深さ分解XPSおよびXASによる酸化物薄膜表面領域の
化学状態分析
著者
柳瀬 宏貴, 篠田 弘造, 八代 圭司, 水崎 純一
郎, 鈴木 茂
雑誌名
東北大学多元物質科学研究所素材工学研究彙報
巻
64
号
1/2
ページ
37-44
発行年
2009-03-01
URL
http://hdl.handle.net/10097/48489
深さ分解
XPS
および
XAS
による酸化物薄膜表面領域の化学状態分析
柳瀬宏貴
*1,
篠田弘造
*1,
八代圭司
*1,
水崎純一郎
*1,
鈴木茂
*1Chemical State Analysis of the Surface of Oxide Thin Films by
Depth Resolved XPS and XAS
By Hiroki Yanase, Kozo Shinoda, Keiji Yashiro, Junichiro Mizusaki
and Shigeru Suzuki
Chemical states of oxide thin films in the depth direction were analyzed. In this study, a novel technique of fluorescence yield X-ray absorption spectroscopy(FY-XAS) for depth-resolved surface analysis as well as angle-resolved X-ray photoelectron spectroscopy(XPS), and it was focused on La0.7Sr0.3MnO3+d thin films known
as the cathode material of Solid Oxide Fuel Cell(SOFC). The specimens were prepared on the yttria-stabilized zirconia(YSZ) substrates by spin-coating method. As-prepared specimens were annealed at 1073K under the different oxygen partial pressure. The chemical states of Mn and the other elements were investigated by the depth-resolved analysis techniques and the results suggested that the composition and chemical state of Sr varied in the depth direction after annealing under low partial pressure of oxygen.
(Received December 24th, 2008)
Keywords: depth-resolved analysis, XPS, XAS, SOFC, La1−xSrxM nO3+d
1
緒言
3価のカチオンLa3+およびMn3+を含むペロブスカイト型酸化物であるLaMnO 3(LM)は絶縁 体であるが,これにCa2+, Sr2+, Ba2+ など2価のカチオンをドープした混合価数酸化物は金属的な 導電性を示し,また磁気的,化学的に特徴のある特性を示すことから,固体酸化物燃料電池,SolidOxide Fuel Cell(SOFC)の電極材料[1],巨大磁気抵抗材料[2],触媒材料 [3]などにしばしば用いら
れる.正孔ドープカチオンとしてSr2+を導入したLa 1−xSrxMnO3+d(LSM)は,Srのドープ量に応 じてMn3+ とMn4+ が混在する状態が生じ,またその存在比が変化することが特性を決定していると 考えられる.一方LMあるいはLSM系酸化物においては,環境温度や酸素分圧条件に応じて生ずる O組成の非化学量論性が知られており[4, 5],これも特性を考える上で重要な因子である. LSMをSOFC空気極の電極材料として用いる場合,燃料電池作動時電極中にはガス相に接する表 面から固体電解質との界面に向かって酸素ポテンシャルの勾配が生じていると考えられる.この酸素 ポテンシャル勾配に対応して,深さ方向に酸化物格子中のO濃度変化およびMn価数をはじめとした 化学状態変化が現れると予想される. 材料中の特定元素に対する,表面から深さ方向への非破壊化学状態分析手法として,角度分解X線
光電子分光法(Angle-Resolved X-ray Photoelectron Spectroscopy, AR-XPS)がある.XPSでは通
常試料表面からの光電子脱出深さに対応した数nm程度の分析深さが得られ,さらに検出角を変化さ
せることにより異なる検出深さの情報を得ることができる.一方,XPSと同様に特定元素の化学状態
を知ることのできるX線吸収分光法(X-ray Absorption Spectroscopy, XAS)は,近年様々な分野
で利用されている.XASは,X線の吸収端近傍のエネルギー領域に現れる微細構造から吸収端に対応 する元素原子の化学状態あるいは周囲の原子配列を非破壊で知ることができるが,表面敏感な深さ分 解分析は極めて困難であった.近年,透過法による測定の代わりに,吸収原子から放射される蛍光X 線強度の入射X線エネルギー依存性から吸収スペクトルを得る,蛍光収量XAS(Fluorescence Yield XAS, FY-XAS)と,2次元ピクセルアレイ検出器による蛍光強度の微小取り出し角依存同時測定を組 *1東北大学多元物質科学研究所
38 深さ分解 XPS および XAS による酸化物薄膜表面領域の化学状態分析 第 64 巻 第 1,2 号 み合わせた新しい表面深さ分解分析手法が提案された.これらの分析方法を組み合わせることにより, 材料中の特定の元素の化学状態について,表面近傍からの深さ方向分解分析が可能となった[6]. LSM系ペロブスカイト型酸化物の化学状態や酸素非化学量論性に関する報告は多いが,薄膜表面近 傍領域における深さ分解分析の報告例はない.本研究では,SOFC空気極における反応機構をより深 く理解するための有益な情報を得るために,LSM酸化物薄膜の深さ分解化学状態分析を実施した.た だし,電池作動環境下における電極中の酸素ポテンシャルに影響を及ぼす要因として,印加電圧や雰 囲気温度,酸素分圧などが挙げられ,各要素が互いに複雑に関連しているために,電極で起こる物理 的・化学的現象の機構を解明するのは容易でない.そこで本研究では,モデルを単純化するためにま ず電圧を印加しない一定温度条件で,酸素分圧条件をパラメータとして熱処理した試料に対し,室温 でMnをはじめとする構成元素の化学状態の深さ分解分析を行うこととした.
2
実験方法
2.1
試料作製
基板にはイットリア安定化ジルコニア(YSZ)多結晶体を使用した.8mol%のY2O3を添加したYSZ粉末(東ソー製TZ-8Y)を30MPaの圧力で一軸圧縮成型した後、1673Kにて4時間焼成し,直
径19mmの円盤状のペレットを作製した.1µmのダイヤモンドサスペンションを使用してその片面 を鏡面仕上げした後,厚さ0.7mmとなるように研磨して,これを基板とした. こうして得られた基板上に,スピンコーティング法を用いてLSM薄膜を作製した.トルエンを 主成分とする各カチオンのナフテン酸塩を溶解した溶剤(ナフテックスLa(5wt%),ナフテックス Sr(2wt%),ナフテックスMn(6wt%),日本化学産業製)をカチオン濃度比がLa : Sr : Mn = 0.7 : 0.3 : 1 となるように混合した溶液を,3180rpmで回転する基板上に,2cmの高さから1回に200µlずつ滴下 し,1分間回転を継続するというサイクルを何回か繰り返し製膜した.その後,管状型透明電気炉を 用い,800˚Cにて2時間焼成した. 作製した試料は,O2 ガス中,大気中,He-2.5%O2 混合ガス中,および Arガス中という異な る酸素分圧雰囲気中で熱処理した.各熱処理条件における酸素分圧p(O2)はそれぞれ,105Pa, 2× 104Pa,2.5× 103Pa,お よ び 10Pa で あ り ,熱 処 理 温 度 お よ び 時 間 は 全 て 800˚C お よ び 1時 間 と し た .分 析 に 際 し て は ,い ず れ の 試 料 も 室 温 ま で 放 冷 後 ,一 度 大 気 に 曝 さ れ て い る .
Fig.1 Mn 3s split XPS peak profile for the La0.7Sr0.3MnO3+d
thin film annealed in p(O2) of
10−4atm.
2.2
角度分解
XPS
本研究では,試料表面から深さ方向の組成,化学状態変化を分 析することが可能な角度分解XPSを用い,La 4d, Sr 3dおよび Mn 2p光電子ピーク強度比をもとに深さ方向組成変化を,また Mn 3s光電子ピークの分裂エネルギー差をもとにMn価数を, そしてSr 3d光電子ピークプロファイルからSrの深さ方向化学 状態変化をそれぞれ分析した.Mn価数分析の際,通常用いられ るMn 2pでは各酸化数に対応するピーク位置のエネルギーが極 めて近く,定量的な分析は困難である.そこで,Mn 3sのピー ク分裂を利用することとした.これは,Mn3s励起において光電 子放出により生じる3sの内殻空孔と3d軌道電子との間のスピ ン相互作用(交換相互作用)の際,光電子として放出された3s 軌道電子のスピンの向きの違いによって生じる光電子放出後の 合成スピンの違いに起因する.Fig.1に,一例としてArガス中で熱処理したLSM薄膜のMn 3s XPSスペクトルを示す.分裂したピークのエネルギー差は, 3d軌 道を占有する電子数に対して線形的関係を有することから, Mn価数の評価に利用することが可能で ある【7]・ XPS分析においては,使用するX線源のエネルギーにより検出深さが異なる.本実験では,単色AI Ka(1486.6eV)を用いたラボX線光電子分光測定装置(PH1-5600)による軟Ⅹ線利用XPS分析,お よび放射光実験施設SPring-8 BL46XUを利用したエネルギー7957eVの硬Ⅹ線利用XPS分析(重 点産業利用課題.課題番号2008A1799)を実施した.角度分解XAS測定は,光電子の取り出し角, すなわち試料表面と検出方向のなす角を150刻みに150から750まで変化させ実施した.定量分析に おいては, Shirley法【8】によりバックグラウンドを見積もり,光電子ピークの積分強度を求めた. 2.3 深さ分解XAS XASは各元素に固有なエネルギーをもつ特性吸収端近 傍のX線吸収スペクトルから吸収元素原子の化学状態お よび周囲の原子配列を知ることのできる分析手法である. 特性吸収に伴って放射される蛍光Ⅹ線強度を測定するこ とにより,通常の透過モードでの測定が困難な基板上の nu。rescence 薄膜試料に対しても吸収スペクトルを得ることができる. この蛍光収量モードでは.通常試料面に対して450入射, および450検出の配置をとるが,これでは試料深部から 放射される蛍光Ⅹ線も検出されるため,得られるのはバ ルクあるいは全体平均情報となる.本実験では,表面敏 感かつ深さ分解分析を実施するため, Fig.2に示すよう に試料面に対して小さい蛍光Ⅹ線検出角となるように検 出器を配置した.また, 1pixelあたり172〝m幅の検出 素子を配列した2次元アレイ検出器PILATUS IIを使用 して,試料上の蛍光Ⅹ線発光点からの距離を172mmと Ⅹ-ray lnCldent X-ray > 2dimensional plXel X一一ay detector PmATUS Ⅱ ●ヽ take-oq angle
Fig.2 Schematic diagram of geometry in grazing exit FY-XAS measurement.
し,角度分解能1mrad(- 0.05730)で検出角約90までの 範囲を同時測定する.このような斜出射配置かつ高い角度分解能での測定においては,検出器の各素 子で検出される蛍光Ⅹ線強度は極めて微弱となる.従って,放射光でも特に高いフラックス強度を得 ることのできるアンジュレ-タ光源を利用する必要がある.実験はSpring-8 BL-37XUにおいて実施 した(課題番号2007B1454).白色放射光をSi(111)二結晶モノクロメータで単色化し,スリットで照 射領域を0.5mm xO.5mmとしたⅩ線を試料直上より入射する.入射Ⅹ線エネルギーをMn K吸収 棉(6539eV)近傍で走査して測定した蛍光Ⅹ線強度プロファイルをもとに, Mn K蛍光以外のバック グラウンドを吸収端低エネルギー側の検出強度から外挿して見積もり,差し引いた.また吸収端より 高エネルギー側での蛍光強度をもとにスペクトルを規格化し,吸収端近傍のいわゆるXANES(Ⅹ-ray Absorption Near-Edge Structure)を比較してMnの儀化数を相対的に比較する.
3 結果と考察
3.1角度分解XPS
Arガス雰囲気中で熱処理した試料はラボ軟Ⅹ線および放射光硬Ⅹ線利用XPSの角度分解測定を. そして空気中で熱処理した試料はラボ測定を実施した. Fig.3に.光電子検出角に対するMn 3Sの交
40 深さ分解 XPS および XAS による酸化物薄膜表面領域の化学状態分析 第 64 巻 第 1,2 号
Fig.3 The energy difference between the Mn 3s split peaks.
Fig.4 Take-off angle (detection depth) depen-dence of cation composition in the annealed LSM film samples; solid line: annealed in air, broken line: annealed in Ar gas.
条件と放射光硬X線利用測定でもっとも小さい検出深さである検出角15◦の条件で得られたO 1sス ペクトルにおいて,表面吸着化学種由来とみなされるピークの相対強度を比較することにより,後者 は前者よりも検出深さが大きいことを確認した.また文献値[9]を参考にして,価数の異なるMn酸 化物の分裂ピークエネルギー差を図中に示した.Mnの酸化数が高いほど分裂ピークのエネルギー差 が小さくなる. Mn 3s分裂ピークのエネルギー差からは,Mn価数に対する明確な深さ依存性は認められない.分 裂ピークエネルギー差は空気中で熱処理をした時の方がAr雰囲気中より小さい.少なくとも大気中 室温まで放冷された後では試料表面から10nm程度の深さにわたって,Mn価数の変化はないとい える. Fig.4に,熱処理した2種類のLSM薄膜試料に対して角度分解測定したLa 3d, Sr 3dおよびMn 2p光電子ピークの積分強度比を相対感度計数で補正することにより求めた,カチオン組成比の深さ方 向変化を示す.各カチオンのmol%絶対値は,各光電子ピークのバックグラウンドの見積もり方や積 分強度の取り方に依存し,誤差は小さくない可能性があるが,定性的には深さ方向に以下のような傾 向を示している.すなわち,Mn組成比がいずれの試料でも検出角によらずほぼ一定であるのに対し, LaとSrは薄膜表面に向かうに従って相補的に濃度が変化しており,これはSrが表面に濃集している ともいえる.この傾向は,低酸素分圧下で熱処理した場合において,Sr濃度がより濃くなっており, 顕著である. 表面から深さ方向に濃度変化を示したSrについて,3d光電子ピークプロファイルをさらに詳 細に検討した.Fig.5に,Sr 3dに対する角度分解XPSスペクトルプロファイルを示す.Sr 3dス ペクトルにおいては,3d3/2 および3d5/2に対応する2つのピークが観測される.Fig.5(c)に示す ように硬X線を利用した相対的に深部からの信号を反映するスペクトルではこれらのピークが明 瞭に分離されているのに対し,Fig.5(a)および(b)に示す軟X線を利用したより表面近傍の情報 を反映するスペクトルにおいては,ラボ測定データの相対的な低エネルギー分解能を考慮しても なお,2つのピーク分離が不明瞭である.特に低酸素分圧下で熱処理した試料に対しては,通常 の2つのピークと異なるエネルギー位置に別のピークが重畳していることを示唆するスペクトル 形状を示している.これは,表面近傍で濃集したSrがLSM格子中に存在するときとは異なる化
Fig.5 Sr 3d XPS spectra measured using monochromized Al Kα radiation for LSM film samples annealed in air (a) and in Ar gas (b), and the one measured using hard X-ray with energy of 7957 eV for LSM film annealed in Ar gas(c).
学状態の相を形成している可能性を示唆していると考えられる.そこで,低酸素分圧下で熱処理し た試料のSr 3dスペクトル(Fig.5(b))に対して,2組の分裂ピークを考慮したフィッティングを
Fig.6 Background-reduced Sr 3d photoelectron spectra of the sam-ple annealed in Ar gas.
実施した.Fig.6に,Al Kα利用Sr 3d光電子スペクトルの検 出角15◦および75◦で得られたピーク形状と,プロファイル フィッティング最適化の結果を示す.ここでは,図に示したペ ロブスカイト酸化物中に存在するSrの化学状態aおよびそれ と異なる化学状態bを仮定し,それぞれのダブレットピーク間 の強度比と半値幅およびエネルギー位置のパラメータを固定し てフィッティングを行った.図に示すように良好なフィッティ ング結果が得られ,試料表面に近づくほど新たな化学状態の存 在比が大きくなることが分かる.LSMペロブスカイト酸化物に おいてこのような表面への元素濃集が起こることはよく知られ ており,Srが表面でSrOとSrCO3の混合状態[10],あるいは
K2NiF4構造をもつ(La, Sr)2MnO4酸化物[11]を形成するモデ
ルを提唱する報告もある.本実験の結果は薄膜表面のSr関連 化学種を決定するには十分ではないが,少なくとも軟X線利用 XPSスペクトルで検出される程度の情報深さ領域においてSr の濃集が起きており,Srは薄膜内部のペロブスカイトとは異な る化学状態で存在しているといえる. このようなSr組成の深さ方向変化は,Mn価数の深さ方向変 化を考える上で無視できない現象である.Laは3価,Srは2価 の状態で存在するが,表面でSr濃度が高くなるほど,電気的中 性を保つためにMn価数は上がるはずである.Srの表面濃集の 傾向は,低酸素分圧雰囲気下で熱処理した試料においてより顕 著に現れていることから,低酸素分圧雰囲気下の熱処理で生じ ると考えられる酸素欠損によるMn価数の低下を,Srの表面偏
42 深さ分解 XPS および XAS による酸化物薄膜表面領域の化学状態分析 第 64 巻 第 1,2 号 析に伴うMn価数の上昇が相殺し,結果としてMn価数に深さ依存変化が現れなかったと考えること ができる.
3.2
深さ分解
XAS
一般に,X線吸収スペクトルにおける吸収端のエネルギーは,吸収元素の酸化数に依存してシフト する.Mnにおいても,酸化数が上がるに従って高エネルギー側にシフトし,そのシフト量とMn価 数の線形的関係を利用して酸化数未知試料の分析を実施した例は多い[12–14].ただし,Mn原子周囲 の原子配列,すなわち結晶構造が異なる場合には,その影響を受けて吸収端近傍に肩など様々な形状 の差異を生じる場合があり,各酸化数の参照物質としてしばしば用いられる各種Mn酸化物の吸収端 位置を基準として未知物質のMn酸化数の絶対値を議論することは必ずしも適当でない.本研究では, 結晶構造の等しいペロブスカイト酸化物に対して相対的な吸収端位置から相対的なMn酸化数変化を 考えるにとどめることにする.Fig.7に,酸素分圧2.5× 103Paの雰囲気で熱処理した試料および純酸 素雰囲気で熱処理した試料に対するMn K吸収端XANESスペクトルの蛍光検出角依存性を示す.図 には3価および4価のMn酸化物参照物質Mn2O3およびMnO2のXANESスペクトルも併せて示 してある. 深さ分解XAS分析にあたって,蛍光X線検出角と情報深さの関係を見積もってみることにする. 試料中に強度I0 のX線を垂直に入射した場合を考える.表面からある深さZにある微小厚さ領域 dZで蛍光X線が発生し,出射角αで試料外部に放出されるとする.深さZの位置におけるX線強 度I1は,次式で表される. I1= I0e−µtZ (1) ここに,µtは入射X線に対する試料の線吸収係数である.入射X線に対する蛍光発生効率が一定値 Sであるとすると,dZで発生した蛍光X線が線吸収係数µf で吸収されながら出射角αで試料中を 通過し試料表面に達したときの蛍光強度dIfは,次式で表される.dIf = SI1e−µfZ/ sin αdZ = SI0e−µtZe−µfZ/ sin αdZ (2)
上式を表面から深さZまで積分することにより,表面から深さZまでの領域から発生し,出射角α
Fig.7 XANES spectra measured at Mn K absorption edge for La0.7Sr0.3MnO3+dthin films annealed
で放出される蛍光X線強度を得る. ∫Z 0 dIf= ∫Z 0 SI0e(−µt−µf/ sin α) Z dZ = SI0 −µt− µf/ sin α { e(−µt−µf/ sin α)Z− 1 } (3) 今,情報深さをxとし,これを膜厚無限大と仮定したときの全蛍光X線強度に対する薄膜(0 < Z < x) から放出される蛍光X線強度の比が0.9となる深さと定義すると,次式の関係が成り立つ. ∫x 0 SI0e (−µt−µf/ sin α)ZdZ ∫∞ 0 SI0e (−µt−µf/ sin α)ZdZ = 1− e (−µt−µf/ sin α)x = 0.9 (4) 式(4)から実際にLSM薄膜試料について情報深さxを求めると,検出角α = 0.35, 1.0および4.0◦に 対してそれぞれx = 65, 183および692nmとなった.すなわち,Fig.7において検出角0.35◦のスペ クトルは試料表面から膜厚の約半分以下の範囲に関する情報を反映しており,1◦および4◦のスペク トルは薄膜全体の情報を含んでいると考えられる.各スペクトルを比較すると,個々の試料における 吸収端位置に顕著な深さ依存性は示されていないが,試料間ではXANESスペクトル形状,特に吸収 端立ち上がりの裾部分おおよそ6540-6550eVの領域における吸光度を反映した蛍光X線強度が低酸 素分圧で熱処理後の試料について測定されたスペクトルで若干高くなっており,全体として吸収端立 ち上がりの傾斜が緩やかになっている.吸収端における同様の傾斜の変化が格子の応力歪みに起因す るという報告例もあるが,詳細を議論するにはさらなる検討が必要である. 角度分解XPS分析および深さ分解XAS分析いずれの結果も,酸素分圧の異なる熱処理によるMn の化学状態の深さ依存性には影響を及ぼさないことを示していた.XPSの結果が示すように,その要 因としてSrの表面濃集が考えられる.一方,酸素の不定比パラメータdの変化も重要と考えられる. La1−xSrxMnO3+d系酸化物において,高温環境下におけるdの酸素分圧に対する変化量は,Srドー プ量の増加とともに小さくなることが報告されている.さらに,本研究で対象としたLSM系酸化物の ように,Mn3+およびMn4+の価数混合状態では,Mnの電子配置はそれぞれ3s13d4および3s13d3 と考えられるが,O 1s EELS測定やXAS測定の結果からO 2p軌道に正孔が存在することが示され た事実をもとに,実際には3s13d4 および3s13d4L (LはMnに配位したOに局在する正孔)という 状態となっているために,Mn 3s XPS分裂ピーク間のエネルギー差に変化として現れなかったと解釈 する報告がある. 本実験では,酸素分圧条件の異なる熱処理を施した後,大気中室温での測定結果をもとに考察した が,燃料電池動作環境を想定した高温あるいは電位差印加環境中におけるin-situ測定が実施できれ ば,より詳細な考察と,それに基づく知見が得られると期待される.
4
結言
SOFCの空気極材料として知られるLa0.7Sr0.3MnO3+dの薄膜電極に対し,酸素分圧の異なる条件 で熱処理し,電極の最表面から固体電解質との界面に向かって化学状態の深さ方向分析を行った.熱 処理時の酸素分圧に起因する深さ方向への不定比酸素組成変化に対応したMn価数の深さ方向変化が 期待されたが,実際には示されなかった.一方,Srにおいては少なくとも表面近傍において複数の化 学状態が存在し,その存在比およびSrの濃度に深さ方向変化が確認された.またこの傾向は,低酸素 分圧下で熱処理した場合に顕著であった.これより,Mn価数の変化を考察する際には,Srの濃度変 化のMn価数への影響も考慮する必要があると考えられる.44 深さ分解 XPS および XAS による酸化物薄膜表面領域の化学状態分析 第 64 巻 第 1,2 号
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