プラ イバ シー の権 利と 表現 の自 由︵ 二・ 完︶
阪 本 昌 成
は じ め に︱
︱本 稿の 問題 設定 第一 章 異例 の法 制と して のプ ライ バシ ー法 第二 章 自由 な情 報流 通の 国︱
︱例 外の 国ア メリ カ 第三 章 プラ イバ シー 権を
s e c o n d a r y r i g h t
だと する 国︱︱例 外の 国ア メリ カ 第四 章 プラ イバ シー 権の 履歴
︵以 上、 七六 号︶ 第五 章
﹁私 生活 上の 事実 の公 表﹂ と表 現の 自由 第六 章
﹁私 生活 上の 事実 の公 表﹂ にお ける 法準 則 第七 章
﹁私 生活 上の 事実 の公 表﹂ と不 法行 為︱
︱
p r i m a f a c i e c a s e
の 要件 第八 章 公衆 の関 心事P u b l i c I n t e r e s t
また はp u b l i c c o n c e r n
お わ り に︵ 以上、本 号︶
第五 章
﹁私 生活 上の 事実 の公 表﹂ と表 現の 自由
ઃ
精神 的苦 痛・ プラ スの 要件⑴
先に ふれ たよ うに︵前 号第 二章
ઃ参 照︶
、表 現の 自由 とた びた び対 立し てき たプ ライ バシ ー事 案に おい ては 格 別に
、ア メリ カの 判例
・学 説は 道徳 的な 評定 を極 力排 斥し よう とし てい る。 アメ リカ の不 法行 為法 の理 論は
、一 般 的に
、脱 道徳 性を 心が けて いる とこ ろ、 プラ イバ シー 事案 の解 決に あた って は、 この 傾向 が特 に顕 著で ある
。こ れ は、 道徳 的主 張が 主観 的で 情動 的で ある こと
、善 良な 人の 感情 に訴 えか けて
﹁加 害者
﹂の 法的 責任 を追 及し 救済 を 引き 出そ うと する レト リッ クに なり がち であ るこ とに 気づ かれ てい るか らで ある
。
︽ア メリ カ法 には 人格 権は ない
︾と 断定 する こと はで きな いと し
( )
ても
、ア メリ カ法 にお ける
﹁人 格権
﹂の 通用 力
82
は実 に限 られ てい る、 とい って 間違 いは ない
。こ れは
、人 格権 を基 礎づ ける
﹁人 間の 尊厳
﹂論 が道 徳的 な訴 えか け とな って いる こと と関 連し てい る。 アメ リカ の不 法行 為法 は、 人間 とい う類 のも つ普 遍的 な特 性へ の不 法行 為、
﹁尊 厳を 傷つ ける 不法 行為
﹂︵
d i g n i t - a r y t o r t s
を︶、も っと 個別 的な 法益 へと 分節 化す るよ う試 みて いる
。先 に述 べた よう に、 人間 存・ 在・ の類 的特 性が 権 利の 淵源 とな るわ けで はな く、 権利 は、 相互 行為 を繰 り返 して いる 個別 の人 の活・ 動・ と関 連づ ける
( )
べし
、と いう こと
83
でも ある
︵ま た、 人間 の尊 厳論 が表 現の 自由 保護 にと って パラ ドッ クス にな って いる こと につ いて は、 すぐ 後に ふれ る︶
。
⑵
では、﹁ 私生 活上 の事 実﹂ を公 表さ れな いこ との 法益 を個 別化
・分 節化 して
、﹁ 精神 的平 穏利 益﹂ をあ げる こ とは どう か。 この 主張 は、 人間 の尊 厳と いう 大時 代が かっ た言 い方 によ るこ とも なく
、道 徳的 な訴 えで もな くな っ てお り、 人び とを 納得 させ るか もし れな い。
とこ ろが
、精 神的 平穏 利益 はプ ライ バシ ーを 論拠 づけ るに は、 過剰 包摂
︵
o v e r - i n c l u s i v e
︶ であ る。 プラ イバ シー 侵害 と直 接に 関係 しな い精 神的 平穏 利益 は無 数に ある。精 神的 平穏 利益 とい う解 は、 プラ イバ シー 保護 にお いて は 不十 分で ある
。 もと もと
、ア メリ カの 不法 行為 法は 精神 の平 穏さ や自 尊心 とい った 主観 的な 法益 を保 護し
( )
ない
。コ モン
・ロ ーに
84
おけ る﹁ 精神 的苦 痛だ けで は訴 訟原 因と なら ず﹂ の原 則︵
N o M e n t a l D i s t r e s s O n l y R u l e
が︶、こ のこ とを 表し てき て いる あ 。 る論 者は
、﹁ 私生 活上 の事 実の 公表
﹂型 プラ イバ シー を不 法行 為と する 論拠 づけ は、
﹁私 事へ の侵 入﹂ によ って 私生 活上 の情 報を 得る こと と比 べ、 明ら かに 弱い
、と 評し て
( )
いる
。精 神的 平穏 利益 保護 の観 点か らす れば
、後 者に
85
よる 侵害 のほ うが ずっ と強 い、 とい うの であ る。 私生 活上 の事 実を みだ りに 公表 され ない 法益 を精 神的 平穏 さに 求め
、こ れに 対す る侵 害行 為を 不法 行為 だと する 論拠 は強 力で はな いば かり か、 過剰 包摂 であ る。 精神 的平 穏利 益の 侵害 は、
﹁私 生活 上の 事実 の公 表﹂ に特 有で は ない
。ま た、 同利 益は
、財 産権 や身 体的 利益 の保 護領 域に 取り 込ま れて おり
︵ま た、 取り 組む べき であ り︶
、プ ライ バシ ーを 支え る論 拠と して は脆 弱で ある
。
⑶
この ため、こ の主 観的 な法 益﹁ 侵害
﹂を 主張 する こと 以外 に、 いく つか の要 件が 満た され ては じめ て、 問題 の言 論の 不法 行為 責任 を問 いう るこ とに なる
︵原 告に とっ て
p r i m a f a c i e c a s e
=﹁一 応有 利な 主張
﹂と なる
︶。 不法 行為 に共 通の 要件 は、
$
︵ 被告 の︶ 故意 また は過 失を 含め たf a u l t
、%
法 益を 侵害 する 被告 の行 為、&
損害 の 発生
、そ して
、
'
被告 の行 為と 原告 の被 った 損害 との 間の 因果 関係 であ る。 これ らの 要件 は、 通常 の不 法行 為の 理 論に おい ては エッ セン シャ ルな 側面 であ る。 にも かか わら ず、%
を 除い て、 不法 行為 的言 論︵ 名誉 毀損・プ ライ バ シー 侵害 の︶ 事案 にお いて は、 これ らが 独立 の要 件と して 機能 して い
( )
ない
。こ こに
、こ の不 法行 為の 異例 さが 現れ
86
る。 これ が、 先に ふれ た、
︽名 誉・ プラ イバ シー の不 法行 為法 は異 形の 法制 であ る︾
、︽ この 異形 さは 表現 の自 由に とっ て重 大な 障害 とな りう る︾ とい う理 由の ひと つで ある
。 右の
$
~'
の 要件 は、 プラ イバ シー 侵害 や名 誉毀 損の 事案 にお いて は、﹁私 にと って 言わ れた くな いこ とを 被告 が公 表し てし まい
、こ れに よっ て私 は深 く傷 つい た﹂ とい う原 告の 主観 的な 感じ 方の 一点 に吸 収さ れる
︵第 一章
ઃ
⑴
参 照︶。換 言す れば
、こ れら の事 案に おい ては
、
%
の言 明内 容か ら$
、
&
、
'
が推 定さ れて しま って いる よう に みえ る。 この こと は、 表現 の自 由に とっ て重 大な 疑義 とな る。 アメ リカ にお いて は、 名誉・プ ライ バシ ー保 護の 法 制が
、表 現の 自由 との 調整 に失 敗し てい るの では ない か、 とさ かん に修 正一 条論 議が 持ち 出さ れる
。右 の
$
~
'
の 不法 行為 法の エッ セン シャ ルな 要素 を考 慮す れば、こ の論 議に は十 分な 理由 が
( )
ある
。
87
表現 の自 由に とっ ての トロ イの 木馬、人 間の 尊厳 論
⑴
たし かに、先 にふ れた よう に︵ 第二 章
⑴
参 照︶、ア メリ カの 法理 論︵ 憲法 理論 は︶
、表 現の 自由 の価 値を 過 剰に 強調 し、 修正 一条 に過 度に 訴え かけ ると いう
、同 国特 有の 臭い をも って
( )
いる
。こ の傾 向に 対す る揺 り戻 しだ ろ
88
うか
、最 近の アメ リカ 不法 行為 理論 は、
T o r t i o u s S p e e c h
をD i g n i t a r y T o r t s
︵ 人間 の尊 厳に 対す る不 法行 為︶ のひ と つだ とみ て、 これ を独 立の 法領 域と して 理論 構成 しよ うと する 動き もみ ら( )
れる
。と ころ が、 この 主張 も、 生命 倫理
89
や医 療の 領域 に顕 著で ある にと どま り、 ある 言明
︵表 現︶ の不 法行 為責 任を 説く ため の潮 流に はな って はい
( )
ない
。
90
人間 の尊 厳論 は、 本質 的に 人類 至上 主義 の考 えで あり
、議 論を 黙ら せる 傾向 をも ち、 違法 かど うか の境 界線 を誤 っ てひ かせ る力 をも って いる
、と 警戒 され るの であ る。 ある 論者 のひ そみ に倣 って いえ ば、
︽も とも と、 アメ リカ 法
︵お よび 法文 化︶ は、 尊厳 の法 体系 によ って おら ず、 自由 の法 体系 を基 盤と して いる
︾の で
( )
ある
。
91
⑵
自由 の法 体系 の国 にあ って は、︽不 法行 為の 理論 が道 徳理 論に 浸潤 され ては なら ない
︾と いう 発想 は、
D i
g -
n i t a r y T o r t s
の 受容 に慎 重と なら ざる をえ ない。さ らに
、表 現の 自由 の国 にお いて は、
*
こ の表 現は 人間 の尊 厳を 傷つ けて いる+
と いう 道徳 的反 応を ひき おこ すこ とも、ま さに 表現 の力 の業 であ ると 扱わ れる
。人 びと が当 該表 現 に自 由に 接し たと きに 感ず る道 徳的 反応
、す なわ ち表 現行 為の もっ てい る力 を各 人の 自由 な選 択に 委ね るこ と、 こ れが 表現 の自 由の ねら いだ から であ る。 それ ばか りか
、表 現の 自由 の優 越性 があ る有 力な 表現 の基 礎理 論と 関連 づけ られ たと き、 慎重 さは もっ と強 化さ れる
。そ の詳 細な 背景 説明 をこ こで は展 開で きな いが
、そ の表 現理 論と の関 連性 を簡 略化 して いえ ばこ うで ある
。 功利 主義 手続 的権 利論 の弱 点が 指摘 され て以 降、 表現 権理 論に おい ても
、非 帰結 主義
︵
n o n - c o n s e q u e n t i a l i s m
︶ の 論調 が有 力に なっ てき てい る。 すな わち、次 の主 張で ある
。
*
表 現の 自由 の特 別な 地位 は、 民主 プロ セス を活 かす ため だ、 とか、真 理到 達へ の途 であ ると かい った 帰結 主義 にあ るの では ない
。発 話す る人 間の 行為 こそ 人間 の自 律性
︵
a u t o n o m y
︶ の表 れで あっ て、 この 自由 は表 現行 為に 内 在す る価 値に 根拠 づけ られ る。 これ を広 くい えば、自 由な 表現 こそ 人間 の尊 厳の 確認 で
( )
ある
。
+
92
⑶
この 表現 権理 論はh a t e s p e e c h
規制 の違 憲性 を論 拠づ ける、と いう アメ リカ 独自 の異 例と も思 われ る主 張と して 顕在 化し て
( )
くる
。
93
欧州 にお いて は、 人間 の尊 厳を 傷つ ける 言論 は低 価値 の言 論で あり
、こ れと 人間 の尊 厳と を衡 量す れば
、規 制し て何 らの 問題 はな い、 と結 論さ れる のが 通例 で
( )
ある
。が
、ア メリ カに おい ては
、こ う結 論さ れな い。 表現 の自 由そ
94
れ自 体も 人間 の尊 厳ま たは 自律 性の 発露 であ ると され たと き、 対立 利益 とし ては 衡量 しよ うが ない か、 衡量 する と なる と、 個別 的衡 量に 過ぎ るこ とに なっ て、 表現 を萎 縮さ せる 危険 な思 想の 筋と なる から であ る︵
h a t e s p e e c h
規制 必要 論は、か くし て、 修正 一条 では なく
、同 条の 保障 せざ る﹁ 行動
﹂だ とい うか
、さ もな くば
、修 正一 条で はな く平 等保 護 条項 に訴 えか ける こと に
( )
なる
。ア メリ カ特 有の 論法 であ る︶
。
95