「~た ら?」が用いられることがある。特に,女性・子供の話し手が対等の聞き手,ないしは自分より年 齢や社会的地位が上の聞き手に対する場合の用例が顕著である。
さらに,ポライトネスの丁寧度の点から言えば,「-たら?」と「-ぼ?」は全く同じとは言えな い。「~たら」のほうが「~ぱ」の助言に比べ,丁寧度が高いようだ。これは,鈴木忍が「……『~
たら」には,『~ぱ」で結ばれるときのように強い因果関係はなく……」(1978;p213)と述べてい るように,「~たら」は条件節と帰結節の関連性が「~ぱ」の場合より弱いので,相手に押しつける 度合が低くなるからであろう。
-20-
3)段階3ネガティブ・ポライトネス
a、話し手が聞き手に与える負担を小さくする配慮をしながら,〈助言〉をする場合である。通常
「~たらいいです」「~ぱいいです」「~ぽいいじゃない」を用いる。話し手が女性の場合,「~
じゃない」と否定形でく助言〉をする傾向があるが,この表現は聞き手が否定しやすく,押し つけの程度が低い表現となっている。
子太子 正草正
90
「シートせっかくふたつあるのに」
「-」
「雪子さん誘ってやりやいいじゃない」 『北の国から』pl34
条件節を用いる段階で話し手はすでに聞き手への配慮をおこなっているといえる。水谷は談話の 展開を英語と比較して,「日本語の会話体の場合,いわばジグザグ型がきわめて多い」(1990;p 34)とし,条件表現が多用されていると述べているが,直接的発言を避け「~たら」「~ぱ」の条件 節を多用するのは,聞き手への負担を軽くしようとする話し手の意識の表れにほかならない。
b・話し手と聞き手の社会的距離が大きい場合や疎の場合,「いい」という話し手の断定的な判断を 避け,「~どう?」という疑問形で相手に選択の余地を与える。さらに距離が離れている場合 は,「どう」の代わりにより丁寧度の高い「いかが」が使用される。
(20(子供の担任教師が子の父親に対し)
涼子「むしろ別れた奥様のほうともういちど話されたらいかがなんですか」『北の国から』p69
c、提示するく助言〉の内容が聞き手に大きな負担をかげると予想される場合,または,聞き手の 私的領域に関わる話題を提起する場合,聞き手に対する押しつけを弱める方法として終助詞を 用いることがある。文末に「ねえ」「かしら」など終助詞を添えることによって,文を和らげ,
聞き手に与える負担を軽減させる。
⑪忠臣「曰高ゆくのは,4時だっていったわねえ」
まり子「はい」
忠臣「その前は何してんの」
まり子「なにって,うちで」
忠臣「行儀見習いに来たらどうかねえ」
まり子「あの’お宅へですか」 「だいこんの花(上)』p243
⑫巻子「国立のうちのことだけど-下宿人,
恒太郎(父)「-」
置いたらどうかしらねえ」
「阿修羅のごとく」pl39
21
。帰結節を省略することによって聞き手の私的領域に踏承込むのを避け,聞き手に選択の自由を 与える。ポジティブ・ポライトネスの省略と異なり,敬語と共起しやすい。
⑬節(個人教師)「大丈夫ですよ。入試の当曰はのびのびとテストがお受けになれるようにお母さ まがリラックスさせておあげになったら……」 「お入学』p267
6.まとめと問題点
以上のことからく助言〉の表現「~たら」「~ぱ」は,その使用の際にポライトネスのストラテ ジーが配慮され,ポライトネスの5段階に沿ったものとなっていることがはっきりしてきたと思う。
〈助言〉表現の選択には,話し手と聞き手の性差,社会的上下関係・年齢上下関係が重要な要素 となっている。但し,こうした要素は固定的なものでなく,その表現は状況に応じても使い分けが なされている。条件節の承の表現「~たら?」「~ぱ?」は,その使用に特徴があり,慣用的なく助 言〉の表現といえる。話し手が子供・女'性に多く,聞き手との関係では対等または上位者に対して 用いるケースが多い。
形態上では否定的内容をく助言〉する際,「~ほうがいい」の表現の場合と異なる。「ない形」接 続の「~しなければ?」「~しなかったら?」の形式ではなく「~するのをやめたら?」という形式 がもっぱら使用されている。
問題点としては,以下のことが挙げられる。
一つには,今回分析対象とした用例がシナリオから採取したもので用例数がまだ充分とはいえな い。そのため分析結果が使い分けの一つの傾向を示したものとなっている点である。今後は使い分 けをポライトネスの点からどのように意識しているかについてアンケート調査を実施し裏付けをと
りたい,と考えている。
二つ目は,用例がシナリオからということでイントネーション等の音声的特徴が考慮の対象外と なっている点である。ポライトネスには音声面も重要な要素となりうるので,この点も今後の課題 として残る。
主な参考文献
1.Brown,P&Levinson,S,C,1987Politeness:SomeUniversalsinLanguageUsage[2ndedlCambridge:
CambridgeUniversityPress
2.Levinson,S、C,1983.Pragmatics、Cambridge:CambridgeUniversityPress.
(安井稔・奥田夏子訳1990『英語語用論」研究社出版)
3.Lakoff,R,1973“TheLogicofPoliteness:OrMindingyourP,sandQ,s"、PapersfromtheNinthRegional MeetingoftheChicagoLinguisticSociety(pp292-305).Chicago:ChicagoLinguisticSociety、
4.井出祥子・他,1986『日本人とアメリカ人の敬語行動一大学生の場合」,南雲堂.
5.北尾謙治・北尾Sキャスリーン,1988.「ポライトネスー人間関係を維持するコミュニケーション手段」『日本語 学』,3月号.
22-
小泉保,1990『言外の言語学・日本語語用論」,三省堂.
鈴木忍,1978.教師用日本語教育ハンドブック③『文法l』,凡人社.
鈴木睦,1989.「聞き手の私的領域と丁寧表現一日本語の丁寧さは如何にして成り立つか-」『日本語学」,1月 号.
益岡隆志・田窪行則,1989.『基礎日本語文法」くるしお出版.
水谷修・早田美智子,1990.「助言の構造」『言語理論と日本語教育の相互活性化」,津田塾会.
水谷信子,1989.NAFL選書『日本語教育の内容と方法一構文の日英比較を中心に』,アルク.
水谷信子,1990.「接続表現と談話の展開一条件表現を中心として」『言語理論と日本語教育の相互活I性化』,津
●●●(才【叩)【で”日。(】Zn) ●●①●
9Ⅲ、、
田塾会.
参考シナリオ一覧
向田邦子『阿修羅のごとく」向田邦子作品全集1大和書房,1982 倉本聡『北の国から』理論社,l983
橋田壽賀子『お入学』日本放送出版協会
森田芳光『ウホッホ探検隊シナリオ写真集』東宝株式会社,1986 向田邦子『だし、こんの花」前・後編大和書房,1986
鎌田敏夫『男女7人夏物語』立風書房,l986 向田邦子『あ・うん』大和書房,1987
山田洋次・桃井章「釣りバカ日誌」『'89年鑑代表シナリオ集」映人社,1990 ジェームス・三木「善人の条件」同上
金秀吉・金祐宣「潤の町」同上 志村正浩・掛札昌浩・鈴木則文
「文学賞殺人事件・大いなる助走」同上 石堂淑朗・今村昌平「黒い雨」同上 斉藤博・崔洋一「Aサインディス」同上 中島吾朗「誘惑者」同上 長部日出雄「夢の祭り」同上 阪本順治「どついたるねん」同上
旭井寧・井筒和幸「宇宙の法則」「90年鑑代表シナリオ集」映人社,1991 一色伸幸「病院へ行こう」同上
松岡捉司「パタアシ金魚」同上 西岡琢也「マリアの胃袋」同上 じんのひろあき「桜の園」同上 斉藤博「さわこの恋」同上 丸内敏治「われに撃つ用意あり」同上
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