︿翻訳﹀
韓 国 に お け る
行 政 手 続 の 実 証 的 研 究
金 伊 烈 著
舜 龍 澤 訳
目次
一︑序論
二︑法治主義と行政手続の論理
1︑法律の留保と行政手続
2︑法律の法規創造力と行政手続
3︑法律の優位と行政手続
三︑法治主義の保障と阻害要因
1︑法治主義の保障
2︑法治主義が空転している理由と対策
四︑行政手続の実態
1︑調査原則と範囲
2︑行政手続調査概要 3︑行政手続調査結果
五︑行政手続規定の問題点と解決方案
1︑問題点
2︑解決方案
一︑序論
現代法治国家の要請は︑憲法上︑①基本権の保障︑②権力分
立制度︑③法律の支配︑④司法国家化︑⑤有効適切な権利救
(1)済︑⑥社会保障として現われている︒
我が憲法は︑西ドイツ基本法のように法治国家であることを
明文で規定してはいないが︑その前文で︑政治・経済・社会・
文化のすべての領域において﹁自由民主的基本秩序﹂をより確
固にすることを前提に︑第二章(九条〜三七条)国民の権利と
義務規定において国民の基本権を広範に保障しているのみなら
ず︑権力分立制を採択︑行政権は大統領を首班とする政府(三
八条四項)に︑立法権は国会(七六条)に︑そして司法権は法
官で構成された法院(一〇二条)に分属させようとの︑いわゆ
る伝統的法律の支配原則を固守していて︑法律が憲法に違反す
るかの可否と命令・規則・処分が憲法や法律に違反するかの可
否に対しては︑これを法院が審査する司法国家型を採択してい
る︒更に︑国民の財産権に対する収用・使用・制限に伴う損失
補償(二二条)を始め︑刑事補償(二七条)︑国家賠償制(二
八条)を採択する一方︑社会的法治国家の要請である各種社会
保障制度などを規定している点(三二条︑=一〇条等参照)な
どで見るとき︑我が憲法の基本原則が︑
ることは疑念の余地がない︒
二︑法治主義と行政手続の論理 法治国家を指向してい
先に明らかにしたところのように︑我が憲法が法治主義を採
択していることは︑例えその規定方式が間接的ではあっても︑
疑念の余地がない︒ただ︑ここで行政手続を論ずるのにおいて
留意しなければならない点は︑従来︑法治主義または法治行政
主義に関する支配的理論が︑法治主義が有する理念的原理にだ
け言及しているのみで︑それが実定法制上に展開されなければ
ならない実証的契機を追求するのに疎かであったという事実で
ある︒
一般的に行政法学において法治行政の要請は︑法律の留保︑
法律の法規創造力︑法律の優位を意味しているほどで︑これら
が有する行政手続との論理関係を見ると次のようである︒
1︑法律の留保と行政手続
少なくとも完全な意味の法治主義となるためには︑行政権が
国民の権利を制限して新たな義務を賦課するにおいては︑そし
て憲法上の秩序条項とか公益条項に関する事務を処理するのに
おいても︑法律でのみこれを規定して(行政が自由に決定する
ことができるようにする委任をしないで)︑行政はただ法律の
規定に従って行なう︑いわゆる法律の留保規定として規定する
ことである︒そうだとすれば︑その留保は︑果してどんな態様
と範囲で存在する性質のものであろうか? 法治主義というときには︑法律の留保として論理上前提にさ
れなければならない事項は︑"いつ存(≦缶コ⇔)︑"何"(類嚢︒ω)を
行なうことができ︑行なうものであるのかの対象論的留保のみ
ならず︑それを"如何に"(≦一Φ)行なうものであるのかの方法
論的留保までを包含するものでなければならない︒再言すれ
ば︑法律はその留保事項を規定するのにおいて︑単に行政が何
を行なうことができ︑行なわなければならないのかの︑いわゆ
る授権規範を設定するとともに︑立法政策上特別な理由で除外
される場合でない以上︑この権限を如何に行なうのかの手続規
範までも規定しなければならない︒このような留保事項におけ
る対象論的なものと︑方法論的なもの︑または権限と手続との
関係は︑メルクル(︾●ζo蒔一)が指摘していることのように︑
(3)目的と手段の論理関係にあるものである︒従って︑我々が万一
目的のみを設定して︑それを達成するための必要な手段を講究
することがなければ︑その目的を達することができないことと
同様に︑法律が単に行政の対象またはそれに関する権限のみを
規定して︑その手段である手続を規定することがなければ︑法
律の留保という意味もその半分しか有さない結果になる︒今ま
で法治主義がその名分上華麗なものであるにも拘らず︑その実
効性を最大に発揮し得なかったのは︑法律の留保が有する意味
の半ばを失なったことからきた結果だと言うことができる︒勿
論︑行政において︑その根拠権限と限界を明確に規定すること
が︑第一次的意義を有するものであるということは論ずる必要
もない︒
しかし︑同時に︑その権限の行使に関する手続の設定も︑そ
の目的である権限の設定に劣らず重要な事項である︒それは︑
その手段としての手続が拙劣であれば︑その手続で達成される
目的も不完全であるのみならず︑その手段が不正であれば︑そ
の目的もまた不正であり︑少なくとも公正性を疑うようになる
ためである︒このような意味で︑行政の権限と行政手続との論
理関係は︑同時にこの両者の倫理関係を形成するものであると
も言うことができる︒
2︑法律の法規創造力と行政手続
法律の法規創造力は︑国民の代表機関である国会の最高の立
法的権威を認定するという︑換言すれば︑国民の権利.義務に
関する新たな規律を行なうことは国会のみがこれをすることが
できるようにして︑行政は単に国会が定立した規律を執行する
のに止まるという制度を意味する︒従って︑このときにも国会
の規定するところは︑行政が国民の権利義務に対して行ない︑
行なうことができる実体︑即ち行政行為の態様と効果のみを規
定するのに止まらず︑行政行為の形成過程を規律する手続規定
までもこれを設定する内容にならなければならない︒
再言すれば︑法律が︑単に前者のみを規定して︑後者を規定
するところがなければ︑ほかに不文律がない以上︑その手続は
ただ行政権が設定する行政命令(訓令・指示・例規など)によ
るか︑然らずんば行政行為者の主観的判断(裁量)に委ねる方
法しかない︒そのようなときに︑国民の権利と義務に関する事
項は︑必ずしも国会の専権事項ではなく︑行政も国会とともに 同一なる立法権を行使する位置にいるようになるものだと言う
ことができる︒法律は︑ただ国民の権利義務事項に対して行政
が行なうことができるとされる行為の半分のみを担当して︑残
り半分は行政が直接担当規律する結果になるということができ
る︒そうであれば︑法律は果して何を根拠として法規創造力を
主張し︑維持することができるのであろうか?これを可能に
する方法は︑法律が行政行為の態様とか効果のみを規定するも
のではなく︑更に当該行政行為の形成過程を規制する手続規範
までを設定することで︑その目的を達成することができる︒
鋤法律の優位と行政手続
法律の優位は︑行政が法律に違反することができないという
原則であり︑従って両者間に衝突が生ずれば︑法律が優先し
て︑それに反する行政は排除されることを意味する︒それ故︑
既述したところのように行政が法律の留保から脱漏した手続分
野で自ら何かを規定し︑或は法律の留保に属する分野において
も法律が脱漏した手続の過程を自ら規律することができれば︑
既にそこには法律が優先する領域は消え失せたのであり︑こご
に法律の優位という理論も存在し得なくなるので︑法律と行政
の衝突問題を発生しないのである︒恐らくは︑当該行政が定立
した法規又は裁量自体は︑そのままが法律として通用される結
果になるものであると言うことができる︒それ故に︑少なくと
もその領域に関する限り︑法律の優位ではなく︑行政の優位と
して支配されるほかにないのである︒これこそは︑従来︑大陸
法系の特徴の古典的法治国観である二元主義︑即ち︑一面では