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臨 毒 主 義 経 濟 學 と 醗 會 改 憲

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(1)

臨毒主義経濟學と醗會改憲

      ∵し驚旧稿三盛會敬策墨研究歴婁簾舞其の騨一・

      爾   亮 ぎ三 囁郎

     第一節弄序∫.−︑・ ﹁読.︑巾・ノ   一

 序ギサス古典派維濟墨即ち自由主義維濟墨は普通に.アダム・スミスに始まってマルナス及びリカアドウを維・

ジ翠ン・ステユアγト・ミルに至るとごろの︐一之れを年代に隔て十八世紀末葉から十九世紀央ば逸かけての秘

おほよそ七十年を現實の活動期間とされてみるがhとの期聞は恰かもイギ脚X産業革命の初端・進行.・完結の時

期に當ってを夢.甲謂はゆるイギ幽ス大産業の﹁﹁嵐と熱狂の時期し︵︸七九七jM八一五年︶をその申心としで.初 期に蓉ては犠制杢叢潮のマニファ4夢藁時代に蓮ら澄︐覇に叢濃はフ・フ庭竃暴命

パ婦八三〇年︶を契機とする闘﹂縫ヅパの全面的な階級闘箏の成長時代を.その背景としてみる︒從って︑倶に        精鰍 楚し暑典羅の蕎下に厩されて儀にしても︑至仁禽初端期.三フツ・ク驚ア鷺の聖者斥︑

るアダ燐・スミスと︑機械制大工業の完成期に厩する々ルサ.ス及びリカプドゥ之∵更には階級濁争の全面的数成

長時代に生ひ立つたジ.ン㍗ステ該アート・ミルとり間には﹂それぞれ理論届書の上に大きい隔た箏がある︒﹁

ラヅム・ス︑︑︑スはそ誕生婆+八世紀雲雀究存︐毒世紀に特微的な獲離か毒心て維饗. 活姦謀︐個透利己的活動と畠競争と集遠の眞理を見出すと遊よつて近代繕濟學の大伽藍を築溝匹

       ㎞    ︑.

(2)

      ・       ■ .    F        二 .旋︒ 團切の響學の臭ぴを経濟理論かむ振ぴ落したρは蓼カアドウであるが︐しかし彼は彼れの同時代入にして若

干の年長者たるマルサスさと愁に幽その眼前に於いてすでに完域せられたる近代的生産方法を永久化することに.

まってス︑︑三の衣鉢を承けりぎ︐より強固なる理論的基礎の上に自由主義維濟學を完成したのである︒これ來よ・

つてス︑︑メスと︐マルサス綻びリカアドウとの理論構械上の幅般的異同を特徴づければ.現存の経濟的諸妻定を永        ノ 久化しそれを自然的・非歴史的範疇で掴み取らうとする黙に就いては略ぽ共通であり.兎そして麗にその勲に古典

派欝學の本質的忙裏存する⑳であ象・ス︑︑三は墓か畠饗てあ饗蔑したるに反しぜル亥及%

夢カアドウは完成しつつある近代的幽霊諸關係のギに立αて此の現存諸嬢係の分析から獲足して行った瓢が︑前        の 時代のス︑︑・ズと異なるのである︒アダム・スミズー及び重農派諸惑者を合せて一によつて構想せられたる﹁此の

新たなる科學は︐・その時代の諸南無や講要求の表現ではなくて轡永久の理性の表現であっ旋︒彼等の獲寒し旋生

産や交換窪窪嬬かかる活動︵生肇交換︶の或る歴呈憂の形態の法則ではなくて・永遽奮然法則であ

った︒彼等はそれを入聞の自然︵人聞性︶から導嚢嘉したのである◎﹂︵図鴇鴨宮寓霧露図轟露U警急轟砲︽彰嶺簿7

讐轟傷巽ぐ灘霧⑳蕊︒ぎ臨僧触︑這郵︾亀.◎︒.観麟一同呂.︶         費.     ・﹁      ︑

 しかるにリカアドウに於いて頂黙に達した古典派維濟學は︐早く竜一八三〇年代に重大なる危機に衝き當つ

た︒すなはち︐この年とと竜に市民階級はフランスとイギリスとで政治的擢力を奪取したが︐他方愚今まで知ら

・れなかった近代的階級闘争は︐實践的に竜理論的にも釜々はつき消した脅威的形態を取るに至った︒フランスの

七月革命と群鳥してイギリスでは﹂八三〇年に農村暴動が起砂︐越えて一八三 年にはリオンで枇界最初の螢働

者の蜂起が見られた︒就會情勢のこの急激なる攣化は一大塚金之助敏授の嘗ての表現を籍の.るならばi古典派維.

濟學にとって恰かも胃死の鐘﹂を鳴らすが如くに響いた︒ジ欝ン・ステ識アー誤・ミルは正にこの歴史的時期に

(3)

物を考へ溶である魂は無論難る俗流経鍛辮藤織憶響くて︐ス.・︑ズ鐸多芸事態ツドウの素

を鵬︒嗣ぐ︸方︐これを新興の勢働者階級の要求に結びつけようと試みた一大鱒系家であったηしかしミルの経済學

億そのため晶 一般的撰造に於いても個々の理論に於いても︐牧拾しがたき自家撞着と﹁無精榊な折衷主義しとに・

陥夢.古典派維濟學畠義経濟學の大伽藍は途讐こに︐自かちの手によって講はば癒の概塵宣置を

表はすの已むなきに立ち至ったのである︒︵附言するが︑ミルの﹁維男宮原理し初版の鵡たのは一.八四八年である

が.この年は國縢勢働蓮動の最初の宣言たる﹁共三皇宣言しの刊行の年に當ってみる︒︶    ・

 さて我鳶はこれだけを準備操作とんて︐進みで個々の論者筆つき.就下政策的閥題が如何︽取扱は儀たかを橡

       ぱ      をチ ︐罰す渇◎︵<騨≦婁替駄︒9U貯樫ぱ8箆嘗訂O鑓巳瞬識窪紆触◎︒◎賦獅ぢQ漆劉智欝︐同鵠始︒り為津︶

   ぎ      み      第二笛7︐アダム璽スミス︑

アダム︑三ミス︵婁ヨ習窪嵩︒︒■8︶は経濟學者であるより竜前忽︐倫理薯であグ箪者であった︒藪

富論し︵一七七六年︶は初めて一雨立科學絶ての維濟學ひ存在を宣明したものでにあるけれども︐スミスの脳中

た於いてはそれ自身︑一大哲滋藤系の一部を構成するものであっ喪︒二って我々は︐﹁高富論﹂を通して維濟政策        ヤ 的︐乃至就會政策的問題に封ずるスミスの態度を探ちんとする場合にも︐忌事的思惟によって構域せられたる特

定の世界観がとの著作の背後に藏せられてるることに.特別の注意を向けなければならない︒この世界観はス・ぶ

スに於いて菰経濟的調和読となって現はれてをり︑凡ゆる人爲的な致策はこtから絡局的に拒否されてるるので−

あるが︐我渇は順序として先づ︑スミスに於ける就會及び庶家襯の何であるかを見ることにしよう︒

 スミスによれば︑就會は︑もとより階級祉禽ではなく︑さらばとて又個々入の上に立つ一個町立の統一膿煮し       ボ        三

(4)

ての醗會でもなくて竜個々入の輩なる集合回すなはち集合算八ン泌盤羅舞㌘鵯藻 み・しての避壷騰あっ海從って

生癒経濟鵜概念亀一個の続一輪としてではなく.寧ろ剰釜を控ぴ求める品別経濟者の集合膿として解された礁就

 禽的な輕濟現象.例へば市場・贋柊∵分配等は.掴別維濟照門鴬.谷追求及びかかるものとしての経演行動よ灘機

︐械的に生認るととろの結果に過ぎな炉︒それ故にこれ等の諸讐∵に入爲的な干渉を加へんとする侮れの経濟・瓢

       ダ ・會歎策も.必.す叢る特定の経濟集團の利潤を不當に糊し浮麹恐集團の脇窯を不當に害する結果とならざるpを得な

い︒さらに國家は︐もし維濟政策に携はるとせぱ︐自己に課暫し慕た職分の限界を超えることになる難ずなばち

懸家は.愛器生活に饗し何らかの積極的なキ渉を加ふることに汁って︐罵る特定の維濟集囲の利釜の用具になっ

てしまふ託れがある︒患家は謂はば瀧會契約に遙ぎぬもので菱沿ザ︑︐との説會契約の内容が國家の取るべき任務︷

を規定するゆかくてスミスは周知の通り︐藁家の任務を國防・治安・及び公盆施設の三つに限定した︒︑儲れを超.

.ゆるは悪である︒さうして此の訊令が選守されるならば.﹁自然豹自由の明白にむて簡軍なる艦制しが蕊のつから

成立す寧¢乏云ふ・のである︒   囁    .  ︑   ︑   囁   p ・

  ごれによって見れば︐スミスをしてすでに門切の意識的な繕轄二干渉に勤して否定的野旋を表明せしむるに至つ        み たのは︐ナ八世紀の啓蒙論者達に遍通したる個人本位の馳會・國家畿であρた︒しかしながら我凌の申心置縫一

ス叢に於ける経濟理論と就會政策との闘聯乏とつて︐礎盗決定的な重要さを持つものは︐維済鵬程に出する︑  スミスめ法期すなはち経濟の理論的認識そのものの性質である︒乳ミスの世界観慮ここにも躍如として現はれる

︑のである︒     .      ︐         ノ

 維濟生活の究明に當ってスミスは先づ︐現認にはなほ實現さ廓書る受話経濟の一理想像を設定し.そしてこの

理想像への道は維濟法則の認識によって示されると考へた︒謂・幽ところの理想像は経濟的調和一個入の利釜と巌

(5)

會の利釜との完全なる一致一に外准らないが︐これを實現するための道ば.囁経濟事象に内在する合期性のうちに

横はつてみる︒すなはち恰か臨自然現象が蝋個の統輔的法則によって秩序整然たる蟹行をなせるが如く︐経濟生・

活も亦た究極的には同檬なるM・個の統一的自然法則の支配下に服してみる︒從ってこの法期は妨げられすに作朋

する場合︐具艦的に云へば翻々入の利己的行動と臼由競争とが完全に獲動せしめらるる場合に︑はじめて経商・

濫費生活の調和を齎らすと読くのであ畜︒﹁スミスはここで.経濟生活にはそれを支配し欝塗するところの恒久不

憂の自然秩序があり.それが多少とも實現された現象形態が雁典上州定の維濟様式に外ならないと見ズみる昏こ れをフイジオクラッあ流め表現で武へば︐スミス・は一の﹁自然秩序しO犠冨鎚藻類臨⁝・すなはち事済生活の調和に

導くものにして何ら外部からの干渉や制限によって妨げちれざ為経濟の自然秩序と︐それから﹁現實秩序し◎胤霧

驚・・圃無!すなはちん聞通有の不完全さや知識の歓如や不正義によって自然的・調和的秩序を飲陥だらけに實現し

たに過ぎ振る具叢雲・鷹史的秩序之︐を麗塾した︒そしてこの不完全なる現實秩序をかの最も望ましい自然秩序

比接近混め.以て調叢る轡を欝欝芒め得るの嫁入爲的・計叢的な欝施設築3︑で葺く︐實は唯

だ経濟法期の自由なる獲現を許すことに撃ってのみ可能である︒干渉を加ふること多ければ多き程.経濟は盆鳶.

不自然とな紗.非調和的とならざるを得ない︒かやうにしてスミスによれば.﹁自嶺経濟﹄の促進以外に︐ずなは

ち競争の自由と商業の自鐵との原財の實現といふ意昧以外に.いかなる黒黒政策も全然存立の絵地を有し得なか

ったのである︒

 謂はゆる﹁見えざる手﹂口調薫陸灘ぎ鼠によって導かれるといふ調和の理論は︐ス疑スの全義母︑思想を貫流する

ところの縦懸であるゆ維濟政策上の﹁自由放任主義し鳳ここに其の世界襯単磁櫨撒を有してみる︒我鳶は更に進み

で.かかる槻弓から旧き醐でたるスミスのよ寝具膿的な経濟理論に殉はねばならない鐙・

      .   ㌃      .     五

(6)

       六       ・

 スミスによれば︑︑企業を中心とする難聴早熟に於いては︐個々人は彼れの欲望を充たさんがために㍉市⁝場に出

でて交換を行はねばならぬ︑市場に於いては彼は.その本來の努力に從って︑出診るだけ高ぐ萱抄︐p出滞るだけ

安く買はんと努め惹であらう︒個々人の富の源泉はそれ故に.彼が市場に齋らすと℃ろの︷匁換便値の総計であり

との総計が叉一國民の富を構成する︒断って交換俊値を有する財貨︐しかも市場に適したる物質的財貨を造出す

るところの勢働のみが生産的である︒かぐしてスミス経濟墨の中心黙には交換債値の阻題が︐すなはち砒會維濟        ぼび に於ける決定的現象たる償格形域の理論が︑.立ってるるのである︒しかるにM國整経濟の生産牧釜に封ずる個々

人の分け前︑これも亦たスミスによれば︑市場に齎らさるる財叉は凧役の交換債値すなはち慣格によって決定せ

られるゆだが︐すべての財は結局三つの生産要素−土地︐・資本・及び螢働iに分解されるから︐これら三要素は

同時に一切の所得の終局の源泉となる︒すなはち墨黒形成の原理に從って國民経雪上の全牧釜は纂その所得の源

泉に基づいて甑別されたる人口の三階級−地主・資本家・及び勢働者⁝た分配せられる︒分配問題もかぐしてス

︑︑︑スに於いては償格形成の問題に轟着するのであって︐噸切め澱魯政策的問題は分配の事實に︐從って結局は債

格形成の事實に關聯するのである◎・   内 ︑  ︑ .       ︑ −    夢

 スミスによれば勢働力ぼ何れの維濟財とも善様に︑をの州自然教格﹂と﹁市場債格﹂とを有してみる︒謂はゆ

る自然債格は財の生産に要したる費用債格︵生州費︶であって︐個々の維濟奢が自己の利釜のみを追ひ求あると

ごろの偵由競争の作用によりそれは﹁いは籔一切の照臨の思郷がそれに二って落着くところの申心贋早しを域す

亀の.である︒これに反して市場聖書は事實上市場に波∵ジ立つところの債格であって.供給と需要とによ夢灘す激

       ゆ      の はち商品の存在量と支綿能力及び支彿意思を有する有敷需要の大いさとの關係によって︑ 義的に決定せられ    る︒換言すれ鷺市場償格は供給毒需要との輿へられ差量納關係のもとでぼーマックス・ウ凱乳パーの表現を薪夢

(7)

 て云へば一偏物◎⁝麟a一鶏鳥嵩達麟且⇔謎⁝Ωぐ訪宍︒回腎器㊥ぎ..﹁さうなったやうに.しかな夢得ないし墨のである◎〆從って

 ここで決定される債格は唯だ旧っしか存しない◎これがスミスに於ける一般贋格理論の基本性格であるが︐これ

 に照慮し.て勢働力の自然儂格と市場慣絡とは次のやうに読かれる︒       .一

 勢働力の﹁自然償格﹂は專ら﹁勢働の生産費﹂から構成せ駈れる︒分業に立脚する維濟肚會に於いては螢働力

 の自然槽ハ格は次の事實︑・すなはち﹁蓋開は常に彼れの勢働によって生きねばなら・す︐從って彼れの帥労賃は少ぐと

も彼れの生計を支へるに足るものでなければならない﹂といふ事實が︐決定的である︒生産に際して投ぜられた

乃費用の藻魚が一切の商晶の自然債格を構成した乏同様π︐とこでも亦た螢働力ρ生産に要する費用の同牧がそ の自餐肇鍵するので滞る︒しかを他方・﹁市嵩埜暴働力の供給量と舞婁によって決定せられ・

る︒供給量嫁市場に現はれる勢働者の緻によって確定され︐需要量は債値増殖を求める資本の歌態によって與へ       まげ      な  ゑ られる︒從って市場債事たる現實の勢賃の高さは︑供給の側から鼓へば勢働者の撒と反比例し︐需要の側から潟

 ぺば資本の大いさと疋比例することになるが馳事實に於いて蓼は爾側からの影響を受けて結局..供給が需要を超え

る⁝場合には螢賃水準は低下し︐反謝に需要が供給を超える場合には螢賃水準は上昇する︒そしてその結果はやが

 で叉原因となって︑勢賃水準の上昇は勢働の各誌量を増加せしめ︐水準の低下は供給量を減少せしむるの反作用

を惹き起しもかくて﹁市場玉響しはおのつかち≒自然債格しに接近する傾向を隠するQところが︐この一聯の諸

作用のうち最も悲惨なる結果を人間就會に演出するのは︐供給が需要を超え歳霜水準が低下することによつて樗

餐給量が薄葉れねばならぬ奨・である︒﹁すべての働物種馨←ス︑︑︑スは黒凄妻妾料髭例して櫓

      ぷ       お .銘し.訣しズ孟を超えては櫓整得ない︒しかし文明砒會でな生存資料の簸芝はただ文暦階級者の塑於いて.

 のみ人闇種族のよ夢以上の増殖に鮒限を置き得る巻のであ瀕もそしてこの事は塾この階級者の結婚が塵み出した︐

       七

(8)

      亭八   が

子供籔の大部分を死に至らしむることによって.給せらるるの外はあり得ない◎し ︵♂く葦囲9◎晒窯毬◎蕊○鋤類欝弩.鱗

鼠恥臼マお︶   ︑  \..一  .   牌    .    .臣き ・

 これによつて明自となることは︑かとへ︑時的に竜せよ螢賃の高さ︑すなはち勢働者に諾するととろの國四維

濟的全生産物め分け前の大いさは︑勢働力め供給量が減少するか或ぴはその需要量が増加するかの場合にのみ︐        ド 高め得ちれることである︒それ以外盗軸労賃の山帰さを高め得る道はあり得ない︒ぴとりアダム﹄スミスだけでなく

古典派諸信者におしなべで皆亀みつから樹立した経濟法則のために︐この方向に於ける玉転且つ消極的なる結論

に到達して苦しまざるを得なかった︒しかしスミス自身は幸ぴにも︑︐市民的生産方法のなほ成長せざる︐いはば

乏の生藤方法の黎明期に存命した︒彼れの時代は︑彼れ以前の数世紀以來進行七つつあった原始的蓄積がな三三

前に認められた時化であった.﹁蓄積暫よ︐蓄積せよ﹂といふのが︐彼れの時代に最も相棒はしい標語であらねば

ならない︒それ故にスミスは︐すでに市民的生産方法がその必然的諸結果を現評した時代のマルサスとは異なつ

℃︐勢働人口の制限にで億なく︐跨働需要の増血に︑すなはち資本の増加に︑螢賃水準の上昇の可能性を見たの

である︒これスミスが︑塩釜で生活する者に漏する需要は明かにただ↑︑勢賃の支藩向けられたる棊金の増加と

の比例に於いてのみ増加する﹂︒﹁これなくしては勢賃は絶樹に増加するを得ない﹂と云ふ所以であって︐實際の

勢賃は勢働需要量の増加なしには︑それ自身言値塘殖を求める資本の増加なしたな︐ゑ然増加するを得ないとい

ふのである◎

 ζれを総じて︑我々はアダムポス・・yス・に︐心痛政策的問題の獲端をさへ見ることが暴露なかった︒第ザに彼は       ぬ 肚會を利己的欄人の集合論態見︑との個入の撫由なる行動に何らの干渉を加へざることを國家の理想と考へだ噸

いはば國家は︐ス機スによって完全た維濟生活の背後に押しやられたの歪ある︒.第二に彼は傷位譲法期を自然法

(9)

購霧へ.芝窪選審なる叢論す.とによ3.馨の繋望まし涙懸︐叢繁書の蓋然驚を現.

 患ぜし必得ると考へた毒そしてとの経濟法則の認識には嘱妨げられざる 糊入利総の追求はおのつかち︐搬﹁槻的に瑠レ.       タお ・磯會の利益と一致するといふ経濟的調和のドグマが根祇に秘められてあったσ第三に彼は経濟學の球心難に頂絡       ︑        ゑ       ぷ  形成の問懸を置き篭分配⁝問題を臨儂格閥題として取扱つた︒從って踏〃働階級の受取る贋格たる勢賃の高憾をも強

       ま       みやドげゴ  需要供給の一般優格法則から論明し︐しかもこの現實の領格︵市場債格︶は永きに絶ってその瞬然債格から乖離︑

 し得ざる所以︐そじてこの図題過程は他の⁝切の経濟趨程に於けると同じく何らの入爲的な調隈癒助成も加ふべ きではなく・また加へんとしてぎれ姦果的恥し得ぎ所以を誘いたのである︑蓮華策襲業の上か       ゆ       ぜ       イ      ゑおみ  ち  ゑ  ゑ  ロ  ぢ.及び経濟理論の上から完全に否定せられてるる︒スミスにあっては︐説會政策は理論的にも成立の絵地があ

       ゑ おゑ  ゑ  ゑ  ゑ  の得なかった︒それはしかし︐潔業革命の前夜龍﹁諸國民の富の性質及び原因しを研究主題としたスミスにとって

 ぱ.まごとに絵書ないゆ走であるゆ彼は何よりも先づ.・新興市民階級の活動の物質的條件として國富の糟進を.

 資本の蓄積を奨志し︐紬方その活動の精製的基礎付けとして利已的活動の自由を︐國家による干渉の無用を︐.永

 久の調和を︑不攣の自撚法則を︐驚けばよかった︒眞實の分配問題・耽會詩題には︐彼れ以後の自由主義諸學者

 も      

 が初めて當面するのである○  ≡     .  \      5  囁 囁  ︑

      F第三︐節 マルサスとリカアギづ一

  ヤ      ・馨.   傍証に巽へば︑マルサス八乱丁o玉器郊◎驚嵩ジ画鋤剛警蕊同繁お一同○離心◇麟︶及びジカアドウ︵鰯︶攣議甑湾瞳難凱肇同績熱診一同驚寿鉢ひ蛉︶

︒が2それぞれ主題とした経論上の理論簡題及びその取扱ひ方は決して伺 ではない︒そればかリセなく.マルサス

 は就會政策難問題を詳論t響けれどもり功ブドウの主著に濾本來靴會政策的性質を有する論述が殆んど見出され

       鉾.      年 ♂ ・      九

(10)

     争   ・囁     臼 P   ︑   ﹂ 窄    ︑・囁  .州○       へ 得ないやうな相違が︑誉者の間に存もてるるひにも拘ちすマ.ルサ孔及びリカアドウを合して晶群でるの所為め㊥. 端黒れるのは︑薯繕儒時代に薄髭蕩の整備廉撮切議し警内的開講奮ゑしか論誉

相合して謂はゆるマンチェスタ肇主義の経濟政策に決定的な方向を與へ獄に至ったからである︒ ・       .麟罫        奪   :        −  ︾ルサ堺及びリカアドウに於ける経濟法則は即諾墳的にはスミメに於選ると略ぼ同一の性質を持ってる喝︒礎︑

がス馬︑︑スに於いてぽ︑維濟壌臓激ほ明白に哲學的地盤の上に立って論たに反し一特にリカァギウぼその自然科學︑

的・機械論的性質を極端に押し進め︑精紳科學的性質を有する何れの解織にも依擦すみことなノ\経濟現象をそ

        や       お       へ れ自罷として肝玉に︐・原因及び結果の範疇に於いて考察しようとした9之の意味淀於てり夷アドウは最初の湊

溝鼠的緯濟學者であった・從って彼はスミス流の調和論から出獲t得なかったが・このこと嫉我寿の蘭鋳政策的

     ぜ       ド        ら       ま バ 問題に漏してもスミスとは聯か異なった態度の表現乏ならざるを得ない︒すでに我々はスミスに於いて︐入潟運︑ 動と餐形成の法則と霊室︑す強ち墨黒耀前誘羅を犠的に∵かも藩にらて無力的に︑

檸容激もな隻配するとい倉どの零れあるのを見た︒けれ慮ス︑︑︑スに於いて繕峨.調和6欝的信

仰が支配してみるに反し当マルサズ及びリカァド勢に於いてばこの信仰に全く異なった方向が與へられる・︒彼等

にあっても亦悔︐個別経濟者の自由競争は供給と需要との闘の考へ得る限りの最善の均衡レス囁ミスに於ける調和

のである◎ち︐︑.藁 ︐︐︑・二一〜︑.\ヂ幅  勢  一魅 鋳絶にら善亦腐らざれ得る︑か蚤薬毒めて︑近代聾礫に於ける貧困蓉嚢の羅編魔砦 〔( Aし彼等慾はや此の二審ぴな噸ざを意味する9しそあ均衡は選の㌻及軽信慾奢の嘘力み

さて︑あ問腰樹するマル壌及びツヵ竃ヴの態磐考察するにあたりて︑先づ理解せね楼ら協は︐い

彼等の持し汚た経縫會の震法意ある︒撮篭読ば経纏狸は二つの墾法側が要りこの法則の作

(11)

用のもとに維濟的並びに就病的の全獲展が行はれる︑マルサ詩人欝法則がその⁝︐土地牧穫逓減の法則がその二

である︒これら二つの法則.は相互に關聯しながら磁器の獲展法則として現はれ.ほぼ次のごとき獲展.線を辿って

ゆく︒i肥沃なる土地が耕作ざれすに残ってみる限勤︑すなはち土地が︸の維濟的﹁自山砂しを示してをる限り

そこには未だ何らの就會的分裂︑何らの階級別も存せす︐耽會曝露編關係は未だ閲題として現はれない︒土地の

廣褒はしかし事貴上限ちれてをり︑︑又やがて壁心涯減法姻の支配を受けることとなる︒かくて.もしも入購ゆ檜

加力がつねに等しいならば︑すなはち人口がその緻に比例してつねに同じ割合で増加を績けてゆくなちば︑土地

生産物の増加は入口との比例に於いて釜々小となるであらう︒しかし︐すべての人間は結局土地の生産物から生

きねばならぬため︑つねに釜凌劣等な土地が耕作されねばならぬこととな媛︑かくてより有利なる條件のもとに

生産しつつある土地は一の﹁地代﹂を生するに至る︒ここに於いてか︐その耐會には階級分裂が姶まの︑地主・

︑資本家ム及び無産勢働者の三階級がこの獲展法則の作用下で成立する︒そしてこの三階級は︐マルサス及びリカ

アドウが事細越前に見たところめ就會的階層で恵あった◎入口運動はかくて維濟的並びに墨磨的獲展の本誌の推

進力として現はれるのであり︑從ってこの黙から祉魯附題は理解されねばならぬといふのである︒

 ところで此等の三階級た︑市場に於ける主格霜曇の道を通じ﹁て國鳥影面上の全生懸物は分齪されるのであるが

その場合に作用するのが需要供給の法則であり︑そして常にそれに落着かんとするところの棊準となるものは謂

はゆる﹁自然債格﹂であって︑この償格は一商品の生産に必要とされた螢丈量によって決定せられる︒しかしり

功ア困ウに於いては︑階級は上蓮の通の三つであるけれども︑國三訂頚上の全生産物がそれに樹←て分劉される

のは本綴三っではなくて︑二つの大いさである︒すなはち一方には地代︑他方には勢賃と利潤との総計︑の二つ

に分割せられる︒そして入ロが増加すれば一そのことはマルサス及びリカアドウによれば説會的原罪である1生

       一梱

(12)

       三

 麗資料が騰貴する︑だが生存資料が騰貴すれば﹁自然賃銀及びこれとと竜に絵事賃銀も騰貴せねばならす︐さうす

竃れば叉利潤は低下せねばならない︒地代の騰貴と.賃銀︵名目︶の縢貴と︑及び利潤の低落乏は︐國民維駐留嚢 展鴛然書論で薯︒み類幾の毒の途の驚か蓮んでゆ−︒笙の楼︑莉黎の婆的低落健

 訪資本の蓄積が止み︑定籍力の需要が減退し.賃銀が低落し簿かくて低落せる賃銀に自からを懸果せしむるの必

 要から螢両建階級は何らかの仕方によってその籔を滅慰せねばならないゆすなはち勢働者階級ぱ﹁負困の苛酷な

      り   ぼ      じ      ゅ ロ      き  る法則の不断の作用によって噛生存資料の水準下に引き抑へられる﹂・これが維濟心墨展の鳥然的過程から薄き込

 まれぎる第一の途である︒さうして第二の途は︐賃銀と地代との分け前の上昇によって結局︐利潤癬全く喰ひつく

 され﹂かぐて資本主義緊緊がその絡焉に近づくといふことであ㌔◎この途億もとよリリカアドウやマルサスの夢

 に竜豫草しなかったと℃ろであるが.特にリカアドウの學読からこの豫想外の簾結が出で來たることを読い兼の

 はドイツ働者ブリーフ薦の功績である︵類︑鼠Q・塾蕎舞憲騎⁝震夢ゐ・も・写9蜀ご・峯算§鼠こ舞螢轍︶◎

  右に蓮べた杢儂的獲展はしかし維濟上の中心法期たる需給の法輪によって︐贋絡形成の法則によつ.て︐∬すなは.

 ちマルサスが名づけていふところの國民維濟け﹁第↓の︐最大の︑そして最﹂般的なる法則しによって導かれ

・る︒この贋格形成の法則がら︐経濟的ポ就倉的諸現象のすべてが宿命的な必然性をもつで︐及び同時に藪量的な

・正確さをもって現なれる︒從ってマルサス及びリカアぎウによれ城︐分配購題も亦充激量的に 給した原因の結

 果として.他の経濟現象ど同︸の必然性と驚確さとをもって決定されざるを得ない︒でなぼち螢働力の債格たる

虜甚︐現簿は︐霧に於ける欝力の供㊧需響の量的關優より︐云びかへれば.芳に誉る欝渚        ノ  の数と他方には勢働潜の就業を求めるところの資本の量とによって︑決定せられる︒しかし露髄の勢賃がこの量

的關係によってその自然暮雨繍で決定透ることが︑題たとして遇︑それは直遊勢働人望の増加を霧

(13)

 し︐やがて再び自然贋格のほと参に自からを落着けるに至る︒かくて勢賃の高さは.﹁自然と償習とが努働者の維

 持に必要とすろ額を遙かに超えることは決してあ・り得ない﹂といふのが彼等の一致した見解であった︒        ノ   この黙よりして︐彼等が當時の救貧法に斯して取った態度及びその論擦も明かとなむう︒リカアドウは﹁維濟       か ︑學原理し嶺の勢賃の章に於いて.マルサスは﹁人口原理論﹂︵第二版以降の形態に於ける︶第三編に於いて︑いつ

 れも詳しい批評を救貧法に帯して加へたが︑彼等によれば︐.かかる仕.方で貧民を保護することは︐實は資本の側        ︑ がらの需要なきためその勢働力は交換債︑殖を有たざるところの︐すなはち擁らの概︑格︑何らの艸労賃をも獲得せざ

 る如︐き︐いはば薫用の人聞を保護することに外ならない︒かかる法律的保護はすでに次の一事︑すなはち﹁貧国

 の難聴ご︵マルサス︶がするやうに入欝の壌加を抑制しないことによって膚害である︒蓋し﹁毒除が生存資料を

 墜邉せる如き場.合には︐救治手段はただ入口減小か或ひはよ夢急速なる資∵本壌諏伽である︒認.κが︐すべての肥沃        ぱ  な夢土幾がすでに耕作t鑑されてをる如き國汝では後の手段は行ぷ得ないもの曝且つ望みをかけ得ないものでめ

・るし︵夢ヵアドゥ︶︒貧民の保護救濟は決して生存資料そのものを塘加せしめない◎從って﹁これ等の入醐がより

 挟適に生活して黙り大なる生存資料を喰ひ講ずことになれば.他の人聞への分配のための生存資料が落々減少す

 るに至蔦のは明白め事理である︒すなはち斯くなれば各人の要求は預︑値に於いて低下し︑同量の銀塊は生存資料

 のよ暮少き量をしか⁝鯨ひ得ぬとと.となゆ海生存資料の俊絡⁝は一般に騰貴するに至るであらう﹂︵マルサス︶︒名封

賃銀の引上げもおのつから同﹁の結果を齋⁝らす︒すべてこれ等吟方策は﹁子供ぢみたもの︐殻果なきものし︵マル

 サス︶である︒債格のかかる騰貴によって.今迄は貧困でなかったものも貧困歌態に陥れられ︐この範團は釜々

獲大せざるを得ない0である︒︷

  かくて我々はマルサス及びリカアドゥに於︑いて︐何故に二士政策的諸⁝施設が拒否されざるを得なかったかを知

       3 ︐   ︑      一三

(14)

       一四

 つだ︒一言でいへば.維濟法則は彼等に於いては恰かも自然法則と同様に作用するため︑セれに干渉を撫へるあ       脚   ・ゴ     ﹃       奪 らゆる方策は敷直なきもの︑意味なきぎのと見えたのである︒國民心金上の余生産物の分配はまた重落機構を通

 して行はれるたあ︐たとへζの生産物の分配にあっかちぎる人間︵貧民・失業者﹀が居るとして秀︑この債歪形

祓の事實を批判してはならな熔︒聞題とすべき竜のは寧ろ入口敬の多寡であ乃︑人口藪は供給であるから︐螢働 め債格を高めんとすればζの供給さへ減すればよい︒維濟が悪いのではない触否な経濟は悪いとも善いとも云ひ .得ないもの︐蚕桑覧たが在るのである︒これに反して悪は︑虚聞の多すぎる黙にある︒しおよそかくの如きが灘

 マルサス及︑リカアドウが就會問題の基礎に封して加へた診断であった︒しからばこれを救治するの途は何である・

ドか︒それは籔℃て︑外部から維濟を統制せん遺する何ちかの方策ではない︐とれに反して高々叫種の祉會敏育で

 ある︑と彼等は答へ・旋︒かぐ∫彼等は︑入口増加に關する﹁螢働者階級の愼璽なる慣習しhH謂はゆる学徳的抑

 荊︶を養成することをもって.磁會改良﹇の淺されたる唯一蓄電の途と老べ悔のであ為︵薔拙著﹁人口法則と生存

︒権論﹂第四篇及び第五篇滲照︶璽   ︐   .   .   吃

  我粛はここでマルサスの人口理論やリカァドウ⑳分配理論泥tれ以上深く立入らない︒以上の考察からすでに

 次の事實が明白だからである℃すなはち古典派諸學者の輿論に於いては︐おしなべて︑維濟現象の諸法則は自律

 的夢・自動納に作用する機械的な法則と解せられてみたごと愚さうしてス︑馬スの場合で億これに干渉を加へる一切

の審肇的施設は謂はゆる調和の盗難から歪慰の寛られたるに反玄.その後響二人の馨では調和は

      ぜ      び  亀はや読かれす︐︐純輝の維皇儲的審察かちそれらに不條理の竜の.馬鹿氣たボのと見られたのであるゆしからば       ド   やノダ ヒ最後に古典汲の殿將ジ鷲γ・ステユ艶ート・ミル億この間魑に封して如何なる〜態慶を取ったか︒       ・

(15)

     ︑第凶節 ジョン魎ステユァート鯵ミル     \

 ジ灘ン・スチュアート・ミル︵匂◎ぎ︒︒露霞θ鼠厳同︒︒Oの一○︒︶の﹁豊野塾原理﹂は古典派の彼れの先行者達が行

うた研究結果に謝し︐嚴密には新らしい何物をも附け加へなかった︒その理論的認識に於いては︑・彼は寧ろ古典

派の集域者或ひは完了者として現はれる︒﹁原理﹂の猫謙者ヴエンティッヒ・︵とぐ器簿圃︶はまさしくも彼を評して

﹁維濟學研究の︑一期聞の総決算﹂と去うた︒事情すでにかくの如くであるから亀彼がその理論から就會政策的諸

方策の可能性なり必然性なりを基礎づけ得なかったことも亦た當然である︒賞誉政策的問題はしかしながら︑彼

に至って非常に近代的な形相をもつて現はれ︑彼はこれに眞創なる省察を加へないわけにな行かなかったのであ

るQ  何よのも先づミルは螢働組合の賃銀政策及びその敷果を︐リカアドウから欄承せる賃銀基金読の遵奉者として

論bた︒しかしその態度は極めて懐疑的であった︒マルサス及びリカブドウが人口法則から抽出したところの就

會政策的結論を彼は完全忙踏襲し︑そして︑必ずや失敗に絡るべきストライキが麟〃働者みつからに︐︐結局は需要

供給法則のいかんともしがたき威力町を意識せしめるに至るであらうことを望んだ︒かくて彼は︐︾ルサス及びリ

カアドウの線に貰うて︑勢働階級の人口政策的敷育を要求し︑この階級がみつからを救ふの途は詮す︑るところ.

その数の供給を減少せしむるより外にないことを論じたのである︒尤も彼はこれを救治する︸つの方法として大

仕掛けの海外植民を提唱した︵附言するが︑ミルの前牛窓の職業は東印度會肚の役人であった︶◎だがこの方法

亀︐かの最重要なる國民維濟的法則たる土地牧穫逓減の法則に繋ぎ當って僅かにこの法則の作用結果を︸時的に        な 前方に押しやり得るにすぎない︑之彼は見た︒從って﹁就會政策尊し要求の主なる内容は︑ミルに於払セも亦た

       ㌔︑︑      ・     一覧

(16)

一六

経濟法則の認識を促進するための個入の教育に鶴着したのである︒ ︑ .

 発墨生に於いてミル甲は徐々に︐しか年時には後邊もしながら︑就無主義的見解に接近す惹︒そして建議峯義實         ︑・       臼/      ・         へ       囁      礫 亭 現の可能性をも信じ︑部分的には就會主義の経濟蝉騒展理論をむ承認する︒これは彼れの生涯に於ける劃期的な・

鐵堂廊であった︒同時にそれは︑耐會態勢の攣化にもとつぐ自由主義學派全膿ρ不可⁝遜の運命で竜あっ﹄たと云嘗

得よう◎ミルの.舞かかる思想上の縣換は普通に︐彼が當時フランスに勢力を張ってみたサン・シモン︵な鳴鼠湾あ凶羅蒙

饗8!蕊雛︶﹂派の麓會主義を研究したこと︐及び後にミル夫人走なったテイラア筆入︵鷺婆8琶鶏︶の思想的

感化とに属るもめとされ︐ミル自身もその自叙薄でこのことを告白してゐ乃山添に・﹁経濟學原理しの理論編に相

毒する部分の最絡の一章︵第四編第七章︶たる﹁勢働者階級の三絶の事書し︒.○・二陣霧暴きび魯欲野縁霞凶曙σ津響

ノピ簿ぎ舞鑓鱗Ω霧鵬翼︑︒は粛イラア二恩の忠言によ診﹂︐しかも一読によればその一部分は彼女の鷺蓮をそのままに爲〆 し取って︐後の版本忙於いて新たに挿入された忌のに属するのである︒この挿話はしかし︑難に.ミルの側に於け

る主艘的事情を物語るに過書ぬ︒客観的には就會情勢の強化にこそ我々は︐ミルをして靴會主義に近づかしめた     ダ る主原因を見なければならぬのである︒     乳     匙︑      ︐

 戸それは兎もあれ劇ルはべ祉會主義實現のための主論題を︐︐共伺組合的精糖の敏育に見︐︐しかもこの組合が勢働者

の物質的生活の心嚢に役立つ利釜は︐それが憶病の嘉徳心の向上に役立つ斜釜に比すれば寧ろ些為たるものであ

ると考課潅︒そこが︑な癒過渡期にある・︑ルのミルたる燐以であって︑一面には駐會組織の根本的改攣の可能を囁

信じながら︐しかも他面.ζの組織⑳濡鼠は入心の改善を搾はねば意味をなさぬ嘘するミルの目詰守的・理想轟

義的見解が横たは.つ︾︑みるので診る心この故にマルクス︵国舞︸鷺簿艶鵠蕊レ箒離心参︶はミルを詳して﹁牛ば眼醒めた

る経濟學者﹂と幽し噸たわけである︒ミルに於けるこの新らしい立場はすでに隔彼れの経濟理論の枠内では水に挫.

(17)

げる油のごとく︑矛盾なしに納まり得るものではない◇他方またミルは政策論の最絡章︵第五編第十一章︶に於

いて﹁自由主義の限界﹂.︒雛鑓静無昏︒い麟奮巽−熱窓㌘ぎ6乾亀︑を論じ︑彼れ特有の國家理想や倫理的観念に基

づいて少なからぬ就會政策的論述及び提案を行うてみるが︑これも彼れめ維濟理論と矛盾せぎるを得ない◎蓋し

彼れの鼻翼理論は當然に自由主義と結びつくものだから︑である︒まこ乏にヴュンティッビの評せる通り︑ミルは

︑かくの如きものを﹁最も深い難論に於いては寧ろ書ぐを得ざるものであった︒蓋しそれは︐全著作の枠外にはみ 酷でをる外艦であ9︐或ひは外から探り入れられたる思想である︒.彼は︐これらのものを科學的に基礎づけるこ

とによって維濟學上の︸の全く薪らしい傾向が要求せらるるに至るべきことを明白に意識することなく︑その班

群爾さを確信してみたのである︒﹂  .   剛         ︑

 以上のことは︑・ミルが︑從って古典派維濟學全罷が︐その胎内から新たなる科學的方尚i﹁科學的就下主義﹂

が嚢足するところの︐一の重大なる轄換期に立ってるたことを示す︒しかし︑・\ルは既述の通り︑﹁経書學原理しめ

愛すみ限ひでは飽くまでも古典派の完成者として終始し︐根前の枇會事質に照らしてみつから意識するに至った・

古典派理論の破綻を取り繕らはうと努・め疫︒勝って我々は馬食政策と男舞理論乏の關係についてもミルからは本

質的に異なった何物をも學び取わ・得ないのである︒

 自己の経総懸地位を高めんとする利己的行動の動機以外のものはすべてこれを捨象して專ら機絨的・因果的な

経濟法則を樹立しようとした古典學派の研究方法に費して︑ミル自身の持つ特徴的な方法は︑國民維濟上の實際

酔生活の観察から認識を獲得せんとしたととである︒これは抽象的なテオリー︵理論︶を為難して現實のレーベン

 ︵生活︶を無即したリカアドウに比すれば確かに一つの進歩であった︒だが︐それにも拘らす︑・︑ルな︑依然リカ

 アドウの衣鉢を禦いで自然科學的意義に於ける因果的取扱を行ぴ︑それ以外の一切の認識を精鉱ならざるもの︑

       一七

(18)

      購八  ゐ 科學的ならざるものとして全然考察の範圃外に捨ててしまρた︒品切α事實認識は塙それらが科學的であ紛得る

ためにば︑複合せる諸原爵の一・・義的な作用として現はれねばならないぬすべての嵩置隠事蟹はミルにとって︑か

かる複合原因の結果であるが︐それらの鼠因は結局︐つねに入闇の本性に号せしめちれ得るものである︑それ故

に就禽的合則性の認識辱云びかへ堪ば湿婆法則は︑最初は﹁論難生活の体験的法則﹂たるに過ぎないが︑それが

黙認自然の︐︑しかも個別的に槻察ざれたる入食自然の法則として現はれる場合に︐吼はじめて科學的意義に於ける

精密法則の渡船を獲得するのである︒維濟法則も實は輩に個々入の富に謝する努力にσみ還元し得る亀のではな

く︐はるかに纏雑な事情⁝の上甚立ってるる︒だが.富に封ずるこの努力は甚だ璽要なものであつぎ撫それから生

する合則性は眞理に最亀近い︒もとよ善それ等は.現實に適慮するために種々なるモディフギケーシ鍛ン︵粉

飾︾を受けぬぱならない︒すべての他の共働する諸原因はしかし︑圃の機械的・因果的な法則のモディフ牟ケレ

5シ躍ンたるに過ぎす︑毫竜本質には鱗れないのである︒          ヂ  こごに於いてミルは経濟野上の二個の法則を匿回する︒ 一は生産の自然法則︑他・は分配の法則であって箋後者 拶 は﹁專ら獣的制度﹂に係はつてみる︒す癒はちミルは分配の観察に撃っては一定の批會的前提i﹁私有財温しと

 ﹁自崩判事﹂と一を顧慮せねばならぬ露云ふ︒けれど為彼はごの事から︑轟轟は継會的現象であり.從って孤立

的淀億観察すべからざるものであるとの論理的黒漆には達しないの彼が進みで︑憶念は自由競争の支配しないと

・ころでは﹁その杜禽の法律左慣習とにし依存するお論く場合でも︑右のごと遼結論には達しない︒♂侮故なら憾︐

彼れの見るとζら矯は㍉之こでは亦たその結果は全然機械的・因果的泥決定されるからであ乃︒耐會の法律制度

は個完の行動を規制す嚢とは出実る︐しかしみ行動の結果︑討つ議愈的維濟現象萎れを支配し厚顔

い︒ミルは︐この意謄於いて︑政策的提言叢す董轟く碧︐いと更る︑だが誘結銀はごれを保讃し得

(19)

ない︒蓋し複合せる全原囚を 望のも之に集めること︐及びこれを科摯的に把握することは不可能だからであ

る◎      ・      讐       〆

 ミルの所労のうち我︐々の問題にとって特に誌面なことは悪露の一般的法則卿⁝よ砂して彼が灘多くの商晶の憤格

が法律や機習によつて規制され得るといふ事實を認めてをる黙である︒こめ色界認識を彼が若し理論的に叫.翻し

て債格形成の筆答的側面を強調するに至ったならば勤彼はおそら︒く古典學派中の最初の人として政策學的認識の

墓礎を掴みとの得たであらう︒しかしミルはそれを爲さなかった︒むしろ反封に彼は︐商品の儂絡がその時の説

會の法律及び慣習によって規制されるといふ場合を制限した︒すなはち螢賃はその例外をなすものであって︑勢

働は︑その償格が﹁需要供給以外の何れのモメントにも決して依存しない﹂ところの商品に旛し︑これに宣して

はいかなる統制の可能性もなく︐ただ僅かに螢働人口の制限がこの場合訴へ得る唯一の残されたる道であるとい

ふ.かの︑古典汲三三の溝極的・保守的結論に達したのである︒      F ︑

 かくてζこにミルの﹁経籍學原理﹂の結末を示すものとして︑重油放任主義を提案せる次の言葉がある︒曰く

﹁略言すれば︑自由放任は一般に前行されねばならない︒およそこれから離れることは︑或る大いなる善によって       ズ 要求される場合のほかは︑ 一つの悪である﹂と︵回●○︒・鼠凶斜瑠画工囲営の匂・象椙◎ぽ搾己円8躊︒ヨいい︾︒・ゲぐ︑︒・・P娼.⑩軟◎︶Q

との一言にこそ︑人は︐ミルに於いて理論と實際的提案との間に見出されるところの︑いはば一切の矛盾が含ま

れてみるのを見るであらう︒蓋し経濟的諸過程の法則は︑自然法則の意義に於いては⁝義的・機械的に決定され

︐る結果に導く︒さうすれば﹁自由放任﹂.8爲認・㌣栂野軋︑の糠かに如何なる他の道も淺されてるない筈である︒そ

れ以外のいかなるものも欺隔であウ︑悪である︒.これはミルの法財よのする當然の論理的蹄結であって︑維濟法

則を本質的に樹ほかかる野壷に解する限り︑いかなる積極的政策を捷案ずることも論理の矛盾である︒しかしな﹁

       .一九

(20)

       ・      囁 内      ︑ 慧○窄

がら彼が事實上さうしてをる通勢︑ム方にかかる注則を認めながら他方に何らかの實際政策的論蓮をなし︑そし

てその政策の敷果を期待してをるとすれば︑維療法期は懇はや自然法則的性質を有するのではなく︑むしろ耽會 ︑随感制度により諸慣習によってその具膿的形態が決定され惹ものと云はなければならなや︒さうすれば制今度は

・﹁自由放任﹂が欺隔であり︐経濟統制が一切ρ雁史上の経濟の本質的構祓部分乏なる︒かくてその便れの撹を濯

ぶとしてもちミルの思獺繭灘系〜な自家縫着⁝を 免がれ得ないのである◎写     書・    象

第五節綜

 以上我々は︐イギ蓼ス自由主義維濟學の歴史的・就會的地位の考察から始めて︐この學派を代表する四論者の︐

各々につき燦々政策と維濟理論諸の交渉一般を噛すなばち彼等はそれぞれの経難論器系中に於いて就會政策的問

題をいかに取扱つたか.を織観したのであるが︐これによつて我々の墨び取ったところを簡略に摘録すれば次の

通むである︒一      へ

 古典優麗に通じたる経濟過程への非干渉主義の根本原則⁝は︐まつ最初は枇會め本質観から︑すなはち集合概念 ︑

としての就會概念から︑及びその上に立てられたる國家理想乃至蹴會正義の観念から採用せられ喪︵スミス︑︶︒次

いで之の原則は︐自然法期としての維濟法則の認識から︑すなはち一切の瓶會政策的干渉は維濟の本質と矛盾し  む      チ  ゆ その過程の合期性を擬蹴するといふ意義に於いて町鳶せられた.力は︐維濟を規制もし得なければ改善もし得な

い︐それはただ経濟を破壌するものであると云ふ︒かくて﹁自由放任しの根本原則は︒︐今までの肚會的正義の要

求からは猫嘉して︑よウ確固だる理論的基礎の上計うち樹てられることになった︵マルサスとリカアドヴ︶︒さう

してミルに至っては︐依然この原則は維持されようとしたけれど臨.これによって彼は途に意識的或ぴは無意識

(21)

的に1意識的にといふは彼が就會主義に近づいたこと︐無意識的にといふは彼れの﹁原理しが矛盾κ陥ったこと

一古典派の伽藍を掘がすべき破綻をみつから犯すに至ったのであるゆ  .・

 いまや學問歴史の舞藁は別派の登場を要望しつつある︒と云はうよりも︑現實の就會情勢ぽこの閥に全く︷⁝回

した︒﹁自由維濟﹂はその行くべき所に行きつきはしたが︑善人のスミスがその必然の到來を信じて邑まなかった

飛會調和の理想境へではなく︑それとは鑑反封の説會封立へであった︒この 鷹會乱立はマルサスやリカァドウが

すでに當時.その初端的形態に於いて限前に見ることは見たが︐しかも彼等の敏読と期待とを見事裏切って︐資

本の蓄積のためには敢へて自からの壁塗の犠牲を忍ばねばならなかりた筈の勢働者階級は︐年とともに反抗の意

.思と力とを増して來たゆ他方︐資本家的生産方法は自由競争と世界市場とを基礎として釜々向上的褒展を辿りは

したが︑弱肉張食の自然闘争をそのまま入汐就會に示現するが如く資本と綻欝とは幽々少撒の大費本家の手馴に

集まり︑かくて自由維濟は急速度に﹁猫占算濟﹂への鹸化を行ひはじめた︒國家は今まで欝由主義學派の信條に

從うて袖手傍槻.ただ徒らに冷々生活㊧背後に押しやられてみるに過ぎなかったが︐資本主義が猫占段階にさし

かかるや再び呼び出されて前面に現はれ︑猫型資本主義との緊密なる聯繋を現はしはじめる︒螢働者の反抗と組

織またこれに懸じて強度を加へ︐十九世紀前葉の西園諸國の就魯不安は未曾有の深刻さを示して駈る︒一霞由主

義撃茎に於ける経濟法則の本質を刺継することに於いて︑次いではとの批制にもとづき祉會政策學の樹立を行ふ         どとに於いてその學問的役割を果すべきドイツ歴史派維濟學は︑.他面また如上め説會的清勢の急攣化を背景とし

てみる︒故に我々は次の機翼に於いて愈愈き︑︐歴染霜朝現以前に於ける庭働運動及びその指導理論の諸儂系を考

察することにしよう◎

二瞬

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