共同性を育む道徳授業の創造 : 「大人-(子ども-子ども)」の活動を通して
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(2) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 34. はじめに 戦後半世紀余りでめまぐるしい発展を遂げてきた我が. 動と見なす道徳授業によって「人と人との関係性」, 「社 会性」を育む教育,とりわけ道徳教育の新たなあり方を 探りたい。具体的には,ドイツの社会哲学者ユルゲン・. 国であるが,今,教育界においてはさまざまな問題が山. ハーバーマス(Jurgen Habermas)のコミュニケーショ. 積し,それらが大きな社会問題となっているといっても. ン的行為理論を基盤に置きながら,社会を成り立たせて いる「規範」や「道徳性」に着眼し,道徳授業において. 過言ではない状況にある。不登校やいじめ,校内暴力な どといった諸問題は,最近ではあまり新聞やマスコミな どで取り上げられることも少なくなり,すでに過去の問. 実践を試み,その成果を検証することを研究課題として 取り上げた。. 題であるかのように見えるが,文部科学省の諸報告など を見ると,その数は決して減少しているとはいい難く, むしろ深刻さを増しているようにも思える。 それらの問題の分析を見ると,たとえば,不登校を例 に取れば,文部省の不登校に関する実態調査1) (平成5 年度不登校生徒追跡調査報告書)では,不登校のきっか けの理由として,人間関係に関わるものだけで全体の7 割弱を占めている。また,調査対象にあたる4割の生徒 が不登校を悪いこととは思わないが,他人の見方が気に なったと答えており,このことは,不登校の生徒が何ら かの人間関係を意識しているものと思われる。さらに, 文部科学省の少年の問題行動等に関する調査研究協力者 会議の報告2)では,問題行動を防ぐために今後一層充実 すべき施策の一つに,児童生徒の社会性の育成が取り上 げられている。 このように,子どもたちの諸問題の中心的な要因とし て人間関係,すなわち人と人との「関わり合い」の問題 と「社会性」の問題がクローズアップされてきているよ うである。また,これらの問題は,子どもたちの生活に おいて個性の尊重の呼びかけが盛んになされたり,道徳 的判断においては価値観の多様性が安易に語られ,人と 人との関わり合いを育てるという関係性の教育を軽視し てしまったことが大きな要因をなしているのではないだ ろうか。 2001年度に文部科学省から出された「21世紀 教育新生プラン」の基本的な考え方3)の第一番目に示さ れているように, 「個人の尊重を強調する余り, 『公』を 軽視する傾向が広がり,青少年が『孤の世界』に引きこ もる傾向が現れている」ということであろう。ところが, こうした混迷状況を打開する解決の方向が未だ見えない ままに,いよいよ今年度(2002年度)から個々人に一 層強く焦点を置きながら改訂された学習指導要領が実施 される。 われわれは,少なくともこの10年の様子を教育現場 において目の当たりにし,これらの諸課題が場当たり的 な対応ではもはや対応できないものであり,教育の考え 方を根底から見直すことにより,教育のパラダイムの転 換を図らなければ根本的な解決はあり得ないという思い を強くしてきた。 以下では,教室において子どもたちの社会的関係を成 り立たせている「規範構造」を組み替える活動を学習活. 1.ハーバーマスの相互行為理論による道徳教育 の再構成の意義 (1)従来行われてきた道徳授業の限界 わたしたちが生活する社会は,コンフリクト(葛藤) 発生誘因を内包した社会である。それらのコンフリクト は,大人による一方的な押しつけともとれる価値伝達や, 心情的なレベルでの指導によって道徳性を高めていこう としてきた従来の取り組みでは,もはや解決不可能であ る。例えば,主人公の心情を問うことを中心とする道徳 の授業では,子どもたちが,主人公の立場から物事を思 考するということが前提となるため, 「自分だったら」 という視点に留まらせ,第三者の視点から考えることを むずかしくしている。そのことが,子どもたちの思考を 感情的,感覚的な次元に押しとどめてしまい,合理的か つ論理的な思考をできにくくしてきたように思える。 このような授業では,特に,心情レベルに焦点をあて た学習展開に重点が置かれ,オープンエンドで終わるこ とが多い。そして,価値の主体的自覚をめざした授業過 程で,登場人物の気持ちに心情的に共感させながら,あ る一つの価値の内面における受容を促す授業が多いので ある。しかし,こういった方法は,一見価値の自覚を促 しているように見えるが,実は,教師がはじめからめあ てとして取り上げている価値を,子どもたちに巧みな技 法のもとで,結果的に伝達していることに他ならないの である。また,ある価値に対する個々人の受けとめ方は 多様であり,どのような価値に基づく意見も正しいので あるから,当然平等に尊重されるべきであるとされる。 さらに,日常の場面においては,取るべき行為は,教師 によって提示されるという状況が生み出されている。子 どもたちはこのような状況のなかで, 「何が正しいのか」 「またそれはなぜなのか」ということを,自分と他の友 だちとの関係のなかで捉えられないまま(捉える場が教 育の世界において非常に少ないこともある)日常生活を 過ごしていることが多い。 (2) --バーマスの相互行為論を取り入れた「討議型 授業」の意義 --バーマスは,道徳や道徳性を個人の枠内で捉える のではなく,社会的環境を構成する個人と個人との関わ りのあり方を道徳性と捉えている。そして,諸個人を取.
(3) 共同性を育む道徳授業の創造. り囲む社会的環境を変え,再び新たな社会的環境によっ て諸個人が影響されることによって,社会および個人が 成長していくものであると捉えている。このような彼の. 35. ら実践的ディスクルスに参加できる場合であ る。 普遍化原則-すべての妥当な規範は,各々の個々人の利. 考えに基づき,われわれは子どもたちに社会規範や徳目. 害を充足させるためにその規範に普遍的に. という結果だけを伝達したり教え込んだりするのではな. 従うことから生ずると予期される結果や副. く,なぜその規範がつくられたのか,なぜその規範が必. 次効果があらゆる当事者によって強制なく. 要なのかを,それぞれがまず考えることが大切であると. 受け入れられうるという条件を満足しなけ. 考える。そして, 「なぜそう判断するのか」ということ. ればならない。. を十分に話し合い,今ある価値を見直しながら互いが納 得し,了解し合うような新しい規範を創造していくこと を重視した道徳授業がなされなくてはならないと考える。 ハーバーマスの考える言語的コミュニケーションによる. 相互行為においては,個々人は行為調整を達成するため には相互了解をめざさなければならない。また,その時 に掲げられる妥当性要求に基づいて,ある規範を受け入 れるかどうかについて態度を決定しなければならない。 さらに,互いの了解に向けた,このような手続きを通し てこそ,道徳的課題を話し合いで解決していく力,つま り相互行為調整能力が形成され,自分の考えに基づいて 判断し,行動するという主体的な行為調整能力が形成さ れるのである。それは,ディスクルス(討議)の目的を, 児童・生徒が自己と他者の判断を吟味し,また,学級内 に合意を形成することにおいているのである。 (3)討議によって「規範構造」を組み替える活動を基 盤にした授業過程 1, 2年生の子どもたちは教師の導きのなかで育てら れる場面が多く,何か物事を決定する場面においても, 多数決で決めることが多い。そういった活動の繰り返し のなかで,そうすることの意味もわからないまま,いっ のまにか当然のこととしてそのシステムを受け入れてし まっているのである。一見すると,短時間でもめずに容 易に決定でき,合理的な決め方であるかのように思われ るが,その積み重ねが,コンフリクト場面を互いの言語 による「話し合い」の力で解決していく機会を殺いでし まっていることにわれわれは気づかなければならない。 そういう機会を意図的に教育の場に設けることにより, そして,一つ一つの手続きを踏まえた活動の過程で,千 どもたちは道徳性を高めていくことができるのである。 このような過程において,互いが「話し合い」の良さを 自分や学級との関わり合いのなかで問い直すような活動 を行っていくことこそが意味があるのである。つまり, こうした「話し合い」の場において,以下のようなディ スクルスの基本原則である「討議原則(D)」と「普遍 化原則(U)」4),さらに理想的発話状況の良さを再認識. 2.ディスクルスによる授業実践の結果と分析 (1)発言を分析するためのカテゴリー 発表者は,基本的には田野5)の考えを参照しながら, 独自に次に示すような2つの観点で授業を分析すること にした。 1つ目は,教師の発言を[表1]に示すように分 類した。また,対象(S)が,既になされた発言のなか に含まれる述定や根拠である場合,あるいは態度表明だ けの場合のような発言だけでは,発言がつながりにくい と考えられるので,児童の発言に理由が伴うのかどうか ということを中L、に調べていくことにした。 2つ目には, 授業のはじめの判断と終わりの判断の評定基準であるが, そもそも道徳性の発達レベルの幅が限られている対象な ので,児童が1段階の思考か2段階の思考か悩んでいる ような場合,あるいは, 2段階から3段階への移行途上 であると判断できうるような場合についてはそれぞれ上 の段階の評定を行った。これは個々人の道徳性の変化を 見るためのものではなく,あくまでも全体の変化の様子 を把握するために今回はあえて以上のような評定基準を 設けた。 (2)授業における「話し合い」活動の変容 [図1]および「図2」は, 1回目の授業と5回目の授 業における発言のつながりを示すものである。 [図1]は, 1回目の授業において,教師の発言と児童の発言が交互 に行われていることを示している。このような授業では 決して子ども主体の授業とはいえず教師主導型の授業で あるといわざるを得ない。つまり,話し手-主体,聞き 千-客体という関係である。しかし, [図2]では,児童 が発言を続けて授業を構成していることがうかがわれる。 つまり,相互主体の関係が成り立っている可能性がある といえよう。とはいえ,子どもたちが妥当性要求を掲げ て了解志向型のコミュニケーション的行為を行っている かどうかは,この図からは明確に判断することはできな い。しかし,このような授業を重ねるごとに,子どもた ち同士で発言をっなげていこうとする態度が見られたの. 討議原則-各々の妥当性を有する規範が当事者のすべて. である[図3参照]。そこで, 6回行った授業の「話し 合い」場面の発言者数(実数)を調べてみた。それ-によ ると, 「話し合い」場面における発言者(実数)の出現 率は増加の傾向を示している。このことから, 「子ども-. の一致をみるのは,当事者のすべてがもっぱ. 子ども」による「話し合い」の成立に向けて,子ども同. することが求められなければならないのである。.
(4) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 36. [表1]児童,教師の発言カテゴリーとその内容. IS ^ ^ I H B K il 話 し合いの提案などのメタレベルでの発言 対象が、既になされた発言の中に含まれ る述定と根拠がある発言 対象が、既になされた発言の中に含まれ る述定のみの発言 2 ∼4 以外の発言及び単なる感嘆を表す言葉であったり咳きなど 単なる指名な ど 意図する方向づけなど、意図的な強制力をもつ発言 支援 .援助などに相当する教育的配慮に値す る発言 ※ (児童の意見の繰 り返しや理由を問う発言 を含める) 話 し合いの提案などのメタレベルでの発言. カテゴリー 豊 4 里 3 の 2 壁 1 E∃ 敬 - 1 節 - 2 の - 3 讐 - 4. [図1]. r話し合い」 場面における発音の推移 (教材「 約束の本」 ). ∫ ♂. 棚 附 ∴ Ill ;│I li ・I I釣 1. 21. 41. 61. 冊. .tH ul LIi. 81 101 121 141 ー 61 * Y軸の0は教師の発言. [図3] 「話し合い」場面における、発言者数(実数) と根拠づけができたと答えた児童の数の推移. [図 2]. ∫. 潤. 〟. 「話し合い」場面における発音の推移 (教材「 橋」) .. 21. 冊 41. .酬 61. 用 81. 10 1. 12 1. 1は児童の発言を示す。 [図4]ディスクルスにおける発言者数と理由付けの推 移. 教材①. 1s. 教材② 教材③ 教材④. ∴. .∴ .I. 教材⑤. .∴. .∴. ▼∴. .∴. .∴. .∴. .∴. ∴. 教材⑥. ‥. ‥. ‥. ‖. ‥. 日. 日. .. 教材①教材②教材③教材@教材⑤教材⑥ 日. 日. ‖. 日. 日. tZZZl理由■車-.発言 (荏)教材①∼教材③は-学期に実施したものであり, また,教材④∼教材(馴ま2学期に実施したもの である。. 士が発言をっないでいこうとしていると見ることができ. うになり,発言回数もそれに合わせて増加してき. る。また,子どもたちの発言(延べ人数)出現率も増加. た。. し,しかも子ども同士による連続した発言も増加してき た。そこで,このような状況において,子どもたちの発. 以上の諸点が明確になってきたわけだが,しかし,こ. 言の増加と,根拠が考えられているかどうかということ. れだけではディスクルスが成立しているとはいい難い。. の関係を分析してみた[図4参照]。それぞれの授業後の 調査結果を調べてみると,授業を重ねるごとに,授業中. そこで,それぞれの授業の逐語をもとに,児童や教師の 発言をそれぞれのカテゴリーに分類してみた。その分類. において理由づけができたと自己評価している児童が増. したものが[図5]と[図6]である。 ([図5]は1学期に実. 加しており,それにともなって発言回数も増えているこ. 践した授業であり, [図6]は2学期に実践した授業であ. とがわかる。以上の分析を整理してみると,次の3つに. る) 1学期に行った[図5]においては,理由をっけて発 言したり意思表示をしたりしている児童の後に続く次の. まとめることができる。. 発言者は,理由を述べない発言を行っているケースが多々. (7)児童と教師の一対一対応のような問答応答型の授. 見られる。その原因の一つには教師の介在が考えられる。. 業が,子どもたちだけで発言をっないで意見を述. 短絡的に見るならば,教師が発言することによって児童. べ合う授業に変化してきた。. の発言あるいは思考をいったん断ち切ってしまっている. (1)発言者の数が徐々に増え,後半からは,その増加 はさらに著しくなってきた。 (ウ)判断をするための理由づけははぼ全員ができるよ. ということである。しかし,教師の発言すべてが児童の 発言を断ち切る原因であるとはいい切れない。 [図5]を よく見てみると,たしかに教師のカテゴリー(-1)の.
(5) 共同性を育む道徳授業の創造. 発言に対して応答しているのは児童のカテゴリー(1) の発言が多いOこのことは,教師のカテゴリー(-1). 抜きで決めてきました。ぼくたちはすごいなあ と恩いました。なぜかというと,他のクラスは. の発言が,子どもたちの「話し合い」による合意をめざ. きっと先生もいっしょに決めていたと思うけれ. したプロセスの障害となっているといえる。そういった. ど,ぼくたちは,先生なしでやってきたからす. 障害が児童のカテゴリー(3)の発言が連続しない結果. ごいと思います。. となっているのである。しかし, 2学期に行った[図6] を見てみると,教師のカテゴリー(-1)にあたる発言. (診クラスのみんなが4月はドッジボールなどでも. はほとんど見られない。そして,教師によるカテゴリー. けれど,話し合いをしたら,話し合いで決める. (-3)の発言のあとには,児童によるカテゴリー(2). ようになりました。そのほかに,クラスのみん. および(3)の発言が続くことが多くなっているのであ る。しかも,教師の発言カテゴリー(-3<支援活動>). めたときに,しょうじきインジャンをしていた. ながやさしくなりました。 ④みんなが友だちを信頼するから,意見が言えた. にあたる回数はどの授業においてもさほど大きな差は見. り,その意見に賛成した人が,自分の意見を変. られないのである。. えたりして,クラスの人それぞれがつながって. 以上のような結果から,教師の支援以外の発言(主に. きています。. カテゴリーー1の発言)は,授業が一間-答式になり. ⑤はじめ, 4月のとき,話し合いで, 「ぼくがそ. やすいばかりでなく, 「話し合い」の妨げとなりやすい。. こやで」 「わたしがそこ」ってけんかになった けど, 7月今になったら,もう「そこゆずって. つまり,子どもたち同士の間で妥当性を吟味するといっ たような「話し合い」の場を消失させてしまうというこ とになるのである。また,後半の教材④から教材⑥の授 莱(2学期実施分)において見られた特徴としては, 「子ども一子ども」の発言のつながりが見えることから,. あげる」 「一番最後でいいよ!」ってなってい て,いつの問にか何でも話し合いで決めるよう になった。 ⑥話し合いって簡単には決められないんです。け. ディスクルスが成立してきはじめてきているといえる。. ど, 4月から私たちは何もかも話し合いで決め. ちなみに,授業の逐語録からは,子どもたちは他者の意. てきたのです。自分でもクラスのみんなもとて. 見に納得しなければ,自分の意見は変えないということ. もびっくりしていると思います。みんなもよく. がうかがえた。これは,自己の誠実性においてそれぞれ. 手を挙げて発表しています。私も結構自分でも がんばって発表しています。前の私は手を挙げ. が主張したためだと受けとめることができよう。. ようとしなかったのに,今の自分がすごいと思. 3.児童の変容と分析 (l)諸活動との関連と個と社会の相互発達 諸活動の連関については,まずは,児童の様子や意識 の変容から分析してみることにする。なお,資料として, 「話し合いによってクラスが変わってきているよ」とい うタイトルで夏休み前に書かせたそれぞれの児童の作文 から一部を引用したものを下記に提示する。 (一部抜粋). います。今の自分とぜんぜん違います。. この資料から,子どもたちは,話し合いに対する好奇 心や興味だけにとどまらず, 「話し合い」に対する過程 やそしてみんなで合意に達してなし終えたことへの充実 感や満足感を実感として受けとめていることがうかがわ れる。こういった状況は,単に個の成長にとどめるもの ではなく,教室という社会全体を視野に入れ,自分たち. ① 4月は靴箱,ロッカー,席を決めて話し合いを した。一番時間がかかったのは,おたのしみ会. の社会を変えていこうとする発言や活動,また,自分た ちの文化を創造していこうとする活動に発展させていく. です。でも,そのおたのしみ会は,今やってい. ものであると考えられる。このような活動が社会を変え,. る○○さんを迎えるおたのしみ会です。でも,. また,社会的な関係が個々人を変えていくものでもある。. 話し合いって,みんなの意見が聞けるから楽し いです。. がりによる「連帯」が生まれ育ってきているのを感じと. ②ぼくたちは, 1学期は全部自分たちだけで先生. ることができる。とくに児童の意見のなかには,他人に. このように児童自らの意識のなかには,仲間同士のつな.
(6) 学校教育学研究, 2003,第15巻. 38. 目を向けた視点で考えられている児童が多くなってきて. たことを示しており,同時に道徳性の判断力が高められ. いる。また, 「おにごっこ」の問題におけるトラブルの. ていることを示しているものであるということができる。. 解決場面では,単なる問題解決だけにとどめず,自分た. (3)社会的視点取得検査の分析から見る道徳性の発達. ちで問題の起きないルールをっくっている。さらに,学. 段階の変化. 級会においては,障害を持った児童や,松葉杖をっいた. 5月下旬に教師と子どもたちとで「話し合い」のルー. 児童もクラスの一員として認めた発言がなされ,会をす. ルをっくるところからはじめ, 10月末日に実践授業を終. すめていることがうかがえる。このことから,単に高い. えたところである。実践のはじめと終わりに社会的視点. 視点でのパースペクティブの取得が高まってきつつある といえるだけではなく, 「教室という社会」を視野に入. 取得検査を行った結果を[図9]にまとめてみた。 (Ⅹ組実験群, Y組-統制群) 5月の時点では両クラスとも. れた発言や活動がなされてきつつあるということができ. 大きな違いは見られない。しかし, 5ヶ月経った時点で. よう。つまり,個人の高まりとともに教室という社会も. はその差は歴然と現れているといえる。このように,辛. 変化してきていることがうかがわれるのである。. 数以上の児童が慣習的段階へ移行を示しているというこ. (2)授業分析から見る道徳性の発達段階の変化 [図7]は授業のはじめの部分における判断が--バー マスの道徳性のどの段階に当たるかをワ-クシートから 分析したものである。同じように[図8]は授業後の判断 を表している。ていねいに見てみると,授業前の判断に. とは,ディスクルスによる道徳授業の成果であるといえ る。このような顕著な結果が現れた要因として筆者は次 の二点を挙げておきたい。まず一つには,子どもたちが 妥当性要求を掲げて発言しようと友だちの意見をしっか りと聞き,そして判断をして,自分の意見を再考してい. おいては,この学習をはじめてから徐々に2段階, 3段. くという姿勢で取り組んだことが考えられる。二つ目に. 階の占める割合が増加してきている。それも,子どもた. は,道徳の時間のみならず, 「話し合い」を中心とした. ちが指名をしはじめた教材④からは加速度的な増加現象. 生活を日常場面においても大切にして取り組んできたこ. が見られる。 また,授業はじめと授業後の判断を,それぞれの教材. とが考えられる。 このように道徳性の発達段階は,それぞれにおいて五. ごとに見た場合,授業後の方が明らかに2段階, 3段階. 月より段階的にレベルが上昇している。半年ではありな. のレベルを取得した児童が多く見られる。全体の傾向と. がらそれぞれによく上昇しているといえるだろう。とく. して判断するならば,この数値は,授業場面におけるディ. にⅩ組においては2段階の児童の上昇が顕著に表れてい. スクルスが,より高い意見による合意をめざして行われ. る。一般的には10歳前の児童の場合,概ね統制群に近 い数値が平均として提示されるが,このような結果を引 き起こしたのは,ディスクルスによる授業,あるいは日々 の諸活動を「話し合い」を中心に行ってきたことが作用 したものだと推測することができる。. また,今回のような「話し合い」による授業をはじめ とする数々の取り組みを行ったことにより,次のような ことが考えられる。今まで子どもたちは,言語以外で表 現される感性のようなものを拠り所にしたり,また,認 知度や雰囲気によってある意味では趣味的なレベルで友 だちを評価したりしていたことが多かったと患われる。 しかし, 「話し合い」に参加することにより,友だちと の関係性に変化が現れはじめてきたことがうかがわれる。 つまり,理由をつけて発言することにより,相手の掲げ る妥当性要求を理解しようとするようになってきたので ある。そして,その要求を受け入れたり,反対意見を発.
(7) 共同性を育む道徳授業の創造. 言したりすることにより,自分の意見と相手の意見をよ り明確にできるようになっているのである。それは,そ の行為そのものが,相手を受け入れる,あるいは相手の 立場に立った他者のパースペクティブの取得を促してき たものだと推測できる。そうした関係性の変化が,互い に行為調整能力を高める力を導き出し合ったと思われる。 その結果,互いの関係性が高揚し,その集団(社会)の 発達と結びついていったものと思われる。つまり,諸活 動の関連で具体例を挙げて述べたように道徳性を単なる 個人の発達にとどまらせず,個と社会の相互発達を生み 出したといえる。. 39. 【註】 1 ) http:″www.futoko.org/top/toptxt%backno/010915 tsuis eki.htmlより引用(不登校新聞社HPより) 2 ) http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/shingi.index.. htmより引用(文部科学省HPより) 3 ) http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/21plan/pO.htm. より引用(文部科学書HPより) 4)J.--ハマス(三島憲一・中野敏男・木前利秋訳) 『道徳意識とコミュニケーション行為』岩波書店, 1991, 191-193貢。 5)田野武彦「『孤立』から『連帯』へーコミュニケー ション的行為の理論に基づく自己形成的トポス(場). おわりに. の再構築-」兵庫教育大学修士論文, 2001, 118頁。. 従来の道徳教育には個々人の内面に焦点があてられた 授業になり,学習そのものがモノローグに陥ってしまっ. 【参考文献】. ていた。その段階で,心情的な手法を巧みに使い,個人 内の道徳性を引き上げようと,価値の内面化を「教師一. 1) J.--バ-マス(河上倫逸・M.フープリヒト・平井俊彦. 児童生徒」という伝達の図式で行ってきたのである。筆. 2) J.-ーバーマス(丸山高司・丸山徳次・厚東洋輔・森田数. 者の所属している学校でも,同じような手法を今日まで 続けてきたが,顕著な成果は見出せていないようである。. 実・馬場字瑳江・脇圭平訳) 『コミュニケイション的行為. しかし,今回の授業実践を行うことにより,人間関係の. 3)岡田敬司『コミュニケーションと人間形成』ミネルヴァ書. 粋やその関係性をっくっていったり維持していったりし ながら道徳性を高めていくことができ,かつ「教室とい う社会」も発達させることができることを実感できたこ とにより,筆者の教育観のパラダイム転換を図ることが. 訳) 『コミュニケイション的行為の理論(上)』未来社, 1985。. の理論(下)』未来社, 1997。 戻, 1999。 4)村松賢一郎『いま求められるコミュニケーション能力』明 治図書, 1998。 5)渡逓満「コミュニケーション的行為理論による道徳教育基. 可能になったことをうれしく思う。中学年でこのような. 礎理論の探求(1)」 『兵庫教育大学研究紀要』第14巻, 1994. 取り組みを行うことにより,本当の意味での自主的自発. 6)渡達満「コミュニケーション的行為理論による道徳教育の. 的な自治ができる高学年に育てることができるのではな. 可能性」 『兵庫教育大学研究紀要』第19巻, 1999。. いだろうか。なぜなら,人は個人としては存在するが, 一つの社会の形成者としてそれぞれがある秩序に従って 生活をしているのであるから,その秩序の意味を共に考 え,そして互いにとって意味ある共通のものにしていこ うとするはたらきを求めていくことになるからである。 そういった取り組みをディスクルスによって行うことに より,創造していくことが可能となるだけでなく,その 行為により相互調整能力を高めることができるのである。 「自己虫」という言葉が表しているとおり,自分勝手と 自由とをはき違えている者が昨今では多く見られるが, それは,社会的関係をあまりにも無視してきた報いであ ると受けとめるべきだろう。その報いに対して,何らか の手段をシステム的に投与したとしても,根本的な解決 には至らない。 「教育」を行うということを,人と人と の関係性を紡いでいく行為ととらえ直し,その紡いでい く仕事を「子ども一子ども」活動によって子ども自らが 主人公となる取り組みこそが求められなければならない と考えるべきであろう。そして,そのことを自らが体験 し実践していくことが,現在の道徳教育が抱える数々の 課題に明るい展望を与えるものとなるだろう。. (2002.7.31受稿, 2002.9.17受理).
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