山梨大学教育学部附属教育実践研究指導センター研究紀要1,117−120,1993
心理学的知識の教授法についての一考察
A Consideration on Instructional Ploblems of
Psychological Knowledges
山添正
TadashiYAMAZOE
心理学は主体との関係性を前提にしますので,他の自然科学とは根本的に性格を異にする特徴を持っ ています.この「目的のある関係性の言語化」を「物語化」と言います.この「物語」を媒介にした 心理学の授業の実践は,学生の心理学に対する興味を高めると同時に彼等の心理学的変化にもつなが るものであることを明らかにしました.つまり,この授業の実践は,受講生である学生の心理学的 「知識」を増やすのではなく,他の学生との「体験の共有」によって,彼等の「自一他の関係性」(物 語)の意識化をもたらすものです.その事は「自分の考えに自信」をもたせたり,「自己洞察」を深 めると言う彼等の授業に対する評価が示しています. 物語法による心理学の授業は単なる知識の伝達に終わらず,学生の自己理解に役立つわけです. キーワード:①関係性 ②物語 ③意味1.心理学と言う学問の特殊性
心理学の特殊性を一言で言うと,その対象が人間であ ると言うことです.この事は,他の学問と違った性格を 心理学に与えています.その一番大きな問題は,対象が 「主観」を持った存在であるという事から来ています. 物理,化学でも理論の検証と言うことが行われますが, 心理学理論の検証の場合この「主観」の存在は大変やっ かいな問題を研究者につきつけてきます. 心理学者はよく「裸の王様」と言われます.そして, 心理学用語は裸の王様の「服」にたとえられるのです. 難しい用語を使っても,専門家の間では通用します.し かし,専門外の人から「分らない」と言われてしまえば, その概念は人間を対象としている限り意味が無くなって しまうところがあるからです.したがって,対象者に向 かっての心理学的説明は,それがそのまま理論の検証の 場でもあるわけです. このように心理学は,研究の対象となった人間からの 反論をつまり「聞き手」を予想して心理学的研究がなさ れねばならないと言う性格を担っています.大学生を前 にして,「今の大学生はこうだ」と講義しても,その当 人たちから「それは違う」と言われれば,その心理学的 説明は妥当性が無くなってしまうわけです.他の自然科 学でも理論の検証のなかで「自然の反論」はあるわけで, 何も心理学だけがその反論によって理論の修正が迫られ るわけではありません.ただ,心理学の対象である,と くに人間は「主観」を持った存在であるところが自然と 異なります. それを分りやすく説明しましょう.「専門用語」と言 う「標準語」で人間心理を説明しようとする時……それ をアップの過程としましょう……必ずその抽象過程を自 覚していないといけません.聞き手より「分らない」と 言われた時は,その対象である聞き手の生きている文脈 まで降りてくること……ダウンの過程……が出来ないと その言葉の意味を理解しているとは言えないのです.アッ プだけして,その過程を忘れてしまい専門用語だけ一人 歩きをして使っていると,そのような知識は前述した 「裸の王様」の「服」になってしまうのです.心理学の 専門家が言うから,その権威を受入れる人はその気になっ て聞くことができるかもしれません.ところが,お話で はそのような権威を認めない子どもが真実を明らかにし たように,そのような心理学的説明は「意味」がないと 言われますと「意味」が本当に無くなってしまいます. 心理学的知識の説明にはこの「意味」が,大きな問題と なるわけです.なぜなら,心理学的知識は,「聞き手」 である人間の主観的意味構造を通して伝えられるからです.2.心理学的説明における「意味」
心理学教室 ここに一っの例を挙げてみましょう.心理学的研究で よく知られている言葉にエリクソンの提唱したアイデン一ll7一
山梨大学教育学部附属教育実践研究指導センター研究紀要1,1993 ティティと言う言葉があります.これは訳が悪いのか, 原文が難解なのか分りませんが,専門家でも理解が大変 困難です.あまりにも難しいので,「日本人不可知」論 がある程です.つまり,複雑な人種の混ざった人間にし か理解できない概念で,いわゆる「単一民族」の日本人 には,理解が不可能というのです.しかし,心理学的知 識は,「聞き手」の主観的意味構造を通して伝えられる と言う立場に立つと,この難解さをこの様に考えること が出来ます. 「他でもない,彼はあのテーマを追いっづけているが, それが彼のアイデンティティなのだ」と言う時,「聞き 手」を共感させるものがあります.ところが,そうした 言い方をせずに,科学的に厳密なアイデンティティの定 義をしょうとして,こうした主観的定義を廃し,厳密な 定義が出来上がった瞬間アイデンティティと言う言葉は 「聞き手」に取って「意味」が無くなってしまうわけで す.なぜ意味が無くなるかと言いますと,説明者(今の 場合,心理学の講義をする人)が自分自身の主観を離れ て,客観的対象としてアイデンティティを定義しょうと して,「聞き手」と「説明者」の「共有できる体験」を 切り捨ててしまうから「意味」が無くなってしまうので す.
3.心理学と自然科学の知識の相違点
心理学的知識の教授法に関係する,「聞き手」に「共 有できる体験」を与える方法とは何かと言う問題につい て,河合1),は,まとめるとつぎのように述べています. 心理学の研究者は,客体となる人との「体験を共有し つつ,それを対象化する(言語化)と言う仕事をバラン スよくしなくてはならない」と言います.つまり,「共 有」と言う研究者の主観と客体とを関係付ける作業とそ れに対して「言語化」と言う作業の場合は,逆に出来る 限り自分をその現象に関係させず,対象化して見ること が必要だと言うのです. この矛盾した作業を同時に遂行しなければならないと ころに心理学者の難しさがあると彼は言っています. 自然科学的知識と言うのは,心理学と異なり,研究者 が対象から自分を切り離して得られた知識ですので,ど んな「聞き手」に対しても通用します.しかし,ここで 注意しなければならないのは,誰にでも通用する知識が 個人に取って「意味」があるかどうかは別問題だと言う ことです,太陽の研究をして天体の法則を理解すること は出来ます.しかし,「どうしてこの世に太陽と言うも のが存在するのか?」「自分と太陽とはどんな関係があ るのか?」などの疑問に対しては,自然科学的知識は何 も答えて呉れません.太陽の動きは,研究者とは無関係 に説明できるからです.ところが,心理学的知識は「主 体」と「客体」とのある「関係」を前提にして,それを 「言語化」して得られるわけですからどんな「聞き手」 に対しても通用するわけではありません.大人の男女関 係を子どもに説明しても意味は分りにくいでしょう.西 洋の男女関係は,日本人の我々には理解しにくいでしょ う.このようにある「関係」とは共有できる範囲に限界 があります. ところで「わかりにくい」と表現したのは,「分らな い」と言う意味ではありません.男女関係は,大人も子 どもも,日本人も西洋人も,共通して理解できる部分が 大きく,ユングは,人間の深層に入るほど,年齢とか性 別とか人種とか,文化とかに関係なく人間に共通の体験 (普遍的無意識)が可能であると言っています2}.自然 科学が,主観を廃して客観世界を記述することによって, 誰もが理解できる普遍的法則をめざすのに対して,心理 学は,主観の深層を記述することで,普遍をめざすわけ です.「それは個を消して普遍を研究することによる普 遍ではなく,個より普遍にいたる道である」3),したがっ て,心理学的真実とは,その個人の属する社会や文化に よって異なってくるのも当然です.しかし「主観」を深 く探求すれば,社会や文化を越えた普遍性をもつものに なるわけです.4.物語と心理学的知識
前節で心理学的知識の特徴を「関係性の言語化」と定 義しました.このことについて小沢4),は,現象学者で ある竹田の言葉を次の用に引用しています. 「人間と言うのは,自分の世界を主にことばによって, いろいろ意味づけたり,秩序つけたり,分節したりする. 自分をある関係として,つまり世界と自分との関係とし て思い描くことは,一種の物語をつくることです」また 「人間は自分についての物語なしには生きられないよう な存在です.その物語とは,たとえば,自分とお父さん とはこういう関係であるとか,自分と社会とはこのよう な関係であるというような自一他の関係の理解です」 「人間は他者たちとの関係の中で欲望の対象を見出し, これをしたい,ここに届きたいと言う目標をめがけて生 きているような存在なのです.自一他関係の理解が,今 彼が持っている欲望の中身なのです.と言うのも,自分 が持つ自一他関係の物語は,単なる理解ではなく,必ず 彼のこう生きたいを指し示すものだからです」. こうした竹田のことばを借りますと,これまで述べて きた「関係性の言語化」とは言い換えますと「目的志向 的な関係性の物語化」であると言うことが出来ます.し たがって,心理学的知識とは「目的志向的な関係性の物一118一
山添:心理学的知識の教授法についての一考察 語」であり,その教授法は,「目的」と「関係」を共有 L→@「式‥⇒一【・ 「目目、一「1−7r、’→Mエ’「』 ・レ’一’一,一一 ’ づる1物詣」を}聞さ干」Cのる子とヒ7こらに広Kる(一と になるわけです.
5.授業での実践
以上の筆者の理論を実際の授業で展開した記録を紹介 しましょう.具体的な授業例として児童心理学の「もら い子空想」について述べてみます.まず,一般的定義か らはいります. 「もらい子空想とは,自分の両親あるいはその一方を, 実の親ではないと主張する妄想症状です.この空想・妄 想は,他の幾つかの症状と結合して,一定の症状群を形 成します.つまり,この心理は,現在の自分の境遇を変 化させるために,自分の過去または来歴に変更を加え, あるいは将来に向かって現実には存在しない可能性を与 えようとする目的から生じます」5), こうした抽象的定義は,「聞き手」である学生に何の 「意味」も感じさせることが出来ません.そこで「自分 の両親あるいはその一方を,実の親ではないと主張」す る親子の「関係性」と「現在の自分の境遇を変化させる ために,自分の過去または来歴に変更を加え,あるいは 将来に向かって現実には存在しない可能性を与えようと する」と言う「目的」を表わす「物語」を集めねばなり ません.っまり前述した「ダウン」の過程です.そのた めに,筆者は学生たちに作文を書かせることにしました. 作文の例 「私の姉は両親に似ているが,私はどちらにも似てい ません.姉はよく,『あんたは,家の子ではない昔橋の 下から拾ってきたのよ.だから,貴方の誕生日は拾われ た日なのよ.本当のお父さんとお母さんはアメリカにい るのよ』と言われる度に泣いていました.母が買物にっ れて行くのも姉ばかりなので,そんな時は押入にこもっ て泣いていました.おじさんたちも,姉ばかりかまって 姉の誕生日は憶えていても,私のはぜんぜん気付いてく れなかったのでとても落込みました.自分でも『私はこ の家の子ではない,本当の親はアメリカに居るんだって』 と友達などに言っていました」6), こうした,「物語」を読みきかせそして彼等の「共通 した体験」の「物語」を教師である筆者を「聞き手」に して書かせます.だからこの授業は「目的」と「関係」 で共通した体験を「言語化」する作業を,教授する側も 教授される側も同じくするわけです.この集った,「物 語」をテキストに整理して,学生たちにフィードバック します.それを教材にして,心理学の授業で,こうした 心理現象を国際比較をしたり,心理用語を使って心理学 の中での位置づけをしていきます.これが,前述した 1/ツノ」 (ノノ迫恒主と言つ(_〈二↓Cノよりよ9.6.授業の評価
筆者は,10年間大学でこうした考えをもとに,心理学 とか児童心理学の講義を行ってきました.学生側の具体 的作業は,作文を書くと言うことです.また,教師とし ての筆者の作業は学生の作文を以上のような考え方に沿っ て教材化し,学生にフィードバックすることです.その 作業の「意味」については,学生の感想文をもとにして 以下に整理しました. ①作文を書くこと 1.最初こそ,何か書かされているようで,つまり抵抗 感があったので作文の筆が進まなかった.ところが,何 回か回を重ねるうち,「今日はどういうテーマかな」と 作文を心待ちするようになってきた.一週間唯一の自分 を振り返る時間となったわけです.そうなってから,先 生から課される課題に答えていると心のなかにたまって いた,何かモヤモヤとしていたものが,晴れて行くよう な気がしました. 2.授業を聞いていて,最も楽しみなことは先生が実際 に出会った方のお話,また先生の体験談を聞かせて下さ ることでした.そういう話を聞かせて頂いていますと, 自分に関しても思い当たることなどが浮かんで来ます. その浮かんで来たことを先生に聞いていただく代りに, カードに書く.それを読んでいただけると思うと書くの にも張りがありました.作文を書くと言うことは,先生 と学生の生きたコミュニケーションだと思います.です から,作文のブイードバックがこの授業の生命だし,そ れがこの授業に活気と新鮮さを与えていると思います. 3.毎週何かどうか書いてきましたが,割りと素直に, こころのまま書けたような気がします.こんなこと言っ たら恥ずかしいと思うことも先生が読んでくださるのな らと思えばありのまま書けました.多少なりともストレ スのはけ口になっていたように思います. 4.この授業を受けて文章が嫌いのはずだったぼくが文 章を書くのに何の抵抗もなく書けるようになったことが 一番良かったことです.というのは,自分の自己分析そ して他人が自分と同じように苦しみ,悩み,「いろいろ あるんだな」と言うことが分ったからです. 5.時には書きたくない題で文を書かねばならないこと一ll9一
山梨大学教育学部附属教育実践研究指導センター研究紀要1,1993 もあった.触れられたくない過去に,触れるような話も あったが,それはそれなりに,自分を省みる材料として, 役に立ったと思います.つまり,自分の気づかなかった 一面を知ったような気がします. ②フィードバックにっいて 1.この講義はほかの講義と違い,毎週学生にいろいろ なことを書かせ,はじめのうちは「こんなに大勢の人達 のを読むわけない」と思っていたが数週間後にそれをピッ クアップしてテキストにして配ってくれて,なんとなく 先生と対話が出来ているようで嬉しかった. 2.テキストの内容はほんとうにおもしろくて,特にみ んなの作文の部分は,思わず笑ってしまうものや,なる ほどと感心してしまうものなどいろいろあって毎回これ を読むのがたいへん楽しみでした. 3.毎時間学生が書いた作文をもとにして,授業をすす めていくので,話が現実的であり,自分と同じような体 験談も書いてあったりするので毎週の講義が新鮮さあふ れるものだったと思いました. 4.配られるテキストの体験談に目を通すのが毎週楽し みでした.わたしの気持ちと同じようなひとが大勢いる のだなと感じて,自分のものの感じかたとらえかたをも う一度見直せたり,その感じかた,とらえかたに自信を 持ったりして他の人の心理と同時に自分の心理状態もと らえられるようになり良かったと思います. 以上受講生の代表的意見を整理して来ましたが,まと めると以下のようになります.もちろん「このような授 業は大学の授業らしくない」と言うオーソドックスな否 定的意見も在りましたが,今回の考察では省略しました. ①一週間唯一の自分を振り返る時間 ②それを読んでいただけると思う(「聞き手」としての 教師)と書くのにも張りがありました ③先生と対話が出来ているようで嬉しかった ④多少なりともストレスのはけ口になっていた ⑤他人が自分と同じように苦しみ,悩み,「いろいろあ るんだな」と言うことが分ったからです.(「体験の共有」) ⑥自分の忘れていたこと,気づかなかった一面を知った ような気がします.(「自己洞察」) ⑦そのことを改めて考えてみることができた ⑧だんだん長く書けるようになり,また書くことに関し ても抵抗を感じなくなりました. ある題を与えられて作文を書くこともしくは時間を設 定することの(物語化)意味は①,④,⑦に触れられて います.また自分たちの書いた作文を書きっぱなしにし ないでフィードバックすることの(体験の共有)意味は 二つあることが分ります.第一に,書くことの動機づけ ②,③.二番目にはこれが一番大切なことなのですが, 何等かの自分に対する,または他人に対する「洞察」と 言うか,「性格,意識の変化」(自一他関係性の変化)に つながるものです⑤,⑥,⑨.最後に,⑧はこうした作 文を課されることの副次的効果です. まとめ 心理学は主体との関係性を前提にすると言う,他の自 然科学とは根本的に性格を異にする特徴を持っています. この「目的のある関係性の言語化」を「物語化」と言い ます.この「物語」を媒介にした心理学の授業の実践は, 学生の心理学に対する興味を高めると同時に彼等の心理 学的変化にもつながるものであることが分りました.つ まり,この授業は,受講生である学生の心理学的「知識」 を増やすのではなく,彼等の「自一他の関係性」(物語) の意識化をもたらすものであることが理解されます.そ して,その事が学生たちに取ってどの様な心理学的「意 味」があるかは彼等のこの授業に対する評価が示してい ます. 1)河合隼雄 イメージの心理学 1991年 青土社 P 21−22 2)Jung, C. G. Two Essays on Analytical Psy− chology. Princeton University Press l977 p90− 113. 3)河合隼雄 前掲書 P18. 4)小沢一仁 人それぞれが創る物語(山添正編著「心 理学から見た現代日本の子どものエコロジー」第1章 心の時代2節)1992年 ブレーン出版 P36 5)山添 正 物語法による現代日本の「こども学」入 門 1993年 ブレーン社 P60 6)山添 正 上掲書 P68