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【56】イスラーム世界の拡大
(3)
サハラ以南
における
イスラーム
の拡大
ところで、サハ ラ砂漠って、ど こ? No56のテーマは サハラ砂漠の山岳部の岩壁画。BC4千年 ~BC2千年頃に描かれた。 タッシリ・ナジェールの岩壁画 かつてサハラは緑の草原だったガーナ王国 8世紀~13世紀
西アフリカの話は、 8世紀の【
1:
】
から始まる。 マリ王国 13~15世紀 ソンガイ王国 15~16世紀ガーナ王国
塩金交易で栄えた
塩 金サハラ砂漠産の
岩
塩
とニジェール川流
域産の
金
とを交易。
・・・塩金交易
サハラ縦断交易を行う ムスリム商人を保護し、 繁栄した。 11世紀までは、イスラーム化しなかった。 《参考》サハラ砂漠の岩塩採取
岩塩を採取しているところ2
ガーナ王国のイスラーム化
ガーナ王国 ムラービト朝 ガーナ王国は、11世紀 (1077)、北アフリカの ムラービト朝(1056-1147) に一時征服されて以 降イスラーム化した。 13世紀に衰退、マリ王 国と交替した。マンディンゴ人の国
13~15世紀
13世紀、マンディンゴ人 がニジェール川流域に【
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】
建国。 首都はトンブクトゥ(推定)。 14世紀半ば、イブン= バットゥータがトンブクトゥ を訪問したのはマリ王国 時代。マリ王国
マンサ=ムーサ(位1312~37) マリ王国最盛 期の第9代国王。メッカ巡礼の際、カイロで気 前よく金を喜捨し、カイロの金相場が下落し たといわれる。王はトンブクトゥに多くのモス クをつくり、学問を奨励した。 「マンサ」と は王のこと。 マンサ=ムーサを描いた絵ソンガイ人の国
15~16世紀
15世紀、ソンガイ人がマリ 王国を圧倒して【
3:
】
を 建国。都はガオ。【
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】
に黒人による最初の大学 を設立したのはこの国。 (16世紀)トンブクトゥ
トンブクトゥ
ソンガイ王国
マリ王国、ソンガイ王国 共通事項
マリ王国 ガーナ王国 ①黒人ムスリムが支配 者。積極的にイスラー ム教を受容、メッカ巡 礼を行った。 ②文化の中心、ニジェー ル川中流域のトンブク トゥは、数多くのウラ マーを集めた学術の 中心。 トンブクトゥ マリ王国、ソンガイ王国を通じて栄えた ジェンネにあるモスク(日干煉瓦で建造) ジェンネ トンブクトゥ ジェンネの日干煉瓦 で建造したモスク3
スワヒリ諸都市のイスラーム化
海上貿易の活発化で、アフリカ東海岸にム スリム商人多数が来航、10世紀ころまでに、 イスラームの受容が始まった。 10世紀以降、【
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と呼ばれ る文化を持つ都市が発展。12世紀には大 規模なムスリム商人の居住地となった。 13~15世紀が全盛期。スワヒリ
スワヒリ
マリンディ モンバサ ザンジバル キルワ モザンビーク という文化を 持つ都市群 モガディシュ アフリカ内陸部 アジア各地 ス ワ ヒ リ 諸 都 市 奴隷・象牙・金 陶磁器・ビーズ・ 衣料品・鉄器 象牙、化石ゴム (コーパル) 丁字(ちょうじ clove) 綿布・銃・弾薬 交易 《19世紀以降》 《19世紀以降》 ニスの 原料スワヒリとは
「【
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に住む人びと」の意味(他称) 14世紀のイブン=バットゥータの『大旅 行記(三大陸周遊記)』に初出。 スワヒリ語は、バントゥー語 + アラビア語。 スワヒリ文化=アフリカ的な要素を土台にし て +アラブ的・ペルシア的・インド的要素 東アフリカ海岸部の言語海岸
現代のザンジバル 語源は黒人奴隷を意味 する「ザンジュ」。 世界とつながっていたスワヒリ 14世紀半ば、キルワを訪問した【
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は、「世界一美しい」と記述。彼はマリ王国 時代のトンブクトゥも訪問。 著書:『大旅行記』 (旧称『三大陸周遊記』) 15世紀前半、明の鄭和の大艦隊 の分遣隊はマリンディを訪問。イブン=バットゥータ
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キルワ・キシワニ遺跡は滅亡に瀕している。 旅行者が撮影したキルワ遺跡 世界とつながっていたスワヒリ 豊かなムスリム 商人の墓に埋 め込まれた中 国の陶磁器。 (富の象徴) 写真:現タンザニアに残るムスリム大商人の墓(実物)スワヒリ諸都市 再度確認
頻出 2007明治スワヒリ諸都市のその後
1505年、ポルトガルはキルワ、モンバサを略 奪。 ポルトガルが1498年、オスマン帝国をおさえ、 スワヒリ諸都市を支配下においた。 スワヒリ諸都市は、オマーンの援軍を得て、 17世紀末、ポルトガルをモザンビーク以南に 撃退した。オマーンは東部アフリカを支配、 内陸部から運ばれる象牙と奴隷の取引を独 占、スワヒリ社会の支配者となった。これ以下は、非イスラーム諸国なの
で「イスラーム世界の拡大」とは直
接関係ないが、他では扱っていない
のでここで学ぼう。
BC10世紀、スーダンに 最古の黒人王国、【
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】
が成立。内陸部との中 継貿易で繁栄。(象牙、 黒檀)最古の黒人王国の成立
BC10世紀 BC8世紀、エジプトに進出しテーベに王朝を建て た。(エジプト第25王朝)クシュ王国
テーベ5
クシュ王国=メロエ王国
BC7世紀、アッシリ アの侵入でメロエに 遷都した。 メロエ遷都以降のク シュ王国をメロエ王 国と呼ぶ。メロエで 鉄の生産を始め、製 鉄と商業で繁栄した。メロエのピラミッド群
BC3世紀にはヒエロ グリフに似たメロエ文 字が成立(未解読) 独特のピラミッド を造営BC2世紀、アビシニア高原に・・
【
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が成立した。アクスム王国
『エリュトゥラー海案 内記』には象牙の集 散地として記載され る。象牙、奴隷、金な どをローマ帝国に輸 出して繁栄した。『エリュトゥラー海案内記』
AD1世紀半ばにギリシア人が書いた『エリュ トゥラー海案内記』のエリュトゥラー海とは紅 海のことである。 しかし、『エリュトゥラー海案内記』はインド洋 方面の記述も含み、東西交渉史上、最古の 文献である。エザナ王の改宗
高さ30m。これはキリスト 教の伝来以前の建造物。 AD4世紀、アクスム王国 のエザナ王はキリスト教に 改宗。メロエ王国を打倒。 彼らの信仰(単性説)は、 451年のカルケドン公会 議で異端とされた。アクスム王国、メロエ王国を飲み込む
AD4世紀、アクス ム王国は、メロエ 王国を打倒し、ナイ ル中流域に進出。 5世紀、アクスム王 国はインドとも交易 した。9世紀には衰 退した。 強大化した アクスム王国6
アフリカ南部に注目しよう
「石の家」とは?
サハラ以南最大 の石造建築群 =「石の家」とい う意味。 現ジンバブエ共和 国の首都ハラレか ら南方300km【
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グレートジンバブエ
】
遺跡「アフリカ人が作ったはずがない」
って!?
19世紀後半に発見された「グレートジンバブ エ」建築群は、およそ1200~1450年の間に アフリカ人の手によって構築された。 偏見にとらわれた発見当時の研究者は「アフ リカ人が作ったはずがない」として、学術論 争は20世紀後半まで続いた。モノモタパ
王国
金を輸出したの で、キルワを窓 口にしてインド洋 貿易と結びつい ていた。 モノモタパ王国 11~15世紀2つのモノモタパ その1
11~15世紀、バントゥー系のショナ族を中心 とする王国(都市国家?)がこの地に存在し た。これを狭義(前期)のモノモタパ王国(ム ニュムタパ王国)と呼ぶ説もある。 ともかく、この王国がグレートジンバブエを建 築した。 発掘の結果、この王国は1450年頃、突然消 失した。原因は分からない。2つのモノモタパ その2
15~19世紀、ロズウィ族を中心として、先行 のショナ族を中心とする王国の文化を受け 継いだ王国が存在した。これを後期のモノモ タパ王国と呼ぶ説もある。 先行の王国とこの王国は政治体制的には直 接関係がなく、石造建造物の建築技法など の文化的伝統のみを受け継いだと思われる。 19世紀前半にングニ族の侵入で滅亡した。7
黒人自らが「奴隷狩り」をした
黒人王国
「奴隷狩り」をした黒人王国
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11:
アシャンティ
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【
12:
ダホメー
】
ベニン王国 ブガンダ王国黒人王国の収入源
これらのアフリカ人の王国の主要な収入源 はアフリカ沿岸の奴隷商人との奴隷貿易で あった。 ライフル銃などの火器を使用して戦争を行 い、捉えた捕虜と火器を交換してまた戦争し た。 捕虜たちはアメリカ等に奴隷として売られて いった。奴隷狩りを目的とした戦闘が増え、 人口が激減した。奴隷貿易と産業革命
奴隷貿易の中心 だった港町リヴァ プールで得られた 資金は近郊の工 業都市マンチェス ターに投資され産 業革命が起きた。 奴隷貿易の最終的勝者イギリスでは、膨大 な利益の一部が産業革命の原動力となった。 リヴァプール(イギリス)画像の出典
• 『グローバルワイド』最新世界史図表 第一学習 社 • 『タペストリー』 最新世界史図説 帝国書院 • 『世界史のミュージアム』 歴史風景館 とうほう • 『アカデミア世界史』 浜島書店 • 『ニューステージ』 世界史詳覧 浜島書店 • 『ニュービジュアル』 新詳世界史図説 浜島書 店 • 『プロムナード世界史』 浜島書店 • 『世界史のパサージュ』 新世紀図説 とうほう【56】ここまで
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