15
〔臨床的実駒〕
(東京:女医大嘘第28巻第1号頁15−17昭和28年2月)外傷性顎骨k折に肥すろ歯科的虜置
東京女子医科大学歯科口腔外科学教室(圭任村瀬正雄一浪) (受付 昭和27年9月12日)飯 田 外 茂 男
イイ .ダ b モ オ 緒 言 戦争に伴って生じた顔面外傷が漸く歯科的処置 に於いても終りに近づいた今日,運輸交通機関の 普及,スlk“ ・一ツの発達に伴い,列車,電車,自動 車,自転車,拳闘,野球,衝突,転倒,墜平等に 因る直接間接の外傷性骨折は,近時に至って急激 に其の数を増加してき’た。 顔商に上襲暴力が加わった結果成立する硬組織 の異常としては,歯牙損傷脱落或は歯牙の歯槽骨 内嵌入,上顎骨k折手は下顎骨々折乃至は下顎閑 節脱臼等が比較的多く発現する。 上下顎共に重症骨折は単に顎骨のみに止まらず 頭蓋骨又は脳内出血を随伴する為に,此の種の症 例は外科医の許に集中する傾きがある。従って外 科医に依って報告されたところの頻度と,余興の 報告する頻度とは一致しない。こNには顎骨々折 の種々なる処置の中で非観血的処置の一例を報告 する。 、症 例 〔患者〕中○美○子未婚女性 19才〔初診〕昭和26年耳月28日
〔家族歴・既往症〕共に特記する事なし。 〔主訴〕外傷による歯牙損傷,出血及び開口障害 〔現病歴〕患者の陳述に従えば,昭和26年11月 26日夕刻停電中誤ってベニヤ板製の天井に落ち,そ のまX約5米の高所より天井を破って階下に墜落,意 識一時不明となる。一応附近の外科医により願部,左 側口角部及び右下1部の裂傷の応急的処置を受けた後 同夜本大学病院外科に入院した。上顎右側中切歯及び 側切歯部歯齪に受けた創傷部からの出血が完全に止ら ず,入院3日目の午前に輸血200ccを受け同日午後 乱心の教室に依頼を受けたので11月30日歯科口腔 外科に転科させたQ 〔現症〕全身的所見 旧格栄養共に良好で体温 38.6℃,脈搏98で比較的高度の熱症状を呈し, 左腕は副木糊帯を施術してあり,同部を触診する 際激痛を訴う。然しながらその痛みは骨折に因る ものとは思われなかった。右下腿部は中等度の腫 脹圧痛があり,その他に於いては特別なる所見に 認められなかった。 顔貌及び口腔内所見,顔貌所見としては爾側眼窩 下部より上頬部・下頬部・上唇部・下唇部・目角 部・頽部及び顎下部に亘り禰漫隆浮腫性の腫脹を 認め,圧痛は中等度にして且つ熟感を伴っていた 特に右側眼瞼部,目角部及び願部に皮下出血浸潤 を認めだ。猶お下顎運動障碍の為め半開口状態を 呈し,従って口腔内出血及び流唾をなしていた。 この所見は下顎骨々折及び脱臼の特長症状であ る。マルゲーヌ氏骨折痛は下顎右側側切歯犬歯部 同誌第一大臼歯,第二大臼歯部及び下顎枝中央部 の三個所に於いて認められた。これ等は後記のレ ントゲン所見と一致する。叉左側下顎関節の脱臼 の為め下顎骨は右斜前方に移動しているのでこの 為めに顔貌は歪んでいる。口腔内所見としては開 ロ障碍一横指半。出血の為め壊疸臭甚だしく且つ 血餅が口腔内に充満し,頬粘膜は打撲及び裂傷に よる平め発赤腫脹し,軽度の感染性壊疽性炎を併 発していた。 上下顎前歯部歯歯艮は腫脹欝血のために暗赤色を呈 一一 15 一16 し高度の圧痛があった。上顎左側中切歯側切歯は 歯槽骨・内に深く嵌入し歯槽骨’々折縁から僅かに切 端が露呈している状態を示している。上顎反対側 の中切歯は埜落時脱落し同坐より出血していた。 左側犬歯は悦温し,下顎左右側中,側切歯は中等 度の弛緩動揺を呈していた。猶お臼歯部の歯齪は 右側に曾て著明なる腫脹発赤を呈して圧痛もまた 大且つ言語障碍を伴っていた。 〔レントゲン的所見〕撮影は手術前の11月29 日に行った.後頭願部位法による所見(第1図)と して上顎に於ては右側側切歯近心部より反対側犬 歯近心部に亘る歯槽骨の実質欠損の像を認め,且 つ一部は墜落上歯齪の裂傷と共に歯槽突起は挫砕 消失している。歯牙は右側中切歯は脱落し左側中 第 1 図 第 2 図 側切歯は鼻腔底下の骨中に深く陥入している。下 顎に於いては右側の側切歯犬歯部に正中線に対し て約10度の斜線として,叉第二斜位撮影法によ る所見(第2図)に於いては,第一第二大臼歯部 に正中線に対して約25度の斜線として骨折線が 認められ,叉下顎枝中央部に横骨折線がある。猶 おこれ等は何れも単純性不完全骨折の像を示して いる。 〔処置ならびに経過〕 輸血其の他の方法による も止血せず上顎右側中側切歯の抜歯恥部の創面を 切開一部掻爬を施行し洗指した後,「酸化セルロ ーゼガーゼ」(3.0×2.Ocm)を挿入したところ, 約30分後には完全に止血の目的を果すことが出 来た。猶お半開口呼吸の障めロ唇乾燥しているの で珪砂グリセリンを時々塗布して乾燥を防止し且 つ臓器法を:施行し,ペニシリン・ズルフォン剤投 与も併用した事は論を侯たない。第2病日はX線 に依る頭部及び顎骨の撮影を行った後,第1回の 手術として術前パントポンによる基礎麻酔の下に
局所には2%ネオピロミックス16ccを浸潤麻
酔した後,上顎歯槽骨内に陥入した左側中側切歯 を挫砕歯槽骨々片の除去と共に摘出し,歯槽骨鋭 縁を掻爬洗際消毒をした後,酸化セルロe・一ゼガー ゼを挿入したまx縫合して第1回の手術を終了し た。猶お局所には化膿防止の為め水溶性ペニシリ ン20万単位を注射し,4時間毎に3万単位を,油 性ペニシリン30万単位を1日1回筋注した。患 者には絶対安静を命じ且つ患部の氷捲法を施した 第7病日に顎骨の整復及び保定手術を次の方法に より行った。即ち術前30分にパントボンを注射 し手術時に両側下顎孔に伝達麻酔をした後,予め 調製して置いた主銀を上顎の各歯牙に結紮固定, 下顎も正常の位置に整復しその状態を保持しなが ら各歯牙に主錬を結紮固定した。然る後中心咬合 位即ち上顎咬合線に下顎咬合線を一致せしめて上 下顎主錬を結紮固定して本手術を完了した。(第 3図参照)術後中等度の自発痛を訴えた。談話を 禁じ筆談を以て行う様にさせ食餌は流動食を命じ た。その後経過は良好で第46二日即ち顎骨固定を 施してから39日目に装置を除去した。除去時の 開ロ障碍は半横指,翌々日には1横指開口した。 第49病日より普通食に戻し,開口運動の練習を 灘 第 3 品 行わさせた。経過極めて良く第58油日に退院さ ’せ,その後の経過を観察すると共に,その間左側 口角部より面部に亘る疲痕の整形手術を通法に従 って行い,又上下顎前歯欠損部の補綴を行った。 (第4図) 考 察 顎骨々折療法に於いても又他の骨折の場合と同じく 骨の癒合を求める事に何等異る点はないが,顎骨に於 いては同時に咬合機能の完全なる回復を期待する.とこ一16一
17 うに本療法の困難性がある。顎骨には歯牙が植立して 咬合を司り,従って単に顎骨の拶合のみにては此の咬 合運動に支潭を来す事隠々であって,咬合機能障害或 は不能を来す結果となる、 ,極 第 4 図 先づ遊離出入した骨片を除去し鋭縁をなす骨を除去 し,軟組織の離断部を縫合骨折部の整復を行う。これ らの処置と同時に残存歯牙の上下顎の正常咬合を求め る。この場合骨折部が正常位置に復さなければ絶対に 正しい咬合状態は求められない。この様に有歯顎に於 いては中心咬合位に置く事が最も確実な方法であっ て,顎骨山面の整復時には必らず行うべきである。整 復した顎骨をそのまNの状態に保持する為に保定法を 行5。保定は骨の完全な癒合をみる迄継続することは 言を侯たない、保定法を講ずる為には副木を必要とす るのであるが,その装置の維持は多くの場合植立する 歯牙に求めるのを原則とする故,本装置は骨折当初に 於いて良いものが作られた時には良い結果を生み,時 期が早い程経過も又良好である。保定装置は顎骨骨折 の多種多様に応じて適当なものを調製するのであるか ら,その種類は極めて多く諸氏により考察された多数 の例をこXで挙げることは甚だ繁雑であるので,これ を概括して表示する、 保定副木 A.口腔 内副木 此の中で本症例に応用したものは口腔内副木で 歯牙副木に属する錬副木である。 材料 1)弦線1.Ommコパルトク・一ム線 2)結紮線 矯正用リガチヤーワイヤ 器械 1)切断鉗子 2)財用鉗子 3)矯正用 鉗子 4)金冠鋏 調製法 本例に於いては整復保定手術前に弦錬 を唇頬側歯頸部に沿って膏曲し,大休の形に曲げ 手術時々に正確に適合させた。上下顎の二本を夫 々骨折端を整復した後歯牙に結紮固定し(第5図) 然る後上下顎を前述の中心咬合位に咬合させ,関 節脱臼の整復された事を確認しつつ,結紮錬を以 て保定した。結紮後その結び目は鉗子を以て歯牙 に沿って折り曲げロ唇叉は頬粘膜に対して刺戟す るのを避けた。 第 5 図