育思想と実践に基づいて
Author(s)
西尾, 敦史
Citation
教職実践研究(1): 21-30
Issue Date
2011-03
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/21747
Rights
沖縄大学教職支援センター
教職実践研究 (2010 年) 第 1 巻,pp. 21 - 30 原著論文
課題提起型ワークショップ試論
-パウロ・フレイレの教育思想と実践に基づいて-
西 尾 敦 史
渉
** 沖縄大学人文学部福祉文化学科A Essays on a problem-posing workshop:
Based on Paulo Freire’s pedagogical ideals and practices
Atsushi NISHIO
(Faculty of Humanites, Okinawa University)今日,学習のスタイルが変化をしてきており,「参加型学習」「ワークショップ」スタイルの学習が多様な領域で 行われてきている。こうしたワークショップ実践の意義を確認し,その原点と考えられるパウロ・フレイレの識字 教育の思想と実践を基本に,参加者,生徒の経験から出発し,現実社会を生き生きと捉え,意識化することにより, 主体者としての行動や社会変革への契機となるような学習の場の構築について考察する。具体的には,アメリカ合 衆国の ESL 教育におけるフレイレスタイルの学習をモデルとし,課題提起型教育実践と一般的なワークショップの プロセスを比較しながら,「対話」の過程を重視し,現実社会での「行動」につなげる一連のプロセスを「課題提起 型ワークショップ」として提起する。 キーワード:パウロ・フレイレ,コード,総合的な学習の時間,ファシリテーター,参加的調査戦略
Because learning styles have changed in recent years, participatory learning and workshops are now practiced in various fields. The purpose of this study is to consider learning plans that enable participants to develop a consciousness and intensify their structural understanding of societies and have the power to transform reality based on Paulo Freire’s pedagogical theory.
We have learned much about Freire’s style of learning procedures for ESL (English as Second Language)education in the U.S. and have compared Freire’s style with the general workshop style. Based on our results, we propose a “problem-posing workshop” that enables participants to acquire the ability to creatively and subjectively think and act through the process of dialogue.
Key Words: Paulo Freire, code, comprehensive learning, facilitator, participatory research strategy
はじめに 教育あるいは学習のスタイルが変化してきて いる。社会・政治・経済・文化の急速な変化がそ の背景にあることは疑いがない。子どものもつ自 ら学び自ら考える力などの全人的な生きる力の 育成をめざし,2000 年度から段階的に学校教育に 導入された「総合的な学習の時間」はその変化の 端的な現れであろう。 この「総合的な学習の時間」の中で取り入れら れ,また幅広い領域において普及してきているの が「参加型学習」あるいは「ワークショップ」と 呼ばれる方法ないし学習スタイル(本稿において は,「ワークショップ」と表記する)である。 ワークショップが活用される分野は,環境教育, 人権教育,国際理解教育,健康教育,大学教育, FD,福祉教育,ボランティア学習,市民活動・
課題提起型ワークショップ試論 NPO,まちづくり,都市計画,企業内教育,職業 訓練,演劇,レクリエーションなど多岐にわたっ ている。 こうしたワークショップの進展の背景には,講 義形式による学校教育や社会教育のある種の行 き詰まりの中で,人権教育,環境教育,国際理解 教育などの領域において,民間団体がイニシアチ ブをとる形で進展してきた。こうした分野は 1998 年の特定非営利活動促進法(通称 NPO 法)で示 された非営利活動の領域とも,また 1999 年に改 訂された学習指導要領で示された「総合的な学習 の時間」の例示(福祉・健康,情報,環境,国際 理解)に見られる現代社会の課題と重なり合う。 さらには都市マスタープランや地域福祉計画に 代表される住民参加・参画を重視する行政計画の 過程の中で積極的に取り入れられてきたことか ら大きく進展してきたと言える1)。 しかし,こうしたワークショップの進展・普及 の中で,それが方法論だけに傾斜し,本来の目的 を見失っている,地域社会やまちづくり場面にお いては形式的,表面的な「参加」のアリバイづく りのための手法に終わってしまっている,教育・ 学習場面においては,ただ参加体験型で,ゴッコ 遊び,楽しいゲームとして終始し,深刻で現実的 な問題を回避する手法となってしまっているな どの批判も少なくない。 そこで本稿では,今日の日本におけるワークシ ョップ実践の意義を再確認し,ワークショップに 対する批判に応答する形で,参加者,生徒の経験 から出発し,現実社会を生き生きと捉え,意識化 することにより,主体者としての行動や社会変革 への契機となるようなワークショップの実践方 法を,一般的なワークショップとは区別する形で 提示することを目的としている。 その方法として,ワークショップの歴史的系譜 の中で,広範な影響を与えてきた原点とも言える パウロ・フレイレの識字教育の思想と実践にまず 立ち返ってみたい。つぎに,フレイレの実践を継 承する,アメリカ合衆国において英語を第二外国 語として学ぶ ESL(English as Second Language) における課題提起型学習を一つのモデルとして 取り上げ,課題提起教育実践と一般的なワークシ ョップのプロセスとを重ねあわせ,比較検討し, その違いに焦点をあててみたい。それらの方法に より,「対話」の過程を重視し,現実社会での「行 動」につなげられる一連の主体的な学習プロセス を「課題提起型ワークショップ」として提起する こととしたい。 Ⅰ パウロ・フレイレの識字教育の思想と実践 ワークショップの歴史的な系譜には,さまざま な流れがある。 高田研の「ワークショップの歴史的見取り図」 によれば,①エンカウンターグループワーク等の 心理学的な流れ,②社会産業構造の変化の中で, 学校が子どもと現実の社会をつなぐ場となるこ とを目指した「協同作業」の実践を行った J. デュ ーイの教育哲学に影響を受けた都市開発,まちづ くりの系譜,そして,③P. フレイレの識字教育の 流れなどが,日本の今日のワークショップに影響 を与えた流れとして紹介されている2)。 また,ジョン・デューイ(John Dewey)のプラ グマティズムの流れをくむ,イギリスの NGO「ワ ールド・スタディーズ」の実践が開発教育を中心 として日本に大きな影響を与えている。「ワール ド・スタディーズ」が生れた背景には,子どもた ちに南北の格差,南の国の貧困を直接教えようと する際に,子どもたちが問題に目を向けることを 回避したり,学んだために逆に絶望してしまった, という教師たちの経験がある。こうした経験がも とになって,問題を自らのものととらえ,解決に 積極的に行動する主体の育成が教育の大きな課 題となり,学習者の関心を高め,経験と結びつい た理解を促す手法として「ワークショップ」が導 入されてきたといえる3)。 ここでは,日本においてはあまり紹介されてこ なかった③の P. フレイレの識字教育の実践から ワークショップの原点に立ち返り,その意義を確 認しておきたい。 1.フレイレの識字教育の方法 パウロ・フレイレ( Paulo Freire 1921-1997 )は, ブラジルの教育学者で 1921 年,ブラジル北東部 ペルナンブコ州に生まれる。貧しい農村の農民に, 自分たちの境遇を考え,自分の暮らし,生活を変
教職実践研究,2010,1,21 - 30 西尾 えていく力として,言葉の読み書きを教える識字 教育に取り組み,成功を収める。 フレイレの識字教育実践は,「文化サークル」 (culture circles) 運動と呼ばれる4)。その学習プロ セスは以下のとおりである。 1)第 1 段階 聞く(調査する) まず,コーディネーター(教師ではない)のチ ームが地域に入り,住民とのなにげない会話のや りとりから,生活と労働の状況を表す言葉を集め る。 つぎに,それらの言葉の中から音節が豊かで, 日常経験から切り離せない,感情に訴え,議論を 引き起こすような言葉を「生成語」(generative word)として抽出する。その生成語は 16 から 17 語のリストに並べられる。 レシフェ市における文化サークルの場合,生成 語は,「レンガ」「投票」「病気」「泉」「機械」「雇 用」「砂糖工場」「沼地」「土地」「鍬」「階級」な どで,はじめは発声がしやすく,具体的な内容を 表す言葉から始まり,終わりの方には,難しい音 節で社会的・政治的現実をより抽象化した言葉に なるように配置される。 そして,人びとが集まれる教会や学校などの場 所が設定され,20 人~30 人の定期的な集まり(週 1 回夜 1 時間程度)が開かれる。 そこで,「生成語」が表している具体的な状況, 人が働いている典型的な日常生活場面を(自然と 文化,人間と動物が対比されるような)描写した 絵や写真がスライドとして壁に表示される。これ は劇形式になる場合もある。これを「コード化」 (codification)と呼ぶ。 コードは参加者と現実の状況との媒介的な役 割を果たすもので,そこに解答は決して含まない。 このようにいったん絵や写真によって表現され たコードは,現実そのものではなく,距離を置い て現実を省察するための対象となるのである。 2)第 2 段階 対話する つぎに住民はコーディネーターとともに,コー ドを媒介としながら対話と討論を行う。最初は 「この絵の中に何が見えますか」というような簡 単な質問からはじめる。そして,次に自然と文化 との違いに向けた質問を重ねていく。「誰が井戸 を作ったのですか」「なんのために作ったのです か」「どんな材料が使われたのですか」…。さら に「誰が木を植えたのですか」「井戸と木はどの ように違うのですか」「誰が家と鍬と本をつくり ましたか」…。 次第に対話は人びとが自然の材料を使い環境 を変えること,つまり文化をつくることに導かれ, 自分たちの言葉で自分たちの生活状況を読み解 いていく。 3)第 3 段階 文字の習得 最終段階で,識字教室へと展開し,人びとは文 字を獲得することと,現実世界を読み解くことを 同時に体験していく5)。 2.P. フレイレの思想 フレイレは,識字教育において採用する言葉は, 人びとの日常生活に密接に関係しているもので なければならない,また,その教育は共同体とい う現実の状況のなかで行われなければならない と考えた。つまり,人びとの現実世界,その経験, 経験から知っていることからまず出発するので ある。フレイレの教育思想には,「コンテクスト (context,現実社会の脈絡,状況)にまさるテキ スト(text,教材)はない」という考え方が根底 にある6)。そして,人びとの日常生活をコード化 し,コードを媒介とすることによって,以前から 知ってはいたが,漠然としてしか把握されていな かった現実社会の意味が獲得されはじめるのだ が,これをフレイレは「意識化」(conscientization) と呼んでいるのである。 そこでのコーディネーター(ファシリテータ ー)の任務は,住民との対等な関係の中で,最初 は人びとから与えられたテーマを,講義としてで はなく,課題として再提出する(re-present)こと であり,再提出された「自然と文化」というよう な,現実社会の根っこに構造的に横たわるテーマ のことをフレイレは「生成テーマ」(generative themes)と呼んでいる。こうした,言葉を通して 現実を見つめるプロセスが人びとの学習意欲を 呼び起こし,自らの置かれている現実状況を批判 的に意識化するようになることが,人びとが学ぼ うとする動機の根幹であり,こうした「対話」を 通して現実社会(context)の抑圧状況について距
課題提起型ワークショップ試論 離を置いて分析し,参加者である住民が主体者な って,変革や解放をめざすところにフレイレの思 想の根本がある。 「対話」を重視するのは,現実社会の抑圧状況 は,反対話的行動から作られており,人びとが持 っている文化,価値観,潜在的な可能性等を否定 し,つながりを断ち切ることで成立しているから であり,そのような抑圧的な現実の中で,人びと が現実を,神の意志として,ただ運命的に受け入 れるしかないとあきらめている受動的な状態を フレイレは「沈黙の文化」(silent culture)と呼び, 住民がその受け身の状態から脱し,自らの歴史と 文化の作り手(主体)になる道筋・方法を識字教 育の実践をとおして示したのである。 こうした人びとの「意識化」を目指す対話的な 教育の方法を,フレイレは従来の固定的な「銀行 型教育」(banking education)と対比させ,「課題提 起教育」(problem-posing education)と呼んでいる。 「銀行型教育」における教師の仕事は一方的に 語りかける内容で生徒を満たすことであり,生徒 は容器,つまり教師によって満たされるべき入れ 物である状態,つまり生徒が金庫で教師が預金者 である預金行為となっているような教育形態を 意味している。一方,「課題提起教育」における 教師は,生徒に考えるための材料を与え,生徒が 発表する,そして彼らの考えを聞きながら自分の 以前の考えを検討する。世界(社会)は,静止し た現実としてではなく,変化しつつある過程とし ての現実としてとらえられる。フレイレは,銀行 型教育は生徒を援助の対象とするが,課題提起教 育は彼らを批判的思考者にするとしている7)。 今から 40 年以上前の考察ではあるが,この対 比は今日の「教育」と「学習」という言葉のもつ 学習主体についての対立的な意味を本質的に捉 えていると言えるかもしれない。 Ⅱ 課題提起型 ESL の方法論 1.課題提起型 ESL さて,フレイレの識字教育を第二言語学習に応 用した,米国の課題提起型 ESL の実践を紹介した い。この実践の代表的な論者は,ニーナ・ウォラ ーシュタイン(Nina Wallerstein)である。 彼女は,1973 年カリフォルニア州サンノゼのス ペイン語圏の人びとの地域教育プロジェクトに 参加し,移民・マイノリティの人びとが,低賃金 労働に従事している現実を目の当たりにする。コ ミュニティオーガナイザーとして,地域に入り, 多くの人びとが差別や言語をはじめとした困難 に直面し,幻滅や挫折を経験しており,経済的, 文化的,言語的な差別によって英語ができないの は自分のせいだという感情,異文化への対応に否 定的,文化的葛藤などを抱いている,複雑で,困 難な状況を見出すのである。 そこで彼女は,フレイレの課題提起アプローチ が成人の ESL クラスにも有効な方法であると考 え,ESL 学習者の生活上の困難さ,傷つきやすさ (vulnerability),自文化を保持しつつ英語を学習 する葛藤を取り上げ,カリキュラム化された教材 を通じて価値を再定義し,自分の生活を支配する 力をつけさせる方法の実践を行った8)。 ウォラーシュタインは,フレイレのアプローチ を 3 つの段階に区別する,課題提起の具体的な実 践事例を紹介している。 2.課題提起教育の具体的プロセス 基本的な前提は,生徒/教師の関係が上下の関 係における,教え,教えられる関係ではなく,と もに学習をすすめる共同学習者(co-learner)であ る点である。 そして,この課題提起教育のプロセスは,次の 3 つのステップによって構成される。 ①聞くこと(listening)- コミュニティの参加 者の課題や生成テーマを調べること ②対話すること(Dialogue)- 意識化に向け てコード化された課題を議論すること ③行動すること(Action)- 参加者が思い描 く変革を戦略化し行動すること この ような 過程 におい て , それぞ れの 段階 (phase)の学習を以下のように展開する。 1)第 1 段階 聞くこと(listening) まず,日常生活の中から素材(言葉)を集め, 隠れた声(hidden voice)を聞く段階である。教室 においては,まず休み時間などを利用して,家族 についてたずねてみる。 ただし,「どこに住んでいるの?」という不用
教職実践研究,2010,1,21 - 30 西尾 意な質問はパニックを引き起こす可能性がある。 不法就労の取り締まり等におびえている場合が あるからである。否定的な感情や隠れた声は,学 習にとっては大きな障壁となる。これを取り除き, 声を聴くためには,一方的な「ニーズアセスメン ト」ではなく,参加者との協働作業で,彼らが一 緒に働いている人びとにインタビューするなど, 参加者自身によっても行われるべきである。こう し た 手 法 を 「 参 加 的 調 査 戦 略 」( participatory research strategy)という。この声を集める段階で は,参加者の表明しにくい感情や隠れた声をひき だすことを重視するのである。 仕事場にカメラを持ち込んで,記録することも 行う。また,仕事の環境から,よく使っている道 具などを教室に持ってくることも効果的である。 こうした参加者による独自の素材は,日常に対す る新しい見方を提供するコードにもなりうる。 2)第 2 段階 対話すること(Dialogue) (1)コード化(cordification) 第 1 段階の調査によって特定された問題は,感 情的であったり,構造的であったり,生活を直接 的に脅かす重荷となる問題でもあり,すぐに解決 できる問題ではないことが多い。そこで,「コー ド」(code)を活用する。 コードは参加者の日常経験と社会の現実とを 媒介し,議論を深め「意識化」する重要なツール である。それは参加者の現実(問題状況)を表現 している絵,写真,スキット,寸劇,コラージュ, 歌など具体的なものであり,感情を動かし多様な 側面と矛盾を含んでいるものの,決して解答は含 まないオープンエンドのものである。コンフリク トや深刻な問題を個人的になりすぎないように 代表する素材であり,教材である。最初はコーデ ィネーターが,後には参加者の学習過程の中で発 展させていく。 (2)5 ステップの質問戦略 対話の過程は,現実状況の中から見出され,コ ード化されたテーマを参加者との相互のやりと りを通して,つぎの5つのステップにより発展さ せることができる。 第1ステップ:何を見ているか言い表す 「コードの中に何が見える?」コードの中に見 たものを記述し,名づける。 「労働者には,どんな健康問題がある?」「健 康や安全の調査官はだれか?」など。 第2ステップ:問題を明確にする 「コードの中には何が起きている?」「感じ方 の違いがあるか?」など,問題を定義する。「そ れぞれの人はコードの中でどう感じているか?」 しばしば問題の核心を突く。「健康レポートにつ いてはどう感じるか?」など。 第3ステップ:同じような経験をシェア(共有) する 「このような問題を経験したことがあるか?」 「経験したことのある人が身近にいるか?」経験 をシェアする(分かち合う)ことができると,孤 立感が小さくなり,その課題を自分自身のもの, わたしたちの問題と意識することができる。 第4ステップ:なぜ問題があるのか質問する 「なぜ問題があると感じるのか?」「誰が利益 を得ているのか?」 彼/彼女たちの個人的な経験や物語をより大 きな社会経済的,文化的,政治的コンテクスト(現 実社会)の中に導く。このステップにおいて生徒 は自身の意見の一般化を行う。 「この問題から誰が利益を得て,誰が失ってい るのだろう?」「なぜ,レポートは何も問題がな いと言っているのだろう?」 このように,根本原因(root cause)を追求する 連続した質問スキルが「しかし,なぜ?(But Why)戦略」である。これは,問題状況から始め, 原因を次々に質問し,より深く,また異なる理由 を引き出す。例えば,頭痛のする学生に対しては 次のような質問を繰り返し行っていく。 「なぜ,頭痛がするの?」と質問すると,「仕事 をしすぎるから」と答える。 「しかし,なぜ?仕事しすぎるの?」「他の部門 に昇進したいの?」と質問する。 「しかし,なぜ?昇進したいの?」に対して,「家 族のためにお金がほしい」との答え。 「しかし,なぜ?十分なお金が入らないの?」, 「最低の賃金しか得ていないから。家族も多い。」 などなど。 このように根本的な原因は文化,社会経済,政
課題提起型ワークショップ試論 治,歴史的に多様な側面をもっているので,時に はそれは分割し,チャートにして検討することが ある。 第5ステップ:問題への取り組みには何ができる か戦略化する 解決への戦略について議論する。 「わたしたちには何ができるか?」など,小さ な行動案を出し合い,シェアする。 「労働者は何をすべきか?」「わたしたちは健 康問題を知る権利があるか?」「彼らは誰に話す べきか?」「過去にあなたは何をしたか?」など がテーマとなる。 3)第 3 段階 行動 最後のステージは,積極的な行動へと導くため の段階であり,行動は学習の本質である。それは 対話を通して省察の結果として生まれてくるも ので,この現実社会の分析と省察,そして共同で の 行動 との往 復運 動がフ レイ レがプ ラク シス (praxis 実践)と呼ぶものの本質である。 教室において生徒は安全な環境にいる。英語に つまずきながらも,コミュニケーションすること ができる。教室における生徒の行動は対話を通し た,助け合う関係を構築することで起動する。ま た,グループワークは教室と社会との間をつなぐ かけ橋になりうる。 何らかの,行動に向けた小さな可能性を生む方 法の一つはブレーンストーミングである。その際, 次のキーワードを黒板に書き出す。 「問題」,「変革へのバリア」,「より大きなビジ ョン」,「すぐにできる計画」の 4 つである。教室 の生徒は,このキーワードをとおして発想したア イディアから,問題を探究し,行動への小さなス テップを試みることができる。教室外の行動は多 様であり,仕事場の同僚へのインタビュー,問題 を取り除く法的な権利に関するリソース機関へ のインタビュー,ロビー活動やコミュニティ組織 化等もあり,英語クラスを継続するための財政援 助を要求する運動も含まれる。 生徒は起こした行動の経験から学び,人びとが 効果的に政治システムと関係し合い,現実を変革 していくことを学ぶ。このようなプロセスを辿る とき,たとえ行動が失敗に終わっても,新しい知 識と別の戦略を試みる展望を獲得することがで きるのである。 4)評価 課題提起型教育の評価は多様な側面からのア プローチを要求する。 それは,課題提起教育のカリキュラムは学生の 課題の進化によって常に変化するためである。教 師はあらかじめ決められた目標の達成を図るこ とが必ずしもできるわけではない。予期された, あるいは予期されない変化の両方を評価するこ とが必要にある。したがって,課題提起教育の評 価はエンパワメントの道具にもなりうるのであ る9)。 Ⅲ 日本における課題提起型ワークショップ 1.一般的なワークショップのプロセス さてここからは,日本において一般的に行われ ているワークショップのプロセスと,ESL に応用 された課題提起教育のそれとを比較・検討し,そ の違いに焦点をあてることによって,課題提起型 ワークショップの方法論のデッサンを試みるこ ととしたい。 ここでの「ワークショップ」という言葉は,も ともと「工房」,作業場を意味する言葉であるが, 今日においては共同で何かを創り出す作業その ものも指し示すようになり,一般的には参加者自 らが主体的に参加し,頭だけでなく身体を動かし 体験し,そして参加者同士が相互作用の中で学び を深めあう「参加体験型グループ学習」を広く指 す言葉として使われるようになってきている。ワ ークショップの場には,子どもや高齢者,女性を 含めた価値観の異なる住民が気軽に参加でき,自 由にアイディアを出し合い,創造性が発揮される ような工夫があり,参加者の協働,相互理解や合 意形成に重点が置かれるのであり,さまざまな価 値観を持つ個人が,知識や経験の有無に関係なく, 対等で相互のコミュニケーションを大切にしな がら,楽しい雰囲気の中でより生産的な結果を生 み出そうとする共同作業と考えられている。そし て,ワークショップには,「参加」,「多様性」,「体 験」,「共同」が重要なエッセンスとして位置づけ られているのである10)。
教職実践研究,2010,1,21 - 30 西尾 一般的なワークショップには,「導入」「展開」 「シェアリング」のプロセス構造が見られる。ま た,住民(まちづくり)ワークショップなどの場 合,「展開」においては,さらに①基礎情報の共 有化,②課題の提起,検討,③グループワーク(ブ レーンストーミング,KJ 法など)などの過程が含 まれる。 そこで,このような一般的なワークショップの プロセスと,課題提起型の手法と重ね,その対応 関係を,図解すると図 1 になる。 一 般 的 な ワ ー ク シ ョ ッ プ 課 題 提 起 型 教 育 プ ロ グ ラ ム の 入 口 と し て 、 緊 張 を と き ほ ぐ し 、 参 加 者 同 志 が 心 を 開 い て 、 お 互 い に 率 直 な 意 見 を 出 し 合 え る よ う な 開 か れ た 雰 囲 気 を つ く る 。 参 加 者 を テ ー マ に ひ き つ け 、 共 同 の 体 験 に 導 く 。 ま ち づ く り ワ ー ク シ ョ ッ プ な ど で は 、 ブ レ ー ン ス ト ー ミ ン グ 、 K J 法 な ど の 手 法 を 使 っ て 、 グ ル ー プ に 分 か れ て 提 案 や ア イ デ ア な ど を 作 り 上 げ る 過 程 。 ( グ ル ー プ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン ) 異 な る 経 験 や 知 識 を 相 互 に 学 び あ い 、 課 題 に つ い て 相 互 触 発 に よ っ て 新 た な 発 見 や ア イ デ ア が 生 み 出 さ れ た り 、 集 団 創 造 性 が 発 揮 さ れ る 部 分 。 調 査 参 加 型 調 査 戦 略 生 成 語 を 集 め る (1)何 を見 ているか言 い表 す (2)問 題 を明 確 にする (3)同 じような経 験 をシェアする (4)なぜ問 題 があるのか質 問 する ( 5 ) 問 題 へ の 取 り 組 み に は 何 が で きるか戦 略 化 する 自 分 の 体 験 を 「 ふ り か え る 」 時 間 と 、 み ん な で 「 わ か ち あ う 」 時 間 を ゆ っ た り と と れ る 構 成 と す る 。 「 気 づ き 」 や 「 学 び 」 が 参 加 者 の な か に 定 着 す る こ と を 助 け ま す 。 導 入 展 開 シェアリング 展 開 行 動 聴 く 対 話 す る 生 成 テ ー マ ブレーン ストーミング K J 法 コ ー ド 化 質 問 戦 略 図1 一般的なワークショップと課題提起型教育 のプロセス比較 ブレーンストーミングによって参加者の頭の 中にある考えや概念を自由に出し合うプロセス は,課題提起型では,声を聴く調査段階に相当す る。また,多様に出されたアイディアや意見をK J法により問題や課題を整理するという方法は, 生成語を見出し,リスト化し,それが表現する現 実(context)をコード化し,さらに対話を重ね, 深めながら「生成テーマ」を見出していく過程に 重ね合わせることが可能である。 2.プロセスの比較検討 ワークショップの二通りのプロセスを比較し てみると,一つには全体の展開過程の違いが見出 される。つまり,一般的ワークショップにおける 「導入」部分が課題提起教育には欠けている一方, 一般的ワークショップには,課題提起教育におけ る「行動」に対応するプロセスが不在となってい る。もう一つの違いは,「展開」段階における対 話の質,活動内容の違いである。 1 点目のプロセス全体の相違は,ワークショッ プの設定や性格の違いに起因していると考えら れる。すなわち,一般的なワークショップでは 1 回だけの,あるいは数回にわたる企画として参加 者を募集して行われる場合が多い。したがって, 導入部分において,「アイスブレイク」に代表さ れるような参加者が相互にコミュニケートでき るようにする活動段階の設定の必要があるため であり,課題提起教育においては,すでに同じク ラスや同じコミュニティの住民であることを前 提に出発することでその必要がないためである。 「展開」過程における質の違いについては,① ファシリテーターと参加者との「対話」が意識さ れているかどうか,②対話が促進されるための, また現実社会を客観化し意識化するための素材 としてのコードの存在,③また対話(質問戦略) によって意識化された構造的な状況といったも のが「生成テーマ」として深められる過程が取り 入れられているか,が大きな相違点となっている。 ブレーンストーミングにしても KJ 法にしてもあ らかじめ答えが用意されていない点ではコード 化の意図と同様オープンエンドなものである。し たがって,そこには参加者の現実に対する意識, 認識を提出するところから出発するという共通 性があるが,対話やそれを助けるコード,質問戦 略を用いて,現実社会の根源的な原因や構造を意 識化しようとする過程の質的な違いがある。 また,2 点目の一般的なワークショップに「行 動」プロセスが見えないのは,それが意識されて いないということではなく,当然ワークショップ の背景に現代社会の課題への対応があり,現実社 会へのフィードバック,それも参加者による参画 が考慮されているのだが,その行動部分は,学び としてのワークショップとは別の次元のもの,終 了後,その後のステップと認識されているからで あろう。 次に,このようなプロセスの比較検討から見え てきた違いを意識化した上で,より実践面に生か していくためには,プロセスや手法の相違を,二
課題提起型ワークショップ試論 者択一ではなく,具体的な現実状況や,学習の目 標,現実社会に対する行動などに応じて使い分け る戦略として位置づける必要があると思われる。 まず,一般的なワークショップの手法は,①一 回性の開かれた学習の場にはふさわしく,また学 校教育などにおいては,②取り上げるテーマや課 題の「導入」時に,自由な意見表出をその主眼と して行うことで考える力や問題を受けとめられ る感受性を養うことをねらいとする場合に学習 効果を発揮する,さらに地域社会においては,③ 民主的に,問題を取り扱い,住民参加により合意 形成する過程においては,課題全般を表出させ, 参加者全員が共有する協働作業経験を目標とす ること等は,一般的なワークショップの方法にふ さわしい場面といえる。 一方,課題提起型手法が望ましい状況としては, ①すでに参加者が生徒や住民同士として十分知 り合っており,関係性がとれている場合で,教室 の一連の授業や継続的な懇談会やサークルのよ うな場面にふさわしく,②課題を出し合うだけで なく,その現実の構造的な課題を解決するための 行動が求められる場合に,対話によって問題・課 題を追求していくような対話的な戦略を用いる 必要がある,そして,③それを単なる参加や学習 の場に終わらせないで,生徒や住民が抱えている 根本的な問題の解決をめざして,行動の主体者と して社会変革に立ち向かうことを目標とする場 合などがあげられるだろう。 例えば,日本においての小中学校の「総合的な 学習の時間」の中で,継続して問題を追求し,生 徒と教師,さらには地域の人びとを含めて協働で 課題を検討する場合や,住民ワークショップにお いて見出した課題の中から,その根本原因や地域 全体の課題として対応策を見出して,住民自身に よる主体的な「行動」につなげていく必要がある 場合(地域福祉計画における継続した懇談会な ど)には,より課題提起型手法の,現実場面での 活用を意識する必要があろう。 このような課題提起教育の実践と継続的な課 題追求,その後のアクション(行動)志向のワー クショップの手法を「課題提起型ワークショッ プ」モデルとして提示した上で,どのような現実 状況に応じた戦略として活用されうるのか検討 を意識してみたい。これまでの一般的なワークシ ョップ,一次的な参加型学習の中で何気なく使用 していた素材や教材を「コード」と意識し,相互 作業,対話の過程の中に,段階的な質問戦略を意 識してみることにより,参加者のもつ課題が語ら れやすくなるのであり,再提示しながら深めてい く「対話」実践を行ってきているが,その手法の 考察と評価が今後の課題といえる11)。 4.ファシリテーターの課題 参加者のもっているものの中からひきだして いくという相互の場であるワークショップを参 加者と対等の関係で効果あるものとする進行役 は今日広く「ファシリテーター」と呼ばれている。 ファシリテーターとは,一方的に知識を伝達す るのではなく,学習者自身が全身を使った体験を 通じて自ら学び,自ら考え,決定し,行動するこ とを促進する進行役のことで,これまでの「教育」 の常識とは大きく異なる役割をもつ。ファシリテ ーターには,①共に学ぶ態度,②参加者に問いか ける,③一つの見方を強制しない,④自分も楽し むという態度等が期待されるが,それでは,課題 提起ワークショップにおけるファシリテーター にはどのような役割が期待されるのだろうか。 この 4 つの態度の中では,特に②の問いかけの 姿勢において,参加者相互の,また参加者との対 等な関係で対話を深める,という視点が重要であ ろう。特にそのワークショップという場が生き生 きとホンネの声を発する場になり,隠れた声が聞 こえるような関係になっているか,その前提とし て住民の中に入り,何気ない会話ができるまでの 関係ができているかという点が問われてくる。こ うした態度は,ソーシャルワーカーやコミュニテ ィワーカーの資質として繰り返し重要だといわ れている点である。特に困難や抑圧を抱えており, 複雑な問題をともに扱うファシリテーターは,ソ ーシャルワーカーやコミュニティワーカーとし ての志向性を持っているか,あるいはソーシャル ワークのバックグラウンドをもつ専門職がワー クショップ的な参加型,行動志向の場を,必要に 応じて,より課題提起型に転換していくことで, より参加者との信頼関係が強まり,参加者の主体
教職実践研究,2010,1,21 - 30 西尾 的な問題発見・解決能力を高めることが可能にな るのではないかと考える。 そのためには,やはり隠れた声を聴くための, コミュニケーションや質問戦略などを意識し自 分のものにするトレーニングが必要であり,ファ シリテーターの研修に課題提起の対話・質問プロ セスを組み込む等,視点や手法の一般化が重要で ある。 そして,こうしたファシリテーターは専門家と は異なり,生徒や住民と同じ目線で考えられるこ とが重要であり,そういう意味では生徒自身が, あるいは住民自身がファシリテーターとしての 働きが可能になるように,役割を開いていく,フ ァシリテーターの役割を生徒や住民自身に託し ていく姿勢も求められるであろう。 課題提起教育の「評価」において重視される参 加者のエンパワメントを意識しながら,ワークシ ョップ全体を協働で育てていくことがやはり最 も重要な視点となると考えられる。 おわりに フレイレスタイルの課題提起教育には,それが 第三世界において成功した方法で,経済的に発展 した日本の社会においての単純な移入は無理で あり,「行動」や「変革」は難しく,有効ではな いという批判がある12)。 しかしそうだろうか。 日本においては,生徒や住民ひとり一人の個人 と現実の社会との距離は,ますます離れているよ うに感じることがある。自由な意見交換,という 基本的な前提以前に,生徒,参加者には意見すら ないように思われ,こうした問題に対する無関心 が人びとの「参加」意識を低下させ,さまざまな 問題の解決を難しくしている。社会の構造的な不 利益や抑圧された状況は見えにくく,家族や地域 社会や職場の人間相互の関係が生み出す問題が 拡大し,不透明で見えにくく複雑に絡み合い,一 市民として現実に働きかけができると実感でき るような状況にはないのかもしれない。 こうした無関心はもう一つの新しい「沈黙の文 化」とみることもできる。フレイレの思想と方法, 実践に学び直すことで,今日の社会の「沈黙の文 化」に対して,再び社会福祉教育の挑戦を始める 必要があるだろう。社会の変革は一部の専門家だ けに委ねられる課題ではなく,生活をする住民と 社会の相互の関係性の中にこそ見出すべきであ り,たとえそれが不透明で見えにくいとしても, 逆にだからこそ生活者の日常の素材や実感から 出発して,共に対話の中から課題提起しながら, 生成テーマを見出し,そこから現実社会の変革に 向けた行動につなげる,フレイレの教育方法の原 点から,新たな時代の実践を促されているといえ るかもしれない。 【註】 1)注 2)廣瀬隆人「社会教育における参加型学習の系 譜と課題」,開発教育,2000 年,P21 3)中野民夫「ワークショップ―新しい学びと創 造の場―」岩波新書,2001 年,P14-16. 4)阿久沢麻理子,「人権啓発における「参加型学 習」導入が提起するもの」1997,部落解放研 究,P82.
5)Cynthia Brown “Leteracy in 30 Hours:Paulo Freire’s Prosess in Northeast Brazil”Ira Shor ed.(1987) Freire for the Classroom ? A
Sourcebook for Liberatory Teaching,
BOYTON/COOK HEINEMANN ,pp. 215 -231. 6)西尾敦史,「パウロ・フレイレとコミュニテ ィ・オーガニゼーション:1970 年代以降の北 米のコミュニティ実践とその理論モデルへ の影響」2010 年,沖縄大学人文学部紀要第 12 号,P17-33. 7)池住義憲,「参加型学習とパウロ・フレイレ の教育思想」,2004 年,助産雑誌,P21.
8)Paulo Freire (1970)Pedagogy of the Oppressed, Penguin Education(=1979,小沢有作,楠原彰, 柿沼秀雄,伊藤周訳『被抑圧者の教育学』, 亜紀書房 )
9)藤田美佳,「米国における課題提起型 ESL の
課題提起型ワークショップ試論
10)Nina Wallerstein,”Problem-Posing Education: Freire's Method for Transformation “Ira Shor ed.(1987) Freire for the Classroom ? A
Sourcebook for Liberatory Teaching,
BOYTON/COOK HEINEMANN , pp.33-44 11)横浜市社会福祉協議会,「地域福祉推進の ための住民ワークショップガイド~参加か ら参画へ~」横浜市社会福祉協議会,2003 年,pp.3-16. 12)阿久沢麻理子,「人権啓発における「参加 型学習」導入が提起するもの」1997 年,部落 解放研究,P88. 受付日 2010 年 12 月 28 日 受理日 2011 年11 月 31 日