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注疏「さはみづからの祈りなりける」

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注疏「さはみづからの祈りなりける」

茅場康雄

光源氏四十七歳の正月十九日、六条院辰巳の町の寝殿において女楽が催 された。女楽は深更に散会し、源氏は東の対に帰る。紫の上は寝殿に残っ て女三の宮の相手をし、暁になって対にもどった。翌日、女三の宮の琴演 奏の感想から始まる源氏と紫の上の長い対話の場面が描かれている 注1 。そこ では、 紫の上の理想性 厄年のこと 源氏の半生の回顧と紫の上への愛情  紫の上の出家の願い 源氏による女性評など、紫の上を中心とした話題が 展開し、紫の上発病への序章となっている。 そこに、紫の上が源氏の言葉に応える、 「のたまふやうに、ものはかなき身には過ぎにたるよそのおぼえはあらめど、 心に堪へぬもの嘆かしさのみうち添ふや、 さはみづからの祈りなりける」 と て、残り多げなるけはひ、はづかしげなり。 (若菜下一九〇) という一文がある。最近では、原岡文子氏 山本利達氏が考察している問 題であるが 注2 、本稿は、この紫の上の言葉について考えてみたいと思う。 一 この「心に堪へぬもの嘆かしさのみうち添ふや、さはみづからの祈りな りける」は、源氏物語の注釈が必ずと言っていいほどに触れている箇所で ある。その諸相については、山本氏に詳細な紹介があるが、近年の主な解 釈を簡単に挙げてみる。 ・胸におさめきれない悩みばかり付いてまわるのは、 それが私の身の祈りだっ たのですね。 (『源氏物語評釈』玉上 彌氏一九六六年) ・「ものなげかしさ」の加わることが、一方では紫の上の命を支えるものにもな っているという。 (『光源氏論』阿部秋生氏一九八九年) ・こらえきれない嘆きがついて離れない、 そ の苦しみが、 自分自身の祈りなの だった。 (『新日本古典文学大系』一九九五年) ・憂愁こそが自分のための祈 、 人生の支えだったとする。 (『新編日本古典文学 全集』一九九六年) ・嘆きが、 「祈り」となって、それに支えられる生、という言葉がこぼれ出るこ とによって、紫の上の生は自ずから方向づけられた。 (原岡文子氏) ・私には心に堪えきれぬ嘆かわしさばかりが付いてまわっているかのようで、 それは自分にとって祈りのようになっているのでした。 (「源氏物語の鑑賞と基 礎知識」二〇〇四年五月) 学苑 日本文学紀要 第八六七号 一三~二〇(二〇一三 一)

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これらの解釈は微妙に異なり多様であるが、いずれも苦悩が紫の上の生 そのものであると考えているようである。 それに対し、 『新潮日本古典集成』 (一九八〇年) は、 源氏が言った言葉 を踏まえ、 私の心にはどうしても堪えきれませぬ悲しみの気持がつきまとって離れませ んのは、 それでは、 それが私のためのお祈  いのり になって今まで生き永らえてい るのかもしれません。 と、自分が息災であったのは、味わってきた悲しみが、長命の祈 になっ ているからなのかもしれない、として「女三の宮降嫁後の苦衷を訴える」 言葉と捉えている。 山本氏は、ここでの「祈り」が息災の祈りであることについて用例を挙 げて確認した上で、 「あなたの論法によれば、私の嘆きは、 みづからの祈り (私のする息災の祈 り) だったのですね」 その祈 のおかげでこうして生きていけるわけですね という気持を言外にこめて、軽くおどけたものであろう。 と、紫の上が源氏に応じた戯れの言葉と解している 注3 。 紫の上の言葉のもとになった源氏の発言については次に見るが、 「みづ からの祈り」 とは自分自身の息災の祈 であり、 「もの嘆かしさ」 が息災 の祈 となって自分を生かしている、とする点は『新潮日本古典集成』と 一致している 注4 。 二 さて、前後するが、ここで紫の上が対応した源氏の長い発言の内容を確 認してみたい 注5 。 女楽の翌日、朱雀院の期待があったために女三の宮に琴を教えざるを得 なかったことを弁明しながら、源氏は、夕霧の反応を挙げて紫の上の演奏 を褒める。紫の上の和琴と箏がほかを凌いで優れていたことを再確認し、 源氏は、 「いとかく具しぬる人は、 世に久しからぬ例もあなるを」 と、 紫 の上の理想性と短命への不安を思う。さらに、物語は、紫の上が「今年は 三十七にぞなりたまふ」と重厄の年であることを指摘する。ここまでの物 語に紫の上の健康が話題になったことがなかっただけに、読み手もまた不 安を感じざるを得ない書き方である。 源氏は、紫の上に「さるべき御祈りなど、常よりも取り分きて、今年は つつしみたまへ」と、いつにも増した祈 と精進潔斎を勧め、自分は、幼 い時から准太上天皇となった今まで栄華の中に身をおいてきた、しかし、 「されどまた、 世にすぐれて悲しきめを見るかたも、 人にはまさりけりか し」と多くの悲しい経験をしたと言い、また「あやしくもの思はしく、心 に飽かずおぼゆること添ひたる身にて過ぎぬれば」と悩みが多く満ち足り なく思うことがある身の上であると言う。そして、 それにかへてや、 思ひしほどよりは、 今までもながらふるならむとなむ、 思 ひ知らるる。 と、思うにまかせないことを多く経験した代償に、思ったより長命を得て いるのだろう、と自分の半生を語る。

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源氏は続けて、 紫の上には、 須磨謫居の時以外は、 「もの思ひとて、 心 乱りたまふばかりのことあらじとなむ思ふ」と、何の悩みもなかったろう と言う。女三の宮の降嫁については、 なま苦しかるべけれど、 それにつけては、 いとど加ふる心ざしのほどを、 御 みづからの上なれば、 おぼし知らずやあらむ。 ものの心も深く知りたまふめ れば、さりともとなむ思ふ。 と、降嫁のことはつらいでしょうが、かえってあなたへの愛情が深まった ことはおわかりのことと思いますと、源氏は紫の上に問いかける。 これに対する応えが、前掲の紫の上の言葉なのである。源氏の長い発言 は、紫の上に息災の祈 を勧めることに始まり、源氏の場合は悲しみと引 き換えに永らえてきた、紫の上は苦しい思いをあまりしていない、女三の 宮の降嫁ではつらい思いをしたかもしれないが、かえって自分の愛情は増 している、と次々に話題が展開しているようであるが、紫の上の息災を願 うという内容は一貫している。しかし、源氏の言葉は、あくまでも源氏の 視点からの慮りであり、紫の上が抱いてきた苦悩をそのままに感じ取って いるのではない。紫の上にとっては、源氏と自分の認識の食い違いが際立 ち、その温度差をはっきりと意識せざるを得ない状況が作り出されている のである。 三 上記のような展開で口にされた紫の上の言葉の前半、 「のたまふやうに、 ものはかなき身には過ぎにたるよそのおぼえはあらめど」については、源 氏がおっしゃるように取るに足りない自分のような身の上には過分な世間 の評価はあるようですが、と理解することに大きな問題はないようである。 しかし、 「心に堪へぬ」 以下には、 さまざまな解釈が行われている。 そも そも、紫の上の発言に用いられた言葉がさほど吟味されないまま、解釈が 行われてきたように思われるのである。 以下Ⅰ Ⅱに分けて検討を加えてみたい。 Ⅰ心に堪へぬもの嘆かしさのみうち添ふや ①「堪へぬ」は、ハ行下二段「堪ふ」の未然形+打消の助動詞「ず」の 連体形、と考えられ、心に堪えきれない「もの嘆かしさ」と理解され ている。しかし、紫の上が心に支えきれないほどの大きな嘆きとは、 何を言うのだろう。女三の宮の降嫁に対しては、乱れることなく対応 して八年、むしろ紫の上が十分に堪えてきた年月として描かれている。 現在、源氏物語注釈書の本文表記は一致して「堪へぬ」としているが、 「たへ」 はヤ行下二段 「絶ゆ」 の未然形 「たえ」 の可能性はないだろ うか。ここを「絶えぬ」とすると、絶えることなく心にある「もの嘆 かしさ」と解され、紫の上がおかれてきた状況を反映するように思う。 心の中に絶えることなくある思いを「もの思ひ絶えぬ」 (澪標三〇 松 風一三七) 「絶えぬ思ひ」 (柏木二六九) とする例、 途切れない、 盡き ない様子を 「絶えぬ涙」 (澪標二四 夕霧六 六 注6 ) 「絶えぬ御癖」 (朝顔一 八九) とする例など、 「絶えぬ」 は改めて言うほどの特別な表現では ない。構文としては、 「心に」は「うち添ふ」に、 「絶えぬ」は「もの 嘆かしさ」に受けられる形になろう。 仮名遣いは措くとしても、 『岷江入楚 』 に 「 かやうにたえぬ物な げ か しさ は 注7 」 と あるのは、 「絶えぬ」 と 理解しているようである。 ま た 『 湖 月 抄 』 は、 「 抄 」としてこれを 挙 げ 、「かやうに絶ぬ物嘆かしさは 注 8 」

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と表記している。 ② 「もの嘆かしさ」 の 「嘆かしさ」 は、 形容詞 「嘆かし」 に接尾語 「さ」 が付いたもので、気持が満たされない状態や思うままにならない状態 を表す。ここでは悲しさやつらさと解せる。接頭語「もの」は、何と なく、 と捉えられてきているが、 『古典基礎語辞 典 注9 』は 、「もの」 は 「『源氏物語』に代表される平安女流文学では軽い接頭語ではない 注  」と し、 「もの」を名詞に分類して「 自分にはなんとも仕方のない なり ゆきを表している」と説明している 注  。次に来る強調の「のみ」や「う ち」の使用と合わせ、ここで紫の上が抱く「嘆かしさ」も、なんとな く、ではなく、女三の宮降嫁を背景にして、自分ではどうしようもな い悲しみやつらさに囚われている、と理解するのが適切ではないだろ うか。 ③副詞「のみ」は、限定の意味でもあるが、強意で用いられることもあ る。限定として、悲しみばかり、のように訳している注釈書もある。 しかし、中古では「ノミはほとんど強調の意 注  」であり、ここも現代語 には表しにくい強意の副詞と理解できる。 ④「うち添ふ」の接頭語「うち」は、明白に、とか、歴然と、と解せる 注  。 ⑤「や」については、疑問の係助詞と間投助詞の二様の解釈があるが、 どのように捉えているのか不明の注釈も見られる。この「や」は、文 末の「祈りなりける」で受けられて係り結びを構成しており、疑問と することに問題はないように思う 注  。 このように、 「堪へぬ」を「絶えぬ」に改めて考えると、 心に絶えぬもの嘆かしさのみうち添ふ は、私の心の中に、途絶えることのない、どうしようもない悲しみが、明 らかに寄り添っている、と通釈できる。紫の上の半生を、 「もの思ひとて、 心乱りたまふばかりのことあらじとなむ思ふ」と言い、女三の宮の降嫁に も「なま苦しかるべけれど」と言う源氏に対し、紫の上の真情が語られて いると読みとれるのである。 四 Ⅱさはみづからの祈りなりける ①「さは」については、 ・連語 (代名詞 「 さ 」 注 +助詞 「は」 ) として、 それが、 あるいは、 それは、 ・接続詞として、それならば、あるいは、それでは、 と両解釈が混然としている 注 。 連語と考えた場合、 直前にある 「さは」 は 、「もの嘆かしさ」 のこと になり、苦悩が紫の上の生そのものになっているとする解釈を導く。 一方、紫の上の言葉が、源氏の発言の論理展開を受けていることはす でに述べたが、 そのためには、 前の事柄を受ける 「それでは」 、と い う接続詞は不可欠である。 『弄花抄』 『細流抄』などの古註釈には「さ は」 は 「さればと也」 とある。 構文としては、 「さは、 心に絶えぬも の嘆かしさのみうち添ふや」と、紫の上の言葉の初めにあるべきもの が倒置されたと見られる。これによって「心に絶えぬもの嘆かしさの みうち添ふ」 ことが強調される。 ただし、 通釈する場合は、 『新潮日 本古典集成』のように「それが」とか「それは」という形で主語を補 わざるを得ないだろう。 ② 「みづからの祈り」 は、 「自分がする自分のための息災の祈り」 であ

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ることを山本氏がすでに考証されている。 ③「なりける」は、断定の助動詞「なり」と助動詞「けり」の連語であ り、ここでの「けり」は、詠嘆、あるいは気づきの意味として解釈さ れている。 『源氏物語』の文末表現に多い「なりけり」については、 『玉の小 』 に言及のあることを田島光平氏が指摘し 注  、「理由の説明に用いられる」 ことを説いている。 『玉の小 』桐壺の巻には、 すべて文に、 なりけりといへるは、 上 の事の由を、 解釈したる如き語の とぢめにおく辞也、こゝは上にわかき人々 云々 といふより、これまで、帝 は、若宮の参り給はむことを、早くといそぎおぼしめすに、更衣の母の、 すみやかにも参らせ奉り給はぬは、 かやう  の故也と、 其 故を解釈し たるがごとし 注  、 とあり、 単なる詠嘆や気づきとは異なる解釈を示している。 『日本語 文法大辞典』にも宣長の指摘は「散文作品の中で なりけり を文末 に持つ文の機能として、一般的に言い得ることである 注  」とあり、ここ の「なりけり」も、ことの理由や原因を説明する用法として検討する 必要があろう 注 。 ところで、 「さは~なりけり」という構文は、 『源氏物語』中に七例ある 注 が、明らかに「さは」が接続詞として用いられているのは若菜下を含めた 三例である 注 。 ・さは、 海のなかの龍王の、 いといたうものめでするものにて、 見入れたる なりけりとおぼすに、 (須磨二五六) 異形のものが自分を捜している夢を見た源氏は、それでは龍王が 自分に目を付けたためなのだった、と思うが、目を付けられたこ とによって起きた出来事が何かは示されていない。しかし、ここ が突然の雨風の原因に源氏が思い当たった場面であることは言う までもない。 ・さは、 かかる御心の隔てある御仲なりけりと聞きたまふにも、 親 に知られ たてまつらむことのいつとなきは、あはれにいぶせくおぼす。 (常夏九〇) 夕霧と雲居の雁の仲を裂こうとする内大臣を非難する源氏の言葉 を聞いた玉鬘が思うことである。それではこのように心に隔ての ある関係のためなのだった、と聞くにつけても、実父に自分の存 在が知られるのがいつになるのかともどかしい、ということにな ろう。ここも、隔てのある関係が何をもたらしているのか、明示 されていないが、 「親に知られたてまつらむこと」 以下から、 源 氏が、内大臣に自分の存在をいつまでも知らせないでいる理由を 玉鬘が知ったことを指していることは無理なく推測できる。 若菜下の「みづからの祈りなりける」は、直訳すると、自分自身の息災 の祈 のため、つまり、自分自身の息災の祈 となるためなのだった、と いうことになる。ただし、ここには前文にある疑問の「や」が反映されな ければならない。 従って、 「心に絶えぬ嘆かしさのみうち添ふや、 さはみづからの祈りな りける」は、私の心に途絶えることのない悲しみが寄り添っているのは、 それでは悲しみが私自身の息災の祈 となるためなのだったのですか、と 紫の上が、源氏に投げかけた言葉になるのである。

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五 源氏が「常よりも取り分きて」祈 をするようにと勧めた言葉から、こ れまでも紫の上が息災の祈 をしてきたことは明らかである。その祈 に よって息災が得られてきたと思っていた、しかし、悲しみを受けることに よって生き永らえている、という源氏の言葉のとおりなら、これまで絶え ず身により添っていた「もの嘆かしさ」が、自分を永らえさせてくれたの ですか、と紫の上は問いかけたのである。 この問いかけは、源氏の論理展開を利用して、紫の上の身に「もの嘆か しさ」が添うことを訴えているのであり、私の苦しみの原因はあなたにあ るのではありませんか、という含みがある。 源氏の口から女三の宮の降嫁を聞いた紫の上は、 「のがれたまひがたき を、憎げにも聞こえなさじ」 (若菜上四五) 、「をこがましく思ひむすぼほる るさま、 世人に漏り聞こえじ」 (同) と心に決めている。 当初は、 「目に近 くうつればかはる世の中を行く末遠く頼みけるかな」 (同五六) 、あ る い は 「身に近く秋や来ぬらむ見るままに青葉の山もうつろひにけり」 (同七九) と、源氏の心変わりを恨む気持を思わず書き付けてしまうようなことはあ った。しかし紫の上は、源氏を含め周囲に本心を見せることなく過ごして きた。 源氏は、 「ことに触れて、 心苦しき御けしきの、 下にはおのづから 漏りつつ見ゆるを、ことなく消ちたまへるも、ありがたくあはれにおぼさ る」 (同八〇) と紫の上が堪えている様子を理解しているが、 降 嫁の七年 後には、女三の宮のもとにも紫の上と等しく訪れるようになっている。紫 の上は 「 さればよとのみ、 やすからずおぼされけれど」 (若菜下一六二) と 穏やかではないものの、さまざまな思いを心奥に抱えたまま、表面に表す ことなく過ごしてきたのである。 ここで改めて、 「なりけり」 という表現に注目すると、 前の井島氏の論 文に 「なりけり」 は 「原因 理由を事実として提示する」 のであり、 「語 り手または登場人物の推量として提示する場合にはナル ベシ、ナラ ムな どが用いられる」という指摘がある 注  。この場での紫の上の言葉は、推量や 婉曲で表現されてもよかったはずである。 しかし、 「なりける」 と言い切 ったところに、紫の上の発言に強い意志を持たせようとした作者の意図が あるように思われる。つまり「心に絶えぬもの嘆かしさのみうち添ふや、 さはみづからの祈りなりける」は、紫の上が心の奥に抑えていた懊悩を、 意識的に源氏に向けて言った言葉として理解すべきなのである。 だが、今、紫の上が直面する問題は源氏の心変わりではない。かと言っ て、女三の宮を批判することになるような言葉は口に出来ない。紫の上が 「残り多げなるけはひ」と言いさした心も、その様子を「はづかしげなり」 と見た源氏の気持も、女三の宮の存在を核に据えて考えた時に自然な動き として描き出されていると言えよう。 紫の上は、続けて、 まめやかには、 いと行く先少なきここちするを、 今 年もかく知らず顔にて過 ぐすは、 いとうしろめたくこそ。 さきざきも聞こゆること、 い かで御ゆるし あらば (同一九〇) と、 出家を願いでる。 「まめやかには」 という語は、 そのことはともかく 本当は、と前言を不問にする効果を持ち、源氏に向けられた話題の矛先を、 出家を願う紫の上自身へと転換している。紫の上の「まめやかには」とい う一言によって、この場が深刻になる状況は回避されるのである 注  。

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源氏は出家の願いを許さず、話は女性評へと移って行く。しかし、紫の 上自身は、 げに、 の たまひつるやうに、 人よりことなる宿世もありける身ながら、 人の 忍びがたく飽かぬことにするもの思ひ離れぬ身にてや止みなむとすらむ、 あ ぢきなくもあるかな (同一九四) と、その夜、自らの発した問に改めて向き合わざるを得ず、 「暁がたより、 御胸をなやみたまふ」 (同) と病を惹き起こすことになるのである。 女楽を経ることによって、物語世界における紫の上の優れた存在感は隠 れようがなくなり、女三の宮に対してへりくだるばかりの存在ではあり得 なくなった。これまでは、心の内に 藤はありながらも、女三の宮を立て て外に向けては表出することがなかった懊悩を口にし、それによってさら に自分の状況を確認してしまう、という心理的な負荷が紫の上を病へと導 く。その始まりが「心に絶えぬもの嘆かしさのみうち添ふ」と発した言葉 なのであった。 注 1 『源氏物語大成』 で五頁半 (一一六二④~一一六七⑫) 。『新潮日本古典集成』 で約七頁 (一八六~一九三) に及ぶ。以下、引用本文は『新潮日本古典集成』 に拠る。 2 原岡文子氏 「紫の上の 祈り をめぐって」 (「国語と国文学」 二〇〇〇年六月)  山本利達氏 「紫上の論法 さはみづからの祈りなりける 」 (「国語国文」 二 〇〇四年五月) 3 注 2 に同じ。以下、山本氏の引用はこれに拠る。 4 『源氏物語注釈七』 (風間書房。 二〇〇九年五月) の 「 私自身には、 息 災の祈り に入ることが、生きるための原動力であることに気付いたのですと述べたも の」は、また別の解釈であろう。 5 この章の引用は、一八八~一九〇頁。 6 早蕨の巻に 「堪へぬ涙」 (一三六) という一例がある。 大方の注釈は、 「堪へ ぬ涙」 と しているが、 『新日本古典文学大系』 と C D-ROM 版 『 角川古典大 観』の校訂本文は、 「絶えぬ涙」とする。用例に徴すと、 「絶えぬ涙」は歌語 のようである。早蕨の巻の例も「絶えぬ涙」とすべきであろうが、今は除外 する。 7 「いのりなりけりとて」の項。 「前に源の物思ふ事のおほきにかへて今まても なからへたるかとの給ふにつきてかやうにたえぬ物なけかしさは紫の為の祈 との給ふ也」 (中野幸一氏『源氏物語古註釈叢刊』武蔵野書院。一九九七年十月) 8 版本『湖月抄』四七ウ。 9 角川学芸出版。二〇一一年十月。 10「ものあはれ」の解説。 11「もの」については、大野晋氏編著『古典基礎語の世界 源氏物語のもののあ はれ』 (角川ソフィア文庫。 二〇一二年八月 『源氏物語のもののあはれ』 の改 題増 補 。角川文庫。二〇〇一年十月 ) 白井清 子氏「 ものこころ ぼ そし 考 平安 時代 における 」 (「学 習 院大学上 代 文学 研究 」 第 二十七 号 。二〇〇二年三月) に 詳 しい 考証 がある。紫の上の言葉のはじめにある「ものはかなし」については、 『古典基礎語の世界』 「 増補 」の項に解説されている。 12『古典基礎語 辞 典』 。注 9 参照 。 13 注 12に同じ。 14『源氏物語注釈七』 (注 4 ) は、 「や」 を 間 投助詞 とし、 「ける」 については 「 余韻 を 残 した 連体 止め」としている。 15「さ」 は 副詞 とすべきかもしれないが、 訳 文を 見 る 限 り 代 名詞 と 捉 えている ようである。

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16「さは」 の混乱については、 山 本氏が、 注 2 の論文で指摘されているが、 改 めて整理した。 17「玉の小 の なりけり の説 連体形承接の なり の一用法 」 (『語法 の論理』所収 笠間書院。一九八二年三月 。「国語と国文学」一九七一年十二月初出) 。 18「すが  ともえまゐらせ奉り給はぬなりけり」の注釈。 『本居宣長全集』第 四巻三二四頁 (筑摩書房。一九六九年十月) 。 19「なりけり」の「諸説」の項 (明治書院。二〇〇一年三月) 。 20 井島正博氏にも「なりける」は「原因 理由あるいは説明を表わしていると 考えられる」 (『中古語過去 完了表現の研究』 「連体ナリと過去助動詞」 。ひつじ書 房。二〇一一年二月) という指摘がある。また小松登美氏は、 「土左日記の解 釈と文法上の問題点」 (『講座解釈と文法 4 』 明治書院。一九六〇年五月) におい て、 「 連体なり は、単なる断定というより、事情 理由などを解明 説得 する時用いられる」とする。 21 C D-ROM 版『角川古典大観 源氏物語』に拠る。 22 若菜上一〇九頁の例は、必ずしも「さは~なりけり」の構文とは言えないこ とと、大島本「さは」は「さらば」と異同を採るべき箇所のようなので、こ こでは対象から除外する。 23 注 20参照。 24『岷江入楚』 は 「 まめやかには」 の 箇所に 「 これまては紫上源へたはふれの やうにいひなし給ふ也」 と注を付け、 山本氏は 「のたまふやうに」 以下を 「軽くおどけた」と解している。 (かやば やすお 日本語日本文学科)

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