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財産権保障の意義と営業の自由規制立法の合憲性審査基準について: 沖縄地域学リポジトリ

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Author(s)

仲宗根, 京子

Citation

沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL

OF LAW & ECONOMICS(24): 47-61

Issue Date

2015-11-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/18785

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要約  憲法上明記されていない「営業の自由」はそもそも保障されるのか。その憲法上の根拠を、従 来の学説・判例を確認しつつ明らかにするとともに、財産権を加味する立場の財産権の多義性に よる理由付けも検討する。そしてその財産権の多義的な内容が、営業の自由の保障の射程ないし 限界にどのように影響し得るか、従来の判例の分析を踏まえつつ考察する。  次の段階として、国家により実現されることが想定される「営業の自由」の側面についても若 干検討したい。 Summary

 This paper attempts to analyze how “freedom of business” is stipulated in or deduced from Japan's Constitutional Law by reviewing and developing traditional academic theories and judicial precedents、along with analyzing the elements of “property rights” as the foundation of“freedom of business”.

 And in the next stage, it attempts to analyze “freedom of business” in the context of “freedom by the public authority” which is based on“legal competition order”among enterprises including requisite measures to protect consumers.

 目 次 1.はじめに 2.財産権の意義について 3.営業の自由について 4.おわりに 【論文】 専 門 分 野:企業法 法学概論としての日本国憲法 キーワード:営業の自由 憲法22条 憲法29条 経済的自由への規制

An analysis of the effects of “property rights”and the jurisdiction for “freedom of business”

仲宗根 京 子*

Kyoko NAKASONE

財産権保障の意義と営業の自由規制立法の

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1.はじめに  もし財産権が適切に保障されていなければ、経済活動は滞り、資源配分の効率性は損なわれる であろうから、経済社会は、日本国憲法29条における財産権の保障を前提としているといえる。 また、市場原理に基づく経済活動ないし取引は、一般に営業活動を介して成立することが多いか ら、明文の形で掲げられてはいない「営業の自由」が憲法上保障されることも経済活動に不可欠 の要素といえるであろう。すなわち、財産権及び「営業の自由」は、経済活動という営みを支え る土台となる憲法上の基本権であると考えられる。  しかし、財産権及び「営業の自由」とはそもそも何か、またその保障の射程ないし限界はどの ように画されるべきであるか、財産権と「営業の自由」との関係についても、明確なコンセンサ スが得られているわけではないようである。  そもそも、憲法上、「財産権の内容」は「法律」により定められることとなっているが、法律 によりさえすればどのような内容の財産権でも設定できるということや3項の財産権の不可侵が 無意味ということを意味するものではない。しかしながら、経済活動が多様化・複雑化する今日 の社会においては、少なくとも財産権及び営業の自由についての保障の射程範囲は、経済活動の 実情を踏まえた解釈を通じて明確化することがより強く求められているといえるであろう。  すなわち、海野敦史教授が主張されるように財産権自体が多義的な内容を含む権利であり一義 的に明確なものではないのだとすれば、また、営業の自由の根拠につき、憲法22条のみならず29 条も加味するならば、財産権に付随する側面を有すると考えられる営業の自由自体も、必然的に 多様な権利内容そして多様な権利主体を包含する観念となり、その適切な保障のためには公権力 による調整が必要となると思われる。(注1)  そして、その結果、営業の自由を規制する立法などの国家行為に対する違憲審査基準にも影響 が及ぶのではないかと解される。  以上から、本稿は、憲法上の財産権及び営業の自由について、既存の主な学説・判例を概観し つつ、その保障の意義、構造、射程及び限界を明らかにすることを目的とする。  具体的には、まず、憲法上の財産権の保障の意義とその限界等について、従来の学説・判例の 考え方を踏まえながら考察する(第2章)。次に、営業の自由について、その憲法上の保障根拠 を従来の学説・判例の考え方を踏まえ、特に判例の変遷に注意しつつ考察する(第3章)。そして、 これらの考察から導かれる示唆を総括することとする(第4章)。 2 財産権の意義について  ⑴ 歴史に見る財産権保障の意義  フランス人権宣言17条が財産権を「不可侵で真正な権利」と宣言したように、近代憲法におけ る財産権は絶対不可侵のものとされていたようである。しかしながら、19世紀の資本主義の高度 化により生じた弊害への反省と、社会契約論などにみる啓蒙思想の普及により、20世紀には、財 産権は「義務を伴い、その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきである」とするワイマール憲 法153条3項が顕れるに至った。その結果、「財産権」とは、社会的な制約、すなわち法律による 広範な規制を伴う権利と考えられるようになったのである。更に、第2次世界大戦後のドイツ基 本法15条には、「土地、天然資源及び生産手段」の社会化や国有化さえ、明文で示されるようになっ

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た。  このような財産権に対する考え方は、日本国憲法の制定過程においても示され、マッカーサー 草案では、「土地及び一切の天然資源に対する終局的権限は」「国に存する」という記述が、当初 は存在した。これを、土地の国有化を認める規定と受け取った日本政府は削除したそうであるが、 実は、誤解で、これは、「国が、正当な補償を支払い」「土地その他の天然資源」を公用収用する 権限を認めるに過ぎないもので、実際、総司令部も、削除に簡単に応じたそうである(注2)。  ⑵ 財産権の意義  憲法29条1項の「財産権は、これを侵してはならない」の解釈を、同条2項及び憲法22条1項 との関係も視野に入れながら、考察することとする。  財産権とは、財産的価値を有する一切の権利を総称するものであり、所有権その他の物権、債 権はもとより、著作権、特許権等の無体財産権、鉱業権、漁業権等の特別法上の権利がこれに含 まれるということについては、ほぼ争いない。(注3)  ⑶ 財産権の保障の対象について  「侵してはならない」という表現は、自然権思想に基づくもので、特別の意味を持たず、「保障 する」と同義に解する考え方が一般的である(注4)。問題となるのは、何を保障するかであり、 大まかに分類すると、以下の学説の争いがある(注5)。   ① 法律留保説  憲法29条1項及び同条2項を整合的に解釈しつつ、「公共の福祉」に適合するように法律で 定められた内容の権利が「財産権」として保障されると解する考え方がある(注6)。これに よれば、本来は「無」である財産権の内容が、立法によって初めて形成されることになる(注7)。 したがって、財産権の不可侵とは、行政権を拘束するにとどまり、立法権を拘束するものでは なく、ただ財産権の内容が「公共の福祉」に反する限りにおいて立法権に対する「制約」が認 められることとなる(注8)。これに対しては、憲法29条1項が法律の成果を保障するにとど まることとなり、法律との関係において、当該規定の意義が著しく減殺されてしまうとする批 判がある(注9)。また、不可侵とされる財産権の内容が法律によって自由に定められること となると、財産権の保障の内容が不安定なものとなるとする指摘もある(注10)。   ② 制度的保障説  憲法29条1項は法律によっても侵すことのできない財産権の中核部分を保障したものであ り、その中核部分として、私有財産制が制度的に保障されるものであると解する考え方をいう (注11)。これによれば、行政権のみならず、立法権によっても財産権の中核部分は、不可侵で あるということになる。この制度的保障説は、更にいくつかの学説に細分化され、憲法29条1 項の保障の趣旨をもっぱら私有財産制の制度的保障のみに求める考え方(純粋制度的保障説) (注12)もあるが、憲法29条1項は私有財産制を制度的に保障しつつ、各人の現に有する財産 権を主観的権利として保障していると解する考え方(制度・権利保障併存説)が通説的地位を 占めているといえる(注13)。これは、憲法29条1項の独自の存在意義を求めつつ、同条項が 不可侵としているのは「財産」ではなく「財産権」であることを踏まえ、各人の日常生活に不 可欠な個別の財産に対する権利が憲法上保障されないという解釈は採りがたいという考え方に 基づいており(注14)、通説的地位を占めている(注15)。ここでいう「主観的権利」の内容が

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問題となるが、立法以前の状態においては自由な使用・収益・処分権としての財産権が妥当し、 憲法29条2項にいう「法律」はそれに「制約」を加えるものであるとされる(注16)。各人は 法律に基づく制約を受ける場合を除き、その財産権について公権力による侵害を受けないとい うことを保障されることとなる。他方、この主観的権利は、各人がその保有する財産を自由に 使用等することができるということだけでなく、「契約の自由」をはじめとする経済活動の自 由の保障を含むと解する学説もある(注17)。  「財産権保障の存在意義を、自律的人格を基点とする人権保障全体の価値体系から摘出する 作業」に基づき、財産権を「人権としての財産権」(人格的自律の前提となる財産権)と「そ れ以外の財産権」とに区分する見解も提示されている(注18)。これは、財産権の保障の意義 を自律的人格の展開に対して物理的前提を提供するという点と資本主義を維持するという点に 求め、前者を人権の問題、後者を制度的保障の問題として把握するものである(注19)。  純粋制度的保障説においても制度・権利保障併存説においても、私有財産制が制度的に保障 されるものであると解する以上、必ずしも既存の財産権制度がそのまま固定されるということ にはならないが、少なくとも法律によっても侵すことのできない制度の中核部分が存在するこ ととなる。  ⑷ 判例  判例は、古くから憲法29条1項は私有財産制を保障する旨を示唆してきたが(注20)、森林法 判決(注21) において、それを明確化するとともに、「社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々 の財産権」を基本的人権として保障するものである旨をも示している。これに加え、森林法(昭 和26年法律249号)186条(昭和62年法律48号による削除前)に基づく分割請求権の制限を憲法上 の財産権の制限と捉えながら、「近代市民社会における原則的所有形態である単独所有」が憲法 上保障されるものと解している。  ⑸ 考察  財産権の保障の意義について考える前提として、財産権はなぜ憲法上保障されるのかという根 拠を考える必要がある。これは、財産権の限界を考えるうえでも重要となる。この点、海野教授 は、「この保障根拠(ないし保護法益)の手がかりについては、憲法13条における「個人の尊重」 及び「公共の福祉」に求められると解される。」とされ、理由を以下のように述べる。  財産権は、第一に、各人が自ら生計を立て、「個人の尊重」の原理を支える個人の人格的自律 にとって必要不可欠の権利である」からであるとする。もっとも、財産権の中には、個人の人格 的自律との関わりが薄いものも含まれており、これが財産権の限界を画するうえでの「公共の福 祉」の内容の一端を形成するものと考えられる。第二に、「他の基本権を行使するための基礎と なる性質を帯びた権利であるということ」を挙げられる。例えば、表現の自由を行使する際には、 表現物を提示するための媒体(看板等)に対する所有権、占有権等が適切に保障されていなけれ ば円滑に行うことができなくなるおそれがあるし、学問の自由を行使するにも、大学における研 究施設等に対する所有権、賃借権等が保障されていなければ十分に取り組むことが困難となるか らである。このように、財産権は国民の政治的・社会的・経済的活動を支える基礎をなすもので あるといえる。第三に、「社会全体の資源を保護しつつ、効率的な資源配分を実現するための権 利であるということ」を挙げる。財産権が適切に保障されることを一要素として、経済活動にお

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ける外部性が内部化され、社会全体としての効率的な資源配分(すなわち「公共の福祉」)が実 現可能となることにかんがみれば、市場原理に基づく現実の経済活動において、その効率性を追 求する観点から、財産権の保護は不可欠な要素であるといえるからである、とされる。更に、「市 場原理はそもそも個人の人格的自律とは独立して機能し得るものであるから、財産権を第一の根 拠のように個人の人格的自律にとって必要不可欠の権利としてのみ構成することは妥当ではない ということになる。」と主張される。  思うに、高度化した経済社会の今日、財産権は個人の人格的自立にとって必要不可欠といえる し、他の権利の基礎となるので、財産権の保障根拠は、憲法13条における「個人の尊重」及び内 在的制約根拠としての「公共の福祉」に求められると解される(注22)。これらを前提としたうえで、 憲法29条1項の意義については、同条2項及び同条3項の趣旨を踏まえて考察する必要がある。 すなわち、憲法29条2項において、「財産権の内容」を立法権が法律により定めることが予定され、 当該「内容」として財産権に対する制約も含まれると解される中で、同条3項において、私有財 産の公用収用等、公権力が法律により財産権を制約する場合には、「正当な補償」が与えられな ければならないことが明示されている。したがって、「正当な補償」が与えられるときというのは、 各人の財産権が例外的に公権力により侵害される場合にほかならず、それ以外の通常の場合には、 各人の現に有する財産権は原則として保障されることとなるから、憲法29条1項は一次的には固 有の財産権に対する主観的権利を保障した規定であると解することができる。これは、各人固有 の財産権は国民の日常生活(自律)に不可欠な権利の一つであるといえるため、それが主観的権 利としての保障を受けなければ、財産権を定めた憲法の趣旨を相対化することになるということ からも妥当する。  また、憲法29条1項で財産権の不可侵性が明示されている以上、法律留保説のように、保障で きる財産権の内容は専ら立法行為によって限定されると捉えるべきではない。  加えて、憲法22条1項の「職業選択の自由」は、人格的自立に必要な財産以外の、資本財産等 に対する権利の保障を前提とすることにより保障されるものであると解されるので、憲法上保障 されるべき「財産」の射程範囲を広げることを可能とする。憲法は職業の遂行や「営業」におけ る、企業間の競争秩序については何ら明示しておらず、独占財産のみを憲法上の保障から除外す る理由もないことから、独占的な資本財産に対する所有権等も財産権の保障の射程範囲内となり 得ると解されるからである。  もっとも、客観法的規範としての財産法秩序に基づき、一定の「制約」を受けることもある(注 23)。  以上を総括すると、「個人の尊厳」「(憲法24条2項、民法2条)ないし「個人の人格的自律」 のみならず、「憲法上の各基本権(財産権を除く)」及び「資本主義体制」を適切に保障・確保す るための当然の前提として、財産権の不可侵が明示的に規定される必要がある。従って、憲法29 条1項に基づき保障される財産権は、他の憲法上の要請を支える基礎となる権利であり、固有の 価値を有するものである。  もっとも「既存の財産法秩序」ないし「既得権」であればすべて憲法29条1項の保護法益とな るというものではなく、「個人の尊重」の原理にとって必要と認められる範囲内で憲法上保障さ れることとなるものと考えられる。

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 また、このような解釈を前提とすると、各人固有の財産権については、原則として法人にも認 められると解される。財産的価値を有するものに対する権利を広く保障することで、財産的価値 を有するものを保有する実体が、社会全体の経済的発展に資するとも考えられるからである。し かし、法人の財産権は、それが憲法13条の「個人の尊重」の原理ないし個人の人格的自律を阻害 するような場合には、必然的に制約を受けることとなろう。とりわけ、資本主義体制の下では、 巨大資本による公害などによる環境破壊など、法人の資本財産に関する財産権が各人の生存等に 対する脅威となることがある。その場合には、憲法29条2項にいう「公共の福祉」の一端を構成 すると解し、私有財産制(物的手段の享有)の枠を超えて、既存の財産法秩序そのものが、国民の 基本的な権利利益を著しく侵害することのないよう、制度的に保障される必要があると解される。  この限界は、次章で述べるように、財産権を補完する側面を有する「営業の自由」についても 妥当するものと考える。 3.営業の自由について  ⑴ 「営業の自由」保障の憲法上の根拠   ① 従来の通説  営業の自由は、憲法上明記されておらず、現在に至っても、その中身が明瞭とはいえない。 あるいは学説においては、この自由を、22条1項の職業選択の自由の問題として論じるか、 22 条1項とともに29条の財産権も加味して論じるかで、意見が分かれていた(注24)。  この点、通説的な見解は、営業の自由は22条1項における職業選択の自由に含まれると解し てきた(注25)。職業選択の自由とは、自らが就こうとする職業を決定する自由であり、決定 した職業を行うことができなければ選択した意味がないからである、とする。すなわち、職業 選択の自由を、①職業を選択する自由、及び②職業を遂行する自由と捉えることとなった。   ② 岡田論文をめぐる論争  しかし、経済史学的観点から問題が投げかけられ、その後、営業の自由論争として発展する ことになる。つまり、「『営業の自由』は、歴史的には、国家による営業・産業規制からの自由 であるだけではなく、何よりも営業の独占(trade)からの自由であり」、「人権として追求さ れたものではなく、いわゆる「公序(public policy)として追求されたもの」であり、国家か らではなく、独占からの自由であり、国家による自由と捉えるのである(注26)。つまり、も し「営業の自由」を人権と捉えると、独占資本の自由を容認することになり、「独占からの自由」 という本来の意味が否認されてしまうことなどを理由に、「職業選択の自由」と区別し、その 人権としての性質まで否定されてもやむを得ない、とする主張であるといえるだろう。  これに対し、このような批判は、社会科学の次元から法解釈学を批判するため、やや的外れ なものであるとする。すなわち、法解釈学では法は国家権力の発動であり、法的問題は、常に 国家との関係で論じるものであり、営業の自由も国家からの自由としてのみ構成されるはずで ある、とするのである(注27)。このように、岡田論文が契機となり、法律学・経済学双方により、 営業の自由について論じられるようになったが、法律学の側からは、営業の自由の人権性その ものを疑うことはなかった。つまり、営業の自由が、他の人権と違い歴史的に公序として形成 され、社会における独占的な経済活動を規制し、個人の営業の自由を確保する規制原理として

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働いてきたという特殊な経緯を有するとしても、そこから直ちに人権ではない、と結論づけて よいことにはならないからである。「これを憲法上保障された個人の権利として根拠づけ、企 業の独占的経済活動を規制する法理として構成することは、憲法解釈の問題である」のである (注28)。  ③ 新しい学説の展開  結局、この問題意識を法律学の立場で、条文に立ち戻って考えてみると、「そもそも『営業』 とは誰のどのような行為を指し、『営業の自由』とは、その『営業』についてのどのような自 由を意味するのか」という問題の対立でもあるといえる(注29)。「営業」とは、主観的意味に おいては、営利を目的とする同種の行為を反復かつ継続的に行うことであり、客観的意味にお いては、商人が一定の営利目的のために有する総括的な財産の組織体を指すのであり(注30)、 これらからすると、個人が営む職業選択の自由と、商人(個人企業)として営む営業の自由(注 31)、あるいは法人企業として営む営業の自由を、すべて同列に論じることには疑問が生じる(注 32)。  この論争を契機として、「営業の自由」は、22条の職業選択の自由だけではなく、29条の財 産権をも根拠に論じられるようになり、現在ではこの見解が有力となっている。すなわち、営 業の自由は、①狭義の「営業の自由」すなわち「営業をすることの自由」(開業、営業の維持・ 存続及び廃業の自由)、②広義の「営業の自由」すなわち上記狭義のそれの他、「営業活動の自 由」(現に営業をしている者が任意にその営業活動を行い得る自由)と捉え、①のみが22条1 項の職業選択の自由に含まれるのに対し、②は財産権行使の自由として専ら29条に関すると捉 え、「職業選択の自由」が「自己の能力発揮の場足る職業を自由に選択し得ることを意味」し、 「如何なる社会体制にも通用する普遍の原理である」のに対して、「営業の自由」は「現行憲法 秩序の下においては、基本的には、資本財としての財産権行使の自由に係わることで」あるか ら「資本主義社会に固有の原理である」り、両者にあっては保障の程度が異なり、「公共の福祉」 を根拠とするその規制にも強弱が生じ得る、と主張される(注33)。  ④ 「営業の自由」の憲法上の位置付けに言及したと解される判例  営業の自由を認めた判決としては、まず、小売市場判決(注34)を挙げることができる。これは、 小売市場の貸付行為が、小売商業調整特別措置法第3条1項の禁止する無許可の貸付にあたる として起訴された事件であった。最高裁は、「憲法22条1項は、国民の基本的人権の一つとして、 職業選択の自由を保障しており、そこで職業選択の自由を保障するという中には、広く一般に いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含しているものと解すべきであり、ひいては、憲法が、 個人の自由な経済活動を基調とする経済体制を一応予定しているものということができる」と 判示した。この判断の中に、「営業の自由」を包含する「職業選択の自由」の保障の延長線上に「個 人の経済活動の自由」があるとする最高裁の認識を読み取ることは可能であり、その範囲で「営 業の自由」に対する何らかの意識は読み取れる、と評価されている。(注35)小売市場判決で は営業の自由を職業選択の自由に含むとのみ解釈したのに対して、薬事法違憲判決(注36)は 営業の自由という言葉こそ用いていないが、初めて22条1項の職業選択の自由について真正面 から論じ判断を示したものと解されている。最高裁は「職業は、ひとりその選択、すなわち職 業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわち

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その職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請される」とし、憲法 22条1項は「狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由をも包含しているもの と解すべきである」と判示した。さらに同判決で最高裁は、一般に許可制は、単なる職業活動 の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課する もので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則 として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要すると述べた。狭義 の職業選択の自由と広義の職業選択の自由を分けたのは、前者の制約の方がより厳格な審査基 準が必要であるとしたからであるとされている。  ⑵ 職業選択の自由の規制行為への合憲性審査基準   ① 営業の自由との関係  職業選択の自由(憲法22条1項)とは、まずは自己の従事すべき職業を決定する自由とされ る点争いないが、選択した職業を遂行する自由、すなわち「営業の自由」をも含まれるかにつ いては争いがあるところ、それを肯定し、従って29条は別段根拠として併せ考えない立場(注 37)からは、「営業の自由」の規制行為への合憲性審査基準は、原則として職業選択の自由の 規制行為への合憲性審査基準と重なることになるはずである。  そこでまず、職業選択の自由に包含されるとする立場からの「営業の自由」の保障の限界、 すなわち職業選択の自由の規制行為への合憲性審査基準を検討する。   ② 合理性の基準から二分論へ  憲法22条が13条の「公共の福祉」とは別に特に「公共の福祉に反しない限り」という留保を 加えているのは、職業選択の自由が現実の社会生活における公共の安全・秩序維持のための消 極的な内在的制約、および福祉国家的理念の実現という憲法の目標からする積極的な政策的制 約に服し得ることを示している(注38)。従って、職業選択の自由は、表現の自由などの精神 的自由権に比して、一般により強い規制を受ける事が予定されている。経済的自由権について は、元来、比較的ゆるやかな合憲性判定基準である「合理性の基準」が用いられていた。これ は、立法目的および立法目的達成手段の双方について一般人を基準にして合理性を判断するも ので、合憲性の推定を前提としている。  これが、職業活動の規制の目的に応じた二分論として変容していった。消極的・警察的規制 には規制の必要性・合理性、よりゆるやかな達成手段の有無に基づいて立法事実を審査する「厳 格な合理性の基準」、積極的・政策的規制については、広く立法裁量を認め不合理な場合以外 合憲とする「明白性の原則」、というように振り分ける方法論をいう(注39)。  ③ 距離制限について  前述の1972年小売市場判決において、最高裁判例は、共倒れ防止の積極規制として合憲とし た。すなわち、経済活動に対する規制には、消極・積極目的規制があることを明らかにした上 で、後者については、前述の明白性の原則を採用した。  しかし同判決では、消極目的規制については明確な基準を未だ示していなかったが、1975年 判決にいたって、「自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、 警察的措置」に関して、当該規制が「重要な公共の利益のために必要且つ合理的な措置である こと」、および「許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内

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容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められるこ と」を必要とすると判示した。これは、消極規制については、まず立法目的の「必要性・合理 性」を審査し、ついで、規制手段が立法目的との関連で「より制限的でないものかどうか」を 検討するものであり、積極的規制における明白性の原則よりも厳しい審査基準を示したものと いえる。  ところが、同じく前述の薬局距離制限判決(1975年)では、乱立による競争激化で不良薬品 供給により、国民の安全を害する恐れが生じることへの消極目的規制とし、よりゆるやかな行 政上の取締強化の方法があるとして、違憲とした。この薬局判決については、目的の捉え方に そもそも問題があるのではないかとの疑問がある。  また、従来、消極目的規制とされてきたものの中にも、積極目的の要素をも含んだ規制が増 加しつつある(注40)。  更に、最高裁は1955年判決では、乱立による過当競争で衛生が低下する(消極目的)として 違憲としたが、1989年判決では、積極目的だとして合憲とするに至った。これは、自家風呂の 普及という時代背景が異なり、規制立法を支える事実が変化し、利用一般の衛生面よりも、業 者の経営の安定および、利用者の生活条件への配慮へシフトしていったからであろう。すなわ ち、事情の変化で目的が変わることもあり、「規制目的のみですべて判断できると考えるのは 妥当でない」のである(注41)。  ④ 酒類販売の免許制(注42)について  酒類販売に免許制という規制をしている酒税法の合憲性について、最高裁平成4年判決(平 成4年12月15日民集46巻9号2829頁)は、サラリーマン税金訴訟、小売市場判決(昭和47年11 月22日民集26巻9号586頁)、薬事法判決(昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)の最高裁判 決を引用しつつ、このような税収目的の営業規制を、積極・消極規制のいずれにもあてはめず に、ゆるやかな手段審査基準を用いて合憲とした。この判断については、消極・積極に割り振 りにくいため、二分論は維持しつつも明言を避けたものか、あるいは新類型を作りだしたもの か、釈然としない。  もっとも、その補足意見で、園部裁判官は、新類型であることを認めつつ、手段審査基準裁 判所の立法事実把握能力に依存するとして、酒税の重要性や合理的な規制手段の選択について は、政治部門の専門的技術的裁量を認め、結果としてゆるやかな審査基準を適用した。また、 同裁判官は、別の酒税法違反合憲判決(平成10年3月24日刑集52巻2号150頁でも同様な補足 意見を示されておられる。これらの意見は、規制二分論を修正しつつ、安易にサラリーマン税 金訴訟判決の枠組みを用いずに、酒類販売免許規制を営業規制として正面から捉える点で優れ た判断とされている。  ⑶ 営業(職業活動)の自由の合憲性判定基準の元となる新たな解釈論  そこで、前述の海野敦史教授の説を紹介したい。同教授は、憲法29条1項にいう財産権の保障 の具体的な内実について、(ア)財産的価値を有するものに対する権利を極力広く保障すること を基本的な原則とすること、(イ)財産的価値を有するものに対する権利のうち、個人の自律を 確保しつつ「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するために必要となる「物的手段の享有」 に関する制度-各人の物的手段の使用・収益・処分に対する権利(所有権)を保障する制度的基

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盤-は立法権によっても「不可侵」であること、(ウ)財産的価値を有するものに対する権利の うち、自律保障財産に対する権利については原則的に保障される一方、それ以外のものに対する 権利については基本権の保障に必要となる範囲内で保障されること、(エ)「個人の人格的自律」 を確保するために不可欠となる既得権及び既存の財産法秩序を保障するため、原則として既得権 及び既存の財産法秩序を追認する(「一応の保障」を行う)こと、(オ)前述の(ウ)及び(エ) の保障において矛盾又は相互調整の必要性が生じる場合には、憲法29条2項に基づく法律による 既得権の「制約」又は新たな財産法秩序の「内容形成」により対応すること」、に分類される。  すなわち、「財産的価値の原則的保障」、「一定範囲における既得権及び既存の財産法秩序の保 障」、「私有財産制(物的手段の享有)の制度的保障」という3つの要請を満たしながら、前2者 間の所要の調整を行うために、憲法29条2項の「内容形成」条項が設けられていると解するので ある。そして、憲法29条1項と同条2項との関係が矛盾しているのではないかとの指摘に対して は、憲法29条1項が「私有財産制(物的手段の享有)の制度的保障」を立法権によっても侵害さ れ得ない領域とすることを確保しつつ、同じく憲法29条1項から導かれる「財産的価値の原則的 保障」という要請と「一定範囲における既得権及び既存の財産法秩序の保障」という要請とを両 立させるための調整弁としての役割を憲法29条2項に負わせたものであるとみることができる、 としておられる。  更にこのような解釈からは、社会における重要な構成要素で財産的価値を保有する実体である 法人にも、財産的価値を有するものに対する権利を極力広く保障すると解される。社会全体の経 済的発展に資するとも考えられるからである。しかし、法人の財産権は、それが憲法13条の「個 人の尊重」の原理ないし個人の人格的自律を阻害するような場合には、必然的に制約を受けるこ ととなろう。とりわけ、資本主義体制の下では、巨大資本による環境破壊や住居立退きの強制な ど、法人の資本財産に関する財産権が各人の生存等に対する脅威となる形で享有されることがあ り得ることから、そのような財産に対する権利については、生命に対する権利をはじめとする他 の基本権との衝突の中で捉えられる必要が生じるものである。これは、財産権が、「国家からの 自由」としての主観的権利の保障に加え、一部の資本財産等が国民の基本権を著しく脅かし、客 観的な財産法秩序に機能不全をもたらすような場合に、その状態からの機能回復のための積極的 な措置が公権力に義務づけられ、これが法律による「内容形成」として、憲法29条2項にいう「公 共の福祉」の一端を構成するということを意味する。これは、前述の私有財産制(物的手段の享 有)の枠を超えて、既存の財産法秩序そのものが国民の基本権に関する法益を著しく「侵害」す ることのないような形で制度的に保障される必要性を示唆する。換言すれば、憲法29条1項の保 護法益の一つである「既存の財産法秩序」は、原則として、財産権が行使される際には他人の基 本権ないし基本権に関する法益を極力脅かすことのないような形で行われることを担保するよう な「秩序」である必要があり、このような「秩序」が客観法的規範として保障されることが憲法 上の要請となる。よって、例えば仮にある特定の法人の資本財産がある集落全体を「買収」し、 その住民の生存権を著しく脅かすような形で財産権が行使されるとするならば、それは客観的な 財産法秩序(当該地域住民がその財産権を適切に行使できることを保障する秩序)が麻痺するこ とを意味することから、必要な限度の範囲内で、公権力による「介入」が求められることとなろ う。それゆえ、財産権の保護法益には、主観的側面(防御権的側面)だけでなく、客観的側面(客

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観法的側面)が内在しているといえる。この性質は、後述するとおり、財産権を補完する側面を 有する「営業の自由」についても妥当する。以下に述べる財産権の限界についても、「財産権の 客観法的側面の観点からみた主観的権利としての財産権の内在的制約ないし保護領域の画定」と いう視点も踏まえて考察されるべきものである、とされる。  以上を総括すると、憲法の規定する財産権の不可侵とは、「多層的」な保護法益を包含するも のであり、当該法益は「主観的権利」の保障の側面と「客観法」又は客観的原則規範の「制度的 保障」 の側面とに大別し「主観的権利」の保障の側面である、①財産的価値を有するものに対す る権利の原則的保障、②自律保障財産に対する各人の権利の「手厚い」保障、③自律保障財産以 外の財産に対する既存の各人の権利(既得権)の一応の保障、④財産に対して新たに形成(又は 修正)され得る各人の権利の一応の保障が含まれ、これらの保障の多くは憲法上の他の基本権を 行使する際の土台を形成する。また、「客観法」の制度的保障の側面としての、⑤個人の自律を 前提とする「健康で文化的な最低限度の生活」に不可欠な「物的手段の享有(所有権の保障)」 を認める制度的基盤の絶対的保障、⑥「個人の人格的自律」を確保するために不可欠となる範囲 における既存の財産法秩序の追認的保障も重視されるべきことになる。  ⑷ 独占との関係  以上のような経緯を経て、憲法上明文のない「営業の自由」は、人権として憲法上どう位置付 けられるか明確に検討されてきたが、改めて営業の自由論争を見直してみると、「独占」が、憲 法上の権利である財産権の自由を否定するものなのかも、問題として浮上してくる。  この点、池田晴奈教授は、以下のように問題提起する。従来、「独占」に対する規制を考える場合、 独占的な存在は大企業であり、対像として中小企業があり、中小企業の財産権保障が唱えられて いた。しかし、規制改革において独占として捉えられるのは既存企業であり、その対象は新規企 業であるが、必ずしも、新規参入企業が中小企業とは限らない、企業とは現在の規制改革におい ては独占の捉え方を変える必要があろう(注43)。この点については、今後の課題としたい。 4.おわりに  以上の検討を通じて、職業選択の自由規制行為に対する合憲性審査基準である、従来からの規 制目的二分論(積極目的・消極目的二分論)を営業の自由規制行為にも用いる立場では、不十分 であることがわかった。積極目的・消極目的二分論の区別は相対的であり、従来、消極目的規制 とされてきたものの中にも、積極目的の要素をも含んだ規制が増加しつつあることがわかった。 そして、規制の目的だけではなく、規制の態様をも併せて考える必要があるとの指摘も成されて きており、例えば市場への新規参入規制のように職業選択の自由そのものに対する制限でかつ本 人の能力に関係なく制限が課せられる場合には、規制目的の如何を問わず厳格な審査が要請され ることになるだろうといわれている(注44)  他にも、積極目的・消極目的二分論の区別は相対的である場合(公害規制や建築規制など複合 的な規制目的が含まれているケースなど)があり、また、酒類販売の免許制の目的はいずれにも 割り切れず、従来の審査基準を対応させられない場合もあった。  これは、規制が問題となっている営業の自由が、財産権という多層的な構造を持つ権利を土台 に、営業活動における様々な利害関係人との利益調整に国家が介入するからであろうことが、権

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利の分析および判例に現れた事実から浮かびあがった。  財産権自体が多義的な内容を含む権利であり、また、営業の自由の根拠につき、憲法22条のみ ならず29条も加味する立場を前提とするならば、営業の自由自体も、必然的に多様な権利主体を 包含する観念となり、その適切な保障のためには公権力による調整が必要となると思われる。  そして、その結果、営業の自由を規制する立法などの国家行為に対する違憲審査基準にも影響 が及ぶのではないかと解される。  財産権及び営業の自由については、少なくとも、それらの中で複数の保護法益が連なり合う多 層的構造」を有する基本権であり、しかも、これに応じた公権力(特に立法権)による適切な対 応(ひいては「国家による自由」)を予定している権利であるということが確認されたように思う。 そうすることにより、経済活動の前提となる両基本権を規制する立法などについての違憲審査基 準、言い換えると両基本権の(国家による)具体的な保障範囲が、従前よりも浮き彫りにできる のではないだろうか。 注 (注1) 海野敦史教授は、様々な分析を基に財産権の「多層的構造」性を唱え、このような帰結 を述べておられる。海野敦史「財産権及び営業の自由の『多層的構造』」98-100頁参照。 本稿は、見解としてすべてを等しくするものではないが、財産権の分析の多くを海野教 授の緻密な分析による御論稿に負うものである。 (注2) 野中ほか編著『憲法1』421-428頁 【高見勝利執筆】428-429頁(有斐閣、1992年)。 (注3) 中村睦男「財産権」樋口陽一他編著『注解法律学全集2憲法Ⅱ(第21条~第40条)』 235-255頁(青林書院、1997年)236頁。野中ほか・前掲、460頁。佐藤幸治『日本国憲 法論』(成文堂、2011年)565頁。     また、このような広い射程範囲に至った歴史的背景について、石川健治「財産権条項の 射程拡大論とその位相(一)-所有・自由・福祉の法ドグマーティク-」、国家学会『国 家学会雑誌105巻3・4号』1-65頁(有斐閣、1992年)12-14頁。 (注4) 中村前掲、236-237頁。野中ほか・前掲(注2)、460頁。 (注5) 野中ほか・前掲(注2)、460-463頁参照。 (注6) 松井茂記『日本国憲法(第3版)』584頁(有斐閣、2007年)最大判昭和28年12月23日民 集7巻13号1523頁の判例における栗山茂裁判官補足意見参照。 学説の分類は、野中ほか・前掲(注2)、460-463頁」などを参考にしたものであるが、 必ずしもすべての学説を網羅するものではない。 (注7) 棟居快行『人権論の新構成』(信山社、1992年)245-246頁参照。 (注8) 高橋正俊「経済活動の自由」佐藤幸治編『憲法Ⅱ基本的人権』(成文堂、1988年)301頁。 この学説の考え方によれば、憲法29条1項が不可侵としているのは、「財産」ではなく 「財産権」であり、財産権の「不可侵」の意義は、「法律によらざる侵害、あるいは違法 な侵害を許さない」という程度にとどまるという帰結が導かれることとなる。 (注9) 佐藤・前掲(注3)、565-566頁。樋口陽一『憲法(第三版)』(創文社、2007年)。 (注10) 長谷部恭男『憲法(第4版)』(新世社、2008年)241頁。

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(注11) 制度的保障の意義については、芦部信喜『憲法学Ⅱ 人権総論』(有斐閣、1994年) 87-94頁参照。沿革としては、ドイツにおける制度的保障論の概略について、シュミット・ 憲法理論212-217頁、海野敦史「憲法解釈における基本権保護義務論」長崎大学経済学 部研究年報26号、55-99頁、2010年。通説は、制度的保障の理論が用いられる場合を、「① 立法によっても奪うことのできない『制度の核心』の内容が明確で、②制度と個人の基 本権との関係も論理的もしくは合目的的に密接であるもの」に限定されるべきであると される(芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣、1994年)93頁)。 (注12) 法学協会『註解日本国憲法上巻』(有斐閣、1953年)566頁。なお、同書は、「解釈によ り法を適用して裁判をなすことはまさに司法権の機能そのものであり、従ってその限り においては司法権による財産権の侵害は考えられない」(協会・註解572頁[註11])と している。 なお、松井・前掲(注6)584-585頁。同書は、「憲法は別段私有財産制度の維持を命じ てはおらず、立法府が公共の福祉に適合するように財産権の内容を定義することはかま わない」と述べている。 (注13) 芦部・前掲憲法219頁。佐藤功『日本国憲法概説(全訂第五版)』(学陽書房、1996年)278頁。 樋口・前掲(注9)憲法253頁。なお、権利保障と制度的保障という異質なものの保障 が併存すると解することは無理があるとの立場から、憲法29条1項は一次的には「権利」 を保障するものであるが、当該権利は制度を基盤とするものであるから、制度的保障を も随伴すると主張する学説もあり(芦部信喜=小島和司=田口精一『憲法の基礎知識』(有 斐閣、1966年)93頁、これも制度・権利保障併存説に含まれる。 (注14) 佐藤・前掲(注3)566頁。 (注15) 制度・権利保障併存説において保障の対象となる主観的権利は、「制度」の中核部分を 逸脱する部分も含めて観念されている。芦部ほか・前掲(注13)93頁。 (注16) 棟居・前掲(注7)245頁参照。 (注17) 浦部法穂『全訂憲法学教室』(日本評論社、2000年)211頁。憲法では「契約の自由」を 明文の形で掲げてはいないが、一般に経済活動の自由の一環として認められるものと解 されている(大石=大沢編・判例憲法209頁)。もっとも、「契約の自由」の本質につい ては、「私的自治の原則による私的イニシアティヴの尊重」にその比重をおくか、「一定 の役割期待に基づき、それらを私人に委ねる『秩序』として位置付ける」ことに比重を おくかにより、憲法上の位置づけが異なり得る。特に「当事者間に、交渉力に不均衡が 存在する場合」や「顕著な情報格差・情報の偏在が見出される場合」に問題となり、「営 業の自由」と同様の捉え方をする必要性が招来される。石川健治「契約の自由」、大石 眞=石川健治編『ジュリスト増刊新・法律学の争点シリーズ3憲法の争点』146-147頁(有 斐閣、2008年)。 (注18) 棟居・前掲(注7)266頁によると、独占財産が財産権保障の制度的意義(資本主義制 度の維持)を損なう結果となる場合には、制度的保障による保護をも与えられないため、 財産権は厳密には、「人権としての財産権」、「制度的保障の反射的利益として保護され る財産権」、「憲法上の保護を見出しえない独占財産」の3つに分類されるという。

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(注19) 棟居・前掲(注7)264頁。同書によれば、「人格的自律の諸契機のいずれとも結びつか ない独占的・資本家的財産は人権としてではなく、資本主義制度が保障されることの反 射的利益としてのみ、憲法上の保護を与えられている」とされる。 (注20) 最大判昭和35年6月15日民集14巻8号1376頁、最大判昭和38年12月25日民集17巻12号 1789頁参照。 (注21) 最大判昭和62年4月22日民集41巻3号408頁。 (注22) 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法(第4版)』(岩波書店、2007)109、207頁参照。 (注23) 高橋和之『立憲主義と日本国憲法第2版』(有斐閣、2010年)243頁。佐藤幸治『現代国 家と人権』(有斐閣、2008年)184頁も、「財産権等の経済的自由は、人格的自律にとっ ての手段的価値として位置づけられる」と指摘している。他の人権の基礎である点につ き、高橋前掲、243-244頁参照。 (注24) 矢島基美「『営業の自由』についての覚書」上智法学論集38巻3号(1995年)227頁。 (注25) 芦辺信義(高橋和之補訂)『憲法[第5版]』(岩波新書、2011年)216頁。宮沢俊義『憲 法Ⅱ[新版]』(有斐閣、1971年)。佐藤前掲、300頁。 (注26) 岡田与好『独占と営業の自由』(木鐸社、1975年)。 (注27) 渡辺洋三「法学と経済学―岡田論文を手がかりとして(1)」社会科学の方法12号(1969 年)2頁。 (注28) 野中ほか前掲(注2)421頁。 (注29) 矢島・前掲(注24)228頁。 (注30) 金子宏他編著『法律学小辞典【第4版補訂版】』(有斐閣、2008年)53頁。 (注31) 池田晴奈「規制改革と営業の自由:医薬品のインターネット販売訴訟を通して」近畿大 学法学62巻2号、29-47頁、2014年、33頁。 (注32) 法人の営業の自由に関連して、三菱樹脂事件最(大)半昭和48年12月12日(民集27巻11 号1536頁)は、「22条29条において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由を も基本的人権として保障している」とし、「企業者は、かような経済活動の一環」とし てする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかな る者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の 制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」という認識を示して いる。 (注33) 今村成和「『営業の自由』の公権的規制」ジュリスト460号(1970年)40頁以下。同「『営 業の自由』と憲法及び独占禁止法」公正取引236号(1970年)20頁以下。 (注34) 最判昭和47年11月22日刑集26巻9号586頁。 (注35) 矢島・前掲(注24)240頁。 (注36) 最判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁。 (注37) 野中ほか・前掲(注28)421頁。 (注38) 前掲注34、最判昭和47年同旨。 (注39) 芦辺・前掲(注22)212-213頁。 (注40) 芦辺・前掲、213-214頁。

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(注41) 芦辺・前掲、214頁。 (注42) 芦辺・前掲、214頁。 (注43) 池田・前掲(注31)33頁。 (注44) 芦辺・前掲(注22)214頁。野中ほか・前掲(注28)426頁。 参考文献 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法(第四版)』(岩波書店、2007年) 芦部信喜『演習憲法(法学教室選書)』(有斐閣、1982年) 芦部信喜『憲法判例を読む』(岩波書店、1987年) 芦部信喜『憲法学Ⅱ 人権総論』(有斐閣、1994年) 芦部信喜『憲法学Ⅲ 人権各論⑴』(有斐閣、1998年) 芦部信喜=小島和司=田口精一『憲法の基礎知識』(有斐閣、1966年) 海野敦史「財産権及び営業の自由の『多層的構造』」『經營と經濟、vol.90(1・2)』、(長崎大学 経済学会、2010年)153-256頁。 野中=中村=高橋=高見『憲法Ⅰ』(高見勝利執筆、421-428頁)有斐閣、1992年。  矢島基美「『営業の自由』についての覚書」上智法学論集38巻3号(1995年)223-255頁。 今村成和「『営業の自由』の公権的規制」ジュリスト460号(1970年)40頁以下。同「『営業の自由』 と憲法及び独占禁止法」公正取引236号(1970年)20頁以下。 池田晴奈「規制改革と営業の自由:医薬品のインターネット販売訴訟を通して」近畿大学法学 62巻2号2014年29-47頁。 石川健治「薬局開設の距離制限」、『別冊ジュリスト憲法判例百選Ⅰ』206-207頁(有斐閣、2007年)。 青井未帆「三段階審査・審査の基準・審査基準論」、『ジュリスト1400号』68-74頁(有斐閣、2010年)。 赤坂正浩「環境問題と憲法」、赤坂正浩=井上典之=大沢秀介=工藤達朗『ファーストステップ 憲法』29-42頁(有斐閣、2005年)。 新井誠「職業選択の自由」、岡田信弘編『憲法のエチュード(第2版)』110-119頁(八千代出版、 2009年)。 石川健治『自由と特権の距離(増補版)-カール・シュミット「制度体保障」論・再考』(日 本評論社、2007年)。 石川健治「財産権条項の射程拡大論とその位相(一)-所有・自由・福祉の法ドグマーティク-」、 国家学会『国家学会雑誌105巻3・4号』1-65頁(有斐閣、1992年)。 石川健治「憲法解釈学における『議論の蓄積志向』-『憲法上の権利』への招待」、『法律時報 74巻7号』60-65頁(日本評論社、2002年)。

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