密 教 文 化
ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
松
田
克
進
17世 紀 オ ラ ン ダの哲 学 者 ス ピ ノザ(B. de Spinoza, 1632-1677)は 、 主 著 『エ テ ィカ(Ethica)』(16-7)で 、 感 情 を制 御 す る方 法 を示 して い る(1)。 ス ピノ ザ の感 情 制 御 法 は、 け っ して ア ナ ク ロニ ズ ム で はな い。 なぜ な ら、 そ れ は、 「論 理 療 法(rational therapy)」 とい う現代 の有 力 な 心 理 療 法 の 先 取 りと見 な さ れ う るか らで あ る。 ス ピノ ザ の感 情 制 御 法 の骨 子 を示 し、 そ れ が論 理 療 法 の 先 取 りで あ る こ と を明 らか にす る こ と、 一 これ が 、 本 論 の 意 図 で あ る。 次 の よ うな順 序 で論 を進 め る。 第 一 章 で は、 ス ピノ ザ の感 情 制 御 法 の 内容 を整 理 す る。 す な わ ち、 まず 、 感 情 の 本 性 お よ び評 価 に 関 す る ス ピノ ザ の議 論 を概 観 し(第 一 節)、 次 に、 彼 が 提 示 す る感 情 制 御 の処 方 を考 察 し(第 二 節)、 最後 に 、 彼 の 感 情 制 御 法 に対 して 提 出 さ れ うる二 っ の重 要 な批 判 を吟 味 して み る(第 三 節)。 第 二 章 で は、 ス ピノ ザ の感 情 制 御 法 を論 理 療 法 と比 較 対 照 す る。 まず 、 論理 療 法 の 概 要 を確 認 し(第 一 節)、 そ の 上 で、 ス ピノ ザ の 感 情 制 御 法 と 論理 療 法 との 異 同 を考 察 す る(第 二 節)。第一章 ス ピノザの感情 制御 法
第 一 節 感 情 の 本 性 お よ び 評 価 感 情 制 御 法 を 論 じる た め に は、 す くな くと も二 っ の議 論 が先 行 しな けれ ば な らな い で あ ろ う。 一 方 は、 感 情 の本 性 に関 す る議 論(感 情 とはな にか、と い う議 論)で あ り、 他 方 は、 感 情 の評 価 に 関 す る議 論(悪 しき感 情 と は な にか 、 と い う議 論)で あ る。 まず 、 感 情 の本 性 にっ い て の ス ピノ ザ の議 論 を整 理 した い。 諸 感 情 の 本 性 を 規 定 す る さ い に ス ピノ ザ は、 お もに五 つ の テ ー ゼ に依 拠 して い る。 そ れ ら諸 テ ー ゼ を以 下 に列 挙 す る。 な お、 これ ら諸 テ ー ゼ を ス ピノ ザ は 「証 明」 して い るが 、 そ の 「証 明 」 を逐 一 吟 味 す る必 要 はわ れ わ れ に は な か ろ う。 これ らを わ れ わ れ は、 さ しあ た り、 公 理 と して扱 う こ と に した い。 (1)心身 二 重 側 面 説 ……心 と身 体 と は 、 思 惟 お よ び 延 長 と い う異 な る属 性 の も と で 見 られ た 同 一 物 で あ る(cf. 2P-S, 3P2S)。 (2)直接 知 の テ ー ゼ ……(1)よ り、 心 は 身 体 の 状 態 を 、 な に か(た と え ば 神 経 系)を 介 して 認 知 す る の で は な い 。 心 は 身 体 の 状 態 を 無 謀 介 的 ・直 接 的 に 認 知 す る。 つ ま り 、 心 は 身 体 の 状 態 に っ い て 直 接 知 を 持 っ(cf. 2P13, 2P1 3C)。(2) (3)観念 連 合 の テ ー ゼ ……習 慣(経 験 の 反 復)は 心 の な か に 因 果 信 念 を 生 む (cf. 3P18)。 (4)コ ナ ト ゥ ス の テ ー ゼ ……あ ら ゆ る 個 体 に は 自 己 保 存 傾 向(「 コ ナ ト ゥ ス 」 と 呼 ば れ る)が 内 在 す る。 個 体 の あ ら ゆ る 振 る 舞 い は コ ナ ト ゥ ス の 発 現 で あ る(cf. 3P6)。 (5)感情 模 倣 の テ ー ゼ ……他 人 が あ る感 情 を 抱 い て い る の を 表 象 す る 者 は 、 自分 自身 、 同 じ感 情 に 刺 激 さ れ る(cf. 3P27)。 こ れ ら諸 テ ー ゼ に 依 拠 しっ つ ス ピ ノ ザ が 諸 感 情 を 定 義 す る そ の 過 程 は 、 便 宜 的 に 次 の よ う な 三 段 階 に 分 け る こ と が で き る。 〈 段 階 一 〉(2)(=直 接 知 の テ ー ゼ)と(4)(=コ ナ ト ゥ ス の テ ー ゼ)と か ら、 欲 望 ・快 ・不 快 と い う三 っ の 基 本 感 情 が 定 義 さ れ る。 す な わ ち 、(4)よ ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 り任 意 の 身 体 は コ ナ ト ゥス を 有 す る 。 そ して 、(2)よ り、 心 は身 体 の コ ナ ト ゥ ス を 直 接 的 に 意 識 す る。 こ の 意 識 が 欲 望(cupiditas)で あ る(cf. 3PgS)。 身 体 は 自 然 界 の 一 部 に す ぎ な い た め 、 身 体 の コ ナ ト ゥ ス は 、 外 的 環 境 の そ の 時 々 の 条 件 に よ っ て 促 進(juvare)さ れ も す れ ば 阻 害(coercere)さ れ も す る 。 こ の 促 進 と 阻 害 、 な ら び に そ れ ら に 関 す る直 接 的 意 識 が 、 快(la-etitia)と 不 快(tristitia)で あ る(cf. 3Pl1S)。(3) 〈 段 階 二 〉(3)(=観 念 連 合 の テ ー ゼ)に 依 拠 しっ っ 、 愛 お よ び 憎 しみ と い う主 要 な 派 生 感 情 が 定 義 さ れ る 。 す な わ ち 、 こ う で あ る 。 あ る 外 的 対 象 xに 接 近 す る た び に 快 な い し不 快 を 抱 く と い う経 験 を 繰 り返 す こ と に よ っ て 、〈xは 快 ・不 快 の 原 因 で あ る〉 と い う 因 果 信 念 が 形 成 さ れ る に い た る。 こ の よ う な 因 果 信 念 が 成 立 し た 上 で の 快 な い し不 快 こ そ が 、 愛(amor) お よ び 憎 しみ(odium)で あ る 。 ス ピ ノ ザ の 表 現 を 用 い れ ば 、 愛 と は 、 「外 的 原 因 の 観 念 を 伴 う快(laetitia, concomitante idea causae externae)」 で あ り 、 憎 しみ と は 、 「外 的 原 因 の 観 念 を 伴 う 不 快(tristitia, concomi-tante idea causae externae)」 で あ る(3P13S)。 よ う す る に 、 愛 お よ び 憎
し み は、 快 ・不 快 に あ る 種 の 困 果 信 念 が 結 合 した も の と 見 な さ れ る の で あ る。 さ て 、 本 来 の コ ナ ト ゥ ス と は 、 自 己 の 存 在 を 保 持 し よ う と す る 行 動 傾 向 の こ と で あ る が 、 愛 ・憎 しみ の 対 象 が 特 定 さ れ る と、 愛 の 対 象 を 保 持 し憎 し み の 対 象 を 破 壊 し よ う と い う 派 生 的 な コ ナ ト ゥ ス が 生 じ る 。(こ れ は 、 (4)か ら 直 接 に は帰 結 し な い よ う に思 わ れ る が 、 ス ピ ノ ザ 自 身 は 、 こ れ を 、 (4)か ら の 必 然 的 帰 結 と見 な し て い る。)ス ピ ノ ザ の 用 語 で は な い が 、 わ れ わ れ は 、 前 者 の 本 来 的 コ ナ ト ゥ ス を 「一 階 の コ ナ ト ゥ ス 」、 後 者 の 派 生 的 コ ナ ト ゥ ス を 「二 階 の コ ナ ト ゥ ス」 と 呼 ぶ こ と に し よ う。 二 階 の コ ナ ト ゥ ス の 意 識 は 「二 階 の 欲 望 」 と 呼 ぶ こ と が で き よ う。 ま た 、 二 階 の コ ナ ト ゥ ス の 促 進 ・阻 害 に つ い て も わ れ わ れ は 快 ・不 快 を 感 じ る 。 こ れ を 「二 階 の 快 」 「二 階 の 不 快 」 と 呼 ぼ う 。 そ して さ ら に 、 二 階 の 快 ・不 快 に 困 果 信 念
が 結 合 す れ ば 愛 ・憎 しみ が 形 成 さ れ る 。 こ れ を 「二 階 の 愛 」 「二 階 の 憎 し み 」 と呼 ぼ う。 同 様 に して 、 一 般 に 、 「n階 の コ ナ ト ゥ ス ・欲 望 ・快 ・不 快 ・愛 ・憎 し み 」 を 定 義 す る こ と が で き よ う。 ス ピ ノ ザ は 、 こ の よ う な 考 え 方 を 用 い て 、 い く つ か の 重 要 な 派 生 感 情 を 定 義 して い る 。 た と え ば 、 次 の よ う に 。 好 意(favor)=一 階 の 愛 の 対 象 を 益 した もの に 対 す る 二 階 の 愛(cf. 3P 22S)。 憤 慨(indignatio)=一 階 の 愛 の 対 象 を 害 した も の に 対 す る 二 階 の 憎 し み(cf. ibid.)。 妬 み(invidea)=二 階 の 快 ・不 快 を 生 む 限 り で の 一 階 の 憎 し み(cf. 3P 24S)。 〈 段 階 三 〉(5)(=感 情 模 倣 の テ ー ゼ)に よ っ て 、 純 粋 に 対 人 的 な 諸 感 情 が 定 義 さ れ る 。(〈 段 階 二 〉 で 定 義 さ れ た 感 情 は す べ て 、 物 に 対 し て も 人 間 に 対 し て も抱 か れ う る 感 情 で あ る 。) ま ず 、 他 人 が あ る対 象xを 欲 望(二 階 の 欲 望)の 対 象 に し て い る こ と を わ れ わ れ が 表 象 す る と き、 わ れ わ れ も 、xを 欲 望 の 対 象 に す る こ と に な る。 こ の 欲 望 が 、 「競 争 心(aemulatio)」 で あ る 。 ま た 、 他 人 が 不 快 を 抱 い て い る こ と を わ れ わ れ が 表 象 す る と き 、 わ れ わ れ も ま た 、 不 快 を 抱 く こ と に な る。 こ の 不 快 が 、 「燐 欄(COmmiSeratiO)」 で あ る 。 な お 、 わ れ わ れ が 憐 れ む 対 象 の 不 快 の 原 因 と わ れ わ れ が 見 な す も のxは 、 当 然 、 わ れ わ れ 自 身 の 不 快(憐 欄)の 原 因 と も見 な さ れ る で あ ろ う 。 よ っ て わ れ わ れ はxを 破 壊 し よ う と す る 欲 望(二 階 の 欲 望)を 抱 く こ と に な ろ う 。 こ の 欲 望 が 「慈 悲 心(benevolentia)」 で あ る。 す な わ ち 、 慈 悲 心 と は 、 「憐 欄 か ら 生
じ る 欲 望(cupiditas ex commiseratione orta)に ほ か な ら な い 」(3P27C 3S)の で あ る 。 な お 、 ス ピ ノ ザ は 、 ⑤ か ら、 「憎 み 返 し(reciprocatio odii)」 お よ び 「愛 し返 し(reciprocatio amoris)」 と い う 現 象 を 証 明 で き る と 考 え て い ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 る(cf. 3P40, 3P41)。 す な わ ち 、 他 人xが 自分 を 憎 ん で い る(あ る い は 愛 して い る)と わ れ わ れ が 表 象 し、 し か も、 自 分 は 憎 ま れ る(あ る い は 愛 さ れ る)原 因 をxに 対 し な に も与 え な か っ た と信 じ る と き 、(5)よ り、 わ れ わ れ は 必 然 的 にxを 憎 み 返 す(あ る い は 愛 し返 す)と い う の で あ る 。(ス ピ ノ ザ の 「証 明 」 は 必 ず し も妥 当 と は 思 わ れ な い が 、 こ こで は 問 題 に しな い。) さ て 、 以 上 が 、 ス ピ ノ ザ の 感 情 定 義 の 概 要 で あ る 。 そ こ で は 、 以 下 に 挙 げ る よ う な 感 情 の 型 が 、 い ち お うす べ て 顧 慮 さ れ て い る 。 (イ)自 己 の生 命 力 お よ び そ の増 減 に関 す る原 初 的感情(欲 望 ・快 ・不 快)。 (ロ)自 己 の生 命 力 に対 し直 接 的 な因 果 関 係 に立 って い る対 象 に対 す る感 情(愛 ・憎 しみ)。 (ハ)自 己 の生 命 力 に対 し間 接 的 な因 果 関 係 に立 って い る対 象 に対 す る感 情(好 意 ・妬 み な ど)。 (二)自 己 の 生 命 力 に対 しなん ら特 別 な因 果 関 係 に立 って い な い他 人 に対 す る感 情(競 争 心 ・憐 閥 な ど)。 こ の 意 味 で 、 ス ピ ノ ザ の 感 情 定 義 は 非 常 に 用 意 周 到 な も の で あ る と い え よ う。(す く な く と も、 デ カ ル トの 感 情 定 義 よ り も繊 細 な も の で あ ろ う。 な ぜ な らば 、 デ カ ル トは 、(ハ)や(二)に 対 し て は 特 別 の 注 意 を は ら っ て い な い か らで あ るocf. Descartes[1649], Parties 2 & 3.)
さ て 、 以 下 で わ れ わ れ は 、 感 情 の 本 性 に 関 す る ス ピ ノ ザ の 議 論 の 概 観 を 終 え る。 次 に 、 感 情 の 評 価 に 関 す る 議 論(悪 し き 感 情 と は な に か 、 と い う 議 論)に 移 ろ う。 こ の 点 に っ い て は、 『エ テ ィ カ 』 の な か に 二 っ の 分 脈 が 見 い だ さ れ う る 。 第 一 の 分 脈 は こ う で あ る。 ス ピ ノ ザ は 『エ テ ィ カ 』 第 四 部 で 、 各 人 の コ ナ ト ゥ ス の 促 進 に っ な が る も の が 善 で あ り 、ま た 、人 間 の 和 合(concordia) な い し社 会 的 結 合 こ そ 名 人 の コ ナ トス を 最 も促 進 す る、 と 考 え た 。 と こ ろ が 、 憎 し み(お よ び 、 そ の 種 と して の 妬 み な ど)は 、 憎 み 返 しを 生 む た め
に(〈 段 階三 〉 参 照)人 間 の 和 合 を 困 難 な もの と して しま う。 そ こ で 、 ス ピ ノザ は、 人 間 の和 合 を阻 む感 情 と して の憎 しみ を こそ 制 御 す べ き と述 べ るの で あ る(cf. 4Ap10・4Ap12)。 第 二 の 分 脈 は こ うで あ る。 た と え愛 が抱 冷 れ る と して も、 そ の 愛 が 一 種 の執 着(obsession)と 化 して わ れ われ の注 意 力 を 一 点 に束 縛 し続 け る な らば、 そ れ は、 悪 で あ る。 なぜ な ら 「感 情 は、 心 の思 惟 す る能 力 を妨 げ る 限 りで の み悪 な い し有 害」(5PgDem)だ か らで あ る。 周 囲 の 環 境 に 対 し て 本 来 バ ラ ン ス よ く向 か わ ね ば な らな いわ れ わ れ の思 惟 能 力 を一 点 に 呪 縛 す る よ うな病 的 な感 情 は、 い か な る もの で あ れ悪 な の で あ る。 以 上 の二 っ の分 脈 を総 合 す る と、 悪 しき感 情 と して は次 の もの を挙 げ る こ とが で き よ う。 す な わ ち、 人 間 の和 合 に対 立 す る感 情 と して の憎 しみ、 お よ び思 惟 能 力 を一 点 に束 縛 し続 け る よ うな 感 情 と して の愛 着 で あ る。 第 二 節 感 情 制 御 の 六 っ の 処 方 ス ピ ノザ は、5P2か ら5P20ま で で 、 感 情 制 御 の具 体 的 な処 方 を提 出 して い る。(4)それ ら諸 定 理 の 叙 述 は必 ず し も整 理 され た もの で は な い が 、 幸 わ い な こ と に ス ピノザ 自身 が 、 もろ もろ の処 方 の一 覧 を5P20Sで 示 して い る。 わ れ わ れ は まず 、5P20Sで 示 さ れ た処 方 一 覧 を以 下 に訳 出す る こ とに し よ う。(5) 「以 上 よ り、 感 情 に対 す る心 の 能 力 は次 の諸 点 に存 す る こ とが 明 らか で あ る。 〈一 〉 感 情 の認 識 そ の もの に(cf. 5P4S)。 〈 二 〉 わ れ わ れ が混 乱 して表 象 す る外 部 の 思 想 か ら感 情 を分 離 す る こ と に (cf. 5P2・5P4S)。 〈 三 〉 わ れ わ れ が 十 全 に認 識 す る もの に関 係 す る感 情 は、 わ れ わ れ が 混 乱 して ・断 片 的 に把 握 す る もの に関 係 す る感 情 よ り も時 間 〔持 続 〕 とい う点 で ま さ って い る そ の時 間[持 続]と い う点 に(cf. 5P7)。 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 〈 四 〉 も の の 共 通 の 特 質 な い し神 に 関 係 す る 感 情 は 、 こ れ を 養 う 原 因 が 多 数 で あ る と い う こ と に(cf. 5P9・5P11)。 〈 五 〉 最 後 に 、 心 が 自 己 の 感 情 を 秩 序 づ け ・相 互 に 連 結 し う る そ の 秩 序 に (cf. 5P10S・5P12・5P13・5P14)。 」 ま ず 、 以 上 の 処 方 一 覧 に 関 す る 非 本 質 的 な 注 意 を 二 点 指 摘 し て お き た い と思 う。 第 一 に、5P5と5P6と に 対 す る言 及 が こ の リ ス トで は 欠 落 し て い る が 、 こ れ ら は、 複 数 の ス ピ ノ ザ 研 究 者(た と え ば 、Wolfson[1934]やBennett [1984])が 指 摘 す る よ う に、 そ の 内 容 の 重 要 さ か ら考 え て 、 次 の よ う に 、 独 立 し た 項 目 と し て 示 さ れ る べ き で あ る。 〈 六 〉 愛 や 憎 し み の 対 象 が 、 快 や 不 快 の 唯 一 原 因 で も 自 由 原 因 で も な い 、 と い う認 識 の う ち に(cf. 5P5・5P6)。 第 二 に 、5P2か ら5P20ま で の 諸 定 理 に は 、5P5と5P6以 外 に も 、 上 の リ ス トか ら漏 れ て い る も の が あ る が 、 そ れ ら は 、 内 容 か ら考 え て 、 次 の よ う に 整 理 さ れ う る で あ ろ う。 5P3・5P4は 処 方 〈 一 〉 に 帰 属 す る 。 5P8は 処 方 〈 四 〉 に 帰 属 す る 。 5P10は 処 方 〈 五 〉 に帰 属 す る。
5P15か ら5P20ま で は 、 い わ ゆ る く 神 へ の 愛(amor erga Deum)〉 思 想 を 形 成 して い る 。 こ れ は 、 独 立 し た 一 っ の 処 方 で は な く、 リス トで 表 現 さ れ て い る よ う な 諸 処 方 が 実 践 さ れ る 理 想 的 な 形 の 記 述(d6scription)で あ る。 以 上 の よ う な 注 意 を 踏 ま え た う え で 、 い ま や 、 処 方 一 覧 の 内 容 解 釈 に 向 か お う。 ま ず 、 補 完 さ れ た リ ス トで は 、 合 計 六 個 の 処 方 が 示 さ れ て い る が 、 ス ピ
ノザ は、 あ る箇 所 で 「感 情 を真 に認 識 す る こ と に存 す る この感 情 療 法 よ り も優 れ て お り、 ま た わ れ われ の力 の内 に あ る よ うな、 他 の療 法 は、 考 え ら れ え な い」(5P4S)と 述 べ て い る。 そ こで、 私 は、 以 上 の リス トの う ち処 方 〈 一 〉 こそ が 中 心 的 な もの で あ り、 他 の 諸 処 方 は な ん らか の 意 味 で 処 方 〈 一 〉 に対 す る補 足 で あ る、 と解 釈 す る。 そ して、 私 は、 処 方 〈 二 〉 ・ 〈 五 〉 ・〈 六 〉 は、 内 容 が 抽象 的 な処 方 〈 一 〉 を よ り具 体 的 に説 明 す る も ので あ り、 ま た、 処 方 く三 〉 ・〈 四〉 は、 処 方 〈 一 〉 の実 行 可 能 性(fai-sabilite)の 表 明 で あ る、 と考 え る(cf. Bennett[1984], p. 345)。(本 論 で は、 処 方 〈 三 〉 ・〈 四〉 に つ い て は詳 論 しな い。) さて 、 そ れで は、 処 方 〈 一 〉 は な に を意 味 す るか。 処 方 〈 一 〉 につ い て の比 較 的 くわ しい ス ピノ ザ の説 明 を、5P4Sか ら取 りだ して み よ う。 「各 人 は、 自己 な らび に 自 らの諸 感 情 を、 た とえ絶 対 的 にで は な くと もす くな く と も部 分 的 に は、 明 晰 判 明 に認 識 す る力 を、 した が って ま た、 それ ら諸 感 情 か ら働 き を受 け る こ とを よ りす くな くす る力 を、 有 す る。 ゆえ に、 と くに努 め ね ば な らな いの は、 ひ とつ ひ とっ の感 情 を で き るだ け明 晰 判 明 に認 識 し、 そ の よ う に して 心 が、 感 情 か ら離 れて 、 自 らが 明 晰 判 明 に認 識 し完 全 に満 足 す る もの を思 惟 す るよ う にす る こと で あ る。 す な わ ち、 感 情 そ の もの を、 外 的原 因 の思 想 か ら分 離 して 、 真 の思 想 と結 合 させ る よ う に す る こ とで あ る」 こ こで ス ピノ ザ が、 「ひ とっ ひ とっ の 感 情 を で き るだ け 明 晰 判 明 に 認 識 す る」 と述 べ て い る の は ど うい う こ とか。 これ は、 と り もな お さず、 各 感 情 を、 前 節 の く 段 階 一 〉 ・〈 段 階 二 〉 ・〈段 階三 〉 で見 られ た諸定 義 に沿 っ て分 析 す る こ とを 意 味 して い る。 た とえ ば、 い ま私 が 人 物aを 憎 ん で い る とす る な らば(さ らに、 私 よ り以 前 か らaを 憎 ん で い る他 人 が 私 の周 囲 に い な い な らば)、 この感 情 を〈 段 階 二 〉 に沿 って 分 析 す る の で あ る。 そ う す る と、<自 分 は、 あ る種 の不 快 を感 じて お り、 同 時 に 、 そ の 不 快 の原 因 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 はaで あ る とい う信 念 を 抱 いて い る〉 と い う反 省 的 認 識 に達 す る こ とが で き るで あ ろ う。 この よ うな 反 省 的 認 識 に到 達 す る こと こそ 、 「感 情 を で き るだ け明 晰判 明 に認 識 す る」 と い うこ と に ほか な らな い ので あ る。 な お、 ス ピノ ザ は、 感 情 を 「で き るだ け」 明 晰 判 明 に認 識 せ よ、 と は述 べ て い る が、 「完 全 に」 明 晰 判 明 に認 識 せ よ、 と は述 べ て い な い。 これ は、 ス ピノ ザ の存 在 論 お よ び認 識 論 か ら して 当 然 で あ る。 な ぜ な ら、 様 態 にす ぎ な い人 間 に は、 外 因 的 な(つ ま り環 境 に依 存 して い る)不 快 や 因 果 信 念 につ い て、 完 全 に 明晰 判 明 な認 識 を抱 くこ と は不 可 能 だ か らで あ る(cf. Delbos[1916], p. 153; Bennett[1984], p. 336)。 しか しなが ら、 わ れ わ れ はす くな くと も、 派 生 感 情 を、 基 本 感 情 お よ び 因 果信 念 とい う構 成 要素 に分 解 す る能 力 は有 して い る。 そ して、 そ の よ うな 作 業 が 遂行 され るか ぎ りで は、 「受 動 感 情 は、 受 動 感 情 で あ る こと を止 め る」(5P3)の で あ る。 さて 、 以 上 の よ うな感 情 分 析 を済 ま せ れ ば、 次 に、 当該 の派 生 感 情 の構 成 要 素 と して の因 果 信 念 ス ピノ ザの 表 現 で は 「外 的 原 因 の思
想(cogi-tatio causae externae)」 を吟 味 し、 そ れ が 不 合 理 な もの で あ る な ら
ば 却 下 して 、正 しい因 果 認 識 「真 の 思 想(verae cogitationes)」-を代 わ り に持 って こな けれ ば な らな い。 これ に は、 い ろ い ろ な場 合 が あ ろ う。 第 一 に、 因果 信念 が 見 当 違 いで あ る と い う場 合 が考 え られ る。 す なわ ち、 不 快 の原 因 は対 象aで はな く、 じっ は対 象bで あ った と い う場 合 で あ る。 この と き、 も しわ れ わ れ が不 快 を 、 正 しい因 果 信 念 と結 合 し直 す な らば、 aに 対 す る憎 しみ は破 壊 され るで あ ろ う。 これ を 述 べ て い る の が 、 処 方 〈 二 〉 で あ る。 第 二 に、 因 果 信 念 が た とえ全 くの 見 当違 いで は な い と して も不 十 分 な場 合 が 考 え られ る。 た と え ば、 確 か に対 象aが 不 快 の 原 因 で あ る こ と は正 し い と して も、aは 不 快 の唯 一 原 因 で も 自由原 因 で もな い こ とが正 し く認 識 され て いな い場 合 で あ る。 決 定 論 か らす れ ば、 どん な対 象 で あ れ, 不 快 や 快 の 唯一 原 因 に も自由 原 因 に もな れ な い。 この こ とを正 し く認 識 す る こ と
に よ って、aに だ け集 中 され て い た憎 しみ(あ る い は愛 着)は 必 然 的 に希 薄 化 さ れ るで あ ろ う。 これ を 述 べ て い るの が 、 処 方 〈 六 〉 で あ る。 以 上 が、 ス ピノ ザ の感 情 制 御 法 の 根幹 で あ る。 要 点 を ま とめ る と、 次 の よ う に な ろ う。 憎 しみ や愛 着 な どの 派生 感 情 は、(そ れ らが 感 情 模 倣 の 原 理 に基 づ く もの で な い か ぎ り、)基 本 感 情 に なん らか の 因 果 信 念 が 結 合 し て で き た もので あ る。 そ こで、 派 生 感 情 そ の もの を 認 識 す る こ とによ って、 そ こ に含 まれ て い る因 果 信 念 を析 出 し、 析 出 さ れ た そ の 信 念 を廃 棄 な い し 修 正 す る こ と に よ って 、 当 初 の感 情 を消 滅 な い し希 薄 化す る ことが で き る。 な お、 処 方 〈 五 〉 につ いて す こ し述 べ て お く。 処 方 〈 五 〉 の 解 釈 に つ い て は、Wolfson[1934]が 的 を射 た説 明 を して い る と思 わ れ る。 す なわ ち、 彼 に よ る と、 処 方 〈 五 〉 は、 他 の 処 方 を と っ さ に実 行 で きな い と き の た め の防 御 策(preventive measures)を 述 べ て い るとい うの で あ る(cf. p. 272)。 た とえ ば、 対 象aに 対 して憎 しみ や怒 りを実 際 に感 じた瞬 間 に は、 冷 静 に は感 情 分 析 が で き な い か も しれ な い の で、 事 前 に、<そ の よ うな 憎 しみ ・ 怒 りを 感 じた と き に は、 む しろ相 手 に対 し親 切 に説 得 した ほ うが 有 益 だ 〉 とい う理 性 的 認 識 を記 憶 に刻 み つ け て お く、 とい う こ とで あ る。 ス ピノザ
の表 現 で は、 「正 しい 生 活 法(recta vivendi ratio)[…]を 記 憶 に と ど
め、 人 生 の な か で しば しば起 こる個 々 の場 合 に絶 え ず そ れ を適 用 す る こと」 (5P10S)な の で あ る。 第 三 節 批 判 的 検 討 本 章 の 最 後 に、 以 上 の よ うな感 情 制 御 法 に対 して お そ ら く即 座 に提 起 さ れ る と思 わ れ る二 っ の重 要 な批 判 に つ い て考 察 して お きた い。 〈 批 判 一 〉 「不 快 の 原 因 は対 象aで あ る」 と い う因 果 信 念 を、(a)「 不 快 の原 因 はbで あ る」 あ る い は(β)「 不 快 の 原 因 は対 象a・b・c・ … で あ る」 とい う因果 信 念 へ と修 正 し、 対 象aに 対 す る当 初 の憎 しみ を 制 御 す る と して も、 無 意 味 で はな いか 。 なぜ な ら、(α)の 場 合 は、 憎 しみ の 対 象 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 が 変 更 され た だ け で憎 しみ そ の もの は消 滅 して い な い し、 ま た 、(β)の 場 合 は、 当 初 の憎 しみ が細 分 さ れ た だ け で あ って 憎 しみ の総 量 は変 わ って い な いか らで あ る。 〈 批 判二 〉 ス ピノ ザ は、 感 情 は反 対 感 情 に よ る ので な けれ ば抑 制 され え な い、 と い う意 味 の定 理(4P7)を 置 い て い るが 、 他 方 、 ス ピ ノ ザ の感 情 制 御 法 は 「理 性 そ の も のが 感 情 に対 して な に を しう るか」(5Prf)と い う こ とを示 す もの で あ る と思 われ る。 感 情 の抑 制 が 感 情 に よ って の み な され う る とい う こ と と、 感 情 の抑 制 が 理 性 に よ って な され う る と い う こ と とは、 矛 盾 で は な い の か。 〈 批 判 一 〉 に対 して わ れ わ れ は、 次 の よ う に ス ピ ノザ を 弁 護 し う るで あ ろ う。 ま ず第 一 に、(α)の 場 合(す な わ ち、 憎 しみ の対 象 がaか らbに 変 化 した場 合)、 ス ピノザ の感 情 制 御 法 は、 有 効 で あ り うる。 と い う の も、 憎 しみが わ れ わ れ に と って有 害 で あ る主 要 な理 由 は 、 そ れ が 憎 み 返 し(re( ciprocatio odii)を 生 む、 とい う点 に存 す る。 と ころ が、Curley[1988] が い うよ'うに、 も し も、 新 た に憎 しみ の対 象 とな ったbが 、 「私 が 相 手 を す る必 要 の な い人 物(た とえ ば、 死 ん だ親 とか、 遠 方 の 教 師 と か)」(PP. 133-134)で あ る な らば、 憎 み返 し とい う現 象 が 生 じる こ と は あ り え な い か らで あ る。 第 二 に、(β)の 場 合(憎 しみ の 対 象 が 増 加 した 場 合)、 ス ピノザ の感 情 制 御 法 は有 効 で あ る。 なぜ な ら、(第 一 節 の 末 尾 で 見 た よ う に)心 の 注 意 力 を 一 点 に束縛 ・呪 縛 す る感 情 は悪 し き感 情 で あ る以 上 、 注 意 が 対 象aだ けに 向 いて いた の が、 対 象a・b・c・ … と い う多 数 の もの に 向 け られ る よ う にな った とい う こ と は、 明 らか に好 ま しい変 化 だ か らで あ る。 〈 批 判 二 〉 に対 して は、 次 の よ うに返 答 で き よ う。 す な わ ち、 感 情 が 感 情 に よ って の み制 御 され う る、 と い う こ と と、 感 情 が 理 性 に よ って制 御 さ れ う る とい う こ と と は、 矛 盾 しな い、 と。 な ぜ な らば、 感 情 を抑 制 す る理
性 と は、 そ れ 自体、 一個 の 欲 望 に ほか な らな いか らで あ る。 理 性 は、 欲 望 を圧 殺 す る否 定 的 な 働 きで はな い。 理 性 は、 それ 自体 が 、 自 己保 存 に 向 か う積 極 的 な欲 望 な の で あ る。 「心 は、 明 晰 判 明 な観 念 を 有 す る 限 りで も、 自己 の存 在 に 固執 しよ う と努 め る」(3P9)も の な の で あ り、 感 情 制 御 の 営 み と は、 そ の よ うな理 性 的努 力 に ほか な らな い の で あ る。(6) そ れ で は、〈 感 情 は、 反 対 感 情 に よ って しか抑 制 さ れ え な い 〉 と ス ピ ノ ザ が 強 調 す る そ の真 意 は ど こに あ るの か。 そ れ は、 純 粋 意 志(す な わ ち、 生 理 的 状 態 か らは独 立 に存 在 して い るよ うな意 志)の 力 に よ って 感 情 を制 御 す る と い うス トア的 ・デ カ ル ト的感 情 制 御 法 の可 能 性 を排 除 す る、 とい う点 に存 す る と私 は考 え る。 ス ピノ ザ に よ る と、 ス トア学 派 お よ び デ カ ル トは、 「感 情 が わ れ わ れ の意 志 に絶 対 的 に 依 存 して い る」(5Prf)と 信 じ て い た の で あ るが 、 そ もそ も ス ピノザ は、 そ の よ うな純 粋 意 志 の存 在 を認 め な い。 「心 の な か に は絶 対 的 な意 志 、 す な わ ち 自由 な意 志 、 は存 しな い」 (3P48)の で あ る。 ゆ え に、 そ の よ うな 意 志 に依 拠 す る よ う な感 情 制 御 法 も、 と うぜ ん不 可 能 な の で あ る。
第二章 ス ピノザ と論理療法
第 一 節 論 理 療 法 の 概 要 心 理 療 法(psychotherapy)は 、 次 の よ う な 三 っ の グ ル ー プ に 分 か れ る (cf. 国 分[1981])。 (一)精 神 分 析 療 法(psychoanalysis)。 (二)行 動 療 法(behavior therapy)。 (三)第 三 勢 力(ゲ シ ュ タ ル ト療 法 ・ロ ゴ テ ラ ピ ー ・論 理 療 法 等)。 順 次 、 要 点 を 説 明 し よ う。 精 神 分 析 療 法 と は 、 神 経 症 者 の 無 意 識 の 世 界 に 抑 圧 さ れ て い る 葛 藤 を 、 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法密 教 文 化 患 者 自 らが 意 識 化 で き る よ うに、 夢 分 析 や 自 由連 想 法 に よ っ て支 援 す る療 法 で あ る。 行 動 療 法 と は、 行 動 主 義 心 理 学 に立 脚 し、 賞 罰 に よ って望 ま し い 行 動 を 強 化 す る と い う療 法 で あ る。 ゲ シ ュ タ ル ト療 法 と は、 患 者 の精 神 内 の 調 和 な い し自己 制 御 を復 活 させ る た め、 ゲ ー ムや 実 習 を 用 い る療 法 で あ る。 ロ ゴ テ ラ ピ-と は、 人 間 の 行 動 異 常 を 実 存 的 フ ラ ス トレー シ ョンの 現 わ れ とみ な し、 生 活 の 意 味(logOS)を 見 いだ す よ う に 励 ま す 療 法 で あ る。(論 理 療 法 につ い て は、 後 述 。) さ て、 これ らの さ まざ まな 心 理 療 法 の うち、 フ ロイ トの創 始 した精 神 分 析 療 法 とス ピノザ の 感 情 制 御 法 との 間 に はな ん らか の類 似 性 が 期 待 され る か も しれ な い。 な ぜ な らば 、 従 来 、 フ ロイ トの思 想 とス ピ ノザ の哲 学 とに は、 注 目す べ き類 縁 性 が あ る と考 え られ て き た か らで あ る。 た とえ ば 、 Hampshire[1950]で は、 そ の よ うな類 縁 性 と して お お よ そ 次 の よ うな諸 点 が指 摘 され て い る(cf. Ch. 4)。 (イ)コ ナ トゥス(conatus)概 念 と リビ ドー(1ibido)概 念 と の 類 似 性 。 (ロ)根 源 的欲 望 の抑 圧 とい う分 脈 に よ る人 間 の感 情 生 活 の分 析 。 (ハ)自 己 の精 神 状 態 の原 因 を知 る とい う こと を要 とす る感 情 制 御 法 。 (二)ピ ュ-リ タニ ズ ム と禁 欲 主 義 と に対 す る批 判 。 (ホ)人 間 は 自然 の な か の有 機 体 と して科 学 的 に研 究 す べ き で あ る と考 え る 自然 主 義 。 これ らの指 摘 につ い て は私 に な ん ら異 議 は な い。 しか しな が ら、 フ ロ イ トが 心 理 療 法 の具 体 的 な技 法 と して提 案 した の は夢 分 析 お よ び 自由 連 想 で あ っ たが 、 そ れ らに相 当 す る ア イ デ ア を ス ピノ ザ は な に も述 べ て は いな い。 した が って 、 精 神 分 析 療 法 と ス ピノ ザ的 療 法 と の間 に は、 実 際 的 ・具 体 的 な類 似 性 は な い、 と考 え るべ きで あ ろ う。 ス ピ ノザ との 関 連 で 注 目す べ きな の は、 精 神 分 析 療 法 よ りむ し ろ、 論 理 療 法(第 三 勢 力 の ひ とつ)で あ る、 と私 は考 え る。 以下 、 論 理 療 法 の骨 子
-52-を 説 明 した い 。
論 理 療 法(rational therapy) 論 理 情 動 療 法(rational-emotive the-rapy)と も 呼 ば れ る-は 、 ア ル バ ー ト=エ リ ス(Albert Ellis, 1913-) に よ っ て 、1955年 ご ろ か ら提 唱 さ れ た 。(-)日本 で 初 め て 紹 介 さ れ た の は 、 196-年 の こ と で 、 そ の 後 、1981年 にEllis&Harper[19-5]が 邦 訳 さ れ 広 く紹 介 さ れ る に 至 っ た 。 論 理 療 法 の 核 心 を 語 る エ リ ス 自 身 の 言 葉 を 引 用 し て み よ う。 「入 間 の 欲 求 や 感 情 は 、[…]不 可 思 議 で 絶 対 的 な 力 に 基 づ い て い る の で は な い 。[…]そ れ ら は む し ろ 人 間 の 思 考 と想 像 に 直 接 に 結 び っ い て お り、 コ ン トロ-ル す る可 能 性 は 十 分 に あ る の だ 。[…]も ち ろ ん 思 考 を100パ ー セ ン ト コ ン トロ ー ル す る こ と は で き な い か も しれ な い が 、 思 考 過 程 を 修 正 し調 節 して い く こ と は 可 能 で あ る。 そ れ に は 思 考 を 構 成 して い る 自 分 の 内 的 文 章 を 観 察 、 分 析 し て 吟 味 を 加 え 、 そ れ を 変 え て い くの で あ る 。 思 考 の 内 容 を 変 え て い く こ と に よ っ て 、 同 時 に 自分 の 感 情 を も 統 制 し変 え て い く こ と が で き る の で あ る 」(Ellis&Harper[1975], 邦 訳, p. 287)。 さ て 、 論 理 療 法 の 要 点 は 、 次 の 三 点 に 集 約 さ れ う る で あ ろ う(cf. Ellis & Harper[1975]; Ellis[1975]; 伊 藤[1990]; 国 分[1981])。
(A1)感 情 は 、 出 来 事 の 知 覚 に 、 な ん らか の 信 念(「 文 章 記 述 」 と 呼 ば れ る)が 結 び っ い て 生 じ る(8)。 (A2)し た が っ て 、 心 の な か の 文 章 記 述 を 意 識 化 し、 そ れ を 変 容 す る こ と に よ っ て 、 感 情 を 制 御 す る こ と が 可 能 で あ る 。 (A3)不 健 全 な 感 情 を 生 む 文 章 記 述 は 、 か な らず 、 非 論 理 的 で あ る 。 し た が っ て 、 不 健 全 な 感 情 を 消 滅 さ せ る に は 、 そ の 非 論 理 的 な 文 章 記 述 を 、 論 理 的 な 文 章 記 述 へ と 置 き 換 え れ ば よ い 。 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
-51-密 教 文 化 これ ら要 点 に つ い て 注 釈 を 加 え て お こ う。 まず、(A1)で の 「感 情 」 に は、 生 理 的 状 態 に支 配 され た感 情(ス ピ ノ ザ の い う基 本 感 情 に 相 当 す る もの)は 入 らな い。 また、(A3)で の 「不 健 全 な感 情 」 と は 何 か 。 そ れ は、 絶 望 ・憂 諺 ・不 安 ・自己卑 下 ・後 悔 ・恐 怖 な どの 自滅 的(self-de-feating)な 諸 感 情 で あ り、 一 言 で い え ば 苦 悩 で あ る。 さ ら に 、 同 じ く (A3)で の 「非論 理 的 な 文 章 記 述 」 と は何 か 。 そ れ は、 事 実 に 基 づ いて い な いか 、 あ る い は(and/or)、 正 しい推 論 で導 か れ て い な い文 章 記 述 の こ とで あ る(こ こに は、 論 理 実 証 主 義 の影 響 が あ る)。 た と え ば 、 あ た か も道 徳 規 範 が 実 在 す る か の よ うな文 章 記 述(例 「女 性 は育 児 に専 念 す べ き だ 」)や 、 過 度 の一 般 化 に基 づ く文 章 記述(例 「僕 は、 今 ま で 同 様 こ れ か らも失 敗 す る」)は 、 非 論理 的 で あ る。 そ れ で は、 論 理 療 法 が 実 際 に機 能 す る具 体 的 事 例 をす こ し見 て み よ う。 (例一)あ る人 が 、 試 験 に失 敗 した と い う 出来 事 に さ い して 、 自暴 自棄 に 陥 った とす る。 この 自暴 自棄 と い う感 情 は、 試 験 の失 敗 と い う 出来 事 の 直 接 的 な結 果 で はな い(も しそ うだ と した ら、 感 情 制御 は原 理 的 に不 可 能 で あ ろ う)。 試 験 の失 敗 と い う出来 事 が知 覚 さ れ る の に加 え て 、 心 の な か に 「試 験 と は失 敗 す べ き もの で は な い」 と い う非 論 理 的 な 文 章 記 述 が 存 す る か ら こそ、 自暴 自棄 が生 じるの で あ る。 そ こで、 自暴 自棄 を制御 す るに は、 そ の よ うな文 章 記 述 を、 た とえ ば 「試 験 と は人 間 を鍛 え るた め の もの で あ る」 と い うよ うな文 章 記 述 へ と修 正 す れ ば よい の で あ る。 (例 二)あ る人 が 、 会 議 で発 言 す る こ とに不 安 を感 じて い る とす る。 この と き、 そ の人 の不 安 は、 「発 言 す る順 番 が 回 って くる」 と い う知 覚 か ら直 接 生 じる ので は な い。 そ の よ うな知 覚 以 外 に、 「的 外 れ な こ とを 言 うの は、 実 に恐 ろ しい こ と だ」 と い う非 論 理 的 な文 章 記 述 が 心 の なか に存 在 す るか らこそ 、 不 安 は生 じる の で あ る。 そ こで、 代 わ りに 「立 ち往 生 す る の は立 派 な こ とで はな いか も しれ な いが 、 だ か らと い って恐 ろ しい ことで もな い。 的外 れ な こ とを 言 った か らと い って 、 この 世 の終 わ りが来 るわ けで はな い」
とい う論 理 的 文 章 記 述 を作 れ ば、 不 安 感 は な くな る。 (例三)あ る人 が 、 歯 痛 の た め苛 立 っ て い る とす る。 歯 痛 そ の もの を 除 去 す る こ と は医 者 へ 行 か ね ば不 可 能 で あ ろ う。 が、 苛 立 ち の大 半 は、 「歯 痛 は恐 ろ しい」 とか 「大 切 な場面 にな る と必 ず 歯 痛 が私 を苦 しめ る」 な どの 非 論 理 的 文 章 記 述 に起 因 して い るの で あ る。 そ こで、 「歯 痛 は 不 快 だ が 、 け っ して恐 ろ しい もの で はな い」 とか 「歯 痛 は、 歯 医 者 に ゆ くよ い契 機 を 提 供 す る」 な どの論 理 的文 章 記 述 を作 れ ば 、 苛 立 ち は軽 減 す る。 以 上 か ら明 らか な よ うに、 論 理 療 法 で は、 「諸 悪 の 根 源 は非 論 理 的 な文 章 記 述 に あ る」 と考 え て い る(伊 藤[1990], P. 82)。 しか し、 そ れ で は 、 わ れ わ れ が非 論 理 的 な文 章 記 述 を形 成 して し ま うの は なぜ だ ろ うか 。 そ れ は、 幼 年 期 以 来 の 教 育 や 伝 聞 のせ いで あ る。 す な わ ち 、 わ れ わ れ は、 教 育 や 伝 聞 に よ って非 論 理 的 に洗脳 され て い る の で あ る。 そ して、 エ リス の言 葉 を用 い れ ば、 「神 経 症 者 は非 論 理 的文 章 で 洗 脳 され て い る の で 、 そ れ を 逆 洗 脳 す る の が論 理 療 法」 とい う こ と に な る(伊 藤[1990], p. 83)。 第 二 節 論 理 療 法 と の 比 較 対 照 第 一 章 第 二 節 お よ び本 章 前 節 か ら、 ス ピ ノザ の感 情 制 御 法(S)と 論 理 療 法(E)と の類 似 点 と して以 下 の諸 点 を 挙 げ る ことが で き る。 (B1)SもEも 、 派 生 的 感 情 を、 外 的与 件 に何 らか の 内 的 ・認 知 的要 素 (す な わ ち、 あ る種 の信 念)が 結 合 した も の と して把 握 す る。 (B2)SもEも 、 派 生 的 感 情 の構 成 要 素 とな って い る信 念 を変 容 す る こ と に よ って、 そ の 感 情 を 制 御 す る こ とが で き る、 と考 え る。 (B3)SもEも 、 悪 しき感 情 の 構 成 要 素 とな って い る信 念 は、 何 らか の 意 味 で 非 論 理 的 で あ る とみ な し、 そ の 非 論 理 的信 念 を 論 理 的 信 念 へ と変 容 す る こ と に よ って 当該 の感 情 を制 御 す る こ とが で き る、 と考 え る。(Sで
は、 「明 晰 判 明(clarus et distinctus)」 あ る い は 「十 全(adaequatus)」
ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密 教 文 化 と い う概 念 を用 い る。「明 晰判 明」 と 「論 理 的(rational)」 と は、 微 妙 に 異 な る。 が 、 そ れ らは、 自然 主 義 的 ・科 学 的 と い う意 味 で は共 通 してお り、 こ こで 注 目 した い の は、 ま さ に そ の共 通 性 で あ る。)(9) さて 、 以 上 の 三 点 は、 わ れ わ れ が 前 節 で 論 理 療 法 の 要 点 と して 整 理 した 三 点-す な わ ち、(A1)・(A2)・(A3)と 、 本 質 的 に は 同 じ もの で あ る。 したが って 、 論 理 療 法 を支 え る諸 原 理 の本 質 的 部 分 は、 す べ て、 17世 紀 人 ス ピノザ の 感 情 制 御 法 の なか に見 いだ され う る こ と に な る。 よ っ て、 わ れ わ れ は ス ピノザ を、 論 理 療 法 の 遥 か な る先駆 者 と見 なす こ とが で き るの で あ る。 そ して 、 この こ と は、(論 理 療 法 が評 価 す べ き心 理 療 法 で あ る と仮 定 す れ ば、)「心理 療 法 家 」 と して の ス ピノザ の現 代 性 ・進 取 性 ・ 独 創 性 の確 実 な証 左 とな るで あ ろ う。 整 理 しよ う。 ス ピ ノザ の感 情 制 御 法 と論 理療 法 との類 似 点 の 本 質 は以 下 の点 に あ る。 す な わ ち、 両 者 と も、 制 御 す べ き感情 そ の もの を 分 析 し、 そ の感 情 の構 成 要 素 と して の非 論 理 的信 念 を 析 出 し、 そ の非 論 理 的 信 念 を論 理 的信 念 へ と変 容 す る こ とに よ って、 当 該 の感 情 は制 御 され う る、 と考 え る の で あ る。 た だ し、 ス ピ ノザ の立 場 と論 理 療 法 の立 場 との 間 に は、 重 要 な相 違 点 も 存 す る。 本 論 の最 後 に、 これ に言 及 して お きた い。 調 理 療 法 は、 不 健 全 な感 情 が生 じた と き に文 章 記 述 を理 性 化 せ よ と い う だ け で、 あ らゆ る文 章 記 述 を理 性 化 せ よ と はい わ な い。 な ぜ な らば 、 た と え非 論 理 的 な文 章 記 述 で あ って も、 そ れ が結 果 と して幸 福 な 感情 を 生 む の な らば黙 過 す べ し とい うプ ラグ マ テ ィズ ム が論 理 療 法 に は存 す るか らで あ る(cf. 国 分[1991], p. 28)。 論 理 療 法 は あ くまで も対 症 療 法 で あ る。 問 題 (す な わ ち、 自己 破 壊 的 な感 情)が 見 あ た らな い な らば 、 論 理 療 法 の 出 番 は な い ので あ る。 これ に対 しス ピノ ザ は、 常 に理 性 的 で あ れ、 とい って い るよ うに 思 わ れ る。 と い うの も、 ス ピノ ザ に と って、 理 性 的 で あ る とい う こ と は、 単 に療 法(remedium)で あ る のみ な らず 、 そ れ 自体 が、 重 要 な善(bonum)だ
か らで あ る。 ス ピ ノザ に よ る と、 わ れ わ れ は、 よ り理 性 的 で あ る の に応 じ て 、 よ り有 徳 的 で、 よ り完 全 な存 在 にな る。 そ して 、 最 高 の理 性 的認 識 す な わ ち神 の認 識 こそ、 心 の最 高 の善 で あ り最 高 の 徳 な ので あ る(cf. 4P28)。 よ うす る に、 理 性 的 で あ る とい う こ とに対 す る評 価 が 、 論 理 療 法 とス ピ ノザ とで は異 な って い る。 理 性 的 で あ る とい う こ と は、 論 理 療 法 で は、 感 情 制 御 の た め の手 段 に と どま って い るが、 ス ピ ノザ で は、 感 情 制 御 の手 段 で あ るの と同 時 に、 感 情 制 御 の問 題 か らは独 立 した善 と も見 な さ れ て い る の で あ る。 この 意 味 で 、〈 理 性 的 で あ れ 〉 と い う ス ピノ ザ の 要 求 は、 医 学 的 な意 味 と同 時 に、 倫 理 的 な意 味 を も有 して い るの で あ る。(了) 証 (1)(一)ス ピノ ザ の 『エ テ ィカ 」 の テ キ ス トは下 記 全 集 の第 二 巻 に よ る。 Spinoza Opera, hrsg. von Carl Gehbhardt (Carl Winters, 1925).
な お 、 『エ テ ィ カ 』 を 参 照 す る さ い 、 次 の よ う な 略 号 を 用 い る 。 P=Propositio(定 理); S=Scholium(備 考); C=Corollarium(系); Def=Definitio(定 義); Dem=Demonstratio(証 明); Ap=Appendix (付 録); Prf=Praefatio(序)。(例 3P32S=第3部 定 理32備 考 。)
(二)『 エ テ ィ カ 」 か ら の 引 用 の 和 訳 に さ い し て は 、 畠 中 尚 志 氏 の 邦 訳(岩 波 文 庫 所 収)を 大 い に 参 考 に さ せ て い た だ い た 。
(三)本 論 で の 参 考 文 献 は 以 下 の 通 り。 〈 ス ピ ノ ザ 関 係 〉
R. Descartes [1949]: Les Passions de fame, Vrin (rpt., 1970). V. Delbos [1916]: Le Spinozisme, Vrin (rpt., 1987).
C. D. Broad [1930]: Five Types of Ethical Theory, Littefield Adams & Company (rpt., 1959).
H. A. Wolfson [1934]: The Philosophy of. Spinoza, Harvard UP (rpt., 1983).
S. Hampshire [1951]: Spinoza, Penguin Books (rpt., 1987).
[1960]: "Spinoza and the Idea of Freedom" in M. Green ed., Spi-noza (University of Notre Dame Press, 1979).
J. Bennett [1984]: A Study of Spinoza's Ethics, Cambridge UP. H. E. Allison [1987]: Benedict de Spinoza: An lntroduction, Yale UP.
ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密
教
文
化
E. Curley [19881: Behind the Geometrical Method, Princeton UP.
〈論理療法関係〉
A. Ellis & R. A. Harper [19751: A New Guide to Rational Living,
Pren-tice-Hall. 邦 訳=國 部 ・伊(藤 訳 「論 理 療 法 』(川 島 書 店 、1981)。
A. Ellis[1975]: How to live with a neurotic, Crown Publishers. 邦 訳= 國 部 監 訳 『神 経 症 者 と つ き あ う に は 』(川 島書 店 、1984)。 国 分 康 孝[1991]: 自 己 発 見 の 心 理 学(講 談 社)。 [1981]: 論 理 療 法 に っ い て(上 記 「論 理 療 法 』 所 収)。 伊 藤 順 康[1990]: 自 己 変 革 の 心 理 学(講 談 社)。 (2)「 直 接 知(directacquaintance)」 と い う表 現 は 、Broad[1930]か ら採 っ た (Ch. 2"Spinoza")。 (3)ス ピ ノ ザ が 『エ テ ィ カ 』 で 使 う"laetitia"と"tristitia"と を ど う 訳 す か 、 は 厄 介 な 問 題 で あ る 。 翻 訳 者 ・研 究 者 の 訳 例 を い くっ か 以 下 に 並 べ て み る。 laetitia tristitia 畠 中 訳 喜 び 悲 し み 工 藤 ・ 斉 藤 訳 喜 び 悲 し み 高 桑 訳 喜 び 悲 し み G. H. R Parkison訳 pleasure pain E. Curley訳 joy sadness H. A. Wolfson訳 pleasure pain Ch. Appuhn訳 joie tristesse R. Caillois訳 joie tristesse J. Stern訳 Lust Unlust S. Hampshire [1951] pleasure pain J. Bennett [1984] pleasure unpleasure H. Allison [1987] pleasure pain
私 は、 ス ピ ノザ の "laetitia"・"tristitia" は、 心 に つ い て の み な らず 身 体 に っ い て も適 用 さ れ る とい う点 か ら、 「喜 び」・「悲 しみ」 で は な く、 「快 」・「不 快 」 とい う訳 語 を選 ぶ こ とに す る。(「身 体 が 快 よ い 」 は 自然 な表 現 で あ る が 、 「身 体 が喜 ぶ」 は比 喩 的 な表 現 で あ る。) (4)各 定 理 の 内容 は以 下 の通 りで あ る。 5P2「 も しわれ わ れ が心 の動 きな い し感動 を外 的原 因 の思 想 か ら分 離 して 他 の 思 想 と結 合 す る な ら、 外 的原 因 に対 す る愛 あ るい は憎 しみ、 な らび に そ れ らの感 情 か ら生 じる心 の動 揺 は、 破 壊 され るだ ろ う」 5P3「 受 動 感 情 は、 わ れ わ れ が そ れ に っ い て 明晰 判 明 な観 念 を形 成 す るや い なや 、 受 動 で あ る こと を止 め る」
5P4「 わ れ わ れ が 何 らか の 明晰 判 明 な概 念 を形 成 しえ な い よ うな身 体 的 変 状 は存 しな い」 5P5「 わ れ わ れ が 単 純 に表 象 す る の み で必 然 的 と も可 能 的 と も偶 然 的 と も表 象 し な い もの に対 す る感 情 は、 そ の他 の事 情 が等 しけ れ ば、 す べ て の感 情 の う ちで 最 大 で あ る」 5P6「 心 は、 す べ て の ものを 必 然 的 と して認 識 す る限 り、 感 情 に対 して よ り大 き な能 力 を 有 し、 あ る い は感 情 か ら働 き を受 け る こと が よ り少 な い」 5P7「 理 性 か ら生 じあ る い は理 性 に よ っ て喚 起 さ れ る感 情 は、 時 間 とい う観 点 で は、 不 在 で あ る と見 な され る個 物 に関 す る感 情 よ りも強 力 で あ る」 5P8「 感 情 は、 共 に 作 用 す る よ り多 くの原 因 か ら同 時 に喚 起 さ れ る の に応 じ て、 そ れ だ け大 で あ る」 5P9「 心 が 同 時 に観 想 す る多数 の 異 な っ た原 因 に対 す る感 情 は、 た だ一 っ の あ る い は少 数 の原 因 に 関係 す る等 しい 大 き さの 他 の感 情 の場 合 に比 べ て 、 害 が よ り少 な く、 わ れ わ れ は そ れ か ら働 きを 受 け る こ とが よ り少 な く、 ま た わ れ わ れ はそ の 原 因 のお の お の に対 して刺 激 を感 じ る こ とが よ り少 な い」 5P10「 わ れ わ れ は、 わ れ わ れ の本 性 と相 反 す る感 情 に と ら え られ な い 間 は 、 知 性 と一 致 した秩 序 に した が って身 体 の 変 状 を 秩 序 づ け ・連 結 す る力 を有 す る」 5P11「 表 象 像 は、 よ り多 く もの に 関 係 す るの に応 じて 、 そ れ だ け 頻 繁 に な る、 い い か え れ ば、 そ れ だ け繁 く現 れ る。 そ して 、 そ れ だ け多 く心 を 占有 す る」 5P12「 もの の 表 象 像 は、 他 の表 象 像 とよ り も、 わ れ わ れ が 明 晰 判 明 に認 識 す る もの に関 す る表 象 像 と、 よ り容 易 に結 合 す る」 5P13「 表 象 像 は、 よ り多 くの他 の表 象 像 と結 合 す るの に応 じて 、 そ れ だ け 繁 く 現 れ る」 5P14「 心 は、 身 体 の す べ て の変 状 あ る い は もの の表 象 像 を 神 の観 念 に 関 係 さ せ る こ とが で き る」 5P15「 自 己 な らび に 自 らの 感 情 を明 晰 判 明 に認 識 す る もの は 、 神 を 愛 す る。 そ して、 彼 は、 自 己 な ら び に 自 ら の感 情 を認 識 す る こ とが よ り多 い の に応 じて 、 そ れ だ け多 く神 を愛 す る」 5P16「 神 に対 す る この愛 は 、心 を 最 も多 く占有 せ ね ば な らな い」 5P17「 神 は、 い か な る受 動 に もあ ず か らず 、 ま た い か な る快 あ る い は不 快 の 感 情 に も刺 激 さ れ な い」 5P18「 いか な る者 も、 神 を憎 む こ とが で き な い」 5P19「 神 を 愛 す る者 は、 神 が 自 らを 愛 し返 す よ うに努 あ る こと が で きな い」 5P20「 神 に対 す る この愛 は、 妬 み や 嫉 妬 の 感 情 に汚 さ れ る こ とが で き な い 。 む し ろ、 よ り多 くの人 間 が 同 じ愛 の 絆 に よ って 神 と結 合 す る こと を わ れ わ れ が 表 象 す るに 応 じて 、 こ の愛 は そ れ だ け 多 く育 ま れ る」 ス ピ ノ ザ と 論 理 療 法
密
教
文
化
(5)原 文 は以 下 の通 り(た だ し、"5P4S"な ど の略 記 は引 用 者 に よ る)。
...ex quibus apparet, Mentis in affectus potentiam consistere: (1) In ipsa affectuum cognitione (vide 5P4S); (2) In eo, quod affectus a cogitatione causae externae, quam confuse imaginamur, separat (vide 5P2) 5P4S); (3) In tempore, quo affectiones, quae ad res quas, intelli-gimus, referuntur, illas superant, quae ad res referuntur, quae confuse, seu mutilate concipimus (vide 5P7); (4) In multitudine causarum, a quibus affectiones, quae ad rerum communes proprietates, vel ad De-um referuntur, foventur (vide 5P9, 5P11); (5) Denique in ordine, quo Mens suos affectus ordinare, & invicem concatenare potest (vide 5 P10, 5P12, 5P13, 5P14).
(6)ス ピ ノ ザ は 『政 治 論(Tractatus Politicus)』 で は 、 次 の よ う に 述 べ て い る。 「自 己 保 存 の 努 力(conatus sese conservandi)は 、 賢 者 で あ ろ う と 愚 者 で あ ろ
う と す べ て の 人 間 に 内 在 す る 。 し た が っ て 、 人 間 が ど の よ う に 解 さ れ よ う と 、 っ ま り 感 情 に 導 か れ る と 解 さ れ よ う と 理 性 に 導 か れ る と 解 さ れ よ う と、 事 態 は 同 じ な の で あ る 」("Spinoza Opera", Bd. 3, S. 291)。 (7)エ リ ス は 、 精 神 分 析 療 法 家 と し て 出 発 し た が 、 精 神 分 析 療 法 の 有 効 性 に 疑 問 を 抱 い た の が 機 縁 で 、 論 理 療 法 を 考 案 し た(cf. 伊 藤[1990], PP. 68f)。 な お 、 エ リ ス が 最 も 好 ん で 言 及 す る 哲 学 者 はEpictetosだ と 思 わ れ る が 、 ス ピ ノ ザ に 言 及 した 箇 所 も あ る(cf.Ellis&Harper[1975], Ch. 1, 邦 訳, p. 7)。 (8)こ の 原 理 は 、 通 俗 的 に 、 「ABC理 論 」 と 呼 ば れ る 。 こ こ で 、 ABCと は 、 そ れ ぞ れ 、Activating event(出 来 事)・Belief(信 念)・Consequence(結 果)を 指 す 。 (9)さ ら に 、 以 上 に 加 え て 、 や や 末 梢 的 な こ と が ら で あ る が 、 次 の よ う な 類 似 点 も あ る 。 す な わ ち 、Sで は 、 予 期 し な い 場 合 の 感 情 制 御 の た め に 事 前 の 覚 悟 を 提 唱 して い る-す な わ ち 処 方<5>-が 、Eで も、 同 様 の 準 備 ・訓 練 を 勧 あ て い る の で あ る(こ れ は 、 「論 理 的 情 動 心 像 法(rationa1-emotive imaginary)」 と 呼 ば れ る 。cf. 伊 藤[1990], pp. 174-179)。 〈 キ ー ワ ー ド〉 ス ピ ノ ザ ・感 情 制 御 ・論 理 療 法