• 検索結果がありません。

田中 智志 編著『教育哲学のデューイ 連環する二つの経験』

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "田中 智志 編著『教育哲学のデューイ 連環する二つの経験』"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

― 88 ― 「教育学研究」第87巻 第 3 号 2020年 9 月 416 反発等を生んでいる。  第 4 部では、大学評価が不可避になっている背 景に言及した後、評価のあり方を見直す視点を提 起する。評価の負効果を防ぐために評価のもつ両 義性の意識化が必要であること。評価の目的と手 段をめぐる混乱があり、評価の重層性が非効率と 疲弊をもたらすことを指摘する。評価に関する議 論の整理と今後の課題について、 1 )誰が何のた めに評価するか、 2 )評価の目的(改善・向上か 判別か)、 3 )何をいかに評価するか、について 分析している。結論として、欧米では内部質保証 に重点がシフトしていること、評価システムの形 骸化防止のため簡素化や質・評価の概念の吟味が 必要であること等を指摘する。  第 5 部「学問の自由と大学の自律性」では、近 年大学ガバナンスへの文科省の関与が顕著であり、 学長のリーダーシップと言いながら、現実には同 省が示した経営体制・教学のあり方を各大学に求 めている。1998年以降急速に進んだ「大学の自律 性」は、組織・経営の戦略や効率化重視で、組織 内の一般構成員の意向を考慮していない。大学自 治の形骸化は世界的傾向であるが、知それ自体を 目的に教育・研究を行う場である大学には自治が 不可欠という。  第 6 部「これからの社会と大学」では、最近の 第 4 次産業革命論等との関係で政府の審議会等で 展開される大学論の特徴と、そこで半ば意識的に 見落とされている問題を指摘している。  本書の特徴として、主に以下の点をあげること ができる。第 1 に、国内外の高等教育研究に関す る数多くの著作・論文を渉猟し、米英を中心に諸 外国の大学・大学教育の政策やその実施状況につ き把握したうえで、日本の大学政策を分析してい る。第 2 に、国内外の大学政策に対する批判的な 立場を鮮明にしており、とくに大学の質改善には 財政的裏付けが不可欠にもかかわらず、政府がそ れを怠り各大学や教職員へと責任転嫁している現 実を、具体的に示している。第 3 に、政府の政策 動向の分析・批判にとどまらず、大学のアクター や彼らが創る組織文化や組織の特性(質保証の意 義や方策を同僚間で協議を困難にしている)にも 着目し言及しており、それが分析に厚みと説得力 をもたせている。  本書は、大学の内外を問わず大学に関係する広 範な人々に対して、多くの問題を提起している。 高等教育を専門とする研究者に対しても、大学と は何か、大学は何をなすべきかの大学に関する理 想や価値や規範をめぐる議論の欠如等、研究のあ り方の根本にかかわる問題を指摘している。大学 の各構成員には、これをいかに受けとめ、こたえ るかが問われている。 (名古屋大学出版会刊 2019年10月発行 四六判  320頁 2,700円) 田中 智志 編著 『教育哲学のデューイ 連環する二つの経験』 上野 正道(上智大学)  デューイの思想を「教育哲学」として読むとは どういうことか。言うまでもなく、これまでもデ ューイは、「教育哲学」の代表的な思想家として みなされてきた。進歩主義教育、子ども中心主義、 プラグマティズム、経験主義、問題解決学習、民 主主義教育など、さまざまな観点からデューイの 教育哲学についての研究が蓄積されてきた。それ に対して、本書は、従来の解釈とは異なり、「存 在論」としての「教育哲学」の角度から、デュー イの思想を再考し、彼の思想に新たな光を当てよ うとするものである。  この試みは、編著者の田中智志によれば、「〈よ りよく生きようとする〉という人の本来的な生の 動態を語ること」に連なるものであり、「思考す るという生動的営みに存在論的自由を与える」こ とである。このような視点でデューイの「経験の 再構成」としての教育論を捉えるならば、その 「生の動態」は規範や命題などの見える形で提示 されるよりも、「〈見えないもの〉ないし〈語りが たいもの〉として黙示される」ことになるという。 それは、「『自己』を超越する『私』を前提に教育 を考える」ことを意味している。各章では、その 内容が具体的に示されることになる。  第 1 章(佐藤隆之)では、デューイが『思考の 方法』(1910年)での思考論を実践したコロンビ ア大学ティーチャーズ・カレッジ附属校のホーレ スマン・スクールの実験が取り上げられ、デュー イが「考える」ことを事後的な分析や法則として ではなく、「考える過程や考えている瞬間」に迫 ろうとしたことが明らかにされる。第 2 章(松下

(2)

― 89 ― 図 書 紹 介 417 良平)では、ポストモダン的懐疑論を克服し、 「民主主義の再建の鍵」を握るものとして、デュ ーイの「経験による学習」が位置づけられ、第 3 章(木下慎)では、そうしたデューイの経験概念 について、「目的合理性」と「合一的同一性」を 越えて、共同の世界に参与するための「経験の分 有」を構想するものとして理解されている。  第 4 章(加賀裕郎)と第 5 章(井上環)では、 デューイの自然主義が検討される。加賀は、それ を「経験的自然主義」としてよりも「文化的自然 主義」の観点から読み直す必要性を提起して、彼 の成長概念と民主的教育論を考察し、井上は、デ ューイの「質」概念から「経験と自然の一元的多 元性」を明らかにしている。  第 6 章(西本健吾)はデューイの芸術論を、第 7 章(古屋恵太)は「劇化」の教育思想を、第 8 章(生澤繁樹)は「科学技術の倫理とコモン・マ ン」の思想をテーマに論じている。西本と古屋は ともに、デューイの芸術論の基盤にある「経験の 統一」や「一つの経験」について焦点化している が、このことは生澤が論じる「コモン・マンのデ モクラシー」論に通底する課題を含んでいる。と いうのも、デューイにとって、芸術は民主主義と 公共性の形成を担う淵源にあるものであったと考 えられるからである。  さらに、第 9 章(藤井千春)では、デューイの 知性論の考察へと進む。ここでもキーワードとな るのは、デューイの自然主義的な経験主義の哲学 である。第10章(高柳充利)は、デューイの先駆 者としてのエマソンを取り上げ、アメリカの「デ モクラシーの哲学」の思想的源流に遡る視点を提 供し、第11章(田中)は、自己の超越や、自己を 越えた「象りの生成」へとつながる「鏡」の思想 から、デューイのコミュニケーション概念を読み 解いている。そして、終章(西本・田中)では、 デューイの教育哲学を「一次経験と二次経験の連 環」によって解釈し、その思考を「存在論的思 考」として、またその連環を「形而上学的動態」 として形容する形で結論づけている。  このように、本書は、「教育哲学」としての新 たなデューイ像を描こうとするものであり、この 点で、デューイ研究において、先端的かつ高度な 学術水準の研究書としての重要性をもっている。 とりわけ、デューイの経験の哲学を、「見えるも の」に限らず、自己を超越する「見えないもの」 や「語りがたいもの」へと視線を向けて論じてい ることは、本書の大きな魅力となっている。加え て、デューイの思想の広がりを、彼の民主主義論 や芸術論、科学論、知性論、コミュニケーション 論などにつなげて描き出していることも興味深い。 本書で得られた教育哲学の知見と示唆を、これか らの学校の教育実践やカリキュラムにおいてどの ように実現し具体化していくのか、今後の議論の 深化が期待される。 (東信堂刊 2019年10月発行 A5判 368頁 本 体価格3,500円) 大森 秀子 著 『成瀬仁蔵の帰一思想と女子高等教育  比較教育文化史的研究』 中嶋 みさき(女子栄養大学)  近年教育思想研究において、新教育とキリスト 教思想との関連性を指摘する研究がまとめられ、 キリスト教思想に内在する価値により、宗派にと らわれない普遍性をもつ存在論的な教育的価値の 主張が注目を集めている。著者大森氏は、グロー バリゼーションのもと、異なる価値観の人々が共 生するための教育を、公教育における宗教教育の あり方として検討してきた。その点はじめに紹介 した教育思想研究の動向と問題意識を共有してい る。  本書は大森氏が成瀬仁蔵の「帰一」の思想に着 目しまとめた研究成果の 2 冊目にあたる。本書で は、「宗教宗派にとらわれない宗教教育を実施し」、 それを可能にした「宗教的多様性の統一的枠組 み」(前著はしがき 1 頁)を主張し世界に普及さ せようとした人物として、成瀬仁蔵をとりあげて いる。氏のいう「宗教的多様性の統一的枠組み」 とは成瀬のいう「帰一」の思想のことである。  成瀬は日本で、渋沢栄一、姉崎正治、浮田和民、 森村市左衛門、井上哲次郎、中島力造、ギューリ ック、上田敏、桑木厳翼、松本亦太郎、原田助ら 11名 の 発 起 人 と 共 に、 帰 一 協 会 を 発 足 さ せ た (1912年 6 月20日)。帰一協会の役割は、成瀬によ ると「異宗教・異人種・異国民の間に調和一致の 点を発見して之を培養し発達せしむること」にあ る(本書145頁)。従って「帰一」とは本書では

参照

関連したドキュメント

大学教員養成プログラム(PFFP)に関する動向として、名古屋大学では、高等教育研究センターの

・学校教育法においては、上記の規定を踏まえ、義務教育の目標(第 21 条) 、小学 校の目的(第 29 条)及び目標(第 30 条)

一貫教育ならではの ビッグブラ ザーシステム 。大学生が学生 コーチとして高等部や中学部の

私は昨年まで、中学校の体育教諭でバレーボール部の顧問を務めていま

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

3 学位の授与に関する事項 4 教育及び研究に関する事項 5 学部学科課程に関する事項 6 学生の入学及び卒業に関する事項 7

 大学図書館では、教育・研究・学習をサポートする図書・資料の提供に加えて、この数年にわ

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中