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工業ギルドの發生と其の經濟的意義-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

商工経済解党 萄五令弟四戟 ︵蓑監︶

エ業ギルドの螢生寸﹂其の経済的意義

松 崎 賓 次

て工光ギルドの嚢生 1、コレギア起源説 2、不自由手工業者起源説 3、自由手工業者起坂祝 イ、商業ギかド分触説 ロ、畢猫常盤設 二、工発ギかド教生の脛滑的意義 岬 工業串ルFの蟹生 謎一 ヵンニングハム教授も言って居られる如くに、中世紀に於ける軟洲経済史の中で草業制度牽展の敗況を知らん エ梁ギルドの教姐ミ其の経済的意義 ︵三三一︶ 一 、ル.

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︵三三二︶ 二 第玉谷 第四眈 とする者の最も注意をひき、興味を喚起するものは、草業ギルドの右砿出づるものはないであらうと思ふ。私は 既にエ菜ギルドに放て本誌に於て前祝四回に亘って論透するところがあつたが、今又本牧に於て標記の題目の許 に若干述べんと企たのも、私の此の鮎に関する興味が樺々として湧き出で挺へ耗きものがあるのと、此の鮎に関 して今少し明かにして竃くことは、同時代の歓羅巴経臍史の⋮班を知る上にも幾分の利益がもたらされると考へ たからである。 詫ニ ュ菜ギルドとは如何なる組合であるかは、アッシュレ一教授の詮に従ひ、既に述べた朗であるが、記憶を新し くせんが焉めに重ねて並ぶれば、﹁エ柴ギルドとは或る共同の目的を達成せんが薦めに、同州郡市の同叫手工業に 徒事する組ペての手工発着が一国となつて組織せる組合をいふのである。﹂而して読者諸賢は韮に﹁手工巣に従事 する放べての手工発着﹂といふのは手工蓋を副菜的に、片手間的に営んで居る者を指すのではなくして、専業的 に、本務的に行って居る者を意味するものであることも、了知して屠られること∼思ふ。此の意味忙於ける手工 発着の国腔たる中≠紀のエ菜ギルドは、其の起汝を何れに求むペきや。此の問題む解決することは欧薙巴申せ紀 に於けるエ業制度を明確にする雷めに必要ごある。是を以て欧洲各国の経臍東研弊衣は古くより、之が解決に牒 大の努力を注いだのである。形茫たる太洋の尿中に難破した胎舶の断片が波間に漂ふてゐる。果してこの股は何 れの観、何れの港を何時出帆したのか。叫時は交通経済界些弟飛し、貢献したであらう朋の此の船も、風雨紋章 の犠牲となり、只僅に給腰の片鮮のみを残した丈では、其の出帆港や出帆時を知ることは容易ではない。申せ紀

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に於て或る時は商人ギルド戦ひ、叉或る時は都市雷局と除霜を寧ひ、遽に之等に打膠つて凱歌を高らかに歌つて 許三 経済界に於ては勿論、郡市の政治界に迄も活躍したエ菜ギルドもー内外の原因に依って勇姿を没して既に幾百年 其の後生の慮を探し出すことは破胎の片鱗によりて出帆港を求むるにも増して因社がある。宜なる哉、エ糞ギル ドの起源に拍する論争は昔日に多かりしが如く、今日も欄ほ、之れが焼けられてゐる有様である。左に其の論旨 を概改しやう。

−.コ レ ギ ア起源説

古くローマ時代に於て耽忙ローマ手工発着が⋮困となつて組合を組織してゐて、之が多年存在を続けてゐたこ とは何等疑ふ故地はない。此の困慣を弼してコレザアC。ニe昔と呼んでゐる。而して中世紀のエ柴ギルド虻其の瀬 を此の。−マのコレギアに聾してゐると説くものがあるのである。然しながら後にも詮くが如く、中世紀のエ柴 ギルドは手工業者が主として自分蓮の経済的利益の獲得及びその擁護の蔑めに任意約且哉動的に組結した組合で あるのに反して、ローマのコレギアは自由組合ではなくして、政府が労働者を弧別して作らした朗の強制組合であ る。それ故にコレギアにありては組合員の自由意志はコレギア組絨に雷って少しも働いてゐない。叉其の目的も両 者間一ではないのである。即ち中世紀のエ柴ギルドにありては響て論述したことがあるから鼓には詳論すること を避けるけれども、要は都市生活をなす争草業者が叫困となつて、経済的には同業者の経済生活の保護向上を固り エ琴ギルドの蟹&ミ畢の経済釣魚益 ︵三三三︶ 三

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第玉谷 痩四航

︵三三四︶ 幣㌔レ 政令的には同乗者問の相互扶助の精渾によつて革に助け合って、組合員の親睦をはかり、共存共栗の蜜を容げ、 詫四 宗教的には組合員の死亡に常りては通夜、所蒔をなし、葬儀を営む等盗的生活の融合をはかったのであるが、p −マのコレギアは、前にも述べた様に政府の強制に解りて教生した組合であるから、コレギア組織の目的ば寧ろ 政府側に求めるととが出釆ると思ふのである。即ち政府が手工業者を統制し、 稗租収入其の他政府自身の目的を蓮せんとするのが其の目的であつたと考へるのである。それ故に組合を作る方 淡からいつても、叉組合の目的から観ても、全然符合する朗がないのであるから、之等の鮎から考察しても中世 紀のエ柴ギルドがP−マのコレギアから教生したのせあるとの故には賛成することが出来ないのである。のみな らず工柴ギルドは、其の種類によりても叉図によりても、畿生の時期は必ずし牒同時ではないが、大鰐から冨へ ば十二世紀の初共に生れ、十三世紀には英・弼・俳共に主要工業郡市に普及襲達したのである。而して他方ロー マのコレギアが五世紀から十二世紀迄も其の生命を保って存在し得たといふことは信ぜられないし、之がかく長 く存在してゐたといふ史賛が奉げられて居らぬのである。それ故に此の方面から考へても、コレギアがエ菜ギル ドの起源であるとの設は受け入れ難いのであつて、今日の経済史聾者にして右の詮を奉する者は毎い皇呂つても 宜しからう㌧と思ふ・。ナッシュレ一教授も﹁ローマ時代に既にローマ囁園内に放ける手首業者が後世把於けるギル ド類似の囲鰭を釦織して居▲たことは認あられて居るけれども、それは決し、て菟にいふ工柴ギル芋でもなく、叉共 註五 の起振をなすものでもない﹂との意味を論逸して居らる∼のである℃

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2 不自由手工業者勉源顔

工業ギルドが不自由手工発着から起ったか、或は自由手工巣窟から讃したかを吟味する前に、∵中世紀の手工業 者は自由を束縛されて居た不自由労働着であつねか、或はか1る束縛を何等受くることなき市民樵を有する自由 労働者であつたかを検討することは論を進める上に必要である。 抑々荘園領主の統制の許に必要に應じて労務の塊供を強ひられ、緬税を飴儀なくされながら、市民樺をも認め られることのなかつた所の所謂隷屠の民としての手工発着が存在して居たことは、否定することは出来ない。此の 秤の手工共著は人格が完全に認められす、負拾多くして椎利の主張も充分には出釆なかったのであるから、経臍 上から見ても、法律上から見ても誠に気の毒な境遇に置かれて居たのであつた。商人ギルドを調練した自由市民 樺を有するバロの民も嘗ては領主の塵迫を受け、労働を彼に提供しなければならなかった購奴であつたこともあ る様に、後には市民と戟ひ、郡市常局を敵手として撃った自由市民樵を有する手工巣窟も℃かつては同じ境遇に 苦しみの生活を緩けて居た潜も決して少くはなかったと信する。即ち終生束縛せられたるま1語尾の手工発着と して、換言すれぽ不自由手工発着として経ってしまつた者もあつたが、叉此の束縛から脱して自由市民の仲間入 りをなして、早耳業に従要してゐたものも皆無ではないのである。然しながら、英図にありては古文書として記録 に残少、而も多くの単著陀依りて承認され一てゐる記事の中に見出される手工業者は、自由の民であつて決して領主 エ発ギ㌣ドの蓉元首其の経解約意義 ︵三三五︶ 罪

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酎㌢

第五巷 第四城

︵三三六︶ 衷 詩六 に謹厳してゐる蔑奴ではなかつたと断言することは間か言過ぎではないかと私も考へてゐる。 然らばエ柴ギルドは右丙種の手工発着の中何れから蟄生したのであらう・か。檜正や貴族の領有地に彼等の監督 を或は直接に、或は間接に受けながら手工柴に従事して居た不自由労働者が二槻の組合を作ってゐた。之が中世 紀のエ柴ギルドの起源をなしてみるのであるとの詮をなす着があるけれども、劇般的に考察すれぼ此の主張を支 持するに足るペき確謹が蓼げられてゐないのである。只礪逸及び併蔚四にありては特殊的事資としてか1るギル ドも存在してゐた棟であるが、しかも簡ほ之は例外と訂すべきものであつて、エ業ギルドの側般的吟味に於ては 不自由手工発着より、エ柴ギルドが塾生したとの詮には賛同し得ぬのである。

3 自由手工業者起源詑

以上述べた例の二訣の中後者は革界に於てもー時は認められたことはあるけれども、今日では殆んど構成なき 証 針のとなつてしまつたのである。それはギルド研究に於て世界的に有名なるゲイルダ≦daが・叫八三毒豊ハの 労作﹁申せ紀に於けるギルド制度﹂DasG云eコWeSeコぎ室te︼a寄.Haニeこ壁.を公にして、・鹿乗の諸詭を駁撃し 新詮を梯立tたからである。彼に依れぼ﹁工業ギルドは服従及び従属から後産したのではなくして、手工発着階 箕七 叔の自由から流出したのである﹂としてゐる。 八

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民階級・不自由民階級の三階級から構成されてゐたのであつて、早耳業者は大部分第三階級たる不自由民階級忙 圃して居たのである。而して彼等は、前述した綴に領主からの強制に依りて納税をなし、労務を提供しなければ ならなかったのみならず、日常生活濾勿論﹂兼務上に至る迄領主の任命せる役人の監督を受けⅥ其の命令には絶 動的に服従しなけれぼならなかったのである︹之に反して自由民階級は市民樺を弔してゐるのであるから、経済 上法律上・政治上何れの鮎から見ても不自由民階級に比すれば猫立的であり、自由であつた。商人階級は多く自 由市民権を承する商人から成立ってゐたので商柴の創設、経営の自由も認められてゐた。尤も商巣ギルドが蟹生 して以来は、ギルドの特槽に依って組合員の営むと同種の歯糞は、商人ギルドに加入しなけれぼ一定地域内では 禁止されたの株欧洲各国皆其の軌を劇つにしてゐる。而しながら、之は商人ギルドといふ一つの制度が生れ、商 柴猫占横を拉得したからのことであるから、かゝる特種を有するギルドの存在せざる以前並に此の軽のギルドの 布衣してゐない郡市にあつては、市民たる商人の営巣は全く自由に営まれたのが原則でぁる。叉か1るギルドが 哉生してからでも、組合員の絶賛してゐる商柴以外の商業には、何等制限束縛が加へられなかったのは勿論であ る。彼等は叉法律上の保護も充分受けることが出来、市政へ参興することも出来.のであつて、此等の利益を受章 することなど蛛不自由民たる手工発着など、全く不可能事匿屡してゐたのである。殊に商人ギルドが出奔、更に 之が獲展して種々の猫占槍を濫用し、郡市常局と挙って膠利を博したる以後に於ては、商人ギルドに加入せる商 人がギルドより受くる各棟の利益は甚だしく増進されたのである。 エ巣ギγドの駿東了英の脛番約意義 ︵三三七︶ 七

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第五番 第四統

︵三三八︶ 八 右の如くであるから、不自由民階級に属する手工業者は自由民たる商人に絞ペて経済上に於ては勿論、他の方 両に於ても不利益の立場に置かれてゐたのであるが、更に特樺を有する商人ギルドに加入してゐ名商人に比較す るなれ.ば、山厨不利益なる境遇に鎖されてゐたと富はなけれぼならぬのである。之に反して自由民たる手工発着 は如何といふに、不自由手工発着よりは遠かに車両なる生活をなし得たことは見易い事ではあるが、しかしなが ら、彼等も亦叫一面に於ては、自らの製作品に使用する原料品の購入をしなければならぬし、他所に於ては、製作 点を放資せねばならぬのであるから、手工発着たると同時に商人でもあつたのである。此の商的活動の方面に於 亡、同校の材料・商品を取扱ふ商人の給紙せる商人ギルドの蔑めに種々の干渉取締を受けたのであるから、之叉 商人ギルドを組織してゐる商人階級に比すれば啓発経営上、程々の不便不利が多かったことは見易き排である。 そこで手工業者は何等かの方法によつて商人ギルドの組合員と同株の特檻を獲得して\其の利益に均質したいと の爾望を生じたのは自然の趨勢とき口ぼなければならぬ。 イ 商人ギルド分離詭 眈に本誌前既に於て論じたことがある様に、後世に至っては商人ギルド封工柴ギルドの激しい闘寧、︵尤も英薗 では左程激しい闘争は爾者の問に起らなかつたが︶換言すれぼ自由民たる商人と手工業者との衝突を惹起し、相 反目してゐ牢のであるけれども、商人ギルド蟄達の初親にありては﹁商人ギルドは手工発着の加入を欺迎してみ

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認九 たのであつた。之は誠に手工業者にとつては華なことであつたのである。′何となれぼ、手工業者も只商人ギルト に加入することに依って、商人ギルドメソが享受する﹁切の特種を控毎し、之を行使することが出来たからであ る。それ故に手工発着が商人階級と伍Lて商人ギルドを組織してゐる間は、殊更に手工発着だけのギルドを作る 必要も感じなかったし、叉之を組織せんと欲しても、管魂するだけの嘗力を持ってゐなかったのである。然るに 商人ギルドが畿達するにつれて、排他主董が起り、時日の経過と共に之が敷くなつた。この時分に比最早手工業 者も人数に於て多きを加ふるに至つたのみならす、経臍的にも亦猫立性が着るしく現れて発た。而して同じ組合 員でありながら、純然たる資質を司る商人階級と、手工巣窟であり商人である自由手工業者階級との問に経済上 に於ても、牌叉、政治上に於ても利益の柏叫致せざるものが出来て釆たのである。そこで同叫ギルド内に於て、商 人階級と手工発着階級との分離作用が行はる㌧に至り、後者は先づ商人ギルドから脱退し、或は除名せられて、鼠 把手草業者のみのギルドを出現したのである。此の場合に成立したギルドは囲王から特許状を得て公認せられた ものもあるが、初めの簡はかしる特許状を輿へられざる私的組合として存在して居て、時期を待つ七或は図王よ り特許妖を貫ひ取り、或は図王と争って之を待たものもあるのである。プレンクノ教授もエ蓋ギルドは商人ギル ドから小手工発着が排斥せられた結果・、彼等が請い、苗民即ち商人階級に勤して相互保護の馬めに組織せられたの であるとの主張をなして居らる1のである。私はかゝる哉生過程をとつてゐるとの主張を商人ギルド分離詮と名 付けるのである。 エ灘ギルドの教生ミ其の踵静的意我 ︵三三九︶ 九

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田 軍狗教生説

市民横を有する手工発着の立場は、前記不自由手工発着に比すれば甚だ有利であつたことは、屡々述べた朋で

あるが、而し市民階級就中商人階級からの塵迫は可成強くなつて釆、以前には安々と商人ギルドに加入すること

が出来たのに、今や該ギルドから排斥せられて加入することが不可能となつたのみならす、螢葉上に於ても就学

が激烈に行はれる様になつた。特に商人ギルドが郡市常局を完全に征服し、国王や領手槍正などの役人を排斥

して其の監督から脱し、自治制皮をしいて、市場や営業上に警察棟進も宿する様になつてからは、手工発着に封

する塵迫は一骨加ったのである。そればかりでたく、外囲から入込んで釆た多数の手革業者が税金を排って都市

内で営業をなし得る橙利を得、彼等が開業する様になつ身ので、その地方の在来の手工来者は、彼等とも競争を

せねばならなくなつて釆たから。自然利益を阻審さる1に至つたのは雷然である。そこで内園人たる郡市の手工

業者は如何にして商人ギルド並に外国人手工共著に封祝せんかとの問題がヾ内園人手工業者の頑を悩ます重大問

題となつて雅たのである。芳し此の坂合に之等の手工業者が偶々別々になつて居て、彼等相互が敵勤し、競争し

てゐては、此の難銅を切り放け、有利に道を開拓することは出釆ぬのであるから、どうしても互に相助け相撤ま

し打って仙丸となサ、固結の意志とカとを以て内部に統制を保ち外部に封抗することが、衆を得たものと言はな

けれぼならぬのである。これ自由手工発着が革狗にエ菜ギルドを組給するに至わたる朗以である。

第五巷 弟四′班 ︵三国○︶一〇

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エ業ギルドとして最初世人の注意を惹起し、最も笛い歴史を有し、衆もエ菜界に健也なる地位を占めたのは英 図では羊毛摸布工のギルドである。之に次いで肺布エのギルドがある。十二せ紀に入りて手工柴を串発とする叫 階級が硯はれ、資族階級と不自由民階級との中間に位して、其の活動は経済上重要組せらるゝに至った。その中 で絨布エは最も聾要であり勢力もあつた。誠に商人ギルドに封して最初に反旗を爾してギルドを組織したのも織 布エの仙国であつたのである。然らば何故織布エは有力なる階級を形成するに至つたかと富へば、常時歓洲全般 に覚って織物に封する需要が非常に増加し、単に地方的市場で取引さる∼計りでなく、速く港外に迄も販路を有 する様になつてゐたから、他の製造品にくらべて織物はせ人から盈んぜられてゐたのである。斯様に市場が疎大 されるに綻ひて、之に封する需要は益々加はり、この需要に應ぜんが薦めには、多数の織布エが必要であつたか ら、自然其の数.の増加を見たのである。製品其のものが世人から翼んぜられ、之が製造に従東するものが多くな れぼ、此の梯の階級が世人の注意を呼び起こし、官も積み、.自尊心協強くなり有勢となるのは別にあやしむに足 らぬことである。それ故に紐布エは他の手工業者の首位に箪って居たのである。フランダーFlaコderでも、ブラバ ン下Br昔aコtでも、二フィン地方でも英国と同様に繚布エの勢力が強く、彼等のギルドが他種の手工業者のギルド よりも早く塾生したので偽る。之等のギルドは通例、薗王に年々椚秤して特許状を得、之によりて初めて国王か ら公認せられたこt忙なるのであつて、▼ギルドが完全に濁立する焉めには、闘重からの公認が必垂である。若し 税金を約めざるか、或は其の他の甥由で国王が公認せざる時は恨偶のギルドであるとなして、何時解散を命ぜら エ発ギルドの教生ミ其の粧蹄的意義 ︵三四〓 ︼一

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第五義 弟由痴

︵三讐一︶ 三

れるかわかちぬから、公認を得なければギルドとしては極めて基礎が薄霧であり、不安定で参る詳である。ロン

ドン織布エギル、ド、オツクスウォード織布エ・ギルドは︿ン甘−靂エ2コーy二ご8・ごuu︶より、ノッチインガム N。tt言訂ヨヨークYO−k・ハンティングド言u⊃−言計コ・サ∴/コルン﹁1コ︵○−コ・ウイγチェスクーWiコnhester等の諸都 市に於ける織布エぎルドは何れもヘンリー二嘗eコry=︵ご軍−∞3より、特許状が輿へられたのであつて、碓、つ

託山一

て此の朝鱒既に公認ギルドとなつ舟繹である。恨慣ギルドとして知られてゐるものに、ロン・ドンの鍛冶屋・鹿乾

草胡椒屋・紙物仕上工等のギルドがあるC然しながら重なことには、之等のギルドは国王から解散を命ぜらるゝ

ことなく長く存在を繹けることが出来たのであつ冤そは何故であるかといへぼ、恐らく之等のギルドは左程大

規模のものでなく、絨布エギルドの様に市良の空音ひいてゐなかつたので、自然ロンドン市民の嫉妬の的とな 註∴

らなからた馬めであらうと思はれる。而しマドックスの俸ふる朋に依れぼ、ヘンリー二世の朝に税金を約めなか

註一三 ったために侶偶のギルドとして国王の慶分を受けたものが十八の多数に及んでゐるのである。

織布エギルドと殆んど同時代品織せられ窒ルドに麺飽警ギルドがある?麺勉を焼く、に欝成技術の熟練

を要するけれども波布の技術に較ぶれぼ、至極簡革である焉めに、この仕事は久しい問家内仕事として経営きれで

ゐたのである。堪って鰯飽焼エの人数も相常多くなつたけれども、トかし織布エに此すれぼ、其の数は少なかつ

た。而して彼等の製造する麺飽は望滑費されてしまふものであり、二時に多量製造して長く貯威して置くこと

が出来ぬものであるから、経螢規模も極めて小さいのを普通とし、従つて商人階級との衝突もあまり起らなかつ

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たのである。今日に於てさへも、海豹焼場の如き、は紙物・機械・化螢的製品等の製造工場とは比較にならぬ程小規 模に経営されてゐる有様である。此の鮎から想像しても中世紀の魔独屋の経営が、如何に小規模であつたかゞ知 られるのである。それ故に商人階級の商的猫占に封しても殆んど衝突を引きおこさなかったのである。 之を要するに中世紀に於けるエ菜ギルドは白頭手工兼者が他階級からの墜迫に堪へ粂ねて、仙つには彼等に封 する反抗心から、叫つには自分達の利益凄擁護し、経済的隔利を増進せんが蔑めに任意的に細緻せられたものと なサペきである。而して其の哉生の時期は個々のギルドに就て見れぼ千差嵩別であるけれども、大鰐二般的に見 れば十二世抱から十≡世紀迄の尚に於て教生したむであると考へて大過はないと思ふ。而してエ柴ギルドが猫立 性を教拝し特樺を接待行使すか蔑めには、一定の税金を年々支沸って国王なり郡市雷局なりから公認せられるこ とは必要なことであつたけれども、必ずしも公認を得るといふこと層ギルド成立に不可快の要件とは見なくても よいと思ふ。月公認を待なければギルドの活動に不便であり、恨偶のギルドとして何時鹿討せられることがある かわからぬといふ危険にさらされて屠るに過ぎぬのである。而して草葉ギルドとして活動を始めたのは英国喝逸 は勿論共他の諸国に於ても織布エギルドを以て最古のものとしてよいのである。 証一︹uココiコgha∃●G∂W≡OfEn隻sh︻コdus古aコd COヨヨerCe﹀Ear肯and宴dd一eコ笥功●P・Uuの■ 謡こ 商工経済研究第四谷第三粥 拙稿 工業ギかざ︵こ‘玉七寅 堅二 耐工脛麿研究斧正金罪︳渋 拙稿 工幾ギか下︵三︶ 五 工琴ギルドの襲微 三六J闇玉音 工梁ギんドの滋鉱ミ其の経済的意義 ︵三︼三︶一三

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〓エ袈串肺肝蟹生の億漕的意轟

眉由宇工業者が祀禽構成の山階放として、上峰費族階級に、下は不自由民階級に封立し得る様になつたといふこ

第五讐 弟四班

︵ニ二四︶一四 註四 群Lくは商工脛泳研究第理容第印紙 拙稿 ギルド︵二︶ 三、エ発ギルドの目的 三二−三入貢な参照されもL 詫五 冴h訂y−E︵○コ○ヨ芥〓藍○ぷaコd TheOry−く01.こL P.∃. 尚ほ此の鮎に就てはPa百aくeS︸ロ⋮∩〓○コa−yO巾PO≡ica−EcOコ○ヨy、くOrこ.P.怠り参照 証六 訝h訂y●詳id■P・・讃● 鈷七 WildタG云eコWeSeコiヨヨ三e訂きer、S.uOu.

Breコ︷aコOu Oコ叶he〓家Oryaコdロeくe訂pヨeコt OfG〓ds︶PりCxiく.

諸八 Brentaコ○こTid.P●︹xiく 以下 詣九 商工経済研究欝玉食撃二兢 拙稿 商人ギ∴〝ドニー工発ギルドミ¢衝突 註鵬O POi也raVeS−D室○コaryO︻PO≡icalEcOコ○ヨy−く○ニ●P︰慕鱒 謎︼一Wニdg芹鼓.S.u︼チ Breコーaコ0﹀ib昆●PいnXく㌻ 註一こ 訝h訂yこb芦PP●∞丁00N. 認一三 3a旨xV H荘OryO︻Exch.<Or1.PP.U呂・U望. Breコ訂コ○−山bid.P.︹xざ

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とは、之を掟臍的に見て甚だ深い意味を滅すると思ふのである。特に之等自由手工発着が囲結してエ業ギルドを

組赦するに至つて一厨其の意味が深くなつたと考へ′るのである。何となれぼエ葉ギルトの出現以前にありてはエ

製品は領主や修正に隷廃せる不自由手工発着と、農民や商人並に其の家族が副菜的工生産に従事してゐたのと、各

朗に散在し、相互の聞に何等藤二的闘連を有せざる眉由争工発着とが、何れも孤立の状態にあつて僅かに祀倉の

需資するエ製品に封して供給をなしてゐた陀過ぎぬのである。之等のエ生産物を以て散骨の人々が不自由を感じ

なかつたのは、未だ人口も少く、文化の程度も低くしてエ産物に封する需要が大いに起らなかった薦めである。

然るに十二三世紀に入りてよりは人口も漸次増加し、交通粧臍の哉展につれて郡市も興り、文化生活が向上してく

ると故早や従架の様に主として農産物丈では欲望を満足せしめることは出来なくなるから、エ産物への需要も殖

えて来るのは雷然である。かべの如くなればエ産物の生産に専心従事する者を要するのも亦自明のことである。

之れ中世紀に於ける専業的手工発着が教生し、其の汲も年と共に増加し、遮に敢愈的に一階級をなせる所以であ

る。韮に於て、従来の主要産発たる農業と是に次ぐ商業に封立するエ葉が生れた葦である。従来とてもエ発が全

然なかつたといふのではないけれども、農業や商業と封宣する意味に於ては工菜はなかつたのである。妹に自由

手工発着が、或は郡市雷局や商人階級などに塵迫せられ、其の苦境から脱せんとして、エ菜ギルトを組放し、遮

に其の何れをも征服して、経臍的、政治的に盛に満動する様になつてからは、エ巣の重要性は愈々加ったのであ

って、之れは欧州産柴草達史上注目に値す畠と信するのである。

エ光ギル下り密生ミ其の経済的意義 ︵三一玉︶一五 滴

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第五巻 第四窮

︵三〓ハ︶一天

次に専柴草草葉者によりて組織せられたエ柴ギルドの牽生は、之をエ菜牽展の過程から見れば、家内仕事時代

から手工業時代に移つ空−とを示すのであり、エ柴制度の上から見れぼ、家内仕専制虚が破れて手工業制度が生

れ、次に乗るペき家内工業制度へめ遽移の準備となつたのである。十八世紀の末葉から十九惟紀にかけて英固を

中心として歓洲各組に起った産業革命の如き、叉最近欧洲大戦の結果戊たらされた欧米各囲並に日本に於ける農

工業に於ける大欒化︵稲してせ界産業轟命と富へやう︶の如きは、革命と呼ばれる丈に、短日月の閣に■産業制度や 組織の上に驚異すべき大野化が起ったのである、ガれども、か1る事例は世界経済史を播ぺ老の容易に蔑見し得ざ

る魔であつて、産柴制度の欒迩推移は徐々として行はれるのが普通である。細別度が破れて新制度之に代り、更

に新しき制度が生れて第二の制度に代位する。而も此の問に多年の歳月が流れ急難∵の剃瘡と第二の制度との問、

第三の制度と弟主の制度との問には革命的大欒化は起らぬのが普通で偽る。家内仕事制度が破れて乎草業制度が

起り、更に家内工菜制度が硯はれて、前者を介し、遮に現代のエ傷工菜制度に至つたのである。而して新制度か

ら見れば肯き制度は力弱き牒のであり、.経済的重安性は粟はれてゐる。然しながら革命的欒化の起ちざる眼力、 省き制度は新しき制度を生み出す位牌となり、哉生.の誘因となる。此の意味に於て古き制度の豊婁性は決して失

はれては居らぬのである。エ菜ギルドの牽生は、軍にそが家内仕軍制慶を依つて手工菜制度を産み出し、之身哉 達せしめたる鮎に於て痙臍的重要性をもつ虻同時に、之が更に家内工業制定後生の土姦となり、力となつ育とい

ふ鮎に於て叉重資性を保薄するのである。

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更にエ菜ギルドの教生を別の方面から観察したい。エ菜ギルトの叢生以前にあつては、手工業者は資本らしい 資本はなかったのであるっ只僅かに生産造兵と製作材料購入に要する小額の資本位しか持ってゐなかったのであ る之等の道具や材料購入費さへも朗有せすして、エ生産に従事するものも決して僅少ではなかった有様である。只 貫にエ生産に自己の労働を提供して、其の報酬を受けて生活を績けるといふ憐むペ翠囁遇に置かれてゐた手工共 著さへあつたのである。然るに自由手工業者が現れて工尭ギルドを組織するに至りて彼等の資本摘係は以前とは 段々攣って釆たのである。彼等は離合員としてギルドの費用を負塘した。叉囲‡や郡市に﹂定の税金を約めた。 しかしながら最早や領主や修正、国王などから租税や労働の弧制約提供からは解放されたのである。ギルドの保 証一 護に依って彼等の啓発は柴え資本は増したのである。既に論じたことのある様にギルドは組合員の共存共柴を園 り、粧臍上の目的を達成せんが蔑めに、組合員の事業費金額を制臨したるのみならす、労働の制限等をもなして、自 由競寧による卓越者の出でぬ策を講じたので、多額の資本を擁する者をして、事業経営上に、其の多くを使用す る飴地をなからしめたから、経済的に非常に優れたる地位を占める者の聾出を得ざらしめたけれども、之が馬め 打雑念員金牌としては業務が蟄展し.、資金の蓄積を見るに至つたのである。勿論現代工柴に於ける様な資本主義 的経常とは比較にならぬ程小規模な経営であり、資本額も小額であつたに違ひないけれども、而も備ほ前時代に 比すれぼ経営費金が非常に増加⊥たのである。此の鑑螢資金の増加といふことがエ業経営上如何に重要なる意味 を窮するかは詳論する進もない寄であらう。 ‡発ギ〃ドの教生ミ其の経済約意義 芸一一七︶ ︼七

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第玉谷 弟四兢

︵三一入︶一入 叉ギルド牽生以前にありては生産品に封する品買検査が行はれて屈なかったので、製品の不統一であつたのは 勿論、不iE品、不良品が多く、叉分畳の不足、等の不正版繋が行はれ、時には不常なる高低を以て品物が放資さ るゝことなどもあつて、消費者側から見れば、不利益を蒙る場合が多つたけれども、ギルドが蔑生してからは之 等に封する取締が厳重に行はれたので、優良なる製品が責E常なる慣格で飯野さる1様になつた。か1る政鷺宮ギ ルドが探ったことはギルドが隆盛を招致ずる矯めに必要であつたと同時に、一般消費者の経済生活の上にどれ程 有益であつたかわからな示のである。 葡ほ最後に考察せねばならぬことは、工柴ギルドが郡市及び産菜界忙如何かる影響を及ぼしたかといふ己とで 許こ ぁるけれども、此の翫に就ては皆て論述したととがあるから、裁には金部省署するこ七ゝする。 註一両エぽ拶研究第四谷第四懐 紙稿 工染ギルド︵二︶ I経絡上の目的連ばの方法三九−四六裏 話こ 河上第五螢第一兢 拙稿 工業ギかざ︵三︶.六、工発ギルドの都市及び産発界に及ばしたろ影響 ︵昭和五年九月二†日稿︶

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参照

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